第二十五話 激戦前の安らぎの時
ワイバーンを倒したダークたちは再びザルバックス山脈に向かって歩き出す。再び歩き出してからはワイバーンや他のモンスターと遭遇することも無く、順調に進むことができた。途中で休憩を挟みながら目的地へ向かう中、レジーナとジェイクはダークから貰ったエメラルドダガーとスレッジロックを感動したような目で眺め続けており、早く使ってみたいとうずいている。それを見る度にアリシアは深く溜め息をついて呆れ果てていた。
歩くのを再開してから一時間、遂にダークたちは目的地のザルバックス山脈の入口前に到着する。高い岩肌の崖や枯れた木などが目に飛び込み、普通の人間では入ることのできないような雰囲気が漂っていた。
「此処がザルバックス山脈の入口が」
「ああ、武器や防具を作るのに使われる鉱石が沢山採れるのだが強いモンスターが多く生息するため、鉱石を採掘するためには必ず冒険者や騎士団を同行させないといけないと言われるぐらい危険な場所だ」
「そういえば、マーディングさんもそんなことを言っていたな」
ダークはアリシアの話を聞き、マーディングからザルバックス山脈について聞かされた時のことを思い出す。聞いた話ではこの山脈に棲むモンスターは全てがレベル30から35までのモンスターで熟練の冒険者や騎士団でなければ倒せないくらい手強いと言われている。
だが、レベル40近くのワイバーンが棲みつくようになってからはワイバーンは動物だけでなく、山脈に棲みついている別のモンスターをも餌にするようになり、餌にされるモンスターたちは今では山脈の片隅でひっそりと生きていると言われているらしい。
「ワイバーンをこのままこの山脈に棲みつかせると最初から山脈に棲みついていたモンスターたちよりも厄介な相手になる。もし、他のモンスターを餌として全て食べ尽くし、此処に来る途中で私たちが遭遇したワイバーンたちのように多くのワイバーンが遠くまで餌を探しに飛んできたら犠牲になる者が更に多くなる。そうなる前にワイバーンたちを倒すかこの山脈から追い出さなくては」
「ああぁ、分かっている。そのためにわざわざ此処まで来たのだからな」
ワイバーンによる被害を出さないようにするためにダークとアリシアはすぐにワイバーンの討伐に取り掛かろうと考えている。周囲を見回してモンスターや人間の姿がないかを確認したダークとアリシアは早速山脈に入ろうと歩き始めた。
ダークを先頭にアリシアとジェイクがその後をついていくように歩き出す。だが、なぜかレジーナだけが動かずにその場に立っていた。レジーナが動かないことに気付いたダークたちが足を止めて振り返りレジーナの方を向く。
「レジーナ、どうした?」
アリシアが尋ねるとレジーナはダークたちの方を向いて複雑そうな顔を見せる。
「え~っと、そのぉ……」
「なんだ、まだ傷が痛むのか?」
「う、ううん! そんなんじゃないの」
心配するダークを見てレジーナが両手を前に出して顔を横に振った。
実は先程のワイバーンとの戦闘でダメージを負ったレジーナとジェイクにダークは自分の持っている回復アイテムを渡したのだ。レジーナはワイバーンの炎で火傷とダメージを負っていたのでポーションと火傷を治すためのアイテムを、ジェイクは尻尾による攻撃でレジーナ以上のダメージを負っていたので普通のポーションよりも回復量の多いハイポーションを渡した。二人は傷を治すためにダークから渡されたアイテムをすぐに使用する。すると二人の傷はあっという間に治り、その効力にレジーナとジェイクは目を見開いて驚いた。
ダークのアイテムのおかげで二人の傷は完全に完治しているため、レジーナが傷の痛みで動けなくなっていることはない。なのになぜレジーナは動かないのか、これにはダークも理由が分からずに悩んでいた。
「俺もお前も兄貴のアイテムで傷は治ったはずだろう? なんで動けねぇんだよ?」
「う、うん、さっきの傷は完全に治ったからもう痛くないんだけど……」
「じゃあなんなんだよ。ハッキリと言え」
ジェイクが力の入った声を出すと、レジーナは小さく俯き、その理由を話し始めた。
「……お腹空いちゃって」
「……はあ?」
