第二百六十八話 解放準備
ダークが会議室を出てからアリシアたちはどのようにガロボン砦を解放するか、敵が最上級魔法を発動してきたらどう対処するか話し合うが、いい作戦が思い浮かばずに話し合いは難航していた。
ガロボン砦を解放するための拠点として使うはずだったイセギー村が消滅したことで、解放する前に安心して休息を取ることも、部隊編成をすることもできなくなり、ガロボン砦を解放するのが難しくなってしまった。そんな状態でどのようにガロボン砦を解放するか、モナとダンバは難しい顔をして考える。
アリシアたちが作戦を考えていると、会議室の中央にイセギー村の様子を見に行っていたノワールが突然現れた。イセギー村を粗方調べ終えたので、転移魔法で戻ってきたようだ。
いきなり目の前に現れたノワールにアリシアたちは一瞬驚いたが、ダークと転移魔法で戻ると話していたのを聞いたので、すぐに理解して表情を戻した。
「ただいま戻りました」
「どうだった? 何か魔族軍に関する情報などは手に入ったか?」
「いいえ、何も見つかりませんでした。村の殆どが星が落ちた時の爆発に巻き込まれて消滅していましたから」
「そうか」
何も情報を得ることができなかったと聞かされたアリシアは少し残念そうな顔をする。モナやダンバもイセギー村に何も残っていないという報告を聞き、アリシアと同じような反応を見せた。
アリシアたちが残念そうな顔をしている中、ノワールは会議室にダークの姿が無いことに気付いて部屋を見回す。
「そう言えば、マスターは何処にいらっしゃるんです?」
「ダーク陛下ならアルカーノの下へ行かれた。魔族軍がどのようにして最上級魔法を発動させるのか聞き出してくるとな」
ダークの居場所をアリシアから聞いたノワールはそうですか、と頷く。魔族軍が最上級魔法を発動できると分かった以上、どんな方法で発動させるのかを捕虜から聞き出すべきだとノワールも考えていたようだ。
アリシアたちが会話をしていると、会議室の出入口の扉が開き、ダークが入ってくる。戻ってきたダークに気付いたアリシアたちは視線をダークに向け、ノワールもダークの前まで歩いて行った。
「マスター、ただいま戻りました」
「ご苦労だったな。あの後、何か有力な情報は手に入ったか?」
「いいえ、魔族軍に関する情報は見つかりませんでした」
「そうか」
ノワールの報告を聞いたダークは低い声で呟く。ダークは消滅した村からは何も得られないと思っていたのか、アリシアたちのように残念そうな反応は見せなかった。
「それにしてもダーク陛下、随分早いお戻りですね?」
ダンバが意外そうな表情を浮かべながらダークに声を掛けた。マジックアイテムの情報を聞き出しに行ってからまだそれほど時間が経っていないのにもうダークが戻ってきたことに少し驚いたようだ。
「ああ、アルカーノからマジックアイテムの情報を得ることができたからな」
「す、素直に喋ったのですか?」
「これまでにディーレストの過酷な尋問を受けていたからな。喋らなければまた酷い目に遭うと思ったのだろう。訊いたらすぐに喋ってくれた」
ダークが笑いながらそう語るのを見て、ダンバやモナは僅かに目を見開く。ダークの説明とアルカーノがすぐに白状したことを考えると、とてつもなく恐ろしい尋問だということが分かる。いったいアルカーノはどんな尋問を受けているのか、恐ろしさを感じながらもダンバとモナは少し気になっていた。
「それで、アルカーノは何と言ったのです?」
アリシアがどんな情報(得られたのかダークに尋ねると、ダークはアリシアたちを見て静かに手に入れた情報の説明を始める。
「アルカーノによると、今回侵攻してきた魔族軍は<破滅の宝塔>という隕石落下を封印したマジックアイテムを魔王から貸し与えられたらしい」
「やはり隕石落下でしたか……」
魔族軍が隕石落下を発動したという可能性が確信へと代わり、ノワールは真剣な表情を浮かべる。アリシアたちも魔族軍が最上級魔法を封印したマジックアイテムを所持していると知って表情を鋭くした。
