第二百九十三話 師との再会
落ち着いた様子の少女をダークとノワールは無言で見つめる。僅かに驚いた様子の二人を見て、アリシアたちは意外そうな表情を浮かべていた。
アリシアたちが驚くのも無理の無いことだ。過去に何度もダークと共に驚くべき状況に出くわしていたが、ダークとノワールは一度も驚愕することが無かった。だが、今のダークとノワールは目の前に立つ少女を見て明らかに動揺している。今まで見たことがなかった二人の反応にアリシアたちもかなり驚いている。
少女は驚くダークたちを表情を変えること無く見つめている。そんな少女を見て、黙っていたダークは落ち着きを取り戻すように小さく息を吐く。そして、冷静さを取り戻すと少女を見ながら声を出した。
「相手がLMFプレイヤーで使い魔がいることは予想していた。どんなプレイヤーと使い魔が出てくるかと思っていたが、まさかお前だったとはな……」
「私のこと、覚えていらっしゃったのですか?」
「当然だ。あの人とあの人の使い魔であるお前のことは忘れたことは無い」
僅かに低い声でダークが答えると、今まで無表情だった少女が小さく笑みを浮かべ、ロッドを持っていない方の手で口を隠しながらクスクスと笑う。
笑う少女を見てアリシアたちは呆然とする。先程まで緊迫した雰囲気だったのに突然笑い出す少女にアリシアたちは理解できずにいた。
アリシアたちが目を丸くしていると、笑っていた少女は口元の手を下ろし、ダークを見上げながらもう一度頭を下げた。
「改めて、お久しぶりです。ダークマンさん」
「ああ、久しぶりだな。ハナエ」
ダークからハナエと呼ばれた少女は笑みを浮かべたまま視線をノワールに向ける。
「貴方も元気そうね、ノワール?」
「ええ」
笑うハナエに対し、ノワールは真剣な表情を浮かべて返事をする。ハナエはそんなノワールの顔を見て緊張していると思ったのか再びクスクスと笑う。
「……ダーク、この少女のことを知っているのか?」
ダークとノワールがハナエと再会の挨拶をしているとアリシアがダークに声を掛け、ダークはチラッとアリシアたちの方を見た後、再び視線をハナエに向ける。
「私がLMFの世界にいた時に世話になった人の使い魔だ」
「使い魔?」
ハナエの正体を知ったアリシアは思わず声を上げ、ハナエの方を向いた。レジーナたちも驚きの反応を見せながら視線をハナエに向ける。
「こ、この子が使い魔? ノワールと同じ?」
「てことは、この嬢ちゃんもドラゴンなのか?」
「いいえ、LMFの使い魔は僕のようなリトルドラゴン以外にも色んな種族がいます。ハナエさんはフェアリーです」
ノワールがハナエの種族を説明し、レジーナとジェイクは目の前の少女がこの世界でも希少とされているフェアリーだと知って更に驚き、アリシアとファウも目を大きく見開いている。マティーリアとヴァレリアはレジーナたちのように驚いてはいないが、意外そうな顔でハナエを見ていた。
アリシアたちが驚く中、ハナエはアリシアたちの反応がおかしいのか笑い続けており、ダークとノワールは笑うハナエをジッと見つめている。
「とりあえず、テントまでお越しください。マスターたちがお待ちしております」
「マスター、か……」
ハナエの主人のことを聞いたダークは低い声で呟き、それに気付いたアリシアは不思議そうな顔でダークを見る。ノワールはダークを見上げながら僅かに暗い表情を浮かべていた。
ダークたちはハナエに案内されてテントの方へ歩いて行き、護衛の黄金騎士たちもそれに続いた。警護の権天騎士たちが注目する中、ダークたちはゆっくりとテントに近づく。権天騎士たちが一斉に襲い掛かってくるのではないか、アリシアたちはそう思いながら歩いて行く。
やがてダークたちはテントの入口前まで移動し、先頭を歩いていたハナエが立ち止まるとダークたちもそれに続いて立ち止まった。
「テントには皆さんだけでお入りください。護衛の騎士には外で待っていただきます」
「分かった」
黄金騎士の同行が許可されないことにダークは不満を見せることなく了承した。これからLMFプレイヤーと重要な会談を行うのに護衛全員を連れてテントに入るのはある意味で失礼な行為と言える。
ハナエは静かにテントの中に入り、ダークたちもそれに続く。テントに入ると、中には少し大きめの四角い机が置かれており、机を挟んだ向かいには白銀の全身甲冑を装備した騎士が椅子に座っていた。そして、騎士の後ろには三体に人型のモンスターが待機している。
