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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十八章~魔界の侵略者~
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第二百六十一話  魔を圧倒する力


 セルフストの町の南門ではマルゼント王国軍と魔族軍の攻防が繰り広げられていた。既にマルゼント王国軍は橋の中央で待機していた悪魔族モンスターたちを蹴散らして南門の前まで進軍している。橋の中央には低レベルの悪魔族モンスターしかいなかったため、楽に倒すことができた。

 南門の前ではマルゼント兵や黄金騎士たちが大量の下級の悪魔族モンスターと交戦しており、一体ずつ確実に悪魔族モンスターを倒していく。だが、魔族軍も負けずと反撃し、前に出てきたマルゼント兵や騎士を返り討ちにする。負傷した者はすぐに後退し、後方で待機している魔法使いの回復魔法で傷を癒してもらった。

 見張り台や城壁の上では魔族兵たちがマルゼント兵たちに向かって矢を放つ。矢はマルゼント兵や騎士たちの腕、胴体などに刺さり、胴体に矢を受けた者はその場に崩れるように倒れた。


「クソォ! またやられたか。見張り台の城壁の魔族を何とかしないとマズいぞ」


 矢を受けた仲間を見て、一人のマルゼント兵が悔しそうな顔をしながら見張り台と城壁の上の魔族兵を睨む。既に魔族軍が放った矢によって大勢のマルゼント兵が負傷し、数人の死者が出ている。

 自分たちを狙い撃つ魔族兵を何とかしないと門を突破できないと感じるマルゼント兵は微量の汗を流す。すると、突然後方からオレンジ色の光球が城壁に命中した爆発し、マルゼント兵たちや魔族兵たちは衝撃と轟音に驚く。

 マルゼント兵たちが自分たちの後方、つまり対岸の方を見ると三体の砲撃蜘蛛が横一列に並んでいるのが見え、今の攻撃が砲撃蜘蛛によるものだと知って笑みを浮かべた。逆に魔族兵たちは見たことのないモンスターを見て更に驚き、緊迫した表情を浮かべている。

 魔族兵たちが驚いていると、砲撃蜘蛛たちが攻撃を再開する。背中の大砲から放たれた三つの光球は城壁の上の通路に命中して爆発、そこにいた魔族兵たちを吹き飛ばした。見張り台の上では遠くで起きる爆発を見て中年の魔族兵たちが目を見開いて愕然としている。


「な、なんて攻撃だ……」

「あ、あの蜘蛛型のモンスターは何なんでしょう?」

「分からん。だが、我々にとって脅威であることは間違いない」


 若い魔族兵の問いに中年の魔族兵は遠くにいる砲撃蜘蛛を睨みながら答える。あの長距離攻撃をしてくる蜘蛛型のモンスターを何とかしないと南門が突破されてしまう、そう感じた中年の魔族兵は隣にいる若い魔族兵の方を向いた。


「空中にいる悪魔たちに指示を出し、あの蜘蛛型のモンスターを倒させろ。アイツらがいなくなれば人間軍の戦力も低下し、門の突破を防げるはずだ」

「ハ、ハイ!」


 指示を受けた若い魔族兵は上空を飛び回っている悪魔族モンスターを呼ぼうと上を向く。すると、見張り台の下から何かがもの凄い勢いで上昇し、魔族兵たちの前に現れる。

 魔族兵たちが武器を構えながら前を見ると、そこには竜翼をはばたかせながら竜尾を揺らし、ジャバウォックを構えるマティーリアの姿があった。


「夜分遅くにすまんな、魔族たちよ」


 そう言ったマティーリアは口から炎を吐いて正面にいる魔族兵たちを攻撃する。中年の魔族兵や近くにいた魔族兵たちは火だるまになり、熱さに声を上げながら見張り台を走り回る。やがて全身を燃やしながらその場に倒れて動かなくなり、それを確認したマティーリアは見張り台に下り立つ。

 マティーリアはジャバウォックを構え直して見張り台を確認する。見張り台にはまだ無傷の魔族兵が三人おり、下り立ったマティーリアを睨んでいる。三人の魔族兵の内、二人は剣を構え、もう一人は弓矢でマティーリアを狙っていた。


「剣が二人と弓矢が一人か、大したことはなさそうじゃ」


 魔族兵たちを見ながらマティーリアは脅威ではないと呟き、ジャバウォックの柄を強く握る。その直後、剣を持った二人の魔族兵が同時にマティーリアに向かっていき、勢いよく剣を振り下ろして攻撃した。

