第二百九十話 難攻要塞
OM01に囲まれる中、レジーナはテンペストを振り回して戦っている。彼女の周りではリーテミス兵と青銅騎士たちがレジーナと同じようにOM01たちと交戦していた。
リンバーグの能力で強化されたおかげでリーテミス兵たちは苦戦を強いられること無く一体ずつ確実にOM01を倒していく。しかし、それでも倒すのに時間が掛かっており、リーテミス兵たちは僅かに表情を曇らせていた。
一方でレジーナはリンバーグの能力だけでなく、ダークから与えられた装備のおかげでリーテミス兵たちのように時間を掛けることなくOM01を倒すことができた。
「天風斬!」
戦技を発動させたレジーナはテンペストを逆手に持ちながら強く地面を蹴ってOM01に向かって跳び、真横を通過する瞬間にテンペストで胴体を切り裂く。攻撃を受けたテンペストは無表情のままその場に崩れるように倒れ、そのまま動かなくなる。
OM01が倒れるとレジーナは振り返り、OM01を倒したのを確認するとテンペストを順手に持ち直して軽く息を吐いた。
「まったく、手こずらせてくれちゃって」
若干疲れを感じさせるような口調でレジーナは呟き、周囲の戦況を確認する。周りではまだ数体のOM01がリーテミス兵や青銅騎士と戦っており、離れた所ではOM02が下級魔法を放って攻撃している姿があった。
戦闘が始まった時、レジーナたちは数で自動人形たちに勝っているが、魔法攻撃を仕掛けるOM02がいるせいで数で勝っていても戦力的には互角だった。
幸い、空中攻撃を仕掛けてくるOM03は戦いが始まってすぐにノワールが全て倒していたため、空中から一方的に攻撃されることはなく戦えている。だが、それでも敵にはまだOM02がおり、ダーク地の部隊には魔法使いがいないため、有利に戦うことはできずにいた。
「……ちゃっちゃと魔法を使う自動人形を倒さないとリーテミス軍の兵士たちに犠牲者が出るかもしれないわ。急いで魔法を使う奴を……」
レジーナは後方で支援攻撃をするOM02を倒すため、OM02の方へ走り出そうとする。だがその時、背後から轟音が響き、驚いたレジーナはその場で俯せに倒れてしまう。
「イッタタタ、何よ今の?」
上半身を起こしながらレジーナが轟音が聞こえた方を向くと、遠くで見たことのない大きなモンスターがダーク、アリシア、ノワールの三人と交戦している光景が目に入り、レジーナは目を見開いて驚く。
「な、何よあれ……もしかして、アイツが自動人形を召喚できる未知のモンスター?」
レジーナは四本の脚を動かして暴れるモンスターを見つめながら立ち上がる。モンスターは白い体に紫色のラインが入っており、それを見たレジーナは外見からそのモンスターが自動人形と何かしらの関りを持った存在なのかもしれないと感じた。
「……体の作りが自動人形に似ているのなら自動人形を召喚できてもおかしくないわね」
真剣な表情を浮かべながらレジーナは納得する。だが、レジーナはモンスターと自動人形の関わりよりも気になっていることがあった。
モンスターは左右の前足を交互に動かして目の前にいるダークとアリシアに攻撃している。攻撃をかわした二人は剣でモンスターの胴体に攻撃しようとするが、その攻撃は全て前足の下腿部や爪のように鋭くなっているの四本の指で防がれてしまい、モンスターに決定的なダメージを与えることができずにいた。それを見たレジーナはモンスターがダークたちと互角に戦っていることを知る。
「アイツ、ダーク兄さんたちと互角に戦ってるの? 神様に匹敵する強さを持つダーク兄さんたちと……」
今までどんな敵にも圧勝していたダークと互角に戦えるモンスターがいることにレジーナは驚きを隠せずにいた。
