第二百八十四話 敵拠点強襲
静かな平原の中をダークが率いるリーテミス軍とビフレスト軍の連合部隊は真っすぐ西へ向かって進軍していた。数は合計で六百程で馬に乗ったダークを先頭にその後ろを馬に乗ったジェイクとリーテミス軍の女エルフの騎士が続き、真上にはリンバーグが飛んでいる。そしてダークたちの後ろにはリーテミス兵たちと青銅騎士たちがおり、隊列を崩さずに並んでついて来ていた。
ダークたちの目的は勿論、西にある大荒野に向かう途中にある平原に築かれた敵拠点を制圧することだ。ノーケ村で三つの敵拠点をどの部隊が制圧するか話し合った結果、ダークの部隊が最も戦力の高い西の平原の拠点を担当することになった。
最初はバーミンが西の拠点を担当すると言っていたのだが、ダークが率いる部隊なら問題無く勝利できるとアリシアがバーミンを説得し、結局押し切られたバーミンはダークたちに西の拠点を任せることにした。
それからアリシアが指揮する部隊は北西にある森の拠点を、バーミンの部隊は南西の平野にある拠点を制圧することが決まり、各部隊はそれぞれ目的地の拠点を目指してノーケ村を出発する。ダークたちもノーケ村を出発して現在に至るのだ。
「……ダーク陛下、このペースでしたら目的の平原にはあと一時間ほどで到着すると思われます」
「そうか、ではあと少ししたら休息を取るとしよう。リチアナ殿、兵士たちに伝えておいてくれ」
「ハ、ハイ」
少し緊張しながらリチアナと呼ばれた女エルフのリーテミス騎士は返事をし、隣にいるジェイクと上空のリンバーグはそれを見て大変だな、と言いたそうに苦笑いを浮かべていた。
リチアナはダークが指揮する部隊でリーテミス軍の管理とダークの補佐を任された女騎士だ。ノーケ村でバーミンからダークと同行するよう言われた時、リチアナは他国の王、それも人間の補佐を任されてかなり驚いていた。
ダークと接することに未だに慣れておらず、リチアナは会話をする度に緊張している。そして、彼女だけでなく、ダークの部隊に編成されたリーテミス兵たちもダークの指揮下に入ったことや青銅騎士たちと共闘することに緊張しており、同時にダークの指揮下に入って大丈夫なのかという不安を感じていた。
「そんなに緊張すんなよ、姉ちゃん」
表情を硬くするリチアナにジェイクが話し掛け、声を掛けられたリチアナは少し驚いてからジェイクの方を向く。ダークと違ってジェイクは自分と立場が似ているため、ジェイクに対してダークほど緊張することはなかった。
「ダーク陛下はこう見えてかなり軽い性格なんだ。緊張せずに普通に接すればいいんだよ」
「は、はあ……」
笑いながら語るジェイクを見てリチアナはキョトンとする。軽い態度で話しかけて来たジェイクを見て少しだけ気が楽になったようだ。
「……軽い性格とは何だ、せめて寛大とか心が広いと言え」
「ハハ、すいません」
嫌そうな口調で語るダークにジェイクは苦笑いを浮かべながら謝罪する。リチアナはジェイクの態度に怒りを露わにしないダークを見て思わず目を丸くした。
最初は他国の王であるダークの機嫌を損ねないように注意していたが、ジェイクの軽い態度に怒らないダークを見てリチアナは少しだけ肩の力を抜く。そんな中、前を向いていたダークがリチアナの方を向き、ダークと目が合ったリチアナは再び緊張する。
「そんなに緊張するな、普段貴公が仲間と接するように接すればいい」
「えっ、で、ですが……」
「私は堅苦しいのがあまり好きではないのだ」
ダークの声から僅かに低さが感じられ、リチアナは微量の汗を流す。今の自分の態度はダークを逆に不快にさせているのではとリチアナは感じた。
「わ、分かりました。努力いたします……」
指揮官であり、助力してくれているダークの機嫌を損ねるのはマズいと感じたリチアナはダークの機嫌を損ねないよう気を付けることにした。
