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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十八章~魔界の侵略者~
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第二百五十六話  劣勢の魔族軍


 ジンカーンの町の西にある大きな広場、そこでダークが率いるマルゼント王国軍と魔族軍が激しい戦いを繰り広げていた。

 ダークたちは門前の広場を出てから北西に向かって進軍していた。途中で部隊を幾つかに分けて先へ進み、ダークの部隊は今いる広場に出て、そこに防衛拠点を設置していた魔族軍と遭遇し戦闘になったのだ。敵の注意を引き付けることが目的であるダークたちはできるだけ多くの魔族軍を引き寄せるよう、派手に魔族軍を攻撃した。

 広場にいる魔族軍の数は二百程でその殆どが悪魔族モンスターで編成されており、魔族兵は三十人程しかいない。悪魔族モンスターは地上にブラッドデビル、ヘルハウンド、デーモンメイジなどがおり、空中にもブラッドデビル、オックスデーモンなど飛行可能な悪魔族モンスターが多く飛んでいた。

 対するダークの部隊は七十程で魔族軍の半分以下の戦力しかない。だが、ダークや黄金騎士、巨漢騎士などレベルの高い者が多くいるため、数で劣っていても魔族軍と互角以上に戦うことが可能だった。

 マルゼント兵や騎士は悪魔族モンスターを相手に少し押されている様子を見せるが、近くで悪魔族モンスターを楽々と倒す黄金騎士や巨漢騎士、ストーンタイタンの姿を見て士気が高まり、悪魔族モンスターを押し返す。そして、敵が怯むとすかさず切り伏せて次の敵に攻撃するのだった。


「放てぇ!」


 マルゼント兵たちの後方にいる魔法使いの一人が声を上げると、近くで横一列に並んでいる大勢の魔法使いたちが一斉に持っている杖の先から火球や真空波などを放って悪魔族モンスターたちに攻撃する。

 放たれた火球を受けた悪魔族モンスターは炎に呑まれながら倒れ、真空波を受けた悪魔族モンスターは体を切り裂かれて息絶える。魔法を放った魔法使いたちはすぐに別の悪魔族モンスターに狙いを付け、火球や水の矢などを放ち、マルゼント兵を援護するように攻撃した。

 魔法使いたちの援護攻撃のおかげで悪魔族モンスターの数は少しずつだが減っていき、マルゼント王国軍は少しずつではあるが、魔族軍を押している。しかし、魔族軍も負けずと反撃してマルゼント兵や騎士を負傷させていった。


「傷を負った者は後退しろ! 回復魔法が付ける者はすぐに負傷者の手当てをするんだ!」


 マルゼント騎士が声を上げると、無傷のマルゼント兵が負傷した仲間を連れて後方へと下がり、神官のような恰好をした魔法使いに傷を治させる。幸い敵の攻撃で動けなくなった者はすぐに後退させているので、マルゼント王国軍側にはまだ死者は出ていなかった。

 負傷者が後退するのを確認したマルゼント騎士は前を向いて騎士剣を構える。すると、右側からマッドスレイヤーが大きな口を開けてマルゼント騎士に襲い掛かり、マルゼント騎士は応戦するためにマッドスレイヤーの方を向く。だが次の瞬間、襲ってきたマッドスレイヤーの脇腹を青と水色の槍が貫き、同時に貫いた箇所の周りを凍らせる。

 脇腹を刺されたマッドスレイヤーは痛みと冷たさから鳴き声を上げ、驚いたマルゼント騎士が槍が飛び出てきた方を向く。そこには槍を突き出す黄金騎士の姿があり、それを見たマルゼント騎士は黄金騎士が自分を助けてくれたのだと知った。


「す、すまない!」


 マルゼント騎士が礼を言うと黄金騎士は無言で素早く槍を引き抜いて再び突きを放ち、マッドスレイヤーの頭部を貫く。頭部に槍が刺さったことでマッドスレイヤーもさすがに息絶え、崩れるように倒れて動かなくなった。

 黄金騎士はマッドスレイヤーを倒すとすぐにその場を移動して次の敵を倒しに行く。その姿をマルゼント騎士は少し驚いたような顔で見つめる。


「……話には聞いていたが、やはりビフレスト王国の騎士は強い。下級とはいえマッドスレイヤーをたった二回の攻撃で倒してしまうとは……」


 マルゼント騎士はそう呟いて周囲を見回す。周りでは他の黄金騎士や巨漢騎士がマルゼント兵や騎士たちを援護しながら悪魔族モンスターと戦う姿がある。しかも悪魔族モンスターに押されたり、傷を負わされたりなどされず、無傷の状態で戦っていた。

