第二百七十六話 終戦へ導く聖剣
マルゼント兵たちが魔族兵、悪魔族モンスターと激闘を繰り広げる中、アリシアとゼムは構えを崩さずに目の前の敵と睨み合う。二人は相手がいつ、どんな攻撃をしてもすぐに反応できるようにしていた。
「まずはお前の力がどれ程のものか見せてもらうぞ? 闇の光弾!」
ゼムはアリシアに向かって右手を前に出し、手の中から紫色の光弾を放つ。アリシアは目を鋭くしながら飛んでくる光弾を見つめ、当たる瞬間に素早く右へ体を反らして光弾をかわした。
かわされた光弾はアリシアの後ろにいたマッドスレイヤーの背中に命中した。光弾を受けてマッドスレイヤーは鳴き声を上げながらその場に崩れるように倒れ、アリシアは視線だけを動かして倒れたマッドスレイヤーを確認する。
「ほほぉ、下級とは言え私の魔法をかわすとは、少しはできるようだな」
アリシアが光弾をかわしたのを見たゼムは小さく笑いながら意外そうな反応を見せる。アリシアは視線をゼムに戻すと構え直して再びゼムの攻撃を警戒した。
「なら、今度は速い魔法で攻撃させてもらおうぞ」
ゼムはそう言って再び右腕を前に出し、手の中に先程よりも少し大きめの紫色の光弾を作り出す。
「暗闇の光弾!」
力の入った声を出しながら、ゼムは暗闇の光弾の強化版の魔法を放った。光弾は最初の光弾よりも速くアリシアに迫っていき、アリシアは慌てることなく向かってくる光弾を見つめる。そして、今度は左に体を反らして光弾を難なくかわした。
表情を変えずに中級魔法をもかわしたアリシアを見て、ゼムもさずがに少し驚いたような反応を見せる。下級魔法の闇の光弾をかわしたことは納得できるが、強化版であるネガティブスピリッツを簡単にかわされるとは思っていなかったようだ。
ゼムは攻撃をかわしたアリシアを驚きの顔で見つめる。だがすぐにその表情は不敵な笑みへと変わり、小さな声で笑い出す。
「成る程、レベル72の私の攻撃をかわすとは、戦いを挑んでくるだけのことはあるな。何か特別なマジックアイテムでも使って自身を強化しているのか?」
「答える必要は無いと思うが?」
「フッ、確かにそうだな」
自分の愚か発言を笑いながらゼムは目を閉じて納得する。そして目を開けると右手を顔の前に持ってきて強く握り閉めた。
「久しぶりに手応えのある敵と巡り合った。お互い悔いが無いよう、戦いを楽しむとしよう」
「命を賭けた戦いを楽しむとは……魔族というのは皆、そう言った考え方をしているのか?」
「否定はしない。魔族というのは快楽主義だからな、戦いや他人を支配することに喜びや快楽を感じる者が多い」
ゼムはアリシアの問いに答え、自分や他の魔族が戦いなどを楽しむことを認める。アリシアはゼムの答えを聞き、今回魔族軍がマルゼント王国に侵攻してきたのも、人間界を手に入れ、人間を支配する快楽を得ようとしているからではと感じた。
アリシアは自分たちが快楽を得るために人間界にやって来て何の罪もない大勢の人間や亜人を傷つけた魔族軍に対してより強く闘志を燃やす。必ず勝って魔族軍を降伏させる、アリシアはそう思いながらフレイヤを強く握る。
「さて、力の確認はここまでだ。ここからは私も全力で戦わせてもらう。お前も全力で来い、でないとすぐに死ぬぞ」
ゼムは本気で戦うことを伝えると両手を横に伸ばす。するとゼムの体が宙に浮き、50cmほどの高さまで上昇した。どうやら浮遊魔法を使ったようだ。
宙に浮いたゼムを睨みながらアリシアは足の位置を少しだけ動かす。その直後、ゼムは宙に浮いたまま右へ移動して素早くアリシアの左側に回り込んだ。
「暗闇の光弾!」
ゼムは左手をアリシアに向けて紫色の光弾を放つ。アリシアは素早くゼムの方を向くと軽く右へ跳んで光弾をかわし、距離を詰めるためゼムに向かって走り出す。戦士と魔法使いの戦いは距離を詰めた方が戦士が有利であるため、アリシアもゼムに近づき、接近戦で戦おうとしていた。
しかし、距離を詰めれば戦士が有利になることはゼムも知っている。みすみす自分が不利になる状況にしようとはゼムも思っていなかった。ゼムは宙に浮いたまま移動し続け、走ってくるアリシアに両手を向ける。