それからしばらく進んだダークたちは休息を取り、リーテミス兵たちは体力を回復させる。ダークはジェイク、リンバーグ、リチアナの三人と拠点を攻撃する際にどう攻めるかを簡単に話し合い、それが終わると再び西へ向かって進軍を再開した。
進軍を再開してからニ十分ほどが経ち、ダークたちは目的である平原にやってきた。辺り一面は緑色で所々に丘があり、和やかな雰囲気が感じられる。
ダークたちは進軍をやめて静かな平原を見回す。すると、西に1kmほど行った所に何かがあるのに気付き、ダークたちは鷲眼や望遠鏡を使ってみつけたものを確認する。それは無数の丸太で簡単に作られたバリケードと柵が幾つも設置された簡単な基地のような場所でその中と上空には大勢の自動人形の姿があった。
「自動人形の大群……」
「どうやら、あそこが俺らが制圧する敵の拠点みたいっすね」
目的地である敵拠点を見つけ、ダークは目を薄っすらと赤く光らせ、ジェイク、リンバーグ、リチアナは僅かに目を鋭くした。目的の拠点を見つけ、もうすぐ戦いが始まると感じているリチアナは少し緊張する。
「自動人形は三種類全てがいる、非常に戦力のバランスがいいな」
「敵がどんなふうに攻めて来てもすぐに対応できるってことっすね」
自動人形の数と種類を確認しながらダークとジェイクは敵部隊に隙が無いことを確認する。二人の話を聞いたリチアナは微量の汗を掻きながら望遠鏡を覗く。
「……ダーク陛下、どのような作戦を取りますか?」
リチアナは望遠鏡を下ろすとダークの方を向いてどう攻めるか尋ねる。ジェイクもダークの方を向いてどうする、というような表情を浮かべた。
「バーミン殿が言っていたように敵は二百近くいる。しかも全てが英雄級の力を持っているんだ、負けることはなくても普通に挑んだらこちらにも大きな被害が出る……まずは私が一人で先陣を切り、敵の数を減らす。一通り敵を倒したら合図を送る、その後に全員で突撃してくれ」
「お、お一人で先陣を!? 敵は全員英雄級の実力を持っているのですよ? 自殺行為です!」
ダークの案にリチアナは強く反対する。英雄級の実力を持つ自動人形の大群に一人で突撃すると言うのだから当然の反応だ。
しかし、反対するのはリチアナがダークの実力を知らないからであって、ダークの強さを知っていれば反対することはないだろう。現にダークの秘密を知っているジェイクとリンバーグは反対する様子は見せず、黙って二人の会話を聞いていた。
「心配ない、私なら自動人形とも互角以上に戦える。貴公は私が合図を送ったらジェイクたちと共に拠点に攻撃を仕掛けてくれ」
「い、いくら何でもそれだけは承諾できません。ダーク陛下は指揮官として部隊の指揮を執らなくてはならない存在、そのダーク陛下にもしものことがあったら……」
明らかに無謀だとリチアナは考え、必死にダークを止めようとする。すると隣にいたジェイクがリチアナの肩にそっと手を置き、リチアナはジェイクの方を向く。
「大丈夫だよ、姉ちゃん。陛下はあんな人形相手に負けやしねぇ」
「な、何を仰ってるんですか! あのモンスターたちは英雄級の実力を持っているのですよ? ダーク陛下がどれ程のお力を持っているかは知りませんが、たった一人で英雄級のモンスターに――」
「いいからっ!」
ジェイクは少し力の入った声でリチアナが喋るのを止め、リチアナはジェイクの声に驚いて思わず口を閉じる。
「いいから、黙って見てな。そんで、ダーク陛下がどれだけつえぇか、その目に焼き付けな」
「え、ええぇ……」
強引に話をまとめるジェイクにリチアナは言葉を失う。二人が会話する姿を見ていたダークは小さく溜め息をついて背負っている大剣を抜いた。
