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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十八章~魔界の侵略者~
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第二百七十三話  傲慢指揮官の末路


 広場の北側にある出入口の近くには大勢のマルゼント兵や騎士が集まり、出入口の方を向きながら武器を構えていた。出入口手前の地面からは煙が上がっており、その近くで一人のマルゼント兵が仰向けの状態で上半身を起こし、出入口の方を見ている。


「おい、大丈夫か!?」

「あ、ああ、何とかな……」


 倒れているマルゼント兵にエルフのマルゼント兵が駆け寄って安否を確認すると、マルゼント兵は前を見ながら無事なことを伝える。それを聞いたエルフのマルゼント兵は安心し、視線を出入口の方へ向けた。

 広場の外側には増援部隊として主塔から送られた魔族軍がおり、四人の魔族兵の後ろに六体のデーモンメイジ、その更に後ろにブラッドデビルやへウハウンドのような下級の悪魔族モンスターが大勢おり、広場にいるマルゼント兵たちを睨んでいる。そして、魔族兵たちの前には剣を右手に持つベレマスの姿があった。

 部隊の先頭に立つベレマスは周囲にいるマルゼント兵や騎士たちを睨みながら剣を持つ手に力を入れ、周囲に聞こえないくらい小さく舌打ちをした。


「防衛部隊は負けたのか……僕らが来るまで持ち堪えられないなんて、使えない連中だ」


 ベレマスは僅かに表情を険しくしながら訓練場がある広場がマルゼント王国軍の手に落ちたことを不快に思う。ベレマスにとっては広場を護るために必死に戦った防衛部隊よりも広場が無事かどうかの方が重要のようだ。

 不機嫌な口調で喋るベレマスの後ろでは魔族兵たちがベレマスを見ている。彼らはベレマスと違い、広場よりも防衛部隊の仲間の方を心配しており、仲間を罵るベレマスに複雑そうな表情を浮かべていた。


「チッ、まあいいや。奪われたんなら、僕がこの手で人間どもを倒して広場を取り戻せばいいだけだ」


 ベレマスは持っている剣をゆっくりと掲げ、それを見た魔族兵たちはベレマスが何かすると気付き、気持ちを切り替えて目を鋭くした。

 マルゼント兵たちは動き出すベレマスの姿を見て警戒心を強くする。倒れていたマルゼント兵もエルフのマルゼント兵の肩を借りて立ち上がり、仲間のところまで後退した。その直後、ベレマスは掲げていた剣を前に出して口を開く。


「デーモンメイジたち、周囲にいる人間どもを魔法で吹き飛ばせ!」


 ベレマスが叫ぶと、魔族兵たちの後ろで待機していた六体のデーモンメイジたちが前に出て持っている杖の先をマルゼント兵たちに向ける。その直後、杖の先から火球を放ってマルゼント兵たちを攻撃した。

 火球は出入口前に集まっていたマルゼント兵たちに命中すると爆発して火球を受けた者たちを吹き飛ばした。中にはマルゼント兵たちの足元に命中する火球もあったが、爆発の衝撃で近くにいたマルゼント兵たちは体勢を崩し、その場に倒れてしまう。

 マルゼント兵たちは魔法を使える悪魔族モンスターが相手では分が悪いと感じたのか慌てて魔族軍から距離を取ろうとする。すると、後方にいた大勢の黄金騎士と巨漢騎士が前に出てマルゼント兵たちを護るように立つ。ベレマスは後退せずに前に出てきた騎士たちを意外そうな顔で見ている。


「何だアイツら? 他の人間どもと雰囲気が違うなぁ」

「ベレマス殿、恐らくあれが報告にあった例の警戒すべき黄金の騎士と長身の騎士だと思われます」

「へぇ、あれが……確かに他の人間どもと比べたら少し強そうな雰囲気を出してるね」


 魔族兵の言葉を聞いたベレマスは自分たちを警戒させるほどの強さを持つ騎士に興味が湧いたのか、黄金騎士と巨漢騎士を見ながらニッと笑った。そんなベレマスを見た魔族兵はベレマスが何を考えているのか気付いたのか僅かに目を細くする。


