第二百五十七話 レジーナ隊の激闘
レジーナは鋭い目でアルカーノを睨み、アルカーノは余裕の笑みを浮かべながらレジーナを見ている。二人が向かい合うことで庭には緊迫した空気が漂い、マルゼント兵たちと魔族兵たちは自分たちの指揮官が向かい合う姿を見て緊張していた。
「さぁて、こっちが名乗ったんだから、今度はそっちが名乗ってくれよ」
「……あたしはレジーナ、レジーナ・バリアンよ」
「レジーナちゃんかぁ、いい名前してんじゃん」
「フン、気安く呼ばないでくれる? アンタみたいな男に馴れ馴れしくちゃん付けで呼ばれたくないのよ」
「お~お~、こえぇなぁ。可愛い顔が台無しだぜ?」
ヘラヘラと笑いながら喋るアルカーノにレジーナは不快な気分なる。ただでさえ女を弄ぶ男ということで腹を立てているのに態度が軽いため余計にイライラするようだ。
「それで? 俺に話があるって言ったけど、何?」
アルカーノは笑いながら改めて呼び出した理由を尋ねる。レジーナはアルカーノに対する苛立ちを押さえながら深呼吸をし、とりあえず落ち着きを取り戻す。気持ちが落ち着くと、レジーナはアルカーノを真剣な表情で見つめながら口を開いた。
「全員、武器を捨てて降参しなさい」
「はあ?」
レジーナの口から出た言葉にアルカーノは何を言ってるんだ、というような顔で訊き返す。魔族兵たちも武装解除を要求するレジーナを見て似たような反応する。
アルカーノたちの反応を気にすることなく、レジーナはテンペストを持つ手を前に出して喋り続けた。
「あたしたちは南門を拠点に少しずつジンカーンの町を解放しているわ。あたしの仲間たちも町のあちこちでアンタの仲間や悪魔も大勢倒し、あたしたちも防衛部隊を倒してこの屋敷に辿り着いたわ」
力の入った声で喋り続けるレジーナを魔族兵たちは黙って見ており、そんな中でアルカーノだけはつまらなそうな顔をしながらレジーナの話を聞いていた。
「あたしの仲間も今頃この屋敷に向かっているわ。このままだと屋敷が包囲されるのも時間の問題よ」
「だから、俺らに投降しろって言ってんの?」
アルカーノの問いにレジーナは拒否などせず、無言でアルカーノを見つめる。彼女の反応から、どうやらアルカーノの言うとおりのようだ。
無言で自分を見ているレジーナをアルカーノも黙って見つめる。すると、黙り込んでいたアルカーノが愉快そうに笑い出した。
「ハハハハハッ、レジーナとか言ったな? 君、顔は良いのに頭は意外と悪いんだな?」
「何ですって?」
挑発してくるアルカーノをレジーナは鋭い目で睨む。アルカーノは笑うのをやめると小馬鹿にするような顔をしながらレジーナを指差した。
「確かに君はこの屋敷まで攻め込んできたぜ? けどなぁ、本部に敵が攻め込んできたからって投降するはずがねぇだろう? この屋敷には君が連れてきた部隊よりも多くの戦力がいるんだからよ。ソイツらを使って君らを倒せば何の問題もねぇよ」
そう言うとアルカーノは後ろにある屋敷を親指で指し、レジーナは表情を変えずに屋敷を見つめる。
確かにいくら本部に攻め込まれたからと言って、大人しく投降する者はいない。例え攻め込まれても、その攻め込んできた敵を倒すか撃退すれば元の状態に戻るので、よほど手元の戦力が少なかったり、戦況が不利な状態でない限りは投降する指揮官はいないだろう。
本部の屋敷にはまだ大勢の魔族兵と悪魔族モンスターがおり、それを使えばレジーナたちを余裕で倒せるとアルカーノは確信していた。庭にいる魔族兵の中にも、アルカーノの言っていることに納得し、余裕の笑みを見せる者がいる。だが、中にはそれでも油断できないと警戒を解かずに鋭い目をしている魔族兵もいた。
「こっちには君らよりも遥かに多い戦力がある。つまりだ、投降するべきなのは君らってわけよ」
「……ああぁ、そういうことね」
アルカーノの言葉を聞いたレジーナは何かに納得したような反応を見せ、テンペストを持つ手を下ろすと小さく俯く。
