第二百六十七話 破滅の星
扉が開く音を聞いたダークたちは一斉に扉の方を向く。そこには両手を膝に付けて立っているリザードマンのマルゼント騎士の姿があった。
「し、失礼します!」
「何事だ、会議中だぞ?」
「申し訳ありません! どうしてもお知らせしなくてはならないことが……」
リザードマンのマルゼント騎士はダンバを見ながら声を上げ、ダンバは目を若干鋭くする。リザードマンのマルゼント騎士の様子から、ダークたちは何か問題が起きたのだとすぐに理解した。
「いったいどうしたんだ?」
ダンバは何が起きたのかリザードマンのマルゼント騎士に尋ねる。すると、リザードマンのマルゼント騎士は大量の汗を流しながらダークたちを見て口を開く。
「イ、イセギー村が、消滅しました!」
リザードマンのマルゼント騎士の報告を聞いてその場にいた全員が目を見開く。ダークもフルフェイスの兜で表情は見えないが、兜の下ではアリシアたちと同じように目を見開いていた。
突然会議室に飛び込んできてイセギー村が消滅したなどと言われれば誰だって意味が分からず、ダークたちと同じような反応をする。現にダークたちも唐突過ぎてまったく理解できていなかった。
「あ、あの、消滅したとはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です! 村が跡形も無く消滅してしまったんです!」
モナの問いにリザードマンのマルゼント騎士は興奮しながら答える。ダークたちはさっきと同じことを言うリザードマンのマルゼント騎士を見ながら、詳しく説明してくれと心の中で呟いた。
「落ち着いてください。慌てなくても大丈夫ですから」
リザードマンのマルゼント騎士に近づいたモナは冷静に話しかけて落ち着かせる。モナの言葉で落ち着いたのか、リザードマンのマルゼント騎士は静かに呼吸を整えた。そして冷静さを取り戻したリザードマンのマルゼント騎士はダークたちを見ながら頭を下げる。
「失礼いたしました……自分はイゼギー村の解放を命じられた部隊の者です」
リザードマンのマルゼント騎士が少し前にイセギー村に向かった部隊の騎士だと知ったアリシアたちは意外そうな反応を見せる。イセギー村に向かった者の一人が自分たちの前に現れたということは、イセギー村は解放されたのだと普通は考えるだろう。
しかし、リザードマンのマルゼント騎士はイセギー村が消滅したと話しており、自分たちにとって都合のいい状況ではないとダークたちは考えていた。
「何が遭ったのです? 村が消滅したと仰いましたが……」
モナはリザードマンのマルゼント騎士に改めて何が起きたのか尋ねる。ダークたちも無言でリザードマンのマルゼント騎士を見つめながら話し始めるのを待った。
ダークたちが注目する中、リザードマンのマルゼント騎士は軽く俯いて口を開いた。
「数時間前、イセギー村に到着した我々は村を解放するため、魔族軍との戦闘を開始しました。ビフレスト王国の騎士たちがいたおかげで戦況は我々が優勢でした」
リザードマンのマルゼント騎士はイセギー村を解放するための戦いがどんなものだったのかダークたちに詳しく説明し、ダークたちはそれを黙って聞いていた。
「魔族軍の悪魔も粗方片付き、もう少しで村を解放できるところまでいきました……ですが、決着がつきそうになった時、突然空から轟音と共に星が降ってきたのです」
「星が!?」
話を聞いていたダンバは目を大きく見開き、近くにいたマルゼント騎士たちやモナ、アリシア、レジーナも同じように驚きの反応を見せる。ダークは薄っすらと目を光らせ、ノワールも意外そうな顔をしていた。
アリシアたちが驚いている中、リザードマンのマルゼント騎士は嫌なことを思い出したためか、表情を僅かに曇らせた。
「空から降ってきた星は村の中央に落下して大きな爆発を起こしました。そのせいで我が軍の兵や捕らえられていた村の住民たち、そして生き残っていた魔族軍の兵士たちも爆発に巻き込まれてしまいました」
「魔族兵も巻き込まれたのか?」
「ハイ、幸い自分と数人の兵士は爆発がギリギリ届かない村の隅で戦っていたので運よく生き残ることができました。ですが、他の兵士たちは全員……」