予想外の答えにジェイクは耳を疑う。これにはダークとアリシア、そしてノワールも驚き黙り込んでしまった。
ダークたちが驚いていると、レジーナの腹から低い音が聞こえ、それを聞かれたことでレジーナは顔を赤くして恥ずかしがる。その音を聞いたダークたちはハッとして腹の虫を鳴らすレジーナに注目した。
「……腹が減って動けない?」
「こんな時でも空腹を感じるなんて……」
「なんて神経の図太さなんでしょう……」
「いや、緊張感がねぇって言った方がいいんじゃねぇか?」
それぞれがレジーナを見て感じたことを口にし、それを聞いたレジーナはますます顔を赤くした。ダークたちがこういう反応をすると分かっていたのでハッキリと言えずにいたのだ。
顔を赤くしたまま俯くレジーナを見て呆れ顔を見せるアリシアとジェイク。ダークは兜で顔が隠れているため、どんな顔をしているのか分からず、ノワールは別に呆れていないのか普通にレジーナを見ていた。そんな中、アリシアは両手を腰に当てながらダークの方を向く。
「ダーク、どうする?」
「そうだな……」
ダークは空を見上げながら黙って考える。既に時間は正午を過ぎており、ダークが現実の世界にいた時なら既に昼食を取っている頃だ。ゲーム世界であるLMFでは空腹は感じなかったが、この世界は現実であるため、ダークも空腹を感じ、食事の時間が来ればしっかりと食べ物を口にしていた。
昼食の時間は過ぎており、ダークはレジーナだけでなくアリシアやジェイクも本当な空腹を感じているが我慢しているのだと考える。この後のワイバーンとの激戦のことを計算すればこのまま戦うのは危険だと判断したダークは自分を見ているアリシアたちの方を向く。
「……時間も時間だ、昼食にしよう」
「いいのか?」
「私は構わない。別に何日までに終わらせろという決まりはないしな。それにだ、もしワイバーンと戦っている最中に空腹で動けなくなったところを殺されようものなら末代までの恥だからな」
「た、確かに……」
アリシアは空腹で動けなくなったところをワイバーンに攻撃されて命を落とす自分を想像し複雑な表情を浮かべる。ジェイクも、もしそれで自分が死んだら残されたモニカとアイリが周囲から笑いものにされてしまうと考え、表情を曇らせた。
「……ということで、山脈に入る前に食事にしよう」
「やぁりぃ~!」
昼食を取ることが決まり、レジーナは軽くジャンプをして喜んだ。アリシアとジェイクはそんな子供のようにはしゃぐレジーナを呆れ顔で見つめていた。
ダークたちは山脈の入口のすぐ近くにある小さな広場へ移動し、四人で輪になるとそれぞれ大きめの石を椅子代わりにして腰を下ろした。アリシアたちは用意しておいたパンや干し肉を取り出して食事の準備を進める。
「とりあえず、今はこれぐらいの量にしておいた方がいいな」
「ああ、もしかするとあと一日か二日は掛かるかもしれねぇからな。食料は温存しておいた方がいい」
「ええぇ~? これだけじゃお腹一杯にならないわよぉ」
取り出されたパンと干し肉の量を見てレジーナは不満な表情を浮かべる。そんなレジーナを見てアリシアとジェイクは再び呆れるような顔でレジーナを見た。
「食料は必要な分だけしか用意していないのだ。贅沢を言うな」
「そうだぜ。それにパンはともかく干し肉は消化されにくいモンなんだ。食べ過ぎると胃がもたれるぞ」
今後のことや胃を悪くすることを考えて量を決めるアリシアとジェイク。レジーナは相当空腹なのか二人の話を聞いてもまだ若干不満そうな顔をしていた。
ダークはそんな三人の姿を見て小さく溜め息をつく。するとダークはゆっくりとポーチに手を入れて何かを取り出した。
「足りなければ私が持ってきた物も食べていい」
「ダーク、いいのか?」
「ああ、口に合うかどうかは分からないがな」
そう言ってダークはポーチから取り出した物をアリシアたちの前に置いた。それは何かを黒い斑点のような模様が入った黄色く細長い皮のような物で包んだ物だ。数は全部で四つあり、アリシアたちは目の前の見たことの無い物を見て目を丸くする。
「ダーク、なんだこれは?」
「コイツはおにぎりという食べ物だ」
「おにぎり?」