「こっちには悪魔や魔族の兵士を簡単に倒せる黄金騎士や巨漢騎士がいるから、数が少なくても魔族軍と互角以上に戦うことができる。でも、魔族軍はそのことを知らないから数で勝っている自分たちが負けるわけがないって考えて投降を拒否した……黄金騎士たちのことを知らないのにいきなり降参しろ、なんて言っても降参するはずないわね」
小声で自分がもう少し戦力の違いを詳しく説明すればアルカーノが投降を受け入れるかもしれない、レジーナは自分の説明が足りなかったことを反省する。そう、彼女はアルカーノが投降を受け入れなかった理由に気付いて納得していたのだ。
レジーナの独り言が聞こえていないアルカーノはレジーナが自分たちが不利であることに気付いたと思い込み、ニッと笑いながらレジーナを見ている。魔族兵たちも上手くいけば目の前のマルゼント王国軍を倒し、敵の戦力に関する情報が得られるかもしれないと感じながらレジーナたちを見ていた。
「なあ、レジーナ? このまま戦っても君らには勝ち目はねぇ。大人しく投降しねぇか? もし投降すんなら、君の部下たちは助けてやってもいいぜ? あと、君自身にも楽しい遊びを教えてやっからさぁ?」
「お断りよ」
アルカーノの誘いをレジーナは迷うことなく断る。レジーナはアルカーノの言う楽しい遊びが何なのか気付き、再び不快な気分になっていた。
「そう強がんなって? 投降すれば君らの身の安全は保障してやっから」
「あたしたちは絶対に負けないから保証してもらわなくても結構よ。何しろ、こっちには強力な騎士たちがいるんだから」
「強力な騎士?」
余裕の笑みを浮かべていたアルカーノが不思議そうな顔で訊き返すと、レジーナはチラッと後ろを見て待機している黄金騎士と巨漢騎士を見つめる。
「この騎士たちはアンタの仲間の魔族や悪魔たちを簡単に倒せるだけの力を持っているの。彼らがいれば例え数で劣っていてもアンタらを簡単に倒すことができるわ」
「へぇ~、ソイツらがねぇ……」
アルカーノは目を細くしながら黄金騎士と巨漢騎士を見つめる。アルカーノの反応からして、レジーナの言っていることを信じていないようだ。
黄金騎士と巨漢騎士の説明をしたレジーナは再びアルカーノの方を向いた。
「彼らがいればアンタの部下も難なく倒せるわ。それでも降参せずに戦う気?」
レジーナは遠回しに再び投降するよう要求する。魔族兵たちは悪魔族モンスターを簡単に倒せる騎士が大勢敵にいると知り、僅かにざわつき出す。
だが、魔族兵の中にはレジーナの言うことを信じない者もおり、そう言った魔族兵は動揺などは見せずに武器を構えている。勿論、アルカーノもレジーナの言うことを信じていない。
「そんなハッタリが通用すると思ってんの? その騎士どもがどんだけつえぇかは知らねぇけど、俺ら魔族はその騎士どもよりも遥かにつえぇんだよ」
「あっそ……つまりアンタたちは絶対に降参しないってことなのね?」
「当たり前だろ。君らこそ、投降する気はねぇの?」
「無いわ」
即答するレジーナを見てアルカーノは小さく溜め息をつきながら面倒くさそうな顔をする。アルカーノはレジーナが自分の力を過信する馬鹿な女だと感じていた。
「折角全員が生き残るチャンスを与えてやったのに……後悔するなよ?」
アルカーノはレジーナを哀れむような目で見ながら腰の剣を抜く。その直後、屋敷の裏側からもの凄い数の悪魔族モンスターが姿を現し、アルカーノや魔族兵たちの周りに集まる。倉庫で待機していた悪魔族モンスターたちが合流したようだ。
現れた悪魔族モンスターを見て、レジーナはテンペストを構え、マルゼント兵たちも悪魔族モンスターの大群を見て目を見開き一斉に武器を構える。
悪魔族モンスターは庭だけでなく屋敷の上空にもおり、少なくとも百五十体はいる。魔族軍が本部として使っている屋敷には大型の倉庫が幾つもあり、魔族軍はそこに保管されていた物資などを全て出して悪魔族モンスターを入れていた。