自分と僅かな仲間が生き残ったことを伝えるリザードマンのマルゼント騎士を見てダンバやアリシアたちは言葉を失う。
報告の内容は本当なのか、ダンバはリザードマンのマルゼント騎士に確認しようとするが、彼の様子から嘘を言っているようには思えず、本当にイセギー村は空から降ってきた星で消滅したのだと理解した。勿論、モナも星のことは嘘ではないと思っている。
「一刻も早く皆さんに報告しようと、自分は生き残った者たちを連れて急ぎ、この町へ戻ってきました」
「そうでしたか……それで、貴方以外の生き残った兵士の方々は?」
「この屋敷の一階にいます。全員、星が落ちた時の爆発と長時間、馬で走り続けたことによる疲労のせいかい、屋敷についた途端に意識を失いました」
「そうですか、大勢の方々が犠牲になってしまいましたが、貴方たちだけでも無事でよかったです……」
モナの言葉にリザードマンのマルゼント騎士は深く頭を下げる。例え大勢の兵士が犠牲になってしまっても、無事に生き残ることができた者がいれば、その者の帰還を喜ぶべきだとモナは思っていた。
モナたちがリザードマンのマルゼント騎士と話している中、ダークは腕を組みながら何かを考えるように俯いており、そんなダークをノワールは無表情で見つめている。やがて、ダークは腕を組むのをやめて自分を見ているノワールに視線を向けた。
「……ノワール、今すぐイセギー村へ行ってくれ。村に着いたらどんな状態になっているか確認し、メッセージクリスタルで連絡するんだ」
「分かりました」
ダークの命令を聞いたノワールは真剣な顔で頷き、二人の会話を聞いたアリシアとレジーナは視線をリザードマンのマルゼント騎士からダークとノワールに向ける。
「それと、もし他に生き残っている者がいたら転移魔法でこの町に連れて来い。もしかしたら、その生き残りが何か情報を持っているかもしれないからな」
「ハイ」
返事をしたノワールは窓の方へと歩き出し、モナたちは歩き出すノワールを不思議そうな顔で見ている。
ノワールはモナたちが見ている中、窓へ近づくと両手で窓を開ける。窓が開いたことで風が会議室に入り、部屋にいたアリシアたちの髪を揺らす。
「浮遊!」
魔法を発動させたノワールはゆっくりと浮かび上がり、開いている窓から外へと飛び出してそのまま北の方へと飛んでいった。モナやダンバはノワールが飛んでいく姿を見て呆然としている。
モナとダンバが呆然としているの中、ダークは窓へと近づいて何事も無かったかのように静かに窓を閉める。窓を閉めたダークを見たモナとダンバはハッと我に返った。
「あ、あの、ダーク陛下、ノワール君はどちらへ?」
「イセギー村がどんな状態になっているのか確認に向かったのだ」
「え? 確認でしたらそこにいる彼に直接訊けば……」
そう言ってモナは報告に来たリザードマンのマルゼント騎士を見る。ダンバや他のマルゼント騎士たちもイセギー村から戻った者が目の前にいるのにわざわざノワールに確認に向かわせる理由が分からず不思議に思っていた。
ダークは振り返ってリザードマンのマルゼント騎士を見る。ダークと目が合ったリザードマンのマルゼント騎士は緊張しているのか無意識に姿勢を正した。
「彼は先程、星のことを私たちに報告するために急いでこのジンカーンの町に戻ってきたと言った」
「ええ、そのとおりです」
「一刻も早く私たちに伝えるために急いでいたのに、村がどんな状態なのか確認している余裕があったのだろうか?」
リザードマンのマルゼント騎士を見ながらダークは語り、それを聞いたモナはチラッとリザードマンのマルゼント騎士の方を見る。リザードマンのマルゼント騎士は表情を曇らせながら俯いており、モナはリザードマンのマルゼント騎士の様子から、イセギー村の状態を確認していないと知った。
「仮に確認していたとしても、星の落下、村の消滅、仲間の死から彼はかなり動揺していたはずだ。そんな状態では村の状態を明確に覚えているとは思えない」
「た、確かに……」
ダークの話を聞いたモナはリザードマンのマルゼント騎士の精神状態ではイセギー村がどんな状態なのか覚えている可能性は低いと納得する。アリシアやレジーナ、ダンバもダークの言っていることに納得した様子を見せている。
