第二百五十八話 激闘の決着
突然のアリシアの登場に驚いたレジーナは無意識に構えを解き、まばたきをしながらアリシアの後ろ姿を見ている。アルカーノも現れたアリシアに少し驚いていたが、アリシアが美女だ気付くと驚きが消え、ほぉと興味のありそうな表情で彼女を見つめた。
アリシアはビーティングデビルが死んだのを確認するとフレイヤを下ろし、ゆっくりと振り返ってレジーナの方を向く。
「アリシア姉さん」
「苦戦しているようだったので助太刀したが、不要だったか?」
「ううん、ちょっとヤバいなぁって状況だったの。ありがとう」
レジーナは微笑みながら助けてくれたことに感謝し、アリシアも礼を言うレジーナを見て小さな笑みを浮かべた。
別行動をしているレジーナが無茶をしているのではとアリシアは少し心配していたが、再会したことでレジーナが無茶をしていないと知って安心した。
「おやおや、また綺麗な騎士様が出てきたなぁ」
アリシアが笑ってレジーナを見ていると、それを邪魔するかのようにアルカーノが話しかけてきた。レジーナは空気の読めないアルカーノを目を細くしながら睨み、アリシアも僅かに目を鋭くしてアルカーノの方を向く。
アルカーノは笑いながらアリシアを見ており、アリシアは戦場にいるのヘラヘラと緊張感の無い顔をする目の前の魔族を見て少し不快な気分になる。
「そこの盗賊娘もなかなかの美人だけど、こっちの騎士様はそれ以上の美人じゃねぇの。今日の俺は運がいいなぁ」
「……おいレジーナ、何だこのふざけた態度の男は?」
アリシアはアルカーノを見ながら後ろにいるレジーナに声を掛け、レジーナはアリシアの隣まで移動すると呆れた顔でアルカーノを見て説明を始める。
「コイツのこの町にいる魔族軍の指揮官よ」
「何? では、この男がアルカーノか」
目の前にいる魔族がアルカーノだと知ったアリシアはレジーナの方を見ながら意外そうな顔をする。だがすぐに表情を鋭くしてアルカーノの方を見た。
「お~お~、俺のことを知っていてくれるとは嬉しいねぇ。俺ってそんなに有名なの?」
「ああ、悪い意味で有名だ」
アルカーノを睨みながらアリシアが答えると、アルカーノはニッと自慢げな笑みを浮かべた。例え悪い意味であろうと自分のことを敵が知られていることが嬉しいようだ。
レジーナは笑っているアルカーノを見て、おめでたい男だと感じながら軽く溜め息をつく。アリシアもアルカーノの反応を見つめながら周囲が自分をどんな目で見ているのか気付いていないな、と心の中で哀れに思っていた。
二人が笑っているアルカーノを見ていると、レジーナがあることに気付き、フッとアリシアに視線を向ける。
「ところで、アリシア姉さんが此処にいるってことは、アリシア姉さんの部隊も屋敷に来てるの?」
声を掛けられたアリシアはチラッとレジーナを見てから視線をアルカーノに戻して口を開いた。
「いや、まだ来ていない。本部である屋敷の近くまで来た時に敵の様子を窺うため、私だけ先に屋敷に向かったんだ」
「と言うことは、もうすぐアリシア姉さんの部隊も此処に来るの?」
「ああ、一度魔族軍と戦闘になったが、大きな被害は出ていない。ほぼ無傷の状態で合流できるはずだ」
増援が来ると知ったレジーナは笑みを浮かべる。今の戦力でも十分魔族軍に勝てるが、アリシアの部隊が合流すれば確実に勝てるとレジーナは思っていた。
逆にアルカーノは目元をピクリと動かして少し驚いたような反応をする。戦力で勝っているのにここでマルゼント王国軍の戦力が増えるとさすがに不利になるかもしれないと感じた。
何とか増援が来る前にマルゼント王国軍に勝利したい、アルカーノはどうすればいいか考える。すると、何かいい案が思いついたのか小さく笑って剣を構えた。
「増援が来ても俺らには勝てねぇよ」
「何?」
アルカーノの言葉にアリシアは反応し、レジーナも余裕の表情を浮かべるアルカーノを険しい顔で睨んだ。
