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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十八章~魔界の侵略者~
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第二百六十四話  戦闘狂の女魔族


 ケルディの短剣による連続攻撃をジェイクはタイタンを素早く動かして防いでいく。鋭い表情を浮かべるジェイクに対し、ケルディはジェイクを見下すような不敵な笑みを浮かべていた。

 既に戦いが始まってから数分が経過しており、お互いに激しい攻防を繰り広げている。傍から見れば実力は互角に見えるが、実際はジェイクが若干押されている状態だった。


「どうした、おっさん? 戦い始めた時は攻撃してきたのに、今は防御ばっかじゃねぇか」

「俺は用心深い性格でな、お前の攻撃パターンや情報を集めるまでは慎重に攻撃させてもらうぜ」

「用心深い? ハッ! 気が小さいの間違いだろうっ!」


 力の入った声を出しながらケルディは右手の短剣で突きを放ち、ジェイクはそれをタイタンの柄で払って防いだ。攻撃が防がれると、ケルディは次に左手の逆手で持っている短剣を横に振って攻撃する。この攻撃は防げないと感じたジェイクは後ろに下がって横切りを回避した。

 全ての攻撃が失敗したのを見て、ケルディは舌打ちをする。先程からずっと今のような状態が続いているため、ケルディも徐々に苛立ちを露わにするようになってきていた。

 苛立ちを顔に出すケルディを見ながら、ジェイクは反撃のチャンスと感じてタイタンを横に振って攻撃する。だが、ケルディは左から迫ってくるタイタンの刃を見ると上半身を後ろに倒してタイタンの刃をギリギリで回避した。苛ついていても冷静さは失っていないらしい。


「チッ、ダメか……」


 一瞬の隙をついた攻撃を簡単にかわされ、ジェイクは小声で悔しがる。攻撃をかわしたケルディは一度態勢を立て直すために後ろへ跳んで距離を取り、ジェイクも離れるケルディを見て構え直した。


「まさか今のをかわすとは思ってなかったぜ。偉そうなことを言うだけの実力はあるってことか」

「ハッ、ナメんじゃねぇよ。お前のトロい攻撃がアタイに当たるわけねぇだろうが」

「確かにお前に攻撃を当てるのは難しそうだ。だが、お前だって俺に攻撃を当てられてねぇんだぜ?」

「本当に口の減らねぇおっさんだな。なら、次の攻撃で喋れないくらい追い込んでやるよ」


 ケルディは足の位置を少しだけずらし、両手の短剣を構え直した。ジェイクはケルディが態勢を変えたのを見て攻撃してくると感じ、警戒を強くする。その直後、ケルディは地面を蹴って勢いよくジェイクに向かって跳んだ。


「何っ!」


 予想以上の速さで跳んできたケルディにジェイクは思わず声を出す。ケルディはジェイクの目の前まで近づいた瞬間、右手の短剣で袈裟切りを放つ。

 ジェイクは咄嗟にタイタンの柄の部分で袈裟切りを止めるが、その隙にケルディは左手に持つ短剣で攻撃する。左手の攻撃に気付いたジェイクは後ろへ跳んでかわそうとしたが、回避が間に合わずに右腕の前腕部を少しだけ切られてしまう。


「グッ!」


 腕から伝わる痛みにジェイクは表情を歪めるが、痛みなど気にしている余裕はない。ジェイクはケルディに反撃しようと前を見る。だが、ケルディはジェイクの正面から消え、いつの間にかジェイクの右側面に回り込んでいた。

 ジェイクと目が合ったケルディは不敵な笑みを浮かべながら右手の短剣で突きを放つ。ジェイクは右に体を反らし、ケルディの突きをギリギリでかわす。そして、かわしてすぐにタイタンを振ってケルディに反撃するが、ケルディは素早く後ろへ移動してジェイクの攻撃をかわした。

 回避した直後の攻撃もかわされてしまい、ジェイクは僅かに驚く。ケルディは驚くジェイクの顔を見ながら二ッと笑い、前に踏み込みながら左手の短剣を横の振ってジェイクの顔を攻撃しようとする。ジェイクは迫ってくる短剣を見ながら後ろへ跳ぶが、切っ先が頬を掠り、ジェイクの右の頬に切傷ができた。

 再び攻撃を受けてしまったジェイクは奥歯を噛みしめながらケルディを睨む。すぐに反撃したいところだが、今の状態で反撃しても先程と同じ結果になりかねない。態勢を立て直すため、ジェイクはそのまま後ろへ下がって距離を取ることにした。

