第二十七話 ワイバーン殲滅
ノワールの魔法で巣穴から飛び出したワイバーンたちは自分たちに攻撃をしたダークたちを空から見下ろしながら睨みつけている。明らかな敵意の籠った眼光にレジーナとジェイクは少し驚いている様子だが、ダークがついているなら大丈夫だと安心していらしくワイバーンを前にしても落ち着いていた。だが、それでも油断はできないため、二人は武器を強く握ってワイバーンを警戒する。
そんな中、ワイバーンの一匹がダークたちよりも先に動き出した。ワイバーンの一匹がダークたちに向かって急降下し、大きな口を開けて噛みつこうとする。それを見たダークは大剣を野球のバットの様に構えて向かってくるワイバーンをジッと見つめながら意識を集中させる。そしてワイバーンの顔がダークの目の前まで近づいてきた瞬間、ダークは勢いよく大剣を振り、ワイバーンの顔を大剣の平らな箇所で殴打した。
顔面を殴られたワイバーンの顔は歪み、鋭い牙は根元から折れた。更に殴られたことによってワイバーンは空中で体勢を崩し、約4mほど殴り飛ばされ地面に叩き付けられる。その後、そのワイバーンが動くことは無かった。
いきなりワイバーンを一匹、しかも一撃で倒したダークの力にレジーナとジェイクは改めて驚く。英雄級のレベルを持つ冒険者でもワイバーンを一撃で倒すことなど不可能だからだ。
二人が驚きながらダークを見ている間もダークは攻撃を続けた。大剣を構え直して走り出したダークは飛んでいるワイバーンの真下を通過してワイバーンたちの背後に回り込む。そして大剣を横に構えると刀身に黒い靄のような物を纏わせ、空を飛んでいるワイバーンを見上げて目を赤く光らせた。
「黒雲衝波!」
ダークは技の名前らしき言葉を口にした瞬間、大剣を大きく横に振る。すると刀身に纏われていた黒い靄が放射状に五つ放たれた。放たれた黒い靄は飛んでいるワイバーンの内、三匹に命中する。黒い靄を受けたワイバーンは衝撃と痛みに鳴き声を上げ、やがて電池の切れたラジコンヘリのように落下して地面に叩き付けられた。
<黒雲衝波>は暗黒騎士の能力である暗黒剣技の一つである。武器に黒い靄を纏わせ、剣を振ってその靄を扇状に放つことができる。靄は五つ放たれるので命中率は高く、近くにいる敵に放てば五つの靄全てを命中させて大ダメージを与えることも可能だ。攻撃は闇属性で威力も高く、しかも一定の確率で呪い状態にし、HPの回復を阻害することもできるのでダークもよく使う能力の一つでもある。しかしダークのレベルが高く、LMFにいた頃も黒雲衝波を受けたモンスターは一撃で倒れてしまうため、呪い状態になることは無かった。
一度に三匹のワイバーンを倒したダークを見て残りのワイバーンは全て空を飛びながらダークに注目していた。たった一人の騎士に四匹の仲間が一瞬で倒されたのを見てワイバーンたちは本能でダークが危険な存在だと感じたのだろう。ワイバーンたちはダークを警戒しながら少しずつ上昇し始めた。
「……フッ、私の力を見て恐怖したか。ワイバーンにもそれなりの知能はあるようだな」
自分から離れるように上昇するワイバーンを見てダークは少し気分がいいのか小さく笑う。だが、すぐに気持ちを切り替えて上昇するワイバーンを見上げながら叫んだ。
「ノワール、奴らを逃がすな! 空から引きずり下ろせ!」
「ハイ!」
指示を受けたノワールは見習い魔法使いの杖をかざしてワイバーンたちを見上げる。すると上昇していくワイバーンたちの真上に大きな青い光の魔法陣が浮かび上がった。
ワイバーンたちは地上にいるダークを警戒して下を見ているせいか頭上の魔法陣に全く気付いていない。それを見たダークは哀れむようにワイバーンたちを見上げている。顔を隠している兜の下はきっと呆れ顔になっていることだろう。
逃げようとしないワイバーンたちを見て、ノワールはチャンスだと魔法を発動した。
「氷柱の雨!」