リチアナはダークが大剣を抜いたのを見ると目を大きく見開く。冗談ではなく、本当に一人で自動人形の拠点に突撃するのだと感じ、心の中で無謀だと考えた。逆にジェイクは一人で拠点に向かおうとするダークを頼もしく思い、二ッと笑みを浮かべてダークを見ている。
「では、私は先に行く。合図を送ったら来てくれ」
「了解!」
「かしこまりました」
ダークの指示を聞いてジェイクとリンバーグは返事をする。これから自分たちの主が一人で敵の拠点に突撃すると言うのにどうしてそんなに冷静でいられるんだ、リチアナには二人を見ながらそう思っていた。
ジェイクたちが見守る中、ダークは敵拠点の方を向いて自動人形たちの数や位置を再確認する。そして、確認が終わるとダークは大剣を強く握って両膝を軽く曲げた。
「脚力強化!」
ダークは能力を発動させて自身の脚力を強化した。薄っすらと水色に光るダークの体を見たリチアナは目を見開く。ダークが魔法かマジックアイテムを使って自身に何かしたのかとリチアナは考える。
リチアナがダークの身に何が起きたのか考えていると、ダークは地面を強く蹴り、拠点に向かって勢いよく跳んだ。脚力を強化しているダークは目で追えないくらいの速さで拠点の方へ跳び、ダークが立っていた場所では砂煙が上がった。
「なっ!?」
一瞬にして視界から消えたダークにリチアナは驚愕の表情を浮かべる。ジェイクとリンバーグはダークが消えるとおおぉ、という顔をしながら拠点の方を見た。
「ど、どうなっているんです? ダーク陛下が一瞬で消えてしまいました! まさか、ダーク陛下は騎士でありながら転移魔法が使えるんですか!?」
「まさか、陛下は魔法なんか使ってねぇよ。ただ拠点に向かって跳んだだけだ」
「と、跳んだ?」
「ああ。見てみろ」
ジェイクはダークが立っていた場所を見ながら指を差す。そこにはダークが地面を蹴った跡がハッキリと残っており、周りの土も僅かに盛り上がっている。ダークがとてつもない力で地面を蹴った証拠だ。
「土が盛り上がっている……ダーク陛下はどれ程の力で地面を蹴られたのですか?」
「フッ、さぁな? 俺たちにもよく分からねぇんだ。だけど、陛下が常人離れした力を持っているのは、分かっただろ?」
笑いながらそう言うジェイクは腕を組んで拠点の方を向く。リンバーグも笑いながら同じ方角を向き、リチアナはしばらくダークが蹴った地面を見てから視線を拠点に向けた。
とんでもない力で地面を蹴り、一瞬で目の前から消えたダークにリチアナは混乱する。だが同時に、それだけの力があるのなら、ダークが一人で先陣を切ると言いだしたことにも納得できた。しかしそれでも英雄級の力を持つ自動人形たちに一人で挑むのは危険だと思っている。
拠点の周りでは大勢のOM01とOM02が拠点に近づく敵がいないか周囲を見回している。そんな中、拠点の入口前にいた一体のOM01がもの凄い勢いで拠点に近づいて来るものを見つけ、周りにいる他の自動人形たちも一斉にそれに気付いて近づいて来るものを確認した。
自動人形たちが無表情で近づいて来るものを見ていると徐々にそれは大きくなり、大剣を持って走ってくるダークの姿が自動人形の視界に入った。ダークが走ってくる姿を見た自動人形たちは瞬時に敵が接近してきたと判断し戦闘態勢に入る。
入口前に立つ二体のOM02たちはダークの方を向き、両肩についている平行四辺形の白い箱のような物を起動させる。すると白い箱の前の部分がまるで蓋が開くかのように上に動き、その中から丸い赤いレンズのような物が姿を現す。その直後、箱の中のレンズが赤く光り出した。
二体のOM02は両肩のレンズを光らせ、そこから橙色の熱線、火球、電気の矢、青白い電撃をダークに向かって放った。
「魔法……OM02のマジックポッドか」
自分に向かって放たれた魔法を見たダークは走りながら低い声で呟いた。どうやら自動人形たちが何をしたのかダークは分かっているようだ。