リザードマンのマルゼント騎士はダークの言葉に俯きながら握り拳を震わせる。ダークの言うとおり、彼は星の落下を目にしたことで動揺し、イセギー村の状態を何も覚えていない。何も情報を得ずに帰還しただけの自分をリザードマンのマルゼント騎士は情けなく思っていた。
俯いているリザードマンのマルゼント騎士を見ていたダークはゆっくりと歩いてリザードマンのマルゼント騎士の前までやって来る。近づいてきたダークに気付いたリザードマンのマルゼント騎士は顔を上げ、少し驚いたような顔でダークを見た。
「勘違いしないように言っておくが、私は貴公を責めているわけではない。貴公は星の件を早く私たちに伝えるために急いで戻ってきた。その判断は間違っていないと思う」
「は、はあ……」
「目の前で星が落下し、その爆発で多くの仲間が死んだ光景を見れば誰だって動揺する。あまり気にするな」
「……ありがとうございます」
ダークの慰めらしき言葉にリザードマンのマルゼント騎士は静かに礼を言う。ダークのリザードマンのマルゼント騎士に対する態度を見たモナとダンバはダークの優しさに感服する。
一方でアリシアとレジーナは、ダークの誰だって動揺すると言う言葉に対して複雑な気分になっていた。確かに星が空から降って来て、それが地上に落ちて爆発すれば普通は動揺するだろう。だが、レベル100で神に匹敵する実力を持つダークが言っても説得力がないと二人は感じている。現にダークは星が落下したという報告を聞いても動揺しなかった。
ダークは振り返り、もう一度ノワールが飛び立った窓の方を向くと薄っすらと目を赤く光らせる。
「さて、イセギー村はどんな状態になっているのだろうな」
窓の外を眺めながらダークは低い声で呟く。この時のダークは星がイセギー村に降ってきたのは偶然ではないのかもしれないと感じていた。
その頃、ノワールはイセギー村に向かうためにもの凄い速さで北へ飛んでいる。数百mの高さを飛んでいるため、地上の物は小さく見えるが、ノワールは下など見ずに前だけを向いていた。
「この速度なら、もうすぐイセギー村に到着するはずだけど……」
ノワールは速度を落とさず、風で髪を揺らしながら飛び続ける。イセギー村の位置は地図を見てちゃんと覚えているため、方角を間違えずに移動することができた。
林や平原を越えてしばらく飛び続けると1kmほど先にクレーターがあるのを見え、ノワールは目を見開く。
「クレーター? と言うことは、あそこがイセギー村……」
目的地を確認すると、ノワールは一気に飛ぶ速度を上げてクレーターがある場所へ向かった。そして、イセギー村があった場所の上空までやって来るとノワールは降下し、目の前にあるクレーターを見つめる。
クレーターはイセギー村の中央にできており、クレーターの周りには瓦礫が落ちている。それを見たノワールは瓦礫がイセギー村にあった建物の一部だとすぐに気付く。
「……あのリザードマンさんが言っていたとおり、星、つまり隕石は村の中央に落下して周囲を爆発で呑み込んだみたいだ。これだと落下場所の近くにいた人は生きてはいないだろうなぁ……」
ノワールはクレーターとイセギー村の状態から生存者がいる可能性は低いと感じる。しかし、報告したリザードマンのマルゼント騎士のように奇跡的に生き残っている者がいるかもしれないので、ノワールは念のために生存者を探してみることにした。
まずはクレーターの外側から調べるため、ノワールはクレーターの端を回るように歩き始める。歩く先にも建物の瓦礫や村にいた者たちの死体が転がっており、ノワールは瓦礫の横や上を通って生存者を探す。すると、ノワールは瓦礫の近くに金色の鉄片が落ちているのを見つけ、その鉄片を拾い上げた。
「これは、黄金騎士の鎧の欠片……黄金騎士と巨漢騎士ぐらいは無事でいるかもと思っていたけど、その可能性も低いかも……」
ノワールが周囲を見回すと、少し離れた所にも黄金騎士と巨漢騎士の全身甲冑の一部が落ちており、それを見たノワールは目を若干細くした。
持っている全身甲冑の欠片を捨てたノワールは再び歩き出して生存者探しを再開する。クレーターの端を歩きながら瓦礫の下などを調べていくが、生存者は一人も見つからない。あるのは、瓦礫の下敷きになったり、体の一部を失ったマルゼント兵や村の住民、魔族兵の死体ばかりだった。