「ベレマス殿、まさかあの騎士たちと戦うつもりですか?」

「ああ、奴らがどれ程の実力を持っているのか、僕自身で確かめてみるよ」

「お待ちください、情報では彼らは中級の悪魔も難なく倒すほどの力を持っています。正面からお一人で挑むより、デーモンメイジたちに魔法で攻撃をさせ、敵が隙を見せたところを攻撃した方がいいと思います」

「僕を中級悪魔なんかと一緒にするなよ。僕は人間の英雄級を超えたレベルなんだ、あんな奴らに負けるはずないだろう」


 魔族兵が止めるのも聞かずにベレマスは広場に向かって歩き出す。魔族兵はこれ以上は何を言っても無駄だと感じたのか、ベレマスを止めるのをやめた。

 ベレマスは余裕の表情を受けながらマルゼント兵たちの方へ歩いて行き、黄金騎士と巨漢騎士はベレマスを見つめながら戦闘態勢に入ろうとする。だが黄金騎士たちが動こうとした時、後ろから一人のマルゼント騎士が出て来てベレマスの前に立ち塞がる。

 突然現れたマルゼント騎士を見たベレマスは立ち止まり、今度は何だ、と面倒そうな顔をする。マルゼント騎士は前に出てきたベレマスを睨みながら静かに口を開いた。


「貴様らは魔族軍の増援部隊だな? 既にこの広場は我々マルゼント王国軍が制圧し、防衛部隊の魔族も捕らえた。防衛部隊よりも戦力の劣るお前たちではこの広場を解放することはできん!」


 マルゼント騎士の言葉に魔族兵たちはマルゼント騎士は鋭い目で睨み付ける。そんな中、ベレマスだけは馬鹿にするような顔でマルゼント騎士を見ていた。


「防衛部隊よりも戦力が少ないから僕らは勝てないって言いたいの? やっぱり人間は馬鹿な生き物だよねぇ」


 ベレマスは剣を持っていない方の手で自分の髭をいじりながら語り、マルゼント騎士はベレマスを鋭い目で見つめる。


「戦力が少なくても敵よりも強い戦士ばかりで編成した部隊なら勝つことはできるさ。他にも敵の指揮官を倒せばその時点で勝ちって言う方法もあるしね」

「……お前たちがその強い戦士だけの部隊だというのか?」

「そうだよぉ、そして僕が一番強い戦士!」


 ニヤリと笑みを浮かべながらベレマスは自分が最も力のある戦士と自慢げに語る。それを聞いたマルゼント騎士は佩してある騎士剣をゆっくりと抜いた。


「つまり貴様らは、後退せずにこのまま我々と戦うということだな?」

「決まってるじゃんか。ここまで言ってようやく理解できたなんて、本当に馬鹿だよねぇ」


 挑発するベレマスをマルゼント騎士は鋭い目で睨みながら騎士剣を構える。


「なら我々も全力でお前たちの相手をさせてもらう」

「お前たちがぁ? 無理無理、防衛部隊には勝てたようだけど、僕らに勝つのは不可能だよ。お前の仲間たちもデーモンメイジの魔法にビビってるんだし、絶対に勝てないね」

「戦いに絶対などあり得ない。筋書きどおりにいかないのが戦争というものだ」

「……あっそ」


 ベレマスはマルゼント騎士を不満そうな目で見つめながら呟き、両手で剣を握り中段構えを取る。マルゼント騎士は構えるベレマスを見ると足の位置を少し動かして警戒した。


「なら、今此処で僕たちを止めて証明してみせなよ、絶対なんてあり得ないってことをさぁ」

「言われなくても証明しやる」


 マルゼント騎士が僅かに力の入った声を出すとベレマスは小さく舌打ちをし、剣を持つ手に力を入れる。


「降霊憑依・暴君馬ぼうくんば


 ベレマスが声を上げると彼の体が薄っすらと紫色に光りだし、それを見たマルゼント騎士は騎士剣を持つ手に力を入れる。やがてベレマスの体から光が消え、ベレマスはマルゼント騎士を見つめながら軽く足を曲げた。