以前、セルメティア王国の岩山に現れた扉の先にあるフルールア宮殿、そこに出現した巨大な植物族モンスター、トラジェディープラントもレベル83の高レベルモンスターだったが、本気を出したダークはそれを難なく倒した。しかし、今回のモンスターはダークの攻撃を簡単に防ぎ、怯むことなく戦っている。
レジーナは戦いを見て、ダークたちと戦っているモンスターがトラジェディープラントよりもレベルの高いモンスターなのではと考えていた。
「ダーク兄さんだけじゃなくって、アリシア姉さんとノワールがいるのにあそこまで戦えるなんて……アイツ、いったい何なのよ」
ダークたちと普通に戦えるモンスターにレジーナは恐ろしさを感じる。同時に初めてダークたちが負けてしまうのではと不安を感じていた。
レジーナがダークたちの戦いを見ていると後方から大きな真空波がレジーナに向かって飛んでくる。気付いたレジーナは後ろを向いた直後に右へ跳んで真空波をかわすが、真空波は僅かにレジーナの左上腕部を掠り、レジーナの腕に切傷を付けた。
腕から伝わる痛みにレジーナは表情を歪ませるが、痛みに耐えながら真空波が飛んで来た方を向くと、数十m離れた所で自分の方を向き、右肩のマジックポッドの蓋を開いているOM02の姿があった。
レジーナは左腕の切傷を見て、傷が浅いことを確認するとテンペストを構え直してOM02を睨み付ける。
「……ダーク兄さんたちのことも心配だけど、今はアイツらを片付けるのが先ね。ちゃっちゃと片付けて、兄さんたちの援護に向かおっと」
そう言ってレジーナはOM02に向かって走り出す。
援護に向かおうと考えていたレジーナだが、レベル100のダークとアリシア、レベル94のノワールが苦戦するほどの敵なのにレベル60の自分が援護に向かって何か役に立つのかと心の中で疑問に思う。しかし、レベルが低いから言って何もせずに見ているだけよりは例え力が弱くても手助けするべきだと思い、レジーナは自動人形を倒してダークたちに加勢することにした。
OM02の魔法をかわしながらレジーナは距離を縮めていき、OM02の目の前まで近づいた瞬間、レジーナはテンペストを勢いよく振って攻撃した。
――――――
テントの近くではダークたちがエイブラムスと激しい攻防を繰り広げていた。ダークはエイブラムスを前に黒い剣を両手で握りながら中段構えを取り、その右隣りではアリシアが下段前を取りながらエイブラムスを睨んでいる。二人の上空ではノワールが宙に浮きながら構え、エイブラムスを見下ろしていた。
ダークたちの真正面には目を青く光らせ、体の紫色のラインを光らせるエイブラムスが立っている。その体には僅かに傷がついている程度で、大きなダメージを受けている様子は見られなかった。
「フッ、成ル程、先程ト比ベルト明ラカニ力ガ違ウナ」
エイブラムスはダークを見つめながら呟き、ダークは構えを崩すことなくエイブラムスを見つめている。
最初にダークが大剣で攻撃してきた時はまったくダメージを受けなかったが、剣を変えた直後からエイブラムスはダークの攻撃から強い衝撃と重さを感じるようになった。その攻撃を受けた瞬間、エイブラムスはダークが本気で戦う気になったと感じ、ダークの攻撃に注意するようにしたのだ。
ダークは足の位置を僅かに動かしていつでも次の行動に移れるようにした。アリシアとノワールもエイブラムスから視線を外さないように注意しながら警戒している。
「剣ヲ変エタダケデココマデ力ガ変ワルトハ……フフフッ、コレハ倒シ甲斐ガアルトイウモノダ」
「それは光栄だ。私も貴公ほどの強者と出会ったのは久しぶりだ」
お互いに楽しそうに語り合うダークとエイブラムスは足の位置を少しずらしていつでも攻撃できる態勢に入る。ダークの隣に立っているアリシアは緊張した様子でエイブラムスを見ていた。
(ダークの言ったとおり、あのエイブラムスというモンスター、とんでもない強さだ。リンバーグの能力だけでなく、ノワールの補助魔法で強化されたダークと私の攻撃でも大きなダメージを与えられていない)