OM02の両肩についているのはマジックポッドと呼ばれる魔法を放って攻撃する物だ。LMFのダンジョンなどでPOPするOM02には予め魔法がセットされており、OM02はその魔法を使ってLMFプレイヤーたちを攻撃する。しかし、魔法やマジックアイテムで召喚されたOM02には魔法がセットされていないため、召喚したプレイヤーが好きな魔法をセットして使わせることができるのだ。
ダークは迫ってくる魔法を見つめながら走り続け、自分の間合いに入った瞬間、大剣を素早く振って魔法を叩き切った。切られた魔法は掻き消され、ダークは消えていく魔法の中を走って拠点へ向かう。
魔法が叩き切られた光景を見たOM02は無表情のままマジックポッドの蓋を閉じる。すると今度は周りにいた五体のOM01がガントレットと一体化している剣を構え、一斉にダークに向かって走り出す。
「魔法が通じないとなったら、今度は接近戦か。考え方が単純で助かる」
OM01たちを見ながらダークは大剣を構え直し、OM01を迎え撃つ態勢に入る。ダークとOM01たちの距離を縮まっていき、数m前まで近づいた瞬間、ダークは大剣を振ってOM01の一体を切り捨てた。
仲間が破壊された光景を見た他のOM01たちは表情を変えず、二体ずつダークの左右に回り込み、四体同時に剣を振って攻撃する。ダークは視線だけを動かして素早くOM01たちの立ち位置を確認し、走りながら真上にジャンプしてOM01たちの攻撃をかわした。
攻撃をかわされたOM01たちは一斉に上を向いて攻撃をかわしたダークを見上げる。ダークはジャンプしたまま大剣を両手で握り、大剣の剣身に黒い靄を纏わせた。
「冥界魔風斬!」
ダークは暗黒剣技を発動させると素早く四回大剣を振り、一撃ずつ四体のOM01を攻撃した。自動人形たちはダークの攻撃を受けて崩れるようにその場に倒れる。自動人形を全て倒したダークは着地するとすぐに拠点に向かって走り出す。
入口前に集まっている七体の自動人形はダークを迎え撃とうと迎撃態勢に入る。そして、先程ダークに魔法を放った二体のOM02は再びマジックポッドの蓋を開いて攻撃しようとした。
だが、既にダークは自動人形たちの目の前まで近づいて来ており、ダークは自動人形たちが攻撃するよりも先に周りの自動人形を全て斬り捨てる。自動人形を全て倒したダークは大剣を軽く振って周囲を確認した。
「入口前の自動人形は全て片付けたな。だが、まだまだ拠点の中に大勢いるはずだ」
ダークが一人でブツブツ喋っていると、拠点の奥から大勢のOM01とOM02がダークの方に走ってくる姿が見えた。空中からはOM03たちがビーム砲をダークに向けて飛んでくる。
「言った傍からもう来たか。しかし、ぞろぞろといっぺんに向かってくるとは……面倒だ、まとめて消し飛ばしてやる」
向かってくる自動人形を見ながらダークは大剣を両手で握り上段構えを取る。そして、再び大剣の剣身に黒い靄を纏わせた。
「黒瘴炎熱波!」
大剣を勢いよく振り下ろし、ダークは地上の自動人形たちに向けて黒い靄を一直線に放つ。靄は走ってくる自動人形を大勢呑み込み、多くの自動人形が全身に靄を纏いながら倒れる。
黒瘴炎熱波によって地上の自動人形は三十体以上倒されたが、それでもまだ地上には大量の自動人形がいる。しかも空中からもOM03が迫ってくるため、まだ敵戦力を削いだとは言えなかった。
「これは、まだ時間が掛かりそうだな」
迫ってくる自動人形たちを見ながらダークは面倒くさそうな口調で呟きながら大剣を構え直す。すると、空中のOM03たちがダークに向かって光線を放つ。ダークは後ろに軽く跳んで光線をかわした。
「……後から来るジェイクたちのためにも、愚痴を言っている暇は無いな。さっさと片づけて、合図を送るとしよう」
