第二百七十八話 大統領と元老院
大陸の西側にある大海、その中央にある島に亜人だけの国家、リーテミス共和国が存在する。島自体が小さいので町や村の数は少ないが水は美しく、自然が豊かであるため、亜人たちは不自由なく暮らすことができる環境だった。
しかし、普段は平和なリーテミス共和国は現在、突如現れた謎の集団の襲撃を受け、国中が緊迫した空気に包まれている。どの町や村からも亜人たちの賑わ声などは聞こえてこず、リーテミス共和国の兵士たちが町や村を防衛していた。
リーテミス共和国の首都ジューオでは亜人たちが普通に生活をしているが、謎の集団の襲撃が影響しているのか、他の町や村と同様、賑わう声は聞こえず、亜人たちは静かだった。そして、そんな町の中を兵士である亜人たちが目を鋭くしながら巡回し、異常が無いか調べていた。
首都から少し離れた所にある岩山の中に建てられている巨大な神殿、そこはリーテミス共和国の大統領である竜王、ヴァーリガム・ベンドバーンの住居となっている。同時にリーテミス共和国の政治や軍事などを管理する元老院が集まり、会談を行う場所でもあった。
神殿の中にある東京ドーム程の広さで天井に穴が開いている部屋、壁には壁画が描かれてあり、中央には祭壇のような台が置かれてあった。その台の上には一体のドラゴンが横になっている。
頭から二本の長い角を生やし、赤い鱗で覆われた体と長い首に鋭い爪、更に大きな竜翼と竜尾を生やしており、その姿からは覇気と勇ましさが感じられる。この赤いドラゴンこそ、リーテミス共和国の大統領であるキングフレアドラゴン、ヴァーリガム・ベンドバーンだ。
台の上で横になっているヴァーリガムの前には長方形の机が置かれてあり、その机の左右には三人ずつ亜人が座っていた。この集まっている六人の亜人たちがヴァーリガムと共にリーテミス共和国を管理するリーテミス共和国の元老院である。元老院はエルフを始め、ドワーフ、レオーマン、ハーピーなど色々な種族で構成されていた。
「……奴らは西の大荒野の拠点にして進軍して来ている。現在はまだ奴らの手に落ちている拠点はないが、このまま何もせずにいればいつかは奪われてしまう」
「分かっておる! だからこうして全員が集まり、今後の方針と奴らへの対抗策をを考えておるのだろう」
机の右側の真ん中の椅子に座る金色の長髪で顎髭を生やした三十代後半ぐらいのエルフの言葉に反応し、向かいの席についている茶色い長髪で長い口髭を生やしたドワーフが鋭い目でエルフを見ながら言う。
金髪のエルフはリーテミス共和国の元老院の一人であるバーミン。リーテミス共和国の魔法開発の責任者を任されている存在だ。エルフであるため、魔法の腕はリーテミス共和国の中でも一二を争うほどと言われており、頭の回転も早い。そのため、大統領であるヴァーリガムや仲間の元老院からも頼りにされている。
バーミンを睨んでいるドワーフの名はゴボゴン。バーミンと同じ元老院の一人で国中の武器や防具などの作成、管理などを任されている。ドワーフであることから、ゴボゴン自身も武具を作り出す技術は優れており、元老院に入る前は一流の鍛冶職人だった。エルフであるバーミンとはよくぶつかることがあるが、バーミンの魔法の腕は認めている。
他の元老院である亜人たちやヴァーリガムは黙って二人の会話を聞いており、バーミンは少し興奮しているゴボゴンを見ながら軽く息を吐いた。
「とにかく、まずは現状の確認をするから冷静になってくれ、ゴボゴン」
「クウゥ……」
バーミンの言葉にゴボゴンは少し不満そうな顔をするが、今は大切な会議中である上にヴァーリガムの前なので大人しく言うとおりにした。
全員が黙ると、バーミンは机の上に広げられている大きな地図を見る。地図には島の西部が描かれており、その中には無数の町や村があった。そして地図の東側の隅には首都であるジューオが描かれている。
「先程も話したように、謎の集団は西にある大荒野に拠点を築き、少しずつ首都を目指して進軍して来ている。どういう訳か、未だに町や村などの拠点は一つも制圧しておらず、平原や森の中に小さな拠点を築きながら首都に向かっているのだ」