 距離を取ったジェイクは頬の傷から流れる血を手の甲で拭い、遠くにいるケルディを見る。ケルディはジェイクを見ながら愉快そうな顔で右手の短剣を手の中で回していた。


「ハハハッ、どうだよおっさん。ちったぁ理解できたか? アタイがずっと手加減して戦ってたってことを?」

「……ああ、確かにさっきと比べたら速くなってるな」


 動揺を見せることなく、ジェイクは落ち着いた口調で納得する。ケルディは二度も攻撃を受けたのに取り乱さないジェイクが面白くないのか、ムッとしながら彼を睨んだ。

 ジェイクは頬と右腕の傷が浅いのを確認するとタイタンを構え直し、ケルディがどんな動きを取ってもすぐに対応できるよう、彼女に意識を集中させる。


「お前の武装と身軽さ、そして攻撃速度から考えると、お前は盗賊のような移動速度の高い職業クラスだな?」

「へぇ、鋭いじゃねぇか。てっきり力だけあって頭の方が悪いと思ってたぜ」


 自分の職業クラスに気付いたジェイクを小馬鹿にしながらケルディは笑う。ジェイクはケルディの挑発に乗ることなく黙って彼女を見つめていた。


「お前の言うとおりだよ。アタイの職業クラスはイレイザー、アサシンの上位職で攻撃力や移動速度、殺しの技術はアサシンよりも遥かに上だ。ついでに教えておくと、お前の仲間が戦っているエーヴィンもイレイザーだよ」

「分かりやすい説明をありがとよ……しかし、移動速度の高い職業クラスとは言え、俺が追いつけないくらいの速さで移動するってことは、俺と同じくらいのレベルってことか」

「はあぁ?」


 ケルディはジェイクを見ながら不機嫌そうな声を出し、ジェイクはケルディの反応を見て、何か変なことを言ったか、と言いたそうな顔をする。


「アタイをお前なんかと一緒にすんじゃねぇよ! アタイはレベル63、人間の限界レベルを超えてるんだよ」

「へえ、63か……やっぱり俺と同じくらいだな」

「はあ?」

「俺、一応レベル60なんだぜ」


 ジェイクのレベルを聞いたケルディは目を見開く。目の前にいる人間の男が自分よりもレベルが三つ低いだけだと知って驚いたようだ。だが、少し驚いただけですぐに余裕の表情を浮かべる。


「レベル60か……それならアタイの攻撃にここまで耐えれたのも納得だな」


 両手の短剣を回しながらケルディは語る。レベルを聞かされた直後は嘘をついているのではと疑っていたが、ここまでの戦いでジェイクが自分の攻撃を防いだことから嘘はついていないと感じたようだ。


「だけどな、例えレベルが同じくらいでもアタイの方がレベルは上なんだ。おまけに人間よりも魔族の方が身体能力が優れている。お前がアタイに勝つなんてことは絶対にあり得ねぇ」

「ハッ、それはどうかな? こっちはお前のレベルと職業クラスが分かったことで少しは戦いやすくなったんだぜ? そもそもこっちはまだ本気を出してねぇしな」

「攻撃を二発喰らった奴が言っても説得力がねぇな。それに、本気を出してないのはアタイも一緒だってこと、忘れんじゃねぇぞ?」


 本気を出していないから勝負がどうなるかは分からない、ジェイクとケルディはそう考えながら自分の武器を構え、目の前に立っている相手を見つめる。しばらく睨み合った後、二人は敵に向かって走り出した。


――――――


 ジェイクとケルディから少し離れた所ではファウとエーヴィンが刃を交えていた。ファウはサクリファイスでエーヴィンの攻撃を防ぎ、エーヴィンもファウの攻撃を華麗に回避する。相手に隙があれば迷うことなく攻撃するが、どちらもまだ無傷の状態だ。

 しばらく攻防を繰り返した二人は同時に後ろへ跳んで距離を取る。相手から離れると、ファウはサクリファイスで中段構えを取り、エーヴィンは短剣を握りながら両手を横に伸ばし、お互いに自分の敵を見つめた。


