第二百七十四話 星を断ち切る刃
雲の少ない青空、その下には魔界へ繋がる転移門がある神殿があり、その周囲には神殿を管理、警備する者が使用していた小屋が幾つも建てられている。現在は魔族軍の本隊がマルゼント王国を侵攻する際の本拠点として使用していた。
神殿の周囲には多くの中級の悪魔族モンスターが配備されて神殿を護っている。周囲の小屋の中や外には大勢の魔族兵の姿があり、物資の確認や本拠点の防衛を行っていた。そして、本拠点の中や上空、周辺には大量の悪魔族モンスターがおり、敵が近づいて来ていないか見張っている。
本拠点にいる魔族兵たちは全員真剣な表情を浮かべて仕事をしているが、心の中では焦りを感じていた。その理由はガロボン砦がマルゼント王国軍によって奪い返されたことにある。本拠点の最終防衛線であるガロボン砦を奪い返され、マルゼント王国軍がいつ本拠点に攻め込んで来るか分からない状況なので無理もなかった。
神殿の近くにある少し大きめの小屋の中では五人の魔族が大きな机を囲み、深刻な表情を浮かべながら座っている。五人の内、四人は部隊長と思われる魔族兵で、最後の一人は魔族軍の司令官であるゼムだった。
「まさか、ガロボン砦が制圧されるとは……」
部隊長である魔族兵の一人が頭を抱えながら呟き、他の魔族兵たちは暗い顔で俯いたりしている。ゼムも目を閉じながら腕を組み、小さく俯いていた。ガロボン砦がマルゼント王国軍に奪い返されてから一日が経ち、現在ゼムたちは今後の方針について話し合っている。
ガロボン砦を奪い返されたという報告を聞いた時、ゼムたちはさすがに驚愕した。護りが堅く、戦力の多いガロボン砦が制圧されるはずがないとゼムたちは考えていたのに、そのガロボン砦がマルゼント王国軍に奪い返されたのだから。
しかもマルゼント王国軍が本拠点を襲撃するために各地の戦力をガロボン砦に集結させているという報告も入り、本拠点にいる魔族兵たちの士気は低下している。勿論、部隊長の魔族兵たちも同じだった。
「敵の中に最上級魔法を使える者がいると言うだけでも面倒なのに、敵が戦力を砦に集めているなんて……」
「どうしてこんなことになってしまったのだ。最初は我々魔族軍が人間軍を圧倒していたのに……」
「このまま人間軍に押し切られてしまうのか?」
開戦時とは逆に自分たちがマルゼント王国軍に押されている現状に部隊長の魔族兵たちは弱音を口にする。すると、今まで目を閉じて黙っていたゼムが目を開け、不安を露わにする魔族兵たちを見た。
「皆、落ち着け。まだ敗北が決まったわけではない」
「ゼ、ゼム殿……」
魔族兵たちは不安そうな表情のままゼムに注目し、ゼムは魔族兵の表情を確認すると落ち着いた様子で語り始める。
「確かにガロボン砦を奪い返されたのはこちらにとって予想外の出来事だった。だが、まだこちらに人間軍と戦えるだけの戦力が残っている」
「し、しかしゼム殿、敵がどれ程の戦力で攻めてくるかが分からない以上、今残っている戦力だけでも勝てるかどうか……」
「心配ない、魔界に兵士と悪魔の補充を要請してある。明日には魔界からやってくるはずだ」
ゼムは冷静に魔界から新たに戦力を要請したことを魔族兵たちに伝える。魔族兵たちはまだ若干不安そうな顔でゼムの話を聞いていた。
「例え敵がこちらの戦力を上回っていたとしても、時間を稼ぐくらいなら今の戦力でも戦える。それにこちらには破滅の宝塔もあるしな」
「そ、そうだ、破滅の宝塔で星を降らせれば人間軍を簡単に消滅させることができるぞ!」
破滅の宝塔の存在を思い出した魔族兵たちは安心したのか笑みを浮かべて仲間の顔を見る。ゼムは魔族兵たちの士気が少し戻ったのを見て安心した。
マルゼント王国軍が魔族軍よりも多い戦力で攻め込んで来たとしても、破滅の宝塔を使ってメテオフォールを発動させればマルゼント王国軍に大きなダメージを与えることができる。全滅しなかったとしても、ダメージを受けたマルゼント王国軍を悪魔族モンスターたちに攻撃させれば勝利することが可能だ。