「奴らが拠点を攻撃しない理由は分かったのかい?」
バーミンが説明していると、ゴボゴンの右隣の席についているハーピーが声を掛けてきた。ハーピーは茜色の短髪をした四十代前半ぐらいの女の顔をしており、バーミンをジッと見つめている。
「いや、まだ分かっていない。何しろ奴らが何を考えているのかすら読めないんだ。もう少し時間が掛かるだろう」
「そうかい……」
敵がなぜ拠点を制圧しないのか分かってないと聞かされ、ハーピーは少し残念そうにつぶやいた。
パーピーの名はカックリーゼ。リーテミス共和国の司法の責任者を任されており、責任感が非常に強い雌だ。若い頃はリーテミス軍の弓兵防衛隊長を務め、国中の町や村の警護をしていた。元老院に入り、現役を退いても弓の腕は衰えておらず、若いハーピーや他の亜人たちに弓を教えることがある。
元老院のメンバーは謎の敵が何を考えながら進軍しているのか考えるが、まだ情報が少ないため、まったく答えが浮かばずにいた。ヴァーリガムは考え込む元老院たちを黙って見つめている。
「とにかく、奴らを撃退しながら少しずつ情報を集めていくのがいいだろう。敵の情報が少ない現状でこちらから攻撃を仕掛けるのは危険だ。防衛線を維持しながら敵の進軍を抑えていった方がいい」
「甘い! 甘すぎる!」
防衛に力を集中させると言うバーミンの考えをゴボゴンが力の入った声を出して否定する。バーミンや他の元老院はゴボゴンの方を向き、ヴァーリガムも視線をゴボゴンに向けた。
「敵の正体が分からないと言っても、それは種族や能力が分からないと言うだけであろう。情報では敵は奇妙な武器を使う人間の小娘のような姿をしているそうではないか? 敵が人間の姿をしているのであれば、力も我々亜人には及ばん。大袈裟に警戒する必要などないだろう」
「奇妙な武器、つまり我々にとって未知の武器を使っているからこそ必要以上に警戒するべきなんだ。そもそもその人間の娘の姿をした敵に我々は何度も敗北しているのだぞ」
力の入った声を出すゴボゴンに対し、バーミンも少し声に力を入れて言い返す。ゴボゴンは言い返してきたバーミンをジッと睨み付けた。
謎の集団がリーテミス共和国を襲撃してきたのは五日前、まだそれほど時間は経過していないが、その五日の間に敵と遭遇したリーテミス軍の部隊は全て敗退している。
敵の情報が少なく、遭遇した味方部隊が僅かな時間で全て敗北しているという現状では警戒心を強くするのが普通だ。しかし、ゴボゴンはそれでも自分たちは勝てると考えていた。
「情報が少ないのであれば力と数で押し切ればいい。こちらには人間の英雄級に近い力を持つ亜人が大勢おる。戦力が足りなければ徴兵令を出して国民を参加させればいいだろう」
「馬鹿を言うな。確かに我々は人間と比べれば力を強いかもしれん。だが、例え力が強くても実戦経験の無い者を戦場に送ったところで無駄死にするだけだ」
「なら他に国を護る良い方法があるのか? 無いのなら国民たちの力を借りるしかないだろう。それに実戦経験がないのなら、少しでも訓練して戦いの感覚を持たせればいいではないか」
「国を護るよりもまず国民を護ることが重要だろう」
お互いに自分の考えを曲げないバーミンとゴボゴンは徐々に熱くなっていく。これにはさすがに止めた方がいいと思ったカックリーゼや他の元老院は二人を止めるために立ち上がった。
「二人とも、それぐらいにしろ」
口論するバーミンとゴボゴンを今まで黙っていたヴァーリガムが止める。バーミンとゴボゴンは口を閉じてヴァーリガムの方を向き、止めに入ろうとした他の元老院もヴァーリガムの方を向く。
「お前たちが国民を、この国のことを思っているのは分かる。だがぶつかる相手を間違えるな、私たちがぶつかる相手はこの国に攻め込んで来た謎の集団だ。仲間同士で争っている場合ではないだろう?」
「……申し訳ありません、閣下」
「すいやせんでした……」
口論していた二人はヴァーリガムから目を逸らすと謝罪し、他の元老院はバーミンとゴボゴンが落ち着いたのを見ると軽く息を吐きながら席につく。その後にバーミンとゴボゴンもゆっくりと腰を下ろした。
