第二百五十九話 もう一つの部隊
時は遡り、ダークたちがジンカーンの町の解放作戦を始めようとしていた頃、ノワールたちの部隊もセルフストの町を解放しようとしていた。
暗闇に包まれたセルフストの町をノワールたちは南に1kmほど離れた所にある平原から眺めている。幸い暗いため、見張りの魔族軍に見つかることはなかった。
「あれがセルフストの町ですか……」
望遠鏡で町の様子を窺いならノワールは呟き、その近くではジェイク、マティーリア、ファウ、そしてモナがノワールと同じように町を望遠鏡で覗いていた。
セルフストの町は北に大きな森があり、それ以外の三方向が大きな川に囲まれている。川と城壁で外部からの敵の攻撃と侵入を防ぐ防衛力の高い町で、町に入るには東、西、南に掛けられた大きな橋を渡り、門を潜らないといけない。それ以外には町に入る方法は無く、マルゼント王国の町の中で最も落とすのが難しいと言われている。
更にセルフストの町には食料や武具などの物資が多く、籠城戦にも長期間耐えることができる。マルゼント王国軍はこれまでに何度も魔族軍に制圧されたセルフストの町を何とか解放しようと試みたが全て失敗し、結局自分たちが撤退することになった。
「町は川に囲まれているため、橋を渡らないと町に近づくことができない。そして橋を渡ったとしてもまだ門と城壁がある……確かにこれではマルゼント王国軍の人たちが失敗するのも無理はありませんね」
ノワールは望遠鏡を下ろし、セルフストの町の解放が難しいことに納得する。ジェイクたちも望遠鏡を覗くのをやめて面倒そうな顔をしており、モナはどこか悔しそうな顔でセルフストの町を見つめていた。
「セルフストの町は城壁と町全体を囲む川に護られており、敵を町に侵入させないのは勿論、近づかせるのも難しい造りになっています。拠点として使えば、あの町以上に優れた拠点はありません」
「確かにな。だが裏を返せば、敵に奪われてしまうと解放するのが非常に難しい町ってことだろう?」
「……そのとおりです」
ジェイクの言葉にモナは悔しそうな表情のまま返事をする。
「町が魔族軍に制圧された直後、周辺の拠点にいた部隊が解放しようとしたそうなのですが、町の防衛力と魔族軍の強大な戦力にどうすることもできなかったんです」
「更にそんな状態でジンカーンの町まで制圧されてしまうと、魔族軍を押し返すのは難しいな」
「ハイ、結局セルフストの町を解放することもできず、周辺の拠点も魔族軍に制圧されてしまいました」
目を閉じて俯くモナを見てノワールは少し気の毒そうな顔をし、ジェイクとファウも難しい顔でモナを見ていた。マティーリアだけは腕を組みながら黙ってセルフストの町を眺めている。
「……そう言えば気になっておったが、魔族軍はどうやってセルフストの町を制圧したんじゃ? あの町がお主の言うとおり防衛力の高い町なら魔族軍が襲撃してきた時も撃退できたはずじゃ」
町を見ていたマティーリアがモナの方を向き、魔族軍がどのようにして制圧するのが難しいセルフストの町を制圧したのか尋ねる。
ジェイクとファウもマティーリアの言葉を聞き、魔族軍がどんな手を使ったのか気になりモナの方を向いた。モナはゆっくりと目を開けるとノワールたちの方を向いて口を動かす。
「彼らは空から町を襲撃してきたんです」
「空から?」
モナの言葉にファウは思わず訊き返し、モナもファウを見ながら頷く。
「セルフストの町は城壁と川に護られており、攻め込まれても簡単には落とせません。ですが、それは敵が地上から攻めてきた場合です。空から攻め込まれては城壁も川も何の役にも立たず、魔族軍が町に侵入するのを許してしまったんです」
ジェイクたちはモナの説明を聞いて納得の反応を見せ、ノワールはやっぱり、と言いたそうに目を鋭くした。