ゼムは破滅の宝塔の力と魔族軍の残りの戦力から計算し、現状でもマルゼント王国軍に勝つことができると考えていた。そのため、魔族兵たちが焦る中でも冷静でいられたのだ。
「それでゼム殿、破滅の宝塔はもう使用することができるのですか?」
「ああ、既に正午は過ぎている。いつでも星を降らせることが可能だ。だが、星を降らせれば周囲には大きな被害が出る。星を降らせるのなら此処とガロボン砦の間にある平原がいいだろう」
そう言うと、ゼムは机の上に広げられている地図を指差し、魔族兵たちは地図に視線を向ける。本拠点とガロボン砦の間には大きな平原があり、そこなら星を降らせても大きな被害は出ないと魔族兵たちは考えた。
「砦から平原を真っすぐ抜けるのが此処に辿り着くまでの最短ルートだ。迂回すると進み難い山道や湿地帯を通らなくてはならない。人間軍が平原を通過する可能性は高いだろう」
「確かにそうですね」
「星を降らせるのなら人間軍が平原に入ったところを狙わなくてはいけない。タイミングよく破滅の宝塔を使えるよう、常にガロボン砦の人間軍を監視する必要がある」
「その点については問題ありません。ガロボン砦が奪い返されたという報告を受けた直後に斥候隊を編成し、絶えずに監視をさせております。人間軍が何かしらの動きを見せればすぐに報告が来るでしょう」
「そうか」
既にマルゼント王国軍を監視していると聞いたゼムはチラッと後ろを見る。小屋の隅には木製の棚があり、そこには破滅の宝塔が置かれてあった。
人間の村を簡単に消滅させられる星を降らすことができる破滅の宝塔、上手く使えば戦いを有利に進めるとができるが、使い方を間違えれば自分たちにも大きな被害が出てしまう。
ゼムはベレマスが破滅の宝塔でイセギー村を消滅させたことを思い出し、僅かに目を鋭くする。自分は絶対に仲間を犠牲にするような使い方はしない、ゼムは心の中でそう誓った。
「しかし、破滅の宝塔は最後の切り札。敵の戦力が少ないのであれば使わずに迎撃する。お前たちもそれを忘れずに戦いの準備を――」
「失礼します!」
魔族兵たちの方を向いてマルゼント王国軍とどう戦うかゼムが話そうとしたその時、小屋に一人の女魔族兵が入ってきた。女魔族兵に気付いたゼムたちは視線を女魔族兵に向ける。
「どうした?」
「先程、ガロボン砦を監視していた斥候隊が戻り、人間軍がこちらに向かって進軍を開始したという報告がありました」
「何っ?」
予想していたよりも早くマルゼント王国軍が進軍してきたという報告にゼムは真剣な表情を浮かべ、部隊長の魔族兵たちも意外そうな表情を浮かべている。
マルゼント王国軍は本拠点を制圧するために国中の戦力をガロボン砦に集結させていると聞いたので、ゼムたちは人間軍が進軍を開始するのはもうしばらく先だと思っていた。そのため、女魔族兵の報告を聞いて少し驚いたのだ。
しかし、ゼムはマルゼント王国軍が最上級魔法のゲートを使えることを思い出し、ゲートを使えば短時間で戦力を集めることも可能だろうと納得する。
「斥候によると、ガロボン砦を出た人間軍は迂回などせず、真っすぐこちらに向かっているとのことです」
「やはり最短ルートを通ってくるか……それで敵の戦力は?」
「斥候によると、約五千とのことです」
マルゼント王国軍の戦力を聞かされた部隊長の魔族兵たちは反応し、ゼムは女魔族兵を見ながら目を若干鋭くする。かなりの戦力を集めたと予想していたが、五千も集めたとは思っていなかったようだ。
「五千か……我々より千も上回っているな」
「どうします、ゼム殿? 平原に入ったところを破滅の宝塔で攻撃しますか?」
「ウム……短時間で、そしてこちらの被害を少なくして勝利するには破滅の宝塔で敵にダメージを与えた方がいいだろう」
「では……」
「急ぎ部隊を平原に向かわせ、そこで人間軍を待ち伏せする。そして破滅の宝塔を使用し、敵戦力を削いだところを攻撃する」
ゼムの言葉を聞き、魔族兵たちは余裕笑みを浮かべる。マルゼント王国軍の大部隊に返り討ちにできると知り、先程までの不安は完全に顔から消えていた。
