第二百七十話 正門制圧
平原からガロボン砦の様子を窺っていたマルゼント兵たちは驚いていた。本当に五百程度の戦力で正門を破り、砦内の突入してしまったのだから無理もない。しかし、一部の者はダークたちなら正門を突破すると信じていたのか驚くのと同時に興奮の声を漏らしていた。
マルゼント兵たちが驚く中、モナとダンバはやはりやってくれた、と小さく笑いながらガロボン砦の正門を見ていた。周りにいる部隊長らしきマルゼント騎士たちもおおぉ、と言う顔をしながら砦を見つめている。
「やはり、ダーク陛下たちは正門を突破してくれたか」
「ええ、既に部隊全てが砦の中に入りました。すぐに正門の周囲を制圧してくださるでしょう」
モナはダークたちが魔族軍を圧倒していると信じ、笑みを浮かべる。そんなモナを見たダンバも同感だ、と言うように小さく頷く。
マルゼント兵たちは驚きの表情を浮かべたまま正門を見ていた。だが、しばらくすると驚いていたマルゼント兵たちの中に笑みを浮かべる者が出てくる。自分たちが優勢であることを改めて理解し、士気が高まってきたようだ。
必ずガロボン砦を解放できる、マルゼント兵たちは笑みを浮かべながら仲間同士で話し合う。その光景を見たモナとダンバは士気の低下は心配ないと感じた。
「これなら砦に突入しても問題無く魔族軍と戦えるでしょう」
「そうだな……ところで、私たちはこれからどうする?」
「まだダーク陛下から正門の周囲を確保した合図はありません。合図があるまでこのまま待機していましょう」
合図があるまでは何もせずに待機、そうモナから聞かされたダンバは無言で頷く。視線をガロボン砦に向けたダンバは腕を組み、モナも羽扇を握りながらその時を待つ。
同時刻、ガロボン砦の正門の内側にある広場では、ダークたちが広場に配備されていた魔族軍の防衛部隊と戦い続けている。戦況は勿論、ダークたちが優勢だった。
黄金騎士や巨漢騎士、モンスターたちは次々と襲い掛かってくる悪魔族モンスターを返り討ちにし、ダークたちも得物を振り回して悪魔族モンスターを倒していった。
「流石は最終防衛線と言うだけあって、敵の抵抗も激しいわね」
「当然だろうな、此処を突破されちまったら敵の本拠点は目と鼻の先なんだからよ」
「敵は文字通り、死守する気でおるじゃろうな
レジーナ、ジェイク、マティーリアは仲間に背を向けながら得物を構え、それぞれ違う方向を向いている。そんな三人の周りをヘルハウンドやフェイスイーターなどの下級の悪魔族モンスターたちが取り囲んでいた。
三人は目の前にいる悪魔族モンスターを睨みながら警戒する。すると、マティーリアの正面にいた二体のヘルハウンドがマティーリアに向かって走り出し、マティーリアは向かってくるヘルハウンドに向けて炎を吐いた。炎を受けはヘルハウンドは火だるまになり、そのまま動かなくなる。
マティーリアがヘルハウンドを返り討ちにすると、それを合図にしたかのようにレジーナとジェイクが悪魔族モンスターに向かって走り出す。マティーリアも二人に遅れる形で自分の正面にいる悪魔族モンスターに向かって走った。
レジーナは走りながらテンペストを振り、迫ってくる悪魔族モンスターを倒していく。レベル60のレジーナの攻撃力は高く、ほぼ全ての悪魔族モンスターを一撃で倒していった。
「普通に攻撃してもあたしは勝てないわよ」
余裕の笑みを浮かべながらレジーナは悪魔族モンスターたちを挑発する。すると、上空からブラッドデビルとビーティングデビルがレジーナに向かって急降下してきた。レジーナは急停止して迫ってくる悪魔族モンスターたちを見上げると、剣神の指輪の力を発動させる。テンペストの剣身が白い靄を纏い、それを確認したレジーナはテンペストを素早く横に二回振って斬撃を放つ。
二つの斬撃は迫ってくるブラッドデビルとビーティングデビルの体を腹部から両断し、斬られた悪魔族モンスターたちはそのまま落下する。悪魔族モンスターたちの死体を見たレジーナはよし、と言いたそうに頷く。
