第二百八十六話 合流
日の光が差し込む林の中をアリシアが率いる部隊が西に向かって進軍している。目的地は勿論、自動人形が本拠点を築いている大荒野だ。
部隊の先頭には馬に乗ったアリシアがおり、後ろには同じように馬に乗るレジーナとティガーマンのリーテミス騎士、その真上を飛ぶマティーリアの姿がある。三人の後ろをリーテミス兵たちが続き、その後を青銅騎士たちと二体のヘルマリオネッターがついて行く。全員一言も喋らずに静かに大きな一本道を歩いていた。
二日前、アリシアたちは北西にある森に築かれた自動人形の拠点を急襲し、これを制圧した。その後、制圧した拠点で一日休息を取り、夜が明けると再び大荒野を目指して進軍を再開する。
拠点があった森を抜け、しばらく平原を移動すると大荒野の手前にある林に入り、現在は西に向かっているのだ。
「……随分長い林ね。何時になったら出られるのよ」
アリシアたちが静かに移動する中、レジーナが面倒くさそうな顔をしながら呟き、上空を飛んでいたマティーリアやすぐ後ろにいるリーテミス兵たちが視線をレジーナに向けた。
「予定ではもう間もなく出口が見えてくるはずです」
レジーナの隣で馬に乗っているティガーマンのリーテミス騎士が地図を見ながら語り、それを聞いたレジーナは表情を変えずにリーテミス騎士が持つ地図を覗き込む。
「早いところ見通しの良い所に出たいわ。こんな同じような風景が続いている林にいたら方向感覚がおかしくなりそうだもの」
「森や林とはそういう場所じゃ、もう少しで出られるのじゃから我慢せぇ」
すぐ真上を飛んでいるマティーリアは呆れ顔で前を見ながらレジーナに声を掛け、それを聞いたレジーナは目を僅かに細くしながら飛んでいるマティーリアを見上げる。
「アンタは今の景色に飽きたら上昇して林の真上から違う風景を見ることができるでしょう? でもね、こっちはそれができないから同じ風景ばかり見てストレスが溜まってるのよ」
「……それは空を飛べる妾に対しての当て付けか?」
「別にそんな風に思ってはいないわよ。ただ、足があるんだからたまには歩けって思ってただけ」
明らかに嫌味を言っているレジーナにマティーリアは表情を鋭くする。二人の会話を聞いていたティガーマンのリーテミス騎士や後ろにいるリーテミス兵たちは緊迫し始める空気を感じ取って目を見開いた。
「歩くべきだと言うのなら、お主も馬から降りて自分の足で歩いたらどうじゃ? 自身の足で歩こうともしない小娘が空を飛ぶ妾に文句を言うな」
「何ですって?」
レジーナは飛んでいるマティーリアを睨み付け、マティーリアもレジーナを睨み返す。一触即発の二人を見てティガーマンのリーテミス騎士とリーテミス兵たちはさり気なく二人から距離を取り始める。すると、今まで前を向きながら黙っていたアリシアが振り返って二人を睨んだ。
「いい加減にしろ、二人とも! もうすぐ自動人形の本拠点に辿り着くというのに、くだらないことで喧嘩するな。お前たちが争えば他の兵士たちも不安を感じ、士気にも大きく関わる。少しは考えろ」
アリシアの一喝に睨み合っていたレジーナとマティーリアは現状と自分たちの立場を思い出したのか、前を向いて反省した表情を浮かべる。大人しくなった二人を見たアリシアは軽く溜め息をついてティガーマンのリーテミス騎士の方を向く。
「すまないログズ殿、仲間が見苦しい姿を見せてしまい……」
「い、いえ、お気になさらず……」
アリシアの謝罪にログズと呼ばれたティガーマンのリーテミス騎士は苦笑いを浮かべる。他国の総軍団長であるアリシアに謝罪され、少し複雑な気持ちになったようだ。
ログズはバーミンからアリシアの補佐と同行するリーテミス軍の兵士たちの指揮を任された騎士だ。最初はアリシアたちを信用してよいのか不安を感じていたが、自動人形の拠点を制圧して以来、アリシアやレジーナたちを信用するようになり、今ではアリシアのことを仲間と同じくらい信用している。