ノワールが叫んだ直後、魔法陣から無数の氷柱が雨のように降り注いだ。氷柱はワイバーンたちの背中に刺さったり、体や竜翼を掠ったりなどしてワイバーンたちにダメージを与える。氷柱の雨を受けたワイバーンたちは上手く飛ぶことができずに落下した。中にはなんとか着地できたワイバーンもいたが、バランスを崩して倒れてしまう。
<氷柱の雨>は水属性の中級魔法で頭上から氷柱を雨のように降らせて攻撃する広範囲魔法の一つ。攻撃範囲が広く、攻撃力もそこそこあるのだが、魔法陣の下の何処に落ちるのかはランダムなので敵に命中しないこともある。しかも魔法陣の下に仲間がいればその仲間も攻撃を受けてしまうので使う時は魔法陣の下に仲間が入らないように注意して使わないといけない。だがそれでも一度命中すれば大きなダメージを負わせられるため、LMFでも使うプレイヤーは多かった。
中級魔法であるため、レベル94のノワールが使えば並みの敵は一撃で倒せる。だが氷柱の雨を受けたワイバーンは瀕死に近い状態ではあるが全て生きていた。ノワールが倒してしまわないように魔力をギリギリまで抑えて魔法を発動したのだ。それにはちゃんとした理由があった。
「皆さん、今のうちです! 一気に攻撃してください!」
「え? ええ?」
突然ノワールから攻撃するように指示されて戸惑うレジーナ。ジェイクもダークとノワールの強さを知っているため、なぜ二人が止めを刺さないのかと意外に思う。そんな中でアリシアだけは驚くこと無く、エクスキャリバーを構えながらワイバーンに向かって走り出す。幸い、ワイバーンたちはノワールの氷柱の雨で竜翼を傷つけられて空を飛ぶことはできず、地上で戦うことしかできない。それは地上でしか戦えないアリシアたちには好都合だった。
アリシアは一番近くにいるワイバーンに向けてエクスキャリバーを振った。エクスキャリバーの美しい剣身はワイバーンの鱗に覆われた首を楽々と切る。まるで研ぎたての包丁で野菜を切るかのように。切られた箇所からは血が噴き出て、ワイバーンは断末魔の鳴き声を上げながら倒れる。アリシアは倒れたワイバーンを見た後に自分が持っている聖剣に目を向けた。
(凄い……今日までこのエクスキャリバーで多くのモンスターを倒してきたが、まさかドラゴン族のモンスターまでこんなにも簡単に切れるなんて……)
アリシアはエクスキュアリバーの切れ味の凄さに心の中で呟く。
パラサイトスパイダーの一件後からアリシアは今日までエクスキャリバーを使って任務に就いている。騎士団から支給される剣や騎士剣を使い続けるのもよかったのだが、パラサイトスパイダーの時の様に武器が壊れて戦えなくなってしまうのは厄介なのでダークから貰った最強の剣を使うことにした。最初は強力な聖剣を持ち歩いて周りから注目を集めることを避けていたのだが、死んでしまっては意味がないので持ち歩くことを考えたのだ。
倒したワイバーンの死体の前でアリシアが立っていると、他のワイバーンが鳴き声を上げながらアリシアに近づき、大きな後脚で踏みつけようとする。ワイバーンの攻撃に気付いたアリシアは大きく後ろに飛んでワイバーンの踏みつけを回避し、エクスキャリバーを構え直した。戦闘中に武器の凄さに感心していてはいけない、そう自分に言い聞かせてアリシアは気持ちを切り替えた。
アリシアがワイバーンの一匹を倒したのを見て、レジーナとジェイクの二人も自分たちも戦わないといけないと感じ、ダークから貰ったエメラルドダガーとスレッジロックを構えてアリシアから離れた所にいる二匹のワイバーンを見つめて同時に走り出す。
「ダークの兄貴とアリシアの姉貴が戦っているのに俺らが何もしないっていうのはマズイよな。あの二匹は俺らで倒すぞ!」
「何よ、そんなにダーク兄さんから貰った武器を使ってみたいの? 意外と子供よね、アンタ?」
「それはお前だろうが!」
ぐちぐちと言い合いをしながら二匹のワイバーンに向かって走り出す二人。その姿はとてもこれから命を懸けて戦う冒険者の姿には見えなかった。