レジーナがテンペストを構え直して周囲の悪魔族モンスターたちを警戒していると、レジーナの目の前に一体のオックスデーモンが回り込み、骨の斧を振り上げてレジーナに攻撃しようとする。レジーナは目を鋭くしてオックスデーモンを睨む。
「正面から攻撃なんて、あたしも舐められたものね!」
力の入った声を出しながらレジーナはテンペストを逆手に持ち替え、テンペストに気力を送って剣身を緑色に光らせる。
「天風斬!」
戦技を発動させたレジーナは地面を強く蹴ってオックスデーモンに向かって跳ぶ。そして、オックスデーモンの右側を通過する瞬間にテンペストでオックスデーモンの右脇腹を切り裂く。
脇腹を切られたオックスデーモンは苦痛の声を上げながら振り上げていた骨の斧を落とし、そのまま前に倒れた。レジーナはテンペストを順手に持ち替えてオックスデーモンを倒したのを確認すると周囲にいる悪魔族モンスターを見回す。
「さて、悪魔はまだまだいるわけだし、気合い入れますか」
まだ体力には余裕があるのか、レジーナはニッと笑いながらテンペストを構える。そんなレジーナを周りにいる悪魔族モンスターたちは鋭い目で睨んでいた。
レジーナから少し離れた所ではジェイクが二体のブラックギガントと向かい合ってタイタンを構えている。二体のブラックギガントを前にしているにもかかわらず、ジェイクは焦りを見せることなくブラックギガントたちを見上げていた。
「中級の悪魔が二体か……これはちいとばかり本気を出した方が良さそうだな」
ジェイクが視線だけを動かしてブラックギガントたちの立ち位置を確認していると、右側のブラックギガントがジェイクに向かって右ストレートを放ってきた。
攻撃に気付いたジェイクはブラックギガントの方を向きながら右へ移動して攻撃をかわし、攻撃してきたブラックギガントの右前腕部をタイタンで斬る。右腕を切られたブラックギガントは断末魔の声を上げながら切られた箇所を左手で押さえた。そこへジェイクがタイタンを勢いよく横に振って追撃し、ブラックギガントの左脇腹を切り裂く。
左脇腹を切られたブラックギガントはそのまま後ろに倒れ、そのまま動かなくなる。一体目を倒したジェイクは軽く息を吐き、すぐにもう一体の方を向く。残っているブラックギガントはジェイクを睨みながら右フックを放つ体勢を入っていた。
「甘いぜ!」
そう言ったジェイクはエルメスの光輪の能力を発動させ、一瞬にしてブラックギガントの背後に移動する。ブラックギガントは視界から消えたジェイクに驚き周囲を見回すが、ジェイクが背後に回り込んでいることには気づかなかった。
「鋼砕重撃刃!」
ジェイクは自分を探すブラックギガントを見つめながら戦技を発動させる。タイタンの刃が黄色く光ると、ジェイクはジャンプしてブラックギガントの背中をタイタンで斬った。
背中から伝わる痛みにブラックギガントは叫び声を上げ、轟音を立てながら俯せに倒れて動かなくなる。着地したジェイクはブラックギガントの死体を見ながらタイタンを肩に担いだ。
「よし、この調子で次も片付けるか」
ジェイクは周囲を見回していると三体のヘルハウンドがジェイクの前に現れる。次の敵が現れるとジェイクは素早くタイタンを構え直した。
広場の左端にある見張り小屋の近くではマティーリアがジャバウォックを振りまわして悪魔族モンスターたちを蹴散らしている姿があった。そしてその近くではファウが悪魔族モンスターたちと戦っている。最初は距離を取って戦っていた二人だが魔族軍と戦っている内にいつの間にか合流していたのだ。
マティーリアは地上にいる悪魔族モンスターはジャバウォックで斬り捨て、空中から襲ってくる悪魔族モンスターは炎を吐いて迎撃していた。既にマティーリアの周りには多くの悪魔族モンスターの死体が転がっている。