「そっちの戦力が増える前に指揮官であるアンタらを倒せばいい。そうすれば例えそっちの戦力が増えても指揮官を失ったことで混乱し、まともに戦うことができなくなる。そこを叩けば戦力が少なくても俺ら魔族軍が勝つことができる」
「ほお?」
アリシアは得意げに語るアルカーノを見て目を細くする。確かに指揮官が倒されれば士気が低下し、兵士たちも混乱するだろう。その状態で攻撃を仕掛ければ戦力が劣っていても勝てる可能性は十分ある。
軽い性格のわりにアルカーノはそれなりに戦いの知識を持っているのだなとアリシアは少しだけアルカーノの見方を変える。だが、アルカーノが女を辱める最低の男であることは変わらないので、気分は不快なままだった。
「アンタらを倒せば此処にいる人間軍の士気は低下し、増援部隊が来る前に全滅させられる。そうしたら後から来た増援部隊も同じように全滅させてやればいい」
「……アンタ、本気であたしらに勝つつもり?」
「はあ? 当たり前だろう。つーか、お前さっきまで俺に押されてたんだぜ? それなのに俺に勝てると思ってんの?」
アルカーノの小馬鹿にするような態度にレジーナは更に表情を険しくて苛立ちを露わにする。二人の会話を聞いていたアリシアは不思議そうな顔でレジーナを見た。
「そう言えば、さっきもヤバい状況だったと言っていたが、どういうことだ?」
レベル60で人間の英雄級の力を持つレジーナが苦戦していた知って意外に思ったアリシアはレジーナに尋ねる。レジーナはチラッとアリシアの方を見ると居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「コイツ、レベル67であたしよりもレベルが上なのよ。だからちょっと手こずっちゃって……」
「……成る程」
レベルが高い上に人間よりも身体能力が優れている魔族が相手ならレジーナが苦戦してもおかしくないとアリシアは納得する。レジーナにしてみれば、強大な力を持つダークやアリシアの仲間である自分が、自分よりも少しレベルの高い敵に苦戦していることは恥でしかなかった。
「ハッ、負け惜しみかよ? 見っともねぇ女だなぁ」
アリシアと話すレジーナを見てアルカーノは笑いながら馬鹿にし、レジーナは奥歯を噛みしめながらテンペストを握る手に力を入れる。その隣ではアリシアがアルカーノを呆れるような顔で見ていた。
「私からしてみれば、悪魔たちと一緒になって一人の敵と戦うお前の方が見っともないと思うがな」
「はあ? アンタもその女と同じ考え方かよ。戦争ってもんは勝てばいいんだよ、どんな手を使ってもな」
戦士としての誇りを持たず、勝つことだけに執着するアルカーノにアリシアは、こんな男には何を言っても無駄か、と感じながら小さく溜め息をついた。
「卑怯な手も成功すれば立派な戦術なんだよ。こんな方法もな」
そう言ってアルカーノが指を鳴らすと、アリシアとレジーナの後ろから二体のオックスデーモンが近づいて来た。二人は振り返ってオックスデーモンを確認すると、アルカーノを鋭い目で睨み付ける。
「アンタ、また悪魔たちを使ってこんなことを、一人で戦おうとは思わないの!?」
「言ったろう? これ以上お前らと戦うのに時間を掛けるわけにはいけねぇってな」
アルカーノが笑いながらそう言うと、オックスデーモンたちは横に並びながら骨の斧を両手で握り、アリシアとレジーナを見下ろす。
レジーナはアルカーノを睨みながらテンペストを構え、オックスデーモンを警戒しながらすぐに動けるよう足を少しだけ曲げる。すると、隣にいたアリシアがゆっくりと振り返ってオックスデーモンと向かい合う。
「レジーナ、コイツらの相手は私がする。お前はアルカーノと戦え」
「いいの? 雑魚の相手を任せちゃって」
「ああ、最初にあの男と戦っていたのはお前だからな。私は悪魔の相手に回る」
アルカーノの相手を自分に譲ってくれたアリシアを見ながらレジーナは小さく笑う。ずっと自分を見下していたアルカーノをレジーナは自分の手で倒してやりたいと思っていたので、悪魔族モンスターの相手を引き受けてくれたアリシアに心の中で感謝していた。
