第二百九十二話 プレイヤーからの親書
ビフレスト王国の首都、バーネストの王城に中庭にダークの姿があった。いつもの漆黒の全身甲冑とフルフェイスの兜を装備し、背中には大剣を背負って中庭の真ん中で青空を見上げながら腕を組んでいる。
国王としての仕事がひと段落し、ダークは休憩のために中庭に来ていた。だが、休憩中のダークの頭の中には今彼が最も気になっている疑問が浮かんでいる。
「……リーテミスを襲撃させたプレイヤーはいったいどんな奴なんだ?」
青空を見上げながらダークは少し低めの声で呟く。そう、ダークが疑問に思っていたのはリーテミス共和国を自動人形たちに襲撃させたLMFプレイヤーについてだ。
リーテミス共和国の一件から数日が経ち、ダークは仲間やモンスターを使ってLMFプレイヤーの情報を集めようとしていた。しかし、一向に情報は集まらず、リーテミス共和国の一件が起きる前と同じ状態になっている。唯一LMFプレイヤーの情報を持っていると思われた敵司令官も死亡し、完全に手詰まりの状態になっていた。
回収した自動人形たちの残骸を調べても得られたのはモンスターの特性やレベル、どのようにして召喚されたのかという情報だけで、LMFプレイヤーの情報は何も得られなかった。
「ヴァーリガムたちの話ではそのプレイヤーは真の平和を求める存在だって話だが、平和を求める奴が他国を傘下に置こうとし、拒否すれば襲撃して民を殺すなんておかしいだろう」
青空を見上げていたダークは俯き、リーテミス共和国を襲撃させたLMFプレイヤーの考え方に矛盾を感じる。同時にそのLMFプレイヤーは危険な存在なのかもしれないと考えた。
LMFプレイヤーである以上、ダークのように高レベルで強い力、異世界では考えられないような強力なマジックアイテムを所持している可能性が高い。そんな存在がリーテミス共和国と同じようなことを大陸の国々にすれば間違いなく災厄をもたらすことになる。
ダークは何としてもそのLMFプレイヤーと接触し、危険な存在なのか、何が目的なのかを確かめなくてはならないと考えていた。
「何のためにリーテミスを傘下に置こうとしたのか、なぜ実力行使に出たのか、ソイツに会って訊く必要があるな。だが、そのプレイヤーが俺に対して友好的な存在だという保証はない。出会って早々襲ってくる可能性もある。しっかりと警戒しておく必要があるな……と言っても、まだ何処にいるのかも分かってねぇんだ。まずは情報を得ることが大事だよな」
フルフェイスの兜の下で苦笑いを浮かべながらダークは首を横に振って現状を確認する。
LMFプレイヤーが何者で何を目的としているのかを知るにはまず、何処にいるのか情報を得なければならない。ダークは一秒でも早くLMFプレイヤーの情報を得るために捜索の方針を変えた方がいいかもしれないと考えた。
「さてと、休憩はこれぐらいにして、そろそろ仕事に戻るか。あまり長いこと仕事をサボるとアリシアや貴族たちがうるさいからな」
ダークは城内に戻るために中庭の出入口へ向かおうとする。すると、城内からアリシアと子竜姿のノワールが勢いよく出入口の扉を開けて中庭に入ってきた。アリシアとノワールはどこか驚いたような表情を浮かべており、ダークの姿を確認するとアリシアは走ってダークの下へ向かい、ノワールも飛んでその後に続く。
中庭に入ってすぐに自分の方へ向かってくる二人を見てダークは不思議そうな反応を見せる。二人の様子から何かあったのは間違いないとダークは感じており、黙って近づいてくる二人を見ていた。
「ダーク、こんな所にいたのか!」
アリシアはダークの前までやってくると呼吸を乱しながら俯く。どうやら此処に来るまでかなり走ってダークを探していたようだ。ノワールはアリシアの隣に移動し、呼吸を整えようとするアリシアを見ていた。
「どうした、例のプレイヤーについて何か情報が得られたのか?」
「情報を得たなんてものではない!」