 マティーリアが魔族兵たちを見ながら冷静にジャバウォックで剣を払う。剣が払われたことで魔族兵たちは僅かに体勢を崩し、その隙にマティーリアはジャバウォックで魔族兵たちを斬った。

 斬られた魔族兵たちは苦痛の声を上げながら仰向けに倒れ、マティーリアは倒れた魔族兵たちを見ながらジャバウォックを軽く振る。すると、残りの魔族兵がマティーリアの右側から矢を放って攻撃してきた。マティーリアはチラッと魔族兵の方を向くと素早くジャバウォックを振って矢を叩き落とす。

 矢が落とされたのを見た魔族兵は驚き、自分だけでは目の前の少女を倒せないと感じた。少女を倒すために仲間に加勢を要請しようと魔族兵はマティーリアに背を向けて走り出す。だが、マティーリアは竜翼を広げて魔族兵に一気に近づき、ジャバウォックで背後から魔族兵を斬った。


「愚か者め、敵に背を向けて逃げ出すとは、斬ってくれと言っておるようなものじゃ」


 倒れる魔族兵を見ながらマティーリアは呆れたような口調で語り、下ろしているジャバウォックを肩に担ぐ。

 マティーリアが見張り台の上の魔族兵を全て片付けると、真下から低い唸り声が聞こえ、マティーリアは見張り台の下、街の外側を見下ろす。そこには二体のブラックギガントが横に並んでジェイクとファウの二人と向かい合っている姿があった。

 ブラックギガントたちは自分たちよりも小さなジェイクとファウを見下ろしながら威嚇するように声を上げ、そんな二体をジェイクとファウは怯むことなく普通に見上げている。他のマルゼント兵や黄金騎士たちは少し離れた所で他の悪魔族モンスターたちと戦っていた。

 既に南門を護っていた悪魔族モンスターはマルゼント兵や黄金騎士たちによって殆どが倒されており、残っているのは二体のブラックギガントと十数体の下級の悪魔族モンスターだけとなっていた。


「ヘッ、元気な悪魔たちだなぁ」


 ブラックギガントを見上げながらジェイクは小さく笑っており、その隣ではファウがまたばきをしながらブラックギガントを見ている。


「昔のあたしなら、これ程の悪魔を前にしたら怯んでしまいますが、今では全く恐怖を感じません」

「これも兄貴のおかげってわけだ」


 タイタンを肩に担ぎながらジェイクはニッと笑い、ファウも確かのそうです、と言いたそうに目を閉じながら小さく笑う。ブラックギガントたちはそんな二人を睨みながら再び声を上げ、勢いよく右腕を振り下ろして攻撃してきた。

 ジェイクとファウは咄嗟に左右別々の方向へ跳んでブラックギガントたちの攻撃を回避し、タイタンとサクリファイスを構えながらブラックギガントを睨んだ。


「人が話している最中に攻撃とは、感心しねぇな」

「こういう礼儀知らずには、お仕置きが必要ですね」


 先程まで見せていた笑顔を消し、ジェイクとファウは完全に戦闘態勢に入った。ブラックギガントたちは二人が自分たちに敵意を向けていることを感じ取ったのか、表情をより険しくして声を上げる。二人はブラックギガントの威嚇と思える声を聞いて若干耳障りのような顔をした。

 ブラックギガントたちが声を上げるのをやめると、二体の内一体がジェイクに向かって右ストレートを放つ。ジェイクは両手でタイタンを持ち、柄の部分でブラックギガントのパンチを防ぐ。ブラックギガントのパンチを防いだ衝撃でジェイクは僅かに後ろに押されるが、吹き飛ばされたり、態勢を崩すこと無く踏み止まった。

 小さな人間にパンチを止められたことが信じられないのか、ブラックギガントはジェイクを見ながら驚きの反応を見せる。一方でジェイクは大柄で力の強いブラックギガントのパンチを止めたのに疲れた様子は一切見せておらず、余裕の表情を浮かべていた。


「ちったぁやるみてぇだな? だが、この程度じゃ俺は倒せねぇぞ」


 笑いながらジェイクはブラックギガントを挑発し、タイタンを構え直す。するとブラックギガントはジェイクが挑発していると理解したのか、ジェイクを睨みながら右腕を引き、両手を組んでその状態のままジェイクの頭上へ振り下ろした。