「影の爆弾!」
ゼムはアリシアに向けて両手から黒と濃紫色の螺旋球を放つ。螺旋球を見たアリシアは驚いたのか目を見開いて急停止し、真上にジャンプして二つの螺旋球をかわす。螺旋球は地面に命中すると周囲に衝撃波を発生させ、近くにいた悪魔族モンスターたちを吹き飛ばした。
螺旋球をかわしたアリシアは5mほどの高さまで跳び上がってゼムを見下ろす。地上ではゼムが浮いた状態のまま跳び上がったアリシアを見上げていた。
「何て女だ、人間でありながらあそこまで跳び上がるとは」
普通の人間では決して到達できない高さまで跳んだアリシアにゼムは驚く。同時にゼムはアリシアは間違いなくマジックアイテムで自身を強化しているのだと考える。
ゼムの周りではアリシアとゼムの戦いに気付いた数人のマルゼント兵と魔族兵たちが戦いを中断して二人に注目している。その中には高くジャンプしたアリシアに驚いているマルゼント兵や魔族兵もいた。
アリシアを見上げて驚いていたゼムだったが、すぐに表情を不敵な笑みに変えてアリシアを見つめる。
「……しかし、魔法をジャンプでかわしたのは失敗だったな。空中にいる間は翼でもない限り、攻撃をかわすことはできない。今のお前は文字どおり、恰好の的だ!」
叫んだゼムは右手の中に螺旋球を作り出し、空中のアリシアに向かって放つ。螺旋球は真っすぐアリシアに飛んでいき、戦いを見ていたマルゼント兵や魔族兵、ゼム自身も絶対に命中すると思っていた。
ゼムたちが命中を確信する中、空中のアリシアは冷静に向かってくる螺旋球を見つめている。そして、フレイヤで迫ってきた螺旋球を素早く両断し、螺旋球はアリシアに命中することなく消滅した。
「何っ!」
螺旋球を両断したアリシアを見てゼムは声を上げる。人間がレベル72である自分の上級魔法を剣で両断するなど予想もしていなかったゼムは驚きを隠せずにいた。勿論、周りにいるマルゼント兵や魔族兵たちも驚きの反応を見せている。
ゼムたちが驚く中、アリシアは地上に着地し、正面にいるゼムに視線を向ける。ゼムは宙に浮いたまま目を見開いてアリシアを見ていた。
「い、いったい何をしたのだ。人間が魔法を剣で切るなどあり得ないことだぞ」
「確かに普通の戦士では剣で魔法を切ったりすることはできないだろう。だが、私にはそれができるんだ」
そう言ってアリシアはフレイヤを構え直し、ゼムも慌てて両手を動かして魔法を発動させられる体勢を取る。その直後、アリシアは再びゼムに向かって走り出した。
ゼムは走ってくるアリシアを迎え撃つため、両手から螺旋球を放つ。しかし、アリシアは怯むことなく、走りながらフレイヤで螺旋球を次々と叩き落としていき、ゼムとの距離を縮めていく。そんなアリシアの姿にゼムは表情を歪ませ、距離を取るために後ろへ下がる。
「させるか! 白光千針波!」
距離を取ろうとするゼムを睨みながらアリシアは神聖剣技を発動させる。剣身を光らせるフレイヤを横に振り、ゼムに向かって無数の光の針を放つ。飛んでくる無数の光の針を見たゼムはその攻撃範囲の広さに目を見開いて驚く。
「次元歩行!」
転移魔法を発動させたゼムはその場から一瞬にして消え、アリシアの放った光の針を上手くかわす。アリシアは視界からゼムが消えると立ち止まり、周囲を見回してゼムを探す。すると、アリシアの後方、数m離れた所にゼムが現れ、両手をアリシアの背中に向ける。
「蝙蝠の夜襲!」
ゼムの両手の前に紫色の魔法陣が展開され、そこから無数の紫色の蝙蝠が飛び出し、アリシアに向かって飛んでいく。アリシアは背後からの攻撃に気付くと振り返ってフレイヤを逆手に持ち替える。
「守護聖気陣!」
再び神聖剣技を発動させたアリシアはフレイヤを地面に突き刺し、自分の周囲にドーム状の白い光の障壁を張った。蝙蝠たちは障壁に触れた瞬間に消滅し、その光景を見たゼムは驚愕する。
しばらく魔法陣からは蝙蝠の群れが飛び出していたが、やがて蝙蝠は出てこなくなり、魔法陣は消滅する。結果、ゼムはアリシアに掠り傷すら負わせることはできなかった。