元老院が全員座るのを確認したヴァーリガムはバーミンの左隣に座る亜人に視線を向ける。バーミンの隣には強靭な肉体を持った長身のレオーマンが座っていた。
「ハンドヴィクト、こちらの戦力は現在どうなっている?」
「敵との戦闘で大きな損害を受けています。この五日間で既に四百近くの兵が死傷しました」
ハンドヴィクトと呼ばれるレオーマンがリーテミス軍の状況を語るとヴァーリガムはそうか、と言いたそうに目を閉じる。
「既に四百もの被害が出ているとは……敵の方はどうなっている?」
「調べてみたところ、損害は殆ど出ておらず、無傷に近い状態のようです」
リーテミス軍には損害が出ているのに敵は殆ど損害を受けていないと知ってバーミンたちは悔しそうな顔をする。勿論、ハンドヴィクトも同じように悔しく思っていた。
ハンドヴィクトはリーテミス共和国の軍事の管理をしており、国中の戦力を自由に動かすことができる。元老院には入る前は優秀な騎士として多くのモンスターを討伐し、国民を護ってきた。それからも功績を上げて将軍になり、今では元老院として軍の全てを任されている。力の強いレオーマンであるため、元老院に入った後でもその腕が衰えていない。
敵はまだ拠点を一つも制圧しておらず、殆ど進軍もしていないことから戦況はリーテミス軍の方が僅かに優勢だと思われるが、部隊に大きな損害が出ていることを考えるとリーテミス軍の方が劣勢だと言えた。
「敵の総戦力はどれくらいか分かったのかい?」
カックリーゼはハンドヴィクトに謎の集団の戦力がどれ程のものか尋ねると、ハンドヴィクトは手元にある羊皮紙を手に取って敵戦力を確認する。
「まだ正確には確認できていないが、少なくとも四百ほどはあると思われる」
「四百? こちらは千の部隊は最前線に送ったはずだよ。六百も差があるのに未だに勝てないってことかい?」
戦力では勝っているのに敵を殲滅することができないと知り、カックリーゼは不愉快そうな声を出す。当然だ、半分以上の戦力で挑んでいるのに五日経っても戦いが終わらないと知れば苛立ちもする。現にカックリーゼだけでなく、ゴボゴンも不満そうな顔でハンドヴィクトの話を聞いていた。
「言っただろう? まだ正確に確認できてはいないと。今は敵の情報を集めながら敵戦力も調べている。もうしばらく待て」
ハンドヴィクトの言葉にカックリーゼはとりあえず納得したのか目を閉じて小さく溜め息をつき、ゴボゴンはムスッとした顔をしながら椅子にもたれた。
「とにかく、敵の詳しい情報が無い以上、無闇に攻撃を仕掛けるのは危険だ。バーミンの言うとおり、護りを堅めながら情報を集め、情報が集まり次第、作戦を練って攻撃を仕掛けるという作戦がいいだろう」
「ああ、少しでも早く奴らを倒すためにも多くの情報を集めなくてはならない。ヤグザックス、そっちの方は頼むぞ?」
バーミンはゴボゴンの左側の席に座っているバードマンに声を掛けると、濃い緑色の短髪で四十代前半ぐらいの顔をしたバードマンは真剣な表情を浮かべながら頷く。
「ああ、任せてくれ。今うちの偵察部隊が前線で情報収集をしている。彼らなら有力な情報を集めてくれるはずだ」
頼もしい言葉を聞いてバーミンは頷きながら頼む、と目で伝える。カックリーゼやハンドヴィクトも期待しているような顔でヤグザックスと呼ばれるバードマンを見ていた。
ヤグザックスは情報収集部隊の管理を任されている男で、部隊を使って島の中や外の情報を集めてそれをヴァーリガムや国民に伝えている。ヤグザックス自身も以前は情報収集部隊に所属しており、島の外に出て大陸の情報を集めていた。元老院に入ってからは部下たちにリーテミス共和国内の情報を集めさせており、現在は島に現れた謎の集団の情報を集めることに力を入れている。
敵の情報を効率よく集めるにはどう動けばいいか、ヤグザックスは地図を見ながらヴァーリガムやバーミンたちに説明しようとする。すると、ヤグザックスの向かいの席に座っていた菫色の長髪を後ろで纏める三十代前半ぐらいの雌のセイレーンが俯きながら小さな声を出した。