「ハハハハッ! どうだ、驚いたか? 俺の手元にはこんだけの悪魔がいるんだよ。いくら多少強い騎士がいても、この数の前では何の意味もねぇよ」
大きく口を開けながら楽しそうに当たるアルカーノを見てレジーナは目を僅かに鋭くする。マルゼント兵たちは屋敷の大きさからそんなに多くの悪魔族モンスターはいないだろうと思っていたのか、現れた悪魔族モンスターたちを見て動揺していた。
動揺するマルゼント兵たちを見たアルカーノは更に気分を良くしたのか、レジーナに見下すような表情を向ける。
「どうだ、数の多さに声も出なくなっちまったか? 言っとくけど今更投降しても遅いぜ? 此処で君の部下は全員死ぬ、そして皆殺しにした後、君は俺とベッドの中で楽しい時間を過ごすんだ」
既に自分たちが勝つと確信しているのか、アルカーノはレジーナを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。今のアルカーノの頭の中にはさっさと目の前のマルゼント王国軍を殲滅させてレジーナに性的奉仕をさせたいということしかなかった。
勝ち誇っているアルカーノを見ていたレジーナはテンペストを構えながら目を閉じ、小さく溜め息をつく。まるでアルカーノのおめでたさに呆れているようだった。
「数が上だからってだけでもう勝って気でいるなんて、本当に幸せな頭してるわね」
「ハッ、なになに? 強がってんの? 指揮官が強がるとか、見っともねぇなぁ」
「あたしが強がってるかどうかは、戦ってみれば分かるわよ」
目を開けたレジーナはアルカーノを睨みながら力の入った声を出し、そんなレジーナをアルカーノは鼻で笑った。
「なら、今すぐに証明してやんよ。君がビビッて偉そうなことを言ってるだけだってな……やっちまえっ!」
アルカーノが剣をレジーナたちに向けながら命じると、悪魔族モンスターたちは一斉にレジーナたちに向かって突撃する。地上と空中、両方から迫ってくる悪魔族モンスターの群れにマルゼント兵たちは緊迫した表情を浮かべた。
「巨漢騎士の皆、やっちゃって!」
悪魔族モンスターたちが迫ってくる中、レジーナは後ろを向いて巨漢騎士たちに声を掛ける。すると巨漢騎士、合計三十体が前に出て、正面と空中から向かってくる悪魔族モンスターたちを見ながら持っているハルバートを構えた。
アルカーノは前に出てきた巨漢騎士たちを見て何をするのか気になっていたが、何をしようが悪魔族モンスターたちを止めることはできないと考え笑っていた。だが次の瞬間、アルカーノは予想もしていない出来事が起きる。
巨漢騎士たちは悪魔族モンスターたちに向かってハルバートを勢いよく振る。すると、刃から真空波が放たれ、向かってくる悪魔族モンスターたちを切り裂いた。
放たれた真空波は大きく、二三体の悪魔族モンスターを同時に切り裂き、真空波を受けた悪魔族モンスターたちはその場に倒れ、空中にいた悪魔族モンスターたちは地上に落下する。三十体の巨漢騎士全てが真空波を放って攻撃したため、悪魔族モンスターたちは七十体ほどが一度に倒された。
悪魔族モンスターたちが倒された光景を見てアルカーノは愕然とし、魔族兵たちも驚きの反応を見せる。悪魔族モンスターたちも仲間が倒されたのを見て驚いたのか、突撃をやめてマルゼント王国軍を見つめていた。
倒された悪魔族モンスターは全て下級だが、一瞬で多くの悪魔族モンスターが倒されたので魔族兵の全員が驚いている。逆にマルゼント兵たちは悪魔族モンスターたちを倒した巨漢騎士たちを見て士気が高まったのか、表情に余裕が戻ってきた。
「な、何だ今の? 何が起きやがったんだ?」
アルカーノは目を見開きながら混乱しており、顔からは先程まで見せていた余裕が綺麗に消えていた。
魔族兵やアルカーノが驚いている中、真空波を放った巨漢騎士たちは構えを直して待機する。レジーナは悪魔族モンスターの突撃が止まったのを確認すると、ニッと笑ってテンペストを持つ手を前に突き出す。