「なかなかやりますわね? 人間だと思って少々甘く見ていましたわ」

「それはどうも。こっちもアンタのこと、口だけの女かと思ってたわ」


 ファウは小さく笑いながらエーヴィンを挑発し、そんなファウを見ながらエーヴィンもクスクスと笑い出す。ただ、その笑顔からは僅かに不気味さが感じられる。


「これだけ強いと殺し甲斐があるというものですわ。貴女がどんな顔をして泣き叫ぶのか、とてもワクワクいたします」

「気持ち悪いわね……アンタってあれ? 他人を痛めつけて快感を得る頭のおかしい人?」

「あら、酷い言われようですわね? まあ、他人を痛めつけることが楽しいかと訊かれれば否定はしませんわ」

「うわぁ、最低」


 エーヴィンの捻じ曲がった性格にファウは思わず一歩下がってしまう。今まで頭のおかしい人物には何度も会って来たが、目の前にいる女魔族は嘗て自分を陥れようとした帝国の皇子よりも異常な人物だとファウは思っていた。

 ファウがサクリファイスを構えながら下がるを見てエーヴィンは二本の短剣を構え直し、足の位置も少しだけ動かした。


「さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ戦闘を再開いたしましょう」

「グウゥ……」


 笑顔で戦い始めようとするエーヴィンを見たファウは気分の悪そうな顔でエーヴィンを睨む。目の前にいる女魔族はマルゼント王国軍の兵士たちにとって非常に危険な存在だと感じたファウは絶対の此処で倒さなくてはいけないと感じた。

 ファウがエーヴィンの性格に気分を悪くしていると、エーヴィンは地面を蹴り、ファウに向かって勢いよく跳ぶ。いきなり突撃してきたエーヴィンにファウは一瞬驚きを見せるが、素早く迎撃態勢に入る。そしてエーヴィンはファウの目の前まで近づいた瞬間、右手の短剣でファウの顔に突きを放った。

 迫ってくる短剣をファウは右へ移動してかわし、そのままサクリファイスで袈裟切りを放って反撃する。エーヴィンはサクリファイスを見ると小さく笑い、左手に持っている短剣に気力を送り込んで剣身を桃色に光らせ、その状態でサクリファイスを止めた。

 自分の攻撃が短剣で防がれたのを見たファウは思わず目を見開く。短剣よりも遥かに大きな剣を短剣一本で止められたのだから無理もない。だが、相手が身体能力の高い魔族で武器を気力で強化されているのなら、それも可能と言えるだろう。

 ファウの攻撃を防いだエーヴィンは右手の短剣を横に振ってファウに反撃する。反応に遅れたファウはエーヴィンの攻撃をかわせず、左上腕部を切られた。


「痛っ!」


 腕を切られた痛みでファウは声を上げ、それを見たエーヴィンは楽しそうな笑みを浮かべた。エーヴィンは左手の短剣で素早く突きを放ちファウを追撃する。だが、一度攻撃を受けたファウは二度目の攻撃は受けまいとサクリファイスの剣身で突きを防ぎ、後ろへ跳んで距離を取った。

 離れたファウは両手でサクリファイスを握ったままエーヴィンを警戒し、切られた箇所を確認する。切られた左腕からは血が流れているが、傷口はそんなに深くなくないため、そのままの状態でも大丈夫だとファウは感じた。


「ウフフフ、さっきの表情、とても良かったですわよ」

「人が苦しむ顔を見て喜ぶなんて、やっぱアンタ、頭おかしいわ」

「貴女がわたくしのことをどう思おうが勝手ですわ。ですが、今はわたくしのことよりもご自分のことを考えた方がよろしいと思いますわよ?」


 微笑みながらそう言ったエーヴィンはファウに向かって勢いよく走り出す。ファウは迫ってくるエーヴィンを見ながら構え直し、間合いに入った瞬間にサクリファイスを右から横に振って攻撃した。だがエーヴィンは高くジャンプして横切りをかわし、空中で一回転しながらファウを乗り越え、彼女の背後に背中を向けた状態で下り立つ。

 ファウは背後に回り込んだエーヴィンに驚き、急いで振り返ろうとする。だがファウよりも早くエーヴィンが振り返り、右手の短剣で顔に突きを放った。ファウは咄嗟に顔を右へ動かして突きをかわすが、切っ先がファウのツインテールの片方に触れて僅かに髪を切り落とす。

 攻撃をかわしたファウはすぐにサクリファイスを振って反撃するが、エーヴィンは後ろへ跳んでそれを楽々とかわして見せた。


「いい反応速度ですわね? わたくしの攻撃にここまで耐えた人間は貴女が初めてですわよ」

「そりゃどうも。これでもレベル60なんでね、簡単に負けるつもりは無いのよ」

「あら、貴女レベル60だったのですか? それならレベル62のわたくしの攻撃をかわせるのも納得ですわね」


 エーヴィンはファウが自分の攻撃を回避し続けることができた理由を知って納得の反応を見せ、ファウも目の前の女魔族が自分よりレベルが二つ高いことを知って僅かに目を鋭くする。