少しだけ落ち着いたアリシアは顔を上げてダークの顔を見る。アリシアの言葉を聞いたダークは情報を得た以上のことがあったと感じ、アリシアを見ながら薄っすらと目を赤く光らせた。
ダークは何があったのかアリシアに訊こうとするが、ダークが訊く前にアリシアは何があったのか話した。
「ついさっき、城の前にリーテミス共和国を襲わせたプレイヤーの使者を名乗る者が現れた」
「何っ!」
アリシアの言葉にダークは思わず声を上げる。今まで何の情報も得られなかったLMFプレイヤーの使者、つまり仲間が現れたと聞かされたのだからダークもさすがに驚いた。
「使者が現れた?」
「ああ、城門前に現れて自分からそう名乗ったそうだ。対応した門番の話ではフード付きマントを纏っていたから顔や姿は分からなかったが、背が低く幼い少女の声をしていたらしい」
「幼い少女……それでその使者はどうした?」
「詳しく話を聞こうと門番と青銅騎士が城内に入れようとしたのだが、中に入れる前に転移魔法で逃げられてしまったようだ」
「そうか……」
捕らえることも話を聞くこともできずに逃げられてしまったと聞き、ダークは少し悔しそうな声を出す。折角LMFプレイヤーの手掛かりを得られるチャンスだったのに使者に逃げられてしまったのだから無理もない。現にアリシアとノワールも使者に逃げられたことを悔しく思っていた。
「……それでその使者は何しに現れたんだ?」
「これを見てくれ」
アリシアは服のポケットに手を入れると何かを取り出してダークに差し出す。それは金色の装飾が施された真っ白な封筒だった。
「封筒?」
「門番がその使者から受け取った物だ。中に親書が入っているからビフレスト王国の王、つまりダークに渡してほしいと使者は言っていたそうだ」
ダークはアリシアから封筒を受け取ると表を見て何も書かれていないのを確認すると裏を確認する。しかし、裏にも何も書かれておらず、ダークは送り主や封筒を渡した使者のことが何も分からずにいた。
「……封筒に名前は書かれていないな。まぁ、友達に渡すわけではないのだから、ご丁寧に封筒に名前など書いたりしないか」
「どうする、ダーク。中身を確認するか?」
アリシアが尋ねると、ダークはしばらく封筒を見つめてからアリシアとノワールに視線を向けた。
「勿論だ。だがその前にレジーナたちを集め、レジーナたちがいる場で封筒の中を確認する。ノワール、協力者を全員会議室に集めろ」
「分かりました」
返事をしたノワールは飛んで城内へ戻って行き、残されたダークとアリシアはノワールが飛んでいく姿を見届ける。ノワールが城内に入るのを確認すると、アリシアは視線をダークに向けた。
「手紙の送り主、自動人形にリーテミスを襲撃させたプレイヤーだろうか?」
「間違いないだろう」
「手紙の内容はいったい何なのだろうか。それにどうして今になってダークに手紙を……」
「さあな? それは皆の前で手紙を読めば分かるかもしれん。とりあえず、最悪な内容が書かれていないことを祈っておこう」
リーテミス共和国と同じ運命にならないでほしい、ダークは封筒を見つめながらそう願い、アリシアも争いになるような内容が書かれていないことを祈る。その後、二人は会議室へ向かうために中庭を後にした。
――――――
王城の二階にある広めの会議室。その中にある円卓の周りに無数の椅子が並べられており、その内の一つにダークが座っている。その左隣にはアリシアが目を閉じて座り、協力者の到着を待っていた。
ダークとアリシアが会議室に着いてから十数分後、ノワールから呼び出しを受けたレジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリア、ファウが会議室に入り、最後にノワールが入室した。全員、ノワールから召集の訳を聞かされているのか真面目な表情を浮かべている。ただし、レジーナとファウは無表情で部屋に入った。
「待たせたな、若殿」
マティーリアは座っているダークに声を掛け、ダークは顔を上げて入室したレジーナたちの方を向く。アリシアも目を開け、真剣な表情でレジーナたちを見る。