「どうした、もう終いか!」
ジャバウォックを担ぎながらマティーリアは悪魔族モンスターたちに向かって叫ぶ。マティーリアの周囲にはマッドスレイヤーやフェイスイーターなどが集まっており、全ての悪魔族モンスターがマティーリアを睨んでいる。
だが、マティーリアに多くの仲間を倒されたことで警戒しているのか、攻撃は仕掛けて来なかった。マティーリアは自分を取り囲むだけで一向に攻撃してこない悪魔族モンスターたちを見て呆れ顔で鼻を鳴らす。
「まったく、大勢の仲間が殺されたのを見てようやく相手が自分よりも強いと理解するとは、所詮は知能の低い下級悪魔か……」
悪魔族モンスターたちの愚かさにマティーリアは肩を竦めながら呆れる。すると、彼女の背後から一体のマッドスレイヤーが大きく口を開けて襲い掛かろうとしていた。
マッドスレイヤーの存在に気付いたマティーリアは慌てずに振り返り迎撃しようとする。すると、マッドスレイヤーの左側から黒い光球が飛んできてマッドスレイヤーの側面に命中して爆発、マッドスレイヤーを大きく吹き飛ばした。
マティーリアはマッドスレイヤーが飛ばされたことに少し驚き僅かに目を見開く。光球が飛んで来た方を見ると、少し離れた所でサクリファイスを横に振る体勢をしたファウの姿があった。どうやらファウが暗黒剣技の魔空弾を放って攻撃したようだ。
「大丈夫ですか、マティーリアさん?」
モナはマティーリアが自分の方を向くとマティーリアに聞こえるよう力の入った声を出して尋ねる。マティーリアはモナを見ながらジャバウォックを肩に担ぎ、空いている左手を軽く振った。
「大丈夫じゃ、助かったぞ」
余裕でマッドスレイヤーを返り討ちにできたが、折角ファウが助けてくれたのでマティーリアは余裕だったことは言わずに礼を言う。ファウは手を振るマティーリアを見ながらサクリファイスを下ろす。
「油断しないでください。敵も動ける戦力を全てこの正門前の広場に集めているはずですから、まだ沢山の悪魔が来ますよ」
ファウが忠告をすると、マティーリアは僅かに目元をピクリと動かす。いくら助けてもらったとは言え、余裕があったのに油断していると思われたことで少しカチンときたようだ。
マティーリアはファウをジト目で見つめながら言い返そうとする。すると、何かに気付いたマティーリアはファウの方を向き、ジャバウォックに剣身に黒い靄を纏わせ、ファウの方に向かって勢いよくジャバウォックを突き出す。突き出された直後に剣身に纏われていた靄が一直線にファウの方へ飛んでいき、ファウの左側面を通過する。
いきなり自分に向かって靄が放たれたことにファウは目を見開いて驚く。すると、背後から鳴き声が聞こえ、ファウは後ろを向いた。そこには黒い靄に包まれた苦しむブラッドデビルの姿があり、ブラッドデビルは苦痛の声を上げながら仰向けに倒れる。
実はマティーリアはファウに言い返そうとした時にブラッドデビルが背後からファウを襲おうとしていることに気付き、ファウを助けるために靄を放ったのだ。
ファウはブラッドデビルが自分を襲おうとしていたことに気付いて目を見開き、マティーリアはジャバウォック再び担いで呆れ顔を浮かべる。
「お主こそ、油断するでないぞ?」
「ア、アハハハ……」
先程マティーリアに油断するなと忠告したばかりなのに自分が助けられた現状にファウは苦笑いを浮かべる。マティーリアも今のでファウに仕返しができたため、二ッと笑みを浮かべていた。
マティーリアが笑いながらファウを見ていると、背後から二体のマッドスレイヤーが鳴き声を上げながら飛び掛かってくる。するとマティーリアの顔から笑みが消え、鋭い表情で振り返りながらジャバウォックを横に振った。飛び掛かってきたマッドスレイヤーたちはジャバウォックに腹部を横から両断され、死体は地面に落ちる。
「敵が背を向けた途端に襲い掛かるとは、知能が低いくせにこういったずる賢いことはできるのじゃな?」