確かに空から攻め込めば城壁と川の効力は失われ、普通に攻め落とすことができる。ノワールたちは、セルフストの町は地上からの攻撃には強いが、空からの攻撃に対しては他の町と防衛力が変わらないのだと知った。
「それなら、魔族軍からセルフストを解放する時も、空から攻撃を仕掛ければよかったんじゃないですか?」
「馬鹿者」
制圧された時と同じ方法を取ればセルフストの町を解放できたのではと考えるファウにマティーリアが呆れ顔で声を掛けてきた。
「魔族軍だってマルゼント王国軍が同じ方法で攻撃してくるということぐらい予想しておったはずじゃ。それなら空中から攻撃されないよう、何かしらの対策をしておったはず」
マティーリアの話を聞いたファウは目を見開いて、あっと反応する。
戦場で自分たちが成功した作戦を敵が真似する可能性は十分ある。だったら真似されることを警戒して何かしらの手を打っておくのは常識だ。
マティーリアとファウの会話を聞いていたノワールはモナの方を向き、そうなんですか、と目で尋ねる。すると、モナはノワールの顔を見ながら頷いた。
「マティーリアさんの仰るとおりです。魔族軍は町の上空に大量の飛行可能な悪魔を待機させ、護りを固めました。我が軍も飛行可能な亜人の兵士や魔法使いたちを使って攻撃を仕掛けたのですが、敵の数が圧倒的に多くどうすることもできませんでした」
モナの話を聞いたノワールは望遠鏡で再びセルフストの町を確認する。確かに町の上空にはもの凄い数のブラッドデビルやオックスデーモンが飛んでおり、南門の真上にも悪魔族モンスターたちが待機していた。
「確かに凄い数ですね」
「上空の護りだけでなく、地上の護りもとても堅くて突破は難しくなっています」
セルフストの町を見ながらモナが語り、それを聞いたノワールは南門の護りを確認する。
南門には大勢の魔族兵とその倍以上の悪魔族モンスターの姿があった。南門の見張り台の上に魔族兵が数人、左右に城壁の上にも大勢の魔族兵たちが配置されている。空中には飛行可能な悪魔族モンスターが飛んでおり、門の前にはブラックギガントが三体、ヘルハウンドやマッドスレイヤーのような下級の悪魔族モンスターの姿があった。
更に南門の正面に架けられている橋の中央にはバリケードが張られ、そこにも多くの悪魔族モンスターが配置されている。入口である門に近づくには、まず橋の上の防衛部隊を倒す必要があった。
「門の前と橋の中央に防衛部隊が配備されていますね。それもかなりの数が……」
「恐らく、東側と西側も同じように防衛部隊が配備されているはずです」
他の二つ門の護りも同じだとモナが語り、ノワールは望遠鏡を下ろしてジッと南門を見つめる。ジェイク、マティーリア、ファウの三人も目を鋭くして南門を見つめていた。
「……とりあえず、町の様子を確認することができましたし、部隊に戻りましょう」
「そうですね」
セルフストの町を解放するための作戦を練るため、ノワールたちは後方で待機している部隊の下へ戻ることにする。魔族軍に支配されている町に背を向け、ノワールたちは暗い平原の中を移動した。
広い平原の中央にマルゼント王国軍の部隊が待機していた。マルゼント兵や騎士、魔法使いたちはもうすぐ行われるセルフストの町の解放作戦に備えて体を休めたり、武具の手入れなどをしている。黄金騎士や巨漢騎士、モンスターたちは隊列を組んだままビクリとも動かずに待機していた。
偵察から戻ったノワールたちは作戦会議を行うため、部隊長らしきマルゼント騎士を数人集める。全員が揃うと、木製の机の上にセルフストの町の地図を広げてそれを囲む。
「では、早速セルフスト解放のための作戦会議を始めます」
モナは喋りながら地図を見下ろし、ノワールたちも無言で机の上の地図を見つめている。