 ジェイクは真上から迫ってくるブラックギガントの両手を見ると素早く右へ移動して振り下ろしを回避し、ブラックギガントの懐に入り込む。そして、タイタンを強く握りながら勢いよく右から横に振ってブラックギガントの脇腹を切り裂く。

 脇腹を切られたブラックギガントは声を上げながら腕を振り回したりして暴れ出し、ジェイクは巻き込まれないよう素早くブラックギガントから離れてタイタンを構え直した。


「おいおい、戦技でもない普通の攻撃を受けてこれほど暴れるなんて、どんだけ貧弱な体してんだよ……いや、俺の力が強すぎるのか?」


 ジェイクは大ダメージが入った理由が何なのか構えたまま考える。そんなジェイクに痛みが引いて落ち着きを取り戻したブラックギガントが再び襲い掛かってきた。

 ブラックギガントは声を上げながら右手を勢いよくジェイクに向かって振り下ろす。それはまるでハエを手で叩き潰そうとするような姿だった。ジェイクはブラックギガントの攻撃を後ろへ跳んでかわすと、タイタンに気力を送り込み刃を黄色く光らせる。


鋼砕重撃刃こうさいじゅうげきじん!」


 戦技を発動させたジェイクは勢いよくタイタンを振り、ブラックギガントの右腕を切り落とす。腕を切られたブラックギガントは激痛のあまり断末魔の声を上げる。

 <鋼砕重撃刃>は斧系の武器を使う者が覚えることができる中級戦技で岩砕斬がんさいざんの強化版。破壊力は岩砕斬よりも遥かに高く、使用者のレベルによってはミスリルのような堅い金属も粉砕することができる。

 片腕を失ったブラックギガントはその場で尻餅をつき、切られた腕を左手で押さえる。ジェイクは完全に隙だらけのブラックギガントに近づき、顔の高さまでジャンプした。そしてタイタンをブラックギガントの頭部に向かって勢いよく振り下ろす。

 ブラックギガントは頭部を両断され、ゆっくりと後ろに倒れるとそのまま動かなくなる。ジェイクはブラックギガントが死んだのを確認すると、タイタンを軽く振ってから肩に担いだ。


「運が悪かったな? 俺じゃなく別の奴が相手ならお前が勝ってたのによぉ」


 ジェイクはブラックギガントの死体を見つめながら自分と当たってしまい、運が悪かったと目を細くしながら告げる。だがその声がブラックギガントに聞こえることはない。

 少し離れた所ではファウがもう一体のブラックギガントと交戦している。ファウはサクリファイスを中段構えで持ち、自分の相手であるブラックギガントを睨んでいる。ファウから少し離れた所では体中に切傷を負ったブラックギガントがファウを睨んでいる姿があった。

 ジェイクがブラックギガントと戦っている間、ファウももう一体のブラックギガントと戦っていた。ジェイクより速く移動できるファウはその速さを活かしてブラックギガントを翻弄し、隙を見つけたら攻撃すると言う戦法で戦っている。何度もファウの攻撃を受けているブラックギガントは既にダメージが蓄積されて動きが鈍くなっていた。


「あちゃ~、ジェイクさんが先に倒しちゃったかぁ。できればあたしが先に倒したかったんだけどなぁ」


 ファウはジェイクがブラックギガントを倒した光景を見て少し残念そうな顔をする。すると、ファウが戦っていたブラックギガントが声を上げながらファウに向かって走ってくる。自分と戦っている最中なのによそ見をするファウを見て馬鹿にされていると感じたのだろう。

 ブラックギガントの声を聞いたファウは視線をジェイクからブラックギガントに戻す。その表情には焦りなどは見られず、無表情でブラックギガントを見ていた。

 構えるファウにブラックギガントは左フックを放ち、ファウはそれを後ろに跳んで回避する。すると今度は右ストレートで攻撃し、ファウは右へ移動してかわす。回避した直後、ファウは走ってブラックギガントの左側面に回り込み、サクリファイスで左大腿部を切った。

 左足を切られたことでブラックギガントの表情は歪み、一瞬動きが止まる。だがすぐにファウの方を向いて左腕を外側に振って反撃した。しかしファウはこの攻撃も後ろに跳んで難なく回避し、ブラックギガントを面倒くさそうな顔で見つめる。