「攻撃開始! 一気に本部を制圧するわよ!」
レジーナの叫びを合図に巨漢騎士や黄金騎士たちは一斉に魔族軍に向かって行く。マルゼント兵や騎士もそれに続いて突撃し、魔法使いたちは仲間たちに補助魔法を掛けて援護する。空中にいるモンスターたちも飛んでいる悪魔族モンスターたちに向かって動き出した。
マルゼント王国軍が動いたのを見て、アルカーノは我に返り、剣を勢いよく突き出しながら声を上げた。
「怯むんじゃねぇ! 数ではまだこっちの方が上なんだ。全員で押し切れぇ!」
アルカーノが命じると、停止していた悪魔族モンスターたちは再びレジーナたちに向かって突撃し、魔族兵たちも迎え撃つために悪魔族モンスターたちの後に続く。アルカーノだけは動こうとはせずに屋敷の前で戦いを観戦していた。
広い庭の中でマルゼント王国軍と魔族軍の戦いが始まった。マルゼント兵や騎士はヘルハウンドやマッドスレイヤーのような下級の悪魔族モンスターの攻撃を防ぎながら反撃し、一体ずつ確実に倒していく。魔法使いたちの補助魔法で強化されているため、苦戦することはなく倒すことができた。
魔法使いたちも後方から魔法で地上と空中にいる悪魔族モンスターを攻撃し、少しずつ数を減らしている。だがそれでも悪魔族モンスターはまだ大量にいるため、魔法使いたちは魔力が尽きないよう警戒しながら魔法を使っていった。
マルゼント兵や魔法使いたちが時間を掛けながら慎重に悪魔族モンスターと戦っている中、黄金騎士や巨漢騎士、ダークが召喚したモンスターたちは苦戦することなく、素早く悪魔族モンスターを倒していく。敵を蹴散らしていく黄金騎士たちの姿にマルゼント兵たちは更に士気を高めた。
「ど、どうなっているんだ。なぜ、我々が人間相手に苦戦している……」
マルゼント王国軍と悪魔族モンスターたちの戦闘を目にした一人の魔族兵が目を見開きながら震えた声を出す。下級の悪魔族モンスターばかりとは言え、大量の悪魔族モンスターを次々と倒していく人間たちを見て驚きを隠せずにいた。
戦闘が始まってまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、既に庭には悪魔族モンスターの死体が幾つも転がっており、上空からは倒された悪魔族モンスターの死体が落ちてくる。他の魔族兵たちも自分たちが押されているのを知って愕然としていた。
「下級悪魔がまるで子供のように……中級悪魔はどうなっている!?」
魔族兵は力の強い中級の悪魔族モンスターはどうなっているのか、周囲を見回して確かめる。すると、下級の悪魔族モンスターたちの中に二体のデーモンメイジの姿があるのことに気付いた。
デーモンメイジたちはマルゼント王国軍に向かって火球を放ち攻撃する。二つの火球はヘルハウンドと戦っているマルゼント兵に向かって飛んでいき、火球に気付いたマルゼント兵はしまった、と驚愕の表情を浮かべた。だが、マルゼント兵と火球の間に巨漢騎士が素早く入り込み、持っているタワーシールドで火球を防ぎマルゼント兵を護った。
火球を防いだ巨漢騎士はタワーシールドを横にずらしてデーモンメイジたちを見つめる。デーモンメイジたちは自分の火球が防がれたのを見て驚きの反応を見せていた。
巨漢騎士は驚いているデーモンメイジたちに向かってハルバートを横に振り、真空波を放つ。真空波はデーモンメイジたちを胴体から真っ二つにし、デーモンメイジたちは崩れるように倒れた。
「そんな馬鹿な、中級悪魔の魔法を難なく防げる盾を持っているなんて……奴らが使っているのは、魔法の盾なのか?」
デーモンメイジの魔法を防いだ巨漢騎士を見て、魔族兵は僅かに体を震わせる。この時、魔族兵は自分たちは人間を過小評価しすぎていたでは、自分たちはただの人間ではない特別な力を持った人間と戦っているのではと感じ始めていた。