レジーナとジェイクが近づいてくるのに気づいた二匹のワイバーンは全身の傷の痛みを気にもせずに二人を睨みつける。そして二匹のワイバーンは同時に二人に向かって炎を吐いた。
「ゲッ!?」
「マズイ!」
ワイバーンが炎を吐いたのに気づいたレジーナとジェイクは咄嗟に左右へ跳んで炎をギリギリで回避した。レジーナは右へ跳び、ジェイクは左に跳んだため、並んで走っていた二人の間には2、3mほどの距離ができる。バラバラになって危険度が増したと思われるが、二人はあまり相性の良くない相手と離れたことで戦いやすくなったと感じていた。
レジーナはエメラルドダガーを逆さまに持って近くにいるワイバーンに向かって走り出し、ジェイクはレジーナが狙っているワイバーンの隣にいるもう一匹のワイバーンに狙いを付け、側面に回り込むように走り出す。二匹のワイバーンで一匹は走って近づいてくるレジーナに狙いを付け、もう一匹はジェイクに気付いて彼を追う様に向きを変えてジェイクを睨む。二人の相手がそれぞれ決まり、レジーナとジェイクはワイバーンを倒すことに専念する。
攻撃される前に距離を詰めようとレジーナは真っ直ぐワイバーンに向かって走る。だがワイバーンもただ敵を黙って近づけるほど愚かではない。向かってくるレジーナに向かってワイバーンは勢いよく炎を吐き攻撃する。レジーナは咄嗟に横へ跳び炎をギリギリで回避した。真横を通過する炎の熱で僅かに表情を歪めるも追撃を受けないようにするためにひたすら走り続ける。そしてワイバーンの足元に入り込むとエメラルドダガーでワイバーンの後脚を攻撃した。
前の戦いで自分がワイバーンに傷を負わせるには戦技を使うしかないと分かったのだが、戦技を使えば隙を作って攻撃を受けてしまう可能性があるので、何もしないよりは普通に攻撃した方がいいと考え、エメラルドダガーで切りかかったのだ。
レジーナは傷を負わせられないことを承知ですれ違いざまにワイバーンの後脚を切る。だが次の瞬間、彼女が予想もしていないことが起きた。なんとエメラルドダガーの刃がワイバーンの後脚を綺麗に切ったのだ。切られた箇所からは血が噴き出し、その光景を見たレジーナは目を見開いて驚く。
「な、何これ……凄い切れ味」
最初に自分が使っていた短剣とは比べ物にならないほどの切れ味にレジーナは思わず呟く。そして同時にこんな凄い短剣を持っていたダークはどこかの国の王族か貴族ではないのかと考えた。
レジーナがエメラルドダガーに見惚れているとワイバーンが振り返り、唸り声を上げながらレジーナを睨み付ける。殆ど痛みが無かったとはいえ、脚を切られたことで頭に来ているようだ。
ワイバーンは背を向けているレジーナに襲い掛かろうと長い首を動かして噛みつこうとする。レジーナはワイバーンの攻撃に気付くと素早く移動して噛みつきをかわし、ワイバーンの側面へ移動した。そしてエメラルドダガーを構え直してワイバーンの顔を見つめながらエメラルドダガーに気力を送り込んで剣身を緑色に光らせる。
「疾風斬り!」
戦技を発動させたレジーナはワイバーンの顔に向かって勢いよく跳び、切れ味の高まったエメラルドダガーでワイバーンの顔を切った。この一撃で顔に大きな切傷が付けられたワイバーンは大ダメージを受ける。その傷は誰が見ても致命傷と言えるほどのものだった。顔を切られたワイバーンは鳴き声を上げること無く地面に倒れて動かなくなる。どうやらレジーナの一撃で即死したようだ。
死んだワイバーンを見てレジーナはエメラルドダガーを使って放った戦技の威力に更に驚いた。顔は大ダメージを与えられる箇所ではあるが皮膚は脚よりも硬く、重量系の武器でなければ致命傷を与えられない。だがレジーナの使ったエメラルドダガーは短剣でありながら硬い顔を切ることができ、ワイバーンに致命傷を与えた。この世界の常識ではまず考えられないことだ。