 マルゼント騎士はベレマスがどう動いてもすぐに対応できるよう体勢を整える。するとベレマスは中段構えを取りながら地を蹴り、マルゼント騎士に向かって跳んだ。次の瞬間、ベレマスはとてつもない速さでマルゼント騎士の目の前まで移動した。

 ベレマスの異常な速さにマルゼント騎士は目を見開いて驚く。そんなマルゼント騎士にベレマスは剣で袈裟切りを放ち攻撃した。マルゼント騎士は鎧で守られていない箇所を斬られ、そのから血を流しながら俯せに倒れる。


「ば、馬鹿な……一瞬で目の前に……」

「言っただろう? お前たちは絶対に勝てないって」


 低い声でそう言ったベレマスはマルゼント騎士の頭部を踏みつける。マルゼント騎士は切傷の痛みと頭部を踏まれる悔しさで表情を歪めた。

 <降霊憑依>はシャーマンウォリアーが使うことのできる能力で死んだモンスターの魂を呼び出して自身に憑依させることができる。モンスターの魂が憑依したシャーマンウォリアーはそのモンスターの特性や肉体能力を得ることができ、戦いを有利に進ませることができる。

 ベレマスはマルゼント騎士に攻撃する前に降霊憑依で暴君馬の魂を呼び出し、自身に憑依させた。暴君馬は獣族モンスターの中でも移動速度が速い中級モンスターで、その魂が憑依したことでベレマスは暴君馬に匹敵する移動速度を得ることができたのだ。

 周囲にいたマルゼント兵たちはマルゼント騎士が瀕死の状態になったのを見て驚き、黄金騎士と巨漢騎士は動かずのベレマスとマルゼント騎士を見ていた。


「お前みたいな三下の騎士なんて、このガロボン砦を支配するベレマス様の敵じゃないんだよ」

「なっ! お前が、ガロボン砦の指揮官、ベレマスだと……?」


 自分が戦っていた魔族が敵の指揮官だと知ったマルゼント騎士は再び目を見開く。周りにいるマルゼント兵たちも驚いてベレマスを見ていた。

 ガロボン砦を占領する魔族軍の指揮官は人間の英雄級のレベルを超えているとマルゼント騎士はモナから聞かされており、その指揮官が相手では自分は勝てないと心の中で悟った。


「お前らのような普通の人間じゃ、レベル64の僕に勝つどころかまともに戦うこともできやしない。少しは自分と相手の力の差を理解してから戦えよな、バ~カ」

「クウゥッ!」


 勝目は無いと分かっても、笑いながら他人を見下すベレマスの態度に腹を立てるマルゼント騎士は頭部を踏まれたままベレマスを睨み付ける。逆にベレマスは足元で自分を睨むマルゼント騎士の顔が愉快なのか楽しそうな笑みを浮かべていた。


「さて、僕らはこれから此処にいる連中を皆殺しにして広場を取り返さないといけないんだ。お前にはさっさと死んでもらうよ」

「……フッ」


 ベレマスの言葉を聞いたマルゼント騎士はベレマスを睨むのをやめ、小馬鹿にするように笑う。それを見たベレマスは目を細くしてマルゼント騎士を見つめる。


「何がおかしいんだよ?」

「……確かに私ではお前には勝てない。だが、我々には私やそこにいる黄金の騎士たちよりも強い御方がいらっしゃるのだ。お前はその御方に倒され、この砦は解放される」

「フン、嘘ならもっと上手くつきなよ。人間のレベルの限界は60、それよりも高いレベルの僕に勝てる人間がいるはずないじゃないか。仮に人間じゃなくて亜人だったとしても、レベル60を超える奴がいるとは思えない。もしそんな奴らいるんなら、連れて来てもらいたいもんだよ」

「ならその望み、叶えてやろう」


 何処からか声が聞こえ、ベレマスは顔を上げて声がした方を見る。すると、黄金騎士と巨漢騎士の後ろからダークが現れてベレマスとの方へ歩いて行く。その後ろにはモナの姿もあり、ベレマスに踏まれているマルゼント騎士を見て驚いていた。