レジーナとマティーリアが大人しくなったことで緊迫していた空気も和み、ログズやリーテミス兵たち安心する。アリシアは相変わらず仲の悪い二人に呆れ、疲れたような顔をしながら前を向いた。
「あの、アリシア殿。レジーナ殿とマティーリア殿はいつもあのような感じなのですか?」
ログズは馬をアリシアの隣まで移動させると小声でアリシアにレジーナとマティーリアの中について尋ねる。アリシアはチラッとログズの方を見ると再び前を見て小さく頷く。
「ああ、相手が自分にとって不満などを口にすると必ずと言っていいくらい口論になる」
「そ、そうなのですか、数時間前に遭遇した自動人形との戦闘ではお二人は互いをカバーし合っていましたが……」
レジーナとマティーリアの関係を聞かされたログズは意外そうな表情を浮かべた。
実は数時間前、アリシアたちは林に辿り着く前に途中にあった平原で小規模の自動人形の部隊と遭遇した。自動人形の数は少なく、アリシアたちは問題無く自動人形たちに勝利し、少し休息を取った後に進軍を再開したのだ。
この時の戦いでレジーナとマティーリアは喧嘩などはせず、真剣に自動人形戦っており、ログズは二人が息の合うコンビだと思っていたが、先程の口論を見てレジーナとマティーリアは仲が良いのではないのかと疑問に思った。
「二人は普段は仲が悪いが、戦いの時は口論などせずに真面目に戦っている。普段からそれぐらい仲良くしてほしいと私やダーク陛下たちも常々思っているのだ」
呆れ顔のアリシアを見てログズは何と言えばいいか分からず、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「……ところで、数時間前に遭遇した自動人形たちはもしかして……」
苦笑いを浮かべていたログズは平原で遭遇した自動人形の部隊のことが気になり、真剣な表情を浮かべてアリシアを見る。アリシアも話の内容がレジーナとマティーリアのことから自動人形に変わると真剣な顔をしながらログズの方を向いた。
「恐らく、防衛線を張っていた敵部隊だろう」
「ダーク陛下の予想どおりでしたね」
「ああ、防衛線が張られてあったということは敵の本拠点は近いということになる。これまで以上に気を引き締める必要があるぞ?」
「ハイ」
もうすぐ自動人形たちの本拠点に辿り着く、ログズは小さく頷くながら返事をする。アリシアとログズの話を聞いていたレジーナとマティーリアも真剣な顔をし、リーテミス兵たちは少し緊張した様子でアリシアたちを見ていた。
「この林を抜けたすぐに目的地の大荒野に着くのか?」
「いえ、林を抜けた後にしばらく西へ移動すると大荒野が見えてきます」
「となると、林を出た直後にまた敵と遭遇する可能性がある。念のため、林を出る直前に臨戦態勢に入っておいた方がいいな」
敵の待ち伏せを警戒して戦える状態にしておこうというアリシアの予想を聞いたログズは無言で頷き、馬の歩く速度を落として後ろに下がる。後ろに下がりながらログズは臨戦態勢に入ることをリーテミス兵たちに伝えていき、マティーリアも隊の後尾にいる青銅騎士たちに臨戦態勢に入ることを伝えに向かった。
それからしばらく林の中を進み、アリシアたちはようやく林を抜け出た。林を出ると目の前には平原が広がり、レジーナやリーテミス兵たちは林以外の風景を見ることができて嬉しいのか小さな笑み浮かべる。アリシアも無事に林を出ることができ、軽く息を吐いた。
アリシアとログズ、空中のマティーリアが周囲を見回し、近くに敵の姿が無いことを確認すると次に遠くを確認する。平原は2kmほど西に続いており、その先には緑の無い茶色い大地が広がっていた。
「平原を抜けた先にあるのは荒野か……」