「んもぉ~、これだけ攻撃したのにまだ倒れないの? いい加減に倒れてよ、まるであたしがアンタを甚振ってるみたいじゃない」


 自分が悪者になっているように感じたファウはブラックギガントに文句を言うが、ブラックギガントには聞こえていないのか、険しい顔をしながらファウに近づいて来る。

 ファウはこれ以上戦いを長引かせたくないという気持ちと自分が悪者みたいな立場でいたくないという気持ちから、さっさとブラックギガントを倒そうと考えサクリファイスを構え直す。そしてサクリファイスに気力を送り込み、剣身を赤紫色に光らるとブラックギガントに向かって跳んだ。


「剛撃三連斬(ごうげきさんれんざん!)」


 戦技を発動させたファウはサクリファイスを素早く三回振ってブラックギガントの体を三度切りつける。ブラックギガントは胸部と腰、左腕を切られ、苦痛の叫びを上げながら後ろに倒れた。倒れた直後は苦しむように声を漏らすが、やがて電池が切れた人形のように声が止まる。

 ブラックギガントを倒したファウは溜め息をついてサクリファイスを振り、刃に付いている血を払い落とす。同時にサクリファイスの剣身に埋め込まれている宝玉の一つが赤く光った。


「やっぱり剛撃三連斬は疲労が大きいわね……」

「お疲れさん」


 ファウがサクリファイスを見ていると、タイタンを担いだジェイクが歩いてくる。ファウはジェイクの方を見ると小さく笑ってサクリファイスを下ろした。


「お疲れ様です、少し時間が掛かっちゃいました」

「ハハハハッ……おっ? あっちも片付いたみたいだな」


 ジェイクが橋の方を見ながら言うとファウも橋の方を向いた。橋の上ではマルゼント兵や黄金騎士たちが悪魔族モンスターを全て倒して部隊の被害確認をしている。

 今回の襲撃で魔族軍に大きなダメージを与えることができたが、その分、マルゼント王国軍にも犠牲が出てしまった。仲間の死体を見て悔しそうな顔をするマルゼント兵や騎士の姿があり、その近くではモナがマルゼント兵たちをジッと見ており、ジェイクとファウもその光景を真剣な表情で見ている。戦争である以上、死者が出るのは仕方のないことだった。

 これ以上犠牲者を出さないためにも、一秒でも早くセルフストの町を解放しなくてはならない、ジェイクとファウはそう感じながら目の前の南門を見上げる。


「よし、ちゃっちゃとこの門を開けて町に入るぞ」

「ええ、ここからが本番です」


 ファウが気合を入れると、ジェイクは再び橋の方を向き、モナに向かって手を上げる。モナはジェイクが手を上げる姿を見ると頷き、振り返って対岸に向かって羽扇を振った。

 対岸には南門の攻撃に参加しなかったマルゼント兵や騎士、ストーンタイタンたちが待機しており、モナが羽扇を振るのを見たストーンタイタンたちは南門の方に向かって歩き出す。どうやら彼らに南門を開けてもらうようだ。

 ストーンタイタンと後方で待機している残りの戦力が橋を渡るのを確認したジェイクは視線を南門へと戻す。すると、あることに気が付いて空を見上げた。


「そう言えば、戦っている最中に空中から悪魔たちの攻撃を受けることは殆ど無かったな?」

「ノワールさんが空中の悪魔たちの気を引いてくれているんですよ、きっと」

「成る程な……そう言えば、そのノワールは今何処にいるんだ?」


 ジェイクは空を見回してノワールを探すが、視界には見張り台から自分とファウを見下ろすマティーリアの姿しかなかった。ファウも不思議そうな顔をしながら空を見回している。

 その頃、ノワールは南門から少し北へ移動した場所の上空を飛んでいた。彼の正面にはとんでもない数の悪魔族モンスターが飛んでおり、ノワールを鋭い目で睨んでいる。ノワールの周りでは飛行可能なモンスターたちが悪魔族モンスターと戦っている姿があった。


「まさかこれほどの数とは……ざっと見て千体はいるなぁ」


 正面だけでなく、遠くにも大量の悪魔族モンスターがいるのを見てノワールは自分の頬を指で掻く。すると前を飛んでいた一体のブラッドデビルがノワールに襲い掛かってきた。だがノワールはブラッドデビルの攻撃を簡単にかわし、手から火球を放って反撃する。火球を受けたブラッドデビルは全身を炎で包まれながら落下していった。