「とりあえず、座ってくれ」
ダークが席に着くよう指示を出すとレジーナたちは言われたとおり椅子に座る。全員が好きな席に着き、ノワールも子竜から少年の姿に変わってダークの右隣の椅子に座った。
全員が席に着くのを確認したダークは目を薄っすらと赤く光らせ、アリシアから受け取った封筒を円卓の上に置いた。
「……ノワールから聞いていると思うが、少し前にリーテミスを自動人形に襲撃させたプレイヤーの仲間がこの町に現れた」
ダークの言葉にレジーナたちは反応し、僅かに目を鋭くする。数日前にリーテミス共和国で自分たちと激闘を繰り広げた自動人形の主の仲間が今自分たちがいるバーネストに現れたのだから無理もない。
ヴァレリアとファウの二人は自動人形と戦っていないため、リーテミス共和国の話を聞いてもピンと来なかったが、LMFプレイヤーの使者が接触してきたということはとても重要だと知っているため表情は鋭かった。
「ノワールの話じゃ、兄貴と同じプレイヤーの使者とやらが手紙の入った封筒を持ってきたそうじゃねぇか」
「その手紙の内容を話すためにあたしたちが呼ばれたってことよね?」
「ああ、内容がどんなものであれ、プレイヤーがわざわざ使者を使ってまで送りつけてきた手紙だ。お前たちにも聞いてもらおうと思ってな」
ダーク以外の異世界の住人が自分たちの国に接触してきたことはこれまでに経験したどんな出来事よりも衝撃の大きなものなので、アリシアたちは真面目にダークの話に耳を傾けている。普段不真面目なレジーナも今回ばかりは真剣な話を聞いていた。
アリシアたちが注目しているのを確認したダークは封筒を開け、中から一枚の白い綺麗な紙を取り出す。そして、それを広げるとそこに書かれてある内容を確認した。
「これは……」
手紙の中身を見たダークは意外そうな声を出し、ダークの反応を見たアリシアたちは小さく反応する。
紙には異世界の文字ではなく、日本語、つまりダークが嘗て暮らしていた世界の文字で文章が書かれてあったのだ。文章を見たダークは手紙を書いたのがLMFプレイヤーだと確信し、同時にそのLMFプレイヤーが自分と同じ日本人、もしくは日本に住む外国人だと知った。
「どうかなさいましたか、ダーク様?」
ダークの様子を見てファウが不思議そうな顔をしながら声を掛けると、ダークはファウの方を向いて小さく首を横に振った。
「いや、何でもない。読み上げるぞ」
そう言ってダークは手元の手紙を見つめ、内容を読み始める。手紙の内容は以下のようになっていた。
ダーク・ビフレストの存在はビフレスト王国が建国された時から知っており、セルメティア王国の岩山に開かれた門の先にあるダンジョン、フルールア宮殿が何者かに攻略された時から異世界に自分に匹敵する強者がいることに気付いた。
その後はLMFプレイヤーが異世界にいることを考えながら捜索し、リーテミス共和国に送り込んだOFT10及び自動人形を撃破したのがダーク・ビフレストたちだと知り、ダーク・ビフレストがLMFプレイヤーであること、フルールア宮殿を攻略したのがダーク・ビフレストだと確信する。
一度会って話し合いがしてみたく、会談を開くことを知らせる親書を送る。もし会談を受けてくれるのであれば、明日の正午に南東にあるアドヴァリア聖王国の西部にあるエゼンル平原に来てほしい。
自分が何者なのかは、会談場所に訪れた時に話す。
手紙の内容を読み終えたダークは手紙を円卓の上に静かに置く。親書の内容を聞いていたアリシアたちは無言でダークを見ている。親書の内容から、正体不明のLMFプレイヤーが会談を求めていること、フルールア宮殿へ続く門を開いたのがLMFプレイヤーであることを知った。
「……まさか、あのフルールア宮殿への道を開いたのがリーテミスを襲わせたLMFプレイヤーだったとはのぉ」
「どうやら、俺らが予想していた以上に奴さんは面倒そうな奴らしい」
マティーリアが腕を組みながら低い声を出し、ジェイクも難しい顔をしながら俯く。アリシアたちもジェイクと同じように難しい顔をしている。ダークは手元にある手紙を黙って見つめていた。