机を囲むノワールたちの頭上には小さな光球が浮いており、その明かりによって暗い中でも地図がハッキリと見えた。光球は地図を見やすくするためにノワールが魔法で作り出したものだ。
「まず、セルフストの町を占領している魔族軍の戦力ですが、ドゥン村で捕らえた魔族から聞き出した情報によると約三千三百、詳しい数は分からないそうです」
モナから魔族軍の戦力を聞かされたノワールたちはマララムの町で聞かされた戦力と同じくらいの数であったため、驚いたりすることはなかった。
「魔族軍の指揮官はパメテリアという女魔族で町の中央にある屋敷にいるとのことです。恐らく、その屋敷がセルフストの町にいる魔族軍の本部でしょう」
そう言ってモナは地図に描かれている建物を指差す。その建物は他の建物と比べて大きく、民家のような普通の建物とは違うものだとすぐに分かった。
「では、セルフストの町を解放するにはその本部を制圧しないといけないということですね?」
地図を見ていたノワールはモナの見ながら自分たちのやるべきことを確認すると、モナは真剣な表情を浮かべてノワールの方を向いた。
「そのとおりです。しかし、町には大勢の魔族や悪魔がいるため、簡単に本部に辿り着くことはできないでしょう」
「確かにそうですね。それに捕らえられている捕虜も解放しないといけませんし……」
ノワールは視線を地図に戻すと腕を組んで考え込む。本部を制圧するのも大事だが、捕らえらえているマルゼント王国軍の兵士や冒険者などを解放し、人質として利用されないようにする必要もある。何を優先して行動するか、ノワールやジェイクたちは地図を見ながら難しい顔をした。
「こりゃあ、進軍する部隊と捕虜を救出する部隊の二つに分けて戦う必要があるな」
「そうですね」
「いや、もう一つ部隊を用意する必要があるぞ?」
ジェイクとファウが部隊の編成について話していると、マティーリアが会話に参加してきた。二人は腕を組みながら自分たちを見上げるマティーリアを見て、どんな部隊だと不思議そうな顔をする。
「忘れたのか? セルフストの上空には飛行可能な悪魔が大量におる。ソイツらがおる限り、町に突入できても空から攻撃を受けて進軍しにくくなる。空中の悪魔と戦う部隊が必要じゃ」
「言われてみりゃ、そうだなぁ……」
マティーリアの言うことに一理あると感じたジェイクは顎に手を当てながら考え込み、ファウは確かにそうだと言いたそうに納得の表情を浮かべている。ノワールとマルゼント騎士も似たような反応をしていた。
ノワールたちの反応を見たマティーリアが視線を軍師であるモナに向けた。
「と言うわけで、空中の敵の相手をする部隊を編成するべきと妾は考えておるが、お主はどう思う?」
「え、ええ、確かに空中から敵に攻撃されれば本部を制圧する前にこちらの戦力が削がれてしまう可能性がありますので、用意する必要があるでしょう」
モナは頷きながらマティーリアの考えに同意する。ダークの仲間であり、竜人であるマティーリアと向かい合って話をしているのか、少し緊張した様子だった。
マティーリアは自分の考えに賛同したモナを見て無言で頷く。ジェイクたちも軍師であり、部隊の指揮官であるモナがそう決めたのなら反対する気は無いのか黙ってモナとマティーリアを見ていた。
「因みにその部隊の指揮はどなたが執るんですか?」
話を聞いていたノワールが不思議そうな顔しながら尋ねると、その場にいた全員の視線がノワールに向けられた。
空中にいる悪魔族モンスターと戦うとなると、こちらの部隊も飛行可能な存在で編成する必要がある。勿論、指揮官も実力があり、空を飛ぶことが可能な者が引き受けるべきだ。しかし、ノワールたちの部隊で空を飛ぶ部隊の指揮を任せられる者は限られていた。
