第二百六十三話 接触する強者たち
パメテリアたちが広場に現れたことで、押されていた魔族軍は増援が来たと喜びを感じる。しかも指揮官であるパメテリアが来たのだから士気は大きく向上した。
逆にマルゼント王国軍は敵の増援と仲間がやられた光景を見て緊迫した様子を見せている。ノワールたちもパメテリアたちを見て、今まで戦ってきた魔族兵とは雰囲気が違うと感じていた。
広場の見回したパメテリアは魔族軍が不利にあるとすぐに気付いて表情を鋭くする。ケルディは人間に押されている仲間の姿を見て不機嫌になったのか険しい顔をしており、エーヴィンも苦戦を強いられている仲間たちを見て呆れていた。
「戦力は防衛部隊が上のはずなのに押し負けてるなんて、情けない連中だわ……」
「どうしますか、パメテリアちゃん?」
「決まってるでしょう? さっさと人間どもを蹴散らすのよ」
エーヴィンの問いにパメテリアは即答し、エーヴィンはですよね、と言いたそうな顔をしながら腰に佩してある二本の短剣を抜いた。ケルディもマルゼント王国軍を睨みながら二本の短剣を抜いて構える。
パメテリアたちの後ろにいた魔族兵たちも武器を構える三人を見ると一斉に持っている剣や槍を構えて戦闘態勢に入った。全員が戦闘態勢に入ったのを確認したパメテリアは広場のマルゼント王国軍を睨みながら持っている剣を前に突き出す。
「全員突貫! 友軍を援護しつつ、広場にいる人間は全部殺しなさい。一人も逃がすんじゃないわよ!」
突撃命令を出された魔族兵たちは声を上げながら走り出し、近くにいるマルゼント兵たちを攻撃する。マルゼント兵たちは向かってくる魔族兵たちに対し、動揺を見せながらも迎え撃つ。
広場にやってきた魔族軍の戦力はパメテリア、ケルディ、エーヴィンの三人を除いて四十五人。数はそれほど多くなく、悪魔族モンスターもいないが、魔族兵全員が広場にいた魔族兵よりも優れた武装をしているため、少なくとも普通の魔族兵よりは強い兵士と見て間違いないようだ。
増援の魔族兵たちはマルゼント兵や騎士たちを攻撃し、少しずつではあるがマルゼント兵たちを押し戻し始めている。マルゼント兵たちは現れた増援が魔族軍の精鋭部隊かもしれないと感じ、僅かに表情を曇らせた。
「クソッ、敵の増援は思った以上に手強いぞ。しかも増援が現れたことで他の魔族軍の士気も高まってきてやがる」
「おい、これは少しマズいんじゃないのか?」
槍を構えるマルゼント兵に剣を持つエルフのマルゼント兵が声を掛ける。増援部隊が現れたことで戦況が変わり、マルゼント兵たちは焦りを感じ始めていた。
「このまま戦っても戦況は変わらねぇ。一旦後退してビフレスト王国の騎士たちに救援を要請し……」
救援を要請しよう、マルゼント兵がそう話そうとした瞬間、突然彼の首筋が切られ、そこから赤い血が噴き出る。首を切られたマルゼント兵は糸の切れた人形のようにその場に倒れて動かなくなり、倒れた仲間を見たエルフのマルゼント兵は驚愕の表情を浮かべた。
「敵を前にして喋ってるたぁ、随分余裕じゃねぇか?」
前から聞こえてきた女の声に反応してエルフのマルゼント兵が顔を上げると、そこには血の付いた短剣を持ったケルディが不敵な笑みを浮かべている姿があった。どうやらマルゼント兵はケルディに首筋を切られて殺されたようだ。
ケルディは短剣を手の中でクルクルと回しながらエルフのマルゼント兵に近づく。エルフのマルゼント兵はケルディに恐怖を感じながら慌てて剣を構える。だがその時、背後から何者かがエルフのマルゼント兵を斬り、エルフのマルゼント兵は苦痛の声を上げながら倒れた。
足元の死体を見ていたケルディはゆっくりと顔を上げて前を見ると、そこには両手に短剣を持ちながら笑っているエーヴィンが立っていた。
「エーヴィン、なに人の獲物を横取りしてんだよ?」
「あら、いいじゃありませんか。ケルディちゃんは既に一人殺してるんですから、もう一人を私が殺してもバチは当たりませんわ」
「ケッ、他にも獲物は大勢いるじゃねぇか」
不満そうな顔をしながらケルディはそっぽを向き、そんなケルディを見てエーヴィンは楽しそうな顔をする。