アリシアはエイブラムスを睨みながら心の中で悔しそうに呟いた。
戦いが始まった直後、ダークとアリシアはノワールのパワーストライク、アタックプロテクションなどの補助魔法でステータスを強化され、エイブラムスに攻撃を仕掛けた。
だが、強化されていた二人の攻撃でもエイブラムスの体に傷を付けただけで決定的なダメージを与えることはできずにアリシアは驚愕する。ダークも暗黒剣技ではない普通の攻撃とは言え、殆どダメージを与えられていないことに少し驚いた。
今の状態では何度攻撃しても大ダメージを与えることはできない。少しずつダメージを与えていくという手もあるが、それでは時間が掛かり、いつかこちらの体力が尽きてしまう。そう考えるアリシアはそうなる前に決着をつけなくてはならないと感じていた。
アリシアが短時間で決着をつけなくてはいけないと感じている時、ダークも同じことを思いながらエイブラムスの動きを警戒している。短時間で決着をつけるには自分の暗黒騎士としての能力を使い、アリシアの聖騎士の力も借りなくてはならないと考えた。
「アリシア、正面から攻撃しては全て防がれる。背後や側面に回り込んで暗黒剣技と神聖剣技で攻撃するぞ」
「分かった」
小声でダークが指示を出すとアリシアはエイブラムスに悟られないよう、前を見ながら小声で返事をする。エイブラムスは自分を睨んでいるダークとアリシアを見つめたまま足の位置を動かす。その直後、ダークはエイブラムスの左側、アリシアは右側に向かって走り出した。
二手に分かれたダークとアリシアをエイブラムスは目を素早く左右に動かして確認する。どちらを先に攻撃するべきか瞬時に判断したエイブラムスは体を僅かにアリシアの方へ向けて左足を上げた。
アリシアは自分を踏みつぶそうとするエイブラムスを見て目を鋭くしたまま奥歯を噛みしめた。反対側にいるダークはエイブラムスの動きを見て走りながら飛んでいるノワールを見上げる。
「ノワール、援護しろ!」
ダークの指示を聞いたノワールは一度ダークの方を見てから視線を戻してエイブラムスに両手を向ける。すると、ノワールの手の中に緑色の魔法陣が展開された。
「罰する轟雷!」
魔法が発動され、エイブラムスの周囲に無数の青白い雷球が出現する。そして、その雷球から電撃がエイブラムスに向かって放たれ、全ての電撃が命中した。
「ヌオォ!」
全身に走る痛みと痺れにエイブラムスは声を漏らす。電撃を受けたことで一瞬隙ができ、その隙にアリシアは後ろに跳んでエイブラムスから距離を取った。
<罰する轟雷>は敵の周囲に雷球を発生させ、そこから一斉に電撃を放つ最上級魔法。周りに雷球を発生させるため、敵は逃げることができず、雷球から放たれた電撃は敵に向かって放たれるので回避も難しい。ダメージが大きいのは勿論、一定の確率で敵を麻痺状態にすることもできる。
電撃が治まるとエイブラムスは上げていた左足を下ろし、宙に浮いているノワールを見上げる。ノワールはエイブラムスの反応をを見てようやく大きなダメージが与えられたと感じた。
「驚イタ、マサカコンナ魔法マデ習得シテイタトハナ」
「LMFでは貴方のような強力なモンスターが沢山いますからね。これくらいの魔法を習得しておくのは当然のことです」
「……成ル程、貴公ノ主デアルダーク・ビフレストモソレヲ見越シテ貴公ニ最上級魔法ヲ習得サセタトイウコトカ」
ノワールを見上げながらエイブラムスは楽しそうな口調で語る。エイブラムスが大ダメージを受けていると思っていたノワールは喋り方を聞いて大ダメージを受けていないと知り、僅かに目を鋭くしながら驚いた。
目の前にいるOFT10は思っていた以上に面倒なモンスターだと再認識し、ノワールだけでなく、ダークとアリシアも警戒心をより強くした。
