第二百八十三話 進軍方針会議
自動人形との戦闘が終わり、ダークたちは今後の方針について話し合うためにノーケ村の村長の家に集まる。集まったのはダークたちがノーケ村にやって来た直後に行った戦況確認に参加していた八人だ。
村長の家に集まったダークたちは地図が広げられた机を囲んで立っている。部屋の空気は重苦しく、村長は緊張した様子で部屋の隅に移動し、黙り込むダークたちを見ていた。
重苦しい空気が漂っている理由は勿論、少し前に起きた自動人形との戦闘だ。今回の戦いでリーテミス軍は三百人以上の死傷者が出してしまい、戦死した者はその内の半分以上いる。そのため、ノーケ村を防衛する部隊と西に向けて進軍する部隊の再編成を行うことになった。
静まり返る部屋の中、ダークたちは黙り続けている。すると、バーミンが静寂を破るように口を開いた。
「……今回の戦闘で我が軍は多くの犠牲を出してしまった。地上にいた部隊は大した被害は無かったが、空中で自動人形と戦った部隊はほぼ壊滅状態となった。まず部隊を編成し直してから今後の活動について話し合いをしたいと思う」
最初に何をするべきかバーミンは静かに語り、それを聞いたダークたちは視線をバーミンに向けた。
「ダーク陛下、それで構わないでしょうか?」
「ああ、問題無い」
ダークはバーミンを見ながら頷き、許可を得たバーミンは感謝するかのように無言で頭を下げる。そしてバーミンはファグレットやリーテミス騎士たちとノーケ村に駐留するリーテミス軍の兵士の数を確認して部隊を編成し直す。ただ、その話し合いにゴボゴンは参加しなかった。
部隊編成が終わるとバーミンはダークたちに編成し直した部隊について簡単に説明する。再編成した部隊は編成する前とほぼ同じ状態に戻すことができた。しかし、そのためにバーミンたちが首都ジューオから連れてきた部隊の戦力を再編成した部隊に回したため、西へ進軍する部隊は当初と比べて少なくなってしまい、バーミンたちは複雑そうな表情を浮かべながら説明する。
説明を聞いたダークは足りない分は青銅騎士たちを回して補えばいい、自分たちも積極的に前線に出て戦うとバーミンたちに伝える。バーミンやファグレットたちを自動人形たちを倒してくれただけでなく、自分の部隊を貸し与えてくれるダークに心から感謝した。
部隊の編成について話が終わると、ダークたちはようやく進軍の方針について話し合いを始める。先程まで重苦しかった空気も少しだけ和やかになり、見守っていた村長は少しだけ安心した表情を浮かべた。
「現在、敵は西の大荒野以外に此処から北西にある森、大荒野に向かう途中にある平原、そして南西にある平野に拠点を築いています。それらの拠点は簡単な作りになっているため、防衛力は低いですが、二百近くの敵がいるという情報が入っています」
「先程襲撃してきた自動人形はこの三つの拠点のどれかから進軍してきたと思われます」
バーミンとファグレットは地図を見ながら敵拠点の位置などをダークに説明し、ダークは腕を組みながら地図を見つめ、アリシアとノワールもダークの隣で地図を見ていた。
「敵は南西の方角から現れた。となると、南西になる平野から進軍してきた可能性が高いな」
「ハイ、そして今回の戦いで全ての自動人形を倒すことができました。現在、この三つの拠点の中で南西にある拠点が最も戦力が少なくなっています」
「三つの中で最も落としやすい、ということか」
「そのとおりです。我々はこの三つの拠点を制圧し、その後に大荒野へ向かって敵本隊を叩きます。南西の拠点には進軍部隊の中で最も戦力が少ない部隊を向かわせるべきでしょう」
「成る程……」
ダークは南西の拠点を見ながら低い声で呟く。だが、最も戦力が少ないと言ってもまだ百以上の自動人形がその拠点にはいるため、決して油断することはできない。しかも自動人形は実際のレベルよりも戦闘能力が高いため、数が少なくてもこちらと互角に戦うことが可能なのでダークたちが有利と断言できなかった。
「……陛下、先程遭遇したOM03以外の自動人形はレベルが幾つでどれ程の力を持っているかご存じですか?」