そう言ってダークは視線を地上の自動人形から空中のOM03たちに変えると大剣を左に倒して横構えを取り、剣身に黒い靄を纏わせる。
「黒雲衝波!」
ダークは大剣を大きく横に振り、空中のOM03に向けて剣身の靄を扇状に五つはなった。
――――――
拠点から遠く離れた所ではジェイクたちが望遠鏡を使ってダークと自動人形たちの戦いを見守っていった。ジェイクとリンバーグは流石、と言いたそうな笑みを浮かべて拠点の戦いを見ており、リチアナは目を見開きながら拠点を見ている。
戦いが始まってからそれほど時間が経っていないのにダークによって既に多くの自動人形が倒されており、その光景を見たリチアナは驚きを隠せずにいた。
「こ、こんなことがあるなんて……」
僅かに震えた声を出しながらリチアナは望遠鏡を下ろした。最初はダーク一人では間違いなく負けると思っていたのに、現実はダークが自動人形を圧倒するという状況になっている。リチアナは自分は今夢を見ているのではと感じていた。
しかし、リチアナが夢だと感じるのも無理の無いことだ。たった一人で英雄級の実力を持つ自動人形の大群に突っ込み、次々と自動人形を倒していくなど、高レベルの元老院でもできないことだからだ。
「だから言っただろう? ダーク陛下は人形相手に負けやしねぇって?」
驚くリチアナの隣でジェイクが誇らしげな笑みを浮かべている。自分の主であるダークの勇姿を見て他人が驚いていることにジェイクは嬉しさを感じていた。勿論、リンバーグもジェイクと同じ気持ちであるため、リチアナを見て微笑んでいる。
「……人間が何もせずにあれほどの力を出すなんてあり得ません。ダーク陛下は何か魔法かマジックアイテムを使ったのですか?」
リチアナは驚きの表情のままジェイクとリンバーグの方を向いて尋ねる。ジェイクはどう説明したらいいのか、難しい顔で考え込む。ダークが別の世界から来た、実はレベル100だなんてことは言えないため、リチアナが納得する答えを考えなくてはいけなかった。
「……ああ、そのとおりだ。ダーク陛下は強力なマジックアイテムを幾つも所持しており、それで身体能力を極限まで強化しているんだ。しかも陛下はレベル60で英雄級の実力を持っている。だから自動人形をあんなに楽々と倒せたんだよ」
「ほ、ほぼ同じ強さの自動人形を一撃で倒せるほどにまで力を強化できるマジックアイテム、そんな物が存在するのですか?」
「ああ、詳しくは知らねぇが、ダーク陛下が昔、古い遺跡を探索していた時に手に入れたそうだ」
ジェイクは拠点の方を見ながら思いついた嘘を説明し、リチアナはジェイクの説明を聞いて目を大きく見開く。リチアナが驚く顔を見たジェイクは上手く誤魔化せたと心の中で安心する。
リチアナはリーテミス共和国には存在しないマジックアイテムをダークが所持していることから、ビフレスト王国は自分たちが思っている以上に強大な力を持った国家だと感じる。同時にビフレスト王国は自動人形たちよりも力が上なのかもしれないと思った。
難しい顔をしながらリチアナがビフレスト王国の力について考えていると、拠点の方から爆音が聞こえ、リチアナは拠点の方を向いて望遠鏡を覗く。拠点の中心からは煙が上がっており、柵やバリケードが破壊されているのが目に入った。
リチアナは自動人形の拠点が半壊状態になっているのを見て驚いた。すると今度は拠点から何かが空に向かって打ち上げられ、空中で高い音を立てて爆発する。
「来ました、ダーク陛下からの合図です」
リンバーグは拠点を指差しながらダークから合図が送られたことを二人に伝え、ジェイクは真剣な表情を浮かべてリンバークの方を向いた。
「合図が来たってことは、自動人形はある程度倒したってことだな?」