三体のモンスターの内、一体は白い全身甲冑とフルフェイスの兜を装備し、背中から四枚の天使の翼を生やしている騎士風のモンスターだ。雰囲気からしてテントの外にいる権天騎士と同じ天使族モンスターのようだ。ただ、装備は権天騎士よりも立派で神々しさが感じられる。
二体目は白い肌と銀色の長髪をした美女の姿をしている。年齢と身長はアリシアと同じくらいで袖が無く裾の短い青、紺色、水色の三色が入ったドレスを着ており、紺色のロングブーツを履いている。両腕からは青い翼が生えており、手があるハーピーと言っていいだろう。そして右手には銀色の杖を握っていた。
最後の一体は濃緑色の肌を持ち、頭に二本の角を生やした鬼のようなモンスターだ。身長はジェイクよりも高く肩まである灰色の髪をしており、金色の装飾が施され、肩の部分に無数の棘が付いた赤い鎧を身に付けている。腕はレンガの壁を簡単に殴って破壊できそうなくらい太く強靭なもので、上腕部分には薄っすらと血管が浮かび上がっていた。
騎士の後ろに待機している三体のモンスターを見てアリシアたちは驚きのあまり表情を固める。そんな中、ダークとノワールは座っている騎士を見つめていた。
「やはり来てくれましたか」
騎士はダークを見るとどこか懐かしそうな口調で話しかけてくる。ダークは騎士を見ると気持ちを落ち着かせるために小さく息を吐いた。
「お久しぶりですね? ジャスティスさん」
ダークは騎士を見ながら静かに語り、隣に立つノワールも真剣な表情でジャスティスと呼ばれた騎士を見つめる。
「若殿、知り合いなのか?」
マティーリアはダークが騎士の名を口にしたのを聞いて目の前にいる騎士がダークの知り合いだと知り意外そうな反応を見せる。レジーナたちも警戒していたLMFプレイヤーがダークの知っている人物だと知って驚いていた。
レジーナたちが驚く中、アリシアだけはジャスティスと言う名に聞き覚えがあり、小さく俯きながらいつ聞いたのか思い出そうとしている。アリシアが考え込んでいることに気付いていないのか、ダークはジャスティスの方を向きながら説明を始めた。
「……彼はジャスティス・ナイトウさん。私がLMFの世界にいた時に所属していたギルドの仲間だ」
ジャスティスがLMFの世界でダークと同じ組織に所属していた者だと知ったレジーナたちは更に驚いた反応を見せる。すると、考え込んでいたアリシアが顔を上げ、目を少し見開きながらジャスティスの方を向く。
「思い出した! ジャスティス・ナイトウ、確かダークがLMFの世界で戦士になったばかりの時にダークを助け、戦い方を教えた聖騎士だ」
以前ダークから教えてもらったジャスティスのことを口にし、アリシアの周りにいるダーク以外の全員が視線をアリシアに向けた。
戦い方を教えた、つまりダークにとって師のような存在が目の前にいる白銀の騎士だと知り、レジーナやジェイク、ファウは驚愕する。普段落ち着いているマティーリアとヴァレリアもこれには流石に驚き、目を見開いていた。
「そうだ、ジャスティスさんは弱かった私を仲間に会わせ、LMFで生き残るために必要なことを教えてくれた。私にとって恩師と言ってもいい存在だ」
「ハハハ、それは言い過ぎですよ。私は基本を教えただけで、強くなったのはダークマンさんの実力です」
ジャスティスは笑いながらゆっくりと立ち上がり、ダークに向かいの席に来てほしいと手を差し出す。それを見たダークは無言で歩き出し、ノワールもそれに続く。驚いていたアリシアたちも遅れたダークの後を追い、ジャスティスたちの方へ移動した。
向かいの席まで移動したダークはジャスティスと向かい合い彼の顔を見つめる。ジャスティスもダークの顔を見ており、やがてゆっくりと右手をダークの前に出した。
「改めて、お久しぶりです。ダークマンさん」
「ええ、ご無沙汰しています」
ダークは差し出された右手を右手で握る握手を交わす。嘗て同じギルドに所属していた者同士が再会の挨拶をした瞬間だった。
「まさかダークマンさんもこっちの世界にいたとは思いませんでした」
「……ジャスティスさん、できればダークマンという呼び方は止してください。この世界ではダークと名乗っているので……」
「おっと、そうでしたね、失礼」
ジャスティスは握手を交わしながらどこか嬉しそうな口調で語り、ダークとの会話を楽しんでいる。だが、なぜかダークは低い声のまま会話をしており、どこか嬉しくなさそうな様子だった。