地図を見ていたアリシアはダークの方を向くと敬語を使い、自動人形について尋ねる。ダークはアリシアの方を見るとポーチに手を入れて二枚の羊皮紙を取り出す。
取り出された羊皮紙はジューオでダークがヴァーリガムや元老院に見せた自動人形の絵が描かれた羊皮紙と同じ物で羊皮紙にはOM03以外の別の二体の自動人形が描かれてあった。
ダークが羊皮紙を机の上に置くとファグレットとリーテミス騎士たちはまばたきをしながら羊皮紙を見つめる。アリシアとバーミン、ゴボゴンは一度同じ物を見ているため、無表情で羊皮紙を見つめた。
「自動人形は全部で三種類存在し、それぞれ戦い方が異なっている。先程のOM03は飛行可能で長距離攻撃を得意としている」
最初に羊皮紙に描かれていない自動人形のことをダークは説明し、アリシアたちは黙ってダークの説明に耳を傾けた。
OM03の説明を終えるとダークは次に黄色い短髪の自動人形が描かれている羊皮紙に視線を向ける。
「黄色い短髪をした自動人形が剣で攻撃を仕掛けてくるOM01、レベルは35から40で移送速度が速い。レベル35から40だと言ったが実際はレベル50代、人間の英雄級に匹敵する強さだ」
「コ、コイツも人間の英雄級の強さなのですか」
黄色の短髪で両腕に白い剣を付けたガントレットを装備する自動人形の絵を見ながらファグレットは僅かに震えた声を出す。
「水色の長髪をしているのがOM02、様々な攻撃魔法を使い、防御能力を持った自動人形だ。レベルは40から45だが、コイツもOM01と同じでレベル50代の強さだ」
最後の一体も英雄級の実力を持っていると聞かされ、バーミンたちは目を見開く。同時に敵の全てが英雄級の実力を持っているのであれば、これまで自分たちが圧倒されるのも無理は無いと心の中で納得する。
リーテミス軍の兵士は亜人だが、レベルは30代から40代前半ぐらいで人間の兵士と比べれば少し強いくらいの実力だった。そのため、いくら数で勝っていても自動人形たちに勝つことはできなったのだ。
「英雄級の実力を持つ自動人形たちに勝つのならそれなりの実力者が必要だ」
「と、言いますと?」
バーミンが小首を傾げて尋ねると、ダークは目を薄っすらと赤く光らせる。
「ヘルマリオネッターを各部隊に二体ずつ加える。奴らがいれば多少は自動人形とも楽に戦えるだろう」
「おおぉ、あの大型のモンスターたちですか。確かにあれは見事な戦いでした」
ヘルマリオネッターの活躍を思い出し、バーミンやファグレットたちは感激したような反応を見せる。ただ一人、戦いで大きな判断ミスを犯したゴボゴンだけは不満そうな顔で俯いていた。
「奴らは物質族モンスターである自動人形を操って攻撃することができる。その上、ヘルマリオネッター自身も戦闘能力が高い。奴らがいるかいないかでは随分違うと思うぞ」
「では、そのヘルマリオネッターを各進軍部隊に加えれば敵拠点も楽に制圧できるのですね?」
「ウム、だが先程も言ったような多少楽になるだけだ。ヘルマリオネッターがいるからと言って必ず勝てるという訳ではない。油断はするな?」
「重々承知しております。油断すればどうなるかは、先程の戦いで十分理解しましたので……」
そう言ってバーミンは視線だけを動かして隣にいるゴボゴンを見る。ゴボゴンはバーミンの言葉に反応し、同じように視線だけを動かしてバーミンを睨んだ。
「……まだそれを言うのか? 何時までも過去のことをネチネチと……」
「お前こそ、そんなことが言える立場か? お前の勝手な行動でどれだけの兵士が犠牲になったのは、もう忘れたのか?」
「クッ……」
バーミンの言葉にゴボゴンは何も言い返せずに黙り込む。今のゴボゴンには自動人形と戦う前にバーミンと言い合いをしていた時の勢いはまったく感じられなかった。
国と国民を導く元老院の身でありながら敵を甘く見て多くの犠牲者を出してしまったことでゴボゴンの立場は悪くなってしまった。現に今ノーケ村にいるリーテミス兵たちはゴボゴンに幻滅しており、同じ元老院であるバーミンやファグレットたちもゴボゴンを頼りない存在として見ている。