 ファウのレベルを知ったエーヴィンは再び不敵な笑みを浮かべて二本の短剣を構えた。


「ほぼ同じレベルを持つ方が相手なら、本気を出して戦わないと失礼ですわよね」

「何ですって?」


 エーヴィンの言葉を聞いたファウは今までエーヴィンが本気で戦ってなかったと知って驚く。そんなファウを見ながらエーヴィンは右手に持っている短剣に気力を送り込み、剣身を桃色に光らせる。


「次の攻撃、貴女に避けられますか?」


 不敵な笑みを浮かべながらエーヴィンは楽しそうに喋り、ファウはエーヴィンを見て戦技を使ってくると感じ、警戒心を強くする。その直後、エーヴィンが攻撃を仕掛けた。


「天風斬!」


 戦技を発動させたエーヴィンは地面を蹴って勢いよくファウに右側に向かって跳ぶ。その速さは今までのエーヴィンの動きとは明らかに違い、ファウはあまりの速さに目を見開く。驚いていたファウは左へ移動して攻撃を避けようとするが、エーヴィンが真横を通過する時に右脇腹を切られてしまう。


「グウウゥッ!」


 脇腹の痛みにファウは歯を噛みしめ、左手で脇腹の傷口を押さえる。かわし切れなかったものの、何とか致命傷は避けることができた。

 ファウは痛みに耐えながら右手でサクリファイスを握り、遠くにいるエーヴィンを睨む。エーヴィンはファウの方を向くと笑いながら血の付いた短剣を自分の顔に近づけた。


「ウフフフ、いいですわよ。その激痛に苦しむ表情、見ていてとても気分がいいですわ」

「コイツゥ……」

「さぁ、もっとわたくしを楽しませてください」

 

 そう言うとエーヴィンはファウに向かって走り出し、ファウはサクリファイスを左から右に向かって振り、迫ってくるエーヴィンに攻撃する。エーヴィンはサクリファイスをかわすとファウの左側面に回り込み、右手の短剣で袈裟切りを放った。

 ファウはエーヴィンの袈裟切りをサクリファイスで防ぐと素早く反撃する。だがその反撃もエーヴィンは後ろに下がって難なくかわし、左手に持っている短剣で反撃した。ファウは上半身を後ろに少し倒して短剣をかわし、後ろへ跳んでエーヴィンから距離を取る。


「あらあら、また後退して態勢を立て直すのですか? 何度やっても何も変わりませんのに」


 エーヴィンは困ったような表情でファウを見ながら小さく溜め息をつく。ファウはそんなエーヴィンを見て悔しそうな顔をした。エーヴィンに対する怒りと悔しさで脇腹や腕の痛みはもう気にならなくなっている。

 距離を取ったファウは右手に力を入れてサクリファイスをに強く握る。これ以上、エーヴィンを調子に乗らせないため、ファウも本気を出して戦うことにした。

 ファウはサクリファイスの剣身を見て、剣身に埋め込まれている宝玉が全て赤く光っているのを確認すると、サクリファイスの能力を発動させた。宝玉の光は全て消え、逆にファウの体が薄っすらと赤く光り出す。


「何ですの、それは?」


 赤く光るファウの姿を見たエーヴィンは何が起きたのか分からずに不思議そうな顔をする。するとファウはサクリファイスの切っ先をエーヴィンに向けて口を動かす。


「これ以上、アンタに言いたいことを言わせたり、人を傷つけて楽しそうにする顔を見るのは嫌なの。このあたりで本気を出させてもらうわよ」

「あら、今まで本気ではなかったのですか? でしたら、まだまだ戦いを楽しむことができそうですわね」


 ファウが本気を出すと知ったエーヴィンは短剣を構え直して不敵に笑う。ファウは脇腹を押さえていた左手を動かして両手でサクリファイスを握り、中段構えを取りながらエーヴィンを睨む。


――――――


 ジェイクはケルディと激しい戦いを続けていた。タイタンを振り下ろしてケルディを攻撃するが、ケルディは振り下ろしを素早くかわし、ジェイクの左側面に回り込んで短剣で攻撃する。だがジェイクも負けずとタイタンの柄の部分でケルディの攻撃を防いだ。