「……レベル36のあたしが一人で戦えば絶対に倒せないワイバーンを倒すことができるなんて……本当にとんでもない短剣ね、これ……」
レベルの低い自分がワイバーンを倒せるぐらいまでレベルを底上げできるエメラルドダガー。レジーナはエメラルドダガーの凄さを何度も見たせいか、もう大袈裟な反応を見せなくなっていた。
その頃、離れた所ではジェイクがスレッジロックを両手でしっかりと構えながらワイバーンの攻撃をかわしていた。ジェイクはワイバーンの連続噛みつきをかわしながら反撃のチャンスを窺っている。彼はレジーナと違って素早く動けないため、なかなかワイバーンの足元や側面に回り込めずにいた。だがその代わり、クラッシャーであるジェイクはレジーナよりもパワーがあり、一撃のダメージはとても大きい。ジェイクはスピードよりもパワーを上手く使ってワイバーンを倒す方法を考えながら攻撃をかわしていた。
ジェイクがワイバーンの噛みつきをかわしているとワイバーンの連続噛みつきが止み、ワイバーンは首を動かして顔を奥に引っ込めた。ジェイクはそのチャンスを逃さずにスレッジロックを強く握りながらワイバーンに一気に近づく。そしてワイバーンの左竜翼の根元に向けてスレッジロックを振り下ろし攻撃する。
スレッジロックの刃はワイバーンの体に埋まるように刺さり、ワイバーンはその痛みに鳴き声を上げる。一撃を与えたジェイクは急いで刺さっているスレッジロックの刃を引き抜き、急いで後ろへ跳んでワイバーンから距離を取った。
「スゲェな……硬いワイバーンの体にあんなに深く刺さるなんて……」
レジーナのように新しい武器に驚いているジェイクは自分の持つ斧を見つめながら何度もまばたきをした。この武器なら一人でもワイバーンを倒せるかもしれない。そう感じたジェイクはスレッジロックを構え直し、痛みに耐えられずに暴れているワイバーンを睨んだ。
ワイバーンは体を大きく動かしているため、今近づけば尻尾や竜翼で殴り飛ばされてしまう。ジェイクはワイバーンがどう動くのか分析し、接近できるチャンスを窺った。すると、ワイバーンは傷の痛みが引いたのか少しだけ大人しくなり、それを見たジェイクはワイバーンの顔に向かって全力で走り出し、一気に近づく。
「今度は首を狙ってやるぜ!」
ジェイクはスレッジロックに気力を送り戦技を発動させようとする。黄色く刃を光らせるスレッジロックを握りながらジェイクは跳び上がり、ワイバーンの長い首に狙いを付けた。
「岩砕斬!」
両手でしっかりと握ったスレッジロックをワイバーンの首に向かって振り下ろすジェイク。光るスレッジロックの刃はワイバーンの首に刺さり、ジェイクは大ダメージを与えられると考えた。ところがスレッジロックの刃は途中で止まること無くそのまま下まで行き、ワイバーンの首を切り落としたのだ。
「な、何ぃ!?」
これにはジェイクもさすがに思わず声を上げて驚いた。首を切り落とされたワイバーンは大きな音を立てながら倒れて動かなくなる。
硬い鱗に覆われている首を簡単に切り落としてワイバーンを倒したのだからジェイクが驚くのも無理もない。動かなくなったワイバーンを見ながらジェイクは呆然としてスレッジロックを見る。
「ワイバーンの首を切り落としちまった……この斧、本当に人が作った物なのかよ?」
自分が使っている武器は本当に人間が作り出した武器なのか、そう考えるジェイクは思わず口に出した。スレッジロックが普通の武器ではないことはダークから受け取って彼から話を聞いた時に分かっていた。だが、実際に使ってワイバーンの太い首を切り落としたのを見ればたとえ普通の武器でないと分かっていても驚いてしまう。それは普通の人間なら当然の反応と言えた。
レジーナとジェイクが自分たちの武器に驚いているとアリシアとノワールは目の前にいるワイバーンを見上げて警戒している。