 ダークはベレマスの数m前で立ち止まり、ベレマスを見ながら目を薄っすらと赤く光らせる。ベレマスはマルゼント騎士を頭部を踏んだまま現れたダークを鋭い目で睨む。


「誰だよ、お前?」

「私は暗黒騎士ダーク、この部隊の隊長を任されている者だ」

「へぇ、部隊長なんだぁ……あっ、もしかして報告にあったとんでもない騎士ってお前のこと?」

「……貴様がどんな報告を受けたかは知らんが、恐らく私だと思うぞ」

「あっそ、部隊長自身が出て来てくれるなんて、僕って運がいいんだなぁ」


 ベレマスは排除対象が現れたことに満面の笑みを浮かべる。だが同時に報告にあった騎士が指揮官ではなく部隊長だということを知り、心の中で残念に思っていた。

 ダークは自分が部隊長だと知った途端に笑い出すベレマスを見ておかしな魔族だと感じる。だがすぐにダークの意識はベレマスから彼に踏まれているマルゼント騎士に移った。


「ところで、いつまで彼を踏みつけているつもりだ?」

「あぁ? ……ああぁ、コイツか。何か偉そうな態度を取ってたから自分が貧弱だってことを教えてやったのさ」

「……とりあえず、彼を解放してやってくれないか? 彼には戦う力は残っていない」

「う~ん、もう少し踏みつけてやりたかったんだけど、まぁいっか」


 そう言ってベレマスはマルゼント騎士の頭部から足と退ける。だが足を退けた直後、倒れているマルゼント騎士の腹部を蹴ってダークの足元に蹴り飛ばした。


「うううううぅっ!」


 蹴り飛ばされたマルゼント騎士は苦痛の声を漏らしながら表情を歪ませる。ダークはマルゼント騎士を無言で見下ろし、モナは慌ててマルゼント騎士に近寄った。


「誰か、回復魔法を使える方を呼んで来てください!」


 モナが黄金騎士と巨漢騎士の後ろにいるマルゼント兵たちに声を掛け、それを聞いた数人のマルゼント兵は走って回復魔法が使える魔法使いを呼びに向かった。マルゼント兵が移動するのを見たモナは別のマルゼント兵たちに声を掛け、マルゼント騎士を安全な場所へと移動させる。

 マルゼント騎士が連れて行かれたのを確認したダークは視線をベレマスに向ける。ベレマスは兵士たちに連れて行かれたマルゼント騎士を見て笑みを浮かべていた。


「アイツも馬鹿だよねぇ、人間の自分が魔族に勝てるなんてくだらないことを考えたから酷い目に遭うんだよ」

「何ですって、そんな言い方……」


 ベレマスの言葉にモナは目を鋭くして言い返そうとする。だがダークがモナの前に腕を出して彼女が言い返すのを止めた。


「ダーク陛下……」

「好きに言わせてやれ。所詮は自分の力を基準に相手の強さを決める愚か者だ」

「何だと、人間の分際で僕を馬鹿にするのかぁ?」


 ダークの言葉が癇に障ったのかベレマスはダークを睨みながら低い声を出す。そんなベレマスはダークは腕を組みながら冷静に見つめる。


「愚か者を愚か者と言って何か問題でもあるのか?」

「ああ、大有りだよ。下等な人間が僕のような優れた魔族を馬鹿にするなんてあってはならないことだ」

「フッ、自ら優れた魔族と言うとは、傲慢な男だな」


 鼻で笑いながらダークはベレマスを更に挑発する。子供のような性格をしているベレマスにとってダークの挑発はかなり効果があったのか、ベレマスは額に血管を浮かべながらダークを睨んでいた。

 二人の会話を聞いていたモナはベレマスが挑発に乗って腹を立てている姿を見て少しだけ胸がスッとしたのか、誰にも気づかれないくらい小さく笑う。逆にベレマスの仲間である魔族兵たちは不機嫌になるベレマスを見て怯えたような顔をしている。ベレマスの怒りの矛先が自分たちに向けられるのではと不安になっているようだ。