「サテ、強力ナ魔法ヲ喰ラワセテクレタオ返シニ、私モ魔法ヲプレゼントシヨウ。モットモ、貴公ノ魔法ト比ベルト、大シタ魔法デハナイガナ」
エイブラムスはそう言って上部に付いている四つのマジックポッドの内、右下のマジックポッドの蓋を開け、飛んでいるノワールに向ける。マジックポッドの中にあるリニアレンズが光り出して青い魔法陣が展開させ、そこから無数の雹がノワールに向かって放たれた。
「あれは雹の連弾!」
発動した魔法が何なのか理解したノワールは飛んでその場を移動し、飛んで来た無数の雹をかわした。雹はマジックポッドから放たれ続けており、ノワールを追いかけるようにマジックポッドも向きを変える。雹はノワールを追いかけるように放たれ、ノワールは後ろを見て面倒そうな表情を浮かべた。
エイブラムスはマジックポッドから雹が出てこなくなるまでマジックポッドを動かしてノワールを追撃し続ける。すると、ノワールを意識しているエイブラムスの後ろでダークがエイブラムスの胴体と同じ高さまでジャンプし、上段構えを取りながら剣身に黒い靄を纏わせた。
「私のことを忘れるな。黒炎爆死斬!」
暗黒剣技を発動させたダークはエイブラムスに向けて剣を振り下ろす。剣がエイブラムスの胴体に命中すると大爆発が起き、周囲に轟音と衝撃を広げる。
「ウオッ!」
後ろからの攻撃にエイブラムスは驚いたような声を出す。爆発した箇所からは煙が上がっており、ダークは地面に足が付くとすぐに後ろへ跳んで距離を取った。
煙が消えると、爆発した箇所には黒い焦げ跡が付いており、ダークは今度こそ大きなダメージを与えることができたと感じる。だが、エイブラムスは体勢を崩することなく普通に立っていた。
「……チッ、蒼魔の剣を装備した状態の黒炎爆死斬でもこの程度か」
小さく舌打ちをしながらダークは悔しそうな声を出す。アリシアもダークの暗黒剣技があまり効いていないのを見て驚いていた。
ダークが装備している<蒼魔の剣>はダークが持つ魔剣の中でも最も優れた武器だ。アリシアが持つフレイヤよりは攻撃力は低いが、ダークがいつも使っている大剣と比べれば間違いなく攻撃力が高く、一定の確率で相手のステータスを低下させる効果も付いている。
ステータスを低下させる蒼魔の剣で攻撃すれば敵を弱体化させることができるが、自動人形や自動人形と関わりを持つモンスターは状態異常を無効化する技術を装備しているため、ステータスを低下させることはできない。しかし、弱体化させられなくても攻撃力は高いのでダークは蒼魔の剣を装備して戦っているのだ。
しかし、その蒼魔の剣を装備した状態でも決定的なダメージを与えることができていないため、ダークも流石に驚いていた。
「……今ノハ少シ効イタゾ」
攻撃を受けたエイブラムスは体の向きをそのままにして背後のダークに語り掛ける。ダークは蒼魔の剣を両手で構えながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「効いた? 私には殆どダメージを受けているようには見えなかったぞ?」
「イヤイヤ、確カニ効イタ。少ナクトモ先程ノ最上級魔法ヨリハ痛ミガ強カッタ」
「フッ、そうか。それは光栄だ」
エイブラムスの言葉にダークは小さく笑いながら返事をする。しかし、内心では殆どダメージを受けていないのに効いていると言われ、小さな苛立ちを感じていた。
「デハ、私モ少シ強力ナ攻撃ヲサセテモラオウ」
そう言ってエイブラムスは左下のマジックポッドをダークに向け、蓋を開けるとリニアレンズの前に赤い魔法陣を展開させる。その直後、魔法陣から深紅の大きな火球がダークに向かって放たれた。
ダークは火球が飛んでくるのを見て咄嗟に左へ跳んで火球をかわす。火球はダークが立っていた場所に命中すると爆発し、周囲に爆風と衝撃を広げる。ダークは爆風と衝撃で僅かによろけるが体勢を崩すことはなかった。