ゼムの攻撃が止むとアリシアは地面に突き刺していたフレイヤを抜き、同時にアリシアの周りに張られていた障壁も消える。アリシアはゼムを見つめながらフレイヤを逆手から順手に持ち直し、ゆっくりと自分の前に持ってきた。ゼムは鋭い目で自分を見つめるアリシアから寒気を感じ、思わず一歩後ろに下がる。
「どうした、もうお終いか?」
アリシアがゼムを見つめながら挑発すると、ゼムは悔しそうな顔でアリシアを睨みながら右手を強く握る。
「お前はいったい何者なのだ? 私の魔法を剣一本で防ぎ、更に背後からの攻撃も簡単に防げるほどの技を使うなど、普通の人間ではあり得んことだ!」
「さっきも言ったはずだ。私は普通の戦士にはできないことができるとな」
そう言うとアリシアはフレイヤを両手で握り、霞の構えを取る。アリシアが構えるのを見たゼムはもう一度浮遊魔法を発動させて浮かび上がった。
(またさっきと同じように宙に浮かびながら距離を取って魔法で攻撃する気か。これではいつまで経っても距離を詰められない。神聖剣技で攻撃しても正面からの攻撃は転移魔法でかわされるし、どうすれば……ん? 待てよ、もしかするとあの技なら……)
何かを思いついたアリシアは霞の構えを解いてフレイヤを下ろし、構えを解いたアリシアを見たゼムは何か仕掛けてくると感じ、距離を取るために後ろに下がろうとする。だが、アリシアはゼムが離れるよりも先に動いた。
「破邪天柱撃!」
アリシアが叫びながらフレイヤを振り上げると、ゼムと足元に白い魔法陣が展開され、そこからゼムを呑み込むように光の柱が空に向かって伸びた。
「ぐああああぁっ!」
光の柱に呑まれたゼムは全身から伝わる痛みに声を上げる。光の柱が消えると足は地面に付き、ゼムはそのまま片膝を突く。アリシアとゼムの周りにいたマルゼント兵や魔族兵はゼムがダメージを受けた光景を見て驚いている。
「よし、上手くいった。敵の足元から攻撃する破邪天柱撃なら離れていても攻撃できるし、足元から攻撃を仕掛けるから回避も難しい……まったく、長いこと使っていなかったからスッカリこの技のことを忘れていた」
フレイヤを見つめながらアリシアは自分の使える神聖剣技を忘れていたことを恥ずかしく思い苦笑いを浮かべる。レベル100になってからはずっとレベルの低い敵としか戦ってこなかったため、攻撃をかわされることは殆どなかった。だから回避が難しい破邪天柱撃を使うことも少なくなったので、アリシアは今まで忘れていたのだ。
しかし、今回はレベル72で転移魔法が使えるゼムが相手であったため、苦戦することは無くても攻撃を当てるのは難しくなっていた。そんな中、忘れていた破邪天柱撃の存在を思い出し、それを使ってようやくゼムにダメージを与えることができたのだ。
フレイヤを見つめていたアリシアはゼムが膝を突いたのを見ると走り出して一気にゼムとの距離を縮める。そしてゼムの目の前までやって来るとフレイヤをゼムの首に近づけた。痛みで俯いていたゼムはアリシアの気配を感じると顔を上げて目の前のアリシアを見上げる。
「今の技は私が使える神聖剣技の中でも攻撃力が低いものだが、職業がダークソーサラーで光属性の耐久力が低いお前にはそれなりに効いたはずだ」
「き、貴様……」
全身の痛みに耐えながらゼムはアリシアを睨む。アリシアも自分を睨むゼムを鋭い目で見つめた。
「降伏しろ。これ以上戦ってもお前に勝ち目はない」
「クッ! 一度攻撃を当てたぐらいで調子に乗るなよ、小娘」
ゼムが力の入った声を出すと転移魔法を使ってアリシアの前から消える。アリシアは消えたゼムに一瞬驚くがすぐに表情を鋭くしてゼムを探す。しかし、周囲にはゼムの姿は無かった。
(また姿を消して死角から攻撃する気か……次は何処から来る? また背後か? いや、あの魔族はかなり頭が切れる。一度失敗した戦法を取ってくるとは思えない……)
アリシアは目を閉じ、意識を集中させてゼムの気配を探る。すると、頭上から何かの気配が感じ、アリシアは目を大きく見開く。
「上か!」
叫びながら上を向くと、頭上数mの高さから自分を見下ろすゼムの姿があり、それを見たアリシアはやっぱり、と思いながらゼムを睨む。
「気付くのが遅い! 影の爆弾!」
