第二百九十一話 要塞陥落
ダークとアリシアは構えながら自分たちの得物をしっかりと握り、ノワールは二人の真上で魔法を発動する態勢を取る。エイブラムスはいつでも動くことができる三人をジッと見つめていた。
「確カニ、マダ戦イハ始マッタバカリダ。オ互イモウ少シ強者トノ戦イヲ楽シムトシヨウ」
「……貴公は思っていたよりも戦闘狂なのだな」
「フッ、褒メ言葉トシテ受ケ取ロウ」
エイブラムスは楽しそうな口調でそう言うと目の下の四つのリニアレンズを光らせ、ダークたちに向けて四つの赤い光線を同時に発射する。ダークとアリシアはそれぞれ右と左へ跳んで光線をかわし、ノワールは上昇して光線を回避した。
光線をかわしたダークとアリシアはエイブラムスの側面に回り込むために走り出し、エイブラムスは目を動かして走る二人を確認する。
「マタ同ジ手デ攻撃スルツモリカ? 私モ甘ク見ラレタモノダ」
エイブラムスは四本の脚を同時に曲げ、勢いよく後ろに跳んだ。エイブラムスが離れたため、ダークとアリシアは側面に回り込むことができなってしまい、逆にエイブラムスから距離を取られてしまった。
ダークとアリシアはもう一度エイブラムスの側面に回り込むために距離を取ったエイブラムスを追いかけるように走り出す。だが、エイブラムスは二人に側面を取られないようにするためか、かなり離れた所に移動している。しかも二人はエイブラムスから見て正面にいるため、エイブラムスにとっては狙いやすい的となっていた。
エイブラムスは離れた所から自分に向かって走り出すダークとアリシアを見て目を青く光らせ、右下と左下のマジックポッドの蓋を開けて迎撃の魔法を発動させる。
右下のマジックポッドから無数の雹、左下のマジックポッドから真紅の火球がダークとアリシアに向かって放たれ、魔法を見たダークは目を薄っすらと赤く光らせ、アリシアは少し驚いたような反応を見せる。しかし、二人は慌てることなく落ち着いて対処した。
ダークは飛んでくる無数の雹を蒼魔の剣で全て叩き落し、アリシアも真紅の火球を左と移動して回避する。エイブラムスは難なく魔法の凌いだ二人を見ると全身の紫色のラインを光らせ、再び目の下の四つのリニアレンズを光らせた。
「また光線を撃つ気か……ノワール、援護してくれ!」
エイブラムスの次の攻撃に気付いたダークは飛んでいるノワールに向けて大きな声を出し、それを聞いたノワールはエイブラムスに向かって飛んで行く。
高い位置から真っすぐエイブラムスに向かって行くノワールは真剣な表情を浮かべながら右手をエイブラムスに向ける。すると、ノワールの手の中に赤い魔法陣が展開された。
「深紅の新星!」
ノワールはエイブラムスが使用した魔法と同じ魔法を発動させ、手の中から真紅の火球をエイブラムスに向けて放つ。火球はエイブラムスの上部に命中すると爆発し、その時の衝撃でエイブラムスの体が大きく揺れる。
エイブラムスが体勢を崩したのを見たダークは接近するチャンスだと感じて走る速度を上げる。アリシアもダークに続いて走る速度を上げ、エイブラムスの下へ向かった。
ノワールの魔法で体勢を崩したエイブラムスは火球が命中した箇所から煙を上げながらも体勢を立て直し、上空から自分を見下ろしているノワールを見上げた。空中のノワールは真剣な表情のままジッとエイブラムスを見ている。
(最初ノ魔法ヨリモ威力ガ増シテイル。サッキノ竜の魂デステータスガ強化サレタカラカ……アノ状態デ最上級魔法ヲ使ワレルノハマズイナ。使ワレル前ニ奴ヲ先ニ倒シテオイタ方ガイイカ)
補助魔法で攻撃力が高まり、ノワールを脅威と感じたエイブラムスは心の中で先にノワールを倒した方がいいと考える。ノワールを見上げたまま、エイブラムスは四つのマジックポッドを全て空中のノワールに向けて蓋を開け。
魔法を発動させる態勢に入ったエイブラムスはノワールに攻撃しようとする。だが、魔法を発動させようとしたその時、正面から走ってきたダークがエイブラムスの右前足の側面に回り込み、蒼魔の剣で上段構えを取り、剣身に薄紫色の電気を纏わせた。
「魔獄紫電斬!」
ダークは暗黒剣技を発動させ、蒼魔の剣を勢いよくエイブラムスの右脚に向けて振り下ろした。蒼魔の剣は右脚の下腿部に大きな切傷を付け、同時にエイブラムスの体に電気が走る。
エイブラムスは全身に伝わる痛みに低い声を漏らすが、痛みに耐えながら右脚を横に振ってダークに反撃する。ダークは蒼魔の剣の剣身を左手で支えながら下半身に力を入れた。その直後、右脚が蒼魔の剣の剣身とぶつかり、ダークは両足で地面を擦りながら後ろに押される。