笑みを浮かべる魔族兵たちを見ていたゼムは棚の前に移動し、置かれてある破滅の宝塔を取ると机の前に戻る。そして机の上に破滅の宝塔を置くと魔族兵たちを見て口を開く。
「準備が整い次第、すぐに出撃する。短時間で武装を整えろ!」
ゼムが力の入った声を出すと魔族兵たちは笑みを消し、真剣な表情を浮かべてゼムの方を向いて頷く。そしてそのまま全員が小屋から飛び出すように出ていった。
――――――
ガロボン砦から出撃したマルゼント王国は魔族軍に占領された最後の拠点である神殿を解放するために北に向かって移動する。約五千の大部隊は国中から集められたマルゼント兵や騎士、魔法使いによって編成されており、ダークが連れてきた黄金騎士や巨漢騎士、モンスターもその中にいる。
部隊の先頭には指揮官であるモナが馬に乗って移動しており、その後ろにはダークと彼の協力者であるアリシアたちが馬に乗ってモナの後をついて来ている。ダークたちのその真上にはマティーリアが飛んでいた。
ダークたちの後ろには大勢のマルゼント兵たちが歩いている姿がある。ダンバはガロボン砦の防衛の指揮を執るために僅かな戦力と共にガロボン砦に残った。
「ダーク陛下、もうすぐ平原に到着します。平原に入りましたらすぐに走って平原を抜けますので、配下の騎士の方々に伝えておいてください」
「分かった」
モナが後ろを見ながらダークに指示を出し、ダークはモナを見て小さく頷く。ダークの周りにいるアリシアたちもモナの言葉を聞いて目を少し鋭くする。なぜ急いで平原を抜けようとするのか、それには理由があった。
ダークたちはガロボン砦を出る前に簡単な作戦会議を行い、その時にどのようにして魔族軍を倒して神殿を解放するか話し合った。ダンバやダークたちは魔族軍の戦力などを警戒していたが、モナは敵の戦力よりも破滅の宝塔のことを警戒していたのだ。
モナは既に破滅の宝塔が使えるようになっているかもしれないと考え、魔族軍が自分たちに破滅の宝塔を使用してくる可能性があると推測する。そのため、モナは破滅の宝塔を使われる前に神殿に近づこうと考えた。
できるだけ早く神殿に辿り着きたいと考えたモナは最も距離が短い平原を通るルートを選ぶが、ダンバは距離の短い平原には魔族軍が待ち伏せしている可能性がると考え、迂回して進軍することを勧める。
だが、迂回すると山道や湿地帯など進軍が困難な道を通ることになる。大部隊でそんな道を通れば時間が掛かる上に体力を消耗してしまうため、モナは危険を承知で平原を通過するべきだと語った。
ダンバは平原は見通しがよく、もし破滅の宝塔が使えるようになっていたら平原で星を降らされる可能性が高く危険だと反対する。そんな時にダークが破滅の宝塔はまだ使えないかもしれない、すぐに平原を抜ければ問題無いとモナの背中を押すようにダンバを説得する。共に会議に参加していたアリシアたちも大丈夫だと話した。
ダークの答えを聞いたダンバは複雑そうな顔をしながら考え込むがダークの意思に折れて結局平原を通ることを許し、今に至ったのだ。
「ダーク陛下のおかげで短時間で神殿に辿り着くことができます。ありがとうございました」
「気にするな」
礼を言うモナを見ながらダークは小さく首を横に振った。肩に乗っている子竜姿のノワールも小さく笑いながらモナを見ていた。
「しかし、ダンバ殿の言うとおり、破滅の宝塔が使えるようになっている可能性もある。平原に入ったら休まずに走った方がいいだろう」
「そうですね。平原を抜ければ神殿はもう目と鼻の先です。魔族軍も神殿に被害が出ることを恐れ、星を降らされることも無いでしょう」
モナは前を向くと馬の歩く速度を少しだけ上げ、ダークはモナの後ろ姿を見つめる。すると隣で馬に乗っていたアリシアが近づいて来てダークにそっと声を掛けた。
「ダーク、さっき破滅の宝塔が使えるようになっている可能性もあると言ったが、仮にもし破滅の宝塔が使えるようになっていて、魔族軍が平原で待ち伏せしており、私たちに星を降らせてきたらどうするんだ?」