「……今回襲撃してきた者たち、間違いなくあの時の少女が差し向けた者たちですよね」
「んん?」
セイレーンの言葉に隣に座っていたバーミンが視線をセイレーンの方を向ける。ゴボゴンたちも口を閉じて一斉にセイレーンを見つめた。
「我々があの少女の申し出を断った直後に敵が現れて攻撃を仕掛けてきました。あの少女の申し出を断ったことが今回の戦いの原因だと思われます」
「……何が言いたいんだ、リーリー?」
バーミンはセイレーンをリーリーと呼びながら僅かに低い声で尋ねた。
リーリーはリーテミス共和国の医療関係の責任者を任されているセイレーンで元老院の中では最年少の雌である。魔法薬や医療道具の開発を行う施設の管理も任されており、とても穏やかな性格をしている。そのため、元老院の中でも戦いを好まず、平和的に物事を解決しようという考えを持つ。
俯いていたリーリーは顔を上げ、複雑そうな顔をしながらバーミンの方を向いた。
「あの時、少女の申し出を受けていれば、こんな争いも起こらなかったのではないでしょうか?」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
リーリーの考えをバーミンは声に少し力を入れて否定する。ゴボゴンやカックリーゼたちもバーミンと同じ気持ちなのか無言でリーリーを見つめていた。
「あの娘の申し出を受けると言うことは、この国の全てを差し出すということになるのだぞ? そんなことは絶対にあってはならない」
「で、ですが、申し出を断ったことで内戦が起き、多くの兵士たちが傷つき、命を落としています。国民のことを考えるのであれば、申し出を受けた方が平和的に解決するかと……」
「だからと言って、この国の全てを奴らに差し出すわけにはいかない。もし差し出せば国の秩序と環境が変わり、国民たちは今までのような生活を送ることができなくなるかもしれない。もし、国民たちの生活が苦しくなれば国が崩壊する可能性だってある」
申し出を受けても今までどおりの暮らしが訪れるとは限らない、バーミンは真剣な表情を浮かべながら話し、それを聞いたリーリーは言い返せなくなったのか口を閉じて黙り込んだ。
誰も傷つかずに済む選択をした方がいいと考えているリーリーをバーミンや他の元老院たちは見つめている。すると、黙っていたヴァーリガムがリーリーを見つめながら大きな口を開いた。
「リーリー、確かに国民や国のことを第一に考えるのであれば、平和的な選択をするのが一番だろう。しかしバーミンの言うとおり、この国の全てを奴らに差し出せば、この国が崩壊する可能性もあるのも確かだ。私はな、長い年月をかけて築かれたこの国が他人の手で違う国に変わってしまうのを見たくないのだよ」
「閣下……」
「それに、本当に大切なものを護るためには自ら茨の道を進むという選択を取ることも必要なのだよ」
リーテミス共和国を変えないために平和的な選択を選ばなかった、ヴァーリガムの思いを感じ取った元老院たちはヴァーリガムを見上げながら心の中で感服する。同時に目の前にいる竜王はリーテミス共和国のことを大切に思っているのだと感じた。
ヴァーリガムの話を聞いたリーリーは自分は国民が傷つかずに済むことだけを考えており、リーテミス共和国自体のことを考えていなかったことに気付く。元老院として国のことをしっかり考えていなかった自分をリーリーは恥ずかしく思った。
「失礼しました、閣下。閣下が国民だけでなく、国や国の歴史なども考えておられたことも知らずに、私は勝手なことを……」
「良い、お前は国民を護ることを考えて言ったのだ、責めるつもりは無い。お前は元老院の中で最も国民を大切に想う優しい心の持ち主だからな」
リーリーはヴァーリガムに優しいと言われたことが嬉しく、小さく俯いて頬を少し赤くする。他の元老院たちはリーリーが自分たちよりも優しいと言われたのが悔しいのか目を細くしてリーリーを見ていた。
その後、ヴァーリガムは元老院と共に謎の集団とどのように戦うか作戦会議を行う。敵がどのように攻めてくるかを予想し、防衛線の強化と戦力の増強、そして情報収集部隊を使ってどのように情報を集めるか、ヴァーリガムたちは時間を掛けて話し合った。