「この威力、どうやら奴は上級以上の魔法も使えるようだな」
エイブラムスが強力な魔法を使えることを知り、ダークは爆発した場所を見ながら面倒そうな口調で呟いた。
ダークが爆発地点を見つめていると、エイブラムスはいつの間にか体の向きをダークの方に変え、左足でダークを踏みつけようとする。エイブラムスの攻撃に気付いたダークは後ろに軽く跳んで踏みつけをかわす。
足が地面に付くとダークは勢いよく蹴ってエイブラムスの左足に向かって跳び、蒼魔の剣で横切りを放った。蒼魔の剣の青い刃は左足の下腿部に命中するが傷を付けることしかできず、ダークは小さく舌打ちをする。
「やはり普通の攻撃では傷を付けるのが精一杯か……」
「ダーク、退け!」
後方からアリシアの声が聞こえ、ダークが振り返るとフレイヤの剣身を白く光らせながら左脇構えを取るアリシアの姿があった。
ダークはアリシアの姿を見るとすぐに神聖剣技を発動しようとしていることに気付き、すぐに右斜め後ろに跳んでエイブラムスから離れる。ダークが離れたのを見たアリシアはエイブラムスを睨み、神聖剣技を発動させた。
「白光千針波!」
アリシアはフレイヤを大きく横に振り、剣身から無数の光の針をエイブラムスに向かって放つ。光の針はエイブラムスの左足や胴体に全て命中するが、無数の小さな凹みを作る程度だった。
自分の技が効かないのを見てアリシアは僅かに表情を歪ませる。ダークの攻撃でも大きなダメージを与えることができなかったので、自分の技はあまり効かないだろうと予想していたが、予想以上に効果が無いことに驚いた。
「クッ、これほど頑丈な体をしているとは……」
アリシアはエイブラムスの反撃を警戒してフレイヤを構え直す。ダークもアリシアの右隣りまで移動して蒼魔の剣を構えた。
エイブラムスは目だけを動かして光の針を受けた箇所を確認すると視線をアリシアに向けて目を青く光らせた。
「ホォ、今ノガコノ世界ノ神聖剣技カ。ナカナカ面白イ技ダナ」
アリシアを見ながらエイブラムスは体を動かしてダークとアリシアがいる方角に頭部を向ける。二人はエイブラムスの頭部を見つめながら次の攻撃を警戒した。
「タッタ三人デ私トココマデ戦ウコトガデキルトハ、実ニ面白イ。コレ程ノ戦イハアノオ方トノ模擬戦以来ダ」
「あのお方?」
エイブラムスの言葉にアリシアは目元を僅かに動かし、ダークも反応する。エイブラムスの立場から考えて、あのお方というのはエイブラムスを召喚したLMFプレイヤー、もしくはその使い魔ではないかと二人は考えていた。
ダークとアリシアが構えたままエイブラムスを見つめていると、エイブラムスは四本の脚の位置を僅かに動かし、目の下に付いている四つの赤いリニアレンズを光らせた。同時に上部に付いている四つのマジックポッドもダークとアリシアに向けた。
「デハソロソロ、私モ本気ヲ出シテ行クトシヨウ」
アリシアはエイブラムスの言葉に目を大きく見開く。今まで本気で戦っていなかったと知ってかなり驚いたようだ。ダークはエイブラムスがまだ本気を出していないと薄々感じていたのか、驚くことなく蒼魔の剣を握る手に力を入れた。
宙に浮いていたノワールはダーク、アリシアと合流するため、もの凄い速さで二人の下へ飛んで行く。エイブラムスは移動するノワールに気付くと左上のマジックポッドを上に向けて蓋を開ける。すると、エイブラムスの真上に大きな緑の魔法陣が展開され、その中心に青白い雷球が現れた。そして、その雷球から無数の電撃が放たれ、エイブラムスの周りに落雷のように落ちる。
落ちてくる電撃の衝撃にダークは僅かに怯み、アリシアも少し声を漏らしながら倒れないように踏み止まる。飛んで移動するノワールも驚きの表情を浮かべながら電撃をかわした。
「滅びの雷!? 雹の連弾や深紅の新星だけでなく、自分の周囲を攻撃できる魔法まで使えるとは……」