卑劣な行動を取る悪魔族モンスターに呆れるマティーリアは襲ってきたマッドスレイヤーの死体を睨みながら呟く。そんな中、周りにいる他の悪魔族モンスターたちも再び攻撃しようと動き始めた。
マティーリアはジャバウォックを構え直してゆっくりと自分に近づいて来る悪魔族モンスターたちを見つめた。ファウの周りにも悪魔族モンスターたちが集まり、ファウは素早くサクリファイスを構える。
「広場を確保するにはまだ時間が掛かりそうですね」
「ウム、外にいるマルゼント王国軍を呼ぶためにもさっさと片づけるぞ」
「ハイ」
返事をしたファウは目の前にいるブラックギガントを睨みながら足の位置を変え、マティーリアも正面にいる三体のヘルハウンドを見つめながらジャバウォックを握る手に力を入れる。
二人は悪魔族モンスターたちが自分たちの間合いに入った瞬間、自分たちの得物を大きく振った。
正門前の広場で戦闘が始まってから約ニ十分、広場にいた悪魔族モンスターはダークたちによって多くが倒され、既に四分の一程度しか残っていなかった。後方では魔族兵たちが悪魔族モンスターたちが倒されるのを見て驚きの表情を浮かべている。
「こ、こんな馬鹿な、短時間で半分以上の悪魔が倒されるとは……」
魔族兵の一人が声を震わせながら戦いを見ており、周りにいた別の魔族兵たちも驚愕の表情を浮かべながら見ていた。
最初は悪魔族モンスターたちがすぐに敵を全滅させてくれると思っていたが、黄金騎士や巨漢騎士たち、そしてレジーナたちが次々と悪魔族モンスターたちを倒していく光景を見てそんな考えは頭の中から消えてしまった。
悪魔族モンスターが倒され、少しずつ正門前の広場が制圧されていく戦況に魔族兵たちはどうすればいいのか必死に考える。だが、いくら考えても打開策は思い浮かばなかった。
「このままではこの広場が制圧されるのは時間の問題だ」
「どうする? 一度後退して奥を護る部隊と合流するか?」
「そうだな。この状況ではもう押し戻すのは不可能に近い。悔しいが一度後退して態勢を……」
態勢を整える、魔族兵の一人がそう言おうとした瞬間、前方からマッドスレイヤーとビーティングデビルの死体が飛んできて魔族兵たちの足元に落ち、魔族兵たちは突然飛んできた死体を見て驚いた。
魔族兵たちがオックスデーモンの死体を見ていると、大剣を肩に担ぐダークが歩いてくる。その隣にはフレイヤを握るアリシアもおり、二人に気付いた魔族兵たちは一斉に武器を構えた。
「悪魔たちが必死で戦っているのに魔族たちは戦いもせずに高みの見物か? 結構なご身分だな」
「き、貴様、何者だ! 人間軍の部隊長か!?」
「まぁ、そんなところだ」
ダークは面倒くさそう口調で魔族兵の質問に答える。魔族兵たちは現状から、マッドスレイヤーとビーティングデビルを倒したのは目の前の黒騎士だと考えた。
魔族兵たちは武器を握りながらダークとアリシアを睨み、二人は警戒する魔族兵たちをジッと見つめた。
「既にこの広場にいる悪魔はほぼ全て我々が倒した。もうお前たちに勝機は無い、抵抗はやめて投降しろ」
「ふ、ふざけるな! 私たちは人間如きに投降などしない。何よりも、こんな所で貴様ら人間に捕まる気もない!」
そう言って魔族兵の一人が剣を高く掲げる。すると、魔族兵たちの前に四体のデーモンメイジが突然現れてダークとアリシアの前に立ち塞がった。
現れたデーモンメイジたちにアリシアは目を鋭くしてフレイヤを強く握る。どうやら魔族兵が剣を掲げたのを合図に何処かに隠れていたデーモンメイジたちが二人の前に転移したようだ。
「部隊長が目の前に現れたのは好都合だ。お前を倒せば人間軍の士気と進軍速度が低下し、少しはこちらが優勢になる。その間に我々は増援を要請するために後退させてもらおう」
「……戦士の風上にも置けない奴だな」