「全力で戦い、あの卑劣漢に自分が思い上がっていたということを思い知らせてやれ」
「分かったわ。ただ、アイツはあたしよりもレベルが高いから、ちょっと時間が掛かるかもしれないけどね……」
さっきまでの戦いから、レジーナはアルカーノを倒すには少し手間取るかもしれないと感じ、小さな苦笑いを浮かべた。
「……なら、これを使って戦うといい」
そう言ってアリシアは腰のポーチから一本の巻物を取り出し、レジーナの前で広げた。
「竜の魂!」
巻物が広がるとアリシアは魔法の名を叫ぶ。その直後、巻物に描かれていた魔法陣は赤く光り出し、レジーナの体も薄っすらと赤く光り出す。アリシアが取り出したのは竜の魂が封印されていた巻物だったようだ。
レジーナは自分の体が光るのを見て驚き、同時に体に何か変化が起きていることに気付く。アルカーノは薄っすらと光るレジーナを目を細くしながら見ている。
「アリシア姉さん、これって……」
「お前に補助魔法の竜の魂を掛けた。エン村を出る時にダークが何かあったら使えと巻物を渡してくれたんだ。使うことはないと思っていたが、この状況ではな」
アリシアの説明を聞いたレジーナは目を見開いてもう一度自分の体を見る。自分なんかのために貴重なマジックアイテムを使ったことに驚きを隠せずにいた。
「これならアイツとも互角以上に戦える。さっさと奴を倒してこの戦いを終わらせるぞ?」
「……うん!」
レジーナが力強く返事をすると、アリシアは小さく笑みを浮かべてレジーナの背後に移動し、彼女を護るようにフレイヤを構えてオックスデーモンたちを睨む。レジーナもアルカーノの方を向き、テンペストを構えながらアルカーノを見つめた。
「何だよ、またお前が俺と戦うのか?」
「当たり前でしょう? 今度はさっきのようにはいかないわよ」
「ハッ、何らかの魔法で自分を強化したようだが、補助魔法を使った程度じゃ俺には勝てねぇよ。悪いことは言わねぇからあっちの美人さんと代われ」
「お断りよ。それにアリシア姉さんはあたしとは比べ物にならないくらい強いんだから。アンタじゃ数秒と保たずにやられるわよ」
「何ぃ?」
小さく笑いながら語るレジーナを見て、アルカーノは目を鋭くする。自分を簡単に倒せるほどの力を持っている、それはプライドの高いアルカーノにとっては聞き捨てならない言葉だった。
「面白そうじゃねぇか? だったらあの美人さんと戦って本当かどうか確かめてやるよ」
「それはいいけど、まずはあたしを倒すのが先よ?」
「いちいちうるせぇなぁ、言われなくてもブッ倒してやらぁ!」
怒鳴るように喋りながらアルカーノはレジーナに向かって跳び、剣を勢いよく振って攻撃する。レジーナはアルカーノの攻撃をテンペストで止め、二つの剣身がぶつかったことで周囲に金属音が響く。
アルカーノは剣を持つ腕に力を込めてレジーナは押し、レジーナもテンペストを強く握りながらアルカーノの剣を止める。しかし、今回は今までとは違っていた。
(攻撃が軽い、さっきまでは一撃を止める度に手が痺れたのに今はそれが感じられない……アリシア姉さんの魔法のおかげね)
アリシアが合流する前と比べてアルカーノの攻撃が軽く感じ、レジーナは思わず笑みを浮かべる。そんなレジーナの笑顔に気付いたアルカーノは目元をピクリと動かす。
「何笑ってるんだよ。普通の攻撃を止めたぐらいで調子に乗ってるんじゃねぇぞ」
僅かに力の入った声を出しながらアルカーノは剣を引き、剣身を紫色に光らせる。レジーナはアルカーノが戦技を使ってくると感じ、大きく後ろへ跳んで距離を取った。しかし、アルカーノはレジーナを逃がそうとは思っていない。
アルカーノは剣身を光らせたまま後ろへ下がったレジーナの後を追って距離を取らせないようにする。レジーナは追撃して来るアルカーノを見て僅かに表情を歪めた。
「連牙嵐刺撃!」
戦技を発動させたアルカーノは光る剣でレジーナに連続突きを放つ。その速さをとてつもないもので、レジーナは目を見開い驚く。
(ヤバッ!)