 周りにいる飛行可能なモンスターたちも次々と悪魔族モンスターたちを倒していく。しかし数が多すぎるため、倒しても倒しても数が減る様子は見られなかった。ノワールは悪魔族モンスターたちを見ながら軽く息を吐く。


「この数ならジェイクさんが時間が掛かるって言うのも分かるなぁ……」


 苦笑いをしながらジェイクが言ったことを思い出してノワールは納得する。町の上空を飛んでいる悪魔族モンスターたちは少しずつ南門の方へ移動しており、あと数分で空中の悪魔族モンスターが全て集まってくる状況だ。


「確かにこれだけの敵を相手に普通に戦ったら僕でも全滅させるのに時間が掛かるかもしれない……」


 周りで自分を睨み付けるブラッドデビルやオックスデーモン、遠くから近づいてくる大量の悪魔族モンスターを見ながらノワールは腕を組んで難しそうな顔をする。ノワールが呟いている間も悪魔族モンスターたちはノワールを攻撃しているが、全ての攻撃はノワールの攻撃を無効化する技術スキルによって防がれてしまう。

 何故攻撃が通用しないのか分からず、ブラッドデビルたちは悔しそうに鳴き声を上げており、知性が高いオックスデーモンは驚きの反応を見せている。そんな中、ノワールは腕を組むのをやめて軽く息を吐く。


「……やっぱりあれを使うしかないかな」


 ノワールはそう言うと、周りで悪魔族モンスターと戦っている仲間のモンスターたちを見て口を開いた。


「皆さーん! 少しの間だけ、僕の護衛をしてくだーい!」


 大きな声でモンスターたちに指示を出すと、モンスターたちは一斉にノワールの周りに集まる。それを確認したノワールは悪魔族モンスターたちの方を向いた。

 視界に映る大量の悪魔族モンスターを見ながらノワールは軽く深呼吸をし、両手を横に伸ばしてゆっくりと目を閉じる。すると大量の青い魔法陣がノワールを囲むように展開され、それを見た悪魔族モンスターたちは一瞬驚きの反応を見せる。

 ブラッドデビルのような下級の悪魔族モンスターはノワールが何をしようとしているのか分かっていないようだが、オックスデーモンのような中級の悪魔族モンスターはノワールが魔法を使おうとしていることに気付いており、目を鋭くしてノワールを睨んでいた。


「お前たち! あの小僧は魔法を発動しようとしている。攻撃して発動を妨害しろ!」


 一体のオックスデーモンが周りにいる仲間の悪魔族モンスターたちに指示を出し、指示を聞いた周りのブラッドデビルたちは一斉にノワールに向かって突撃した。だが、ノワールに近づこうとしたブラッドデビルは護衛である死神トンボや怪鳥人に倒されて街へと落ちて行く。

 他の悪魔族モンスターたちもノワールを攻撃しよとするが、護衛のモンスターたちに邪魔されて近づくことができない。そんな光景を見ているオックスデーモンは苛ついているのか表情を険しくしていた。


「クウゥッ! どいつもこいつも役に立たない奴らだ」


 オックスデーモンは骨の斧を握りながらノワールに向かって飛んでいく。下級の悪魔族モンスターたちが使えないため、自分自身がノワールを攻撃して魔法の発動を止めることにしたようだ。

 ノワールの周りにいるモンスターたちが近づいて来る悪魔族モンスターたちを倒していると、オックスデーモンが斧を振り上げて攻撃しようとする。するとオックスデーモンの右側から一体の怪鳥人が飛び蹴りを放ってオックスデーモンを攻撃した。

 蹴りはオックスデーモンの右脇腹に命中し、怪鳥人は大きくオックスデーモンを蹴り飛ばす。オックスデーモンは空中で体勢を直し、攻撃を邪魔した怪鳥人を睨み付ける。怪鳥人はオックスデーモンを黙って見つめていた。


「……皆さん、もういいですよ。南門まで下がってください」


 モンスターたちが睨み合っていると、ノワールが目を開けて周りにいるモンスターたちに声を掛ける。ノワールの声を聞いたモンスターたちは言われたとおり素早く南門の方へと後退した。

 護衛をしていたモンスターたちが後退すると、ノワールの周りに展開されていた魔法陣が全て消滅し、代わりにノワールの真後ろに巨大な青い魔法陣が六つ、横一列に並んで展開され、巨大な魔法陣を見た悪魔族モンスターたちは驚きの反応を見せる。ノワールは驚いている悪魔族モンスターたちを真剣な表情で見ていた。