「自動人形たちを見下し、数が勝っている自分たちなら勝てると確信したお前の甘さが原因で大勢の死傷者が出たのだ。元老院という責任ある立場である以上、そう言ったことには気を付けてもらわなくては困る」
「……」
ゴボゴンはバーミンの説教を聞いて悔しそうな表情を浮かべながら黙り込む。バーミンと仲が悪く、石頭のゴボゴンでも今回ばかりは自分の行動が愚行だったと認めているしかなかった。
目を逸らして無言になるゴボゴンを見たバーミンは一気に疲れを感じたのか深く溜め息をついた。
「とにかく、今回の件は閣下や他の元老院にしっかり報告させてもらう。それと、今後は勝手な行動は控えるようにしろ。いいな?」
「ああ……」
ゴボゴンは目を逸らしたまま小さく返事をし、その様子を見ていたファグレットとリーテミス騎士は複雑そうな表情を浮かべる。ダークとアリシア、ノワールはただ黙ってバーミンたちを見ていた。
「……失礼しました、ダーク陛下、話を逸れてしまい……」
「気にしていない、話を続けてくれ」
ダークの言葉を聞いたバーミンは小さく頷くと視線を地図に向け、地図の上に置かれてある黒い駒を指差した。
「先程もお話ししたように、我々は三つの敵拠点を制圧した後、大荒野へ向かいます。拠点を制圧し、最も早く大荒野に辿り着けるのは真っすぐ西に向かって進軍する部隊と思われます」
「ウム、だがその平原を通過するのが最短ルートであることはも敵も分かっているはずだ。平原を通過されないようにするために敵は平原の拠点の戦力を他の二つの拠点よりも多くしているはずだ」
「ええ、平原の拠点を攻撃するのはこちらで最も戦力の高い部隊を送り込むべきだと思っております」
平原の拠点を効率よく制圧するために最も力の強い部隊に攻撃させるべきだと考えるバーミンはどの部隊を平原に向かわせ、誰に指揮を執らせるべきか考える。ファグレットとリーテミス騎士もどの部隊が適任か難しい顔をして考え込んだ。
「なら、平原を攻撃する部隊は俺が指揮を執る」
バーミンたちが考え込んでいると、黙り込んでいたゴボゴンが発言し、ダークたちの視線は一斉にゴボゴンに向けられる。アリシアたちやファグレット、リーテミス騎士は意外そうな顔でゴボゴンを見ており、ダークは無言で見つめている。そして、バーミンは目を細くしながらゴボゴンの顔を見ていた。
「お前が?」
「ああ、今度は油断しねぇ。全力で奴らを叩いて拠点を制圧してみせるぜ」
ゴボゴンは自分の胸をドンと戦いながら勝利を宣言する。先程の戦いで大失態をおかしてしまったため、その汚名を晴らすためにも前線に出て手柄を立てたいと思っているのだろう。
ダークやバーミンは先程のゴボゴンの失敗と指揮を執ると言い出したタイミングから、ゴボゴンが名誉挽回のために指揮官を志願したのだとすぐに気付いた。
本来なら償いのため、名誉を取り戻すために敵の多い拠点の襲撃を志願した者を行かせてやるべきだと考えるかもしれないが、ダークとバーミンはゴボゴンの性格から彼が絶対に同じ失敗はしないとは思えなかった。
「悪いがゴボゴン、お前にはこの村に残り、ファグレットたちと共に村の防衛についてもらう」
「何っ? なぜだ? 元老院で高レベルの俺が出れば戦いでこちらが優勢に立てるはずだろう」
ゴボゴンは自分を前線に出そうとしないバーミンの判断に納得ができず反論する。普通なら失態をおかしたゴボゴンには反論する権利は無いだろうが、今回は汚名を晴らすために前線に出ることを進言したため、ゴボゴンにも反論する権利があった。そのため、バーミンはゴボゴンがは反論してもそれ自体を否定しない。
「お前は確かに強い。だがさっきの戦闘でお前は相手を見くびり、何も考えずに敵に突撃を仕掛けた。一度そんな危険な判断を出した者を指揮官にする訳にはいかない」
「だから言っただろう、もう二度と油断はしねぇって」
「少し前に大きな失敗をしたばかりの者が今度は二度と失敗しないと言って、簡単に信じると思っているのか。少なくとも私は信用できないな」
「お前なぁ……」