氷柱の雨でワイバーンを空から落とし、アリシアたちは一斉に攻撃を開始しする。四匹いたワイバーンの内、三匹はアリシアたちが一匹ずつ倒し、残りは一匹だけとなった。戦いが始まってから僅か数分で七匹のワイバーンを倒すなど英雄級の冒険者や騎士でも不可能。だが、アリシアたちはそれを実現させた。それはある意味でアリシアたちが英雄級の実力者を超えたということを証明したことにもなる。
残った一匹のワイバーンを睨みながらエクスキャリバーを構えるアリシアとその隣には見習い魔法使いの杖を握ってワイバーンを見上げるノワール。既にワイバーンは自分たちの目の前にいる一匹だけとなり、二人は周りを警戒せずに戦えるため、少しだけ気持ちを楽にしながら戦っていた。
「残りはコイツ一匹だ。さっさと倒してしまおう」
「アリシアさん、敵が一匹になったと言っても油断しないでくださいね?」
「勿論だ。私はどんな状況でも油断したことは無い」
ノワールの忠告を聞いてアリシアはエクスキャリバーを中段構えに持つ。だがその直後にワイバーンはアリシアとノワールに向かって炎を吐いて攻撃してきた。アリシアは炎を避けようとするが、それよりも先にノワールがアリシアの前に出て見習い魔法使いの杖を構える。
「魔法障壁!」
力の入った声で魔法の名を叫ぶノワール。するとアリシアとノワールの前に黄金色の光の壁が現れてワイバーンの炎を止めた。炎はアリシアとノワールには届かず、ただ灰色の煙を周囲に広げるだけ。やがて炎が止まると、二人を守っていた光の壁も消え、無傷のアリシアとノワールはワイバーンを見つめる。
<魔法障壁>は魔法防御用の下級魔法の一つで魔法使い系の職業を持つ者なら誰でも習得できる魔法である。LMFでは使ったプレイヤーよりもレベルが低い敵の魔法攻撃やブレスのような魔法に近い攻撃なら防ぐことができるのだ。ノワールが使った場合、ノワールのレベルである94よりも低いレベル、つまりレベル93以下の敵の攻撃を防ぐことができる。ただし、上級よりも上の魔法、もしくは94以上のレベルの敵に使った場合は高い確率で防御失敗になってしまう。使い方を間違えれば自分が不利になるのでレベルの差をしっかりと計算して使う必要がある。
ワイバーンの炎もブレス攻撃であるため、魔法を防御する魔法障壁でも防ぐことができた。しかもワイバーンのレベルは40以下、レベル94のノワールなら下級の防御魔法でも簡単に防げる。ノワールがいる限り、ワイバーンの炎はアリシアとノワールには通用しない。
炎を防がれて驚きの反応を見せるワイバーン。それを見てノワールはアリシアの補助魔法を掛けようとする。だがノワールが魔法を掛けるよりも先にアリシアがワイバーンに向かって走り出した。
「あとは私に任せろ!」
「あっ、アリシアさん!」
一人で走っていくアリシアを見てノワールは思わず驚く。なんとかアリシアに補助魔法を掛けようと杖の先をアリシアに向ける。だがアリシアは素早くワイバーンの右側面に回り込み、エクスキャリバーでワイバーンの体を切った。
エクスキャリバーを受けたワイバーンは体の真ん中あたりまで切られてそこから大量の血を噴き出す。ワイバーンは断末魔の咆哮を上げながらその場に倒れ、反撃すること無く息絶える。結果、ノワールが補助魔法を掛ける前に戦いが終わった。
全てのワイバーンを倒したのを確認し、アリシアは深く息を吐く。レジーナとジェイクも緊張が解け、一気に疲れが出たのかその場に座り込んだ。
アリシアはエクスキャリバーを鞘に納めると体の中の疲れを吐き出すようにもう一度息を吐く。そこへダークとノワールがアリシアの下へ歩いてきた。
「大丈夫か?」
「ああ、どこも怪我はない」
「そうか」
怪我が無いことを知り、ダークはアリシアを見ながら呟く。アリシアもダークを見上げながら小さく笑った。すると、ノワールが腕を組みながら不安そうな顔でアリシアを見上げて話しかけてくる。
「アリシアさん、油断しないでくださいって言ったのに補助魔法を掛ける前に突っ込まないでくださいよぉ」
「ハハハ、すまない。あれなら私一人でも大丈夫だと思ってな……」