周りに敵がいないのを確認したケルディとエーヴィンは遠くを見る。遠くでは自分たちの部下の魔族兵たちがマルゼント兵たちを押している姿があり、部下が活躍しているのを見てエーヴィンは少し嬉しそうな顔をしていた。
「あちらに沢山の敵がいますわ。私たちも行きましょう」
「ああ……今度はアタイの邪魔すんじゃねぇぞ?」
「邪魔なんてとんでもない。私はただ、任務を全うしているだけですわ」
そう言うとエーヴィンはマルゼント兵が集まっている方へと走り出し、遅れたケルディは若干悔しそうな顔でエーヴィンの後を追った。
魔族軍の増援が来たことでマルゼント兵や騎士たちの士気が少しずつ低下し始めている。その様子を見てノワールたちは僅かに表情を鋭くした。
「マズいな、黄金騎士たちは問題ねぇが、マルゼント王国軍は少しずつ犠牲が増えてきてやがる。敵の増援、それなりの実力を持った奴らで編成されているみたいだ」
ジェイクの言葉にファウは少し焦っているような表情を浮かべ、マティーリアは気に入らないのか魔族軍を見ながら舌打ちをしている。
「ノワール、どうする?」
マティーリアがチラッとノワールを見て尋ねると、ノワールやゆっくりと浮かび上がってジェイクたちの方を向いた。
「勿論、マルゼント王国の人たちを援護します。僕たちは後から来た敵の増援を優先的に倒していきましょう。ジェイクさんの言うとおり、増援部隊の兵士たちは手強いみたいですから」
「ああ!」
ジェイクがノワールを見上げながら返事をすると、マティーリアとファウも無言で頷く。自分たちがいる部隊でこれ以上の犠牲を出すことはジェイクたちのプライドが許さなかった。
「あと、黄金騎士と巨漢騎士にマルゼント王国の人たちの護衛を優先するよう伝えます。これ以上マルゼント王国側の犠牲を増やしたらモナさんに申し訳ありませんからね」
「ウム、これ以上犠牲を出さないためにも、急いで増援部隊を片付けるぞ」
「ハイ!」
竜翼を広げるマティーリアを見て、ファウもサクリファイスを構えながら返事をする。ジェイクもタイタンを両手でしっかりと握り、ノワールは視線をジェイクたちから魔族軍へ向けた。
マティーリアは竜翼をはばたかせて飛び上がると、増援部隊の魔族軍が多く集まる場所へ向かって飛んでいき、ノワールもそれに続く。ジェイクとファウも走って近くにいる魔族軍の増援部隊の下へ向かった。
マルゼント兵たちは増援部隊の魔族兵たちと激しい攻防を繰り広げている。その中で部隊長であるケルディとエーヴィンは次々とマルゼント兵や騎士を倒していき、その光景を見たマルゼント兵たちは緊迫した表情を浮かべていた。
「オラオラ、どうしたんだ? とっとと掛かって来いよぉ」
ケルディは両手の短剣をクルクルと回しながら目の前にいる四人のマルゼント兵と二人のマルゼント騎士を挑発し、その隣ではエーヴィンが不敵な笑みを浮かべながらマルゼント兵たちを見ていた。マルゼント兵たちはケルディとエーヴィンが他の魔族兵よりも強いと感じており、警戒しているのか攻撃しようとしない。
「何だよ、さっきまでは勢いがよかったのに今は全然違うじゃねぇか。もしかして、アタイらにビビってんのか?」
「……のようですわね。私たちの力を見て恐怖を感じない方がおかしいですもの、ウフフ」
笑いながら更に小馬鹿にするような挑発をするケルディとエーヴィンを見て、マルゼント兵たちは悔しそうな顔をする。二人の言うとおり、マルゼント兵たちは強い力を持つケルディとエーヴィンに少なからず恐怖を感じていた。
そんな中、ケルディは短剣を回すのをやめ、マルゼント兵たちを見ながらニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。
「そっちが来ねぇなら、こっちから行くぞ」
ケルディはそう言うと地面を強く蹴ってマルゼント兵たちに突っ込んでいく。エーヴィンもそれに続くように跳び、マルゼント兵たちは向かってくる二人を迎え撃つために構えようとするが、それよりも早くケルディとエーヴィンが攻撃した。
距離を詰めたケルディは近くにいるマルゼント兵を短剣で斬り、斬られたマルゼント兵は声を上げながら倒れる。エーヴィンも二本の短剣を外へ向かって同時に横に振り、目の前のマルゼント騎士を斬り捨てた。
