第二百七十一話 ダークの進撃
ガロボン砦の会議室に集まるベレマスと部隊長である魔族兵たちは一人の女魔族兵を見ながら目を見開いており、女魔族兵は表情を曇らせながらベレマスたちを見ていた。
「……それは間違いないのか?」
「ハイ……」
部隊長である魔族兵の問いに女魔族兵が小さく俯きながら返事をすると、ベレマスや他の部隊長である魔族兵たちは驚きの反応を見せた。
数分前、ベレマスと部隊長である魔族兵たちはマルゼント王国軍をどのように迎え撃ち、撃退するかを話し合っていた。そこへ女魔族兵が慌てた様子で会議室に入り、マルゼント王国軍によって正門とその周囲が制圧されたことを報告してきたのだ。
最初は何かの間違いだろうと魔族兵たちは思っていたが、女魔族兵の様子から徐々に真実だと感じ始め、本当に正門はマルゼント王国軍に制圧されたのだと悟った。
「どういうことだよ! この砦の動ける戦力が増援として正門に向かったはずだろう!?」
魔族兵たちが悟る中、ベレマスだけは信じられないのか、大声でガロボン砦の動かせる戦力を増援として送ったことを確認する。増援部隊が正門に送ったことで防衛力が強化され、正門の防衛部隊はマルゼント王国軍を返り討ちにするとベレマスは確信していた。
ところが正門が突破され、その周囲が制圧されたと聞かされたため、ベレマスは納得することができずにいる。怒鳴るベレマスに女魔族兵はビクッと反応し、気まずそうな顔でベレマスを見た。
「ほ、報告では人間軍が正門を突破した直後、二個中隊の増援部隊が正門の防衛部隊と合流し、人間軍と交戦したとのことです。ですが、人間軍を押し戻すことはできずにそのまま……」
「は? 二個中隊って言ったら五百くらいの戦力があるはずだよね?」
「ハイ、正門の防衛部隊は四百ですので、増援の二個中隊と合流すれば九百になります」
「……それって、九百の戦力でも人間軍に勝てなかったってこと?」
ベレマスは呆然とした表情を浮かべながら女魔族兵に尋ねる。女魔族は何も言わず、ただ無言で俯いていた。それを見たベレマスや周りの魔族兵たちは更に目を見開いて驚く。
「どういうことだ、情報では最初に攻め込んできた人間軍の戦力は五百程度のはず。こちらは四百近く上回っている戦力だというのに、正門を制圧されたというのか?」
「いくら敵戦力の中に警戒すべき黄金の騎士や長身の騎士がいるとしても、九百の部隊に勝つなど……」
「だが、現に人間どもは正門を突破し、防衛部隊は壊滅しているのだ」
部隊長である魔族兵たちはそれぞれ思い思いの言葉を口にしながら現状を受け入れようと考える。ベレマスも部隊長たちの話を聞いてようやく信じたのか、奥歯を噛みしめながら悔しそうな顔をしていた。
女魔族兵はベレマスや魔族兵たちの反応を見ながら少し困ったような表情を浮かべる。指揮官や部隊長たちが悩み、苛立ちを露わにしている中、自分はどうすればよいのか、どんな反応を見せればいいのか分からずにいた。
しばらく黙り込んで悩んでいた女魔族兵はとりあえず、まだ伝えていないことを伝えることにし、ベレマスたちを見ながら静かに口を開いた。
「そ、それと、人間軍は現在、正門前の広場に陣を組みながら進軍の準備を行っています。平原に待機していた残りの敵部隊も合流したとのことです」
「クッ、敵の戦力全てが正門に集まったか……我が軍の現状はどうなっている?」
「我々がいるこの主塔を護る防衛部隊や正門から此処に向かうための道中に配備された部隊以外の戦力はほぼ全て正門に向かっています。悪魔たちも動かせるものは全て人間軍の殲滅に向かわせました」
自軍の詳しい状況を聞いた魔族兵たちは難しい顔をしながら考え込む。正門が突破されてしまった以上、今の自分たちがやるべきことはこれ以上の進軍を許さず、突入してきたマルゼント王国軍を倒すことだけだ。
「ベレマス殿、いかがいたしますか?」