マジックアイテムではなく巻物だったら、一度だけしか魔法が使えないので脅威が消えると思っていたのに何度でも使用できるマジックアイテムに封印されていると知って、アリシアたちは面倒なことになりそうだと感じていた。
「それで、その破滅の宝塔というのは?」
アリシアが両手を腰に当てながら尋ねると、ダークはアリシアの方をチラッと見て説明を続ける。
「あらゆる攻撃魔法を封印することができるマジックアイテムで、先代の魔王が作らせた物だそうだ。使用者の魔力を消費して発動するのだが、一度使用すると四十八時間経つまでは使えなくなるらしい」
「……アルカーノなら最上級魔法について何か知っているとは思っていましたが、思っていたよりも詳しく知っていましたね」
「奴は一応、今回侵攻してきた魔族軍の中でもそれなりの地位を持っているらしいからな。総司令官であるゼムから詳しく教えてもらったらしい」
「あの女を玩具のように扱う男が……」
女を性欲を発散させるための道具としか思っていないアルカーノが魔族軍でも高い地位を持っていると聞かされ、アリシアは納得できないのか若干目を鋭くする。レジーナも不愉快そうな顔で腕を組み、そんな二人を見たダークは軽く溜め息をついた。
「因みに破滅の宝塔は今誰が所持しているのですか?」
ノワールは破滅の宝塔の在り処と所持者についてダークに尋ねる。ダークは机に近づき、地図に描かれているガロボン砦を指差す。
「アルカーノの話では、現在破滅の宝塔を所持しているのはガロボン砦の指揮官であるベレマスらしい。もし敵が攻めてきたら、破滅の宝塔を使って隕石落下を発動し、敵を全滅させるよう言われているとのことだ」
「それじゃあ、イセギー村に星を落としたのはそのベレマスってことですか?」
「それは分からん。破滅の宝塔は魔力を多く持つ者なら誰でも使用できるとアルカーノは言っていたからな。ベルマス本人が使ったのか、それとも部下の魔法使いに使わせたのかは……」
イセギー村を消滅させたのは誰なのか分からず、アリシアたちは難しい顔をする。しかし、イセギー村を消滅させた者は分からなくても、魔族軍が隕石落下を封印したマジックアイテムを所持していることが分かったので、誰一人文句を口にすることはない。
魔族軍がマジックアイテムを所持していることが分かれば幾つか作戦を練るきっかけになる、軍師のモナは目を鋭くしながら心の中でそう思っていた。
「……ねぇ、ちょっと気になってたんだけど」
ダークたちが破滅の宝塔について話していると、レジーナがダークたちに声を掛けてきた。
「どうした?」
アリシアが不思議そうな顔をしながら尋ねると、レジーナは後頭部を掻きながら複雑そうな表情を浮かべる。
「いや、別に重要なことじゃないんだけど……星はマルゼント王国軍と魔族軍が交戦している時にイセギー村の中央に落とされたのよね?」
「ああ、そうだ」
「それで、星を降らせたのは魔族軍の指揮官であるベレマスって魔族……」
「……それがどうしたんだ?」
分かり切っていることを言うレジーナを見てアリシアは少し呆れたような口調で尋ねる。レジーナは後頭部を掻くのをやめるとアリシアの方を向いて口を開く。
「そのベレマスって魔族、自分の仲間の魔族たちがイセギー村で戦っているのを知っていながら星を降らせたってことよね?」
レジーナが若干低い声で話すと、ダークは目を薄っすらと光らせ、アリシアたちはフッと反応する。
そう、レジーナの言うとおり、イセギー村では村を解放しようとしたマルゼント王国軍と魔族軍が戦っており、戦っている最中に星は村の中央に落下し、村ごと両軍の兵士たちを吹き飛ばした。つまり、ベレマスはマルゼント王国軍を倒すために交戦していた自分の仲間たちを犠牲にしたと言うことになる。