体勢を崩さないようダークは耐え、エイブラムスから20mほど離れた所で倒れることなく停止する。地面にはダークの足が擦れてできた二本の線が残っていた。
重い攻撃に耐えたことでダークの両足は僅かに震えているが、戦いに支障ができるほどのものではなく、ダークは気にせずに体勢を立て直してエイブラムスの方を向く。
エイブラムスは体の向きを僅かにダークの方へ向け、右下のマジックポッドをダークに向けて魔法を放とうとする。すると、今度は左側に回り込んだアリシアがエイブラムスの胴体と同じ高さまでジャンプし、フレイヤを上段に構えて攻撃を仕掛けた。
「天空快刃波!」
神聖剣技を発動させたアリシアは剣身が光るフレイヤを勢いよく振り、剣身から三つの白い斬撃をエイブラムスに向けて放つ。三つの斬撃はエイブラムスの胴体に命中して三つの切傷を付けた。
斬撃を受けたエイブラムスは大きなダメージを受けたのか僅かに体をふらつかせるが、すぐに体勢を直して左上のマジックポッドをアリシアの方に向けて蓋を開け、魔法を発動させる。
エイブラムスの頭上には緑の大きな魔法陣が展開され、その中央に現れた青白い雷球から無数の電撃が飛び出してエイブラムスの周りに落ちる。その内の一つがアリシアの頭上から彼女に向かった落ちてきていた。
「ッ! マズイ!」
ジャンプしているため、電撃をかわせない状況にアリシアは表情を歪ませる。いくら補助魔法やリンバーグの能力で強化されているとはいえ、レベル92のモンスターの魔法をまともに受ければ只では済まない。アリシアは電撃を受けることに僅かだが恐怖を感じた。
「次元転送!」
何処からかノワールの声が響き、アリシアがそれに反応すると彼女の体がその場から消える。電撃はアリシアに当たることなく地面に落ちた。
消えたアリシアはエイブラムスの左側、ジャンプした位置から少し離れた場所に現れる。アリシアはジャンプしていたはずの自分がエイブラムスから離れた所で地面に足を付けていることを不思議に思い、目を見開きながら周囲を見回す。すると、ノワールが飛んでアリシアの隣にやって来た。
「アリシアさん、大丈夫ですか?」
「ノ、ノワール、これはいったい……」
「間一髪でしたよ? 僕の魔法が間に合わなかったらアリシアさんは電撃をまともに受けていました」
宙に浮いたまま真剣な表情で語るノワールを見たアリシアは先程エイブラムスの魔法を受けそうになった自分を思い出し、フッとエイブラムスの方を見た。
「それじゃあ、お前が私を助けてくれたのか?」
「ええ、僕の転移魔法でアリシアさんを此処に転移させました」
小さく笑いながらノワールは自分がアリシアを助けたと説明する。
<次元転送>は闇属性の中級転移魔法で使用者以外の存在を別の場所へ転移させることができる魔法だ。対象は一人だけで、転移させられる範囲は使用者の半径400m圏内だが、発動するまでの時間が短く、プレイヤーだけでなくNPCも転移させられるため、使い勝手の良い魔法とLMFプレイヤーたちからはそれなりに好評な魔法でもある。
ノワールはアリシアがエイブラムスの魔法を受けそうになったのを見て瞬時にディメンジョンリードを発動し、アリシアは別の場所へ転移させて助けたのだ。それを知ったアリシアは緊張が解けたのか軽く息を吐いた。
「すまない、ノワール。助かった」
「いいえ、気にしないでください。マスターからアリシアさんを優先して援護するよう言われていますから」
「ダークが?」
意外そうな顔をしながらアリシアはノワールを見上げ、そんなアリシアを見ながらノワールは微笑んで頷く。
「大丈夫なのか? 私よりもダークの方を優先して援護するべきなんじゃ……」
「マスターなら心配ありません。複数のマジックアイテムを所持してますから、イザという時はそれを使って対応されるはずです」
「そうか、それならいいが……」
アリシアもダークの強さや用心深さは知っているが、今回ばかりは相手が相手なのでダークがノワールの援護無しで大丈夫なのか不安を感じているようだ。
そんなアリシアをエイブラムスは再びマジックポッドを動かして狙いを付ける。左下のマジックポッドの蓋が開き、真紅の火球がアリシアに向けて放たれた。アリシアは火球に気付くと素早くフレイヤを構え、剣身を白く光らせる。
「聖光飛翔槍!」
