第二百六十六話 状況確認会議
太陽に照らされるジンカーンの町、魔族軍から解放されたことで町の中には活気に溢れている。町の住民である人間や亜人たちは壊れた建物の修理や食料の調達、負傷した者たちの手当てなどで忙しく、町の中はとても騒がしくなっていた。
住民たちの中には魔族軍に家族や大切な人を殺されて悲しむ者もおり、そう言った者たちは周りの住民たちから支えられながら悲しみと向かい合って生きている。同時に、自分のように者を増やさないよう、心身ともに強くして生きていこうと誓うのだった。
「少しずつだが、住民たちの生活も魔族軍に占領される前の状態に戻っているみたいだな」
「ああ、だがそれでも魔族軍に支配されていた時の傷は消えていないだろう」
町の街道を歩くダークとアリシアは周囲を見回しながら住民たちの様子を確認する。
ジンカーンの町を解放してから既に四日が経過しており、町は少しずつ元の姿に戻りつつある。だが、ジンカーンの町が解放されてもまだ魔族軍との戦争が終わったわけではないため、町の住民の中には緊張感を持つ者もいた。
マルゼント王国軍の兵士や冒険者たちは魔族軍が再び町を襲撃してきてもすぐに戦えるよう準備を整えており、活気に溢れた町の中にも僅かに緊迫した空気が漂っている。
修理などの作業にはマルゼント兵だけでなく、ダークが連れてきたモンスターたちも加わっている。最初はモンスターが町の中にいることに住民たちも驚いていたが、モンスターたちがダークの支配するモンスターで住民に危害を加えないと分かると、安心して作業に取り組む。モンスターが手伝うことで、人間や亜人では時間が掛かる作業も短時間で終わらせることができた。
「この調子だと、町もすぐに元どおりになるだろう」
「そうだな……そう言えば、セルフストの町も順調に修復されているんだったか?」
アリシアがダークにセルフストの町の現状を確認するように尋ねると、ダークは歩きながらアリシアの方を向いて頷く。
「ああ、昨日のノワールからの連絡では、作業は順調に進んでおり、捕らえた魔族たちも暴れたりせず大人しくしているとのことだ」
ダークの話を聞いたアリシアは、そうかと言うように笑みを浮かべる。もう一つの町も問題無く修復されていると知って安心したようだ。
街道をしばらく進むと、ダークとアリシアは少し小さめの広場に出る。そこには大勢の町の住民やマルゼント兵たちが戦闘で破壊された建物の瓦礫を運んだり、飢えている子供や老人に食料を与えている姿があった。
「此処は特に人の数が多いな」
「この広場は魔族軍が町の防衛拠点を設置していた場所だ。町を解放する時に激しい戦闘が行われていたからな、街道などと比べると被害も大きかったのだろう」
広場を見回しながらダークは腕を組み、解放作戦時の戦闘の激しさを語る。アリシアは今いる広場で起きた戦闘については何も聞かされていなかったため、ダークの話を聞いて意外そうな顔をしていた。
アリシアは改めて広場を見回して状態を確認する。すると、アリシアの視界に怪我をした住民の手当てをする二十代前半くらいの若い女が入り、アリシアはあることを思い出してもう一度ダークの方を向いた。
「ところで、あの男は今どうしているんだ?」
「あの男?」
「この町を占領していた魔族軍の指揮官だ。確か、アルカーノと言った……」
アリシアは低めの声を出し、僅かに目を鋭くしながらダークを見る。ダークはアリシアの表情に少し驚いたのか、フルフェイスの兜の下で目を軽く見開く。
ジンカーンの町を占領していた魔族軍の指揮官アルカーノ、ジンカーンの町を始め、周辺の村や町にいる若い女を自分の下に集め、性的奉仕を強要させた魔族だ。ダークたちがジンカーンの町を解放するまでに大勢の人間や亜人の女を弄んでいたため、同じ女であるアリシアやレジーナはアルカーノを毛嫌いしていた。
アリシアは広場にいた若い女を見て嫌っている魔族のことを思い出し、少し不機嫌になったようだ。アリシアはダークをジッと見つめ、アリシアの顔を見たダークは兜の下で思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「その指揮官なら尋問を受けているはずだ」
「そうか……」
僅かに目を細くしながらアリシアはそっと呟いた。