フルールア宮殿に続く門が開かれた時点でLMFプレイヤーが関わっていたことはダークも気付いていたため、手紙の内容を見ても驚くことは無かった。だが、リーテミス共和国に送り込んだ自動人形たちを倒したのがダークだと分かっても、警戒することなく会ってみたいという相手の精神の強さには驚いている。
「それにしても、アドヴァリア聖王国の領内で会談を開きたいとは……そのプレイヤーは聖王国と関わりを持っているのかもしれない」
ヴァレリアはLMFプレイヤーがまだ自分たちが接触していない国と関わりを持っている可能性があることに対して小さな不安を抱く。ダークたちも未知の国家であるアドヴァリア聖王国がLMFプレイヤーと協力関係にあったら少し面倒なことになりそうだと感じていた。
ダークは腰のポーチに手を入れ、丸めた羊皮紙を取り出すと円卓の上に広げる。羊皮紙には大陸の南東側、アドヴァリア聖王国の領土が描かれており、アリシアたちは広げられた地図に注目した。
「アドヴァリア聖王国はエルギス教国とデカンテス帝国の南東にあり、国の南西以外は岩山で囲まれている防衛力の高い国家、だったか?」
「ああ、過去に何度かデカンテス帝国と小競り合いがあったそうだが、幸い戦争には発展していない。光神アドヴァリアを崇拝していることから、同じように光の神であるフィーラ・エルギスを崇拝していたエルギス教国とは繋がりがあったそうだが、前教皇が死んでからは繋がりは完全に消えたそうだ」
アドヴァリア聖王国のことを確認するジェイクにヴァレリアは自分の知るアドヴァリア聖王国の情報を話し、それを聞いたジェイクはああぁ、と言うような顔をして思い出す。
レジーナとマティーリアはアドヴァリア聖王国のことを詳しく知らないため、ヴァレリアの話を聞いて意外そうな顔をしている。アリシアとファウはヴァレリアの説明を聞くと再び地図に視線を向けてアドヴァリア聖王国を確認した。
「確かあの国は神への信仰心がエルギス教国よりも強く、領内の町の全てに教会が建てられ、精鋭騎士団が配備されているのだったな?」
「ハイ、聖王国でも最強と言われている神光騎士団です。団員は聖騎士と神官、光属性を得意とする魔法使いだけで構成されており、どの町にも必ず一個中隊以上が配備されています。首都である聖都カリアディナほどではありませんが、かなりの防衛力だと聞いています」
アドヴァリア聖王国軍の戦力と精鋭部隊の力がどれ程のものなのか、アリシアとファウは地図を見ながら語り合い、ダークやノワールを地図を見ながら黙って二人の話を聞いている。
「私が帝国にいた頃は帝国も聖王国をそれなりに警戒していたらしく、二つの国の間にある荒野に砦を築いたりして聖王国を監視していたそうです。今はどうしているかは分かりませんが……」
「成る程……それで、会談の場所であるエゼンル平原と言うのは何処なんだ?」
「確か、そこですね」
ファウが地図に描かれている聖都カリアディナの西側にある広い場所を指差し、ダークとアリシアは地図を確認する。確かにそこには荒野とは違う広い場所があり、その周囲には小さな町が幾つもあった。
「平原は複数の町に囲まれている……そのプレイヤーは聖王国の人間たちに存在を知られないな」
「つまり、ヴァレリア殿の言うとおり聖王国と繋がっているかもしれない、と言うことか」
アリシアがダークの方を向いて確認すると、ダークはチラッとアリシアを見て頷く。
「可能性は高い……だが、もしそうだとしたら色々と面倒なことになる」
「と言うと?」
「もしそのプレイヤーがアドヴァリア聖王国の人間を味方につけ、私たちに敵対するような存在だとしたら、プレイヤーだけでなく、聖王国の人間たちも敵に回すことになる」
「……国同士の問題に発展しかねない、と言うことか」
「そうだ。しかも相手はフルールア宮殿へ通じる門を開き、レベル92のエイブラムスを召喚することができる。相手はかなり高レベルで強力なマジックアイテムを複数所持していると言うことになる」