神聖剣技を発動させたアリシアは大きくフレイヤを横に振り、剣身から槍のように先端が尖った白い光の刃を放つ。光の刃は火球に向かって飛んでいき、火球と光の刃がぶつかった瞬間、火球は爆発して周囲に衝撃を広げる。
相殺された火球と光の刃を見た後、アリシアはエイブラムスの背後に回って走り出す。ノワールはアリシアとは逆の方向へ飛んでいき、エイブラムスの正面に回り込もうとする。
「驚イタ、マサカココマデ強サヤ戦イ方ガ変化スルトハ……油断シテイルト簡単ニ倒サレテシマウナ」
ダークたちの変化にエイブラムスは驚きと楽しさを感じながら呟く。目やマジックポッドを動かしながらダークたちの位置を確認すると態勢を立て直すために大きく後ろへ跳んだ。エイブラムスが離れると三人は一斉に視線をエイブラムスに向ける。
「クソッ、また距離を取られた」
アリシアは一瞬にして遠くに移動したエイブラムスを睨みながら悔しそうな声を出す。ダークとノワールもアリシアから少し離れた所で同じようにエイブラムスを見つめていた。
「ダーク、どうする? このまま戦い続けるとこちらの体力が先に尽きてしまうぞ」
戦闘が長引けば不利になると感じ、アリシアは僅かに焦りを見せる。ダークはアリシアの方を一度見てから視線をエイブラムスに向けた。
「確かにこのまま戦いを続けるのは得策じゃないな……なら、次の攻撃で強力な一撃を叩き込むぞ」
「強力な一撃?」
「私の暗黒剣技と君の神聖剣技の最強技を同時に発動する。奴はここまでの攻撃でかなりのダメージを受けている。最強技を使えば倒せるかもしれない」
ダークが勝負に出ようとしていることを知ったアリシアは目を鋭くしながらダークを見つめる。このまま普通に攻撃を続けてエイブラムスの体力を少しずつ削るよりは大技を放って体力を大きく削った方がいいとアリシアも感じ、フレイヤを握る手に力を入れた。
「……分かった、エイブラムスに近づき、一緒に攻撃を仕掛けよう」
アリシアはエイブラムスの方を向くと中段構えを取り、足の位置も僅か動かす。ダークも八相の構えを取りながら目を薄っすらと赤く光らせてエイブラムスを見つめる。
「ノワール、お前は私とアリシアがエイブラムスに近づけるよう魔法で援護しろ」
「ハイ!」
ノワールは力強く返事をすると宙に浮いたまま両手をエイブラムスに向けて魔法を発動させる体勢を取った。エイブラムスも構えを変えたダークたちを見て何か仕掛けてくると感じ、四本の脚を少し動かして警戒する。
「何カ仕掛ケテ来ルヨウダナ。最初ノ攻撃ト比ベテ先程マデノ攻撃ハ威力ガ増シテイル。モシ強力ナ攻撃ヲ仕掛ケヨウトシテイルノナラ、絶対ニ受ケルワケニハイカナイ。攻撃ヲ仕掛ケテ来ル前ニ叩キノメス」
エイブラムスはダークたちを見ながら小声で呟き、目を青く光らせる。そして、上部のマジックポッドを全てダークたちに向け、目の下に付いている四つのリニアレンズも赤く光らせて光線を撃つ準備に入った。
遠くでエイブラムスが何かの動きを見せたのを目にしたダークは反応し、先手を打たれる前に動くべきだと感じ、エイブラムスに向かって走り出す。アリシアも少し遅れたダークに続き、ノワールは飛んで二人の後を追った。
エイブラムスは真っすぐ自分の方に向かってくるダークとアリシアに向けて光線を二つずつ放つ。ダークは蒼魔の剣を盾代わりにして光線を防ぎ、アリシアは左へ移動して回避した。
真正面からの攻撃をかわされることを予想していたのかエイブラムスは動揺を見せず、今度はマジックポッドで攻撃しようとする。するとダークとアリシアの後ろを飛んでいるノワールが右手をエイブラムスに向けた。
「厳寒の剛撃!」
ノワールがエイブラムスを見つめながら叫ぶと右手の中に青い魔法陣が展開され、エイブラムスの足元から大きな冷気の柱が空に向かって放たれた。
「グオオォッ!?」
冷気の柱に呑み込まれたエイブラムスは真下から感じる冷たさと殴られたような痛みに声を上げ、ダークとアリシアを狙っていたマジックポッドも冷気を受けた衝撃で二人がいる方角とは別の方角を向く。マジックポッドの向きが変わるのを見たダークとアリシアは一気に接近するチャンスだと走る速度を上げた。
<厳寒の剛撃>は敵の真下から大きな冷気の柱を放つ水属性の最上級魔法だ。冷気の柱に呑まれた敵全てに水属性と殴打のダメージを与え、その攻撃力は神格魔法を除けば水属性最強と言われている。更に冷気の柱が大きく、真下から攻撃するため回避は非常に困難な魔法だ。