「と言うことは、あそこが敵の本拠点がある大荒野ということじゃな?」
「ああ、間違いないだろう」
ついに目的地である大荒野を視界に捉えたアリシアは目を鋭くし、マティーリアも同じように遠くに大荒野を見つめる。ログズもまだ距離があるとは言え、大荒野を目にしたことで少し緊張しているのか小さく息を飲む。
笑っていたレジーナも大荒野を目にすると笑顔を消し、少しだけ目を鋭くする。リーテミス兵たちの中にも大荒野を見つけた者が現れ、笑うのをやめて口を閉じた。
「アリシア殿、我々はこのまま大荒野に向かって進軍し、大荒野の手前まで近づいたら他の二つの部隊と合流するまで何処かに身を潜めているという流れでよろしいでしょうか?」
「ああ、全ての部隊が大荒野に到着したら全軍で進軍を開始し、大荒野の中にある敵本拠点を攻撃する」
アリシアは大荒野に着いた後の行動を確認するように語り、ログズはアリシアの話を聞きながら遠くの大荒野を見つめた。
「……ダーク陛下たちはもうお着きになっているでしょうか?」
「ダーク陛下たちが制圧した拠点から大荒野までは距離が最も短いからな。防衛線を張る敵部隊と遭遇していても、ダーク陛下たちの力なら短時間で突破できる。恐らく既に到着しているだろう」
「では、我々も急いで大荒野へ向かいましょう」
「ああ」
先に到着しているであろう、ダークたちと合流するためにアリシアたちは大荒野に向かって進軍を再開した。リーテミス兵や青銅騎士たちは隊列を整えると真っすぐ西へ向かって移動する。
大荒野は目視できるため、アリシアたちは方角を間違えることなく進軍することができた。しかもその間、自動人形や他のモンスターに遭遇することなく、部隊は被害を出すことなく移動することができたため、アリシアたちにとって非常に好都合だ。
リーテミス兵たちも順調に進軍できていることで少しだけ顔に余裕が出ており、リーテミス兵たちを見たアリシアはこのまま士気が低下することなく決戦に臨めたらいいと心の中で思っていた。
長い道のりを歩き、アリシアたちはついに大荒野の入口前まで辿り着いた。大荒野の外側にはまだ草が生え、所々に小さな森が幾つもある。森には深い緑の木々があり、アリシアたちは大荒野の内側と外側を見比べて明らかな違いを感じていた。
「近づくまで分からなかったが、大荒野の中と外がここまで違うとはな……」
「ええ、私も今回初めて大荒野を訪れえましたので驚きました」
広い大荒野を見ながらアリシアとログズは低い声を出す。レジーナも意外そうな顔をしており、マティーリアは飛ぶのをやめて地面に下り立ち、大荒野を無言で眺めている。
「この広い荒野の何処かに自動人形たちの拠点があるのよね?」
「ええ、情報では大荒野の中央に自動人形の本拠点らしき場所があるそうですが……」
「中央……此処からは確認できないから、もっともっと奥に進んで確かめなくちゃいけないってことよね」
大荒野に入った後も長い時間歩かなくてはならないと知ったレジーナは再び面倒くさそうな表情を浮かべ、ログズはレジーナの顔を見ながら苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、林から此処まで殆ど休みなしで歩いて来たんだ。近くの森に身を隠し、そこで少し休息を……」
(アリシア)
アリシアがログズに森へ移動するよう指示を出そうとした時、アリシアの頭の中にダークの声が響く。ダークの声を聞いてアリシアは一瞬驚きの反応を見せるが、すぐにダークがメッセージクリスタルで連絡を入れてきたのだと気付いた。
ログズはアリシアの反応を見て不思議そうな顔をする。アリシアはログズの顔の前に手を持ってきて、何でもないと無言で伝えるとログズに背を向け、そっと右手を耳に当ててダークに向けて返事をする。
「ダーク陛下ですか?」
(そうだ、今何処にいる?)