宙に浮くゼムは真下にいるアリシアに両手を向け、二つの螺旋球をアリシアに向かって放つ。頭上にいる自分に気付くのに遅れたアリシアはこの攻撃はかわすことも、剣で防ぐこともできないとゼムは思っている。仮に蝙蝠の夜襲を防いだ障壁で防御しようとしても、影の爆弾は防げないと確信していた。
頭上から迫ってくる螺旋球をアリシアは睨み付け、フレイヤを逆手に持ち替える。そして上を向いたままフレイヤを地面に突き刺し、再び守護聖気陣を発動させ、自分の周りにドーム状の障壁を張った。
「馬鹿め! 今度の魔法は弱い蝙蝠の攻撃とは違う。そんな障壁では防ぎ切れんぞ!」
予想どおり障壁を張ったアリシアを見下ろしながら防御は無意味だとゼムは叫ぶ。しかしアリシアはそんなゼムの言葉を気にもせず、障壁の中でゼムを見上げていた。
螺旋球は勢いを落とすことなくアリシアに向かって行き、遂に障壁にぶつかり強い衝撃波を広げた。ゼムは螺旋球が障壁にぶつかるのを見ると、衝撃波で障壁ごとアリシアが吹き飛ぶと思い笑みを浮かべる。
ところが、螺旋球を止めた障壁は壊れることなく形を保っており、障壁の内側では無傷のアリシアがゼムを睨んでいた。
「なっ、馬鹿な! 影の爆弾を二発受けても壊れないだと!?」
無傷のアリシアを見て、空中のゼムは驚愕の表情を浮かべる。周りのマルゼント兵と魔族兵たちも驚きの顔でアリシアを見つめていた。
最初に螺旋球を剣で叩き落された時、ゼムはアリシアが持つ剣が強力な魔法の武器だと思い、驚きながらも叩き落されたことに納得した。だが、人間が張った障壁では防ぐことは不可能だと思っていたため、アリシアが二つの螺旋球を障壁で防いだことには驚きを隠せなかったのだ。
ゼムが驚いている中、アリシアは障壁が消えるとフレイヤを順手に持ち、フレイヤの剣身を白く光らせた。
「聖光飛翔槍!」
アリシアは頭上にいるゼムに向かってフレイヤを振り、剣身から槍のように先端の尖った白い光の刃を放つ。ゼムは自分の魔法を防がれたことに驚いていたため、アリシアの攻撃に対して反応が遅れてしまった。
光の刃はゼムの右脇腹を貫き、光の刃を受けたゼムは激痛で表情を歪ませる。そして痛みで上手く飛ぶことができなくなったゼムはアリシアの目の前に落下した。
俯せに倒れるゼムは右脇腹を手で押さえながら歯を噛みしめる。想像以上のダメージを受けたこと、隙を作って攻撃を受けてしまったことに対して悔しさを感じていた。そんなゼムにアリシアが近づき、倒れるゼムを見下ろす。アリシアが近づいてきたことに気付いたゼムは表情を歪めながら顔を上げてアリシアを見る。
「お、おのれぇ……」
「その傷ではもうまともに戦うことはできないだろう」
ゼムの右脇腹の傷を見ながらアリシアは呟き、ゼムは自分の傷を確認する。傷は思った以上に大きく、酷く出血をしており、下手に体を動かせば更に出血するような状態だった。
「私がお前よりも強いことは理解できただろう? これ以上の戦いは無意味だ。何よりもその状態で戦うのは危険すぎる……降伏しろ」
アリシアは片膝を付いてもう一度ゼムに降伏を要求する。ゼムはしばらくアリシアの顔を見た後、悔しそうな顔をしながら奥歯を噛みしめた。
「こ、降伏するわけにはいかん……我々は、魔王様のため……何があっても、この戦いに……勝利しなくては……ならな……い……」
降伏を受け入れない、掠れた声でそう言いながらゼムは静かに意識を失う。動かなくなったゼムを見て周囲の魔族兵たちはざわつき、アリシアは目を細くしながら見つめる。
「気絶したか。脇腹の痛みと出血で意識を保てなくなったんだな……治癒」
アリシアは気絶するゼムに左手をかざすと回復魔法を発動させてゼムの傷は癒す。マルゼント兵や魔族兵たちはアリシアが敵であるゼムの傷を癒す姿を見て驚きの表情を浮かべた。
敵の司令官を生かしておけば色々と情報を聞き出せるし、残っている魔族兵たちを降伏させるために役に立つ可能性がある。何よりも、敵とは言え、目の前で重傷を負って意識を失った者を見殺しにすることはアリシアにはできなかった。