心の中で叫んだレジーナはテンペストで突きを防いでいく。しかし、あまりの速さに全てを防ぐことはできず、幾つかの突きは脇腹や上腕部、頬を掠ってレジーナに切傷を付けた。
レジーナは奥歯を噛みしめながら体中の痛みに耐え、アルカーノの連続突きを防ぎ続ける。そして攻撃が止むとすぐに後ろへ跳んで距離を取った。幸い急所を狙った突きは全て防げたため、重傷と言えるような傷は負わずに済んだ。
アルカーノから離れたレジーナはテンペストを構えてアルカーノを睨み付け、アルカーノは体中に切傷を負ったレジーナを見て笑みを浮かべる。
「あらら、折角の綺麗な顔や体が傷だらけになっちまったなぁ? そんな傷だらけの体じゃあ、もう男は誰も寄り付かないだろうな」
「自分で傷を付けたくせによくそんなことが言えるわね?」
女を傷つけて楽しそうにするアルカーノにレジーナは腹を立てる。女を弄ぶだけでなく、怪我を負わせることも楽しむアルカーノを見て、レジーナは救いようのない最低男だと再認識した。
レジーナがアルカーノを睨んでいる間、切られた箇所からは血がにじみ出てきている。この状態で長時間戦い続ければ血が少なくなり、やがてはまともに戦えなくなってしまうだろう。アルカーノもそれが分かっており、レジーナが血を流す姿を見て気分を良くしていた。
「そんな傷だらけに状態はもう長くは戦えねぇだろう。いったいいつまで保つだろうな?」
「……心配無用よ。こんな傷、大した問題じゃないわ」
少し低めの声でレジーナが語ると、レジーナの体中に付いている切傷から薄い煙が上がり、見る見る傷が塞がっていく。その光景を目にしたアルカーノは目を見開いて驚いた。
竜の魂は身体能力を強化するだけでなく、ダメージを自動で回復する効果もある。そのため、竜の魂の効果を得ている間は例え傷を負っても自然に治るようになっているのだ。
レジーナの傷は僅か数秒で全て治り、傷があった箇所には血が付着しているだけの状態になった。レジーナは全ての傷が治ると、よしっと頷く。
アルカーノはレジーナを見たまま固まっている。なぜ傷が自然に、しかももの凄い速さで治ったのか分からず、アルカーノは混乱していた。
「さあ、戦いを続けましょう?」
「お、お前、いったい何をした!? 下等種族の人間があっという間に傷を治すなんてあり得ねぇ、どんな手品を使った!」
「教えろって言われて、あたしが素直に教えると本気で思ってんの? アンタ、どこまでおめでたい頭してんのよ」
呆れた顔をしながらレジーナは挑発し、アルカーノは剣を強く握りながっらレジーナを睨む。目の前で起きている現象が理解できず、下等種族である人間に馬鹿にされたことで、アルカーノはかなり苛ついていた。
「……お前さぁ、いい加減にしろよ? 力も無く頭の悪い人間が、魔族である俺様にデカい態度取ってじゃねぇよぉっ!!」
殺意むき出しの顔をしながらアルカーノはレジーナに突っ込んでいく。レジーナは走ってくるアルカーノを睨み付けながらテンペストを構え直した。
興奮するアルカーノは剣を振り回してレジーナを攻撃し、レジーナはその攻撃を全てテンペストで防いでいく。攻撃は激しいが、頭の血が上っているアルカーノの攻撃は読みやすく、今のところレジーナは押されることなく攻撃を防いでいた。
「少しは冷静に攻撃しなさいよ? そんなんじゃ当たる攻撃も当たらないわよ?」
「うっせぇっ! 雑魚が偉そうな口利いてんじゃねぇっ!」