魔族兵が巨漢騎士を見ていると、彼の前に黄色と白のハンマーとラウンドシールドを装備した黄金騎士が近づいて来る。黄金騎士の存在に気付いた魔族兵は持っている剣で黄金騎士を攻撃した。だが黄金騎士は魔族兵の攻撃をラウンドシールドで簡単に防ぎ、ハンマーで反撃する。
ハンマーの頭は魔族兵の左脇腹にめり込むように当たり、同時に魔族兵の体に強烈な電撃が走る。殴打と電撃の痛みで魔族兵は声を上げるがすぐにその声は途切れ、体から煙を上げながら倒れて動かなくなった。
黄金騎士は魔族兵が死ぬとすぐに次の敵を探しに移動する。他の魔族兵も黄金騎士や巨漢騎士と戦っているが、抵抗も空しく簡単に倒されてしまう。
「……おいおい、何やってるんだよオメェら」
離れた所で戦いを眺めていたアルカーノは魔族軍が押されている現状に目を見開く。数では勝っているはずなのに悪魔族モンスターは次々と倒され、魔族兵たちも戦死していく。全く予想していなかった状況にアルカーノは驚きを隠せずにいた。
「どういうことだよ、たかが下等種族相手に最強種族の魔族が苦戦するなんて……」
アルカーノは剣を持つ手に力を入れながら苛立ちの籠った声を出す。すると、アルカーノの前にテンペストを握るレジーナが現れ、アルカーノはレジーナに気付くと素早く身構える。
「部下たちが必死に戦ってるのに、アンタは一人で後方待機? 随分と偉いご身分なのね」
「……ヘッ、指揮官っていうのは後方で命令出すのが仕事なんだよ。前線で戦うのは下級悪魔のような雑魚で十分だ」
「あたしからしてみれば、アンタも十分雑魚だと思うけど?」
「はあぁ?」
レジーナの言葉にアルカーノは僅かに表情を険しくする。下等種族と見下して人間に雑魚扱いされたことでさすがにカチンときたようだ。
「君さぁ、可愛いからってあんま調子に乗んない方がいいぜ? さっきは助けてやるって言ったけど、あまり偉そうな態度を取ってると可愛くても殺しちまうかもよ?」
「できもしないのに殺しちゃうとか、簡単に言わない方がいいわよ。あとで恥掻くだけだから」
「チッ!」
挑発し続けるレジーナにアルカーノは舌打ちをし、剣の切っ先をレジーナに向ける。レジーナも剣を向けるアルカーノを見てテンペストを構えた。
「投降したらベッドで可愛がってやろうと思ったのに、気が変わった……お前は拷問に掛けてた後に生きたまま悪魔どもの餌にしてやる」
「あらそう? 寧ろそっちの方がいいわ。アンタみたいなケダモノに抱かれるくらいなら悪魔たちの餌にされた方がマシよ」
笑いながら語るレジーナを見てアルカーノは奥歯を噛みしめる。誇り高い魔族である自分に抱かれるより、悪魔族モンスターの餌になった方がいい、これはアルカーノにとってとてつもない屈辱と言えた。
「いいぜ? そんなに言うなら、望みどおりギタギタにしてやるよぉ!」
アルカーノは声を上げながら地を蹴ってレジーナに向かって跳び、勢いよく剣を振り下ろした。レジーナはテンペストを横に、左手で剣身を支えるように構えてアルカーノの振り下ろしを止める。テンペストと剣がぶつかったことで高い金属音が響き、同時にレジーナに腕に衝撃が伝わってきた。
(クッ、重い!)
レジーナはアルカーノの攻撃が予想以上に重かったことに驚くが、耐え切れないほどの重さではないので、上手く剣を払って後ろに跳んだ。
距離を取って一度態勢を整えたレジーナはアルカーノに向かって行き、テンペストを右から横に振って反撃する。しかしアルカーノは剣を縦に構えてテンペストを防ぎ、素早く払うと逆袈裟切りを放つ。レジーナは再び後ろに跳んでアルカーノの反撃を回避した。
アルカーノから離れたレジーナはテンペストを中段構えに持って警戒し、アルカーノは自分を見つめるレジーナを見てニッと笑う。
(コイツ、レベル60のあたしの攻撃を難なく防いだ、凄い反応速度だわ。攻撃も重たいし、もしかするとあたしと同じくらいのレベルなの?)