「そんなプレイヤーが敵に回ったらこの国だけでなく、同盟を結んでいるセルメティア王国や他の国にも危険が及ぶ可能性があるな」
LMFプレイヤーがダークのように強力な力を持つ存在で、もし敵になったとしたら周辺国家にも何かしらの被害が出るかもしれない。アリシアは最悪な状況になってしまうことを考えて緊迫した表情を浮かべる。
ノワールやレジーナたちもダークとアリシアの会話を聞いて少し緊張した表情をしていた。神に匹敵する力を持つダークと同じ力を持ち、そんな存在が敵になったら間違いなくとんでもない戦いになってしまう。その場にいる全員がそう感じている。
「……とにかく、そのプレイヤーが何者で私たちの敵になるのか、味方になるのかは会談で会ってみないことには分からない」
「と言うことは、その会談に行くってこと?」
レジーナが問うと、ダークは迷わずに頷いた。アリシアたちはダークなら絶対に会談に参加すると分かっていたのか、驚くことなくダークを見ている。
ダーク自身もこの世界で唯一自分と同じLMFの世界から来た人間であるため、会うことができるのなら会ってみたいと思っていた。そして、もし友好的な関係を築けるのなら仲間になろうと考えている。だが、敵対する可能性もあるため、決して油断せずにLMFプレイヤーに会おうと自分に言い聞かせた。
「会談には何人か黄金騎士を護衛として同行させる。相手が出会って早々襲ってくる可能性もあるからな」
「当然、妾たちも同行するのだろう?」
「勿論だ。向こうがこちらと同じように強力な仲間を護衛として同行させている可能性がある。もしソイツらが襲ってきたら私もさすがにキツイからな。何より、お前たちは私の協力者だ。一緒にプレイヤーに会って相手の器を見定めてほしい」
「相手を見てどんな存在なのかを見定めるなど、妾には似合わんことじゃが……まあ、若殿の頼みなら仕方ないのぉ」
マティーリアは面倒くさそうな口調だが、何処か楽しそうに笑っている。決して行きたくないわけではなさそうだ。レジーナたちもダークの頼みなら迷うことなどない、と言いたそうに小さく笑っていた。
レジーナたちの反応を見たダークは視線をアリシアに向ける。アリシアも一緒に行くつもりらしく、真剣な表情で頷いた。ダークはアリシアを見るとフルフェイスの兜の下で小さく笑った。
「では、次に会談場所までの道のりと出発時間を決める。地図を見てもし良い道があるのなら進言してくれ」
ダークは地図を見ながらどのようにエゼンル平原へ向かうかアリシアたちと話し合いを始める。アリシアたちは地図を見てどう移動するか考えた。
それから長い時間を掛け、ダークたちはエゼンル平原までのルート、会談場所に着いたらどうするかなどを決めて解散した。
――――――
太陽が昇る青空、その下ではダークたちが会談場所であるエゼンル平原へ向かうため、静かな草原の中を移動していた。ダークたちは二台の馬車に二組に分かれて乗り、縦一列に並んで草原内を走っている。その周りには護衛である黄金騎士が乗った馬が十頭、馬車に合わせて走っていた。
会談場所へ向かう馬車の内、前を走る馬車にダーク、アリシア、ノワール、レジーナが乗っており、その後ろを走る馬車にジェイク、マティーリア、ヴァレリア、ファウが乗っている。ダークたちは全員、喋ることなく俯いたり、外を眺めたりしていた。
親書を受け取った翌日、ダークたちは会談場所へ向かうため、まずノワールの転移魔法でエルギス教国領内に転移した。少しでも早く目的地へ辿り着けるよう、会談場所に一番近い場所に転移し、そこから馬車でエゼンル平原へ向けて移動し現在に至る。
普通であれば、他国にある会談場所に一日で移動するなど不可能だが、相手はダークがLMFプレイヤーだと言うことを考え、一日でも会談場所へ移動することが可能だと考えて翌日に会談を行うと親書に書いたようだ。
「……相手は何を考えて私たちに接触を求めてきたのだろうか」