魔族兵の一人がベレマスに声を掛けると、ベレマスは目を鋭くしながら机の上にあるガロボン砦の全体図が描かれた羊皮紙を見つめる。
「とりあえず、このまま動ける部隊を正門に向かわせろ。もしそれで人間どもを倒すことができないのなら、各防衛部隊の戦力の一部、特に中級悪魔や優秀な兵士を増援として送り込めばいい」
「しかしそれではその防衛部隊の戦力が低下してしまいます」
「だったらこの主塔を護る部隊や重要性の低い場所を護る部隊から戦力を送ればいいだけだよ。とにかく、これ以上人間どもを進軍させるわけにはいかないんだよ」
苛立ちが感じられる口調で語るベレマスに魔族兵たちは少し複雑そうな表情を浮かべる。
正門と突破されたことで正門の防衛部隊は壊滅し、魔族軍は多くの戦力を失った。しかもマルゼント王国軍には強力な力を持つ騎士が大勢いるため、魔族兵たちはガロボン砦にいる戦力だけではマルゼント王国軍を押し戻すのは難しいのではと感じている。
「……ベレマス殿、ゼム殿が仰っておられたように神殿の部隊に増援の要請をされた方がよろしいのではないでしょうか?」
「冗談じゃないね!」
ベレマスは魔族兵の提案に悩むことなく速攻で拒否する。予想以上に早く答えるベレマスに魔族兵たちは少し驚いた反応を見せた。
「まだ正門が制圧されただけで僕らが不利という状況じゃない。まだ戦力はこっちの方が上なんだ、残りの戦力を使って人間どもを叩きのめせばいいだけだ!」
「で、ですが……」
「そもそもこんなことでアイツに貸しを作るなんて御免なんだよ」
戦況よりもプライドを優先するベレマスに魔族兵たちは心の中で呆れていた。指揮官としての技術は優秀なベレマスだが、大人げない性格から今回のようなに自分の立場を優先的に考えることがよくあり、魔族兵たちは度々困らされていたのだ。
「とにかく、まだ僕たちは負けたわけじゃないんだ。このまま戦いを続ける、いいな?」
「分かりました……」
苛立ちを感じさせるような口調で語るベレマスを見ながら魔族兵は頷く。他の魔族兵たちも指揮官であるベレマスがガロボン砦の戦力だけで戦うと決めた以上、それに従うしかなかった。
話を聞いていた女魔族兵は複雑そうな顔でベレマスたちの話を聞いており、このまま戦って自分たちは勝てるのか、と小さな不安を感じている。そんな女魔族兵に部隊長の魔族兵が声を掛けた。
「防衛部隊以外の部隊に正門へ向かい、正門とその周囲を解放するよう伝えろ。それと中級悪魔を動かせるようにしておけと指示を出せ」
「ハ、ハイ!」
女魔族兵は返事をすると会議室を後にし、女魔族兵が去ると魔族兵たちは再びマルゼント王国軍とどう戦うか話し合いを始める。ベレマスは正門を制圧し、自分が管理するガロボン砦を解放しようとするマルゼント王国軍を不愉快に思いながら魔族兵たちの話を聞いていた。
その頃、正門前の広場ではマルゼント王国軍が状況の確認やガロボン砦の奥へ進軍するための部隊編成などを行っており、広場の周辺では防衛線を張って魔族軍の攻撃を警戒していた。
広場の中央ではダークたちが机を囲み、机の上にあるガロボン砦の全体図を見てどうやって砦を解放するか話し合っている。彼らの近くでは編成し終えた部隊がダークたちを見ながら待機していた。
「ダーク陛下たちのおかげで我々は無事に砦に入ることができました。ですが、敵も正門を解放するために砦中の戦力を此処に向かわせるはずです。時間を掛ければ掛けるほど我々が不利になってしまいます。ですから短時間て砦の主塔へ向かい、そこにいるであろう敵指揮官のベレマスを捕獲、もしくは討伐しなくてはなりません」
ダンバはダークたちを見ながら自分たちが何をするべきなのか語り、ダークたちはそれを黙って聞いている。
ダークたちがダンバの方を見ながら話を聞いていると、ダンバの隣に立っているモナが待機している部隊の方を向いて口を開いた。