冷気の柱が消えると、エイブラムスは全身の痛みに耐えながら正面を見ると、ダークとアリシアが数十m前まで近づいて来ているのを目にし、エイブラムスは驚きの反応を見せた。
「チッ、モウココマデ近ヅイタカ……ダガコノママ接近ヲ許ス程、私モ甘クハナイゾ」
エイブラムスは四本の脚を少しだけ曲げ、衝撃に耐えるような体勢を取る。その直後、エイブラムスの目が強く光り出し、走ってくるダークとアリシアに視線を向けた。
ダークは今までよりも強く光るエイブラムスの目を見た瞬間に嫌な予感がし、エイブラムスの動きに意識を集中させる。アリシアもダークの左隣でエイブラムスが何か仕掛けてくるのかもしれないと警戒しながら走り続けた。
「受ケテミロ!」
エイブラムスが叫んだ瞬間、目から太く青い光線をダークとアリシアに向けて放った。アリシアは突然放たれた光線に驚いて目を見開く。しかし、ダークは慌てる様子を見せることなく、素早く隣を走るアリシアを左腕で抱き寄せた。
「脚力強化!」
ダークは能力を発動させて脚力を強化させるとアリシアを抱きかかえたまま、高くジャンプした。青い光線はジャンプしたダークの真下を通過し、本拠点の外まで伸びていく。そして、数百m先にある大岩に命中して爆発した。
空中ではダークとアリシアが光線で破壊された大岩を見ており、ダークはギリギリで回避が間に合ったことに安心したのか軽く息を吐き、アリシアは驚愕の表情を浮かべていた。
「な、何て破壊力だ。奴め、まだこれ程の技を隠していたとは……」
「危なかったな、もし避けていなかったら致命傷を負っていたかもしれなかった」
ダークとアリシアが光線の破壊力に驚いていると、エイブラムスはまた後ろへ跳んでダークとアリシアから距離を取った。二人は折角エイブラムスに近づけたのに再び距離を取られたのを見て悔しそうな反応を見せる。
二人はもう一度エイブラムスに近づくため、ゆっくりと落下していく。だが、エイブラムスは回避行動の取れない落下中の二人を黙って見逃がす気などなかった。ダークとアリシアを見つめながらエイブラムスは目と四つのリニアレンズを光らせ、右下と左下のマジックポッドの蓋を開ける。
「コレ以上戦イガ続ケバ私ガ追イ込マレル可能性ガアル。ソウナル前ニ貴公ラトノ戦イニ決着ヲツケルコトニシヨウ」
戦いが長引けば自分が不利になると感じたエイブラムスはダークとアリシアを倒すために全力の攻撃を放つ準備に入る。勿論、落下中の二人はエイブラムスの行動に気付いていた。
「ダーク、奴は光線と魔法を同時に撃ち込む気だぞ!」
「ああ、分かっている……」
若干取り乱すアリシアを抱きかかえながらダークは落ち着いて答える。アリシアは冷静なダークを見て何か策があるのか、と意外そうな表情を浮かべていた。
アリシアがダークを見つめている間も二人はゆっくりと地上に近づいている。そんな二人をエイブラムスは目を光らせながら狙っていた。既に光線も魔法も、いつでも撃てる状態になっている。
「……ダーク・ビフレスト、貴公ガ我々ニ協力的デアッタノナラ、アノ方ニ会ワセタカッタ。ダガ、我々ノ邪魔ヲシタ以上、貴公ニハ此処デ消エテモラウ。恨ムノナラ、我々ニ敵対シタ己ノ運命ヲ恨マレヨ」
手向けの言葉を送るかのようにエイブラムスは低い声で呟き、落下するダークとアリシアを見つめる。二人はあと少しで地面に足が付く高さまで下りてきており、エイブラムスは二人が地面に下り立つ直前を狙っていた。
やがてダークとアリシアは地上から数mの高さまで下り、それを見た瞬間、エイブラムスは目を強く光らせた。
「サラバダ、我ガ主ノ同輩ヨ!」
別れを告げると同時にエイブラムスは青と赤の光線、真紅の火球、無数の雹をダークとアリシアに向けて一斉に放つ。落下するダークは迫ってくるエイブラムスの攻撃を無言で見つめ、アリシアは緊迫したような表情を浮かべた。
「不落の王城!」
攻撃がダークとアリシアに命中しそうになった瞬間、二人の周りに黄金のドーム状の障壁が張られ、エイブラムスの攻撃を防いだ。突然張られた障壁にダークとアリシア、攻撃したエイブラムスは驚きの反応を見せた。
ダークとアリシアは障壁に防がれている光線や魔法を見ていると、二人の後ろにノワールが転移し、二人の肩に手を置いた。
「ノワール!」
「お二人とも、そのままでいてください……転移!」
ノワールが叫んだ瞬間、三人はその場から一瞬にして消える。その直後、エイブラムスの攻撃も治まり、ドーム状の障壁だけがその場に残った。