様々な状況に対応できるよう効果や属性の違う魔法がマジックポッドに仕込んであることをノワールは表情を鋭くする。エイブラムスの能力を面倒に思いながらもノワールは電撃を避けてダークとアリシアの下へ向かう。
電撃が落ちる中、ダークとアリシアは電撃をかわしながら魔法が止むのを待っていた。近くに電撃が落ちる度に轟音と衝撃に響き、アリシアは表情を歪ませながら耐えている。
「アリシア、大丈夫か?」
「あ、ああ、何とかな」
「もうすぐ電撃が止むはずだ。それまで耐えろ!」
「ああ!」
ダークの言葉で少し士気が戻ったのか、アリシアは電撃を避けることに集中し、ダークも回避に専念する。やがて電撃が止み、エイブラムスの頭上に展開されていた魔法陣も静かに消滅した。
電撃が止み、ダークとアリシアはエイブラムスに反撃するために構え直す。しかし、それを黙って見逃がすほどエイブラムスは甘くなかった。
エイブラムスはダークとアリシアを見つめながら、右上のマジックポッドの蓋を開ける。蓋が開くとリニアレンズの前に黄色い魔法陣が展開され、ダークとアリシアの頭上に砂色の立方体が現れ、二人に向かった落下し始めた。
立方体に気付いたダークとアリシアはそれぞれ右と左へ走り、落下する立方体をかわした。落下した立方体は崩れて周囲に大量の砂を広げ、ダークとアリシアを呑み込もうとする。ダークはギリギリで砂に呑み込まれずに済んだが、アリシアは左足を砂に取られて転んでしまう。
「クッ、しまった!」
アリシアは倒れたまま砂に埋もれる自分の左足を見つめ、足を砂から抜こうとする。その光景を見たダークはアリシアを援護しようと彼女の下へ向かおうとした。だが、そんなダークにエイブラムスは左足を横に振ってダークに攻撃する。
エイブラムスの攻撃に気付くのが遅れたダークは回避は無理だと判断し、とっさに左足が迫ってくる方向とは逆の方へ跳ぶ。その直後、エイブラムスの足はダークの右半身に命中する。
「グウゥッ!」
右半身に伝わる痛みにダークは思わず声を漏らす。ジャンプしているため、エイブラムスの攻撃に止めることができないダークはそのまま飛ばされて地面に叩きつけられた。
「ダーク!」
まともに攻撃を受けて殴り飛ばされたダークを見てアリシアは思わず叫ぶ。砂に埋もれている足を引き抜き、立ち上がったアリシアはダークの下へ走り出す。だが、エイブラムスはそんなアリシアに容赦なく攻撃を仕掛ける。
右足の爪のように尖り、十字に付いている四本の指を折り曲げ、槍状にした指でエイブラムスはアリシアに向けて突きを放つ。エイブラムスの攻撃に気付いたアリシアは急停止し、後ろに跳んで突きをかわした。
突きは地面に深く刺さり、その時に発生した衝撃でアリシアは体勢を崩し、叩きつけられるように仰向けに倒れてしまう。アリシアは背中の痛みに耐えながら起き上がり、数m先で地面に突き刺さっているエイブラムスの足を見つめる。
「クッ……何という力だ。地面に刺さっただけでこれほどの衝撃を広げるなんて……」
「ダーク・ビフレストト行動ヲ共ニシテイル者ナラ、コレグライノ光景ハ見慣レテイルハズダ」
驚いているアリシアにエイブラムスは声を掛け、アリシアはフッとエイブラムスの方を向く。エイブラムスは目を青く光らせながらアリシアを見つめており、アリシアは素早く立ち上がってフレイヤを構えた。
「コノ程度ノ攻撃デ驚クヨウナラ、貴公ハ大シタコトハナサソウダ。ソレナノニ何故ダーク・ビフレストハ私トノ戦イニ貴公ヲ参加サセタノダロウナ」
「……ダークと一緒にいるからと言って全てを見慣れているわけではない。初めて遭遇した高レベルのモンスターの攻撃を見れば驚いてもおかしくないはずだ」
「マア、一理アルナ」
「それに私はこう見えてレベル100だ。お前と戦えるだけの力を持っている」
「何?」