一通りのことが決まると元老院たちは落ち着いた表情を浮かべながら仲間の顔を見合う。ヴァーリガムも作戦会議が終わるのと同時に楽な体勢を取る。話し合いの結果、リーテミス軍は引き続き防御態勢を取りながら謎の集団を警戒し、攻撃できる時が来るまで耐え続けることになった。
「それじゃあ、敵の情報が集まるまでは西の大荒野や敵拠点の近くにある町や村に戦力を送り、そこに防衛線を張りながら敵を迎撃する、という方針でいいね?」
カックリーゼが仲間たちを見ながら作戦会議で決めた内容を確認すると、他の元老院たちは無言で頷く。カックリーゼは仲間たちが頷くのを確認すると視線をヴァーリガムに向けた。
「閣下、情報が集まった時にはすぐに敵を攻撃できるよう、我々はそちらの準備も行います。そして、大荒野に占領する敵本隊を攻撃する際には我々元老院も前線に出るつもりです」
「ウム、それは先程の話し合いで決めたことだから構わない。だがさすがに元老院全員が前線に出るのは問題がある。少なくとも二人は後方に残し、前線に出ている者たちの支援をするべきだろう」
「しかし、敵には我々を圧倒するほどの力を持った者がいます。大荒野の敵本隊にいるであろう敵司令官は恐らく兵よりも強い力を持っているはず。そんな司令官がいる本隊に確実に勝利するには元老院全員が出撃するべきだと思います」
謎の集団の司令官の強さを考え、カックリーゼは元老院全員を前線に出すべきだと語り、リーリーを除く他の元老院もヴァーリガムを見ながら、そのとおりだと目で伝える。
元老院である六人は見た目は若いが実際はかなりの長寿で、リーテミス共和国に住む亜人たちよりも遥かに年上だ。しかし、人間と違って長寿であってもその若い時間は長く、戦闘能力も衰えていない。寧ろ長寿である分、若い亜人よりも優れている。今の元老院は全員がレベルが65から70の間でかなりの優れた能力を持っている。
人間の英雄級を超える力を持つ自分たちが加われば敵本隊も倒すことが可能だと元老院全員が思っている。だが、敵に関する情報が少なく、軽々しく前線に出られなかったので今まで後方で前線部隊の支援をしていたのだ。
「例え敵の司令官や敵本隊を確実に倒すためだとしても、今まで後方支援の指揮を執っていた元老院が全員前線に移動してしまったら効率よく支援することができなくなってしまう。効率よく戦うためにも後方で指揮を執る者を残しておく必要があるのだ」
「で、ですが、それではこちらの戦力が……」
どうしても最大戦力で攻撃したいカックリーゼは納得できないのか複雑そうな顔をする。そんなカックリーゼを見ながらヴァーリガムは長い首を動かして顔を元老院たちに少しだけ近づけた。
「もし戦力が足りない場合は、私が前線に出よう」
「なっ!?」
ヴァーリガムの言葉にバーミンは驚きながら立ち上がり、カックリーゼたちも目を見開きながらヴァーリガムを見た。
「な、何を仰るのですか。いくら未知の敵とは言え、閣下自ら前線に出られるなど……」
「私は普段、この神殿で静かにくつろいでおり、政治や軍事などに直接関わったり、体を動かして国民たちの暮らしに力を貸すことはできない。この図体ではかえって邪魔になるだろうからな」
「そ、そのようなことは……」
「大統領などと言っても所詮はお前たちの話を聞き、指示を出すだけだ。そんな私にできることと言ったら、キングフレアドラゴンとしての力を使い、この国と国民を護ることぐらいだ」
自分は本当は何も国民のためにしてやれていないとヴァーリガムは静かに語り、元老院はそれを黙って聞く。確かにヴァーリガムは体が大きいため、町や村に出て国民に力を貸すのは難しい。それは元老院もよく分かっていた。
「だからもし、敵との決戦で大きな力が必要になった時は、私が自ら前線に出て戦おう」
「閣下……」
リーテミス共和国を護るために自分が前線に出て兵士たちと共に戦おうとするヴァーリガムを見てバーミンは心打たれる。他の元老院もヴァーリガムの意思の強さと愛国心に改めて感動した。