アリシアはゼムが助かるくらいに傷を癒すと、立ち上がって周囲にいるマルゼント兵と魔族兵たちを真剣な表情で見ながら口を開いた。
「魔族軍、お前たちの司令官は倒れた。これ以上の戦いは何の意味もない、抵抗はやめて降伏しろ!」
力の入った声で降伏を要求するアリシアを見て魔族兵たちは動揺を見せ、魔族兵たちの近くにいたマルゼント兵たちは魔族兵たちに近づき、鋭い目で見つめながら持っている剣を光らせる。
マルゼント兵たちに気付いた魔族兵たちはここで抵抗しても倒されるだけだと感じたのか、持っている剣を捨てて大人しくなった。
周囲にいる魔族兵たちが戦意を失ったのを確認したアリシアは近くにいた手の空いているマルゼント兵に視線を向ける。
「モナ殿に魔族軍の司令官を捕らえたので、平原内にいる魔族軍に降伏を要求するよう伝えてきてくれ」
「わ、分かりました!」
マルゼント兵はアリシアがゼムを捕らえたことをモナやダークたちに伝えるために走り出す。マルゼント兵が走り去るのを見届けたアリシアは視線をゼムに向け、周りにいるマルゼント兵たちは自分たちが勝利したことに喜び笑みを浮かべる。
それからゼムを捕らえたことは平原全体に広がり、交戦していたマルゼント王国軍と魔族軍は戦いをやめ、マルゼント兵たちは歓喜の声を上げ、魔族兵たちは敗北に絶望しその場に崩れるように座り込む。悪魔族モンスターたちも魔族軍が敗北したことで大人しくなったり、平原から逃げ出したりしていた。
戦いが終わってからしばらくすると、魔族軍の増援部隊が平原に到着するが、マルゼント王国軍から司令官であるゼムが捕らわれたことを聞かされると増援部隊は驚愕し、抵抗すること無く大人しく降伏した。
魔族軍が降伏した後、ダークとモナはアリシア、ノワールと共に二百程の部隊を率いて魔族軍が本拠点として使っていた神殿へ向かう。レジーナ、ジェイク、マティーリア、ファウはマルゼント王国軍と共に降伏した魔族軍を見張らせるために平原に残した。
本拠点に到着するとダークたちは魔族軍が残っていないか警戒するが、神殿の周辺には魔族兵や悪魔族モンスターはいないらしくとても静かった。ダークたちは念のために警戒しながら神殿へ向かい、神殿の前までやって来るとダークたちはマルゼント兵たちに本拠点の捜索を任せ、松明を持って神殿の中へと入っていく。
ダークたちが神殿の中に入ると、松明の灯りで壁画や古代文字のようなものが照らされる。それを見たアリシアとノワールは少し驚いたような反応を見せ、ダークも無言で部屋の中を見回した。
「ダンバ殿からそれなりに話は聞いていたが、これほど古い神殿だったとはな……」
壁画を見ながらダークは予想以上に神殿が古かったことに驚き、アリシアとノワールも同感だというように壁画を見上げる。
「皆さん、あれを……」
壁画を見ているダークたちにモナが前を見ながら声を掛け、話しかけられたダークたちはモナを見た後にモナが見ている方角を向いた。そこには四本の柱に囲まれた四角い石台があり、その中央では大きな転移門が開いている。
視界に入った大きな転移門にアリシアは目を見開き、ダークとノワールは無言で転移門を見つめる。この転移門が人間界と魔界を繋げている物なのだと三人はすぐに理解した。
「あれがこの世界と魔界を繋ぐ転移門です。あの転移門を再び封印しない限り、魔界から次々と魔族や悪魔たちがやって来てしまいます」
「なら、すぐに封印しなくては」
アリシアはモナの方を向いて転移門の再封印を急ぐよう話す。だが、モナは少し複雑そうな表情を浮かべながらアリシアの方を向いた。
「確かにすぐに封印するべきなのですが、一つ問題が……」
「問題?」
「捕らえた魔族たちだな?」
不思議そうな顔をするアリシアの隣に立つダークが転移門を見つめながら言う。モナがダークを見ながら小さく頷いた。
「そのとおりです。もし転移門を封印してしまったら魔界へ出入口は塞がれ、こちらにいる魔族は魔界には戻れなくなります。侵攻してきた者たちとは言え、元の世界へ帰さずにこちらの世界に残しておくと言うのは我々としては抵抗があるのです」
「では、捕虜となった魔族たちは魔界へ帰すのですか?」