「イナイ……何処ヘ行ッタ?」
障壁の中にダークとアリシアの姿が無いことに気付いたエイブラムスは目だけを動かして二人を捜す。障壁で攻撃を防がれたため、エイブラムスはダークとアリシアはまだ無事だと確信して警戒していた。
エイブラムスが目とマジックポッドを動かして周囲を警戒していると、エイブラムスの頭上からダークたちが現れる。ダークとアリシアは得物を両手で握りながら落下し、ノワールは宙に浮いたままエイブラムスを見下ろしていた。
ダークたちの存在に気付いたエイブラムスはマジックポッドを上に向け、魔法で迎撃しようとする。しかし、迎撃するよりも早くダークとアリシアはエイブラムスに攻撃を当てられてところまで落下していた。
「暗黒次元斬!」
「天王聖撃剣!」
落下しながらダークとアリシアは自分たちの最強剣技を発動する。ダークは紫色に輝く大きな光の剣身をした蒼魔の剣を、アリシアは白く輝く大きな光の剣身をしたフレイヤをほぼ同時に振り下ろしてエイブラムスを攻撃した。
二つの光の剣身はエイブラムスの胴体の上部に大きな切傷を付ける。その傷はこれまで二人がエイブラムスに付けた傷とは比べ物にならないくらい大きなものだった。
「グオアアアアァッ!!」
これまでに感じたことのない痛みにエイブラムスは声を上げ、同時に斬られた箇所からはバチバチと火花が飛ぶ。更に四本の脚の関節部分からも小さな爆発が連続で起き、灰色の煙が上がる。エイブラムスが大ダメージを受けたことで体のあちこちで異常が出たようだ。
エイブラムスにダメージを与えたダークとアリシアはエイブラムスの上部に着地し、すぐに地面へ跳び下りて距離を取る。ノワールもエイブラムスの反撃を警戒しながら二人と合流した。エイブラムスは体のあちこちから小さな爆発と火花を上げながら痙攣するかのように震え始める。今度こそ決定的なダメージを与えることに成功したようだ。
「バ、馬鹿ナ……剣技トハ言エ、コレホドノダメージヲ負ウ、ナド……」
致命傷を負ったことが信じられないエイブラムスは体を震わせながらよろめき始める。ダークたちが見ている中、エイブラムスはフラフラとテントの方へ移動していく。
エイブラムスが大きな足音を立てながらよろめいていると、テントの中からリュクドールが驚きの表情を浮かべながら顔を出した。
「な、何だ! 何の音だ!?」
リュクドールが周囲を見回しながら確認しているとテントを覆うほどの大きな影に気付いて視線を動かす。そして、自分の方に近づいてくるエイブラムスに気付き、目を大きく見開いた。
エイブラムスは踏み止まることなく動き続け、ゆっくりとテントへと近づいて行く。やがて、テントの手前まで近づくとバランスを崩してテントの方へ倒れ始めた。
「お、おい、何をしている! 来るな、倒れてくるなぁ!」
迫ってくるエイブラムスの巨体に向けてリュクドールは叫び続けるが倒れるエイブラムスの体は止まることない。
リュクドールは突然の事態に混乱しているのか、その場から逃げようとせずに倒れてくるエイブラムスをただ見つめている。そんな中、遂にエイブラムスの巨体はリュクドールとテントの上に倒れ、リュクドールは断末魔を上げながらその下敷きとなった。
ダークたちはリュクドールとテントに倒れ込んだエイブラムスを離れた所で見つめている。苦戦していたエイブラムスを倒すことができ、ダークたちはとりあえず安心するが、司令官であるリュクドールがエイブラムスの下敷きになってしまい、それを見たノワールは少し悔しそうな表情を浮かべた。
「敵の司令官が下敷きに……これでは情報が得られません」
「えっ、どうしてだ? エイブラムスを退かして蘇生魔法を使えば……」
「エイブラムスの巨体に潰されたのであれば、死体はペチャンコになっているでしょう。損傷の激しい死体では蘇生魔法でも復活させることはできません」
死者を蘇らせることができないと聞かされたアリシアは目を大きく見開きながらノワールを見つめ、目を細くしながら視線を倒れたエイブラムスに向ける。その隣ではダークが目を薄っすらと赤く光らせていた。
(……俺とアリシアの攻撃を受けた時、エイブラムスの体のあちこちで爆発が起きていた。奴が致命傷を負ったことは間違いないだろう。だが、その後の奴の倒れ方はあまりにも不自然すぎる……まさか、自分が致命傷を負ったことに気付き、死ぬ前に情報を吐く可能性のあるリュクドールの口を封じたのか?)