「……奴はこちらが知りたがっている情報を吐いたのか?」
「今のところはな。今日も情報を得るために朝早くから始めているらしい」
「フッ、流石はダークのモンスターだな」
アルカーノの現状を聞いたアリシアは目を閉じ、少し楽しそうに笑う。自分の嫌っている魔族が尋問を受けていると聞いて少しだけスッとしたようだ。
「ダークが新たにバーネストから連れてきたモンスター、確か尋問や拷問などを得意としているのだったな?」
「ああ、アイツに任せれば大抵の奴はすぐに白状するさ」
空を見上げながらダークは語り、アリシアは目を閉じたまま小さく俯く。二人の会話の内容から、アルカーノはかなり過酷な尋問を受けているようだ。しかし、アルカーノがどんな尋問を受けているとしても、ダークとアリシアは大勢の若い女を弄んだアルカーノに同情しようとは微塵も思っていなかった。
「二人とも、此処にいたのね」
ダークとアリシアがアルカーノのことを話していると背後から声が聞こえ、二人はゆっくりと振り返る。そこには手を振りながら歩いて来るレジーナの姿があった。
「レジーナ、どうした?」
「ノワールとモナが来たわよ」
レジーナからセルフストの町にいるノワールとモナがジンカーンの町にやって来たと聞かされ、アリシアは意外そうな顔をする。
「もう来たのか、意外と早かったな」
「ノワールは浮遊魔法が使えるからな。空を飛べば馬よりも早く来れる。モナ殿はダークグリフォンのような飛行可能なモンスターに乗ってきたのだろう」
「成る程……」
ダークがノワールとモナが早くジンカーンの町に到着した理由を話すと、アリシアはダークの方を見て納得の反応を見せる。
ジンカーンの町とセルフストの町が解放されて二つの町は落ち着きを取り戻した。解放後、マルゼント王国軍は二つの町を拠点に魔族軍に占領されている周辺の町や村の解放に取り掛かる。
四日が経ち、周辺の拠点をある程度解放すると、ダークたちは一度今後どうするか話し合うためにセルフストの町にいるノワールに連絡を入れ、モナを連れてジンカーンの町に来るよう伝えた。そして先程、その二人がジンカーンの町に到着したのだ。
「二人はもう本部の屋敷にいるわ。作戦会議の準備も整ってるし、あたしたちが屋敷に行けばいつでも会議を始められるわよ」
「分かった、すぐに戻る」
ダークは頷きながら返事をし、マルゼント王国軍が本部として使っている屋敷へ向かって歩き出す。アリシアとレジーナもその後に続き、ダークと共に屋敷へと向かった。
街道を歩き、ダークたちは町の東側にある本部の屋敷に到着した。解放前は魔族軍が本部として使われていたが、今はマルゼント王国軍が拠点として使っている。屋敷の敷地内では大勢のマルゼント兵が見張りやバリケードとなる柵の作成などをしており、その中には黄金騎士と巨漢騎士が周囲を見張る姿もあった。
敷地に入ったダークたちは真っすぐ屋敷に向かって歩いて行き、ダークたちに気付いた黄金騎士、巨漢騎士たちはダークたちの方を向いて姿勢を正す。マルゼント兵たちも作業する手を止めてダークたちの方を見た。
ダークは自分に注目するマルゼント兵や黄金騎士たちを見ると手を上げ、気にせず作業を続けると無言で伝える。それを感じ取ったのか、黄金騎士と巨漢騎士たちは見張りを再開し、黄金騎士たちを見たマルゼント兵たちも仕事に戻った。
屋敷の前まで来ると、ダークは静かに扉を開けて屋敷の中へ入り、アリシアとレジーナもそれに続くように屋敷に入る。入口前のエントランスでもマルゼント兵たちが作業をしており、その中にマルゼント兵たちに指示を出すマルゼント騎士の姿がった。
マルゼント騎士はダークたちに気付くと、マルゼント兵に簡単な指示を出して早足でダークたちの下へ向かった。
「ダーク陛下、お待ちしておりました」
「会議が行われると聞いて来たのだが、ダンバ殿たちはいらっしゃるのか?」
「ハイ、二階の会議室でお待ちです。ノワール殿とモナ殿もそちらにいらっしゃいます」
「分かった。では、その会議室まで案内してくれ」
「ハイ!」
頼まれたマルゼント騎士は返事をすると階段の方へ歩いて行き、ダークたちはその後をついて行く。
階段を上がって長い廊下をしばらく歩くと、マルゼント騎士は一つの扉の前で立ち止まり、ダークたちの方を向いた。ダークたちも立ち止まると視線を扉に向ける。