「拠点の防衛部隊と物資が保管されている倉庫区を制圧する部隊の編成は既に完了しています。残る進軍部隊ですが、敵が多い砦の最深部へ向かい、短時間で主塔を制圧するため、余っている戦力全てで編成したいと思います」
「ああ、それがいいだろう」
モナの考えにダンバは賛成し、ダークたちも異議は無いらしく無言でモナを見ている。
「それで、その進軍部隊の指揮を執る方ですが……」
「それは私が引き受けよう」
ダークが自ら進軍部隊の指揮官を引き受けると進言し、モナたちは視線をダークに向ける。
アリシアたちはダークがいればあっという間に主塔を制圧してくれるだろうと考えており、何も言わずにダークを見ている。モナとダンバも既にダークの実力を理解しているため、反対する様子は見せなかった。
「よろしいのですか?」
「ああ、主塔にはイセギー村に星を降らせたベレマスもいるはずだからな。どんな奴なのかこの目で見てみた」
「……分かりました、ただ私も同行させてください。我が国の戦争で毎回他国の人間だけが前線に出ると言うのは問題ですから、今回は私も前線に出て陛下と共に戦います」
「それは貴公の自由だ、好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
同行を許可されたモナは軽く頭を下げて礼を言う。ダークも同行されて困る理由も無いので、モナが行きたいと言うのならそれで構わないと思っていた。
ダークが進軍部隊の指揮を執ること、モナがダークと同行することが決まり、次に他の部隊とアリシアたちをどうするのかについて話し合いを始める。
「防衛部隊の指揮はダンバが執りますので、アリシア殿たちには防衛部隊と物資を確保する部隊に加わっていただきます。ノワール君とレジーナさん、ファウさんは防衛部隊に加わり拠点を護ってください」
「分かりました」
「りょ~かい」
「ハイ」
拠点の防衛を指示され、ノワールとレジーナ、ファウはそれぞれ返事をした。
「アリシアさんは倉庫区を制圧して物資を確保する部隊の指揮を執ってください。こちらが物資を確保すれば魔族軍は武具や魔法薬などの補給ができなくなり、戦闘が困難になるはずです」
「承知した」
「ジェイクさんとマティーリアさんはアリシアさんと共に物資の確保をお願いします」
モナはジェイクとマティーリアにアリシアとの同行を指示し、二人はモナを見ながら頷く。結果、進軍部隊にはダークとモナ、防衛部隊にはノワール、レジーナ、ファウ、ダンバが、物資の確保部隊にはアリシア、ジェイク、マティーリアが参加することなった。
最も敵の数が多い最深部を目指す進軍部隊に高レベルの実力者を多く回すべきだと普通は考えるが、ダークがいるのならダークとモナの二人だけでも問題無いとアリシアたちは思っていた。
全員の配置が決まり、ダークたちは次に進軍経路などについて話し合いを始める。効率よく、短時間でガロボン砦を解放するには進軍経路もしっかりと決めておく必要があった。
モナはガロボン砦の全体図を指でなぞりながら各目的地の最短経路をダークたちに教え、ダークたちは経路やその途中にある広場などをしっかりと確認しながら全体図を見ている。そして経路を確認し終えると、ダークたちは顔を上げて机を囲む仲間たちの顔を見た。
「この砦を解放できれば魔族軍の本隊がいる神殿を解放するための拠点にすることができます。そして、神殿を解放した時、我々は魔族軍に勝利します。魔族軍に勝つためにも、この砦を必ず解放します。皆さん、頑張ってください!」
最後の戦いが目前まで近づいて来ていることを話し、モナはダークたちに向かって力の入った声を出す。それを聞いたダークたちもモナの方を向いて真剣な表情や態度を見せる。
その後、話し合いが終わるとモナとダンバはすぐに進軍部隊の編成を行い、編成が済むとダークはモナと共に主塔を目指して進軍を開始する。