エイブラムスは自分が死ぬことを悟り、仲間の情報が敵に渡らないようにするために司令官のリュクドールを殺したのかもしれない、そう考えるダークはエイブラムスの判断能力はとんでもないものだと感じていた。同時に仲間を口封じのために殺すエイブラムスの冷酷さに驚く。
ダークたちがエイブラムスを見ていると後方からレジーナとリーテミス兵、青銅騎士たちがダークたちに向かって走ってくる。レジーナたちに気付いたダークたちは振り返って近づいてくるレジーナたちの方を向いた。
「おーい! 大丈夫?」
「ああ、何とかな」
駆け寄ってくるレジーナにアリシアは無事であることを伝え、ノワールも地面に着地しながら笑みを浮かべる。ダークは蒼魔の剣を腰の鞘に納めながらレジーナやリーテミス兵たちが無事な姿を見てとりあえず安心した。
ダークたちの下に駆け寄ってレジーナは深く溜め息をついてから倒れているエイブラムスに視線を向ける。リーテミス兵たちも見たことのないモンスターが倒れている姿を見て驚いていた。
「加勢しようと思ってたけど、あたしの出る幕は無かったわね。流石はダーク兄――」
「オホンッ!」
レジーナの発言を止めるようにアリシアが大きく咳をする。レジーナはアリシアの方を向くと、リーテミス兵たちの前なのでいつものようにダークと接してはいけないことを思い出し、あっと言う表情を浮かべた。
「あ~、さ、流石はダーク陛下、ですねぇ~」
苦笑いを浮かべるレジーナを見てアリシアはよし、と無言で頷く。ノワールもレジーナの反応を見ながら苦笑いを浮かべていた。
リーテミス兵たちはダークたちが未知のモンスターであるエイブラムスを倒したことを知って更に驚きの反応を見せる。エイブラムスの姿と大きさから、自分たちが戦っていた自動人形よりも強いモンスターであることはリーテミス兵たちにも理解でき、そのモンスターを倒したダークたちの強さに言葉を失う。
ダークはレジーナたちの無事を確認すると、レジーナたちが自動人形たちと戦っていた場所を確認した。そこには自動人形たちの残骸、数体の青銅騎士が倒れている光景があり、レジーナたちが激戦を繰り広げていたとダークは理解する。ダークはレジーナたちを見ながらよく戦ったと心の中で称えた。
「そう言えば、敵の司令官はどうなったんです?」
レジーナがダークに敵司令官のことを尋ねると、ダークは倒れているエイブラムスの方を向いた。
「……敵司令官は死んだ。あのモンスターの下敷きになってな」
「そう、なんですか……じゃあ、もう敵の情報を手に入りませんね」
「いや、まだ情報を得る方法はある。とりあえず、お前たちはバーミン殿たちの下へ向かい、敵司令官が死んだことを伝えろ。あと、自動人形の残党がいたらバーミン殿たちと共に片付けるんだ」
「あ、ハイ。分かりましたぁ」
少し抜けた口調で返事をしたレジーナはダークたちに背を向けて走り出し、リーテミス兵たちと青銅騎士たちもその後を追う。レジーナたちが走っていくのを見たダークは倒れているエイブラムスの方へ歩き出し、アリシアとノワールもその後をついて行く。
ダークたちは倒れているエイブラムスの前までやって来るとその巨体を見上げる。既にエイブラムスは大ダメージを受けてまともに動くことはできなくなっているため、ダークは武器を手に取ることなくエイブラムスに近づいた。アリシアはまだ警戒しているのか、フレイヤを握ったままエイブラムスを見つめている。
「……流石ダ、ダーク・ビフレレスト。コレガ、アノ方ト同ジ力ヲ持ツ……プレイヤー、ノ強サカ……」
エイブラムスは目だけを動かしてダークを見つめ、雑音が混じったような機械声を出す。アリシアとノワールはエイブラムスを警戒し続けているが、ダークはただジッとエイブラムスを見つめていた。
「そう言う貴公こそ、三対一で私たちと互角に戦うとは驚いたぞ。流石はレベル90代の上級モンスターだ」
「フッ、ハハハ……貴公ホドノ戦士ニソウ言ッテモラエルトハ光栄ダ……」
ダークとエイブラムスはまるで友人同士が話すかのような口調で語り合い、アリシアはそんな会話をするダークを見て意外そうな顔をしながらまばたきをしていた。
先程まで命の奪い合いをしていたのに戦いが終わった途端に態度が変わる、LMFの世界から来た存在は皆こんな感じなんか、とアリシアは不思議に思うのだった。