「それが一番だと私は思っています。ですが今は戦争中、捕虜をどうするかはルッソ陛下や貴族たちが話し合って決めることですので、私たちが独自で判断することはできません。そもそも魔族軍の本隊に勝利し、本拠点を解放したこともルッソ陛下たちにお伝えしていませんし、転移門の封印はルッソ陛下と貴族たちの話し合いが終わってからになるでしょう」
「しかし、それでは魔族軍が負けたことを知らない魔界の連中が増援部隊をこちらに送って来てしまいます。そうなってしまうと、また魔族軍と戦うことになり、マルゼント王国軍にも犠牲が出るかもしれません」
ついさっき魔族軍の本隊を倒したので魔界にいる魔族軍は仲間たちが敗北したことを知らずに多くの魔族兵や悪魔族モンスターを送り込んでくる可能性があるため、一刻も早く転移門を封印した方がいいとアリシアは語る。ノワールもアリシアと同じ気持ちなのか彼女を見上げながら頷く。
モナはアリシアの言っていることも一理あると考えており難しい顔をする。だが、いくら前線の指揮を任されているとは言え、勝手に捕虜を魔界に帰して転移門を封印することはできない。どうすればいいのかモナは考え込む。
「なら、ルギニアスに戻ってルッソ殿に相談したらどうだ?」
考え込んでいるモナにダークが話しかけ、モナは顔を上げて意外そうな顔をしながらダークを見た。
「いつ魔族軍の増援がこちらに来るか分からない以上、捕虜をどうするか、魔界側と交渉するかなどをルッソ殿たちに決めてもらわなくてはならない。急いでルギニアスに戻り、ルッソ殿たちの決断してもらった方がいいだろう」
「た、確かにそうですが、ルッソ陛下たちはまだ魔族軍に勝利したことをご存じではありません。それに首都に戻ろうにも此処からだと数日は掛かります。すぐに決断を出していただくのは……」
「忘れたのか、モナ殿? ノワールは転移魔法を使える。貴公がノワールと共にルギニアスに戻り、神殿を解放したこと、魔族軍の本隊に勝利したことを伝えれば短時間で結果が出るはずだ」
ダークはそう言ってノワールに視線を向け、ダークと目が合ったノワールは笑みを浮かべながら頷く。モナもノワールの転移魔法を使えば数秒でルギニアスに戻ることが可能だと考えた。
「確かにそのとおりですね……分かりました。ダーク陛下、ノワール君をお借りします」
転移魔法でルギニアスに戻ることを決めたモナはダークにノワールを借りることを伝え、ダークはモナを見つめながら無言で頷く。
「ただ、ルッソ陛下が捕虜の処遇や転移門の再封印をお決めになったとしても、再封印を行うための魔法使いを集めるのに時間が掛かると思います。ダーク陛下たちには魔法使いたちが集まるまで神殿の警護を――」
「その必要は無いだろう」
「え?」
ダークの口から出た言葉にモナは思わず声を漏らした。
「転移門を再封印するには膨大な魔力を石柱に送り込んで再封印するのだろう? そのために大勢の魔法使いを集めなくてはならない」
「ハ、ハイ、そのとおりです」
「ノワールの魔力なら一人でも以前のように転移門を再封印することができるはずだ。いや、以前よりも強力に封印できるかもな」
「ノ、ノワール君はそれほどの魔力を持っているのですか……」
「ああ、だからルッソ殿が捕虜をどうするか決めたら、ノワールが転移門を封印すれば問題は無い」
ノワールが持つ魔力が自分の予想以上に膨大であることを知らされたモナは目を丸くしながら驚く。そんなモナの反応を見たアリシアとノワールは苦笑いを浮かべていた。
モナは過去に何度もノワールが強力な魔法を使って魔族軍を圧倒するのを見ていたため、強力な魔法を使えることやそれなりの魔力を持っていることは知っていた。だが、転移門を封印するほどの魔力を持っているとは予想していなかったようだ。
ノワールが強力な魔法を使え、膨大な魔力を持っていることにモナが驚いていると、ノワールが近づいてきてモナを見上げた。
「モナさん、今は時間に余裕がありません。すぐにルギニアスに向かい、ルッソ陛下に報告をしましょう」
「え? あ、そうですね。すみません」