アリシアはジャスティスとの再会を喜んでいないようなダークに気付き、不思議そうな顔でダークを見ている。そんな時、アリシアはふとダークの隣に立つノワールに視線を向けた。ノワールも真剣な顔でジャスティスを見ており、笑顔を見せていない。いったい二人はどうしたのだろう、アリシアはそう思いながらダークとジャスティスの方を向いた。
「とりあえず、座ってください」
握手を終えたジャスティスは椅子に腰かけ、ダークにも椅子に座るよう伝える。ダークは言われたとおり椅子に座ってジャスティスと向かい合う。
二人のLMFプレイヤーが向かい合うことでテントの中の空気は少しピリピリとした雰囲気になる。アリシアたちは少し緊張しながらダークとジャスティスを見つめ、ジャスティスの後ろに控えている三体のモンスターやハナエも無言で二人を見ていた。
「お互い色々と訊きたいことがあるかもしれませんが、まずはお互いがどうやってこの世界に来たのかを確認しましょう」
「ええ、私もそのことが気になっていました」
「そうですか……私がこの世界に来たのは今から二年前のことです」
ジャスティスは自分がいつ異世界に転移したのかを語り、ダークはジャスティスが異世界に来た時期を聞いてふと反応する。
「二年前……私がこっちの世界に来たのは一年ほど前ですから、ジャスティスさんはそれよりも一年前にこっちの世界に来たと言うことですか」
「ええ、向こうの世界で不思議な光を見つけ、それに触れた途端にこの世界に転移したんです」
「そう言えば二年前、突然ジャスティスさんがギルドに顔を出さなくなってどうしたんだろうと思ってましたが、まさか異世界に転移していたとは……」
ある日からジャスティスがギルドに姿を見せなくなった時のことを思い出したダークはジャスティスが異世界に転移したと聞いて納得する。てっきり何か遭ってギルドを抜けてしまったのではと当時のダークや他のLMFプレイヤーたちは不安に思っていた。
「ダークさんはどのようにしてこっちの世界に来たんですか?」
「私も同じですよ。光に触れた直後、この世界に来たんです」
「ダークさんも同じでしたか……」
ダークが自分と同じ現象で異世界に転移したと聞いたジャスティスは予想していたのか、ダークの話を聞いても驚くことは無く、興味のありそうな様子で話を聞いている。ダークもジャスティスが自分と同じように異世界にやって来たのだと感じていたのかジャスティスと同じように冷静な態度を取っていた。
「しかし、二年前にこっちの世界に転移していたのでしたら、今まで何処にいたんです? 私がこっちの世界に来た時はジャスティスさんの噂や情報は全く聞いていませんが……」
「……まあ、私にも色々事情がありましてね。表には出ずに陰で色々とやることをやっていたんですよ」
「そうでしたか……」
なぜジャスティスは表に出ず、二年も身を隠していたのか、ダークは気になっていが敢えて聞かずに流した。
少し暗い口調で語るダークと懐かしそうな口調で語るジャスティス、態度が全く違う二人をアリシアたちは無言で見守っている。この時のアリシアたちはこの後に何か良くない展開が待っているのではと小さな不安を感じていた。
「いやぁ、しかしリーテミスに送り込んだエイブラムスを倒したのがダークさんだと知った時は驚きましたよ。高レベルの彼を倒せる者がいるとすればプレイヤーではないかと予想はしていたのですけどね」
「……ッ」
ジャスティスがリーテミス共和国の一件を口にすると、ダークは僅かに声を漏らす。それを聞き逃さなかったアリシアはえっ、というような表情を浮かべて驚いた。この時、アリシアはダークが仲間であるジャスティスに対して何か不満を抱いているのではと感じていた。
「リーテミスが拒否してしまったことは正直残念に思っていたんです。彼らの力があれば私たちの目的は早く達成されると思っていたので……」
「ジャスティスさん、何の話をしているのですか?」
「……おっと失礼、ダークさんはまだ詳しいことを知りませんでしたね」
話し掛けられたジャスティスは申し訳ないというような素振りを見せながら小さく笑い、そんなジャスティスをダークはジッと見つめる。
「……ダークさん、私がエイブラムスと自動人形たちを使ってリーテミスを攻撃したことはご存じですよね?」