仲間が一瞬で二人も殺されたのを見て周りのマルゼント兵たちは一瞬驚くが、すぐに表情を鋭くしてケルディとエーヴィンを取り囲む。二人は取り囲まれても慌てることなく不敵な笑みを浮かべ続けている。
ケルディとエーヴィンが笑っていると、左右にいたエルフとリザードマンのマルゼント兵が剣を振り上げて二人に攻撃しようとする。だがケルディとエーヴィンは攻撃してきたマルゼント兵たちを確認すると素早く姿勢を低くして彼らの懐に入り込み、短剣で胴体を切り裂いた。
エルフとリザードマンのマルゼント兵は持っている剣を落とし、崩れるように倒れる。それを見て残っている女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士は恐怖のあまり表情を歪ませ、二人を見たケルディとエーヴィンは不気味に微笑む。
「フフフフ、いいねぇ。その怖がる顔、スッゲェ気分がいいわ」
「ええ、恐怖を感じる顔ほど良いものはありませんわ」
女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士を見ながらケルディとエーヴィンは楽しそうに語る。そんな二人を見た女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士は目の前にいる女たちは間違いなく戦いを好む戦闘狂だと感じた。
「さてと、次はお前らが死ぬ番だ」
「ご安心ください、痛いのはほんの一瞬だけですわ。すぐに楽になれますわよ」
ケルディとエーヴィンは短剣を構えながら走り、ケルディは女エルフのマルゼント兵、エーヴィンはマルゼント騎士に向かって行く。女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士は迫ってくるケルディとエーヴィンを迎撃しようとしたが、既に二人は目の前まで近づいており、迎撃が間に合わない状態になっていた。
殺される、そう覚悟して女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士は目を閉じ、ケルディとエーヴィンは二人に向かって短剣を振る。だが次の瞬間、ケルディとエーヴィンの短剣は何かに止められて高い金属音を上げた。
攻撃を防がれてケルディとエーヴィンが驚いていると、ケルディの視界にタイタンで短剣を防ぐジェイクが、エーヴィンの視界にサクリファイスで短剣を防ぐファウが入り、驚いた二人は咄嗟に後ろへ跳んで距離を取った。
ケルディとエーヴィンが離れると、ジェイクとファウは女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士を護るように二人の前に立ち、ジェイクとファウの背中を見た女エルフのマルゼント兵とマルゼント騎士は目を見開いた。
「お前ら、大丈夫か?」
「え? あ、ハイ、ありがとうございます」
ジェイクが安否を確認すると、女エルフのマルゼント兵は少し動揺するような口調で返事をする。マルゼント騎士も大丈夫です、と無言で頷き、ジェイクとファウはそれを確認すると視線をケルディとエーヴィンに向ける。
「悪かったな? もう少し早く来れればお前らの仲間も救えたのによ……」
「そ、そんな、謝るようなことは……」
謝罪するジェイクにマルゼント騎士は少し困ったような顔で首を横に振った。戦争である以上、戦いで戦士が死ぬのは当たり前と言えるだろう。しかし、ジェイクは強い力を持っているのに仲間を救えなかった自分が情けなく、謝りたいと思っていたのだ。
ジェイクの隣に立っているファウも少し辛そうな目をしながら前を見ている。だが、すぐに目を鋭くしてサクリファイスを持つ手に力を入れる。
「貴方たちの仲間を救えなかったお詫び、と言ってはなんですが、あの二人はあたしたちが倒します。貴方たちは後退してください」
「えっ、しかし……」
マルゼント騎士がファウを見ながら断ろうとするが、先程の戦いを見て、自分たちではあの二人の女魔族には勝てないと感じる。仲間の仇を討てないことにマルゼント騎士と女エルフのマルゼント兵は悔しそうな顔をするが、自分たちではどうすることもできない以上、ジェイクとファウに任せるしかなかった。