「妾がやろう。自分で言うのも難じゃが、それなりの実力を持っておるし、空を飛ぶことも可能じゃからな。それに部隊の編成を提案したのは妾じゃ、妾がやるべきであろう?」
自分が言い出したのだから自分がやるべきだとマティーリアは語り、ジェイクとファウもマティーリアが適任だと感じているのか彼女を見ながら納得の表情を浮かべていた。
マルゼント騎士たちも賛成なのかマティーリアを見て頷く。だが、モナだけは少し難しそうな顔をしながら何かを考えており、それに気付いたノワールはまばたきをしながらモナを見つめた。
「……マティーリアさん、私はマティーリアさんではなく、ノワール君が指揮を執った方がいいと思います」
「何?」
マティーリアは目を細くしながらモナを見つめ、ノワールやジェイクたちも意外そうなうな顔でモナを見ている。てっきりモナもマティーリアが指揮を執ることに賛成すると思っていたようだ。
「誤解されないように先にお伝えしますが、私は決してマティーリアさんの実力を疑っているわけではありません。ただ、セルフストの町の上空にいる悪魔はとてつもない数です。短時間で大量の悪魔たちを倒すのなら、強力な魔法が使えるノワール君の方が適任だと考えました」
モナがマティーリアではなくノワールに指揮官を任せたい理由を話すと、ジェイクとファウは難しそうな顔をし、マティーリアも腕を組みながらモナを見ている。
確かにノワールは強力な魔法を使って大勢の敵を一度に倒すことができるため、空中にいる大量の悪魔族モンスターと戦うのなら、マティーリアよりもノワールの方が適任と言えるだろう。ドゥン村を解放する時もノワールは魔法で多くの魔族兵や悪魔族モンスターを倒している。
ドゥン村でのノワールの活躍を思い出したマルゼント騎士たちはノワールに任せた方がいいかもしれないと感じ始める。だが、ジェイクとファウはノワールに空中部隊の指揮を任せることに若干抵抗を感じていた。
「だけどよぉ、ノワールは俺たちの部隊の最高戦力だ。できれば地上の魔族軍の相手をする方に回したいんだがなぁ」
「そう、ですね。町の上空にいる悪魔の数もかなりのものですが、それ以上に地上にいる悪魔の方が多いですし……」
部隊で最も力の強いノワールには空中部隊よりも戦力の大きい地上部隊の相手を任せたいと語る二人をマティーリアは黙って見ており、モナやマルゼント騎士たちは複雑そうな顔をする。
ジェイクとモナの言うとおり、地上部隊の方が空中部隊よりも戦力が多い。だが空中部隊も大規模であることは事実だ。どちらにノワールを回すべきか、モナは困り顔で考える。
モナが悩んでいると、黙って話を聞いていたマティーリアが小さく息を吐き、モナの方を見ながら口を動かした。
「やはり、妾が部隊の指揮を執って空中の悪魔どもの相手をした方がよいのぉ。時間は掛かるかもしれんが、ダーク陛下が召喚してくださったモンスターたちもおるんじゃ。奴らがいれば普通に戦うよりは早く悪魔どもを片付けられるじゃろう」
右の肩を回しながらマティーリアは自分が担当するべきだと語り、ジェイクとファウもそれがいいとマティーリアを見ながら頷く。モナも仕方がないと感じ、空中の悪魔族モンスターたちと戦う部隊の指揮はマティーリアに任せるしかないと考える。
「別に僕が指揮を執っても問題無いと思いますよ?」
マティーリアが指揮を執るという方向で話を進めようとした時、ノワールがジェイクたちを見なが自分が指揮を執ってもいいと話す。
ノワールの言葉を聞いてジェイク、マティーリア、ファウは意外そうな顔をし、モナも少し驚いたような顔でノワールを見た。
「空中の悪魔たちを短時間で倒し、地上部隊と合流すればいいだけですから」
「い、いや、お前も見ただろう? 町の上空にはあり得ねぇ数の悪魔がいたんだぜ? いくらお前でも短時間であの数の悪魔どもを片付けるのは無理だろう?」