アリシアもジェイクとマティーリアを連れて物資が保管されている倉庫区へ向かって進軍し、ノワールたちは魔族軍の攻撃を警戒しながら拠点である広場の防衛についた。
拠点を出発した進軍部隊はダークを先頭に大きな一本道を真っすぐ進み、ガロボン砦の最深部にある主塔を目指す。ダークの隣にはモナが歩いており、その後ろを大勢のマルゼント兵と騎士、魔法使い、黄金騎士と巨漢騎士が隊列を組んで移動している。
人数は他の部隊と比べて遥かに多く、魔族軍に占領されている砦の中を移動しているためいつ魔族軍に見つかってもおかしくない。マルゼント王国の者たちは魔族軍と遭遇してもすぐに戦えるよう警戒しながら進軍した。
「ダーク陛下、このまま進めばもう間もなく訓練場がある広場に出ます。恐らく魔族軍の防衛部隊が防衛線を張っているかと……」
「訓練場がある広場か、となるとかなりの広さがありそうだな?」
「ええ、私たちが拠点として使っている広場と比べれば小さいですが、それでもかなりの人数が入れる広さだそうです」
「そうか、では大量の悪魔が待ち伏せしているはずだ。警戒を強くするよう皆に……」
ダークが前を見ながら喋っていると突然立ち止まり、モナもつられて足を止める。後ろにいたマルゼント兵たちも先頭のダークが止まったことで次々と停止し、不思議そうに前を見た。
「ダーク陛下、どうされましたか?」
「……どうやら敵は私たちが来るのを待っていられなかったようだ」
「え?」
理解できないモナはダークが見ている方角を確認すると、数十m先に大量の悪魔族モンスターを従える魔族兵たちの姿があり、それを見たモナとマルゼント兵たちは表情を鋭くした。
「恐らく正門を解放するために送り込まれた部隊だろう。正門に向かっているところ、偶然進軍する我々と鉢合わせしたという感じだな」
「そのようですね」
モナは持っている羽扇を構え、ダークも背負っている大剣を抜く。二人の後ろにいるマルゼント兵たちや黄金騎士たちも戦闘態勢に入り、魔族軍もダークたちを睨みながら戦う態勢に入った。
ダークたちは魔族軍の指揮官がいる主塔を目指し、魔族軍はマルゼント王国軍が制圧した正門を目指している。どちらも自分たちの拠点を護りながら敵が拠点としている場所に向かっているため、途中で進軍する敵と遭遇すれば自分たちの拠点に近づかせないために排除しようとするだろう。ダークたちと魔族軍も目の前の敵を必ず倒そうと考えている。
「魔族軍も戦闘態勢に入りました。どう戦いますか?」
「そうだな……」
ダークは魔族軍を見ながら数秒間黙り込み、しばらくすると大剣を右手で持ちながら足の位置を少しだけ動かす。
「私が一人で相手をする。モナ殿は兵士たちと共に待機していてくれ」
「え? 陛下お一人でですか?」
モナは一人で戦おうとするダークを見て少し驚いた反応を見せる。ダークとモナの近くにいたマルゼント兵たちもダークの言葉を聞いて目を見開いていた。
「ああ、この先では奴らより大規模な敵部隊と遭遇することになる。ソイツらと戦うまで貴公らには体力を温存してもらわなくてはならない。だから奴らは私一人で片付ける」
「し、しかし、それでは逆にダーク陛下の体力が……」
「心配するな、あの程度の敵を相手にして動けなくなるほど私は虚弱ではない」
そう言うとダークは魔族軍の方を向いて両膝を少しだけ曲げた。
「脚力強化」
能力を発動させ、ダークは自身の移動速度とジャンプ力を強化した。そしてその直後、ダークは地面を蹴り、もの凄い勢いで魔族兵たちに向かって跳ぶ。
ダークがとんでもない速度で魔族軍に向かって行く光景を見たモナやマルゼント兵たちは驚き、魔族軍も跳んでくるダークを見て驚愕の反応を見せた。その間にダークは魔族軍に近づき、先頭にいる魔族兵に向かって大剣を振る。大剣を魔族兵の体を両断し、斬られた魔族兵は驚きの表情のまま倒れた。