「分かりました、お任せします」
「仲間たちの仇を取ってください」
そう言ってマルゼント騎士と女エルフのマルゼント兵はゆっくりと後退する。二人が後退するのを確認したジェイクとファウはケルディとエーヴィンの方を向いて彼女たちを睨んだ。
「ほぉ~、今度は強そーなのが出てきたじゃねぇか」
「ええ、少なくとも先程の兵士たちよりも実力がありそうですわね」
目の前に立つジェイクとファウを見ながらケルディとエーヴィンは構えを解いて楽しそうな笑みを浮かべる。ジェイクは二人を睨みながら小さく舌打ちをし、ファウもムッと眉間にしわを寄せた。人を殺して楽しそうな態度を取るケルディとエーヴィンに二人は気分を悪くする。
「よぉ、おっさんたち。今度はお前らがアタイらの相手をしてくれんのか?」
「……ああ、お前らのおかげで大勢の仲間が殺されちまったからな。きっちりと仇を討たせてもらうぜ」
「はあぁ? 仇を討つ? 人間如きが魔族のアタイらに勝てると本気で思ってんのかよ。おめでたいおっさんだなぁ」
「フン、そっちこそあまり他人を馬鹿にするような言い方はやめた方がいいぜ? 負けた時に大恥を掻くことになるからな」
「ああぁ?」
ジェイクが呆れたような口調で挑発すると、ケルディはジェイクを睨みながら低い声を出す。見下していた人間に馬鹿にされたことで癇に障ったようだ。
ケルディは左手に持っている短剣を逆手に持ち替え、ジェイクを睨んだままゆっくりと両手の短剣を構える。
「……面白れぇ、だったらアタイに勝って恥を掻かせてみせろよ。エーヴィン、あのおっさんはアタイが殺る。手ぇ出すんじゃねぇぞ?」
「ハイハイ、分かりましたわ。私はもう一人の女性の騎士さんの相手をさせていただきますわ」
そう言うとエーヴィンはファウの方を見て笑みを浮かべ、ファウは目を少しだけ細くしてエーヴィを見つめる。
「と言うわけで、貴女の相手は私がいたしますわ。短い間ですけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ……」
「一応、自己紹介させていただきますわ。私はエーヴィン、貴女を殺す者です」
「……あたしはファウ・ワンディー。言っておくけど、あたしはアンタに殺される気は無いから」
「ウフフフ、そうですか。では、見せていただきますわ。貴女がどれ程の力を持っていらっしゃるのか……」
楽しそうに笑いながらエーヴィンは短剣を構え、ファウもサクリファイスを両手でしっかりと握りながら中段構えを取った。
隣で笑いながら敵と会話するエーヴィンを見てケルディは不満そうな顔をしている。自分がイライラしている時にエーヴィンが楽しそうにしていることが気に入らないようだ。ケルディは小さく舌打ちをした後、ジェイクの方を向いて目を鋭くし、ジェイクもケルディを睨みながらタイタンを構えた。
「さて、それじゃあ、俺らも戦いを始めるとするか」
「フン、言われなくても始めてやるよ。アタイにデカい態度を取ったこと、ゆっくり甚振りながら後悔させてやる」
「そうかい……ところで、こっちは自己紹介とかしなくていいのか?」
ファウとエーヴィンが自己紹介していたのを見ていたジェイクは自分たちは名乗らないのかとケルディに尋ねる。するとケルディはふざけていると感じたのか、ジェイクを睨みながら鼻を鳴らした。
「これから死ぬ奴に名前なんか名乗っても仕方ねぇだろうが」
「あっそ、なら俺も名乗らないでおくぜ」
お互いに名を名乗らず、ジェイクとケルディは自分の得物を強く握る。目の前に立つ敵に苛立ちを感じながら二人は戦闘態勢に入った。
周囲で大勢のマルゼント兵と魔族兵が戦っている中、四人は自分が戦う相手と向かい合う。その数秒後、ジェイクとケルディ、ファウとエーヴィンの戦いが始まった。
同時刻、ジェイクたちがいる場所から少し離れた場所ではパメテリアが四人のマルゼント騎士と向かい合っていた。マルゼント騎士たちが騎士剣で中段構えを取っている中、パメテリアは剣を下ろしながらつまらなそうな顔でマルゼント騎士たちを見ている。