魔族軍が最上級魔法を使えるということを知った時の衝撃が大きかったせいか、アリシアやモナたちはそのことに今まで気づかずにいたため、レジーナの話を聞いて驚いた。ダークとノワールは既に気付いていたらしく、アリシアたちのように驚いたりなどせずにレジーナを見ている。
「仲間を犠牲にしてまで敵を倒そうなんて考えるイカれた魔族なら、次に使う時も味方がいるいないに関係なく使うかもしれないわよ?」
「確かに、可能性はあるな……」
「それにあたしたちをこれ以上進軍させないためにマルゼント王国軍がいる町や村に星を降らせて軍を壊滅させようとする可能性だってあるわ」
目的のためなら手段を選ばない者であればなりふり構わずに最上級魔法を使ってくるかもしれない、レジーナはそれを気がかりに思っていたのだ。アリシアやダンバもレジーナの話を聞いて十分可能性はあると感じていた。
「確かに味方がいる戦場で使ってくる可能性はありますが、町や村に向かって最上級魔法を使う可能性は低いと思います」
レジーナが心配そうな顔をしていると、モナが落ち着いた口調で答える。レジーナたちは意外そうな反応を見せながらモナに視線を向けた。
「魔王軍にとって、町や村はこの国を侵攻するための重要な拠点です。拠点を失えば侵攻の効率が悪くなり、物資を補給することもできなくなりますから」
「でも、イセギー村は……」
「イセギー村はガロボン砦も最も近い位置にある拠点です。そこを我々に奪い返されたらガロボン砦を攻撃するための拠点として利用されるとベレマスも分かっていたのでしょう。だから、私たちに利用されないよう、イセギー村を消滅させたのだと思います」
モナはベレマスがイセギー村を消滅させた理由を話し、それを聞いたレジーナは納得の表情を浮かべる。モナの言うとおり、イセギー村はガロボン砦に最も近い拠点なので、イセギー村が消滅すればマルゼント王国軍はガロボン砦を効率よく解放することができなくなってしまう。ダークたちは敵もそれなりに考えて行動していると感じた。
「それじゃあ、魔族軍はもう町や村に星を落とすことはないってこと?」
「絶対とは言い切れませんが、少なくともジンカーンやセルフストのような大都市に向けて使うことはないでしょう」
「確かに、魔族軍は私たちが解放するまではジンカーンの町とセルフストの町を周囲の町や村に物資を送る補給基地として扱っていたからな……」
今までの魔族軍の行動から、ジンカーンの町とセルフストの町には星を落とさないだろうとアリシアも考える。大都市が消滅させられることはないと聞いたレジーナは少しだけ安心した表情を浮かべた。
しかし、魔族軍が隕石落下をもう二度と使わないという訳ではないため油断はできない。ダークたちは拠点の無い場所や消滅しても魔族軍にリスクのない拠点では使われる可能性があると警戒した。
「奴らが破滅の宝塔を使う可能性がある以上、一秒でも早くガロボン砦を解放し、そこにいる指揮官が持つ破滅の宝塔を確保する必要があるな」
ダンバは地図を見ながらガロボン砦の解放を急いだ方がいいと考え、ダークたちも机に集まり、地図に描かれているガロボン砦を見つめた。
「破滅の宝塔が使えなくなっている今がチャンスだ。急いでこの町とセルフストの町で部隊を編成し、ガロボン砦へ向かった方がいい」
「待ってください、ダンバ。ガロボン砦に最も近いイセギー村が消滅してしまった以上、このまま進軍するのは無謀です」
モナはダンバの方を向くと真剣な表情を浮かべながら首を横に振って言う。
ジンカーンの町とセルフストの町からイセギー村までは急いでも半日近くは掛かり、そこからガロボン砦までは丸一日かかる距離だ。今まではイセギー村を拠点とし、そこで物資の補給や休息、作戦を練ってガロボン砦を目指そうとモナたちは考えていた。
ところが、イセギー村が消滅したことでマルゼント王国軍は真っすぐガロボン砦に向かうことになってしまった。つまり補給もできずにガロボン砦を解放することになる。それではまともに戦えずに返り討ちに遭ってしまうかもしれないとモナは考えていた。