ジェイクは苦笑いを浮かべながらノワールを見下ろし、ファウもうんうんと頷く。
ノワールが強大な力を持っていることはジェイクたちも知っている。勿論、ノワールが悪魔族モンスター相手にやられるなんて考えてない。しかし、いくらノワールでも短時間で大量の悪魔族モンスターを倒すのは難しいのではとジェイクたちは考えていた。
「大丈夫ですよ、ちゃんと手はありますから」
ジェイクたちを見ながらノワールは微笑みを浮かべ、それを見たジェイクとファウは、本気かと言いたそうに目を見開く。
ノワールとジェイクたちの会話を見ていたマティーリアはジッとノワールを見つめていた。この時の彼女はノワールが自分たちも知らない力をまだ持っており、それを使って悪魔族モンスターを短時間で倒すのではと感じていた。
「……ノワールがそう言うのなら、こ奴に任せることにしよう」
「よろしいのですか?」
指揮官の権限をノワールに譲ると言うマティーリアを見てモナが尋ねる。ジェイクとファウもマティーリアを見ながら同じような反応を見せた。
「ウム、こ奴ならきっと悪魔どもをあっという間に蹴散らしてくれると妾は思っておる」
「いや、だけどよぉマティーリア、いくらノワールでもあの数の悪魔は……」
今回ばかりはノワールでも難しいと感じるジェイクは複雑そうな顔をしながらマティーリアを見る。するとマティーリアはジェイクの方を見ると真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「ジェイク、妾たちは長いことダーク陛下やノワールと共におるが、まだ二人の力の全てを目にした訳ではない。ノワールは大量の悪魔たちを一掃できる程の力を持っておるとは思わんか?」
「そ、そりゃあ、今まで見てきたことを考えれば……」
「なら、今回もこ奴を信じてみよても良いのではないか?」
ノワールの底知れぬ力に期待するマティーリアの言葉にジェイクが後頭部を掻く。ファウはジェイクやマティーリアと比べるとダークとノワールの二人とは付き合いは短いため、マティーリアの言うノワールの力がどれ程のものなのかいまいち理解できずにいた。モナやマルゼント騎士たちは話について行けず、ただ黙ってマティーリアたちの会話を聞いていた。
ジェイクは視線を上に向けながら後頭部を掻いてしばらく考える。やがて後頭部から手を離し、軽く息を吐きながらマティーリアの方を向く。
「分かったよ、俺もノワールに任せることにするぜ。ファウもそれでいいか?」
「え? え、ええ、私は構いません」
ジェイクとファウが了承したのを見たマティーリアは小さく笑い、ノワールは黙ってジェイクとファウの見ている。モナとマルゼント騎士は自分たちを残して話を進めるジェイクたちをただ見つめることしかできなかった。
「……そういう訳でモナ、空中の悪魔たちの相手をする部隊の指揮官はノワールに任せることになった」
「は、はあ、そうですか……」
話についていけていないモナは目を丸くしながら納得し、ノワールは苦笑いを浮かべながらモナを見ていた。
「え~っと……では、空中部隊の指揮官はノワール君に任せ、部隊は飛行可能なモンスターで編成する、ということでよろしいですか?」
モナが最終確認をすると、一同は無言で頷く。一つの部隊の編成を決めるのにかなり時間が掛かってしまい、モナは少し疲れたように溜め息をついた。
空中部隊の話が終わると、ノワールたちは再び地図を見下ろして作戦会議を続ける。まだ決めなくてはならないことが沢山あるため、全員気持ちを切り替えて地図を見つめた。
「次にセルフストの町に突入するために攻撃する場所についてですが、西門、南門、東門の三つのうちのどれかを突破して町に入ります。本来なら三つの門を同時に攻撃するべきですが、今の私たちの部隊には三つの門を同時に攻撃するだけの戦力はありません。下手に戦力を分断すると返り討ちにあってしまいます」