目の前にいる女騎士が最高レベルの100だと知ってエイブラムスは驚く。LMFプレイヤーであるダーク以外に高レベルの人間が異世界にいるなどエイブラムスもさすがに予想していなかったようだ。
アリシアは驚くエイブラムスを睨みながらフレイヤを強く握る。自分のレベルを敵に教えるなど愚行だが、敵を少しでも動揺させるためにわざと自分のレベルを教えたのだ。更に相手はダークと同じLMFの世界から来た存在なので、レベルを教えても問題無いだろうとアリシアは考えていた。
「……貴公ガレベル100? デハ、貴公モLMFプレイヤーなのか?」
「残念だが違う、私はこの世界の人間だ。ダークがこの世界で生きていけるよう力を貸す代わりにマジックアイテムでレベルを上げてもらったのだ」
アリシアはエイブラムスを睨んだまま自分のレベルが高い理由を説明する。話を聞いたエイブラムスは協力者を得るためとは言え、異世界の人間のレベルを100にしたダークの考えが理解できずにいた。
「アリシア、喋りすぎだ」
ダークが飛ばされた方角から声が聞こえ、アリシアは声が聞こえた方を向く。そこには蒼魔の剣を右手に持ち、左肩を回しながら歩いて来るダークの姿があった。
「ダーク、大丈夫か?」
「ああ、何とかな」
少し疲れたような口調で無事を知らせるダークを見てアリシアは小さく笑う。エイブラムスの攻撃で大きく飛ばされたダークが歩いて来るのを見て安心したようだ。
ダークはエイブラムスを警戒しながらアリシアの方へゆっくりと歩いて行く。その姿を見たエイブラムスは目を青く、体のラインを紫色に光らせた。
「流石ハダーク・ビフレスト、私ノ攻撃ヲ受ケル直前ニ反対方向ヘ跳ンデダメージヲ軽減スルトハ、頭脳プレイモデキルヨウダナ?」
「フッ、頭脳プレイと言えるほどのものではない。戦いの基本的な技術だ」
エイブラムスの言葉を軽く流すダークはアリシアの隣まで移動するとエイブラムスの方を向いて蒼魔の剣を構える。アリシアも隣に来たダークを心強く思いながらフレイヤを握る手により強く握った。
ダークとアリシアがエイブラムスを見て構えていると上空からノワールが降下し、二人の頭上で停止した。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「ああ、一度攻撃を受けてしまったが問題無い」
そう聞かされたノワールは砂まみれになっているダークを見て驚く。自分の近くで主が敵の攻撃を受けたと聞かされたのだから当然だった。
ノワールは心配そうな顔でダークの状態を確認し、致命傷は負っていないと知るとひとまず安心し、ダークに傷を負わせたエイブラムスをジッと睨み付けた。
「ノワール、このエイブラムスは私たちが思っている以上に手強い。もう少し気合いを入れて戦った方がよさそうだ」
「ええ、そのようですね。マスターに傷を負わせるほどの敵ですから、僕も本気を出すことにします……竜の魂!」
僅かに怒りを感じさせるような声を出しながらノワールは補助魔法を発動させ、自身とダーク、アリシアの身体能力を強化した。
自身の体が赤く光るのを見たアリシアは力が高まるのを感じ取り、今の状態ならエイブラムスに大きなダメージを与えることができるかもしれないと感じる。ダークも左手を何度も握ったり開いたりしながら能力の変化を確認し、目を薄っすらと赤く光らせながらエイブラムスの方を向いた。
「竜の魂、ソノ魔法モ習得シテイタカ……」
エイブラムスはノワールが予想以上に多くの魔法を習得しているのを知って意外そうな声を出す。しかし、LMFプレイヤーの使い魔なら多くの魔法を使えてもおかしくないとすぐに納得する。
体から光が消えるとダークたちはエイブラムスを見つめながら構え直し、エイブラムスも体勢を整えた三人を大きな目で見つめる。
「まだ戦いはこれからだ」
低めの声を出しながらダークは戦闘の再開を口にする。