「……さて、早速で悪いのだが、貴公の主であるLMFプレイヤーについて話してくれないか?」
ダークは当初の目的であるLMFプレイヤーの情報についてエイブラムスに尋ねる。司令官であるリュクドールが死んだ以上、情報を持っているのかエイブラムスだけなので、ダークはエイブラムスが死ぬ前に訊き出すことにした。
「……悪イガ、貴公ニ話スコトハ、何モ無イ。主ニ忠誠ヲ誓ッタ者トシテ、敵ニ情報ヲ流スヨウナコトハ、デキナイ……」
「やはり素直に話してはくれないか。そうなると、不本意だが魔法などを使って強引に情報を手に入れるという手段を取るしかないな……」
「……残念ダガ、ソレハ無理ダ。既ニ私ハ致命傷ヲ負ッテイル……情報ヲ聞キ出ス前ニ、私ノ命ハ尽キル……」
「それなら、回復魔法を使って貴公の傷を癒せばいい」
そう言うとダークはアリシアの方を向き、ダークと目が合ったアリシアはエイブラムスの傷を回復魔法で癒してほしいというダークの意思を感じ取る。アリシアはやれやれと言いたそうな顔をしながらフレイヤを鞘に納めてエイブラムスに近づく。
自分に近づいてくるアリシアを見たエイブラムスは目を薄っすらと青く光らせながら視線をダークに戻した。
「無駄ナコトダ、仮二傷ヲ癒シタトシテモ、私ハ何モ喋ラン……ソレニ、アノ方ガソレヲ見逃スハズモ無イ、カラナ……」
「何?」
エイブラムスの意味深な言葉にダークは訊き返す。その直後、上空から橙色の熱線がエイブラムスに向かって降り、エイブラムスの頭部を貫いた。
熱線で頭部を破壊されたエイブラムスを見てダークたちは一斉に驚く。エイブラムスの目から光が消え、エイブラムスは完全にその機能を停止した。
驚いていたアリシアはエイブラムスに近づいて回復魔法を発動させるが、エイブラムスが再び動き出すことは無かった。アリシアは停止したエイブラムスを見た後、ダークの方を向いて悔しそうな顔で首を左右に振る。それを見たダークは小さく声を漏らした。
「ダメか……クソッ! 他にもエイブラムスの仲間がいたのか」
ダークは上空を見回してエイブラムスに止めを刺した者を探すが何処にも姿は無く、ダークは小さく舌打ちをした。ノワールも空を見上げながら残念そうな顔をしている。ダークは今の攻撃をから、エイブラムスも仲間に口封じで殺されたのだと考えていた。
「ダーク、別にそこまで悔しがることはないだろう? 蘇生のマジックアイテムを使えば……」
「無理だ。サモンピースで召喚されたモンスターは魔法やマジックアイテムでは復活させることはできないんだ」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、だからもうプレイヤーの情報を聞き出すことはできない……」
情報を持つ存在が死んでしまったこと対してダークは少し悔しそうな声を出す。アリシアもLMFプレイヤーの情報を手に入れることができなくなり、残念そうな表情を浮かべた。
「チッ、これでLMFの手掛かりを得るチャンスを失っちまったな」
空を見上げながらダークは小さく舌打ちをした。
その後、ダークたちは本拠点内にいる自動人形の残党を全て倒し、完全に本拠点を制圧、自動人形部隊との内戦に勝利する。短い間だったとはいえ、自分たちの国を荒らし、多くの兵士たちを殺めた自動人形に勝利できたことをバーミンやリーテミス兵たちは喜び、歓喜の声を上げた。
リーテミス兵たちが喜ぶ中、ダークはエイブラムスに押しつぶされたテントを調べ、少しでもLMFプレイヤーの情報がないか探したが、結局何も手に入れられず、自動人形とエイブラムスの残骸を回収するだけという結果になってしまった。
――――――
自動人形部隊に勝利したダークたちは真っすぐノーケ村に戻り、待機していたゴボゴンと合流、全員で首都ジューオに向かう。そして、ジューオから離れた所にある神殿でヴァーリガムや他の元老院に勝利を報告した。
ヴァーリガムや元老院は短時間で自動人形たちを倒し、本拠点を制圧したことが信じられず、最初は疑っていたが、直接決戦に参加したバーミンの話を聞いて、本当に短時間で自動人形に勝利したのだと信じた。同時に自動人形の脅威が消え、バーミン以外の元老院たちは歓喜する。