アリシアは最悪の状況になった場合はどうするのかダークに尋ねた。アリシアはダークが神に匹敵する力を持ち、未知のマジックアイテムを幾つも所持しているため、どんな問題も解決できると思っている。
しかし、さすがに隕石はどうすることもできないのではと少し不安になっていたため、アリシアは念のためにダークに確認してみることにしたのだ。レジーナたちもアリシアの話を聞いており、若干不安そうな顔や真剣な顔でダークとアリシアを見ていた。
アリシアが不安そうな顔でダークを見ていると、ダークはアリシアの方を見て小さな声を出す。
「心配するな。もし奴らが隕石落下を発動してきたとしても、ちゃんと対処する方法はある」
「えっ、本当か?」
自信に満ちた口調で語るダークを見てアリシアは意外そうな表情を浮かべる。レジーナたちもダークの答えを聞いて軽く目を見開いていた。
「それはどんな方法なんだ?」
「……フフフ、今はまだ秘密だ」
「ええぇ……」
教えてくれないダークをアリシアは複雑そうな表情を浮かべ、レジーナとジェイク、マティーリアも少し困ったような顔をする。ノワールとファウはダークの言葉を聞いて苦笑いを浮かべていた。
「ダーク陛下、皆さん。あの丘を越えれば平原に入ります、準備をお願いします」
前にいたモナがダークたちに声を掛けると、もうすぐ平原に入ると知ったダークは前を向き、アリシアたちも表情を鋭くして前を見た。後ろにいるマルゼント兵たちも無言で目を鋭くしている。
丘を越える直前にダークたちはマルゼント兵や黄金騎士たちに平原に入ったら止まらずに走り続けること、平原を抜けたらすぐに魔族軍の本隊と戦闘になることを伝える。それを聞いたマルゼント兵たちはいよいよ最後の戦いが始まるのだと気を引き締めた。
やがて丘を上がったダークたちは平原が確認できる所まで上がった。すると先頭のモナは馬を止め、目を見開きながら平原を見る。後からやってきたダークたちは止まったモナを不思議に思いながらモナが見ている方を確認した。すると、数百m先に魔族軍の大部隊が陣を組んでいるのが見え、アリシアやレジーナたちもモナと同じように目を見開く。
「あれは、魔族軍!?」
「どうやらこちらの動きを読んで待ち伏せしておったようじゃな」
魔族軍を見たレジーナは驚き、マティーリアは予想していた状況を小さく舌打ちをする。ジェイクやファウも若干緊迫したような表情を浮かべながら遠くにいる魔族軍を睨んでおり、マルゼント兵たちも待ち伏せしている敵を見てざわつき出す。
レジーナたちがざわつく中、モナは手綱を持つ手に力を入れて小さく震わせる。魔族軍に動きを読まれていたことを悔しく思い、同時に破滅の宝塔が使用可能になっているかもしれないと言う状況に焦りを感じていた。
「やられたな、モナ殿?」
微量の汗を掻きながら魔族軍を見ているモナにダークは声を掛ける。声を掛けられたモナは驚いてピクッと反応し、やがてゆっくりとダークの方を向く。
「……申し訳ありません、ダーク陛下」
「なぜ謝る? こうなることを承知の上で、敵と遭遇することを予想して私たちは此処に来たのだ。貴公が謝るようなことは何もない」
「し、しかし、破滅の宝塔が使われる可能性のある危険な戦場に陛下をお連れしてしまったのは私の失態ですし……」
「安全な戦場などこの世には存在しない。戦場は常に死と隣り合わせの場所だ。私も死を覚悟してきている、だから謝罪は必要ない」
複雑そうな顔をするモナにそう言うとダークは視線を魔族軍に向ける。魔族軍はこちらが警戒しているのか動こうとせずに遠くからダークたちを見つめている。
ダークとモナも魔族軍を警戒しながら黙って見ており、そこへ馬に乗ったアリシアがダークの隣にやって来て魔族軍に視線を向けた。
「見たところ、敵の数は三千程ですね。明らかに私たちよりも戦力が少ないです」
「ガロボン砦が解放されたことは本拠点にいる魔族軍にも伝わっているはずだ。砦が解放されたことで本拠点を護る防衛線は無くなり、我々が大部隊で神殿に進軍してくるだろうと敵も予想できたはずだ。にもかかわらず、敵の戦力は情報で得た四千よりも少ない三千程度、なぜだと思う?」