クレーターの外側を調べ終えると、ノワールは次にクレーターの中へと入っていく。クレーターの中は外と違って焼け焦げた地面だけがあり、瓦礫や死体などは一つも無かった。ノワールはクレーターの中の中央に向かって静かに歩いて行く。
「やっぱりクレーターの内側には何も無い、爆発で何もかも蒸発しちゃったんだ……」
ノワールはブツブツと独り言を口にしながらクレーターの中央へ移動し、中央にやって来ると立ち止まってクレーター全体を見回す。
「マルゼント王国軍と魔族軍が交戦していたところにたまたま隕石が降って来て、戦場である村の中央に落ち、両軍を村ごと吹き飛ばした。しかもクレーターの大きさから村のほぼ全体を呑み込むくらい大きな爆発が起きている……これらは果たして偶然なんだろうか」
空を見上げながらノワールは真剣な表情を浮かべる。ノワールもダークと同じように星がイセギー村に落下したのは偶然ではないと思っているようだ。
偶然ではないのならいったい何なのか、ノワールは顔を下ろすと鋭い目で前を見る。
「間違いない、誰かが狙って隕石を村に落としたんだ」
イセギー村に星が落ちたは偶然ではない、ノワールはクレーターの大きさとイセギー村の状況からそう確信する。となると、誰がどのようにして星を落としたのかが問題となるわけだが、ノワールは犯人が誰なのか大体予想がついていた。
ノワールは懐からメッセージクリスタルを取り出し、水色に光り出すと顔に近づける。
「マスター、聞こえますか?」
メッセージクリスタルに向かってノワールはダークに呼びかける。一通りイセギー村の状況を確認し、星が落ちた原因が分かったので連絡を入れたのだ。
「ノワールか、村はどんな状態になっている?」
ダークの声がメッセージクリスタルから聞こえ、ノワールは視線だけを動かしてクレーターを見回す。
「酷いものです、村のほぼ全体が隕石が落ちた時の爆発で吹き飛んでしまっています。生存者も一人もおらず、マルゼント王国軍も魔族軍も壊滅しています」
「そうか……私が思うに、村に隕石が落ちたのは偶然ではないと思っている」
「僕も同感です。明らかに誰かがわざと降らせたものです」
「……お前は誰が隕石を降らせたのか、もう分かっているのではないか?」
メッセージクリスタルから聞こえるダークの低い声を聞いたノワールは、流石と言いたそうに笑みを浮かべる。そして、目を閉じながら口を動かした。
「流石ですね、マスター。と言うより、マスターも既に気付いていらっしゃるのでは?」
「フッ、まあな」
ダークの楽しそうな声がメッセージクリスタルから聞こえ、それを聞いたノワールも小さく笑う。だがノワールはすぐに真剣な表情を浮かべ、メッセージクリスタルを見つめながら口を開いた。
「隕石を降らせたのは間違いなく魔族軍です。恐らく、最上級魔法の隕石落下を使ったのでしょう」
「やはりお前もそう思うか」
ノワールの答えを聞き、ダークは少し低めの声を出す。ダークも星を降らせたのが魔族軍で、どのように星を降らせたのか想像がついていた。マルゼント王国軍が星を降らせたという可能性もあるが、ダークとノワールは絶対にあり得ないと考えている。
マルゼント王国軍には最上級魔法を使える者はおらず、仮に使える者がいたとしても、解放することが目的のイセギー村を消滅させるはずがない。これらの理由から、ダークとノワールは魔族軍がイセギー村を消滅させたと確信した。
「……だがノワール、魔族軍が隕石落下を使ったとなると、幾つか疑問がある」
「ハイ……」
ダークの言葉にノワールは低い声を出しながら頷く。実はダークとノワールは、魔族軍が隕石落下でイセギー村を消滅させたと確信してはいるが、魔族軍の中に隕石落下を使える者はいないと考えていたのだ。
「……隕石落下は最上級魔法の中でも習得が難しく、レベルが80以上で一定の魔法能力を持つ人しか習得できない魔法です」
「そのとおりだ。魔族軍でそんな強力な魔法を使える者と言えば、魔族軍の総司令官であるゼムか、部隊を動かす指揮官のベレマスぐらいだろう。だが、奴らのレベルは72と64、しかも闇属性魔法を扱うダーク・ソーサラーと戦士系のシャーマンウォリアーを職業にしている。隕石落下が使えるとは思えない」