魔族兵を斬ったダークは素早く大剣を横に振り、近くにいる魔族兵を二人、ブラッドデビルやマッドスレイヤーなどの下級の悪魔族モンスターを六体を斬った。仲間が倒される光景を見て魔族兵は距離を取るが、知能の低い下級の悪魔族モンスターたちは距離を取らず、ダークに一斉に襲い掛かる。
距離を取らずに襲い掛かってくる悪魔族モンスターを見て、ダークは心の中で悪魔族モンスターたちを愚かに思う。そして、大剣を素早く振って襲い掛かってきた悪魔族モンスターを全て斬り捨てた。
「な、何なんだこの人間は? たった一人で悪魔どもを次々と……」
ダークから距離を取った中年の魔族兵は焦りの表情を浮かべている。その隣では若い魔族兵が驚きながらダークが悪魔族モンスターたちを倒す光景を見ていた。
魔族兵たちが見ている中、ダークは次々と悪魔族モンスターたちを倒していく。近くにいる悪魔族モンスターを倒したダークは大剣を掲げ、剣身に黒い靄を纏わせる。
「黒瘴炎熱波!」
暗黒剣技を発動させたダークは大剣を勢いよく振り下ろし、剣身に纏われている黒い靄を一直線に放つ。靄は放たれた先にいる多くの悪魔族モンスターを呑み込み、靄に呑まれた悪魔族モンスターたちは断末魔の声を上げながら倒れる。
靄が消えた時、そこには体に僅かな靄を纏わせた悪魔族モンスターたちの死体だけがある。その光景を見た魔族兵や靄を受けずに済んだ悪魔族モンスターたちは驚きの反応を見せた。
「お、おい、どうするんだ!?」
悪魔族モンスターが大勢倒された光景を見た若い魔族兵が中年の魔族兵に声を掛けると、中年の魔族兵は驚いたまま若い魔族兵の方を向いた。
「お、落ち着け! と、とにかく、悪魔たちにあの騎士を倒させるんだ! あの強さから、恐らく奴が人間軍の指揮官のはずだ。奴を倒せば人間どもの士気が低下し、後退するかもしれない」
「わ、分かった。俺たちはどうする?」
「とりあえず悪魔たちの後ろまで下がる。もし戦況が悪くなったらすぐに防衛部隊のところに後退できるようにす……」
中年の魔族兵が喋っていると、彼の左側から大きな何かが飛んできて中年の魔族兵に当たり、そのまま飛んできた何かと一緒に飛ばされた。
若い魔族兵は中年の魔族兵が目の前から消えたことに一瞬呆然とするが、すぐに我に返って飛ばされた方を見る。そこにはブラックギガントの死体と飛ばされた先にある建物の壁に挟まれて息絶えている中年の魔族兵の姿があった。飛んできたブラックギガントの死体に巻き込まれ、そのまま壁に叩きつけられてしまったらしい。
驚いた若い魔族兵は慌ててブラックギガントの死体が飛んで来た方を見る。そこには大剣を振り下ろす体勢を取っているダークの姿があり、魔族兵はブラックギガントの死体を飛ばしたのがダークだとすぐに気付いた。
ダークは体勢を直して周囲の悪魔族モンスターたちの様子を窺う。既にダークの足元には多くの悪魔族モンスターの死体が転がっており、悪魔族モンスターたちはダークを恐れているのか少しずつ距離を取り始めていた。
「マティーリアが言っていたとおりだな。仲間が大勢殺されたのを見てようやく自分たちよりも強者であることを理解できるほど知能の低い……忠実であってもただ敵と戦うことしかできな存在ということか」
周りにいる悪魔族モンスターたちを哀れに思いながらダークは大剣を構え直す。悪魔族モンスターたちは構えるダークを睨みながら警戒した。
「お、お前たち、何をしてるんだ! さっさとその騎士を八つ裂きにしろぉ!」
若い魔族兵は悪魔族モンスターたちに力の入った声で指示を出す。ダークたちが遭遇した部隊にはもう彼しか魔族兵がいないため、悪魔族モンスターに命令を出せるのはその若い魔族兵だけだった。
だが、魔族兵が攻撃命令を出しても悪魔族モンスターたちはダークを警戒しているため、攻撃を仕掛けようとはしなかった。