「イセギー村が消滅してしまった以上、より多くの物資と兵士を周辺の拠点から集めて進軍する必要があります」
「そんなことをしている時間はないだろう。それだけの物資と兵を集めるとなれば丸一日かかる。それでは我々がガロボン砦に到着する時には破滅の宝塔が使えるようになってしまう。もし魔族軍がガロボン砦を解放しようと進軍する我々に星を落としたらどうなる? イセギー村と同じようになるぞ」
「それは……」
時間を掛ければ掛けるほど不利な状況になってしまう、モナは小さく俯きながら表情を曇らす。破滅の宝塔が使える状態になる前にガロボン砦に向かうか、万全の状態にして魔族軍が破滅の宝塔を使える状態にしてしまうか、モナはどちらを選べばいいのか分からず頭を悩ませていた。
「イセギー村で補給ができない以上、万全な状態で進軍するべきではないのか?」
モナやダンバが悩んでいると、黙っていたダークがモナに声を掛ける。モナとダンバは意外そうな顔でダークの方を向き、アリシアたちは視線だけを動かしてダークを見た。
「し、しかしダーク陛下、万全な状態にするとなると、物資や兵を集めるだけでかなり時間が掛かります。それではガロボン砦に辿り着く前に四十八時間が経過してしまいます」
ダンバは万全な状態にした場合のリスクをダークに伝え、モナも複雑そうな顔でダークを見つめる。
今、マルゼント王国軍にとって一番避けなければならないのは破滅の宝塔が使われることだ。破滅の宝塔を使用されて魔族軍が隕石落下を発動すれば、マルゼント王国軍は間違いなく大打撃を受ける。そうなったらマルゼント王国軍はまともに戦えなくなり、侵攻する魔族軍を抑えることができなくなってしまう。
それを防ぐためにも破滅の宝塔の冷却時間が経過する前にガロボン砦に向かい、ガロボン砦を解放するべきだとダンバは考えていた。例え補充もできず、勝率が低い状態だとしても。
ダンバはジッとダークを見つながら説得しようとする。すると、ダークは落ち着いた様子を見せながら隣にいるノワールの頭に軽く手を置いた。
「その点は心配する必要は無い。ノワールの転移魔法を使えば一瞬で移動できる」
「で、ですが、大部隊を一瞬で移動させるなど、いくらノワール君でも……」
「忘れたのか? ノワールはゲートを使うことができるのだぞ? ゲートを使えば大部隊でも一瞬で転移することができる」
「あっ!」
ダークの言葉にモナは口を開けながらノワールが使える魔法のことを思い出した。
ビフレスト王国の首都バーネストに救援を要請しに行った時もマルゼント王国にすぐ戻れるようノワールはゲートを発動させてくれた。
あの時の魔法を使えば一瞬で大部隊を転移し、時間を短縮できるとモナは考えた。だが、一つ気になることがあり、モナは開いていた口を閉じてダークに視線を向ける。
「確かに、ゲートを使えば多少準備に時間を掛けても間に合うかもしれません。ですが、転移魔法は一度行った場所にしか転移できません。ノワール君はガロボン砦にもその近くにも行ったことがないはずです。それでは……」
「それならノワールにガロボン砦の偵察をしてきてもらえばいい。そうすればガロボン砦の近くにゲートを開くことができる」
言葉に詰まることなく即答するダークにモナはキョトンとした。浮遊魔法で長距離を移動でき、転移魔法も使える魔法使いがいれば部隊を楽に転移でき、戦況を有利することができる。だが、それは英雄級の中でも優れた魔法使いにしかできない。にもかかわらず、それが可能という現状にモナは言葉が出なくなっていた。
ノワールに偵察させ、転移門で大部隊を転移させれば魔族軍に楽に勝利できる。しかし、ダークはできるだけ戦場で転移門を使わないようにしていた。理由は戦場で使って敵に転移門が使える者がいると知られたくなかったからだ。だが、今回は状況が状況であるため、戦場で転移門を使うことにした。
ダークの話を聞いたモナは俯いてしばらく黙り込み、やがてゆっくりと顔を上げた。