「……ハァ、さっきから弱い奴ばっかりでつまらないのよねぇ。もっと手応えのある奴はいないの?」
マルゼント騎士たちに聞こえるようパメテリアは少し大きめの声を出し、それを聞いたマルゼント騎士たちは悔しそうな顔でパメテリアを睨んだ。
パメテリアの足元には黒焦げとなったマルゼント兵の死体が四つ転がっている。少し前までマルゼント騎士たちと共にパメテリアと戦っていたのだが、全員パメテリアにやられてしまった。
死体は全てが丸焦げに近い状態になっており、明らかに剣による殺され方とは違った殺され方だった。
「ねぇ、アンタらじゃ相手にならないから、アンタたちの指揮官を連れてきなさいよ。ソイツなら少なくともアンタらよりは強いでしょう?」
「クゥッ、調子に乗るな!」
挑発に我慢できなくなった一人のマルゼント騎士が突撃し、パメテリアに袈裟切りを放つ。だがパメテリアはその攻撃を難なくかわしてマルゼント騎士の左側に回り込んだ。
「安い挑発に乗るなんて、騎士としては二流ね」
呆れた口調でパメテリアは下ろしていた剣を振り上げる。すると、剣身に青白い電気が纏われ、パメテリアはそのまま剣を振り下ろしてマルゼント騎士を攻撃した。
剣がマルゼント騎士の体を切り裂くと、それと同時にマルゼント騎士の体に電流が走る。マルゼント騎士は斬られた痛みと電流の痛みに声を上げ、電流が治まると体から煙を上げて倒れた。仲間が倒された光景を見て他のマルゼント騎士たちは表情を歪ませる。
「クッ! あの魔族、やはり雷鳴剣士か!」
「ええ、あの武装と電気を操る力、間違いないわ」
パメテリアが戦う姿を見て、エルフのマルゼント騎士と女マルゼント騎士が騎士剣を構えながら語り、もう一人のマルゼント騎士も緊迫した表情を浮かべてパメテリアを見ていた。
雷鳴剣士はLMFには存在しない異世界の中級の職業でその名のとおり、雷や電気を操ることができる。雷鳴剣士は黒騎士や聖騎士と同じように、雷精剣という固有能力を持っており、普通の職業よりも強力な職業と言われているのだ。因みに雷鳴剣士の上には雷鳴騎士という上級職があり、雷鳴剣士の力を完全に手に入れた者だけが雷鳴騎士にクラスチェンジできると言われている。
パメテリアの足元に倒れていたマルゼント兵たちは雷鳴剣士の能力で倒された者たちで、マルゼント騎士たちは強力な能力を使うパメテリアを警戒し、なかなか攻撃を仕掛けることができずにいた。
「俺たちの勘違いであってほしいと願っていたが、まさか本当に雷鳴剣士だったとはな……」
「どうする? 私たちだけで倒される相手じゃないわよ?」
「一度後退して、態勢を立て直すか?」
女マルゼント騎士とマルゼント騎士の言葉にエルフのマルゼント騎士は黙り込む。強力な職業を修めている敵が相手なのだから、一度後退するべきかもしれないが、人数で勝っているのに後退するということにも抵抗があり、どうすればいいか分からずにいた。
難しい顔をするマルゼント騎士たちを見ていたパメテリアは鼻を鳴らす。味方がやられたのに、いつまで経っても向かってこないマルゼント騎士たちを情けなく思っていた。
「ハァ、敵を前に構えているだけなんて、とんだ腰抜けどもね。そんな奴とこれ以上戦い続けるのは嫌だから、もうお終いにさせてもらうわ」
そう呟くパメテリアはマルゼント騎士たちに向かって走り出し、同時に剣身に電気を纏わせる。マルゼント騎士たちは迫ってくるパメテリアを見て驚きの表情を浮かべながら迎撃しようとした。
だが次の瞬間、上空からパメテリアとマルゼント騎士たちの間に何かが下り立つ。驚いたパメテリアは急停止して剣を構え、マルゼント騎士たちも驚きながら警戒態勢に入る。パメテリアたちの前には竜翼を広げて地面に片膝を付けているマティーリアの姿があった。
マティーリアは竜翼を閉じるとゆっくりと立ち上がり、目の前で剣を構えるパメテリアをジッと見つめる。パメテリアは自分を睨んでいることから、目の前に現れた竜翼の少女が自分の敵だとすぐに気付いた。
「……お主たち、大丈夫か?」
パメテリアを見つめながら、マティーリアは後ろにいるマルゼント騎士たちに声を掛ける。マルゼント騎士たちはマティーリアを見て呆然としていたが、声を掛けられて我に返った。