ジェイクの言葉を聞いたリチアナはジェイクを見て更に目を見開く。まだダークが拠点に突撃して殆ど時間が経っていないのに、もう自分たちが突撃できる程まで自動人形を倒したと聞かされれば驚くのは当たり前だ。
「ハイ、私たちも速やかに準備を整え、拠点へ向かいましょう」
リンバーグは拠点に向かうことをリーテミス兵たちに伝えるために待機しているリーテミス兵たちの下へ移動し、ジェイクもそれに続く。リチアナは遂に自分たちも拠点へ向かうのだと、息を飲みながら二人の後をついて行った。
ジェイクたちがリーテミス兵たちの下へ移動すると、リーテミス兵たちは若干不安そうな顔で三人を見ている。青銅騎士たちやヘルマリオネッターは不安などは見せず、黙ってジェイクたちに注目していた。
「いいか、お前ら! 俺たちはこれから自動人形の拠点に突撃する。既に自動人形はダーク陛下によって大勢倒されている。今なら俺たちでも十分自動人形に勝つことができるはずだ!」
力の入った声でジェイクはリーテミス兵たちに突撃することを伝え、それを聞いたリーテミス兵たちはざわつき出す。これから自動人形の拠点に突撃することに全員が驚いているが、それと同時にダークが一人で自動人形を大勢倒したことにも驚いていた。
数が減ったことで自分たちが有利であることを聞かされれば、普通なら勝機があると士気を高めるが、過去の戦いでリーテミス軍は何度も数の少ない自動人形に敗北している。そのため、リーテミス兵たちは自動人形に勝てるというジェイクの言葉を聞いても士気が高まらず、本当に勝てるのかという不安を感じていた。
リーテミス兵たちの反応を見たジェイクは情けないと言いたそうな顔で溜め息をつく。しばらくざわつくリーテミス兵たちを見ていたジェイクは静かに口を開いた。
「落ち着け、お前ら。お前らが不安になるのは分かる。いくら数が少なくなったとはいえ、連中は人間の英雄級に匹敵する力があるんだからな。だけどな、こっちにはヘルマリオネッターがいんだ。アイツらがいれば自動人形とも十分戦える。それに、お前らも強くなるんだからな」
ジェイクの最後の言葉の意味が分からず、リーテミス兵たちは小首を傾げる。リチアナも不思議そうな顔をしながらジェイクを見ていた。
「リンバーグ、頼む。お前の力で兵士たちを強くしてくれ」
「ハイ」
リチアナたちが注目する中、リンバーグな一歩前に出て目の前に集まっているリーテミス兵たちや奥にいる青銅騎士たちを見つめ、両手を腰に回して包丁を手に取った。
両手に一本ずつ包丁を持ち、リンバーグは刃と刃をぶつけて高い音を鳴らす。リチアナやリーテミス兵たちは包丁を鳴らすリンバーグを見ながら、何をする気だと言いたそうな表情を浮かべた。
「ライズクック・生命の前菜!」
リンバーグは力の入った声を出しながら二本の包丁をぶつけて高い音を鳴らす。すると、リンバーグ自身を始め、ジェイクとリチアナ、リーテミス兵たちや青銅騎士たちの体が薄っすらと橙色に光り出した。
「こ、これはいったい……」
光り出す自分たちの体にリチアナは驚き、リーテミス兵たちもざわつきながら体を見つめる。そんな中、リンバーグは次の行動に移った。
「ライズクック・力の肉料理! 護りの魚料理! 魔力のスープ! 障壁のサラダ!」
リンバーグは再び包丁を鳴らして音を周囲に広げる。すると今度はその場にいる全員の体が赤、青、黄色、緑の順番に薄っすらと光った。連続で光る体にリチアナたちはただ呆然としていた。
リーテミス兵の体から光が消えるとリンバーグは包丁をしまってジェイクの方を向く。ジェイクはリンバーグを見て全て終わったのだと知り、視線をリーテミス兵の方へ向けた。
「お前たちは今、普段とは比べ物にならないくらい強くなっている。今のお前たちなら自動人形とも十分互角に戦えるはずだ!」