「受けてください、巨人からの極寒……女巨人の大寒波スカジフリジッド!」


 ノワールが魔法の名前を叫んだ瞬間、六つの青い魔法陣から銀色に光る冷気が勢いよく噴き出し、悪魔族モンスターたちへ向かって行く。冷気はノワールの正面にいる悪魔族モンスターを全て呑み込み、そのまま広範囲に広がっていった。そして、まだ南門に辿り着いていない遠くにいる悪魔族モンスターたちも呑み込む。

 冷気はセルフストの町の上空ほぼ全体に広がり、町の上を飛んでいた悪魔族モンスターを全て呑み込んだ。冷気に呑まれた悪魔族モンスターは体のあちこちを凍らせたまま地上へと落下していく。

 落下する悪魔族モンスターは全て凍死しており、地面に叩きつけられると凍っていた箇所は氷が割れたように砕けた。悪魔族モンスターは雨のように次々と落下していき、街の中は悪魔族モンスターの死体で一杯になっていく。やがて冷気が消滅し、町の上空は冷気が広がる前と同じ状態になった。

 空中のノワールは町全体を眺め、街道や民家の屋根の上に落ちる悪魔族モンスターの死体を確認する。それが済むと今度は前を向き、町の上空に悪魔族モンスターがいないことを確認した。


「……よし、上手く全ての悪魔を倒すことができた」


 納得のいく結果にノワールは力強く頷く。

 <女巨人の大寒波スカジフリジッド>は冷気を放って攻撃する水属性の神格魔法。攻撃力が高いのは勿論だが、最も注目すべき点はその攻撃範囲だ。LMFでは大都市一つを呑み込むくらいの攻撃範囲で、遠くにいる敵や大勢の敵を攻撃するのに使われていた。冷気を受けた者は高確率で凍結状態となるが、攻撃力が高いため、殆どのプレイヤーやモンスターは凍結状態になることなく倒されてしまう。この魔法は空中でも使用可能で空中で使用しても冷気が地上に下降することはない。更に海上で使用すれば海を凍結させることもできる。

 普通の魔法で戦えば時間が掛かるため、ノワールは神格魔法を使って悪魔族モンスターを一瞬で全滅させたのだ。因みに仲間のモンスターたちに護衛をさせたのは最初にモンスターたちを後退させてしまうと、悪魔族モンスターがその後を追って冷気が届かない背後に回り込むかもしれないと考えたからである。

 もし背後に回り込まれたら全ての悪魔族モンスターを攻撃することはできないので、ノワールは魔法を発動させるまでの間、仲間のモンスターたちを自分の護衛をさせて悪魔族モンスターを自分の正面に集めたのだ。

 作戦が成功し、空中の悪魔族モンスターを一掃したノワールは振り返って南門の戦況を確認する。既に南門はストーンタイタンによって開かれており、ジェイクたちが南門前の広場にいる魔族軍と交戦していた。ノワールと行動を共にしていたモンスターたちも加勢して魔族軍と戦っている。


「広場の制圧が始まってる……空中の敵は全部倒せたし、僕もジェイクさんたちに加勢しよう」


 少しでも早く南門前の広場を制圧するためにノワールは広場に向かって飛んでいく。


「そう言えば、どうしてジェイクさんは僕でも短時間で悪魔を倒すのは無理だと思ったんだろう? ……もしかして、僕が神格魔法を使えることを忘れてた?」


 ジェイクが作戦前になぜノワールでも時間が掛かると言ったのか、ノワールは不思議そうな顔で考えながら広場へ移動した。


――――――


 魔族軍の本部では武装を整えたパメテリアが部屋の中で空を見上げながら驚愕の表情を浮かべている。先程、突然空を覆い隠すかのように冷気が広がっていくのを目にし、パメテリアは酷く驚いていた。

 

「な、何だったの、今のは……」


 自分の理解できない現象を目にしたパメテリアは微量の汗を掻く。すると部屋にケルディとエーヴィンが飛び込むように入ってきた。二人は二本の短剣を佩し、頭には青いパメテリアの帽子と色違いの帽子を被っている。彼女たちもパメテリアと同じように戦闘の準備を整えたようだ。