「ハ、ハイ、大丈夫です。ただ、その魔族と戦った者たちは……」
「……そうか」
マティーリアは近くに倒れている黒焦げの死体を見て呟く。そして視線をパメテリアに戻すと持っているジャバウォックを構えた。
「この娘の相手は妾がする。お主たちは後方に下がれ」
「えっ?」
エルフのマルゼント騎士はマティーリアの口から出た言葉に思わず声を漏らす。他の二人のマルゼント騎士もキョトンとしながらマティーリアの背中を見ている。
「い、いや、待ってください。その魔族は雷鳴剣士の職業を修めています。マティーリア殿がどれ程の実力をお持ちかは知りませんが、お一人で戦うのは危険です。我々と共に――」
「不要じゃ。このような小娘、妾一人で楽に倒せる。お主らの力を必要ない、寧ろ近くにいられると邪魔じゃ」
ハッキリと邪魔だと言われ、マルゼント騎士たちは複雑そうな顔をする。逆にパメテリアは一人で自分に勝つつもりでいるマティーリアの態度が気に入らないのか、鋭い目でマティーリアを睨んでいた。
「……妾に加勢するくらいなら、別の場所で苦戦している仲間たちの加勢に行け。お主らが行くか行かないかでその者たちの生死が決まるのじゃぞ」
マティーリアの言葉を聞き、マルゼント騎士たちは少し驚いたような顔をする。自分に力を貸すくらいなら、他の仲間を助けて少しでも犠牲を減らせとマティーリアが言っているようにマルゼント騎士たちには聞こえた。
マルゼント騎士たちは黙りながら考え込み、しばらくすると仲間たちと顔を見合って無言で頷き、視線をマティーリアに向ける。
「……分かりました。此処はお任せします」
「さっさと行け」
マティーリアがそう言うとマルゼント騎士たちは走ってその場を移動し、別の場所で戦っている仲間たちの加勢に向かう。マティーリアはマルゼント騎士たちが走り去るのを見届けると視線をパメテリアに向け、ジャバウォックを構えたまま足を少し動かして体勢を変えた。
「待たせたのぉ、小娘?」
「フン、別に待ってなんかいないわよ」
「ほぉ? ではなぜ妾があ奴らと話している時に斬りかかってこなかったのじゃ?」
「攻撃したくてもできなかったのよ。アンタがずっと私の方を見ていたからね」
「フッ、そうか。それはすまなかったのぉ」
小さく笑いながら挑発するように謝罪するマティーリアにパメテリアに少しだけ表情を険しくして小さく舌打ちをする。
マティーリアとパメテリアはお互いに自分の得物を強く握りながら構えて相手を見つめる。相手がどんな行動をとてもすぐに反応できるよう、二人は目の前の敵に集中した。
「戦う前に一つ訊きたいんだけど、どうしてアンタ一人で私と戦うことにしたの? あの騎士たちが一緒なら少しは勝てる可能性が出るかもしれないのに」
「……妾があ奴らに話していたのを聞いておらんかったのか? お主など妾一人で楽に倒せると言っていたじゃろう」
「それ、本気で言ってたの?」
「当然じゃ」
「……アンタ、完全に私をナメてるみたいね」
パメテリアは表情を更に険しくしてマティーリアを睨み付ける。剣を両手でしっかりと握り、剣身に青白い電気を纏わせて霞の構えを取った。
「なら教えてあげるわ。亜人如きが魔族の、それもこの町にいる魔族軍の指揮官である私に一人で戦いを挑むことが、どれだけ無謀で馬鹿げたことなのかをねっ!」
「ほおぉ? お主、魔族軍の指揮官じゃったか。なら、お主を倒してさっさと魔族軍を降伏させるかのぉ」
「やれるもんならやってみなさいよっ!」
大きな声を上げながらパメテリアはマティーリアに向かって跳び、マティーリアも竜翼を広げてパメテリアに向かって飛ぶ。
距離を一気に縮めた二人は得物を勢いよく振ってほぼ同時に攻撃する。黒い剣身と電気を纏う剣身がぶつかり、周囲に衝撃と高い金属音が広がった。
「そう言えば、まだお主の名前を聞いておらんかったのぉ?」
「……私はパメテリア。アンタを殺す女の名前なんだから、憶えておきなさい!」
「フッ、そうか。妾はマティーリアじゃ!」
剣を交えながら名を名乗ったマティーリアとパメテリアは同時に後ろへ跳んで距離を取り、もう一度近づくために相手に向かって走り出す。そして距離を詰めると、再び剣を勢いよく振って剣身をぶつけ合った。