魔族軍を見たままダークは魔族軍の戦力が少ない理由はアリシアに尋ねる。アリシアはチラッとダークの方を向き、モナも視線だけを動かしてダークを見た。
「考えられる答えは二つある。一つ目はアルカーノから得た本拠点の戦力が四千という話が嘘だったということ、二つ目は戦力が四千というは本当で三千を我々の迎撃に、残りの千を拠点の防衛に回したということだ」
「戦力数が嘘だったというのは考え難いでしょうね。ディーレストさんの尋問を受けた人が嘘を吐くとは思えませんから」
ダークの肩に乗っているノワールが一つ目の答えは違うと語り、ダークはノワールを見て小さく頷く。ダークも一つ目の答えは違うと考えていたらしい。
「と言うことは、戦力が少ない理由は迎撃と防衛の二つに分けたから?」
「しかし、魔族軍も我々が大部隊で来ることを予想していたのなら、四千全てを迎撃に回してもいいはずです。それなのにどうして……」
モナは魔族軍の戦力が少ない理由に納得できず、アリシアもモナの話を聞いて難しい顔をする。アリシアとモナはどうして魔族軍が三千程の戦力で迎撃しようとしたのか考え込む。するとダークが二人を見ながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「三千程度でも我々を倒す自信があるのか、もしくは大部隊を簡単に倒せる切り札があるのか……」
「切り札……ッ! 破滅の宝塔!?」
アリシアは目を見開いてダークの方を向き、モナも驚きの表情を浮かべた。
「既に破滅の宝塔が使えるようになったということですか?」
「それなら魔族軍が三千の戦力で待ち伏せしたいたのも納得がいく」
「クッ、何てことでしょう……」
モナは予想していた最悪の状況に俯きながら奥歯を噛みしめ、アリシアも悔しそうな顔で魔族軍を睨み付ける。レジーナたちやマルゼント兵たちも魔族軍が破滅の宝塔を使えることを知って驚きと焦りを見せ始めた。アリシアたちが焦る中、ダークと肩に乗っているノワールだけは冷静に魔族軍を見ている。
その頃、魔族軍も平原に現れたマルゼント王国軍を見て臨戦態勢に入っていた。悪魔族モンスターたちは前に出て、魔族兵たちは後ろに下がるという過去にダークたちが遭遇した魔族軍と同じように陣を組んでいる。
魔族兵たちは悪魔族モンスターたちに指示を出し、いつでも戦えるよう準備を進めている。その中には魔族軍の司令官であるゼムの姿があり、二人の部隊長の魔族兵と共に遠くにいるマルゼント王国軍の様子を窺っていた。
「やはり現れましたね」
「ああ、ここまでこちらの予想どおりになるとは、逆に怖いくらいだ」
ゼムはマルゼント王国軍を見つめながら呟き、魔族兵たちも遠くにいるマルゼント王国軍を鋭い目で見つめている。自分たちの読みどおりに敵が動いたことを知ってゼムたちは内心驚いていた。だが同時に自分たちが有利に戦うことができると感じている。
「人間たちはこちらを警戒しているのか全く動きを見せません。ゼム殿、どうしますか?」
左側に立つ魔族兵が声かけると、ゼムは腰の革袋に手を入れて何かを取り出す。それは魔族軍の切り札である破滅の宝塔だった。
「勿論、コイツを使う。五千の敵に短時間で勝利するには、やはり破滅の宝塔を使うしかない」
ゼムが持つ破滅の宝塔を見ながら魔族兵たちは無言で頷き、ゼムも破滅の宝塔を見てから視線をマルゼント王国軍に戻した。
破滅の宝塔を使って敵部隊にダメージを与えるのなら、本拠点の戦力全てをぶつけた方がもっと早く決着が付くと思われるが、ゼムは何が起きるか分からない戦争で全ての戦力を前線に出すようなことはしない。何かが起きた時のことを考えて、戦力を少しだけ本拠点に残してきたのだ。
「星は私が降らせる。お前たちは兵たちに星が落ちた後にすぐに動けるようしておけと伝えてこい」
『ハッ!』
魔族兵たちは声を揃えて返事をすると他の魔族兵たちに破滅の宝塔を使用することを伝えに向かう。残ったゼムは破滅の宝塔を掲げ、マルゼント王国軍を鋭い目で睨む。