 しばらく攻防を繰り返したジェイクとケルディは後ろに下がって相手から距離を取り、構えながら相手をジッと見つめる。


「確かにさっきまでと比べれば少しはアタイの動きについて来れるようになったみてぇだな」

「だから言っただろう? 戦いやすくなったってな」

「ケッ、いい気になるなよ? それでもお前はまだアタイに傷一つ付けちゃいねぇんだ。戦況に大きな変化は出てねぇ」


 ケルディの言葉にジェイクはピクリと反応する。確かにケルディのレベルと職業クラス、戦い方が判明した後に戦闘を再開したがケルディには掠り傷一つ付けることはできなかった。ジェイクは情報を得れば戦いで有利に立てると思っていた自分の考えが甘かったと気付く。

 ジェイクはタイタンを構えたまましばらくケルディを見つめる。やがて、ゆっくりとタイタンを下ろして軽く溜め息をついた。


「戦いやすくなれば勝てるかもと思ってたが、無理だったか……ハァ、仕方ない。できればあれを使うことなく勝ちたかったが、この状況じゃ使うしかないか」


 俯きながら一人小言を言うジェイクはゆっくりと顔を上げてケルディの方を向き、ジェイクと目が合ったケルディは鋭い目でジェイクを睨む。


「ここから俺は本気で戦わせてもらう。お前が無傷でいられるのもこれで終わりだ」

「ハッ、この状況でハッタリか。そんなこと言ってアタイが動揺すると思ったら大間違いだぞ。それにお前が本気を出したところでアタイに傷を付けるなんてことは……」


 ケルディが自信に満ちた口調で喋っていると、目の前にいたジェイクが突然消え、ケルディは視界から消えたジェイクに驚きの反応を見せる。その直後、ジェイクはケルディの背後に現れ、それに気付いたケルディは振り返りながら目を見開く。

 驚くケルディにジェイクはタイタンで袈裟切りを放つ。ケルディは体の向きをジェイクに向けながら後ろに跳んで攻撃をかわそうとする。だが、かわしきれずに腹部を少し切られてしまう。腹部から伝わる痛みにケルディは表情を歪ませるが、ジェイクから距離を取ると顔を上げてジェイクを睨み付けた。


「テ、テメェ、今何をしやがった?」

「何を? 普通にお前の背後に回り込んで攻撃しただけだ」

「ふざけんじゃねぇ! 突然視界から消えて背後に現れたのに何が普通だ。真面目に答えろ!」


 正直に答えないジェイクにケルディは声を上げ、ジェイクはそんなケルディを見て少し呆れたような反応を見せる。どんな方法で攻撃したのかを敵に正直に教えるほど、ジェイクは馬鹿ではないし、口も軽くはない。

 ジェイクは高速移動が可能になるブレスレット、ヘルメスの光輪を使ってケルディの背後に回り込んだのだ。本当はヘルメスの光輪を使わずにケルディを倒すつもりだったのだが、素早く移動できるケルディに攻撃を当てるには自分も素早く移動するしかないと感じ、ジェイクはブレスレットの能力を使うことにした。

 どんな方法で背後に回り込んだのか教えないジェイクをケルディは睨み付けている。すると、ジェイクはタイタンを構え直して再びケルディの前から消えた。

 ジェイクが再び姿を消すと、ケルディは短剣を構えて周囲を警戒する。するとジェイクは再びケルディの背後に現れ、タイタンを勢いよく振り下ろす。ジェイクの気配に気付いたケルディは前に跳んで振り下ろしをかわした。

 二度目の奇襲の回避に成功したケルディは小さく笑いながらジェイクの方を向く。だが振り返った瞬間にジェイクが真正面から体当たりをし、ケルディを大きく後ろに突き飛ばす。巨体による体当たりはダメージが大きかったのかケルディは奥歯を噛みしめていた。

 突き飛ばされたケルディは背中から地面に叩きつけられ、左手に持っている短剣を落とす。切られた腹部と体当たりを受けた箇所の痛みにケルディは苦痛の表情を浮かべており、その様子をジェイクは離れた所から見ていた。


「俺にはお前を傷つけることはできないと言ったな? これでもまだそんなことが言えるのか?」


 倒れているケルディにジェイクは嫌味を言い、同時にもう今までのようにはいかないと遠回しに伝える。するとケルディはゆっくりと立ち上がり、痛みに耐えながらジェイクを睨み付けた。


「調子に乗んなよ、おっさん! ここからはアタイも本気を出して戦ってやる。さっきみたいに有利に戦えると思ったら大間違いだからな!」

「喋ってる暇があるならさっさとかかって来い」

「クッ! 言われなくても行ってやらぁ!」


 ケルディは険しい顔で叫びながらジェイクに向かって走り出し、ジェイクもタイタンを構えて迎撃態勢に入った。

 構えるジェイクを見たケルディは空いている左手を腰に回し、二本に小さなナイフを走りながらジェイクに向かって投げる。ジェイクは飛んできたナイフをタイタンで素早く叩き落とし、ケルディはジェイクがナイフを落とすために構えを崩したのを見ると、走る速度を上げて一気にジェイクに近づく。その移動速度はさっきまでと比べて明らかに速かった。