「……どんな状況でも油断したことは無いって言いましたよね?」
僅かに頬を膨らませながら言うノワールを見てアリシアは苦笑いを受かべる。そんな二人の会話をダークは黙って見守っていた。
ダークたちが話をしているとレジーナとジェイクが疲れたような顔で三人の下に歩いてきた。
「お疲れ様ぁ~」
「大丈夫だったか?」
「勿論だ、あの程度の相手に後れなど取らん」
「ハハハハ、流石は兄貴だな」
ジェイクはダークやアリシアの怪我一つ無い姿を見て思わず笑う。二人が常人離れした強さを持っているのは知っているが、改めて怪我の無い二人を見ると驚いて無意識に笑ってしまうのだ。
笑っているジェイクの隣でもレジーナがつられるように笑っていた。すると左腕から小さな痛みを感じ、レジーナは笑うのをやめて表情を歪める。それに気づいたダークたちは一斉にレジーナの方を向いた。
「どうした? どこか怪我をしたのか?」
「うん、さっきワイバーンと戦った時に腕をね……」
「見せてみろ」
アリシアがレジーナに近づいて彼女の左腕を見てみると、二の腕部分に小さな打撲を負っていた。恐らく戦っている時に気付かないうちに何処かで腕をぶつけたのだろう。
傷の状態を見たアリシアは打撲傷の上に自分の右手を持ってくるとゆっくりと目を閉じた。
「……治癒」
アリシアが呟いた直後、アリシアの右手が光り出し、レジーナの腕の打撲傷を白い光で包み込む。すると徐々にレジーナの腕の傷が治っていき、やがて何も無かったかのように消えてしまった。
レジーナは自分の腕の傷が消えたことに驚きを隠せず、目を見開いて傷のあった箇所を見ていた。ジェイクも隣でその光景を見ていたので同じように驚いている。
「な、何今の?」
「まさか、魔法か? ……姉貴、騎士なのに魔法が使えるのか?」
「ん? ……ああ、まあな」
驚きながら自分を見るレジーナとジェイクを見てアリシアは照れくさそうな顔で返事をする。普通、騎士が魔法を使うのはあり得ないことだ。アリシアも職業が聖騎士であるため、光の力を扱うことができるが、魔法自体を使うことはできない。だが、今のアリシアはダークのおかげでハイ・クレリックというサブ職業を持っている。そのため、回復魔法も使えるのだ。
先程アリシアが使っていた<治癒>は回復系魔法の中でも最も回復力の低い物。クレリックのような回復系の職業を持つ者が最初に習得する魔法で誰でも覚えることが可能だ。因みにLMFでは一番回復量の低い魔法は治癒と呼ばれている。
アリシアが回復魔法を使う姿をダークとノワールは驚くこと無く黙って見守っていた。こっちの世界とLMFでは魔法の効力が同じでも名前が異なる物が多い。ダークとノワールは自分たちが別の世界から来たということが周りにバレないようにするためにこっちの世界の魔法の名前や効力を少しずつ覚え、今では魔法を発動する時、こっちの世界の魔法の名前を使うようになっていた。
「聖騎士って、神聖剣技だけじゃなくて、魔法も使えたっけ?」
「俺はそんなの聞いたことねぇな」
レジーナとジェイクはアリシアがサブ職業でハイ・クレリックの力を持っていることを知らないため、聖騎士のアリシアが魔法を使えることを不思議に思う。そんな二人を見てアリシアは使ってはマズかったか、と感じて少し焦りの表情を浮かべていた。
アリシアが困っているのを見たダークはアリシアを助けるためにレジーナとジェイクに近寄ってさり気なく話題を変えようと話しかけた。
「そういえばお前たち、ワイバーンと戦ってレベルが上がったと思うが、確認してみたらどうだ?」
「え? レベル?」
「そういえば、ここ数日はレベルを確認してねぇな」
レジーナとジェイクは自分のスフィアを取り出して現在の自分たちのレベルを確認する。スイッチを入れて二人の情報が立体映像のように浮かび上がった。名前、職業、冒険者ランクなどを順番に見ていき、最後にレベルをチェックする。そして、レジーナのレベルが36から40、ジェイクのレベルが40から43に上がっているのを確認した。ノワールが魔法でワイバーンを倒さなかったのは二人にワイバーンを倒させてレベルアップさせるためだったのだ。