「その二人とは別の魔族が隕石落下を使った可能性もあるのでは?」
「確かにあり得ないことではない。だが、総司令官がレベル72なのに、その下で戦う魔族の中にレベル80以上の魔族がいるとは思えない。なにより、もしいるのならアルカーノが尋問の時に吐くはずだ」
「言われてみれば……」
魔族軍の中にレベル80以上の敵がいる可能性は低いというダークの言葉にノワールは難しそうな顔をしながら納得する。
もしレベル80以上で隕石落下を使える魔族がいるのなら、その魔族が魔族軍の総司令官を任されているはずだ。それなのにレベル72のゼムが総司令官を任されているということは、魔族軍の中にレベル80以上の魔族がいる可能性は極めて低いと考えられる。
「では、魔族軍はどうやって隕石落下を発動させたのでしょうか……」
「考えられるとすれば、敵は隕石落下を発動できる特別なマジックアイテムか隕石落下を封印した巻物を所持している、ということだな」
魔族軍が強力なマジックアイテムを所持している可能性があると知ったノワールは目を若干鋭くしながらメッセージクリスタルを見つめる。
この世界では最上級魔法を封印したマジックアイテムや巻物を持つ者など滅多にいないが、魔界が同じとは考えられないため、ダークやノワールは可能性はゼロではないと警戒していた。
「……とにかく、魔族軍がそう言ったマジックアイテムを所持しているか調べる必要がある」
「そうですね」
「ノワール、お前はもう少しその村で何か情報が無いか調べろ。終わったら転移魔法で戻って来い」
「分かりました」
ノワールが返事をするとメッセージクリスタルの光が消え、メッセージクリスタルは高い音を立て粉々になる。ダークとの通信が終わると、ノワールはクレーターの外へ移動し、情報探しを始めた。
会議室の中では兜の上から右耳に手を当てているダークと彼を見つめるアリシアたちの姿があった。会議中に突然独り言を言い出したダークを見て、アリシアとレジーナはメッセージクリスタルで通信しているのだと気付く。モナたちも遠くにいる者と会話ができるメッセージクリスタルの存在を教えてもらっていた、ダークが一人で喋る姿を見ても驚かなかった。
ダークはノワールとの通信が終わると右手を下ろし、それを見たアリシアとレジーナは通信が終わったのだと知る。
「ダーク陛下、先程の会話から、敵は最上級魔法を使える聞きましたが……」
真剣な表情を浮かべるアリシアがダークに話しかけると、ダークはアリシアの方を向いて軽く頷く。
「ああ、最上級魔法の中でも特に強力と言われている隕石落下、それで星を降らせたのだ」
ダークを見ながらアリシアは目を鋭くし、レジーナは少し驚いたような反応を見せる。一方でモナやダンバ、マルゼント騎士たちは驚愕の表情を浮かべてダークを見ていた。
<隕石落下>は敵の上空から隕石を落として攻撃する火属性の最上級魔法である。最上級魔法の中でも最大の攻撃力を持ち、同じ最上級の防御魔法でも防ぐのは難しい。更に攻撃範囲も広く、隕石が直撃しなくても、落下した時に発生する爆発で周囲にいる敵に大ダメージを与えるため、回避もほぼ不可能と言われている。
魔族軍が最上級魔法を使うことができると知ったモナたちは驚きのあまり言葉を失う。アリシアとレジーナも目を鋭くしてダークを見ているが、焦りなどは見せていなかった。
「ほ、本当に魔族軍が星を降らせたのですか?」
「間違いないと私は思っている」
若干声を振るわえるモナの問いにダークは低い声で答える。モナは目を大きく見開きながらダークを見つめた。
「し、信じられない、英雄級の実力を持つ人間や亜人でも習得できないと言われている究極の魔法を魔族が使えるなんて……」
ダンバも衝撃を受け、顔に手を当てながら呟く。マルゼント騎士たちも魔族軍が最上級魔法を使えることから自分たちが不利になったと感じて震えている。
モナたちが絶望していると、ダークはゆっくりとモナたちの方を向いて目を薄っすらと赤く光らせた。
「落ち着け、確かに魔族軍は隕石落下を発動させることができる。だが、まだ我々の敗北が決まった訳ではない」
冷静に語るダークにモナたちは驚きの反応を見せる。魔族軍が最上級魔法を使えると知ってもダークは冷静でいるのだから、無理もない。