 ジェイクの前まで近づいたケルディは右手のナイフに気力を送り込んで剣身を水色に光らせた。


「覇獣爪斬!」


 戦技を発動させたケルディはジェイクに向かって短剣を勢いよく振る。ジェイクは咄嗟にタイタンの柄の部分でケルディの攻撃を防ぐが、剣身と柄がぶつかった瞬間に強い衝撃が伝わり、ジェイクは表情を僅かに歪ませた。


「どうだ? さっきよりも力も速さも違うだろう? これがアタイの本気の力なんだよっ!」


 ケルディは右足でジェイクの腹部に蹴りを入れてジェイクを蹴り飛ばし、ジェイクは仰向けに倒れる。巨漢のジェイクが女に蹴り飛ばされるなんて普通では考えられないことだが、相手が同じくらいのレベルで魔族なら可能なことだった。

 倒れたジェイクは急いで起き上がろうとするが、起き上がる前にケルディが先に動いた。ケルディは短剣を逆手に持ち替えてジェイクを見下ろしながら短剣を振り上げる。


「最初に言ったよな、ゆっくり甚振って後悔させてやるって? 宣言どおり、時間を掛けて殺してやるよ。時間を掛けて手足を切り刻んで、最後に心臓を串刺しだっ!」


 ジェイクを睨みながらケルディは短剣をジェイクの足に向かって振り下ろす。仰向けに倒れている状態では攻撃を防ぐこともかわすこともできず、迎撃することも難しい。ケルディは心の中で勝利を確信した。

 だがその時、仰向けになっていたジェイクが視界から消え、ケルディは驚きのあまり振り下ろそうとした短剣を止める。ジェイクは何処に行ったのか、ケルディが周囲を見回していると、ケルディの背後にジェイクが現れ、タイタンでケルディの背中を切り裂いた。


「グアァッ!?」


 背中の激痛にケルディは声を上げ、そのまま俯せに倒れた。体を小さく震わせながらケルディは後ろを向き、自分を見下ろしているジェイクを見上げる。さっきまで仰向けて倒れていた男がどうして自分の背後に立っているのか、ケルディは全く理解できなかった。


「お、お前……どうして……」

「悪いが、仰向けに倒したくらいじゃ、俺の隙をついたことにはならないぜ」

「ど、どういう……」


 どういう意味だ、ケルディがそう訊こうとすると、ジェイクは自分の腕にはめているヘルメスの光輪を見せた。


「俺はこのマジックアイテムを使って高速移動をしていたんだ。これを使うと俺はとてつもない速さで移動ができ、一瞬で敵の背後に回り込んだり、近づいたりすることができる。さっき仰向けに倒れていた時もコイツを使って素早く起き上がり、お前の背後に回ったんだよ」

「ば、馬鹿な……そんなマジックアイテムが、人間界にあるなんて……聞いてねぇよ」


 見下していた人間がとんでもないマジックアイテムを所持していたと知ったケルディは倒れたまま驚愕する。彼女の様子から高速移動ができるようになるマジックアイテムは魔界にも存在しないようだ。

 ケルディは痛みに耐えながら起き上がって落ちている短剣を拾い、立ち上がると咳き込んで微量に血を吐く。背中の傷は深く、ケルディはかなりのダメージを受けたようだ。ジェイクは立ち上がったケルディを目を細くしながら見つめている。


「大したもんだぜ。人間なら起き上がることもできねぇ傷なのに、流石は魔族と言うべきだな……だが、その状態はもう戦うことはできねぇな」

「う、るせぇ……アタイは、まだ戦える……勝負は、これからだ……」

「そんな状態で戦っても勝ち目はねぇ、やめておけ」

「うるせぇって……言ってる、だろうがぁ!」


 短剣を強く握り、ケルディはジェイクに向かって走り出す。背中の傷のせいか、その走る速度は先程と比べて明らかに遅い。普通のマルゼント兵でも追い抜くことができるくらいの遅さだ。