「やったぁ! レベルアップしてる!」
「俺もだ。まさか一日で三つもレベルが上がるとは思わなかったぜ」
「ふっふ~ん、あたしは一気に四つも上がったわよぉ? これならジェイクのレベルに追いつく日も遠くないわね」
「フン、その時は俺もレベルアップしているってことを忘れるなよ?」
お互いに挑発するような口調で話をするレジーナとジェイク。それを見てアリシアは二人の意識がヒーリングから外れたことに安心する。
アリシアが胸を撫でおろしていると、ダークがアリシアに顔を近づけて小声で話しかけてきた。
「どうして治癒を使ったんだ?」
「いや、数日前にようやく覚えた魔法を一度使ってみたくてな。それに、貴方の正体とその協力者である私のことを二人には話すことになったのだから、魔法を使っても構わないかと思って……」
「せめて俺が正体やレベルのことを話した後に使うべきだったな。それなら聖騎士である君が魔法を使っても二人は驚かなかったはずだ。……二人が仕事に集中できるようにするために町に戻ってから話すと俺は二人に言ったんだ。これ以上俺たちのことは話さないようにしてくれよ? 俺たちのことを知って二人がパニックになり仕事中にへまをしたら大変だからな」
「あ、ああ、気を付けよう」
忠告を聞いてアリシアは小さく返事をしながら頷く。そんな時、レベルを確認し終えたレジーナがダークとアリシアに近づいてきた。
「ねえねぇ、ダーク兄さんとアリシア姉さんのレベルは上がってたの?」
自分たちのレベルが上がっていたことを知り、レジーナはダークとアリシアのレベルについて尋ねる。自分やジェイクが一気にレベルアップしたのだから、二人のレベルが幾つになったのか気になるのだろう。
レベルのことを訊かれてなんと答えればいいのか分からないアリシアはあたふたしだす。するとダークは落ち着いた態度でレジーナを向いた。
「私のことは町に帰ってから話すと言っただろう? 当然レベルのこともその時まで秘密だ」
「えぇ~? レベルくらいいいじゃん」
「冒険者や騎士の個人情報の詮索は禁止のはずだが?」
「あたしはレベルが四つも上がったってことを話したんだからいいじゃない」
「私は訊いていない。お前が勝手に話しただけだ」
「うっ……」
ダークの正論に何も言い返せないレジーナは黙り込む。レジーナを黙らせるダークを見てアリシアやノワール、離れているジェイクは苦笑いを浮かべていた。
レジーナが情報の詮索をやめると、ダークは周りに転がっているワイバーンの死体を簡単に確認した。
「……あの巣の中にいたのが全てとは限らない。他にもワイバーンがいないか山脈の中を探索するぞ」
「ああ、それがいいな」
ダークはもう少し念入りにザルバックス山脈を探索することを考える。アリシアもそれに同意し、ダークたちはしばらくその場で休んでから周囲を警戒しながらその場を移動した。その後、山脈の奥へ進んでいき、ワイバーンが巣を作りそうな場所を見つけたワイバーンがいないかを調べる。その作業は二時間以上も続けられた。
山脈を調べ終えて入口に戻ってきた時には既に日が沈みかけており、空はオレンジ色に染まっていた。ダークは入口前に立って周囲を見回し、肩にはドラゴンの姿に戻ったノワールが乗っている。アリシアたちは探索で疲れたのか近くにある大きめの石の上に座って休んでいた。
あれから山脈の中を探索したがワイバーンの姿は無く、一通り山脈を調べ終えてダークたちは作業を終えて他のモンスターに注意しながら下山する。ワイバーン以外のモンスターに遭遇することも無く、全員が無傷で戻ってくることができた。
「……あれからかなり探したが、一匹もいなかった。どうやら私たちが倒したあのワイバーンたちで全部だったようだな」