「ええ、リーテミスを傘下に入れようとしたが、大統領のヴァーリガムがそれを拒否したため、宣戦布告をしたと聞いています」
「そのとおりです。彼らが傘下に入ることを拒んだため、仕方なく戦いで勝利し、彼らは半強制的に傘下に置こうとしたのです」
「……なぜそんなことを?」
ダークは不満を感じているのか、さっきよりも若干低い声で尋ねる。すると、ダークの声と質問を聞いたアリシアはダークの様子がおかしい理由に気付いた。
普通なら同じ世界から来た存在と会い、それが自分の仲間であれば喜ぶものだ。しかし、ダークはLMFプレイヤーの正体がジャスティスだと知り、再会しても嬉しそうな様子は見せずにいた。
自分の仲間であり、正義感の強いジャスティスがリーテミス共和国を傘下に置こうとし、それを拒否したから大勢の亜人を自動人形たちに殺させた。なぜジャスティスがそんな行動を執ったのか疑問に思っていたため、ダークは素直に再会を喜ぶことができなかったのだ。
ジャスティスはフルフェイスの兜の目を薄っすらと青く光らせながら両肘を立てて手を顔の前に移動させる。
「真の平和な世界を創るためです」
「そう言えば、ヴァーリガムも言っていました。尋ねてきた使者は自分の主人が真の平和を求めていると言っていたと……」
ダークはそう言ってチラッとハナエの方を向く。ハナエはダークの視線を気にもせず、目を閉じて黙っていた。
ヴァーリガムから聞いた使者の情報から、リーテミス共和国に現れたのはハナエだとダークは気付いていた。そして、バーネストに親書を持って現れた使者もハナエだと考えている。
「そのとおりです。私は真の平和な世界を創るためにリーテミスを傘下に置こうとしました」
「どういうことですか? そもそも真の平和な世界を創るためになぜリーテミスを傘下に置く必要があるんです?」
まったく話が理解できないダークは少し声に力を入れたもう一度尋ねる。ジャスティスはダークの質問にすぐには答えず、小さく俯いて黙り込む。しばらくすると、ジャスティスは顔を上げてダークの方を向いた。
「……質問に答える前に、少し私のことを話させてもらいます」
突如、自分のことを話すと言い出すジャスティスをダークは黙って見つめ、ノワールも目を鋭くする。アリシアたちはジャスティスを不思議に思いながら黙ってジャスティスを見ていた。
ダークたちが注目する中、ジャスティスは被っているフルフェイスの兜をゆっくりと外した。兜の下からは栗色の短髪をした三十代半ばぐらいの男の顔が現れ、ジャスティスの姿を見たアリシアたちは軽く目を見開く。ダークとノワールはLMFの世界にいた時に何度も見ているため、驚くことなくジャスティスの素顔を見ていた。
ジャスティスは兜を机の上に置くと目を閉じながら俯く。ダークたちはジャスティスが喋るのを黙って待っている。やがて、ジャスティスは俯いたまま静かに口を動かした。
「ダークさん、私が元の世界で刑事をやっているというのは以前話しましたよね?」
「……ええ、確か捜査四課に所属していた刑事だったと」
突然、現実の世界に話を始めたジャスティスにダークは少し驚いたが、すぐに自分が知っているジャスティスの個人情報を話す。アリシアたちはダークとジャスティスの会話の意味が分からず、ただ不思議そうな顔で話を聞いていた。
LMFの世界にいた頃、ダークたちは同じギルドに所属するLMFプレイヤーとコミュニケーションを取るため、現実の世界での自分たちの情報をある程度仲間たちに教えていた。だからダークはジャスティスが刑事であることを知っており、ジャスティスもダークが現実の世界で大学生をしていると言うことも知っている。
ジャスティスはダークが自分の仕事のことを覚えていたことを確認すると、表情を変えずに話し続ける。
「私は捜査四課にいた時、色々な捜査の指揮を執っていました。自分で言うのもなんですが、大勢の部下たちに頼りにされ、家では妻や娘から慕われていました。仕事も上手くいっており、良い家庭を築いた。文字どおり幸せでした」
自分のことを自慢するような口調でジャスティスは微笑みながら静かに語り、ダークはそれを黙って聞いてる。すると、最初は微笑んでいたジャスティスの顔から笑みが消え、ジャスティスの何処か寂しそうな表情を浮かべた。
「しかし、その幸せは突然壊されました……」
暗い声を出すジャスティスを見て、ダークはフルフェイスの兜の下で目を見開く。そして、ジャスティスは自分の過去を静かに語り始める。