「ではどうするのじゃ?」
「三つの門の内、どれが一つに戦力を集中させて攻撃するしかないでしょうね」
「因みにどの門を攻撃するのが一番いいと思いますか?」
ファウがモナの方を見ながら尋ねると、モナはセルフストの町の中央を指差した。
「私たちの目的は中央にある本部を制圧して魔族軍を降伏させることです。短時間で制圧するのなら中央に一番近い南門を攻撃し、そこから町に入るべきでしょう」
「成る程のぉ、なら南門から攻撃を仕掛けるのか?」
マティーリアが尋ねると、モナは難しい顔をしながらチラッとマティーリアの方を向いた。
「確かに短時間で本部に辿り着くのなら南門から攻めるのがいいです。しかし、敵もそれを見越して町の南側に大量の戦力を配備している可能性が高いでしょう。更に言えば西門と東門の部隊が町の外側から増援を南門に送ってきたら、南門を攻撃している最中に左右から攻撃を受けることになります」
「ウム、大量の敵を相手にするのはともかく、左右から同時に攻撃を受けるのはさすがに避けなくてはならんのぉ」
「ですからこの場合は時間は掛かるとしても、左右から同時に攻撃を受けることのない西門か東門から攻め込むのがいいでしょう」
「なら、南門はやめとくか」
短時間でセルフストの町を解放するのは難しいと感じるジェイクたちは難しい顔をしながら地図を見つめる。だが、ノワールだけは無表情で地図を見ていた。
「いいえ、南門から攻めても問題無いと思いますよ?」
「え?」
ノワールの言葉にモナは意外そうな顔をし、ジェイクたちも一斉にノワールに視線を向ける。
「一つ作戦があります。上手くいけば左右から攻撃を受けることなく南門を突破することができるはずです」
「何ですか、その作戦というのは?」
モナが不思議そうに尋ねると、ノワールは作戦を説明し始める。その内容はジェイクたちにとって驚くべきものだった。
――――――
セルフストの町の中央に一軒の大きな屋敷が建てられている。セルフストの町の管理を任されていた貴族が住んでいた場所だ。中庭があり、屋敷にはバルコニーも付いている。バルコニーと繋がっている部屋には明かりがついており、その部屋の中に一人の女魔族の姿があった。
女魔族は十代後半ぐらいの黒い長髪で少女のような姿をしており、橙の長袖に革製のベスト、白い短パンを穿いた姿をしながら椅子に座り、一枚の羊皮紙を見ている。セルフストの町と前線に出ている部隊の管理を任されている指揮官、パメテリアだ。
パメテリアが座る椅子の隣には小さな丸い机があり、その上にはワインが入ったグラスが置かれてある。どうやら酒を飲みながら羊皮紙を読んでいるようだ。
真剣な表情を浮かべながらパメテリアが手元の羊皮紙を黙読していると、部屋の出入口である扉をノックする音が響く。
「入って」
羊皮紙を見ながらパメテリアが入室を許可すると、扉がゆっくりと開いて二人の女魔族が入室してきた。
二人の女魔族はどちらも十代後半ぐらいの外見で冷たい目つきをしており、一人は褐色の肌に銀髪のボブカットヘアーをしており、紫色の長袖と革ベスト、白い短パンというパメテリアと似た恰好をしている。もう一人は白い肌に薄紫のミディアムヘアーで、こちらも紫の長袖と革のベスト、白い短パン姿をしていた。恰好からして、二人はパメテリアの仲間のようだ。
女魔族たちは横に並んでパメテリアの方へ歩いて行き、彼女が座る椅子の近くで立ち止まった。パメテリアは二人が近づいて来ても羊皮紙から目を離さずにいる。
「こんな時間まで仕事とは真面目だなぁ」
「私はアンタたちと違って楽な役職じゃないからね」
「ああ? それってアタイらが日ごろから楽してるとでも言いてぇのかよ?」