ジェイクの言葉にリチアナやリーテミス兵たちは驚き、一斉に視線をジェイクに向ける。何が起きたの理解できずに強くなったと言われたのだから当然驚く。
<ライズクック>とはリンバーグの種族であるデビルコックだけが使うことができる固有能力で仲間たちのステータスを大きく強化することができる。しかも対象人数に制限は無く、ほぼ全員を長時間強化することが可能だ。種類によって効果が変わり、生命の前菜は自動治癒効果を付け、力の肉料理は物理攻撃力、護りの魚料理は物理防御力、魔力のスープは魔法攻撃力、障壁のサラダは魔法防御力を強化することができる。
ざわつくリーテミス兵は仲間同士で顔を見合い、本当に強くなったのかと疑問に思う。勿論、リチアナも同じように疑問を抱いていた。
「ジェ、ジェイク殿、本当に私たちは自動人形と互角に戦えるくらい強くなったのですか?」
「ああ、間違いなねぇ。さっき体が光っただろう? あれはこのリンバーグの持つ能力で仲間の身体能力を大きく強化することができるんだ」
「で、では本当に私たちは……」
本当に強くなっているのですか、リチアナはそう思いながらジェイクを見て確認すると、ジェイクはリチアナの意思を感じ取ったのか無言で頷く。
リチアナは小さく俯いて自分の手を見つめながら考える。一人で拠点に突撃し、自動人形を大勢倒したダークとそのダークが連れてきたリンバーグの謎の力、もしかすると本当に自分たちは自動人形を倒せるくらい強くなったのではとリチアナは感じるようになっていた。
しばらく俯いていたリチアナはゆっくりと顔を上げ、佩してある騎士剣を抜いて高く掲げた。リーテミス兵たちはリチアナに気付くとざわつくのをやめてリチアナに注目する。
「皆! 我々にはダーク陛下が用意して下さった騎士とモンスターがいる。そしてこのリンバーグ殿の力で私たちの力を強くなった。これより、自動人形の拠点に向かい、拠点を制圧する!」
リチアナの言葉にリーテミス兵たちはまだ少し不安そうな表情を浮かべて隣の仲間と顔を見合う。やはりまだ自分たちが自動人形に勝てるとは思っていないようだ。
不安を露わにするリーテミス兵たちを見たリチアナは目を僅かに鋭くして剣を勢いよく振った。
「ダーク陛下は今こうしている間にもお一人でこの国のために敵と戦っておられるのだ。本来はこの国の住民である私たちだけでなんとかしなくてならない戦い、それなのに私たちが何もせずジッとしていていいのか!?」
リチアナの言葉に反応し、リーテミス兵たちは再びリチアナに注目する。本当なら自分たちが先に突撃するべきなのに他国の王であるダークにそれを任せ、自分たちが後から戦場へ向かうという状況を改めて理解し、リーテミス兵たちの中には自分たちの行動を恥と思い俯く者が出てきた。
自分たちが恥ずかしい立場にあることを理解したリーテミス兵たちはしばらく俯いているが、やがて真剣な表情を浮かべながらジェイクたちを見る。その目からは闘志が感じられ、ジェイクたちはリーテミス兵たちの闘争心に火が付いたことを知った。
一人、また一人とリーテミス兵たちが士気を高めて自分の得物を強く握る。それを見たリチアナは近くにいる馬に跨り、もう一度騎士剣を掲げた。
「ダーク陛下と共に自動人形の拠点を制圧する……全員、出陣!」
『おおぉーーっ!!』
リーテミス兵たちは一斉に声を上げ、それを見たジェイクとリンバーグはリーテミス兵たちの士気が高まったのを見て小さく笑った。
リチアナは馬を走らせて自動人形の拠点へ向かい、リーテミス兵たちもその後に続いて走り出す。
ジェイクも馬に乗ると遅れてリチアナたちの後を追い、リンバーグも翼を広げて飛び上がりジェイクに続く。青銅騎士たちやヘルマリオネッターも声を出すことなく動き始め、拠点へ向かって移動を開始した。