 腕を組んだまま挑発し続けるダークにベレマスは歯ぎしりをし、剣を持つ手に力を入れる。そしてダークを睨みながらゆっくりと切っ先をダークに向けた。


「そこまで言った以上、もう無傷では帰さないぞ!? お前の体を切り刻んで僕を馬鹿にしたことを後悔させてやる!」

「それは面白い、是非やって見せてもらいたいな」


 小馬鹿にするような口調で喋りながらダークは背負っている大剣を抜き、ベレマスはダークを見ながら舌打ちをした。


「そう言えば、まだ貴様の名前を聞いていなかったな。貴様、名は何という?」

「フン、よく聞け? 僕はこのガロボン砦を支配する魔族、ベレマス様だ!」

「何、貴様が?」


 目の前にいる魔族がベレマスだと知ったダークは呟く。その声はベレマスを挑発していた時とは違い低めの声だった。

 ダークの近くにいたモナも目の前にいるのがイセギー村を破滅の宝塔で消滅させえた魔族だとして驚きの表情を浮かべる。同時にこんなふざけた態度の魔族にイセギー村が消されたのかと心の中で怒りを感じていた。


「貴様がベレマスか……なら、戦う前に訊いておきたいことがある」

「はあ? 何?」


 ベレマスは面倒くさそうな顔をしながらダークを訊き返す。ダークは大剣を肩に担ぐとベレマスを見つめながら薄っすらと目を赤く光らせる。


「お前は破滅の宝塔を使い、イセギー村に星を降らせて村ごとマルゼント王国軍を消滅させたな?」

「ああ、そうだよ。というか、何でお前が破滅の宝塔のことを知ってるんだよ?」

「そんなことはどうでもいい……星を降らせた時、村にはマルゼント王国軍や村の住人だけでなく、お前の仲間である魔族軍もいたはずだ」

「ああ、確かにいたよ」

「なぜ仲間がいるにもかかわらず村に星を降らせた? 星を降らせれば村が消滅し、そこにいた者は全員死ぬと貴様は知っていたはずだ」


 ダークはベレマスを見つめながら魔族軍がいたイセギー村に隕石を降らせた理由を尋ねる。どうしてそんなことをしたのか、ダークは破滅の宝塔の話を聞いた時からずっと気になっており、ベレマスに会ったら理由を聞いてみようと思っていたのだ。

 モナもダークと同じで、なぜ仲間がいる村を消滅させたのか気になっていた。すると、ベレマスは不思議そうな顔でダークを見ながら口を動かす。


「決まってるじゃないか。人間どもを足止めするためだよ」

「足止め?」

「星を降らす直前に仲間たちを村から避難させたら人間どもに勘付かれるかもしれないだろう? だから人間どもに気付かれないようにするためにあの村にいた部隊には何も伝えずに人間どもと戦わせたんだよ」

「つまり、マルゼント王国軍を逃がさないために仲間たちを犠牲にしたと言うことか」

「そうだよ」


 ベレマスが頷きながら答えると話を聞いていたモナは驚愕の表情を浮かべ、黄金騎士と巨漢騎士の後ろにいたマルゼント兵たちも驚きの反応を見せる。魔族兵たちは予めイセギー村のことを聞かされていたため、驚きはしなかったが複雑そうな顔をしていた。

 敵を倒すために仲間たちを囮にし、最後には敵と一緒に消滅させるというベレマスの無慈悲な行動に衝撃を受けたモナは肩を震わせ、羽扇を強く握る。今のモナは驚くのと同時に仲間の命を平気で奪ったベレマスに対して怒りを感じていた。


「拠点を護るために必死に戦っていた仲間を利用し、最後には敵と一緒に消滅させるなんて、罪悪感は無いのですか?」

「何で罪悪感を感じないといけないんだよ? 人間に押されるような魔族の面汚しなんて、生きる価値はない。寧ろ僕らが人間軍に勝つために囮として使ってやったんだから感謝されたいくらいだよ」