「先程、目的地の大荒野に到着しました。これから近くの森に身を隠し、兵士たちに休息を取らせるつもりです」
(そうか)
「陛下たちは今どちらに?」
(此処だ)
ダークの言葉を聞いたアリシアはふと反応する。今のはまるで自分たちが見える位置にいるかのような発言だったため、アリシアは耳に手を当てながら周囲を見回す。すると、自分たちがいる場所から南に少し離れた所に小さな森があり、その森の前で手を振る人影を発見する。
アリシアは空いている方の手で望遠鏡を取り出して人影を確認する。それは左手にメッセージクリスタルを持って右手を振っているダークだった。そして、ダークの背後から子竜姿のノワールが現れてアリシアたちの方を向いて笑みを浮かべる。
ダークとノワールの姿を見たアリシアは望遠鏡をゆっくりと下ろす。予想どおりダークは自分たちよりも早く到着しており、アリシアは小さく笑みを浮かべる。しかしノワールがダークと一緒にいるとは思っていなかったのでその点については少し驚いていた。
(既に私たちの部隊は森の奥に身を隠している。お前たちもこちらへ来い、そっちの部隊の状態確認とこの後どうするか話し合いをしたい)
「分かりました。すぐにそちらへ向かいます」
そう返事をするとダークの声はアリシアの頭の中から消え、アリシアは耳に当てている手をそっと下ろす。アリシアはダークたちが隠れている森をジッと見つめているとログズが近づいて来てアリシアと同じ方角を向く。
「アリシア殿、どうかなさいましたか?」
「ああ、ダーク陛下から連絡があったんだ」
「連絡? ……もしかして、先日お話しになられたメッセージクリスタルとか言うマジックアイテムですか?」
「そうだ、それを使ってダーク陛下から近くの森にいると連絡を入れられたんだ」
そう言いながらアリシアは再び森の方を向く。ログズはアリシアの話の内容から、アリシアが見ている森がそのダークたちがいる森だとすぐに気付いた。
「あそこにダーク陛下たちが……やはり先に到着されていたのですね」
「因みにバーミン殿たちの部隊も到着しているそうだ」
「そ、そうなのですか……私たちが最後ですか」
自分たちが最後だと知ったログズは少し残念そうな顔をしながら頭を掻く。別に競争しているわけではないのだが、他の二つの部隊よりも進軍速度が遅かった感じているようだ。
ログズの表情を見たアリシアは小さな苦笑いを浮かべ、待機しているリーテミス兵たちの方を向く。
「兵士たちにダーク陛下たちが到着していることと森へ移動することを伝えよう。ちゃんとした休息は森に入ってからだ」
「ハイ、分かりました」
残念そうな顔をしていたログズは気持ちを切り替えてリーテミス兵たちに場所を移動することを伝えに向かう。アリシアもレジーナとマティーリアにダークたちのことを伝えるために二人のところへ移動した。
森へ移動するとアリシアたちは先に到着していたダークたちと合流し、お互いの無事を確かめ合う。
リーテミス兵たちは仲間が無事な姿を見て安心の笑み浮かべて喜んだ。ダークたちビフレスト王国の者たちは仲間が自動人形の部隊に負けるはずないと確信していたためか、軽い挨拶だけで済ませた。
「これで全ての部隊が大荒野に到着したな」
森の中にある仮拠点でダークはアリシアたちを見ながら全員が揃ったことを確認し、アリシアたちもダークや仲間たちを見ながら真剣な表情を浮かべていた。
「部隊が全て揃ったのでいつでも大荒野に侵入し、敵の本拠点を攻撃することができるようになりました。ダーク陛下、いかがいたしますか?」
バーミンがダークの方を見ながらこの後どうするかを尋ねると、ダークはバーミンの方を見ながら静かに腕を組んだ。