ダークは遠くで悪魔族モンスターたちに指示を出す魔族兵を見て、正門前の広場を制圧する時に遭遇した魔族兵たちのことを思い出し、目を薄っすらと赤く光らせる。
「……どうやら殆どの魔族が悪魔たちを使い捨ての駒としか見ていないようだな。いくら大量の悪魔を召喚できる魔法が使えるからと言って、迷うことなく悪魔たちに特攻をさせるとは……」
悪魔族モンスターたちを道具のようにしか扱わない魔族兵たちを見てダークは呆れたような口調で呟く。
ダークも英霊騎士の兵舎で大量の騎士を召喚して戦場で戦わせたりするが、ダークは負けると分かっていて敵に突撃させるようなことはしない。貴重な戦力を無駄に死なせることはダークにとっては非常に馬鹿げた行為だからだ。そんな馬鹿げた行為を平気で行う魔族兵たちを見てダークは愚かに思った。
「何をやってるんだ! 早く攻撃しろ!」
いつまで経っても攻撃をしない悪魔族モンスターたちを見て魔族兵は徐々に苛立ちを見せ始める。そんな中、悪魔族モンスターたちの中から一体のオックスデーモンが前に出てダークを見下ろす。ダークは現れたオックスデーモンに気付くとゆっくりとオックスデーモンの方を向く。
「調子に乗り過ぎたな人間、我が同胞を殺した罪、その命で償ってもらうぞ」
「オックスデーモンか……中級悪魔の自分なら私に勝てると思っているのか? やめておけ、貴様でも私には勝てん」
「フン、傲慢な人間め。それが貴様のこの世での最後の言葉だ!」
オックスデーモンは持っている骨の斧をダークの頭上から勢いよく振り下ろす。魔族兵はオックスデーモンがダークに攻撃する姿を見て、これなら倒せると感じたのか笑みを浮かべていた。
ダークは真上から迫ってくる骨の斧を見上げながら大剣を頭上に持ってきてオックスデーモンの振り下ろしを大剣で止める。骨の斧と大剣がぶつかったことで周囲に高い金属音と衝撃が広がり、その光景を見たモナたちは目を見開き、オックスデーモンと魔族兵も驚愕の表情を浮かべた。
「ば、馬鹿な、オックスデーモンの斧を剣一本で止めるなんて、レベル60の人間でも難しいことだぞ。それをあの騎士、片手で簡単に……」
魔族兵はダークがオックスデーモンの振り下ろしを防いだのが信じられず震えた声を出す。だが、魔族兵以上に驚いていたのは攻撃をしたオックスデーモン本人だった。
自分よりも体が小さく、体力の劣る人間が悪魔族モンスターである自分の振り下ろしを止めたのだからオックスデーモンが驚くのは無理もなかった。
オックスデーモンがダークを見下ろしていると、ダークはゆっくりと上を向いてオックスデーモンの顔を見つめた。ダークと目が合ったオックスデーモンは思わず恐怖の表情を浮かべる。悪魔族モンスターである自分が人間に恐怖するなどあってはならないことだが、目の前にいる騎士からはとてつもない恐怖が感じられた。
「下級の悪魔たちは知能が低いため、自分たちよりも私の方が強いということに気付かなかった。だが、お前は知能がありながら私の方が強いということを理解できずに戦いを挑んだ、下級の悪魔たちとは別の意味で愚かだったか」
低い声でそう言ったダークは止めている骨の斧を大剣で払い、オックスデーモンに袈裟切りを放つ。オックスデーモンは体を斬られ、傷口から血を拭き出しながら後ろに倒れる。オックスデーモンが倒れる際、後ろにいた数体の下級の悪魔族モンスターたちはオックスデーモンの巨体の下敷きとなった。
オックスデーモンを倒したダークは軽く大剣を振り、視線を魔族兵に向ける。魔族兵はダークが自分の方を向いた瞬間に恐怖のあまりビクッと反応した。
「悪魔たちばかりに戦わせていないで、お前たち魔族も前に出て戦ったらどうだ?」
「な、何だと……」
大きな声で話しかけてきたダークに魔族兵は小さく声を漏らす。