アリシアは魔族兵に軽蔑の目を向けながら低い声で呟く。悪魔族モンスターに敵と戦わせ、自分たちは安全な後方へ下がるという魔族兵たちの考え方が彼女にとって見過ごせないくらい情けないことだった。
「黙れ! 貴様ら人間如きに我々魔族が敗北するなど許されないことなのだ。貴様ら人間を滅ぼすためならどんな手でも使ってやる!」
「やれやれ、なんとも見苦しい姿だな」
ダークは肩を竦めながら呆れ果て、そんなダークの反応を見た魔族兵はダークを睨みながら剣の切っ先をダークに向けた。
「デーモンメイジども、奴らを魔法で蹴散らしてしまえ! ただし、人間どもに見せつけるために頭だけは無傷の状態にしろ」
魔族兵が命じると四体のデーモンメイジは持っている杖の先をダークとアリシアに向け、杖の先から一斉に火球を放つ。
ダークと向かってくる火球を見て目を薄っすらと赤く光らせ、アリシアも目を鋭くして火球を睨む。そして火球が目の前まで迫ってくると、二人は大剣とフレイヤを素早く振って全ての火球を切った。
切られた火球は消滅し、その光景を見たデーモンメイジたちは驚きの反応を見せ、その後ろにいた魔族兵たちも目を見開いて驚いている。
「ば、馬鹿な、剣で火球を叩き切っただと!?」
「あ、あり得ん、人間如きが剣で魔法を防ぐなど……」
ダークとアリシアが難なく火球を防いだことが信じられない魔族兵たちは動揺を見せ、ダークとアリシアは動揺する魔族兵たちをただ黙って見つめている。レベル100のダークとアリシアにとって、中級の悪魔族モンスターが放つ魔法など幼い子供が投げる小石も同然だった。
魔族兵たちが動揺していると、デーモンメイジたちは再び杖をダークとアリシアに向けて魔法を放つ。今度は火球だけでなく水の矢や真空波、電気の矢なども放って攻撃するが、その攻撃もダークとアリシアは自分の得物を素早く振って簡単に防いだ。
一度ならず二度までも魔法を剣で防がれたのを見た魔族兵たちは言葉を失う。同時に最初に剣で魔法を切ったのはマグレなどではないと知り、目の前にいる二人の騎士は自分たちよりも遥かに強いと悟った。
「もう一度言うぞ? 無駄な抵抗はやめて投降しろ」
ダークは魔族兵たちに最後の警告をする。すると魔族兵たちは奥歯を噛みしめて一歩後ろのが上がり、前に立つデーモンメイジたちを見ながら口を開いた。
「お前たち、俺たちが逃げ切るまでソイツらを足止めしろ!」
この場にいるのは危険だと判断したのか、魔族兵はデーモンメイジたちにダークとアリシアの足止めを命じ、正門とは正反対の方角に向かって走り出す。周りにいた他の魔族兵たちもその後に続くように走り出した。
デーモンメイジたちに敵を任せて自分たちは逃げるという最低な行動を取る魔族兵たちを見てダークとアリシアは呆れ果てる。しかし当のデーモンメイジたちは不満などは見せず、ダークとアリシアを見つめながら杖を構えた。
「自分たちよりも弱い魔族に不満を見せずに従うとは、大した忠誠心だ」
ダークはデーモンメイジたちを見ながら呟き、中段構えを取る。アリシアも同じように中段構えを取ってデーモンメイジたちを見つめた。その直後、デーモンメイジたちを二人に向かって火球と真空波を放つ。
火球と真空波は二つずつダークとアリシアに向かって行き、二人はそれぞれ火球と真空波を一つずつ切って消滅させる。攻撃を防ぐとダークとアリシアはデーモンメイジたちに向かって走り出し、デーモンメイジたちは走ってくる二人を迎撃しようと火球を放つ。だが、ダークとアリシアは走りながら飛んでくる魔法を剣で全て切り、あっという間にデーモンメイジたちの前まで近づいた。
一瞬で目の前まで移動したダークとアリシアにデーモンメイジたちは驚きの反応を見せる。ダークとアリシアは驚いて隙ができているデーモンメイジたちを素早く斬り捨て、四体のデーモンメイジはその場に崩れるように倒れた。
デーモンメイジを倒したダークとアリシアは魔族兵たちが逃げた方を向く。既に魔族兵たちは100mほど離れた所まで移動していた。