「こちらが会議室となっております」
「そうか、忙しいところをすまなかったな?」
「いえ! 滅相もございません」
マルゼント騎士は両手を前に出し、少し驚いた様子を見せながら首を横に振る。アリシアとレジーナはマルゼント騎士の反応がおかしいのかクスクスと小さく笑っていた。
「そ、それでは、私はこれで失礼します」
「ああ、ご苦労だった」
ダークが労いの言葉を掛けると、マルゼント騎士は一礼してもと来た道を戻って行く。マルゼント騎士を見送るとダークは扉を軽くノックする。すると、扉の奥からダンバの声が聞こえてきた。
「どちらかな?」
「私だ、ダークだ」
「ダーク陛下ですか。お待ちしておりました、お入りください」
入室を許可されるとダークは扉を開けて部屋に入る。部屋の中には大きな机が置かれており、その机を囲むようにダンバと二人のマルゼント騎士、そして四日ぶりに見る少年姿のノワールとモナの姿があった。
「マスター!」
ノワールは主人の姿を見ると小さく笑みを浮かべ、モナもダークたちを見ながら無言で頭を下げて挨拶をする。
二人の元気な姿を見たアリシアは微笑み、ダークもノワールの姿を見て小さく笑う。
「元気そうだな、ノワール。モナ殿も変わりないようでよかった」
「ハイ、ダーク陛下もお怪我などをされてないようで」
数日ぶりのダークを見てモナは微笑みを浮かべる。ノワールは安心するモナをを見ると、マスターが怪我をするなんてあり得ません、と心の中で思いながら小さく笑う。
モナを見て笑っていたノワールはダークの後ろにいるアリシアと目が合うと、彼女の方を向いて小さく頭を下げる。レジーナとはジンカーンの町に到着した時に会っているため、挨拶はしなかった。
「アリシアさんもお元気そうで何よりです」
「お前もな。ジェイクたちはどうしてる?」
「お元気ですよ。セルフストの町の住民と町の復興作業をしています」
ノワールからジェイクたちは変わりなく過ごしていると聞かされたアリシアは小さく笑って安心する。レジーナは二人の会話を聞きながら後頭部に両手を当て、相変わらずね、と言いたそうな顔でノワールを見ていた。
再会の挨拶が一通り済むとダークたちはダンバの方を向き、自分に視線を向けるダークたちを見たダンバは会議を始めてもいいと感じる。
「ではこれより、各拠点の現状確認と今後の進軍の方針についての会議を始めます」
ダンバが会議の始まりを宣言すると、ダークは薄っすらと目を赤く光らせ、アリシアたちも真剣な表情を浮かべる。会議が始めるのと同時に部屋の中の空気も一瞬で変わった。
ダンバは机の上に置かれてある地図に視線を向ける。地図にはジンカーンの町とセルフストの町、そしてその周辺にある町や村などが描かれており、ダンバはジンカーンの町とセルフストの町を見ながら口を開いた。
「我々が二つの大都市を解放したことで魔族軍は補給線を断たれ、敵は十分な補給ができなくなりました。これにより魔族軍の防衛力は低下、我々は周辺拠点に部隊を派遣して拠点を解放を始めました」
魔族軍に占領されている拠点の解放を始めていることをダンバは地図を見ながらダークたちに説明する。すると、説明を聞いていたモナが地図の北側を指差す。
「西側と東側にある拠点のほぼ全てを解放しましたので、残るは北側の拠点だけですね?」
「そのとおりだ。北には魔界とこの世界を繋ぐ転移門がある神殿があり、魔族軍はその神殿を本拠点としている。更にその手前にはガロボン砦があり、そこが魔族軍の最終防衛線となっているんだ」
「恐らく、ジンカーンの町とセルフストの町が解放されたことは既に魔族軍の耳に入っているでしょう。敵は私たちが攻め込んで来ることを予想して戦力をガロボン砦を集結されていると思います」
「ああ。そして我々の進軍をガロボン砦で抑えながら魔界に増援を要請し、戦力が整ったら再び侵攻してこのジンカーンの町とセルフストの町を制圧するだろう」
モナとダンバは魔族軍がこれからどう動くのかを予想しながら話し合う。ダークたちもモナとダンバの会話を聞いて十分あり得ると感じていた。
「魔族軍が再度侵攻する前にガロボン砦を解放し、敵本拠点を攻撃できるようにした方がいいでしょう。ガロボン砦を解放できれば魔族軍も侵攻することはできなくなりますから」