「……閣下のご意思はよく分かりました。では、もしもの時はよろしくお願いします」
「ウム」
「では、閣下が前線に出られることも計算して、大荒野を攻撃する際の部隊の編成を……」
バーミンは椅子に座り、敵の本隊を攻撃する部隊に再編成をしようとする。すると、一人の若いエルフが慌てた様子でヴァーリガムたちがいる部屋に飛び込んできた。
「皆様ぁ!」
エルフの叫ぶ声を聞いてヴァーリガムと元老院は一斉に視線をエルフに向ける。エルフは元老院が囲む机の前までやって来ると両手を膝に当てて息を切らす。
「何事だ、今は重要な会議中だぞ?」
バーミンは椅子に座ったままエルフを険しい顔で見つめる。同じエルフが大統領であるヴァーリガムや同じ元老院の前で見っともない姿を見せたことにバーミンは苛立ちを感じているようだ。
しばらくして、息が整ったエルフは顔を上げ、ヴァーリガムと元老院たちを見た。
「も、申し訳ありません。ですが、それどころではないのです」
「何?」
「先程、首都の大広場に大型のドラゴンが下り立ちました」
「ドラゴンだと?」
首都であるジューオにドラゴンが現れたと聞かされ、バーミンや他の元老院は目を見開いて驚く。ヴァーリガムも自分と同じドラゴンが現れたと聞いて反応する。
「ハイ、姿からして上級のドラゴンと思われます」
「上級のドラゴン……それでそのドラゴンはどうしている? まさか、首都で暴れ回っているのか?」
「いえ、広場に下りてからは大人しくしております。ただ奇妙なことが一つ……」
「奇妙?」
「そのドラゴン、背中に人間の騎士を乗せているのです」
ドラゴンが背中に人間を乗せていると聞いたバーミンや他の貴族は少し驚いたような顔をし、ヴァーリガムは意外そうな反応を見せる。
「人間を乗せている、つまりそのドラゴンは人間の支配下にあると言うことか?」
「お、恐らくは……」
ヴァーリガムの問いにエルフは複雑そうな表情で答える。それを聞いたヴァーリガムは難しそうな表情を浮かべながら俯く。
ドラゴンが人間の支配下に入るのは珍しいことではない。ワイバーンのような下級のドラゴン族モンスターは人間を背に乗せて空を飛び、敵と戦うことがあるからだ。しかし、上級のドラゴン族モンスターが人間の支配下に入るなんてことは聞いたことがなく、ヴァーリガムは内心驚いていた。
「……首都の広場へ行き、そのドラゴンがなぜこの国に来たのか調べる必要があるな」
ヴァーリガムはゆっくりと起き上がって竜翼を大きく広げる。それを見た元老院はヴァーリガムが外に出ると気付いて一斉に立ち上がった。
「元老院、私は先に首都へ向かいそのドラゴンを確認する。お前たちも急いで首都へ来てくれ」
『ハッ!』
元老院が声を揃えて返事をするとヴァーリガムは竜翼をはばたかせて飛び上がり、天井の穴から神殿の外へ飛び出した。ヴァーリガムが飛び立つと元老院も急いで部屋を出ていき首都へ向かう。報告に来たエルフの慌てて元老院の後を追った。
神殿を出たヴァーリガムは真っすぐ首都ジューオがある方角へ飛んでいく。ドラゴンが首都の広場で暴れ回り、首都の住民たちを襲っているのではと考え、急いでジューオへ向かう。
やがてヴァーリガムはジューオの中央にある広場の上空へ辿り着く。そして、大きな広場の中央にいる大型のドラゴンを確認した。そのドラゴンはヴァーリガムよりも少し小さく、緑色の鱗と甲殻、大きな竜翼と長い竜尾を持ち、黒い角を二本生やしている。そして左目には大きな傷がついていた。
「あれはグランドドラゴンか……」
飛んでいるヴァーリガムは広場にいるドラゴンの種類を確認すると今度は広場の状況を確認する。広場の隅にはジューオの住民と思われる大勢の亜人たちがおり、中央にいるグランドドラゴンに怯えていた。そしてグランドドラゴンの周りにはリーテミス共和国の兵士たちが槍や剣を構えて警戒している。
ヴァーリガムはとりあえず広場の亜人たちを安心させるため、自分も広場に下り立つことにし、ゆっくりと竜翼をはばたかせながら降下していく。そんな中、広場に集まる亜人たちの中にヴァーリガムの存在に気付くものが現れた。