聞いたことの無い食べ物にアリシアたちは不思議そうな顔でダークの方を向く。ダークが出したのは竹皮で包まれたおにぎりでLMFでは回復アイテムとして使われていた物だ。
LMFの世界は北欧神話の世界をイメージしており、おにぎりのような現代の食べ物は存在しない。それ以前に米すらも無く、LMFの町にある酒場や飲食店などでも見られないのだ。だが一時の間、特別なイベントクエストが発生し、そのイベントクエストに参加すれば手に入れることができる。ダークが持っているおにぎりもそのイベントクエストで手に入れたものだ。
ダークはこっちの世界に来てすぐに自分のポーチに入っているアイテムを一度全てチェックした。武器や防具、アクセサリーに回復アイテムなど。アイテムの中には食べ物の形をしたアイテムも複数あり、それがポーチの中で腐っていないか心配もしていた。
そもそも、LMFではポーションのような回復系アイテムを使う場合、飲んだりするのではなく、アイテムを手に取って使うかを選択する。しかしこっちの世界ではポーションは普通に飲んで使うため、腐ったりすると使えなくなる可能性があったのだ。だがダークの予想とは違い、食べ物系のアイテムが腐ることは無かった。どうやらポーチの中では腐ることは無いようだ。
アリシアたちが見ている中、ダークが竹皮を丁寧に開くと中から横に並んだ三つの白い握り飯が姿を現した。それを見たアリシアたちは更に驚き、おにぎりに注目する。
「これがおにぎりか……」
「白くて三角の料理なんて、あたし見たことないわ」
「俺もだ……と言うか、この白いのはなんなんだ?」
「小さな粒がいくつもくっついて一つになっているように見えるが……ダーク、この白いのはいったい……」
おにぎりが小さな白い粒がくっついてできていることに気付き、アリシアは白い粒の正体をダークに尋ねる。LMFと同じでこの世界には「米」という物が存在しないため、アリシアたちは白い物が米粒だということも知らない。三人は見たことの無い食料に興味津々なのかダークの方を向いて答えるのを待っていた。
ダークは米のことを一から説明するのは面倒だと感じ、自分の知っている範囲のことを説明することにした。
「コイツは米だ」
「こめ?」
「ああ、稲という植物の果実である籾の外皮を取り去った粒状の殻物だ。それを水で炊いた物がこの白い米になる。食事の時は常に出ていた」
ダークの難しい話を聞いてアリシアは徐々に混乱していく。レジーナとジェイクも呆然としながらダークの話を聞いていた。
アリシアたちの反応を見たダークはこれ以上説明してもきっと分かってもらえないと感じ、適当に話を終わらせることにする。
「まあ、要するに私が前にいた所で主食として食べられていた物ということだ」
「ダークが前にいた所か……」
ダークの言葉を聞いたアリシアはそれがLMFのことだと理解する。自分の知らない世界では自分の知らない物が食べられ、知らない技術が存在する。アリシアはダークの住んでいたLMFについて少しずつ興味を抱いていった。
だがアリシアはLMFがダークの住んでいた世界だと考えており、彼が本当にいた世界がLMFを仮想世界と扱っている現実の世界だとは知らない。アリシアを混乱させないためにダークはわざと黙っているのだ。だからダークもLMFこそが自分が住んでいた世界だと考えながらアリシアたちと会話をしている。それはダークが元の世界から完全に決別するためでもあった。
「とにかく、食ってみろ。マズくはないはずだ」
とりあえず食事をするためにダークはおにぎりをアリシアたちに勧める。見たことのない食べ物に若干抵抗があるような顔を見せるアリシアたちは自分たちの目の前に置かれているおにぎりを手に取ろうとした。するとダークが突然アリシアたちを止める。
「待て、食べる時はちゃんとガントレットや手袋を外してから手に取れ? 着けたまま手に取ると米粒がくっつくと後で取るのが面倒になるからな」
「くっつく?」
ダークの言っている意味がよく分からないがとりあえずアリシアたちは言う通りガントレットや手袋を外してから改めておにぎりを手に取る。すると手に取った瞬間に米粒が指にくっつく感覚がし、アリシアたちは少し驚きながら自分が持っているおにぎりを見つめた。