ダークは魔族兵に向かってゆっくりと歩き出し、近づいて来るダークを見た魔族兵は思わず剣を構える。すると、魔族兵に向かって歩き出したダークの背後に二体のビーティングデビルが回り込み、持っているモーニングスターでダークに襲い掛かろうとした。
ダークは背後からビーティングデビルたちが攻撃しようとしていることに気付くと、素早く振り返ってビーティングデビルたちを斬る。攻撃が終わるとダークはすぐに魔族兵の方を向いて再び歩き出し、その直後にビーティングデビルたちの体に大きな切傷が生まれ、そこから血を拭き出しながら倒れた。
背後からの攻撃も通用しないのを見た魔族兵は恐怖の表情を浮かべ、悪魔族モンスターたちもようやくダークには勝てないと悟ったのか動かなくなった。
「何時までも悪魔たちの背後に隠れていないで、戦ったらどうだ? それでも貴様は魔族軍の兵士か?」
魔族兵を挑発しながらダークは徐々に魔族兵との距離を縮めていく。魔族兵は剣を両手で握りながら奥歯を噛みしめ、微量の汗を流している。
しばらく近づいて来るダークを見つめていた魔族兵はもう逃げることができないと判断したのか、ダークを睨み付け、持っている剣を真っすぐに構えながら声を上げて走り出す。
ダークは猪のように正面から向かって走ってくる魔族兵を見て、周囲には聞こえないくらい小さな溜め息をつく。
「愚かな、何も考えずに真正面から突っ込んで来るとは、新兵でも取らない愚行だ」
魔族兵を哀れに思いながらダークは突っ込んできた魔族兵を大剣で斬り捨てる。魔族兵は険しい表情を浮かべなら崩れるように倒れ、二度と動くことはなかった。
ダークが魔族兵を倒すと、悪魔族モンスターたちはざわつき出す。悪魔族モンスターたちの近くにはもう指示を出す魔族兵も知能が高い中級の悪魔族モンスターもおらず、どうすればいいか分からずに混乱し始めた。
やがて悪魔族モンスターたちは来た道を戻ったり、空高く飛び上がったりなどして逃げ始め、ダークの前から少しずついなくなっていく。ダークに対する恐怖があるためか、悪魔族モンスターたちはダークやモナたちを攻撃しようとはしなかった。
「片付き、ましたね……」
「ええ、そうですね……」
戦いを見ていたマルゼント兵の言葉にモナは小さく頷く。苦戦することも無く、疲労も見せずに敵部隊を倒してしまったダークを見て、モナたちは改めてダークは自分たちよりも遥かに強いのだと理解した。
モナたちがダークの強さに驚いていると、ダークが大剣を背中に納めながらモナたちの下へ歩いて来た。
「待たせたな」
「い、いえ、私たちでしたらもっと時間が掛かっていた戦いをダーク陛下は僅かな時間で勝利されました……感服しました」
「いや、ノワールならもっと早く勝利することができただろう。しかも敵を一体も逃がさずにな」
「そ、そうなのですか……」
ダークの言葉にモナはまばたきをしながら呟く。ノワールはセルフストの町で未知の魔法を使い、多くの悪魔族モンスターを一瞬で倒したため、本当にダークよりも早く敵を倒すことができるのかもしれないとモナは感じていた。
モナやマルゼント兵が様々な表情を浮かべながらダークを見ていると、ダークはゆっくりと振り返って進軍する方角を向いた。
「さて、次の敵部隊が来る前に先へ進むとしよう」
「……そうですね、この先の広場には防衛部隊がいるはずですから、できる限り急ぎましょう」
ダークと同じ方角を見ながらモナは真剣な表情を浮かべて頷く。折角ダークが自分やマルゼント兵たちの体力を温存させてくれたのに、これ以上魔族軍と戦闘が起きればダークの好意を無駄にすることになってしまう。モナはそれだけは絶対に避けなければと思っていた。
マルゼント兵たちも気を引き締め直し、マルゼント兵たちの様子を確認したダークは前を向いて歩き始め、モナもそれに続いて歩き出す。マルゼント兵たちも隊列を崩さないように進軍を再開した。