レジーナの言葉で更に機嫌を悪くしたアルカーノはより激しく連続攻撃を仕掛けが、ドラゴニックソウルで強化され、冷静に相手の動きを見極めるレジーナには通用しなかった。
いくら攻撃しても一撃もレジーナに当たらず、アルカーノは額に血管を浮かべながら奥歯を噛みしめる。すると、連撃を止めて剣を振り上げ、剣身を紫色に光らせた。
「調子に乗んのもここまでだ! 俺様の最強の技でぶっ殺してやらぁ!」
アルカーノはレジーナを睨みながら声を上げ、レジーナは素早く構えを変えて警戒する。
「剛爪竜刃撃!」
上級戦技を発動させたアルカーノはレジーナに向かって勢いよく剣を斜めに振る。レジーナは目を鋭くしながら意識を集中させ、迫ってくる剣身を見つめた。そして、刃が数cmまで迫ってきた瞬間、上半身を後ろへ倒して攻撃をかわす。
「何ぃ!?」
自分の最強の技がアッサリとかわされたのを見てアルカーノは驚愕する。レジーナは攻撃をかわすとすぐに体勢を戻してテンペストを逆手に持ち替え、剣身を緑色に光らせた。
「風神四連斬!」
レジーナは得意に戦技を発動させるとテンペストを四回振り、アルカーノの両腕、両足を一度ずつ切った。アルカーノは腕と足から伝わる痛みに声を上げ、持っていた剣を落として仰向けに倒れる。幸い、切られた箇所は急所ではないため、アルカーノは死んでいない。
倒れたアルカーノを見ながらレジーナはテンペストを振り、剣身についてる血を払い落とす。倒れているアルカーノは痛みで表情を歪めながらレジーナの顔を見た。
「う、嘘だろう? ただの人間が俺様の最強の戦技をかわすなんて……」
「確かに今までのあたしだったらかわすことはできなかったでしょうね。でも、アリシア姉さんの補助魔法で身体能力が強化され、アンタが冷静さを無くして正面から攻撃してくれたおかげで難なくかわすことができたわ」
「ば、馬鹿な、それだけのことで俺様の攻撃をかわしたって言うのか……あり得ねぇ、俺様はそんなこと信じねぇぞ!」
「ハァ、信じなくてもアンタは今そうして倒れてるじゃない? いい加減に現実を受け止めなさい。アンタはあたしに負けたのよ」
「まだだ! まだ、俺様は負けちゃいねぇ!」
手足の痛みに耐えながらアルカーノは落ちている剣を拾おうとする。だが、手足を切られているため思うように動くことができず、無理に動かせば痛みが体を襲う。
レジーナは手足を切られ、まともに戦える状態ではないのまだ諦めないアルカーノを見て呆れたように溜め息をついた。
「往生際が悪いわよ? アンタも一軍の指揮官なら素直に負けを認めなさい?」
「そのとおりだ」
背後からアリシアの声が聞こえ、レジーナはゆっくりと振り返り、倒れているアルカーノもレジーナの後ろを見る。そこにはフレイヤを握りながらレジーナと同じように呆れ顔でアルカーノを見ているアリシアの姿があった。
アリシアの後ろには体に大きな傷を付けた二体のオックスデーモンが倒れており、それを見たアルカーノは目を見開く。人間の女が一人でオックスデーモン二体を倒すとは思っていなかったのだろう。
しかもアリシアは体に傷は愚か、汚れすら付いておらず、戦いを始める前と同じ姿をしている。つまり、無傷でオックスデーモンたちに勝利したということになり、それに気付いたレジーナは流石、と言いたそうに笑みを浮かべた。
「ア、アンタ、一人でオックスデーモンを倒したのかよ……」
「そんなことはどうでもいい。お前も男なら現実を受け入れ、素直に負けを認めろ」
「……ヘッ! ま、まだだ、まだ俺様には大量の悪魔がいるんだ。ソイツらを使えば……」