「……ノワール君の力があれば、大部隊をガロボン砦の近くに移動させることが可能、なのですね?」
「そうだ」
モナの問いにダークは頷きながら答えた。モナは目を閉じて考え込み、目を開けると真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「……では、よろしくお願いします」
他に良い方法が無いと考えたモナはダークに協力を頼み、ダークは無言で頷く。ノワールも頼み込むモナの姿をジッと見つめている。
「ダンバ、急いで周辺の拠点に駐留している部隊をジンカーンの町に集めてください。私もセルフストの町に戻って近くの拠点の部隊や使える物資を集めます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことだ? 話についていけてないのだが……」
勝手に話を進めるモナにダンバは困惑の表情を浮かべる。ダンバはモナと違ってノワールが転移門を使えることを知らないため、大部隊を一瞬で敵の拠点近くに転移させられることを理解できずにいた。勿論、ダンバの近くにいるマルゼント騎士たちも同じだ。
モナはガロボン砦を解放するためにどうするのか、ダンバやマルゼント騎士たちに説明する。説明の内容を聞いたダンバたちは目を見開いて驚き、ダークとノワールに視線を向けた。
「ま、まさか、最高の転移魔法であるゲートを使えるとは……」
「転移門を使えば、大部隊を一瞬でガロボン砦の近くに移動させることができます。それなら準備に時間を掛けても十分間に合います」
「た、確かに……」
話の内容を理解したダンバは顎に手を当てながら納得の反応を見せる。部隊の編成や物資の準備に二十四時間以上かかったとしても、転移魔法を使えば数秒で目的地へ移動することが可能だ。これなら万全な状態で戦えるだけでなく、敵に奇襲を仕掛けることできる。
ダンバは俯きながら考え込み、そんなダンバをモナは黙って見つめている。
「今から急いで周囲の町や村にいる部隊を集めれば二十四時間以内にガロボン砦を解放するだけの戦力を揃えることができます。急いで部隊を集めましょう」
「……分かった、すぐに馬を走らせる」
顔を上げたダンバは頷き、マルゼント騎士たちに声を掛ける。マルゼント騎士たちは各拠点の部隊を集めるよう指示を受けると、早足で会議室を後にした。
それからダンバはモナと部隊を集め終えた後のことについて話し合い、それが終わるとマルゼント騎士たちの後を追うように会議室から出ていった。モナはダンバが退室するのを確認するとダークたちの方を向く。
「ダーク陛下、私もセルフストの町に戻って部隊の編成などをしなくてはなりませんので、これで失礼します」
「分かった。ノワールにはまだ用があるので置いてってくれるか?」
「ハイ」
モナは返事をすると、今度はノワールの方を向いた。
「ノワール君、私は先に乗ってきたモンスターと共にセルフストの町へ戻ります。用事が終わったらできるだけ早く戻って来てくださいね?」
「分かりました」
ノワールが頷くとモナは小さく微笑み、もう一度ダークたちの方を向いて一礼する。そして顔を上げると、静かに会議室から出ていった。
会議室からマルゼント王国の者たちがいなくなりダークたちだけになると、ダークは視線を扉からノワールに向けた。
「さて、ノワール。お前にはガロボン砦の近くに転移できるよう、もう一度町の外へ行ってもらうぞ」
「分かりました……ところでマスター、ディーレストさんをお借りしても構いませんか?」
「ん? ディーレストをか?」
「ハイ、セルフストの町にパメテリアという魔族軍の指揮官がいるんですが、その人がかなり強情な人でなかなか僕らの問いに答えてくれないんです」
「それでディーレストに尋問させて情報を聞き出そうと?」
「ハイ、もしかするとアルカーノが知らない情報を持っているかもしれませんから」
ノワールの話を聞いたダークは静かに腕を組んだ。