「まだあそこか……追いかけるか?」
アリシアはダークに魔族兵を追撃するか尋ねる。例え敵が100m以上離れた所にいても、レベル100であれば一瞬で追いつくことができるため、アリシアは焦りを見せずに冷静な顔をしていた。
「いや、奴らはノワールに任せる。私たちは広場の制圧を続ける」
「そうか、分かった」
ダークは遠くにいる魔族兵たちを哀れに思いながら振り返って歩き出す。アリシアも魔族兵たちを睨みつけてからダークの後を追うように歩き出す。
逃げ出した魔族兵たちはデーモンメイジたちが倒されたことに気付きもせずひたすら走っていた。今はただ、危険な正門前の広場から一刻も早く抜け出すことだけを考えて魔族兵たちは走り続けている。
「急げ、早く後方部隊と合流して増援を要請するんだ!」
最初に逃げ出した魔族兵は周りにいる仲間たちに声を掛けながら走り、他の魔族兵も必死に走る。全速力で走り続け、あと50mで広場から出られる所までやって来た。もう少しで危険な正門前の広場から出られる、魔族兵たちはそう確信し笑みを浮かべる。
だが魔族兵たちが笑みを浮かべた直後、空から火球が降って来て魔族兵たちの数m前に落ちて爆発する。正面で起きた爆発に驚いた魔族兵たちは急停止し、驚きの表情を浮かべながら爆発が起きた場所を見つめた。
「な、何だ今のは!?」
「申し訳ありませんが、貴方がたを逃がすわけにはいきません」
突然聞こえてきた声に魔族兵たちは驚き、武器を構えながら周囲を見回す。すると、爆発が起きた場所の上空からゆっくりとノワールが降下し、地上に下り立つと魔族兵たちを見つめる。
魔族兵たちは現れた幼い少年に驚くが、状況から自分たちの敵だとすぐに気付いて警戒する。
「貴方がたをこのまま逃がして砦の奥にいる他の魔族軍を呼ばれると面倒ですからね。何より、ろくに戦いもせずに悪魔たちに戦いを押し付けて逃げる貴方がたを逃がすつもりはありません」
「き、貴様、突然現れて何を偉そうに……まぁいい、何者なのかは知らんが、お前のような子供、さっさと始末して先へ行かせてもらおう」
そう言って魔族兵が剣を構え、他の魔族兵たちも剣や槍を構えてノワールを睨む。ノワールは溜め息をついて自身の後頭部を掻いた。
「投降していただけませんか? 今投降してくださるのなら、命は保証します」
「ハッ、子供が大人びた口を利くな。貴様こそ本気で我々に勝てると思っているのか? たった一人の子供が我々魔族に勝とうなど、馬鹿げているとしか言いようが――」
「次元斬撃」
魔族兵が笑いながら挑発していると、ノワールは静かに呟きながら右手の手刀を斜めに振る。すると挑発していた魔族兵の体に大きな切傷が生まれ、そこから大量の血が噴き出した。
斬られた魔族兵は自分の身に何が起きたのか理解できず、目を丸くしながら傷と噴き出る血を見ており、周りにいる魔族兵たちも目を見開いて仲間の傷を見ている。やがて斬られた魔族兵はゆっくりと膝を突き、そのまま前に倒れて動かなくなった。
仲間の死体を見た魔族兵たちは驚愕の表情を浮かべ、ノワールは倒れた魔族兵の死体を見て目を細くする。
「さっきの言葉、投降はしないと受け取りました」
ノワールはそう言うと視線を死体から残っている魔族兵たちに向け、ノワールと目が合った魔族兵たちは慌てて武器を構える。何が起きたのかは分からないが、現状から仲間を殺したのは目の前の少年だと魔族兵たちはすぐに気付いた。
武器を構える魔族兵たちを見たノワールは真剣な表情を浮かべて魔族兵たちを見る。
「子供だからと言って油断してはいけない、今のを見て理解していただけましたか?」
少し低めの声を出すノワールに魔族兵たちは微量の汗を流す。目の前にいるのは子供なのにまるで百戦錬磨の戦士のような雰囲気が感じられた。
ノワールはゆっくりと右手を上げて魔族兵たちに向け、手の中に火球を生み出した。