「見ろ、閣下だ。閣下が来てくださったぞ!」
「ホントだ、助かったぞ!」
亜人たちはヴァーリガムを見上げながら歓喜の声を上げ、兵士たちもリーテミス共和国の守護者であるヴァーリガムの姿を見て安心する。
ヴァーリガムは亜人たちが騒ぐ中、ゆっくりと広場に下り立つ。グランドドラゴンから100mほど離れたところに下りたヴァーリガムは目を鋭くしてグランドドラゴンを見つめた。
「私はリーテミス共和国の大統領を務めるヴァーリガム・ベンドバーンだ。グランドドラゴン、何用でこの国に来た?」
グランドドラゴンを見つめながらヴァーリガムはリーテミス共和国に来た理由を尋ねる。竜王であるヴァーリガムはドラゴンであれば例え知能の低い存在でも心を通わせることができるため、いきなり攻撃せずに話し合いから始めることにしたのだ。
「ほほぉ、お主が竜王ヴァーリガムか」
ヴァーリガムを見つめながらグランドドラゴンは若い女の声で喋る。ヴァーリガムは目の前にいるグランドドラゴンが会話ができると知って目を見開いて驚いた。
グランドドラゴンは上級のドラゴン族モンスターでも知能は高くないため会話をすることはできない。そんなグランドドラゴンが普通に会話をしたのだから驚くのは当然だった。
驚いていたヴァーリガムは落ち着きを取り戻し、冷静にグランドドラゴンを見つめる。この時、ヴァーリガムは目の前のグランドドラゴンは何も考えずに暴れ回ったりはしないと確信した。
「……お前は会話ができるのか」
「フッ、帝国の人間どものおかげでな」
「色々事情がありそうだが、今はこの国に来た目的を教えてもらおうか?」
「それなら妾の主が話す……若殿」
そう言ってグランドドラゴンは首を動かして自分の背中を見る。すると、グランドドラゴンの首の後ろから大剣を背負い、漆黒の全身甲冑を装備した黒騎士が現れ、グランドドラゴンの背中から飛び降りた。
グランドドラゴンのから降りた黒騎士は真っすぐヴァーリガムの方へ歩き出す。その肩には黒い子竜が乗っており、遠くにいるヴァーリガムを見つめていた。やがて黒騎士はヴァーリガムの正面までやって来て立ち止まり、大きな体をしたヴァーリガムを見上げる。逆にヴァーリガムは目の前に立つ小さな黒騎士を見下ろした。
「お初にお目にかかる、ヴァーリガム・ベンドバーン殿。私はビフレスト王国の王、ダーク・ビフレストだ」
ダークと名乗る黒騎士にヴァーリガムは小さく反応し、広場にいる亜人たちもざわつき出す。
「ビフレスト王国……もしや、数ヶ月前に大陸に建国された新国家か?」
「そのとおりだ」
「そこの王がなぜこの国に? それに後ろにいるグランドドラゴンは……」
「ああぁ、彼女はマティーリア、私の仲間だ」
そう言ってダークは後ろを向きながらグランドドラゴンのことを紹介する。そう、ダークが乗っていたグランドドラゴンはマティーリアだったのだ。
マティーリアは帝国の魔法使いたちによって擬人化された時に人間の姿と知識、理性を手に入れた。だがそれと同時に自由にグランドドラゴンの姿に戻れる力も手に入れており、ダークをリーテミス共和国へ運ぶためにグランドドラゴンの姿に戻ったのだ。
ドラゴンの姿に戻っても理性は失っていなかったので、マティーリアは広場に下りても亜人を襲ったりせずに大人しくしていた。ヴァーリガムは大人しくしているマティーリアをしばらく見つめると、視線をダークに変える。
「驚いたな、人間がグランドドラゴンを支配下に入れるとは……」
「まあ、昔は色々あったが今では私の頼もしい戦友だ」
「……話が逸れてしまったな。改めて訊くが、ビフレスト王国の王であるダーク殿がなぜこのリーテミス共和国にやって来たのだ?」
ヴァーリガムはダークを見下ろしながらリーテミス共和国を訪れた理由をもう一度訊く。するとダークはヴァーリガムを見上げながら薄っすらと目を赤く光らせた。
「貴殿の国に現れた謎の集団について話がある」
ダークの言葉を聞き、ヴァーリガムは目を見開く。目の前にいる黒騎士が今自分たちの国を襲っている謎の集団について何か知っている、ヴァーリガムの中に一瞬衝撃が走った。