「確かそのパメテリアという魔族はレジーナと歳が近いの女魔族だったか?」
「ええ、見た目からしてレジーナさんと同じくらいだと思います」
「……お前も酷だな。ディーレストの尋問が過酷なのは知っているだろう? アルカーノですら激痛のあまり赤ん坊のように泣き喚いたんだ。女がディーレストの尋問を受けたらどうなるか……」
「魔族軍の重要な情報を得るためには仕方がありません」
マルゼント王国軍が有利に立つために心を鬼にするノワールを見て、ノワールは自分と似ているとダークは感じる。なぜならダーク自身も仲間や自分が有利に立つためなら、心を鬼にすることがあるからだ。
ダークとノワールの会話を聞いていたアリシアとレジーナは二人を見ながら背筋を凍らせる。アルカーノが泣き喚くほどの尋問とはどんなものなのか、二人は恐ろしさを感じていた。
「……いいだろう。アルカーノの尋問は既に終わっている、ガロボン砦の偵察に向かう前にセルフストの町に連れていってやれ」
「ハイ」
ディーレストを連れていく許可を得たノワールは微笑みながら頷き、ダークもノワールを見ながら軽く頷く。
「それでは、ディーレストさんをセルフストの町に送ったらガロボン砦の偵察に向かいます。偵察が終わったらそのままセルフストの町に戻りますが、構いませんか?」
「ああ、その方がいい。ガロボン砦の様子がどんなものだったかは、私たちがセルフストの部隊と合流した時に教えてくれ」
「分かりました。では、失礼します……転移!」
ノワールが転移魔法を発動させると彼の体は一瞬にして消え、ノワールが消えるとダークはアリシアとレジーナの方を向く。
「では、私たちもガロボン砦の解放に連れて行く黄金騎士と巨漢騎士たちの編成に行くぞ」
「ああ」
アリシアが返事をするとダークは会議室から出ていき、アリシアもその後に続く。レジーナも二人を追うように部屋を出た。
――――――
曇り空の下にあるガロボン砦、砦の周りには下級の悪魔族モンスターが大勢おり、周囲を見回しながら砦を護っていた。砦の上空にはブラッドデビルやオックスデーモンのような飛行可能な悪魔族モンスターたちが飛び回っており、遠くに異変が無い警戒している。地上と空中、どちらの護りも厳重と言える状態だった。
悪魔族モンスターたちの中には魔族兵たちの姿もあるが、その人数は悪魔族モンスターと比べて遥かに少ない。魔族兵たちも悪魔族モンスターと共に砦の周囲を見張っているが見張りをしているのは僅かで、大半は座ったり壁にもたれたりなどしており、真面目に見張りや警備をしていなかった。
ガロボン砦は魔族軍の最終防衛線、魔族兵たちは敵が此処まで攻め込んでくるとは思っておらず、悪魔族モンスターたちに見張りをさせて自分たちはくつろいでいるのだ。勿論、悪魔族モンスターたちは魔族兵たちに文句など言わず、無言で見張りをしている。
「いったい何を考えているんだ、お前は!」
主塔の上階にある会議室の中に怒鳴り声が響く。会議実の中では長方形の机を挟んで魔族軍の総司令官であるゼムとガロボン砦を管理するベレマスが向かい合っていた。
ゼムは険しい顔をしながら立ってベレマスを睨んでおり、ベレマスは椅子にもたれながら面倒くさそうな顔でゼムを見ている。二人の様子からベレマスが何か問題を起こし、ゼムがそれの問題について激昂しているようだ。
「そんなに怒ることじゃないんじゃないのぉ?」
ベレマスはどじょう髭を指で整えながら面倒くさそうな声を出し、それを聞いたゼムは更に表情を険しくして机を叩いた。
「これが怒らずにいられるか! そもそもお前、自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「分かってるよ、魔王様から授かった破滅の宝塔を使って人間軍を全滅させたんだよぉ。それなのにどうして僕が怒られないといけないのぉ?」