「我々は魔王様のため、何としてもこの国を手に入れなくてはならない。これ以上、お前たちに敗北することは許されんのだ……お前たちには此処で消えてもらう!」
ゼムがそう言うと、破滅の宝塔が赤く光り出す。すると、平原の上空で何かがマルゼント王国軍がいる方へ降っていくのが見え、気付いた魔族兵たちは空を見上げながら驚きの声を漏らした。その中には破滅の宝塔の存在を知る魔族兵もおり、マルゼント王国軍に向けて隕石が降るのだと知って勝利を確信したのか笑みを浮かべる。
マルゼント王国軍も空から自分たちに向かって何かが降って来るのに気づき、マルゼント兵たちは空を見上げながら驚きの声を出す。そして、アリシアたちは徐々に大きくなってくるその何かを見て、隕石が迫って来ていることに気付き驚愕の表情を浮かべる。
「ほ、星だ! 星が降ってくるぞ!」
「そんな、もう破滅の宝塔を使ったなんて……」
アリシアとモナは目を見開きながら迫ってくる隕石を見つめ、レジーナたちやマルゼント兵たちも空を見上げながら表情を固めていた。
このままでは部隊は隕石の直撃を受けて全滅してしまう。モナは急いでマルゼント兵たちに此処から退避するよう伝えようとする。だがモナが動こうとした時、ダークは背負っている大剣を抜き、肩に乗っていたノワールは地面に下りて少年の姿へ変わった。
落ち着いているダークとノワールを見たモナは思わずまばたきをする。隕石が迫って来ているのになぜここまで落ち付いていられるのかモナには分からなかった。アリシアとレジーナたちはダークが隕石が降って来ても対処する方法があると言っていたのを思い出し、ダークとノワールを黙って見つめている。
「モナ殿、兵士たちは動かさず、その場に待機させておいてくれ」
「え、ええっ!? で、ですが星が迫って来ているのですよ? 早くしないと皆死んでしまいます!」
「無駄だ、隕石が落下すればそこを中心に周囲は跡形も無く消し飛ぶ。今更逃げても間に合わない」
「そ、そんな……」
もうどうすることもできない、モナはショックのあまり持っている羽扇を落として俯く。自分が平原を通過して神殿に向かおうと言わなければこんな事態にはならなかった、モナは愚かな決断をした自分を恨み、同時に自分のせいで死んでしまう大勢の仲間たちに申し訳なく思った。
モナが絶望していると、ダークはメニュー画面を開いた。久しぶりに見たメニュー画面にダークは懐かしさを感じていたが、今はそんなことをしている場合ではない。ダークは素早くメニュー画面を操作して装備画面を開く。
装備画面を開いたダークは自分が今装備している愚者の大剣を別の武器に変更した。するとダークが持っていた大剣が消え、代わりに二回り大きな剣が現れた。
現れた剣は剣身に赤い装飾が施された両刃の巨大な剣で、剣身の長さはダークの身長を超えている。柄の部分もダークがいつも使っている大剣より太く少し長めだった。
ダークは現れた巨大剣の柄を両手で持ち、ゆっくりと持ち上げる。持ち上げる時、ダークは少しだけ声を出しており、アリシアたちは現れた巨大剣はダークがいつも使っている大剣よりも重いのだと感じた。
「ダーク陛下、その剣は?」
ファウが巨大剣を指差しながら尋ねると、ダークは巨大剣を持ち上げながらアリシアたちの方を向く。
「この剣で星を切る」
「はああぁっ!?」
とんでもない言葉を口にするダークを見てモナは驚いて声を上げる。アリシアたちも驚きの反応を見せており、俯いていたモナもフッと顔を上げて目を見開きながらダークを見た。
「ま、まさか、さっき言っていたメテオフォールが発動された時の対処方法というのは……」
「そうだ、これで剣を両断することだ」
「いやいやいやいや、いくら兄貴でもそれは無理だろう?」
「そうだよ、星は小さく見えるけど、実際はかなり大きいんだよ!?」
驚きのあまり、ジェイクとレジーナは敬語を使うのを忘れ、普段どおりの口調で喋る。一国の王の威厳を考えて、協力者以外の者がいる時は敬語を使うようにしており、モナの前では砕けた口調で喋らないことにしていた。