 パメテリアは驚きの表情のまま部屋に入ってきたケルディとエーヴィンの方を向く。二人もパメテリアと同じように驚きの表情を浮かべていた。


「おい、パメテリア! お前、さっきの見たか!?」


 ケルディがパメテリアを見ながら大きな声で尋ねてきた。ケルディは走ってきたのか、呼吸が僅かに乱れており、エーヴィンも同じように呼吸を乱しながらパメテリアを見ている。

 二人は西門と東門の橋がどうなっているのかを確かめるために自分たちの部隊の魔族兵を数人西門と東門へ送り、その後は本部の外で自分たちの部隊と待機していた。だが、待機している時に空が冷気で覆い隠されたのを見て驚き、それを伝えるために慌ててパメテリアの下へ向かったのだ。


「……ええ、見たわよ。とんでもない冷気が空を覆い隠して、しばらくしたら綺麗に消えちゃったのをね」

「やっぱ見てたか……」

「あれは、いったい何だったんですの?」


 落ち着きを取り戻したエーヴィンが汗を拭いながらパメテリアに尋ねる。パメテリアは緊迫した表情を浮かべながら外の方を向いた。


「そんなに私が知るわけないでしょう? あんな現象、魔界でも見たことがないわ」

「人間界で稀に起きる異常現象か何かか?」

「だから知らないって言ってるでしょ!」

「お前もちったぁ考えろよな!」


 外を眺めるパメテリアにケルディは当たるように言い放つ。西門と東門の件に続いて自分たちの理解できない現象が起きたため、ケルディはかなりイライラしていた。

 声を上げるケルディをパメテリアは鋭い目で睨む。彼女もそれなりに苛ついているようで、二人は険しい顔で仲間と睨み合う。そんな中、部屋の扉をノックする音が聞こえ、エーヴィンは睨み合う二人をそのままに扉の方を向く。


「ハイ?」

「し、失礼します!」


 扉が開き、一人の女魔族兵が入室する。部屋に入った女魔族兵はかなり慌ててた様子をしており、エーヴィンは目を僅かに細くして女魔族兵を見た。


「どうかなさいましたか?」

「そ、空から悪魔の死体が降ってきました!」

「はあ?」


 女魔族兵の報告を聞いたエーヴィンは理解できないような顔で訊き返す。睨み合っていたパメテリアとケルディも報告を聞いて女魔族兵の方を向く。二人の顔は険しいままで、女魔族兵はパメテリアとケルディの顔を見て驚いた。


「悪魔が降ってきたって、どういう意味ですの?」

「そ、そのままの意味です! 空から凍り付いた悪魔たちが降ってきてるんです!」


 コイツは何を言っているんだ、と言いたそうな顔で三人は女魔族兵を見ている。すると空からバルコニーに何かが落下し、落下の音を聞いたパメテリアたちは一斉にバルコニーの方を向く。そこには体のあちこちが凍っていたブラッドデビルの死体があった。

 ブラッドデビルの死体を見たパメテリア、ケルディ、エーヴィンは驚く。本当に空から悪魔族モンスターが降ってきたので驚きを隠せずにいた。そんな中、再び何かが降ってきて今度はバルコニーの外側、本部である屋敷の近くに落下する。

 パメテリアは落ちたものを確認するためにバルコニーに出て下を覗く。そこには顔や腕、腹部を凍らせたオックスデーモンの死体があり、その周りではケルディとエーヴィンの部隊の者と思われる魔族兵たちが驚きながら死体を見ていた。


「今度はオックスデーモン、いったい何が起きて……ッ!?」


 下を覗くのをやめて顔を上げると、パメテリアは目を大きく見開く。本部の周りや遠く、町の至る所で悪魔族モンスターたちが空から降ってくる光景が視界に入り、驚きのあまり言葉を失ってしまった。

 ケルディとエーヴィン、報告に来た女魔族兵も大量の悪魔族モンスターが降ってくる光景を目にして固まっている。女魔族兵は本部の近くだけでなく、町中で同じ現象が起きていると知って驚いていた。


「な、何だよこりゃあ? ホントに何がどうなってんだよ?」

「……詳しくは分かりませんが、わたくしたちにとって非常に都合の悪いことが起きているのは間違いありませんわ」

「まさかお前、これも人間軍の仕業だとか言うんじゃねぇだろな?」

「……」


 エーヴィンはケルディの質問に答えず、小さく俯きながら黙り込む。そんなエーヴィンを見たケルディは何で何も言わない、と言いたそうな顔をする。


「……何とも言えませんわね。この状況から考えると、ゼロとは言えませんし……」

「馬鹿言うなよ! こんなこと、アタイら魔族にだってできやしねぇことだ。人間にできるはずねぇだろうが!」


 空中の悪魔族モンスターたちがやられたのは人間の仕業、と語るエーヴィンにケルディは声を上げる。魔族は人間よりも優れた種族だと信じているケルディは魔族にできなことを人間がやったということがどうしても信じられなかった。