 ジェイクは苦痛に耐えながら走ってくるケルディを見ながら哀れむような顔をする。まともに戦える状態じゃないのに敵に向かって行くケルディの考えが理解できなかった。

 走ってくるケルディを見ながら、ジェイクはタイタンを構える。そして、ヘルメスの光輪の能力を使い、一瞬にしてケルディ後ろに回り込んだ。その直後、ケルディの体に大きな切傷ができ、そこから大量の血が噴き出る。高速移動でケルディの横を通過する時に攻撃したのだ。


「チ……クショ……ウ……」


 ケルディは悔しそうな声を出し、僅かな涙を流しながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。倒れたケルディの周りには彼女の血が広がった。


「命よりも誇りを選ぶなんて、馬鹿な姉ちゃんだ……」


 ジェイクは涙を流しながら倒れるケルディを見て首を軽く横に振る。ケルディが流した涙が負けたことに対する悔しさからなのか、死ぬのことに対する恐怖からなのかはジェイクには分からなかった。


――――――


 サクリファイスの能力を発動させて自身を強化したファウはサクリファイスを握る手に力を入れる。エーヴィンはファウの本気がどれ程のものか気になっており、楽しそうな笑顔を浮かべいた。


「さあ、本気の貴女がどれほどのものが、見せてくださいな」

「……今のあたしと戦った後でも、そんな笑顔でいられるかしらね」


 余裕を見せるエーヴィンを見ながらファウは低い声で呟く。お互いに得物を構えながら相手を見つめて動きを警戒する。無言で睨み合う中、先の動いたのはエーヴィンだった。

 エーヴィンはファウに向かって走り、ファウの目の前まで近づくと両手に持っている短剣で連続切りを放つ。ファウはエーヴィンの連続切りを慌てることなくサクリファイスで防いでいく。今までのファウであれば必死で攻撃を防いでいたが、サクリファイスの能力で身体能力を強化された今のファウなら楽に防ぐことができた。

 自分の攻撃を難なく防ぐファウにエーヴィンは少し意外そうな反応を見せるが、すぐに不敵な笑みを浮かべてファウを見つめた。


「あら、わたくしのこの攻撃を防ぎ切るとは、なかなかやりますわね」

「言ったでしょう? あたしも本気でやるって」

「ウフフ、そうでしたわね……では、これは防ぎ切れますかしら?」


 そう言うとエーヴィンは右手の短剣の剣身を桃色に光らせ、光る短剣を見たファウは戦技が来ることを警戒し、エーヴィンの動きに集中する。


「覇獣爪斬!」


 ファウの予想どおりエーヴィンは戦技を発動させ、光る短剣で攻撃してきた。ファウはエーヴィンの短剣をサクリファイスで素早く防ぐ。二つの剣身がぶつかった瞬間、衝撃がファウに伝わってきた。

 手から伝わる衝撃にファウは僅かに目元を動かす。先程の連続攻撃と比べると若干強いが、防ぎ切れない衝撃ではない。ファウは衝撃が治まるとエーヴィンを睨んで短剣を払う。短剣を払われたエーヴィンは態勢を立て直すために一旦ファウから距離を取った。


「驚きましたわ。まさか中級戦技すらも防ぎ切るなんて」

「……どう? 今のあたしが相手なら笑う余裕はないでしょう?」

「いいえ、寧ろより楽しくなって笑えてきますわ」


 緊張する様子を持見せずに楽しそうなまま語るエーヴィンにファウは俯きながら首を横に振る。ファウが中級戦技を防いだことで、少なくともエーヴィンはファウを強者と認めたはず。その強者と戦うのに緊張することなく、遊び感覚で戦うエーヴィンにファウは呆れ果てていた。

 もうこれ以上、目の前の女魔族と関わりたくないと感じるファウはさっさと戦いを終わらせようと考え、サクリファイスを握りながら足の位置を変える。


「今度はこっちが攻撃させてもらうわよ?」

「ええ、構いませんわよ。今の貴女がどれ程の力で攻撃できるのか、わたくしに見せてくださいまし」


 短剣を構えながらエーヴィンは笑顔を見せ、ファウはエーヴィンの笑顔を見て不愉快になる。こんな女はさっさと倒してやる、そう考えながらファウは足に力を入れた。

 攻撃の準備が整うと、ファウは勢いよく跳んで一気にエーヴィンの前まで近づいた。一瞬で目の前に来たファウにさすがのエーヴィンも驚きの反応を見せる。そんなエーヴィンに向かってファウはサクリファイスを振った。

 エーヴィンは後ろに跳んでファウの攻撃を何とかかわした。だが攻撃をかわされた直後、ファウはサクリファイスを構え直し、後ろへ下がるエーヴィンに突きを放つ。サクリファイスの切っ先はエーヴィンの右上腕部を掠り、その痛みでエーヴィンは歯を噛みしめる。