ふざけているような態度を取りながらベレマスは机の上に何かを置く。それは大きさが30cmほど金、赤、紫の色をした一重塔のような形をした置物だった。実はこの置物こそが魔族軍の切り札である破滅の宝塔なのだ。
ゼムはベレマスが置いた破滅の宝塔を鋭い目で見ると、再びベレマスを睨み付ける。ベレマスは自分を睨むゼムを見て溜め息をついた。
「僕は進軍してきた人間軍を全滅させるために破滅の宝塔を使って星を降らせたんだよ? その結果、人間軍は見事に全滅、本来なら褒めるべきなのにどうしてアンタは怒るんだよぉ?」
「お前が星を降らせたイセギー村にはまだ我が軍の兵士たちもいたんだ。人間軍を倒すためとは言え、仲間がいるにもかかわらず、退避命令も出さずに星を降らせて仲間たちも吹き飛ばしたんだぞ! それでお前、よく平気な顔をしていられるな!」
「人間軍に押されるような使えない兵士なんて僕らには必要ないよ。使えない連中にできることと言ったら、星で人間軍を全滅させるための囮になるくらいじゃない?」
「クッ、お前という奴は! ただでさえジンカーンとセルフストを奪い返されて兵力が低下してるというのに!」
悪びれる様子も見せず、くだらなそうな顔で話すベレマスにゼムは奥歯を噛みしめた。
実はマルゼント王国軍がイセギー村を解放するために村に攻撃を仕掛けていた時、偶然にもイセギー村から少し離れた所にある岩山にベレマスと部下の魔法使いがおり、魔族軍がマルゼント王国軍と交戦しているのを見ていたのだ。
最初は魔族軍がマルゼント王国軍を返り討ちにすると高みの見物をしていたのだが、徐々に魔族軍が押され始めるのを見て驚き、同時に魔族軍を圧倒するマルゼント王国軍に苛立ちを感じ始めた。そして、マルゼント王国軍がイセギー村を解放しそうになったのを見たベレマスは常に持ち歩いていた破滅の宝塔を使って星を降らせ、イセギー村ごとマルゼント王国軍と魔族軍を消滅させたのだ。
ベレマスたちはイセギー村から離れていたため、爆発の被害は受けずに済んだ。星が落ちた時の光景とその破壊力にベレマスは興奮し、同時にマルゼント王国軍を全滅させたことに歓喜した。そしてガロボン砦に戻り、ゼムに破滅の宝塔を使ってイセギー村を消滅させたことを話したのだ。
「例え人間軍に押されていたとしても、彼らは我々にとって大切な仲間だ。そんな仲間がいる村にお前は躊躇することなく星を降らせたんだぞ!」
「だって、あのままだとイセギー村は奪い返されてこの砦を攻撃するための拠点にされていたかもしれないんだよぉ? そうなったら僕たちは凄く不利になるから、そうなる前に村を消して拠点として利用されないようにしたんだよぉ。村にいた兵士たちのおかげで人間軍を逃がすことなく倒せたんだ。必要犠牲ってやつじゃない?」
あくまでも自分のやったことは正しいと言い張り、反省の色を見せないベレマスにゼムは怒りを通り越して呆れ果てていた。コイツはいくら怒鳴っても反省しない、そう感じたゼムは溜め息をついて椅子に座る。
しかし、呆れ果てたと言ってもベレマスに対する怒りが消えたわけではなかった。ゼムはベレマスを睨みながら静かに口を開く。
「これ以上、お前に破滅の宝塔を持たせるのは危険だ。総司令官の権限で破滅の宝塔を没収させてもらう」
「えぇ~? 破滅の宝塔は僕が持っているべきだって言ったのはゼムじゃないかぁ」
「あの時はお前がこんな使い方をするとは思っていなかったんだ。しかし、仲間を犠牲にした以上、お前に持たせるわけにはいかない」
「ちぇ、明日の正午になったらまた破滅の宝塔が使えるようになるから、また使ってやろうと思ったのにぃ……」
気に入っていた玩具を取り上げられた子供のようにベレマスは不満を口にし、ゼムはそんなベレマスをジッと見つめていた。すると、会議室の扉が開き、一人の魔族兵が会議室に飛び込んでくる。
「ゼム殿、ベレマス殿!」
「どうしたんだ?」
「て、敵が現れました!」
「何っ!?」
魔族兵の報告にゼムは立ち上がり、ベレマスも魔族兵を見ながら目を僅かに見開いた。