声を掛けられた我に返ったモナはノワールを見下ろして返事をする。ノワールはモナの手を握るとダークとアリシアの方を向き、行ってきますと目で伝えると転移魔法を発動し、モナと共にその場から消えた。
ノワールとモナが転移すると、残されたダークとアリシアは神殿の外に出てモナがルギニアスに戻ったこと、念のために捕虜の魔族たちを平原から神殿まで連れて来させるようマルゼント兵たちに伝えた。
――――――
マルゼント王国軍が神殿を解放した後は大きな問題も起こらず、順調のことは運んでいった。
転移魔法でルギニアスに戻ったノワールとモナはルッソやハッシュバル、貴族たちに魔族軍の本隊に勝利し、神殿を取り戻したことを伝える。報告を聞いた時、ルッソたちは最初、信じられないような反応を見せていたが、ノワールとモナの報告を聞いている内に本当に魔族軍を倒し、神殿を取り戻したことを知って歓喜の笑みを浮かべた。
モナは喜ぶルッソたちに魔族軍の増援が魔界から来る前に転移門を再封印するべきなので、現在マルゼント王国軍が捕らえている魔族軍の捕虜の処遇や今後どうするかを決めてほしいと伝え、それを聞いたルッソはすぐに貴族たちと会議を始める。
会議が始まると、貴族の一人が魔族軍に占領されていた拠点を全て解放することに成功し、転移門を封印できる条件を全て揃ったので、捕虜となっている魔族たちを全て魔界に帰してから再封印するべきだと進言した。ルッソやハッシュバル、数人の貴族もそれがいいと考えており、貴族の進言に賛成する。
だが、貴族の中には魔族軍のせいで国は大きな被害を受けた、魔族たちは魔界へ帰さずにこちらの世界で償いをさせるべきだと反対する者たちもいる。中には直接魔族の王族と交渉し、戦争賠償を要求するべきだと語る者もいた。
貴族たちは魔族を無条件で魔界へ帰すか、捕虜として交渉に利用するかで二つに分かれ、今後どうするか口論を始める。すると、国王であるルッソはこれ以上魔族と関りを持ちたくない、速やかに捕虜を魔界へ帰して転移門を封印し、魔族との関りを完全に断つと語り、結果魔族を無条件で魔界へ帰し、転移門を封印することになった。
魔族に償いをさせようとした貴族たちは最初、不服そうな顔をしていたが、国王であるルッソが決めたことであるため、最終的には納得した。ルッソは報告に来たノワールとモナに速やかに捕らえている魔族を魔界へ帰し、転移門を封印するよう指示を出す。指示を受けたノワールとモナは行動を開始するため、転移魔法でルギニアスから出ていった。
ノワールとモナはダークたちが待つ神殿へ戻り、ルッソが無条件で魔族軍を魔界へ帰し、転移門を封印する決断を出したことを伝え、ダークたちは魔族軍を魔界へ帰す準備に取り掛かる。それからノワールとモナは魔族軍を捕らえている拠点へ転移魔法で移動し、捕虜の魔族たちを転移魔法で神殿まで移動させた。
全ての魔族が神殿に集まると、ダークたちは司令官であるゼムに仲間を連れて魔界へ帰るよう伝えた。最初ゼムは無条件で自分たちを魔界へ帰すマルゼント王国に驚いていたが、モナからマルゼント王国の王はこれ以上争いをしたくない、魔族と関わりたくないから早く魔界へ帰ってほしいと考えていると聞かされる。
ゼムは無条件で自分たちを魔界に帰すマルゼント王国を馬鹿が付くほどお人好しだと考える。だが、同時に敗北した自分たちには要求を拒否する資格は無いと考え、素直に要求に従った。
魔族は転移門を通過して次々と魔界へ戻って行く。最後の魔族が魔界へ戻ると、モナは数人の魔法使いたちと共に転移門に封印術を張り、そこへノワールが魔力を石柱に送り込んで転移門を完全に封印する。神殿を解放してから僅か数時間でノワールたちは全ての作業を終わらせることができた。
ノワールの魔力が膨大すぎるためか、封印は破られる前よりも強力になっており、封印を確認した魔法使い曰く、百年は封印が解かれることはないと語る。それを聞いてモナや他の魔法使いは目を丸くしながら驚き、ノワールは驚くモナたちを見て苦笑いを浮かべた。
こうしてマルゼント王国軍と魔族軍の戦争はマルゼント王国軍の勝利に終わり、マルゼント王国には再び平和が訪れた。しかし、魔族軍による被害は大きく、元に戻るにはかなりの時間が掛かると思われる。