「とりあえず、作戦を練る時間と休息の時間が必要だ。今日は作戦を練り、明日の早朝に大荒野に侵入し、敵拠点を叩くことにしよう」
「そうしてくれると助かる。妾たちは先程到着したばかりで疲れておるのじゃ」
決戦が明日行われると聞かされたマティーリアは少し疲れたような口調で喋りながら肩を回す。そんなマティーリアを見てアリシアは呆れ顔を、ノワールは苦笑いを浮かべていた。
「……アンタはずっと飛んでたんだから疲れを感じるようなことはないでしょ?」
レジーナはマティーリアと目を合わせないようにしながら小声で嫌味を口にする。するとマティーリアはレジーナの嫌味を聞き取り、ジロッとレジーナを睨み付けた。
「お主、まだそれを言うか。それなら馬に乗っていたお主も同じじゃろうが」
「へぇ~、歳の割に耳はいいのね?」
「何じゃと!?」
「何よっ!」
声を上げながらレジーナとマティーリアは相手を睨み合う。二人の口論する姿を見てダークとノワールはまたか、と感じ、アリシアも少し前に似たような光景を見ていたため呆れ果てていた。
アリシアは口論するレジーナとマティーリアに渇を入れようと二人に近づこうとする。すると、二人の後ろにいたジェイクがアリシアよりも先に二人を怒鳴りつけた。
「いい加減にしねぇか! 普段ならともかく、この後には自動人形との決戦があるんだぞ? そんな大事な時にチームワークを乱すようなことをすんな!」
「うっ……わ、分かったわよぉ」
普段呆れたり軽く注意するだけのジェイクが今回は大きな声を出したことでレジーナは驚き、素直に大人しくなった。マティーリアも自分より年下のジェイクに怒られたことに不満を露わにしながらも静かになる。
ジェイクの一喝で大人しくなったレジーナとマティーリアを見てアリシアはやれやれと首を横に振る。バーミンはジェイクたちのやりとりを見て呆然としていた。
「……とりあえず、今日は明日の戦いに備えて体を休めることにする。バーミン殿、貴公の部下たちにもしっかり体力を回復させるよう伝えておいてくれ」
「ハ、ハイ、承知しました」
ダークの言葉に反応し、バーミンはダークの方を向いて頷く。バーミンも広い大荒野に入り、敵の本拠点を襲撃するのだから体力を万全の状態にしておくべきだと考えており、ダークの休息を取るという案に反対はしなかった。
「夜が明けたら飛行可能な者たちを斥候として送り込んで敵本拠点を見つける。拠点を見つけたら全軍で大荒野に入り、本拠点を目指して進軍する」
「ダーク陛下、敵本拠点に向かう途中で罠が仕掛けられたり、敵の伏兵が待ち伏せしている可能性があります。注意して進軍した方がいいと思います」
「勿論、常に警戒して進軍するつもりだ。魔法使いたちには罠や敵の存在を感知する魔法を発動させ、飛行可能な者たちには空中から部隊の周囲や遠くに敵がいないかを警戒させる」
大荒野に入ってからも油断せずに進軍するというダークを見てアリシアは真剣な顔で頷いた。ノワールとバーミン、そして先程騒いでいたレジーナ、ジェイク、マティーリアもダークとアリシアを見ながら警戒せずに本拠点を目指そうと考える。
「敵の本拠点を攻撃する際はどのような作戦で攻撃を仕掛けますか?」
バーミンは敵本拠点を見つけた後はどのように攻略するのかダークに尋ねる。ダークたちにとって最も重要なのは自動人形たちの本拠点を制圧することだ。大荒野を警戒して進軍することよりもそっちの方をしっかり考えなければならなかった。
「本拠点がある場所にもよるが、敵に気付かれないように本拠点を囲み、一斉に攻撃を仕掛けるのがいいだろう」