「そうだな。だがさっきも言ったようにガロボン砦は魔族軍の最終防衛線、敵の戦力も多く、護りも堅いはずだ。どうやって解放するつもりだ?」
ダンバがどのようにガロボン砦を解放するか尋ねると、モナは視線をダンバから地図に変え、ジンカーンの町とセルフストの町の周辺にある拠点を指差した。
「ジンカーンの町とセルフストの町の戦力だけでなく、周辺拠点からも戦力を集めます。そうすればガロボン砦を解放することも可能なはずです」
「だが、砦や本拠点にいる敵の戦力が分からなければ、どれ程の戦力を集めればいいか分からないだろう。仮に戦力が集まったとしても敵の情報が分からなければ作戦を練ることもできない」
情報が少なすぎて何もできないという現状にモナは僅かに表情を曇らせる。ダンバやマルゼント騎士たちもどうすればいいのか、難しい顔をしながら考えた。
「……捕らえている魔族軍の捕虜から情報を聞き出すしかありませんね」
モナが若干低い声で語ると、ダンバはチラッとモナの方を見る。
「それは難しいんじゃないのか? この町にいる魔族軍の捕虜は結構口が堅く、なかなかこちらが欲しがっている情報は喋らない。指揮官である魔族も……」
ダンバが困ったような顔で喋っていると、ダンバは何かを思い出したような反応をし、黙って話を聞いているダークの方を向いた。
「ダーク陛下、確かこの町を占領していた魔族軍の指揮官の尋問はビフレスト王国が行っていたはずですが、奴は何か吐きましたか?」
魔族軍の指揮官の尋問はダークたちが行っていると聞いたモナは意外そうな顔でダークの方を向き、ノワールもチラッとダークに視線を向けた。
ダークは魔族軍の指揮官であるアルカーノを尋問する際、ダンバから尋問を行う許可を得ていたので、ダンバはアルカーノがダークたちから尋問を受けることを知っていた。しかし、ジンカーンの町の状況確認や他の拠点を解放するために部隊編成をするなどして、この四日間はとても忙しく、アルカーノの尋問のことをスッカリ忘れていたのだ。
「ああ、奴か……各拠点を占領する魔族軍の戦力やマルゼント王国を征服した後の予定などは吐いたが、それ以外のことはまだ聞き出せていない。まだ尋問中だ」
「ダーク陛下、その指揮官に会って情報を聞き出したいのですが、会わせていただけますか?」
モナが尋問中のアルカーノに会わせてほしいと頼むと、ダークは考えるかのように俯いて黙り込んだ。すると、ダークは何かの気配を感じ取ったかのようにチラッと足元を見て、ゆっくりと顔を上げる。
「その必要は無さそうだ」
「え?」
ダークの言葉の意味が理解できないモナは小首を傾げる。その時、ダークの右側の床から一体のモンスターが沸き上がるように現れた。現れたモンスターを見たレジーナ、モナ、ダンバ、マルゼント騎士たちは驚きの反応を見せる。
現れたのは身長170cmくらいで苔色の体をしたモンスターだった。鋭い爪の生えた長い腕と短い脚、楕円形を縦にしたような頭部に八つの赤く丸い目と昆虫のような大顎を持っている。背中からは六本の細長い触手が生えており、やや不気味さが感じられた。
突然現れたモンスターにレジーナやモナたちは咄嗟に構えるが、ダークが素早く手を上げてレジーナたちに待つよう指示を出す。ダークの反応を見たレジーナたちは現れたモンスターもダークが支配するモンスターだと知って警戒を解く。アリシアとノワールは目の前のモンスターのことを知っているのか驚く様子は見せなかった。
「ダーク様、お取込み中、失礼いたします」
「構わない……それより、お前が此処に来たということは、奴が何か吐いたのだろう?」
「ハイ、敵に関する情報を幾つか……」
低い声を出すモンスターを見ながらダークはそうか、というように軽く頷く。アリシアも目を若干鋭くしてモンスターを見つめている。
「あのぉ、ノワール君。彼はいったい……」
ダークとアリシアがモンスターと話している中、驚いていたモナが無表情でモンスターを見ているノワールに近づき、モンスターについて小声で尋ねた。
「彼はディーレストと言い、ペインインセクトと言う種類のモンスターです」
「ペインインセクト、聞いたことのないモンスターですね」