――――――
雲一つない美しい青空が広がる真昼、ビフレスト王国の首都バーネストでは住民たちがいつものように生活をしている。そんな住民が賑わるバーネストに建てられている王城の執務室ではダークが手元の書類に目を通していた。
フルフェイスの兜を外し、素顔を見せながらダークは執務室の中を歩き回っている。すると、執務室の扉をノックする音が聞こえ、ダークは立ち止まり扉の方を向く。
「誰だ?」
「私だ、アリシアだ」
「入ってくれ」
入室を許可すると扉が開き、数枚の羊皮紙を持ったアリシアと数本の巻物を持った少年姿のノワールが入ってくる。
アリシアとノワールは静かにダークの方へ歩いて行き、ダークは二人が持つ羊皮紙と巻物を見ると面倒くさそうな表情を浮かべる。
「また新しい仕事か?」
「ああ、マルゼント王国と正式に同盟を結ぶための会談の日取りが書かれた報告書だ。こっちには同盟後の魔法薬や魔法を封印した巻物の取引価格について書いてあるから後で目を通しておいてくれ」
「それと、こっちはその取引する巻物のサンプルです。こっちの確認もお願いします」
新たに仕事が入り、ダークは持っている羊皮紙を下ろしながら溜め息をつき、それを見たノワールは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「……魔族軍との戦いが終わってからまだ四日しか経っていないのに、どうしてマルゼント王国との取引や同盟関係の仕事がこんなに入ってくるんだ? まだ復興作業や国中に散らばった悪魔の討伐が忙しくて同盟関係に人を回す余裕はねぇはずだろう」
「復興作業と言っても、兵士だけでなく、各町の住民や冒険者たちも手を貸しているんだ。同盟会談の準備に人材を回すことは可能なんだろう。悪魔の方も殆どがレベルの低い下級の悪魔だけだ。そっちにはそんなに人材を送る必要もないらしいぞ」
「ホントかよ……こっちはマルゼント王国に行っている間に溜まった仕事も片付けなくちゃいけねぇってのによぉ」
ダークは羊皮紙を持っていない方の手を額に当てながら愚痴をこぼし、アリシアはそれは仕方がないだろう、と言いたそうな顔でダークを見ていた。
「……そう言えば、今回の戦いでマルゼント王国は魔族軍から色んなものを得たって聞いたが、そっちはどうなってるんだ?」
「魔族軍が使っていた武具や魔界で作られたと思われる魔法薬が多く手に入ったらしい。今はそれらを分析し、今後の発展に役立てるそうだ」
「そうか。それで、破滅の宝塔はどうなったんだ?」
「破滅の宝塔も細かく分析しているらしい。可能なら大量生産して軍や冒険者たちが使えるようにするらしい」
アリシアから破滅の宝塔や魔族軍が所有していた物資について詳しく聞くとダークは納得したのか軽く頷く。
魔族軍が侵攻してきたことでマルゼント王国は大きな被害を受けたが、その代わりに周辺国家が持っていない情報や物資を得ることができた。それらを考えれば、マルゼント王国も損するばかりではなかったと考えられる。
「マルゼント王国は僕らの国以上に魔法技術が優れていますかね。魔界の魔法に関する知識をすぐに得られると思いますよ」
「だろうな。そしてその魔界の魔法知識を利用し、より優れた魔法薬やマジックアイテムを開発するだろう」
「もしかすると、ヴァレリアさんの魔法薬よりも優れた魔法薬を開発するかもしれませんね」
「フッ、ならヴァレリアにはもっと頑張ってもらわないといけないな」
ダークは目を閉じながら小さく笑い、ノワールも少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さて、俺もちゃっちゃと仕事を終わらせないとな……」
ヴァレリアだけに頑張ってもらうわけにもいかず、ダークも自身の仕事に集中する。
アリシアとノワールは持っている羊皮紙と巻物をダークの机の上に置くと静かに執務室を後にした。
長かった十八章も遂に完結しました。たぶん今までの章の中で最も長かったと思います。次回の投稿はまたしばらくしたら投稿する予定です。