「そうだな。これでワイバーンによる犠牲も出なくなったということか……」
「ああ、とりあえず町へ戻ってマーディングさんに報告するとしよう。ワイバーンの殲滅と……ジャックたちの戦死をな」
「……ああ」
嫌いな存在であったが、仲間の死を知らせないといけないのは気が引けるのか、アリシアは暗い顔で返事をする。
アリシアが暗い顔をしている中、レジーナは腕を組みながら何かを考え込んでいた。
「……そういえば、あたしたちはこれからどうやって帰るの?」
「どうやってって、そりゃあ行きの時と同じように歩きだろう」
「えぇ~? またあの距離を歩いて帰らないといけないのぉ」
「仕方ねぇだろう。それしか方法がねぇんだから」
めんどくさがるレジーナをジェイクは呆れ顔で見つめる。確かに片道数時間も掛かる道をまた戻るのはしんどい。だが、歩き意外に戻る方法が無いのだから仕方がなかった。
レジーナがめんどくさそうな顔で俯いていると、ジェイクがふと何かを見つけた。山脈の入口の近くにある岩の陰から何かが動く気配がし、ジェイクは岩の陰を覗き見る。ダークたちもジェイクが何かを見つける姿を見て何を見つけたのか気になり、彼が見た方角を向く。そこには岩の陰に大人しくしている数頭の馬の姿があった。
馬を見つけたダークたちは馬に近づいて誰の馬なのかをチェックする。馬には革製のサドルが付けられており、サドルには大きめの袋がぶら下げてあった。どうやら野生の馬ではなく、誰かが乗ってきた馬のようだ。よく見るとサドルにぶら下げてある袋にはセルメティア王国の紋章が描かれてあった。
「この馬たち、もしかして……」
「……恐らくジャックたちだろう」
「やはり……」
「ああ、恐らく私たちよりも確実に早くこの山脈に辿り着くために馬に乗って来たのだろう。まったく、馬の準備を万全にしておいてワイバーンと戦うための準備をろくにしてないとはな……」
手柄を手に入れたくてしっかりと準備をせずに戦場へ行くが戦死してしまう。ジャックたちのそんな哀れな結果にダークは呆れるような口調で言った。
ダークが腕を組みながら馬を見ていると、何かを思いつき目の前にいる馬にそっと触れる。
「……この馬に乗って帰るか」
「え、この馬たちにか?」
「ああ、もう奴らには必要ないからな。それにこのまま此処に残していったらモンスターたちに襲われる危険性だってある。それなら、私たちが連れて帰ってやればいい」
「確かにそれがいいわね。あたしたちも楽だし」
「ヘッ、運がいいぜ」
レジーナとジェイクは馬に乗って帰ることに反対せず、笑ってダークの考えに賛成した。残ったアリシアはしばらく馬を見て考えていたが、ダークの言う通り此処に置いていけばモンスターたちの餌食になってしまう危険性が高い。それなら、自分たちが乗って一緒に連れて帰ってやった方がいいと思った。
「……そうだな、そうしよう」
「決まりだな。よし、全員馬に乗れ」
ダークに言われてアリシアたちは一人ずつ馬に乗った。ダークもゆっくりと近くの馬にまたがり手綱を握る。こっちの世界に来てダークは移動手段の一つである馬に乗れるようにアリシアから色々と教えてもらい、今では馬を自由に操れるようになっていた。
自分が乗った馬の機嫌を確認したダークはアリシアたちが全員馬に乗るのを見ると前を向いた。
「よし、町へ戻るぞ。分かっていると思うが既に夕方だ。今日中に町へ戻ることはできないから今夜は何処かで野宿する。それで構わないな?」
アリシアたちに確認すると全員が黙って頷く。それを確認したダークは今を走らせてアルメニスの町に向かって馬を走らせる。アリシアたちも馬を走らせてダークの後を追う。ダークたちが乗る馬以外にも何頭か残っているため、その馬たちも連れて帰る必要があった。ダークとアリシアの後ろを走るレジーナとジェイクは誰も乗っていない馬たちを引っ張りながら二人の後をついていく。その表情はとても大変そうに見えた。