モナたちとは逆にアリシアとレジーナは落ち着いた様子でモナたちを見ている。例え相手が最上級魔法を使えたとしても、自分たちには神に匹敵する力を持つダークと、最上級魔法よりも強力な神格魔法を使えるノワールがいるため、対抗策はあると感じて絶望しなかったのだ。
「し、しかしダーク陛下、敵が星を降らせることができる以上、我々がどれ程の戦力を用意しても簡単に壊滅させられてしまいます。もしも連続で星を降らされてしまったら我々は――」
「恐らく、魔族軍は星を連続で降らせることはできないだろう」
ダンバが喋っていると、ダークは自信に満ちた口調で語り、それを聞いたダンバやモナはえっ、と言う顔でダークを見た。
「最上級魔法を発動するには大量の魔力が消費し、発動後は冷却時間を必要とする。それは魔法使いが直接発動する場合も、マジックアイテムを使って発動する場合も同じだ。巻物に封印されている場合は魔力を消費することはないが、一度使えば巻物が消滅して二度と使うことはできなくなる」
ダークはアリシアたちが注目する中、最上級魔法を使う手順やリスクなどを丁寧に説明する。アリシアたちはダークを見ながら黙ってそれを聞いていた。
「もし、魔族軍が巻物に封印された最上級魔法を発動させたのなら、敵が再び最上級魔法を使ってくる可能性は低いだろう。最上級魔法を封印した巻物など、簡単に手に入れることなどできないだろうからな」
「では、魔族軍はもう星を降らせてくることはないのですか?」
「それは分からない。巻物であれば消滅するが、特殊なマジックアイテムであれば消滅することはなく、魔力があれば何度でも発動できる」
「そ、そんな……」
最上級魔法の脅威は消えていない、そう聞かされたモナは顔色を悪くする。勿論、ダンバやマルゼント騎士たちも同じ反応を見せていた。
「だが、さっきも言ったように最上級魔法を発動するには大量の魔力を必要とし、一度マジックアイテムを使用すれば再び使えるようになるのに時間が掛かる。つまり、敵が最上級魔法を短時間で何度も使用することはないということだ。その隙にガロボン砦を解放し、敵の本拠点を叩けば勝つことができるはずだ」
自分たちにはまだ勝機があるとダークはモナたちに伝え、それを聞いたモナたちは安心したのか少しだけ表情に余裕が出てきた。アリシアとレジーナも魔族軍が連続で最上級魔法を使ってこないと知って少し安心する。
ダークはLMFの世界から異世界に転移してすぐに異世界の常識や魔法、アイテムについて細かく調べた。異世界はLMFの世界とどれほどの違いがあるのか、それを知っているかどうかでイザという時の判断に大きく影響が出るからだ。
異世界ではマジックアイテムに封印されている魔法を発動する場合は使用者の魔力を使うこと、一度使うと再び使えるようになるまで冷却時間を必要とし、封印されている魔法の種類によって冷却時間が変わることをダークは知った。そのため、ダークは魔族軍が連続で最上級魔法を使ってこないと自信を持って言えたのだ。
(仮に敵が最上級魔法を使ってきても、こっちにはそれを防ぐ手がいくらでもあるから問題ねぇけどな……それにしても、魔法を封印したマジックアイテムの使用条件がLMFと同じだとは思ってなかったぜ)
ダークは安心の表情を浮かべるモナたちを見ながら心の中で呟いた。
魔族軍が最上級魔法を連続で発動してくる可能性が低いと分かったモナたちはとりあえずガロボン砦を解放することについて話し合いを始める。勿論、魔族軍が最上級魔法を発動してきたという最悪の状況になった時の対策方法なども忘れずに考えていた。
モナたちが話し合うのを見ていたダークはゆっくりと会議室の出入口の方へ歩き出す。それに気付いたアリシアはまばたきをしながらダークの方を向いた。
「ダーク陛下、どちらへ?」
「アルカーノの所だ。魔族軍が最上級魔法を使ってくると分かった以上、どうやって発動しているのかを聞き出す必要がある。マジックアイテムで発動するのか、巻物で発動するのかが分かれば作戦を練りやすくなるだろうからな」
ダークはそう言うとディーレストの尋問を受けているアルカーノに会うため、静かに退室する。アリシアもアルカーノなら最上級魔法のことも何か知っているかもしれないと、納得の表情を浮かべた。