 勿論、エーヴィンもケルディと同じ気持ちだが、西門と東門の橋の件もあるため、完全に否定することはできずにいるのだ。

 パメテリアたちが大量の悪魔族モンスターが倒されたことに衝撃を受けていると、部屋に二人の魔族兵が飛ぶこむように入ってきた。魔族兵たちが入室してきたことに気付いたパメテリアたちは一斉に魔族兵たちの方を向く。


「エ、エーヴィン隊長! 命令どおり西門の様子を見てきましたが、西門前の橋は本当に破壊されていました!」


 一人の魔族兵が驚きの表情を浮かべながら力の入った声を出し、それを聞いたエーヴィンは驚いて自身の耳を疑った。


「ひ、東門の橋も同じです。橋の中央で爆破されたかのように破壊されていました!」

「んだとぉ!?」


 もう一人の魔族兵はケルディの方を見ながら東門の橋の状態を説明し、ケルディは魔族兵を見ながら声を上げる。部屋に入ってきた魔族兵たちはケルディとエーヴィンが西門と東門の橋がどうなっているか確認に向かわせた魔族兵たちだったのだ。

 命令された魔族兵たちはそれぞれ西門と東門へ橋がどうなっているのか確かめに向かい、橋が破壊されている光景を見て愕然とした。そしてそのことをケルディとエーヴィンに報告するために急いで本部に戻ってきたのだ。

 魔族兵たちは動揺を見せながら小さく俯く。本当に橋が破壊されていると知ってかなり衝撃を受けているようだ。更に本部へ戻る途中に空から大量の悪魔族モンスターの死体が降ってきたため、魔族兵たちは混乱しかかっている状態だった。

 ケルディとエーヴィンは直接見てきた部下が言っているので、本当に西門と東門の橋は破壊されているのだと悟る。同時にエーヴィンは橋が破壊されていることから、空中の悪魔族モンスターたちが死んだのも人間たちの仕業である可能性が高いと感じていた。


「おい、パメテリア! どうすんだよ!?」

「攻め込んできた人間軍はわたくしたちが思っている以上に厄介な敵かもしれませんわ」


 これからどうするか、ケルディとエーヴィンは指揮官であるパメテリアに尋ねる。報告に来た魔族兵たちも少し不安そうな顔をしながらパメテリアを見ていた。

 パメテリアは奥歯を噛みしめながら俯く。橋が破壊されたことや空中の悪魔族モンスターたちが死んだことには驚いたが、まだ冷静さは失っていないらしく、目を鋭くしながらケルディたちを見た。


「すぐに状況を確認して! 人間軍がどうやって橋を破壊したのか、さっきの冷気は何なのか、こちらの残りの戦力、前線の様子がどうなっているのか、急いで全ての情報を確認して!」

「ハ、ハイ!」


 力が入っているパメテリアの言葉に女魔族兵は驚きながら返事をし、慌てて退室する。それを見たエーヴィンは後から来た魔族兵たちに視線を向けた。


「貴方がたも隊に戻っていつでも出撃できるよう待機していてください」

「分かりました」


 魔族兵は返事をすると部屋から出ていき、もう一人の魔族兵もそれに続いて退室する。

 部屋にはパメテリアとケルディ、エーヴィンの三人だけが残り、パメテリアは南門がある方角を見て悔しそうな表情を浮かべる。ケルディとエーヴィンはパメテリアの方を向き、黙って彼女の後ろ姿を見つめた。


「まだよ、例え空中の悪魔たちが全て倒されても、まだ戦力はこっちの方が上! さっきの冷気がどんな力かは分からないけど、あれほど強力な力であれば、次に使えるようになるにはかなりの時間が掛かるはず。もう一度使われる前に敵の本隊を叩いて勝負を付けてやる!」


 何度も驚かされたが、まだ自分たちの方が優勢だと考えるパメテリアは士気を低下させることなく南門を睨む。

 ケルディとエーヴィンはこんな状況でも冷静に分析をするパメテリアを見て心の中で意外に思った。


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