初めて聞くモンスターの名前にモナは小首を傾げる。無理もない、ペインインセクトはLMFの世界にしか存在しないモンスターなのだから。
モナがディーレストと呼ばれるペインインセクトを見つめていると、ノワールがペインインセクトがどんなモンスターなのか説明し始めた。
「ペインインセクトは爪や背中に生えている六本の触手を使って攻撃する昆虫族モンスターです。普通に攻撃するだけでなく、背中の触手を相手の体に刺し、触手の先端から強い毒を流し込んで相手に激痛を与えることもできます」
「ど、毒を流し込む……」
ペインインセクトの情報を聞いたモナはノワールを見ながら少しだけ顔色を悪くする。
「ディーレストは普通のモンスターと違い会話ができるので、バーネストで尋問官を担当しているんですが、魔族軍の捕虜から情報を得るために町を解放した後、マスターがバーネストから呼び出したそうです」
「そ、そうだったのですか……もしかして、この町にいた魔族軍の指揮官を尋問しているのって……」
「ええ、彼です」
ディーレストを見ながらノワールは頷き、モナもディーレストの方を向く。ディーレストの不気味な姿にまだ慣れていないのか、モナは目を軽く見開きながらディーレストを見ている。ダンバやマルゼント騎士たちも同じような表情でディーレストを見ていた。
ノワールたちの視線に気付いていないのか、ディーレストは目の前にいるダークだけを見ている。ダークもノワールたちの方は見ず、ディーレストをジッと見つめていた。
「それで奴は、アルカーノはどんな情報を吐いたんだ?」
「ハイ、魔族軍の総司令官とガロボン砦の指揮官、そして敵本拠点とガロボン砦の戦力に関する情報です」
「……説明しろ」
ダークの命令にディーレストは無言で頷く。アリシアやノワールたちも黙ってディーレストを見ながら耳を傾けた。
「まず、今回侵攻してきた魔族軍の総司令官ですが、ゼムと呼ばれているダーク・ソーサラーです。魔界でも一二を争う実力を持った魔法使いでレベルは72とのことです」
「ほお、レベル72か」
魔族軍の総司令官のレベルが72と知ったダークは低い声で呟き、アリシア、ノワール、レジーナは無表情で話を聞いている。だが、モナやダンバたちはレベル72の魔族がいると聞いて驚きの反応を見せていた。
普通ならレベル72の敵がいると聞けばモナたちのように驚くものなのだが、レベル100のダークとアリシア、レベル94のノワールにとっては驚くような数値ではなかった。レジーナも高レベルのダークたちと共にいるため、レベル72の敵がいると聞いても驚くことはなかったのだ。
モナはダンバはまったく驚いていないダークたちを見て目を丸くする。どうしてレベル72の敵がいると聞いて驚かないのか、彼らは不思議で仕方がなかった。
「次にガロボン砦の魔族軍を指揮する者ですが、ベレマスと言うレベル64の魔族でシャーマンウォリアーと言う職業を修めているとのことです」
「シャーマンウォリアー?」
聞いたことのない職業の名前にダークは反応する。シャーマンウォリアーなどと言う職業はLMFにいた頃も聞いたことが無い。その点から、ダークはシャーマンウォリアーと言う職業は異世界にしか存在しない職業だと気付いた。
ダークはチラッとアリシアの方を向き、シャーマンウォリアーとは何か目で尋ねる。すると、アリシアはダークの方をチラッと見ながら口を開く。
「シャーマンウォリアーとは、死んだモンスターの魂を呼び出して自身に憑依させ、そのモンスターの特性を得ることができる上級の職業です」
「モンスターの特性を得る?」
「ハイ、例えばオーガのような筋力の高いモンスターを憑依させれば、オーガのような強い筋力と肉体を得ることができます。ただし、強いモンスターの特性を得るのであれば、それなりにレベルを高くする必要があります」
アリシアの説明を聞いたダークはほほぉ、と小さく頷き、ノワールも成る程、と納得したような反応を見せている。この世界にはまだ自分たちの知らない職業がたくさん存在するのだとダークとノワールは理解した。
「そのベレマスと言う魔族についてですが、そのシャーマンウォリアーの力で一度に三体のモンスターの魂を憑依させることができるとのことです」
「三体のモンスター、つまり一度に三つの特性を手に入れることができるという訳か……」