ジャスティスは異世界に転移する前、刑事としてある暴力団の事件を担当しており、その事件に関わった暴力団の幹部を逮捕することに成功した。すると、幹部の逮捕を知った部下の暴力団員がジャスティスに幹部を密かに解放するよう連絡を入れてきたのだ。そして、もし解放しなければジャスティスの家族に危険が及ぶと脅迫までしてきた。
しかし、正義感の強いジャスティスはそんな脅迫に屈することなく、刑事としての職務を全うした。勿論、暴力団員たちの動きを警戒し、妻子には安全な場所へ移るよう指示を出していた。だが、その行動も空しく、暴力団員はジャスティスの家族の居場所を突き止め、事故と見せかけて殺害してしまったのだ。
妻子の死に対してジャスティスは最初、酷く悲しんでいた。だが仕事の立場上、いつまでも悲しんでいられないため、ジャスティスは自身の心に鞭を打ち仕事に取り組んだ。そして、家族の仇を討つために暴力団員の捜索を行った。
ジャスティスは家族のことを思いながら必死に捜査を続ける。だが、家族を殺した暴力団員はその時既に海外に逃亡しており、見つけ出すのが困難となっていた。ジャスティスはそれでも何とか家族の仇を見つけようと捜査を続けていたが、解決が難しい事件の捜査を続けることはできないと上司に言われ、結局捜査は打ち切りとなってしまう。
家族の仇を取ることもできずに捜査は終わってしまい、ジャスティスは何もできなかった自分の無力さ、簡単に捜査を打ち切った警察組織、現実の世界に対して絶望した。
警察に対する情熱を失ったジャスティスは警察を自主退職し、自宅に引き籠るようになってしまう。そして、現実の世界に絶望したジャスティスはLMFをプレイし現実逃避するようになった。そんな矢先、ジャスティスは異世界に転移したのだ。
異世界に転移したジャスティスは自身の神に匹敵する強さとマジックアイテム、そして現実の世界とはまったく違う世界を見てあることを考えつく。自分の力を使い、今いるこの異世界を誰も苦しまず、悲しまずに済む平和な世界に変えよう、自分のような辛い思いをする人が一人もいない楽園を作ろう、ジャスティスはそう考え行動に移った。
自分に何が起きたのか、なぜ真の平和な世界を創ろうと考えたのか、ジャスティスは全てを話し、それを聞いていたダークは無言でジャスティスを見つめている。アリシアたちの前で現実の世界のことを話すのはマズいと感じたが、ジャスティスは知られると都合の悪いようなことは話さなかったので問題無いとダークは思っていた。
アリシアたちはジャスティスを真剣な表情、同情するような表情などで見つめている。いくつか理解できない言葉が会話の中に出てきたが、それは異世界には存在しないLMFの世界の職業は組織だと考え、詳しく知ろうとは思わなかった。
「私はね、ダークさん。この世界を悲しみや苦しみの無い、全ての人間が笑って過ごせる世界に変えようと思っているんです。そうすれば、私のような苦痛を味わう者もいなくなり、笑顔だけがある世界が出来上がります」
「それが貴方の目的と言うわけですか」
「ええ、全ての人に笑顔と平和を与えたい。それが今の私のたった一つの願いです」
小さく笑いながら答えるジャスティスをダークはジッと見つめる。するとダークは今までずっと疑問に思っていることを尋ねてみることにした。
「それでは改めて訊きますが、どうしてリーテミスを傘下に入れようとしたのです? もし平和な世界を創ろうと思っているのなら、傘下に入れるのではなく同盟を組むべきだと思うのですが?」
ダークはリーテミス共和国を傘下に置こうとした理由を尋ねた。ジャスティスの言っていることが本当なら、彼のやり方は明らかに矛盾している。ジャスティスが何を考えているのか、ダークは真実を知りたがっていた。
ジャスティスはしばらくダークを見つめた後、チラッと机の上に置いてある自分のフルフェイスの兜を見つめ、手で軽く叩きながら口を開いた。
「……私は、この世界の住人たちが信用できないんです」
「信用できない?」
「ええ、こっちの世界は元の世界よりも危険な世界であるため、彼らが私の目的に協力してくれるか分からなかった。だからまず、私の下に付けて信用できるかどうか見守り、真の平和な世界を創るのに協力してくれる存在だと判断したら正式の同盟を組み、共に真の平和な世界を創ろうと思っているのです」