「なっ! 貴方、それでも一軍の指揮官なのです――」

「もういい、モナ殿」


 モナがベレマスに文句を言おうとした時、ダークがモナの発言を止めるように口を挟む。モナは少し驚いたような顔でダークの方を見た。


「し、しかしダーク陛下……」

「仲間の命を平気で犠牲にするような異常者に何を言っても無駄だ」


 ダークは低い声を出しながら前に出て肩に担いでいる大剣を下ろす。ベレマスは再び自分を侮辱するダークを鋭い目で睨み付ける。


「口で言って分からない異常者は力で叩きのめして分からせるしか方法が無い」

「僕を叩きのめす? やれるものならやって見せろよ。もっとも、たかが人間が僕を叩きのめすなんて、無理だろうけどね」


 ベレマスはダークを睨んだまま両足を少しだけ開いて剣を下ろした。ダークとモナはベレマスが何かをしてくると感じ取り警戒する。


「降霊憑依・オーガ、トロール、ロックリザード」


 降霊憑依を発動させたベレマスの体は赤く光り、光が消えると今度は緑色に光り、最後はオレンジ色に光る。そして光が消えると痩せ気味だったベレマスの筋肉が見る見る発達し、ボディビルダーのような体形へと代わっていく。身長も3mほどにまで伸びており、ベレマスは笑いながらダークを見下ろす。

 装備している武具で、銀色のハーフアーマーは魔法の防具なのかベレマスの体が大きくなってもそれに合わせて大きさが変わった。剣は普通の武器らしく大きさは変わらない。巨大化したベレマスが持つとまるでナイフのようだった。

 ダークは巨大化したベレマスを見上げながら意外そうな反応を見せる。小さいものがいきなり大きくなるという現象はこれまでに何度も見たことがあったため、ダークは驚かなかった。一方でモナとマルゼント兵たちは驚いており、目を見開きながらベレマスを見上げている。


「モナ殿、何が起きたのだ?」


 ベレマスを見ながらダークはモナに声を掛ける。すると驚いていたモナは我に返り、ダークに視線を向けた。


「これは降霊憑依です。シャーマンウォリアーだけが使うことのできる固有能力です」

「ジンカーンの町で言っていたモンスターの魂を憑依させるというやつか?」

「そのとおりです。ですが、能力を使った者の肉体に直接影響が出るなど聞いたことがありません」


 モンスターの魂が憑依しても体が変化することはないのに体が巨大化し、筋肉が発達したベレマスを見てモナは微量の汗を流した。

 ベレマスはダークとモナが自分を見上げるのを見てニヤリと歯を見せ、変化した自分の体を自慢するように見せる。


「凄いだろう? 僕は降霊憑依で憑依したモンスターの能力なんかを得ることができるんだ。オーガのような肉体能力の高いモンスターの魂を憑依させれば肉体能力は強化されるが体には変化はない。でも、肉体能力の高いモンスターの魂を二つ以上憑依させれば体にも影響が出てくるんだよ。こんな風にね」


 巨大化し、筋肉が強化された自分の体を剣を持っていない方の手で触りながらベレマスは楽しそうに説明する。ダークはベレマスの話に興味が無いのか、何の反応も見せずに黙ってベレマスを見上げていた。


「僕は今、力の強いオーガとトロールの二体の魂を憑依させ、物理攻撃力を強化した。更にロックリザードという皮膚が岩のように硬いモンスターの魂も憑依させたことで物理防御力も高くなっている。分かる? 今の僕は肉弾戦では誰にも負けない強さを得たってことなんだよ」


 ダークが訊いてもいないのにベレマスは勝手に自分の変化を説明し、それを聞いたモナやマルゼント兵たちは緊迫した表情を浮かべている。自分たちではベレマスには勝つことはできない、モナたちはそう感じていた。

 モナやマルゼント兵たちが驚いている中、ダークはベレマスを黙って見続けていた。そんなダークに気付いたベレマスはダークが自分の変化に驚いたのだと勘違いし、見下すような笑顔でダークを見つめる。


「どうしたの、驚いて言葉も出なくなっちゃたぁ? まぁ、いきなり敵がムキムキの巨人に姿を変わったんだから驚くのも無理ないよねぇ」


 ベレマスはダークが完全に驚いていると思い込み愉快そうに笑う。モナも無言のダークを見て若干焦りを顔に出していた。


「言っておくけど、今更驚いても遅いよ? あれだけ僕を馬鹿にしたんだ、お前は絶対に逃がさないからなぁ? 腕と足を切り落とした後、体をゆっくりと切り刻んで殺してやる」