褐色の女魔族は喧嘩を売られたように感じたのか、険しい顔でパメテリアを睨む。パメテリアは羊皮紙から視線を褐色の女魔族に向け、目を細くしながら彼女を見つめた。
「まあまあ、落ち着いてください、ケルディちゃん。私たちは喧嘩をしに来たわけではないのですよ?」
「ケッ、コイツがアタイを馬鹿にするような言い方をすっからいけねぇんだよ」
納得できないような反応をしながらケルディと呼ばれた女魔族はパメテリアを睨み、パメテリアは興味の無さそうな顔をしながら再び羊皮紙に目を通す。
ケルディはセルフストの町にいる魔族軍の部隊長の一人であり、パメテリアとは腐れ縁のような関係。気が強く好戦的で戦闘能力は高いが、自分より弱い者は平気で見下すため、一部の魔族兵からは避けられている。
まだ少し苛立つような顔をしながらケルディは腕を組み、そんなケルディを見たもう一人の女魔族はやれやれ、と言いたそうな顔で笑う。
「パメテリアちゃん、ドゥン村の様子を見に行った部隊の件でお話が……」
「何? 部隊が戻ってきたの?」
パメテリアは持っている羊皮紙を机の上に置くと女魔族の方を向いた。女魔族はパメテリアを見ながら首を軽く横に振る。
「いいえ、部隊はまだ戻って来ておりませんわ」
「ならいちいち言いに来る必要なんてないでしょう?」
「まだ戻って来ていないからこそ来たのですわ」
「……? どういうこと、エーヴィン?」
女魔族をエーヴィンと呼びながらパメテリアは小首を傾げた。エーヴィンは目を細くしながらパメテリアを見つめる。
エーヴィンはケルディと同じパメテリアの腐れ縁で、セルフストの町の魔族軍の部隊長を任されている。気が強いケルディとは違い、冷静でおしとやかな口調で話すが、敵には一切容赦はしないという冷徹な性格を持つ。
「部隊がドゥン村に向かってから既に三日経っていますわ。この町からドゥン村まではそれほど距離はありません。のんびり移動したとしても数時間ほどで戻ってこれるでしょう。にもかかわらず、既に三日も経過していますわ」
「……様子を見に行った部隊、もしくはドゥン村に何か遭ったって言いたいの?」
「ええ、少なくとも私たちにとって都合の悪いことが起きている可能性はありますわ」
パメテリアはエーヴィンの話を聞き、難しい顔をしながら足と腕を組んで考え込む。
セルフストの町はジンカーンの町と同様、他の拠点に物資を送る重要拠点であるため、周囲の拠点に部隊を送り、補充が必要なのかを細目に確認している。
ドゥン村にも補充が必要かどうかを確認するため、三日前に部隊を送ったのだが、その部隊が未だに戻って来ないため、パメテリアたちは部隊がどうなったのか調べていたのだ。
「……あり得ないことじゃないわね」
「マララムの町に送った制圧部隊からも何の伝達もありませんし、少々嫌な予感がしますわ」
「……どうすんだ? 新しい部隊を編成して確認に向かわせるか?」
どうするべきか、パメテリアは目を閉じて考える。しばらく考えこんだパメテリアは目を開け、ケルディとエーヴィンの方を向いた。
「いいわ、偵察隊を編成してドゥン村がどうなってるか確かめ……」
パメテリアが二人と話をしていると、突如轟音が響き、三人は一斉に反応した。
「何、今の音は!?」
立ち上がったパメテリアは外を確認しようとバルコニーの方へ早足で移動する。ケルディとエーヴィンも後に続いてバルコニーに向かった。
バルコニーに出た三人は周囲を見回して轟音に原因が何なのか確かめる。すると、西門と東門の外側が明るくなっており、同時に煙が上がっているのが見え、それを見た三人は目を見開く。
「あ、あれって……」
パメテリアは驚きの表情を浮かべながら東門を見ており、ケルディとエーヴィンも同じように驚いて西門を見ていた。