「まだ何か情報を隠していると思っておりましたが、司令官と指揮官についてはこれ以上のことは何も知らないとのことです」
「そうか……で、敵戦力についての情報は?」
ダークは一番重要な魔族軍の戦力について尋ねる。アリシアたちも魔族軍の戦力がどれ程のものなのか気になり、ディーレストを見ながら真剣な表情を浮かべた。
「アルカーノの話では魔族軍の戦力はガロボン砦に約三千五百、本拠点である神殿には約四千の戦力があるそうです」
「そんな! まだそんなに戦力が残ってるなんて……」
モナはガロボン砦と敵の本拠点に存在する魔族軍の戦力に驚き声を上げる。ダンバとマルゼント騎士たちも驚き、レジーナはうわぁ、と面倒くさそうな顔をしていた。
ここまでかなりの数の悪魔族モンスターを倒してきたのにまだ魔族軍に大量の戦力が残っていることを知ったダークは流石におかしく思い、腕を組みながら小さく頷いた。
(……奴らはどうやってそんな大戦力を用意したんだ。常に魔界に増援を要請しているのか? いや、増援を要請したとしても、魔界で部隊を編制、準備するにはそれなりの時間が掛かる。すぐにこっちの世界は呼び出すことなどできやしない。そもそも魔族軍の戦力の殆どが悪魔族モンスターで魔族兵が少ないというのも妙だ)
ダークはこれまでに得た情報と魔族軍の編成を思い出し、どのように魔族軍が大部隊を用意したのかを考える。
魔族軍で悪魔族モンスターが多いのは魔界で生息していた悪魔族モンスターを捕らえて手懐けたからではとダークは推理した。だが、同じ種類の悪魔族モンスターを何百体も集め、言うことを聞くように手懐けるのは簡単なことではない。いくら魔族でも短時間でそんなことができるはずがないとダークは考えた。
軍師であるモナを始め、アリシアやダンバたちも魔族軍がどのようにして大部隊を用意したのか考えるが、いくら考えても分からない。全員が難しい顔をしながら頭を悩ませた。そんな中、ダークはディーレストの方を見て目を薄っすらと赤く光らせる。
「ディーレスト、魔族軍は大量の悪魔で部隊を編成しているが、その点についてアルカーノから聞き出したか?」
「いえ、本日は指揮官と戦力数のみでその点についてはまだ……」
「ならすぐに奴の下へ行き、なぜ魔族軍が大部隊を用意できるのか、なぜ部隊の殆どが悪魔で、どのようにして大量の悪魔を手懐けたのかを聞き出せ」
「承知しました」
命令を受けたディーレストは軽く一礼し、ゆっくりと床に沈むように消えていく。姿を消したディーレストを見てモナやダンバたちは目を軽く見開いた。
「今、ディーレストがアルカーノに魔族軍の戦力の秘密を聞き出しに行った。奴が戻るまでは敵戦力の件はひとまず置いておき、今後どのように動くかを決めた方がいいだろう」
ディーレストが会議室からいなくなると、ダークはアリシアたちの方を向いて会議を続けるよう伝える。モナたちも分からないことでいつまでも悩むより、今できることをやろうと気持ちを切り替えた。
「では、とりあえず今後の魔族軍との戦いについて決めていきましょう」
会議を再開すると、モナは地図に視線を向け、ダークたちも全員地図に注目した。
「魔族軍の本拠点を攻撃するには、まずガロボン砦を解放し、そこを攻撃の拠点にしなくてはいけません。ですが、強固なガロボン砦を解放するにはこちらも部隊を編成し、万全な状態で戦う必要があります」
そう言ってモナは真剣な表情を浮かべながらガロボン砦の近くにある拠点を指差した。
「そのためには、まずガロボン砦に最も近いイセギー村を解放し、砦解放のための拠点にする必要があります。ですから、まずはイセギー村を解放するべきだと私は考えています」
「モナ、その点なら心配ない。イセギー村を解放するために早朝から部隊を向かわせた。ビフレスト王国の騎士たちも同行している。今日中に村は解放されるだろう」
ダンバが笑いながらすぐにイセギー村を解放されるだろうと話し、それを聞いたモナはそうですか、と言いたそうに笑みを浮かべる。これならガロボン砦もすぐに解放されるだろう、モナやダンバ、アリシアたちはそう思っていた。
魔族軍との戦争も終わりが近づいて来ている、ダークたちがそう思いながら会議を続けようとした。だがその時、突然会議室の出入口である扉が勢いよく開く。