自動人形を倒し、リーテミス共和国の平和を取り戻してくれダークたちにヴァーリガムは心から感謝し、ダークたちを疑っていた元老院もダークたちを信用し、深く感謝した。そんなヴァーリガムたちにダークは気にしないでほしいと感謝を求めるような素振りを見せずに対応する。
戦いが終わり、ダークはヴァーリガムと今後のビフレスト王国とリーテミス共和国との関係について話し合いをした。普通なら両国で同盟を結ぶところだが、国の秩序を乱さないためにリーテミス共和国は以前と変わらず、大陸と関わりを持たずにいることが決まり、ダークもそれに納得する。
しかし、ビフレスト王国に救われたのは紛れもない事実なので、もしビフレスト王国がリーテミス共和国の力を必要とした時、一度だけ力を貸すという条件で話し合いは終わった。
その後、ダークたちは首都ジューオでリーテミス共和国を救った英雄として国民たちに紹介される。人間の中にも欲深い者がいるわけではないと多くの亜人に理解してもらったダークたちは亜人たちに見送られながら転移魔法で大陸に戻って行った。
――――――
少ない星と月が出ている夜、何処か分からない場所にある大きな建物、その中に大聖堂のような広く神聖さが感じられる部屋があり、窓やステンドグラスから月明かりが差し込んでいる。そんな部屋の中に二つの人影があった。
一人はリュクドールやエイブラムスに色々指示を出していた十四歳くらいの黒いおかっぱ頭の少女。もう一人はダークと同じくらいの身長で白金の全身甲冑と両側面に天使の羽をモチーフにした飾り、額部分に一本角を付けてフルフェイス兜、白い十字架が描かれた青いマントを装備した騎士だ。
騎士は部屋の奥にあるステンドグラスの前に立ってステントグラスを見上げており、その後ろで少女が真剣な表情を浮かべながら騎士の背中を見ている。
「……エイブラムスが負けたか」
「ハイ、まだ意識はありましたが、こちらの情報を相手に話す可能性がありましたので、私が止めを刺しました」
「そうか」
「申し訳ありません、マスター。情報の漏洩を防ぐためとは言え、貴重なレベル90代のモンスターを独断で……」
「いや、構わない。私がお前の立場だったら同じことをしていた。それにエイブラムスもお前に止めを刺してもらえたのなら本望だろう」
少女を責めることなく、背を向けたまま騎士は静かに語り、そんな騎士を見た少女は自分の行いを責めない騎士に感謝するように頭を下げた。
「しかし、エイブラムスが負けるとは正直驚いた。リーテミス共和国の大統領であるヴァーリガムが出て来ても勝てる強さだったはずだがな」
「それが、エイブラムスを倒したのヴァーリガムではなく、例のビフレスト王国の王、ダーク・ビフレストでした」
「何?」
エイブラムスを倒した存在が意外な人物だったことに驚いた騎士は振り返って少女の方を向いた。
「どうやら自動人形の情報を聞きつけたダーク・ビフレストがリーテミス共和国に共闘を求め、共に戦ったようなのです」
「それでエイブラムスと戦い、勝利したと?」
「ハイ」
僅かに低い声を出して返事をする少女を騎士はしばらく見つめる。やがて騎士は再び少女に背を向け、ステンドグラスを見上げた。
「……それで、お前はダーク・ビフレストとエイブラムスの戦いを見たのか?」
「ハイ、この目でハッキリと……」
「……で、どうだった?」
「……マスターの予想どおり、あの人でした」
少女の言葉を聞いた瞬間、騎士は目を青く光らせながら小さく俯く。その雰囲気はまるで自分の予想が当たったことに反応しているように見えた。
「……そうか、やはり彼だったか」
「いかがいたしますか?」
「勿論、接触する。彼ならきっと私の理想を受け入れ、力を貸してくれるはずだ」
「では、すぐに接触の準備に取り掛かります」
少女は騎士に一礼してから部屋から出ていき、残った騎士は俯いたまま右手を強く握った。
「やはり、貴方だったか。まさかこっちで会うことができるとは……再会できるのが今から楽しみですよ、ダークマンさん」
騎士は嬉しそうな声を出しながら顔を上げ、再び目を青く光らせた。
今回だ第十九章が終了です。最後の最後でLMFプレイヤーが姿を見せました。
しかもダークの知り合い、次章はかなり派手な内容にする予定です。
そして、次回が最終章です。