先程の攻防でレジーナは目の前にいる魔族の指揮官が自分と同じくらいの強さを持っているのではと感じる。振り下ろしを防いだ時の衝撃で左手にはまだ若干痺れが残っており、少なくともアルカーノは物理攻撃力が高いとレジーナは考えていた。
「やるじゃねぇか。運が良かったとは言え、俺の一撃を防ぐとはな」
「それはどうも。アンタこそあたしの攻撃を防ぐなんて、見かけによらず強いのね?」
「はぁ? 当たり前だろう。俺はレベル67で重撃騎士を職業にしてるんだからな」
聞いてもいないのに自分のレベルと職業を自慢げに話すアルカーノを見てレジーナは心の中で納得した。
自分よりもレベルが高く、人間よりも身体能力が高い魔族、しかも重い一撃を繰り出せる重撃騎士を職業にしているのなら、レベル60の自分が手に痺れを感じてもおかしくないと考え、レジーナは目を鋭くする。
「見た目からして、お前は移動速度は速いが、攻撃力の低い盗賊系の職業だろう? 俺の攻撃に耐えたところから人間の英雄級のレベルのようだが、お前じゃ俺にはぜってぇに勝てねぇよ」
「まだ戦いは始まったばかりでしょう? 攻撃力の高い職業だからって勝てると思ったら大間違いよ」
「ハッ、本当に威勢のいい姉ちゃんだな。いいぜ、ならその鼻先をへし折って自分の力を過信してるってことを思い知らせてやらぁ」
「それはこっちの台詞よ!」
レジーナはアルカーノを睨みながらテンペストを逆手に持ち替えて脇構えを取った。するとテンペストの剣身が緑色の光り出し、それを見たアルカーノも中段構えを取りレジーナを警戒する。
「天風斬!」
戦技を発動させたレジーナは地を蹴って勢いよくアルカーノに向かって跳び、アルカーノの真横を通過する瞬間、テンペストを横に振って攻撃する。アルカーノはレジーナの攻撃を剣で防ぎ、レジーナがいる方とは逆に方へ跳んで距離を取った。
中級戦技を防がれたことでレジーナは悔しそうな表情を浮かべ、アルカーノの方を向くと素早くテンペストを順手に持ち替える。アルカーノはレジーナの表情を見ると馬鹿にするような笑みを浮かべて再び中断構えを取り、レジーナに向かって走り出した。
レジーナに近づいたアルカーノは剣を連続で振って攻撃し、レジーナはその攻撃をテンペストで防いでいく。アルカーノの攻撃は一撃一撃が重く、レジーナは奥歯を噛みしめながら攻撃を防ぎ続けた。
「おいおい、どうしたんだよ? 俺に過信してるって思い知らせるんじゃねぇのか?」
攻撃を防ぐレジーナをアルカーノは笑いながら挑発し、それを聞いたレジーナはアルカーノを鋭い目で睨み付ける。するとアルカーノの連撃が僅かに遅くなり、レジーナはその隙をついて後ろへ跳び、アルカーノから離れた。
アルカーノから距離を取ったレジーナは右手から伝わる僅かな痺れを我慢しながらテンペストを横に構え、指にはめている剣神の指輪の能力を発動させる。能力を発動させると、レジーナはテンペストを大きく横に振り、剣身から斬撃をアルカーノに向かって放つ。
「何っ?」
斬撃が飛んでくるのを見たアルカーノは一瞬驚きの反応を見せるが、慌てることなく飛んできた斬撃を剣で叩き落とす。レジーナは斬撃が防がれたのを見ると、テンペストを連続で振って無数の斬撃を放ち攻撃する。
アルカーノは飛んでくる斬撃を見て鬱陶しそうな顔をし、剣で迫ってくる斬撃を全て叩き落とす。連続で斬撃を防いだアルカーノを見て、さすがにレジーナも驚いたのか目を見開いていた。
「嘘でしょう、あの斬撃を全て叩き落すなんて……アイツ、思った以上に面倒な奴ね」
今まで戦ってきた敵とは明らかに強さが違う、レジーナは改めてアルカーノが手強い相手だと実感し、警戒しながらテンペストを構え直す。斬撃を全て防いだアルカーノはレジーナの方を向いてニッと笑いながら剣を軽く振った。
「下等な人間が斬撃を飛ばすたぁ、驚いたぜ。何かマジックアイテムでも使ってんのか?」
「訊かれて正直に答えると思う?」
「今正直に吐いときゃあ、後で受ける拷問の時間が少しぐらいは短くなると思うぜ?」
「アンタの頭の中じゃ、既にあたしは拷問を受けること、つまり負けることが決まってるわけね……もう一度言うわよ? 答える気は無いわ」