自分に指揮を執らせようとしないバーミンを見てゴボゴンは不満そうな顔をする。だが、バーミンの言っていることも一理あると感じているからか、それ以上は何も言わなかった。
「どうしても信用してもらいたいなら、まずはこの村を防衛し、兵士たちからの信頼を取り戻してからにしろ。それが無事に済んだら私ももう一度お前を信じてやる」
「……分かった」
多少不満そうな顔をしながらも、ゴボゴンはノーケ村の防衛に就くことに納得する。今は少しでも仲間からの信頼を得るため、ノーケ村で兵士たちとの絆を取り戻そうと考えたのだろう。
ゴボゴンが下がるとバーミンは改めて平原の拠点、他の二つの拠点にどの部隊を送り込むか、そしてそれらの部隊の指揮を誰に執らせるか考える。強敵である自動人形の部隊と戦う以上、ゴボゴン以外で強い力を持つ者が指揮を執るべきだとバーミンは思っていた。
「三つの拠点を襲撃する部隊の指揮官ですが、一つは私が執るとして、残りの二つの部隊の指揮は……」
「私とアリシアが執ろう」
考え込むバーミンにダークが声を掛け、バーミンたちは視線をダークに向ける。他国の王が最前線に向かう部隊の指揮官に自ら志願したため全員が驚いていた。
「ダ、ダーク陛下とアリシア殿がですか?」
「不服か?」
「い、いえ! ただ、共闘してくださっているとはいえ、一国の王が最前線に出られるのは……」
バーミンはダークの身に何か起きれば大変なことになると考え、ダークが前線に出ることに抵抗を感じる。だが、そんなバーミンの不安をよそにダークは小さく笑う。
「問題は無い。私が自動人形相手に後れを取らないことは貴公も分かっているはずだ」
「は、はあ……」
確かにダークは先程の戦いで自動人形二体を一瞬にして倒すほどの強さを持っているため、自動人形に苦戦するとは思えなかった。
だが、それでも他国の王を最前線に出して、もしものことがあれば国同士の問題に発展しかねない。いくら今まで接触がなかった大陸の国とは言え、バーミンとしては大事にはしたくはなかった。
「心配するな、仮に私の身に何か遭ったとしても、貴公らには一切責任は取らせない」
バーミンはまるで自分の考えていることを見抜いているかのように語るダークに驚いたのか軽く目を見開く。ゴボゴンやファグレットもリーテミス共和国に責任を取らせないというダークの発言に少し驚いた反応を見せていた。
ダークを前線に出して部隊の指揮を執らせるか、バーミンは俯きながら考え込む。自分から志願し、何が起きても責任を取らせないとまで言うのであれば任せても良いと考えるが、一国の王の発言となると即座に判断できない。バーミンは難しい顔をしながら悩んだ。
「……いいんじゃねぇか、バーミン? ダーク陛下に任せりゃ」
考え込むバーミンにゴボゴンが話しかけ、それを聞いたバーミンはフッと顔を上げてゴボゴンの方を向く。
「ゴボゴン、何を言い出す!?」
「ダーク陛下ご自身がそう言ってるんだぜ? それならダーク陛下の好きなようにやらせればいいじゃねぇか」
「お前、何を無責任なことを! ダーク陛下の身に何か遭ったらどうする?」
ゴボゴンの軽い発言にバーミンは目を鋭くする。またバーミンとゴボゴンの口論が始まったことでファグレットたちや村長は困り顔で二人を見つめた。
「ゴボゴン殿の言うとおりだ、私たちに任せてほしい」
険しい顔でゴボゴンを睨むバーミンにダークが静かに声を掛ける。バーミンは大きく目を見開きながらダークの方を向いた。
「ダ、ダーク陛下、しかし……」
「先程言っただろう? 私は自動人形如きに苦戦などしない。もし私が戦場で負傷するようなことがあっても貴公らには責任はない。貴公らに都合の悪いことは何も無いはずだが?」
ダークの言葉にバーミンは困ったような顔で再び考え込む。いくら自分たちにとって悪い条件ではないとは言え、やはり他国の王を最前線で部隊の指揮を執らせるのには抵抗があった。バーミンは難しい顔で目を閉じ、俯いて考え込む。
「……分かりました。ダーク陛下がそう仰るのでしたら、お任せします」