 突きをかわし切れなかったエーヴィンは足が地面に付くともう一度後ろへ跳んで更にファウから離れる。そして、ファウから離れると攻撃を受けた右腕を確認した。


「……わ、わたくしが傷を……人間の攻撃で傷を負った……?」


 自分が傷ついたことが信じられないのか、エーヴィンは傷とそこから流れる血を呆然と見ている。やがて、その呆然とした表情は見る見る険しくなり、短剣を握る手を震わせながらファウの方を向いた。


「……よくもやってくれましたわね! 人間如きがこのわたくしを傷つけるなんて、絶対に許しませんわよ!」

「あらら、さっきまで楽しそうに笑ってたのに急に怒り出すなんて……それがアンタの本性ってわけね」

「お黙りなさい! わたくしに傷を付けた以上、もう容赦はいたしませんわよ。この手でギタギタにしてブチ殺してさしあげますわ!」


 明らかに口調が変わったエーヴィンを見てファウは呆れたような顔で溜め息をつく。自分が他人を傷つけている時は笑っていたのに、自分が傷つけられた時は激怒するというエーヴィンの幼稚な性格に何も言えなかった。

 エーヴィンファウを睨みながら足を曲げ、左手に持ている短剣に気力を送って剣身を光らせる。ファウはサクリファイスを構え直して攻撃を警戒した。


「天風斬!」


 戦技を発動させたエーヴィンは勢いよく地面を蹴ってファウに向かって跳んでいき、ファウの左側を通過する瞬間に桃色に光る短剣を振った。ファウはサクリファイスを素早く下向きに構えてエーヴィンの攻撃を防ぐ。すると、天風斬を防がれたエーヴィンはすぐに体勢を整え、右手の短剣に気力を送って剣身を光らせた。


「これでお死になさい、風神四連斬!」


 エーヴィンは短剣を四回連続で振ってファウに攻撃する。ファウは戦技の連続攻撃に一瞬驚くが、サクリファイスで全ての攻撃を素早く防いだ。


「なっ!? わたくしの戦技を全て……」


 連続で戦技を防がれたことに驚き、エーヴィンは目を大きく見開く。ファウは驚いているエーヴィンを見ながらサクリファイスに黒い靄を纏わせた。


暗黒斬あんこくざん!」


 暗黒剣技を発動させたファウは黒い靄を纏ったサクリファイスで素早くエーヴィンを攻撃した。体を切られたエーヴィンは苦痛の表情を浮かべながら吐血し、膝から俯せに倒れる。


「そ、そんな……わ、わたくしが、たった一撃で……」


 自分が斬られたこと、一撃で体が動かなくなるほどのダメージを受けたことが信じられないファウは目を見開きながら驚く。確かにファウとレベルの近いエーヴィンなら暗黒剣技を受けたくらいでは戦闘不能にはならないだろう。

 だが、今のファウはサクリファイスの能力で強化されている上に攻撃力のある暗黒剣技で攻撃したため、エーヴィンに大ダメージを与えることができたのだ。

 ファウは倒れているエーヴィンを無表情で見下ろす。倒れているエーヴィンは自分を見下ろすファウが不気味に感じたのか固まっている。


「これで少しは分かってくれた? 人間はアンタたちが思っているほど弱い存在じゃないってことを?」

「うう……」


 エーヴィンはファウと目を合わそうとせず、僅かに悔しそうな声を漏らす。そんなエーヴィンを見ながらファウはゆっくりとサクリファイスを振り上げた。それに気付いたエーヴィンはファウを見て驚きの表情を浮かべる。


「な……何、を……」

「そのままじゃ苦しいでしょ? 止めを刺して楽にしてあげるわ」

「ま、待って……ください……わ、わたくし……まだ……」

「まだ死にたくないって言うの? それは都合が良すぎるでしょう? あれだけ楽しそうにマルゼント王国の兵士たちを殺しておいて……」


 自分の行いを棚に上げて助かろうとするエーヴィンをファウは軽蔑するかのような目で見る。ファウの顔を見たエーヴィンは自分の結末を悟り、涙を流しながら体を震わせた。


「アンタも戦士なら、潔く敗北と死を受け入れなさい」


 最後に鋭い目でエーヴィンを睨み付けながらファウはサクリファイスを振り下ろし、エーヴィンに止めを刺した。

 エーヴィンのことが嫌いだったからなのか、黒騎士になったからなのか、ファウはエーヴィンに止めを刺す時、罪悪感を感じることはなかった。


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