「な、なんだこれは……」
「このおにぎりっていう食べ物は手にくっつく物なの?」
「なんか、食べ難い食いモンだなぁ」
「おにぎりとはそういう食べ物だ。あと、くっつくのはおにぎりではなく米だがな」
驚くアリシアたちにダークはくっつくのが米であることを伝えながら兜とガントレットを外して自分のおにぎりを手に取る。ダークの肩から下りたノワールもダークが出してくれた自分の分のおにぎりを前脚で器用に掴み、大きく口を開けてかぶりつく。ダークもノワールがおにぎりにかぶりつく姿を見てから自分のおにぎりを食べる。懐かしい米の味が口の中に広がり、ダークは懐かしそうな表情を浮かべた。
ダークが食べた姿を見たアリシアたちもとりあえず一口食べてみることにする。三人はほぼ同時におにぎりを一口食べてしっかりと噛みしめた。すると、今まで食べたことの無い味が広がってアリシアたちは目を見開く。
「なんだ、これは?」
「こんな食感の食べ物、初めて」
初めての食感に思わず声を漏らすアリシアとレジーナ。ジェイクも喋りはしないが驚いた顔で口の中のおにぎりを味わっていた。そんな三人の反応を見たダークはおかしいのか小さく笑いながら自分のおにぎりを食べる。ノワールも同じような顔でおにぎりを食べ続けた。
アリシアたちはダークが思っていた以上に驚いていた。この世界の文明は中世ヨーロッパぐらいで機械は勿論、ダークのいた世界での食文化などは存在していない。ただ、魔法の存在でダークがいた世界の中世ヨーロッパとは違う発展を遂げており、ダークにも分からないことがいくつかあった。
知識は文明を理解するのが難しい時もあるが、それを理解した時にその知恵をどう生かしていこうかと考える楽しみもあるので、ダークは少しも大変だとは思っていない。寧ろそれが現実で大学生であったダークの大学生魂を刺激したのか、必ず理解してやろうとヤル気を出しているくらいだ。
(こっちの世界に来て一ヶ月ちょいしか経っていないが、俺はまだこの世界の文明やそっちの方を理解できていない。この世界で生きていくにはそれをしっかりと理解しないといけないからな……)
ダークはこの世界の人間として生きていくためにこの世界の文明や知識、秩序などを早く理解しようと心の中で決意する。それは現実の世界での生き方から異世界での生き方に慣れるための決意でもあった。
食べかけのおにぎりを見つめながら難しいことを考えているダークをそのままにアリシアたちは未知の料理、おにぎりを食べ続けていた。どうすればこんな味が出るのだろう、この食感はなんなのだろう、そんなことを考えながらアリシアたちは食事をする。すると、一つ目のおにぎりを半分まで食べたジェイクが口の中で別の味がすることに気付いて口を止めた。
「……なんだ?」
米の味とは違う別の味、何かすっぱい味がしてジェイクはおにぎりの中を見る。そこには何やら赤い物が入っており、それを見たジェイクは再び目を丸くした。
「な、なんだこりゃ?」
「どうした、ジェイク?」
「いや、このおにぎりの中に赤い物が入ってるんだよ」
「赤い物?」
アリシアが自分のおにぎりの中身を確認し、レジーナも自分のおにぎりを見る。だが、アリシアのおにぎりには肌色の物が、レジーナのおにぎりには黒っぽい物が入っており、赤い物は入っていなかった。
「……ジェイク、赤い物なんて入ってないわよ? あたしの方には何か黒い物が入ってるわ」
「私の方には肌色の物が入っているぞ」
「ええ、本当かよ? ……兄貴、おにぎりの中に何か入ってるが、こりゃなんなんだ?」
ジェイクはダークの方を向き、おにぎりの中に入っている物の正体を尋ねた。呼ばれがダークは顔を上げてアリシアたちのおにぎりを確認すると、ジェイクの質問に答える。
「それは具だ。おにぎりは中にいろんな種類の具を入れて食べるからな」
「具ぅ?」
「ああ……ジェイクのおにぎりの入っているのは梅干しというすっぱい食べ物だ」
「うめぼし?」
「アリシアのは鮭、レジーナのは昆布だな」