「もし、包囲が難しい場所に敵拠点が築かれていたり、我々の接近に気付かれてしまった場合はいかがいたしましょう?」
「その場合は真正面から挑むしかないな」
本拠点がある場所によって作戦が変更されると聞いたバーミンは難しそうな顔で俯く。
敵の本拠点となると自動人形の数はこれまで戦ったどの敵部隊よりも多いに違いない。しかもそこには自動人形たちに指示を出せる司令官もいる。司令官の指示を受けた自動人形がこれまでと違い複雑な行動を取ってくる可能性もあるので、バーミンは厳しい戦いになると感じていた。
「そんなに心配することはないぞ、バーミン殿?」
バーミンが難しい顔をしながら考え込んでいると、ダークは腕を組むのをやめてバーミンに声を掛けてきた。バーミンはダークの声を聞くと表情を僅かに和らげてダークの方を向く。
「仮に正面から攻撃を仕掛けることになったとしても、ノワールの魔法やリンバーグの能力を使えば自動人形の数を減らし、我々の力を強化することができるのだ。こちらが押し負けるようなことはない」
「そ、そうですね……」
「まあ、包囲して攻撃する場合もノワールとリンバーグの力を使い、こちらが有利に戦えるようにはするがな」
自分の考えを読むかのように語るダークを見てバーミンは苦笑いを浮かべた。力が強いだけでなく、洞察力も優れているダークにバーミンは只々苦笑いを浮かべる。
「さて、包囲して攻めるにせよ、真正面から攻めるにせよ、各部隊に指示を出す指揮官が必要だ。今からその指揮官を決める」
本拠点を攻略する作戦について話が終わると、次に部隊を動かす指揮官を決める話に入り、ダークはアリシアたちと誰を指揮官にするか相談し始める。アリシアたちも負けられない戦いであるため、誰が適任かよく考えて決めていく。
時間を掛けて話し合った結果、今回の進軍で三つの部隊の指揮を執ったダーク、アリシア、バーミンの三人、そして強い力を持つノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリアが前線の指揮を執ることになり、リンバーグやログズたちのようなリーテミス騎士たちは後方から前線を支援する部隊の防衛部隊の指揮を執ることになった。
――――――
日が沈み、ダークたちがいる森や大荒野は暗闇に包まれる。森と大荒野の真上には僅かな星が輝く夜空が広がり、騒音などは一切聞こえず静寂に包まれていた。
静かな森の中ではバーミンを始め、リーテミス軍の兵士たちが横になったり木に寄り掛かったりしながら眠りについている。何人かは森の外を眺めて敵が近づいて来ていないか見張っており、青銅騎士たちも森の外の見張りや眠っているリーテミス兵たちの護っていた。
森の外ではダークがアリシアたちを連れて大荒野を眺めている。その近くにはダークたちの護衛と思われる黄金騎士が四体おり、周囲を警戒していた。
「いよいよ敵本隊との対決か……」
「ああ、敵も既に拠点を制圧されたことを知って戦力を強化しているはずだ。油断するな?」
「勿論だ」
ダークの忠告を聞いたアリシアは小さく笑いながら頷く。今はバーミンたちが眠りについているため、アリシアも普段の口調でダークと会話をしている。勿論、レジーナたちも同じだ。
「敵の本隊なんだから、当然かなりの数が向こうにはいるわよね?」
「間違いねぇだろうな。三つの拠点には百体以上の自動人形が配備されていて、防衛線を護る部隊にもかなりの数がいた。それ以上の自動人形が本隊にはいるはずだ」
「……しかも敵は全てレベル50代の強さを持っておる。妾たちがいてもそれなりの被害が出るじゃろうな」
レジーナ、ジェイク、マティーリアは敵の強さと数から間違いなく激しい戦いになると予想する。ダークとアリシアも間違いないと感じながら大荒野を眺めていた。