「全力でかかって来てください? じゃないと一分も持たずに終わっちゃいますから」
挑発的な言葉を口にすると、魔族兵たちは一斉にノワールに突撃する。ノワールはそんな魔族兵たちに向けて火球を放った。
――――――
広場の中央では黄金騎士や巨漢騎士たちが悪魔族モンスターたちを次々と倒していく姿があり、その中にはダークとアリシアの姿もある。二人の周りには既に大量の悪魔族モンスターの死体が転がっており、二人の周りにはもう生きている悪魔族モンスターは一体もいなかった。
「フム、悪魔は粗方片付いたか」
アリシアはフレイヤを下ろして周囲に敵がいないかを確認する。その近くではダークが大剣を振って剣身に付いている悪魔族モンスターの血を払い落としていた。
既に正門前の広場にいた悪魔族モンスターはほぼ全て倒されており、後方にいた魔族兵たちも悪魔族モンスターが殲滅状態になったことで戦意を失い、その場に座り込んでいる。中には抵抗する魔族兵もいるが、黄金騎士や巨漢騎士に返り討ちにされて呆気なく命を落とした。
「正門の見張り台や城壁の上の魔族兵や悪魔も全て倒したようだし、これで正門の制圧は完了だな、ダーク」
「ああ、これならモナ殿たちを呼んでも問題無いだろう」
周りを見ていたダークはもう自分が戦うことはないと考え、持っている大剣を背負う。アリシアもフレイアを鞘に納めて周囲への警戒を解いた。
黄金騎士たちも抵抗する悪魔族モンスターや魔族がいなくなると警戒を解いて魔族兵の捕獲に取り掛かる。それを見たダークとアリシアは無事に正門前の広場を制圧できたと感じた。
「お~い、兄貴、姉貴~」
遠くから聞こえてくる声にダークとアリシアは声の聞こえた方を向く。視線の先には手を振りながら歩いて来るジェイクと笑みを浮かべるレジーナとファウ、三人の頭上を飛んでいるマティーリアの姿があった。
四人は全員無傷の状態で、それを見たアリシアは小さく笑みを浮かべた。ダークも仲間が無傷なのを見て誇らしく思ったのか小さく笑う。
ダークとアリシアがジェイクたちを見ていると別の方向からノワールが歩いて来る。ダークはノワールが歩いて来ることに気付き、彼の方を見て軽く手を振った。
「マスター、お疲れさまでした。無事に広場を制圧できましたね?」
「ああ、これでガロボン砦解放のための拠点を設置することができる」
「ハイ。あ、それとさっきの逃走した魔族兵たちですが、全員最後まで抵抗してきたので倒しましたが、よろしかったですか?」
「ああ、構わない」
腕を組みながらダークは興味の無さそうな口調で答える。自分たちでは何もせず、悪魔族モンスターたちに戦わせておいて戦況が悪くなった途端に逃げ出すような魔族兵がどうなろうと、ダークは気にしていなかった。
「そんなことより、正門を制圧したことを平原にいるモナ殿たちに伝えなくてはならない。ノワール、合図を送れ」
「ハイ」
ノワールは懐から筒状のマジックアイテム、魔導小筒を取り出して使用する。魔導小筒から光の球が空に向かって高く打ち上げられ、大きな音を立てながら爆発した。音を聞いたアリシアやジェイクたちは全員が空を見上げる。
平原ではモナたちが正門が制圧される時を今か今かと待っている。マルゼント兵たちもまだかと不安を顔に出していた。すると、ガロボン砦の方から光の球が打ち上げられ、それを見たモナとダンバは同時に反応する。
「モナ、あれは……」
「ええ、ダーク陛下たちからの合図です。正門とその周囲の制圧が完了したのでしょう」
「よし、ならすぐに出撃だ!」
合図を確認したダンバは近くで待機していたマルゼント騎士たちに指示を出し、マルゼント騎士たちは出撃命令を出すために走り出す。
その数分後、平原で待機していたマルゼント王国軍はガロボン砦に向かって進軍を開始した。そしてダークたちと無事に合流し後、正門前の広場にガロボン砦解放のための拠点を設置する