ダークはアリシアたちにそれぞれのおにぎりの具の名前を教えていく。だがアリシアたちは再び聞いたことの無い言葉にまばたきをしながらおにぎりの中に入っている具を見つめた。今ダークたちの食べているおにぎりには梅干し、鮭、昆布が具として入っている。LMFでもアイテムの説明画面に具の名前が記載されているが、直接食べることはできないので、具の種類を知ることに意味など無かったのだ。
アリシアたちは米に続いて聞いたことの無い具を見つめながら改めてそれを口にした。すると米とは違う未知の味が口に広がり、その美味しさに驚き感動の声を漏らす。それからアリシアたちの食べる速さは上がり、一つ目を食べ終えるとすぐに次のおにぎりを手に取って食べていく。最初の具とは違う具の味に三人は幸せそうな顔をしていた。そんな三人の姿を見てダークとノワールは目を丸くする。ダークにとって日常的に食べられているおにぎりでここまで感動する三人に少し驚いたようだ。
それからしばらくして昼食を終えたダークたちは石に座りながらくつろいでいた。アリシア、レジーナ、ジェイクの三人はおにぎりの美味しさに目を閉じながら大きく息を吐く。あまりの感動の連続に言葉が出ないらしい。
「ふぅ~、美味しかったぁ……十八年生きてきてこんな美味しいもの食べたの初めてよ……」
「それはよかった……ん? お前、十八歳だったんだな?」
「え? ……ええ、そうよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いていない。私はてっきり二十歳かと思ったぞ」
「失礼ね、まだ十八歳になったばかりよ」
「それは悪かったな」
実際の年齢よりも年を取っていると見られて少し不機嫌になるレジーナを見てダークは謝罪する。昼食を終えた後の簡単な雑談を始めたダークたちの姿はまるで友人とファミレスで食事を終えた後に楽しく会話する光景のようだった。
「そういえばまだ私はお前たちが何歳なのかを知らなかったな。せっかくだから教えてくれないか?」
「じょ、女性に歳を訊くとは……ダーク、貴方は意外とデリカシーが無いのだな」
「そうよ。ダーク兄さん、ちょっと失礼じゃない?」
「アリシアはともかく、レジーナ、お前は自分から十八年生きてきてと言ったのだ。つまり、自分で自分の歳を言ったということになるのではないのか?」
「うっ! そ、それは……」
痛いところを突かれて何も言い返せないレジーナ。そんなレジーナの反応を見てジェイクは大きく口を開けて笑った。
「ハハハハ、いいじゃねぇか。俺たちは仲間なんだから歳ぐらい話してもよ?」
「アンタはいいかもしれないけど、あたしとアリシア姉さんは女、しかもそれなりの年頃なのよ? 男の人に歳を話すなんて……」
「俺らが話せばダークの兄貴も歳を教えてくれるかもしれねぇぞ?」
ジェイクの言葉を聞き、レジーナはふと反応した。ダークの外見は二十代そこそこに見えるが、実勢の年齢は知らない。ダークはその強大な強さを得るために長い間修業をしていたのだろうとレジーナは考えており、外見と違ってダークは自分たちよりも年上ではないかと考えていた。
ダークの実年齢が気になるレジーナは頬を指で搔きながら下を向いている。アリシアもダークの年齢が気になるのか少し照れるような表情で考え込んでいた。
そんな二人を見て、ジェイクは笑いながらダークの方を向いて問いかける。
「なぁ、兄貴。俺らが歳を教える代わりに兄貴も歳を教えてくれねぇか?」
「私は別に構わない。訊かれなかったから言わなかっただけで、教えてほしければ正直に話す」
「だってよ? どうする?」
ダークが歳を教えるという話を聞いてレジーナはふと顔を上げる。アリシアもダークの年齢が気になり話すかどうか悩んだが、結局ダークの年齢を知りたいという気持ちの方が女のプライドよりも強く、話すことにした。
「確かに少し気になってはいた……」
「じゃあ、話すってことでいいな。因みに俺は今年で三十七になった」
「三十七歳か……」
ジェイクの年齢を聞き、ダークは予想通りの年齢だと考えながら呟く。レジーナの年齢は既に知っているので訊く必要は無く、ダークたちの視線はアリシアに向けられる。
「私は……二十二歳だ」