「やっぱ、宣戦布告をするためじゃない? もしそのプレイヤーがダーク兄さんと同じ神に匹敵する力を持っているのなら、兄さんのことを危険な存在と思っているのかもしれないし」
「それならわざわざ宣戦布告などせず、同盟を組んだ方が安全だろう。強大な力を持つ者同士がぶつかれた確実に大きな被害が出る。同盟を組んで監視し合った方がずっと良いと思うぞ?」
「いやいや、分かんないわよぉ? もし相手が強い力を持つのが自分だけでいい、なんて考え方を持っている奴なら例え大きな被害が出ることになっても、ダーク兄さんを殺そうとするかもしれない」
「お前、それを本人の前で言うか?」
アリシアは呆れ顔でレジーナを見ながら言うと、レジーナは視線をアリシアの隣で腕を組んでいるダークに向ける。本人の前で殺そうとしているかもしれない、などと言ってしまったことにレジーナはしまった、と言いたそうな表情を浮かべた。
「……気にするな、レジーナの考え方も一理ある。相手が自分のことしか考えないプレイヤーなら私を目障りに思って殺そうと考えてもおかしくない」
文句を言ったり責めたりせずに冷静に答えるダークを見てレジーナは苦笑いを浮かべる。アリシアはそんなレジーナの反応を見るとやれやれ、と言いたそうに首を横に振った。
「だがダーク、もしもレジーナの言うとおり、相手が貴方を邪魔に思って宣戦布告してきたらどうするつもりだ?」
「勿論、戦う。私だって死にたくないし、自分のことを優先的に考える勝手な奴を野放しにすれば、ビフレストだけでなく周辺国家にも危害が及ぶかもしれないからな」
ダークの答えを聞いたアリシアは、やはりそうなるか、と思っているのか真剣な顔でダークを見ている。レジーナや彼女の隣に座っている少年姿のノワールもアリシアと同じような表情を浮かべてダークに注目していた。
LMFプレイヤー同士が戦えば確実に大きな被害が出る。ダーク自身もそれは十分理解しているが、戦わずにいればより酷い状況になってしまうので、危険を覚悟で戦おうとダークは思っていた。
「……で、ダーク兄さん。もしそのプレイヤーと戦うことになったとして、勝つ自信はあるの?」
「何とも言えないな。今までの敵とは違って今度は私と同じLMFの世界から来たプレイヤーだ。私が所持しているような強力な武具やマジックアイテムを持っているはずだから、少なくとも楽勝とはいかないだろう」
「うへぇ~、かなり厄介な戦いになりそうね」
面倒くさそうな表情を浮かべながらレジーナは椅子にもたれ、アリシアも小さく俯く。
ダークと出会い、アリシアたちは多くの敵と戦い勝利してきた。これまで戦ってきた敵はダークやアリシアたちよりもレベルが低く、苦戦することは無かったのでアリシアたちは危機感を感じることなく戦っていた。
しかし、今回の相手はダークと同等の力を持っており、ダークも苦戦する可能性がある。そんな存在ともうすぐ会うためか、アリシアは少しずつ緊張してきた。
「そんな顔をするな。まだそのプレイヤーと戦うと決まった訳ではないのだからな」
アリシアの顔を見たダークがそっと声を掛け、ダークの声を聞いたアリシアはゆっくりと顔を上げる。確かにまだ相手のプレイヤーと戦うと決まった訳ではない。今から戦いを警戒して緊張するのは変だとアリシアは感じた。
ダークがアリシアを落ち着かせていると、レジーナの隣に座っていたノワールが懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。時間を確かめたノワールは懐中時計をしまってダークに方を向いた。
「マスター、もう間もなく会談場所であるエゼンル平原に到着します」
ノワールの言葉を聞いてダークたちは一斉に視線をノワールに向ける。いよいよ相手のLMFプレイヤーと会う、ダークは目を薄っすらと赤く光らせ、アリシアとレジーナも目を鋭くした。
「いよいよか……後ろの馬車に乗っているジェイクたちにも伝えろ」
「分かりました」