「その悪魔たちも、もう使えないみたいだぞ?」
そう言ってアリシアは庭を見回し、レジーナとアルカーノはアリシアの言葉の意味が分からず、同じように庭を見た。そこには大量の悪魔族モンスターが倒され、黄金騎士たちやマルゼント兵たちが魔族兵たちを捕らえている光景があり、それを見たアルカーノは驚愕の表情を浮かべる。
屋敷にいた悪魔族モンスターはほぼ全てが倒され、庭の中は悪魔族モンスターたちの死体で埋め尽くされている。魔族兵たちは悪魔族モンスターたちが倒されたことで戦意を失い、大人しく投降していった。生き残っていた悪魔族モンスターたちも魔族兵が投降したことで逃げ出すように散り散りになって屋敷から離れていく。
一方でマルゼント王国軍には死者は出ておらず、負傷者が出ただけで済んだ。戦場が落ち着いたことでマルゼント兵たちは安心の表情を浮かべている。黄金騎士たちや空中のモンスターは魔族兵たちを見張りながら他に生き残った悪魔族モンスターがいないが周囲を見回していた。
自分の部隊が壊滅状態になっていることを知ったアルカーノは言葉を失っている。すると、庭の外から声が聞こえ、アリシアたちは声が聞こえた方を向いた。遠くから大勢のマルゼント兵たちや黄金騎士たちが走ってくる姿は視界に入り、レジーナはおおっ、と言う顔をする。
「アリシア姉さん、あれって……」
「ああ、私の部隊だ。ようやく合流したようだが、もう既に決着は付いてしまっているな」
アリシアが苦笑いを浮かべながら言うと、それを聞いたアルカーノは信じられない、と言うような顔をしながら仰向けのまま空を見上げる。
体は動かず、自分の部隊は壊滅状態、更に敵の増援まで到着してしまったことでさすがのアルカーノももう勝ち目はないと感じた。
絶望状態でアルカーノは空を見上げ続ける。そんなアルカーノにレジーナは近づき、顔のすぐ隣で姿勢を低くし、アルカーノを見つめた。
「改めて訊くとけど、まだ戦う気?」
レジーナが尋ねると、アルカーノは悔しそうな顔でレジーナを睨む。だが、今の状態ではもうどうすることもできない。アルカーノは悔しそうな顔のまま無言でそっぽを向いた。
「どうやら投降を受け入れたようね」
アルカーノの反応を見たレジーナは立ち上がってアリシアの方を向いた。
「アリシア姉さん、制圧完了の合図を出して」
「ああ」
アリシアはレジーナを見ながら頷き、ポーチから筒状のアイテムを取り出す。アリシアはそれを地面に縦に立たせて後ろに下がる。すると、アイテムから小さな光球が空に向かって勢いよく打ち上げられて空中で爆発した。
――――――
本部である屋敷の西側に存在する広場、そこには魔族軍の防衛拠点があり、ダークの部隊と魔族軍が激戦を繰り広げていた。黄金騎士や巨漢騎士は次々と魔族兵や悪魔族モンスターを倒していき、マルゼント兵もそれに続いて魔族軍を圧倒していく。
防衛拠点の指揮を執っていたコーザはマルゼント王国軍の力に表情を歪ませながら剣を構えており、その周りには数人の魔族兵が剣や斧を構えながらコーザを護っている。既に彼らの周りには悪魔族モンスターの死体が幾つも転がっていた。
「ま、まさか、ここまでの力があるなんて……」
「コーザ殿、このままでは部隊が全滅です。一度後退して本部の部隊と合流をした方が……」
「ダメだ、そんなことをしたら人間軍を本部まで近づけてしまう。此処はなんとしても死守するんだ!」