アリシアは周りの視線を気にしながら静かに自分の年齢を話した。するとアリシアの年齢を聞いたダークは少し意外そうな反応を見せる。
「なんと、二十二だったのか」
「あ、ああ……私たちは話した。今度はダークは話す番だぞ?」
「そうよそうよ。あたしたちは恥ずかしいのを我慢して話したんだから、ちゃんとダーク兄さんも話してよ?」
(全然恥ずかしがってなかっただろう……)
レジーナの態度を見てダークは心の中で呟く。約束した以上はダークもアリシアたちの自分の年齢を教えることになっている。と言うよりも、ダークは最初から隠すつもりは無かったので話すようにと言われても嫌がる様子は見せなかった。
ダークは恥ずかしがる様子も見せずに自分に注目しているアリシアたちを見ながら口を動かし、とりあえず現実の世界での年齢を教えることにする。
「私は少し前に誕生日を迎えたばかりだからな……今年で二十二だ」
「えっ、二十二?」
「アリシア姉さんと同い年なの?」
「外見から二十代だとは思ってたが、まさかそんなに若かったとは思わなかったぜ……」
予想以上にダークの年齢が若かったことに驚くアリシアたち。ノワールは主であるダークの歳を最初から知っているため、驚くこと無くダークの肩に乗って休んでいた。
「そんなに驚くなんて、私を何歳だと思っていたのだ?」
「あたしはあのとんでもない強さから長いこと修業していたんだろうと考えて、あたしの三倍くらいは生きてるんじゃないかって思って……」
「ああぁ、俺もそう思ってた」
「……外見で私が二十代ぐらいであることは分かるだろう?」
「いや、外見は変わらずに長生きしてるんじゃないかなって……」
「私は不老不死ではない」
少し化け物扱いされたと感じたダークは声を低くし、不機嫌そうな口調で言う。そんなダークの態度にレジーナとジェイクは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
アリシアはダークが神に匹敵する強さを持ち、LMFという別の世界から来た存在であることは知っている。だが、自分と同い年ということは知らなかったため、さすがに驚いたのか目を丸くしてダークを見ている。
レジーナとジェイクはダークの年齢が二十二歳であることを知ると同時に二人の頭の中にある疑問が浮上した。なぜ二十二歳という若さで英雄級以上の力を手に入れられたのか。他にもおにぎりという未知の食べ物を持っているのか、人の言葉を喋る子竜をどうやって仲間にしたのかなど、様々な疑問がレジーナとジェイクの頭をよぎる。
「……ねぇ、ダーク兄さん。アンタって何者なの?」
「んん?」
「見たことの無い食べ物やアイテムを持っているし、ノワールという人の言葉を喋るドラゴンを使い魔にしている。ただの二十代の男がそんな凄い力やアイテムを持っているなんて普通では考えられないわ」
「確かにそうだな。ワイバーンをあっさりと倒しちまうなんて英雄級のレベルを持つ冒険者や騎士でも難しいことだ」
ダークの若さと持っているアイテムからさすがにダークの正体が気になってきたレジーナとジェイクは真剣な顔でダークを見ながら話す。ダークは黙ってそれを聞いており、二人の言葉を聞いたアリシアは少し驚いた顔をしている。
一ヶ月以上ダークと共に冒険者として動いていたが、未知のアイテムなどを殆ど使わず、普通の二十代の男だということも知らなかったため、強さに驚くだけでダークの素性を気にすることも無かった。だが、二十二歳という若さでしかも普通の人間で未知のアイテムや武器を持っていればさすがにダークの正体が気になるようだ。
「普通の人間が凄いアイテムを沢山持っているなんて普通は考えられないことよ。……ダーク兄さん、いったい何者なの? どこから来たの?」
レジーナが改めてダークに何者なのかを尋ねる。しばらく考え込んでいたダークはゆっくりと立ち上がり、ザルバックス山脈の入口の方を向きながら質問に答えた。
「……知らない方がいい。私の正体を知れば面倒事に巻き込まれる可能性が出てくる」
「面倒事?」
「そうなればお前たちの兄弟や家族も同じような目に遭うかもしれないぞ」