返事をしたノワールはオレンジ色の四角い水晶、異世界で作られたメッセージクリスタルを取り出して後ろの馬車の乗っている四人の誰かに連絡を入れる。ダークは馬車の窓から外を眺め、どんなLMFプレイヤーが待っているのだろうと心の中で考えた。
それからダークたちは草原をしばらく移動し、目的地であるエゼンル平原に辿り着いた。そこは通ってきた草原と違い丘などが無く、草の量も少ない見通しの良い場所だ。
ダークたちがそんな平原の中を真っすぐ移動していくと、遠くに大きめのテントが一つ張られているのが目に入った。テントは白いラインが縦に入った青いテントでテントのてっぺんにはどこかの国の旗が付いている。馬車はテントから100mほど離れた位置で停車し、護衛の黄金騎士たちが乗る馬も一斉に停まった。
護衛の黄金騎士たちは馬を降りるとダークたちの馬車に近づいて周囲を警戒する。そんな中、ダークたちは一人ずつ馬車から降りてテントの方を向く。テントの周りに銀色の装飾が施された白い全身甲冑を纏った騎士が十数人テントの周りで待機していた。
騎士は全員同じ全身甲冑とフルフェイスの兜を装備しており、腰には小さな宝石が幾つも付いた白い騎士剣が佩されおり、その装備を見たダークたちは驚いている。しかし、装備以上にダークたちを驚かせたのは、騎士たちの背中から純白の天使の翼だった。
「ダ、ダーク、あの騎士たちは……」
アリシアは驚きの表情を浮かべながらダークに声を掛ける。レジーナたちも目を見開きながら天使の翼を持つ騎士たちを見ていた。
「……あれは権天騎士だ」
「権天騎士?」
「LMFに存在する天使族モンスターだ。下級モンスターだがそこそこ力のあるモンスターと言われている」
「それじゃあ、テントの周りにいるのは全てその権天騎士なのか?」
「ああ、間違いない」
テントの周りにいる騎士を見てアリシアは目を見開く。レジーナたちも天使族モンスターがテントの警護をしていることを知って更に驚きの表情を浮かべている。ノワールもダークの隣に立ちながらジッと権天騎士たちを見ていた。
「……天使族モンスターはLMFの世界に存在するモンスターの中でも最も種類が少なく、サモンピースも入手し難くなっています。にもかかわらず、あれだけの権天騎士を配下に置いているとなると……」
「相手はLMFの世界でもかなりの実力者である、プレイ時間の長い奴だと言うことになるな」
権天騎士を見つめながらダークとノワールは小声で相手側のLMFプレイヤーがどんな存在なのか確認し合う。召喚するのが難しい権天騎士を配下に置いている時点で二人は相手がベテランプレイヤーだと確信していた。
ダークたちが権天騎士に驚いているとテントの中から誰かが出て来てダークたちの方へ歩いて行く。テントから出てきたのは身長150cmぐらいで黒いおかっぱ頭をした美少女で白と紫の長袖とミニスカート姿をしている。頭には銀の髪飾りを付け、右手に青い宝石が付いた神々しい雰囲気のロッドが握られていた。
少女は少しずつダークたちへ近づいて行き、少女に気付いたダークたちは一斉に警戒する。そして、少女はダークたちの前にやって来て静かに立ち止まった。
「お待ちしておりました。約束の時間、ピッタリのご到着ですね」
ダークたちの前にやって来た少女は軽く頭を下げて挨拶をする。アリシアたちはどこかノワールと雰囲気が似ている少女を見て少しだけ警戒を解く。だが、アリシアたちが警戒を解く中でダークは少し驚いたような反応を見せ、ノワールも目を見開いて驚いていた。
「お、お前は……」
僅かに震えたような声を出すダークにアリシアたちは意外そうな表情を浮かべながらダークを見る。少女はダークの方を見るともう一度頭を下げた。
「お久しぶりです、ダークマンさん」
少女は僅かに鋭い目でダークを見上げながら嘗てダークが名乗っていた名を口にする。
第二十章、投稿開始します。長かった暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記もこれが最終章です。どうか最後までお付き合いください。