悩んだ末、バーミンはダークが部隊の指揮を執ることを認めた。ダークはバーミンの答えを聞くと再び小さく笑い、アリシアも目を閉じて微笑んだ。
「これで三つの内、二つの部隊は私とダーク陛下が指揮を執ることが決まりました。最後の部隊の指揮は……」
バーミンはチラッとダークの隣に立つアリシアに視線を向ける。アリシアはゆっくり目を開け、真剣な表情を浮かべてバーミンを見た。
「彼女は我が国の総軍団長だ。実力があるのは勿論、指揮能力もかなりのものだ。ある意味で私よりも優れた存在だ、期待していいと思うぞ」
「そ、そうですか……では、最後の部隊の指揮はアリシア殿にお任せします」
「ありがとうございます」
アリシアはバーミンに軽く頭を下げて感謝をし、バーミンもお願いします、と言いたそうな顔で軽く頷いた。
全ての部隊の指揮官が決まり、次にどの部隊がどの拠点を制圧するかを決める。ダークが連れてきた青銅騎士とヘルマリオネッターたち、そしてレジーナたちをどの部隊と同行させるか話し合う。全てが決まるとダークたちは村長の家を出て出撃の準備に入った。
――――――
リーテミス共和国の西にある巨大な荒野がある。雑草が生い茂る大地、岩肌がむき出しの山、枯れかかっている木、開発されておらず誰が見ても生物が住むことができないような場所だった。
そんな殺風景な荒野の真ん中に謎の集団がいた。数は三百以上で、その全てが目に光の無い無表情な少女の姿をしている。その体には無数の白い奇妙な物を付けており、少女たちは表情を変えることなく整列したり、不審者がいないか確かめるように荒野中を見回していた。
実は荒野にいる少女たちは自動人形でその全てがOM01、OM02、OM03の三種類だった。そう、この荒野こそがリーテミス軍を襲撃した自動人形たちの本拠点である大荒野なのだ。
大量の自動人形の中に大きめのテントが一つ張られてあり、そのテントの中には二つの人影があった。一つは四十代後半ぐらいの人間の初老の男で貴族風の恰好をしながら椅子に座っている。もう一つは十代半ばくらいの黒いおかっぱ頭をした少女で白と紫の長袖とミニスカート姿で男の前に立っていた。
男は椅子に座りながら何か悩んでいるような顔をしており、そんな男を少女は黙って見つめていた。
「一体どうなっているんだ? なぜ敵の防衛拠点の偵察に向かって部隊が未だに戻らない?」
自分の顔に手を上げながら男は少し低めの声を出す。話の内容から、男はリーテミス軍の拠点に向かわせた部隊について考え込んでいるらしく、少女は男を若干鋭い目で見ている。
「これだけ遅いとなると、恐らくもう戻らないでしょう」
「戻らない? まさか、敵に敗れたと仰るのですか?」
少女の言葉に反応して男は驚きの表情を浮かべながら立ち上がる。敬語で少女に語り掛けることから、男は少女よりも立場が同等、もしくは下のようだ。
「その可能性が高いでしょうね」
「そんな馬鹿な! 偵察に向かわせた部隊は高レベルのOM03だけで構成された部隊なのですよ? その部隊が壊滅するなんてあり得ません」
興奮した様子で部隊の壊滅はあり得ないと男は語る。どうやら男が話している偵察部隊はノーケ村に送り込まれた自動人形の部隊のことらしい。
少女は僅かに興奮する男を冷静に見つめている。少女の様子から、彼女は自動人形の偵察部隊が壊滅したと考えており、そのことに驚いていないようだ。
「確かに自動人形たちは実際のレベルよりも強い力を持っています。ですが、だからと言って絶対に負けないとは限りません。この世界には自動人形を倒せる存在が大勢いるはずです。例えば、この国の大統領や元老院とか……」
今自分たちがいるリーテミス共和国を統率する者、そしてその直属の部下たちの力なら自動人形を倒すことも可能だと聞かされ、男は少女を見ながら固まる。男もヴァーリガムや元老院がかなりの実力者だと知っているらしい。
「……確かに、この国を支配する竜王と元老院なら自動人形を倒すことができるでしょうね……」
「ですから、偵察部隊が倒されたとしても不思議なことではありません」