 ダークに死刑宣告をしたベレマスはゆっくりと大きな腕を上げ、剣を振り下ろす体勢に入った。しかしダークはベレマスを見上げたまま動こうとしない。


「恨むのなら、僕を愚か者呼ばわりした自分自身を恨むこと……」


 ベレマスが叫びながら剣を振り下ろそうとした次の瞬間、ベレマスの体は左肩から右腰に向かって斬られ、動かなくなる。

 周囲にいるモナたちが突然動きが止まったベレマスを見て呆然としていと、ベレマスの前にいたダークがいつの間にか袈裟切りを放った体勢を取っているのに気付く。その直後、ベレマスの上半身は右腰の方へずり落ち、傷口から血が流れ出る。


「あ、あれぇ……?」


 いつの間にか自分が斬られていたことにベレマスは掠れたような声を出しながら驚く。ベレマスの上半身はそのまま地面に落ち、下半身も静かに後ろに倒れる。周囲がベレマスが倒れるのを見て驚く中、ダークはベレマスが死んだのを確認すると体勢を直して大剣を軽く振った。


「何だ、三体憑依させてこの程度か……」


 ダークはつまらなそうな口調で喋りながらベレマスの死体を見る。ダークのその言葉を聞いたモナはダークが目で追えないほどの速さでベレマスを斬り捨てたのだと知った。

 本来なら敵の指揮官を捕らえて色々な情報を聞き出すのだが、既に重要な情報はアルカーノやパメテリアを尋問して殆ど得ているため、情報を聞き出す必要は無い。何よりも、敵を倒すために仲間を犠牲にするような指揮官を生かしておくほどダークは心の広い人間ではなかった。

 マルゼント兵たちは一瞬で魔族軍の指揮官が倒されたことに目を丸くする。一方で魔族軍はベレマスが倒された光景を見た驚愕の表情を浮かべていた。そんな魔族軍にダークは視線を向け、目を薄っすらと赤く光らせる。ダークと目が合った魔族兵たちは一斉に青ざめた。


「お、お前たち、人間どもの足止めをしろぉ! 俺たちが逃げ切るまで時間を稼ぐんだぁ!」


 一人の魔族兵が周りにいる悪魔族モンスターたちに向かって叫び、指示を出すと慌てて来た道を走って逃げだす。残りの魔族兵たちも遅れて後を追い、主塔の方へ走っていく。残された悪魔族モンスターたちは広場に侵入し、命令どおりマルゼント王国軍の足止めを始めた。

 ダークは悪魔族モンスターたちに戦いを任せて逃げ出す魔族兵たちに呆れ果て、軽く溜め息をついた。


「指揮官が戦死したのに降伏もせず、悪魔たちに敵を任せて逃亡とはな……モナ殿、侵入して来た悪魔たちを一掃したらそのまま進軍する。恐らく奴らが主塔に向かったはずだ」

「わ、分かりました」

「既に指揮官であるベレマスは死んだ。主塔まで進軍し、逃げ道を塞げばさすがの奴らも降伏するだろう」

「ハ、ハイ!」


 モナはダークがベレマスを瞬殺したことに未だに驚いているのか、少し動揺した口調で返事をする。そしてすぐにマルゼント兵たちや黄金騎士たちに指示を出して広場に侵入してきた悪魔族モンスターたちの相手をさせた。

 悪魔族モンスターの数はそれほど多くなかったため、ダークたちはすぐに悪魔族モンスターたちを全滅させることができた。全滅させた後、ダークたちはすぐに主塔を目指して進軍を開始し、魔族軍の部隊と一度も遭遇することなく主塔まで辿り着く。

 ダークはマルゼント兵や黄金騎士たちで主塔を取り囲み、立て籠もる魔族軍に降伏を要求する。マルゼント兵たちは抵抗するかもしれないと予想していたが、ダークの読みどおり、指揮官を失い、主塔にまで攻め込まれたことで魔族兵たちの士気は大きく低下しており、立て籠もっていた魔族軍はアッサリと降伏した。

 その後、増援要請を受けた本拠点の魔族軍がガロボン砦に辿り着くも、既にガロボン砦はマルゼント王国軍の手によって解放されていたため、ベレマスたちが負けたと知った増援部隊はやむを得ず本拠点の神殿に退却した。


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