ダークはレジーナとジェイク、そして二人の家族が大変な目に遭わないようにするために正体について何も言わなかった。異世界から来て、レベルが100、そしてとんでもない力を持ったアイテムを山ほど持っているダークと関わっているなどと周りに知られれば二人の身に危険が及ぶ可能性も出てくる。自分のことで仲間が面倒事に巻き込まれるということはダークのプライドが許さなかった。
アリシアは自分から力を貸すと言い、面倒事に巻き込まれる覚悟もできていると言ってくれたのでダークは正直に自分の正体を打ち明け、自分のことを全て話したのだ。
ダークはこれ以上レジーナとジェイクに自分の正体について追及されると面倒だと考えて適当に話を終わらせようとする。すると、レジーナが立ち上がってダークをジッと見つめた。
「それでもあたしは知りたいわ」
「……何?」
「ダーク兄さんのことを知って面倒事に巻き込まれたり、危険な目に遭うことになったとしても、あたしはダーク兄さんのことが知りたいの」
「……自分が何を言っているのか分かっているのか? お前がよくてもお前の弟や妹も同じ目に遭うんだぞ」
「その時が来たら、あたしが二人を守る。あたしのせいで家族が危険な目に遭うっていうのなら、あたしが命を懸けて二人を守るわ! もともとあたしは二人を守るために冒険者になったんだから」
「俺もだ!」
レジーナの隣に座っていたジェイクも立ち上がってダークを真剣な目で見つめた。
「俺もモニカとアイリが危険な目に遭いそうになったら全力で守ってやるさ! それに兄貴は俺たちの命の恩人だ。命を助けてくれた恩返しをしようにも兄貴のことを何も知らないんじゃ恩返しもできねぇからな」
笑いながら恩返しをするためにダークのことを知りたい。そう笑いながら言うジェイクとレジーナを見てダークは黙り込んだ。理由はどうあれ、二人はダークの正体を知って面倒事に巻き込まれる覚悟はできていると訴えている。アリシアも自分が面倒事に巻き込まれる可能性があるにもかかわらずダークに協力すると言ってくれた。アリシアだけでなく、レジーナとジェイクもダークのために覚悟を決めてくれている。そんな仲間がいることにダークは驚きと喜びを感じていた。
ダークは視線をザルバックス山脈の入口からレジーナとジェイクに向けると小さく笑いながら言った。
「お前たちの覚悟は分かった。ここまで強く覚悟ができていると言う仲間に何も話さないのはさすがに酷いな」
「それじゃあ……」
「今はまだ話せない。これから大きな仕事が待っているからな……。だが、この任務が終わって町に戻ったら話そう」
「本当?」
「ああ、約束だ」
レジーナとジェイクにも自分の正体を話すと約束したダーク。その答えにレジーナは嬉しそうにはしゃぎ、ジェイクもニッと笑った。
ダークがレジーナとジェイクに背を向けて再びザルバックス山脈の入口の方を向くとアリシアがダークの隣に来て小声で話しかける。
「ダーク、よかったのか? 二人を面倒事に巻き込まないために貴方が別の世界から来たということを隠していたのだろう?」
「あれだけの覚悟を示してくれているんだ。それでも何も言わずに黙っているほど俺は酷い男じゃない」
「しかし……」
「面倒事になることを分かってて自らこちら側に来たんだ。その覚悟に応えるために俺は全てを話す。勿論、危険な目に遭いそうになったら助けるさ。勿論、君のこともな」
「なっ!?」
アリシアはダークの言葉を聞いて一瞬恥ずかしくなったのか頬を染めながらダークに背を向ける。そんなアリシアを見てダークと肩に乗ったノワールはなぜ背を向けたのか不思議に思いながらアリシアの背中を見つめていた。
自分のために覚悟を決めたレジーナとジェイクのためにも二人が面倒事に巻き込まれれば全力で守ると言うダーク。そのダークの責任感にアリシアは彼も本気だと理解する。気持ちを落ち着かせるために小さく深呼吸をした後にアリシアはもう一度ダークの方を向いた。
「分かった。私も同じ協力者になる二人を守るためにできる限り力を貸そう」
「ありがとう、アリシア」
「……こちらこそ」
ダークに聞こえないように小さな声でアリシアは呟いた。