「は、はあ……ん? ちょっと待ってください。なら竜王と元老院が最前線に出てきてしまったら、もう我々に勝ち目はないのでは?」
「心配はありません。元老院が相手なら数で押し切れば自動人形でも倒せます。仮にヴァーリガムが現れても、彼に対抗するための切り札はちゃんと用意してあります」
「切り札……もしかして、テントの裏に置かれている例のアレのことですか?」
「ハイ、あれを使えば元老院は勿論、大統領であるヴァーリガムを倒すことも可能です」
表情を変えずに勝てると語る少女を見て、男は小さく笑いながらゆっくりと椅子に腰を下ろした。この世界で最強と言えるであろうヴァーリガムが出てきたら敗北は確実だと思っていたが、そのヴァーリガムを倒すことができる手段があると知って男は安心したようだ。
「では、もし竜王が出て来ても、アレを使えば竜王をたおし、我々はこの国を手に入れることができるのですね?」
「ええ……ですが忘れないでください? 私たちの目的はこの国をできるだけ無傷の状態で手に入れることです。町や村はそのままに敵軍の戦力だけを削いでいき、戦う力を失ったリーテミス軍を降伏させることが狙いなのですから」
「分かっています。だからこそ、これまで町や村などの拠点は襲撃せず、拠点の周りや外にいる敵部隊だけを攻撃して敵戦力を削ってきたのです」
開戦から今日まで拠点を制圧しなかった理由を語りながら男は笑みを浮かべる。少女は男を見ながら無言で頷いた。
自動人形たちが拠点を制圧しなかった理由、それは拠点である町や村を傷つけずにリーテミス軍に勝利し、国を手に入れた後に効率よく国を統率するためだった。町や村をそのままにすることで国民たちが今までどおりの暮らしができるようにし、終戦後でもすぐに国として機能できるようにするのが狙いだったのだ。
「とにかく、偵察部隊が戻らない以上、今まで以上にリーテミス軍を警戒する必要があります。私は前線の拠点へ向かい、警戒を強めるよう自動人形たちに指示を出してきますので、引き続き前線へ送る部隊の編成をお願いします」
「分かりました」
男が頷くと少女はテントの入口の方へ歩いて行く。すると、男はテントから出ていこうとする少女を見ながら口を開いた。
「ところで、例の約束ですが……」
「……安心してください、約束は守ります。この国を無事に手に入れることができれば、貴方にこの国の管理をお任せします。あの方がそう仰っていました」
「そ、そうですか」
安心したような笑みを浮かべ、男は小さく息を吐く。それを見た少女は小さく笑いながらテントを出ていた。
テントを出た少女は目を鋭くしながらテントの裏側へと歩いて行く。裏側にやって来ると、そこには紫色のラインが入った妙な形の白い塊が置いてあった。テントとは比べ物にならないくらいの大きさで、見た目は自動人形が体に付けている白い物に似ている。実はこの巨大な白い塊こそが少女が男と話していたヴァーリガムに対抗するための切り札なのだ。
少女は白い塊の前までやって来ると真剣な表情を浮かべて白い塊を見上げる。
「敵拠点の偵察に向かわせたOM03たちがやられました。敵は間違いなく自動人形を倒した者を最前線に向かわせてこの大荒野に攻め込んで来るでしょう」
「……敵ハ何者デス?」
少女が喋り終えると白い塊から低めの機械声が聞こえて少女に問いかける。どうやら白い塊には意志があり、他人と会話をすることができるようだ。
「まだ分かりません。元老院かヴァーリガムが前線に出た可能性もありますが、そう判断するには情報が少なすぎます」
白い塊を見上げながら少女は首を横に振り、少女の答えを聞くと白い塊についている紫色のラインが光り出す。まるで少女の言葉に何かしらの反応を見せているようだ。
「私はその自動人形を倒した敵戦力について調べ、そのことをあの方に報告に向かいます。貴方は引き続き、自動人形の召喚とあの男の監視をお願いします」
「……了解」
機械声の返事を聞くと、少女は転移魔法を使ったのか一瞬にしてその場から消えた。残された白い塊は再び紫色のラインを光らせ、その後は何の反応も見せなくなる。