「あっそ、じゃあ長時間拷問を受けること決定だな」
呆れるような顔をしながらアルカーノは剣を構えて剣身を紫色に光らせる。それを見たレジーナはアルカーノが戦技を使ってくると感じ、テンペストに気力を送り込んで剣身を緑色の光らせた。
「剣王破砕斬!」
「覇獣爪斬!」
お互いに攻撃力の高い戦技を発動させ、相手に向かって得物を勢いよく振った。剣身を光らせるテンペストと剣がぶつかり、強い衝撃がレジーナとアルカーノに伝わる。同時に高い金属音が周囲に広がった。
レジーナとアルカーノは腕に力を入れて相手を押し返そうとする。レジーナは険しい顔をしており、アルカーノも目を鋭くして奥歯を噛みしめていた。ただ、レジーナと比べてアルカーノの顔からは若干の余裕が感じられる。
しばらく鍔迫り合いをしていると、二人は力を込めて相手を押し、その反動を利用して後ろへ跳んで距離を取る。戦技による押し合いは互角に終わった。
離れた相手をレジーナとアルカーノは黙って見つめる。レジーナは腕に負担がきているのか、テンペストを持つ手が僅かに震えていた。逆にアルカーノは手や腕にあまり負担がきていないのか、普通に剣を握っている。
「そんなちっぽけな短剣で俺の戦技を止めるとはな。褒めてやるぜ?」
「それはどうも。こっちもアンタが予想以上に強い力を持ってるって知って驚いたわ」
「ハハハッ、こりゃあまだまだ楽しめそうだ……と、言いたいところだが、あんまし時間を掛けると後々面倒くさいことになりそうなんでな、そろそろ決着をつけさせてもらうぜ」
そう言ってアルカーノが剣を持っていない方の手を上げる。すると、上空から四体のビーティングデビルがアルカーノの前に下り立ち、レジーナを睨みながら持っているモーニングスターを構えた。そしてその後ろにいるアルカーノも剣を構え直す。
レジーナは現れたビーティングデビルたちを見て、アルカーノと共に自分に襲い掛かろうとしていると気付き、アルカーノの方を向くと目を鋭くして睨み付けた。
「卑怯な手を使うのね? 指揮官同士の戦いなのに悪魔たちと一緒に戦うなんて」
「ハッ、何を言い出すかと思えば。指揮官同士の戦いは一対一だって誰が決めたんだよ? お前がそう勝手に思い込んでただけじゃねぇか。それにこれは戦争だぜ? 勝てばいいんだよ、勝てばな」
愉快そうに笑うアルカーノを見てレジーナは表情を険しくする。確かにこの戦いが一対一だとは決めてない。しかし、今まで一人で戦い、余裕の態度を取っていたのに途中から仲間の力を借りて戦うことにしたアルカーノの心変わりが気に入らなかった。
ビーティングデビルはゆっくりとレジーナに近づき、レジーナはテンペストを構えてビーティングデビルたちを警戒する。アルカーノは剣を構えたままニヤニヤと笑ってレジーナを見ていた。
(……これはちょっとマズいわね。アルカーノ一人なら何とかギリギリで勝てると思うけど、悪魔たちを相手にしながらアルカーノと戦うとなると……)
自分にとって不利な戦況にレジーナは僅かに焦りを感じる。ビーティングデビルは大して脅威ではないが、ビーティングデビルの相手をしている時にアルカーノが攻撃してくれば対応できずにやられるかもしれない。
どうすればこの不利な戦況を打開できるのか、レジーナはテンペストを構えながら考える。その間もビーティングデビルたちは少しずつレジーナとの距離を縮めていった。
「やっちまえ、お前ら!」
レジーナが考えていると、アルカーノがビーティングデビルたちに攻撃を命じ、命令を受けた四体のビーティングデビルは一斉にレジーナに襲い掛かる。
向かってくるビーティングデビルたちを見て、レジーナは構えを変えて迎え撃とうとする。すると、頭上から無数の白い光の針が降り注ぎビーティングデビルたちの体に突き刺さった。突然の出来事にレジーナは目を見開き、アルカーノは驚きの表情を浮かべる。
ビーティングデビルたちは崩れるように倒れ、その直後に頭上から何者かがビーティングデビルたちの死体の近くに下り立つ。
「あっ!」
下り立った人物を見てレジーナは思わず声を漏らす。レジーナの前に現れたのは、別行動を取っていたアリシアだった。