「しかし、リーテミスは傘下に入ることを拒否した。だから宣戦布告をし、戦いで勝利してから強制的に傘下に置こうとした、と言うわけですか?」
「ええ、そのとおりです」
リーテミス共和国に自動人形を送り込んだ理由を知ったダークは納得し、僅かに低い声を漏らす。いくら傘下に入ることを拒んだとはいえ、戦争を起こして大勢の亜人の命を奪い、従わせるというやり方が真の平和な世界を創るための手段とはダークには思えなかった。
「ジャスティスさん、貴方の目的は真の平和な世界を創ることだと言いましたよね? それなのに傘下に入らなかったリーテミスの亜人たちを傷つけるなんて、矛盾していませんか?」
「確かに、ですが平和な世界を創ると説明したにもかかわらず傘下に入ることを拒んだ相手には強引な手段を取るしかないと考え、宣戦布告をしたんです」
「だからと言って、何の罪もない亜人たちを殺めてもいい理由にはならないでしょう。それでは、ジャスティスさんの家族を奪った連中と同じですよ」
「分かっています。ですから、平和な世界を創るために私は最後の過ちを犯すことにしたのです」
真の平和な世界を創るため、自分が最後に罪を犯す。ダークはジャスティスの考えが間違っていると思っているが、同時に平和な世界を創りたいと言う強い意志が感じられた。しかし、だからと言ってジャスティスのやり方が正しいとはダークは思っていない。
「平和を願う者と手を組み、平和を望まない者に傘下に置いて監視する。そして、平和ではなく争いや支配を望む者には裁きを下す。それが私の辿り着いた真の平和な世界を創るための答えです」
「争いや支配を望む者……」
ジャスティスの言葉を聞いたダークは何かが引っ掛かり、小さく俯いて考え込む。しばらくすると、ダークは顔を上げてジャスティスを見ながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「……もしかして、エルギス教国の先代の教皇とデカンテス帝国の先代の皇帝を殺害したのは、ジャスティスさんなんですか?」
ダークの質問を聞いて、黙り込んでいたアリシアたちは目を見開いて驚く。
嘗てダークたちが戦争したエルギス教国とデカンテス帝国、その先代の王であったジャングス・ガーリブ・イスファンドルとカーシャルド・バングル・ベルフェントは戦争が終わる直後に何者かに殺された。
両国は必死に犯人の行方を追ったが、結局見つからずに迷宮入りとなり、エルギス教国はソラが新たな教皇に、デカンテス帝国は第一皇子であるバナンが皇帝となって、両国を治めることになった。
二人の王を殺害した犯人が目の前にいるジャスティスかもしれないと言う状況にアリシアたちは言葉を失う。そんな中、ジャスティスは落ち着いた様子でダークを見つめている。
「……ええ、そのとおりです」
誤魔化すことなくアッサリと二人を殺害したことを認めるジャスティスにダークは声を漏らす。違っていてほしかった、ダークはそう考えながらジャスティスが犯人であったことを残念に思った。
「彼らは最後まで平和的な解決をしようとせずに見苦しい姿を見せていました。平和を願わない者が国を治めても、いつかは同じ過ちを犯す。そう思ったんですよ」
二人の王を殺した動機を語るジャスティスを見ながらダークはフルフェイスの兜の下で哀れむような表情を浮かべる。今目の前にいるのは本当に自分を救い、鍛えてくれた憧れの聖騎士と同じ存在なのか、ダークは心の中でそう感じていた。
「さて、私のことやリーテミスを傘下に入れようとした理由は話しました。此処からは本題に、私が今回会談を開こうとした本当に目的について話をします」
「本当の目的?」
話の内容が会談を開いた理由に変わり、ダークやアリシアたちは一斉に反応する。会談を開いたのはただダークと会話をしたかったからではなく、他に理由があったからだと知ったダークはどんな目的で呼び出したのだろうと、小さな警戒心を抱く。
「私が今回ダークさんを会談に呼んだ理由はたった一つ。私たちに力を貸してほしいからです」
「力を貸してほしい……まさか」
ダークはジャスティスの目的を察したのか低い声を出す。ジャスティスはダークが自分の考えていることに気付いたと思い、小さく頷いた。
「ダークさん、我々と同盟を組んでください」
ジャスティスの口から出た言葉にダークは反応し、それと同時に目を赤く光らせた。