ダークたちが大荒野を眺める中、ノワールだけは何かを考えるかのように真剣な顔をしながら俯いている。それに気付いたアリシアはふとノワールを見て不思議そうな表情を浮かべた。
「どうしたノワール、何か気になることでもあるのか?」
「ええ……数百体の自動人形をどのようにして集めたのか考えていました」
敵は大量の自動人形をどうやって用意したのか、ノワールが疑問に抱いていることにダークやアリシアたちが反応する。彼らも自動人形をどんな方法で用意されたのか気になっていた。
「自動人形は兄貴たちの世界のモンスターなんだろう? なら、サモンピースを使って召喚したんじゃねぇのか?」
「その可能性は低いな。あれだけの数に自動人形を召喚するとなると、同じ数のサモンピースを使用することになる。それだけのサモンピースを大量に手に入れるのはかなり難しい。私でもそれだけのサモンピースは持っていない」
「兄貴でもか?」
ジェイクは意外な答えに目を見開く。アリシアとレジーナ、マティーリアも少し驚いた顔をしてダークを見ている。
「LMFの世界で同じ種類のモンスターのサモンピースを数百体分持つプレイヤーはいなかった。だから今回の自動人形を支配する存在も同じだろう」
「じゃあ、奴らはどうやってあれだけの自動人形を召喚したのよ?」
「恐らく、召喚魔法だろうな」
「召喚魔法?」
レジーナは意外そうな表情を浮かべ、ダークはレジーナの方を見ながら頷く。
「召喚魔法なら魔力があれば何度でも自動人形を召喚できる。回数を熟せば数百体の自動人形を用意することも可能だ。ただ……」
「ただ?」
「LMFプレイヤーやその使い魔は自動人形を召喚する魔法を習得することはできない」
「えっ? それじゃあ……」
「自動人形たちを召喚したのはプレイヤーではなく、モンスターということになる」
ダークの言葉にアリシアたちは驚愕の表情を浮かべる。英雄級の力を持つモンスターを召喚できるモンスターなどこの世界では存在しないのでかなり驚いたようだ。
「あれほどの力を持つ自動人形を召喚できるモンスターがいるなんて……それでそのモンスターはどんな奴なのだ?」
「……私も詳しくは分からんが、LMFの世界にいた時に自動人形を召喚できるモンスターがダンジョンの奥深くにいると聞いたことがある。もしかすると、そのモンスターかもしれん」
「そんなモンスターが……ん? では、そのモンスターはどうやってこの世界に現れたんだ?」
「簡単なことだ。そのモンスターをサモンピースで召喚したんだ」
強力な自動人形を手に入れるために自動人形を召喚できるモンスターを召喚した、アリシアたちは自分たちがいる世界では考えられない戦法に言葉を失う。
異世界では召喚魔法は敵と戦わせたり、生活に役立たせるモンスターを召喚するために使われる。そのため、別種類のモンスターを召喚するためにモンスターを召喚するという面倒なことはしない。だから異世界の住人は召喚魔法をそんな風に使おうとは考えなかった。それ以前にモンスターを召喚できるモンスターを召喚するなど異世界の住人にはできないことだ。
「それほどのモンスターを召喚できるなんて、敵はいったい何者なんだ?」
「少なくとも、若殿のように強力なマジックアイテムを所持していることは間違い無いのぉ」
大荒野を見ながらアリシアとマティーリアは低い声で呟く。敵は自分たちが思っている以上に厄介な存在なのかもしれないと、アリシアたちは改めて認識する。
「さて、誰なんだろうな? こんな騒動を引き起こした我が同輩は……」
ダークは低く、どこか悲しそうな声で語りながら夜空を見上げた。