アリシアはチラッとモナの反応を確認するが、モナは驚きの表情のままダークを見ている。どうやらダークの発言に驚いて、レジーナとジェイクの声が聞こえていないようだ。それに気付いたアリシアは小さく息を吐いた。
「心配するな、この剣を使えば星だって切れるさ」
ダークはそう言うとアリシアたちに背を向けて空を見上げる。隕石は既に形がハッキリと分かる所まで落ちてきており、アリシアたちは迫って来ている隕石を目にして緊迫した表情を浮かべた。
マルゼント兵たちは近づいてくる隕石に言葉を失い、その場で空を見上げている。普通なら全速力で走って逃げるのだが、隕石が降ってくる恐怖と死が近づいてくる恐怖に呑まれ、誰も動くことができずにいた。
恐怖でマルゼント兵たちが恐怖する中、ダークは隕石を見上げたまま巨大剣を肩で担ぐように構える。隣に立っているノワールはダークの方を向きながら両手を前に伸ばす。
「物理攻撃強化! 竜の魂! 鋭利化! 重量操作!」
ノワールはダークに対して補助魔法を連続で発動させて物理攻撃力を強化する。その後にダークの体は赤、緑、黄色の順番に光り出し、ダークのあらゆるステータスが強化されていく。
<鋭利化>は斬撃系の攻撃力と切れ味を高める風属性の中級補助魔法。この魔法が掛かった状態で斬撃攻撃をすると、切ることが困難だったものも簡単に切ることができるようになる。
<重量操作>は武器の重さを感じなくなる土属性の上級魔法。この魔法に掛かると短い時間の間、武器の重さを殆ど感じず、どんな武器も軽々と扱うことができるようになる。ただし、重さが感じなくなっても、実際の重量や攻撃力、切れ味などには変化は無い。あくまでも対象者が重さを感じなくなるだけの魔法である。
ダークに補助魔法を掛け終えたノワールは一歩後ろに下がりダークから少し距離を取った。
「暗黒の麻薬!」
ノワールが離れると、今度はダーク自身が暗黒騎士の能力で自身のステータスを更に強化する。ノワールの魔法だけでなく、暗黒騎士の能力まで使って強化を続けるダークをアリシアたちは黙って見守っていた。
自身の強化が終わると、ダークは足の位置を動かし、巨大剣を構え直す。ノワールの魔法のおかげでダークは先程まで感じていた巨大剣の重さを感じず、難なく扱えるようになっていた。
隕石は徐々に大きくなっていき、もうすぐ大地に激突する所まで来ていた。アリシアたちは緊迫した表情で落下してくる隕石を見上げる。すると、ダークは軽く息を吐き、隕石を見上げながら目を赤く光らせた。
「コメットブレイク!」
ダークは叫びながら勢いよく巨大剣を縦に振る。すると、巨大剣の剣身から斬撃は放たれて隕石に向かって飛んでいく。斬撃は巨大剣の剣身よりも遥かに大きく、アリシアたちは斬撃を見て目を見開いていた。
斬撃は真っすぐ落下してくる隕石に向かって行き、正面から隕石にぶつかる。次の瞬間、斬撃が降れた箇所から隕石は真っ二つに切れ、ゆっくりと空中で二つに割れた。
「ええぇぇっ!!?」
隕石が割れたの見たアリシアは声を上げ、レジーナたちも驚愕する。モナやマルゼント兵たちは目の前で起きた信じられない現象に言葉を失う。
アリシアたちが驚く中、隕石は空中で二つに分かれ、マルゼント王国軍からかなり離れた場所に落下する。隕石が落下したことでとてつもない衝撃と強風がマルゼント王国軍を襲い、マルゼント兵たちは強風に耐えられずに次々とその場に倒れた。中には強風を受けて地面を転がっていく者もいる。
しかし負傷者は誰もおらず、強風が止むと倒れていたマルゼント兵たちは立ち上げって周囲を見回す。隕石が降ったのに自分たちが無事であることが上手く理解できずにいた。
アリシアたちも態勢を立て直しながら周囲を見回して自分たちが無事なのを確認しており、そんな中、ダークは巨大剣を下ろして遠くに落下した隕石を見る。
「……フッ、流石は星喰い、だな」
ダークは巨大剣を握りながら楽しそうな口調で呟いた。