本部を護るためにも下がることだけはできない、コーザは剣を構えながら目を鋭くし、魔族兵たちも辛そうな顔をしながら構え直した。
コーザたちがマルゼント王国軍を警戒していると後方、つまり本部がある方角から光球が打ち上がり、空中で大きな音を立てながら爆発した。音を聞いたコーザや魔族兵たちは驚きながら振り返って空を見上げる。
「な、何だあれは?」
「どうやら本部を制圧したようだな」
低い男の声が聞こえ、コーザと魔族兵は声のした方を向く。そこには大剣を肩に担いでいるダークの姿があり、ダークと目が合ったコーザたちは武器を構えながらダークを睨む。
「おい、本部を制圧したって、どういうことだ?」
コーザが尋ねると、ダークは大剣の切っ先を本部がある方角に向けて目を薄っすらと赤く光らせる。
「さっきの爆発は私の仲間がお前たちの本部を制圧した時に使うことになっているマジックアイテムによるものだ。それが使われたということは、お前たちの本部の制圧に成功したということだ」
「何?」
ダークの説明を聞いたコーザは驚き、魔族兵たちも目を見開く。本部には今自分たちがいる防衛拠点よりも多くの戦力がある。そこが制圧されたと聞けば驚くのは当たり前だ。
コーザたちは驚きの反応を見せているが、敵であるダークの言うことを信じるはずも無く、すぐに険しい表情へと戻る。
「そんなデタラメを俺たちが信じると思っているのか」
「……まあ、普通なら信じないだろうな。だが、私は制圧したと信じている」
ダークは大剣を下ろしながら呟き、コーザたちは武器を構え、いつ目の前の黒騎士に攻撃を仕掛けようか考える。すると、本部がある方角の街道から馬に乗ったマルゼント騎士が三人現れ、馬を止めると一人のマルゼント騎士が鞘に納めてある剣を見せながら大きな声を出した。
「魔族軍に告げる! 貴様らの本部は我々が制圧した。指揮官であるアルカーノも投降し、悪魔たちもほぼ全てを倒した。これ以上の抵抗は無意味である、直ちに投降せよ!」
マルゼント騎士の言葉を聞いたマルゼント王国軍と魔族軍は戦いをやめ、マルゼント兵たちは笑みを浮かべた。逆にコーザや魔族兵たちは驚きの表情を浮かべている。なぜならマルゼント騎士が持っている剣はアルカーノが使っていた物だからだ。
剣を見たことで、本部が制圧されたという話が本当だと知ったコーザは愕然とし、しばらく動くことができずにいた。コーザの近くにいる魔族兵たちも本部が制圧されたことを知って動揺を見せている。
「コ、コーザ殿……」
魔族兵の一人が、どうしましょう、と訊くかのように声を掛ける。コーザは俯きながら悔しそうな表情を浮かべて黙り込んだ。そしてしばらくすると、持っている剣をゆっくりと捨てた。
「……全員に伝えろ、武器を捨てて投降しろと」
「……ハイ」
コーザの言葉を聞いた魔族兵は暗い声を出し、周囲にいる魔族兵や悪魔族モンスターに投降するよう指示を出しに行く。自分たちは負けた、コーザはショックのあまり両膝を地面に付けて絶望した。
指示を受けた魔族兵たちは武器を捨て、悪魔族モンスターたちも大人しくなる。魔族軍が投降していく光景を見たダークはもう大丈夫だと感じて大剣を背負った。
「これでジンカーンの町は無事に解放できたな……今回はアリシアとレジーナにいいところを持ってかれてしまったか」
ダークは両手を腰に当てながら夜空を見上げ、少し楽しそうな口調で言った。
その後、魔族軍の本部が制圧されたことは町中に広がり、ジンカーンの町の魔族軍は降伏、薄暗い深夜にジンカーンの町は魔族軍から解放された。