 他にもストーンタイタンが太い腕でブラックギガントを殴り飛ばす姿があり、空中では怪鳥人や死神トンボなどが飛んでいる悪魔族モンスターを次々と倒していた。

 マルゼント騎士が周りの戦いを見て驚いていると、遠くの方から轟音が聞こえ、マルゼント騎士は音がした方を向いた。数十mほど離れた場所ではダークが大剣を振り回して自分を取り囲む悪魔族モンスターたちを次々と倒していく姿があり、それを見たマルゼント騎士は更に驚いた表情を浮かべる。


「マ、マララムの町で見ていたが、改めて見るとやはりダーク陛下は強い。まさに鬼神如き力を持っておられる……」


 圧倒的な力を見せるダークにマルゼント騎士は僅かに震えた声を出す。他のマルゼント騎士やマルゼント兵たちもダークの姿を見て驚いていた。

 悪魔族モンスターたちに囲まれる中、ダークは大剣を振り回し、近づく悪魔族モンスターを斬り捨てていく。ダークの一振りで悪魔族モンスターは簡単に倒され、周りの悪魔族モンスターたちは一撃で仲間を倒すダークに驚きながらも連続で攻撃を仕掛ける。だが、ダークはそんな悪魔族モンスターたちの攻撃を素早くかわして返り討ちにしていった。


「まったく、倒しても倒しても切りが無いな」


 周りの悪魔族モンスターたちを見ながらダークは面倒くさそうな声で呟く。既にダークは一人で三十体近くの悪魔族モンスターを倒しているが、敵が多すぎるため数が減っている実感が無かった。

 悪魔族モンスターはダークの周りに集まり、鋭い目でダークを睨み付ける。ダークの周りにいるのは知性の乏しい下級の悪魔族モンスターだけで魔族兵や中級の悪魔族モンスターはダークの力を警戒しているのかダークの近くにはいなかった。


「相手との力の差を理解できず、ただ魔族の言われたとおりに戦う悪魔か。改めて見ると、何とも悲しい存在だな」


 ダークは悪魔族モンスターたちを見ながら哀れみを感じる。そんなダークのことを気にもせず、悪魔族モンスターたちはダークを睨みながらゆっくりと距離を詰めていく。


(それにしても、魔族軍はどうやってこれほどの悪魔たちを集めたんだ? 魔界に多くの悪魔がいるとしても、これだけの数、しかも同じ種類の悪魔を集めるのは簡単ではないはずだ。いったいどうやって……)


 魔族軍の戦力がどのように集められているのか、ダークは心の中で疑問に思う。すると、ダークの背後にいた二体のヘルハウンドがダークに飛び掛かる。ダークは背後から迫ってくるヘルハウンドに気付くと振り返りながら大剣を横に振った。

 大剣はヘルハウンドたちを胴体から真っ二つにし、斬られたヘルハウンドは地面に落ちる。ダークは大剣を払いながら足元に落ちているヘルハウンドの死体を見下ろす。


「まぁ、魔族軍がどんな方法で悪魔たちを集めたのかは、この町を解放してから魔族たちに聞けばいい。今はジンカーンの町を解放することだけに集中するとしよう」


 自分の役目を全うすることが重要だと考え、ダークはひとまず悪魔族モンスターの件は置いておくことにした。

 ダークが振り返って大剣を中段構えに持つと、正面にいた悪魔族モンスターたちが左右に移動する。すると、奥の方から三体のデーモンメイジが現れ、持っている杖の先をダークに向けた。


「人間よ、調子に乗るのはそこまでだ。我らの魔法で黒焦げになるがいい!」


 デーモンメイジの一人がそう叫んだ瞬間、デーモンメイジたちが持つ杖の先から火球がダークに向かって放たれた。

 三つの火球はもの凄い速さでダークに向かって行き、迫ってくる火球をダークはジッと見つめる。そして、火球が間合いに入った瞬間、大剣を素早く振って飛んできた火球を全て切った。

 火球は切られた直後に爆発し、ダークは灰色の煙で包み込む。その光景を見たデーモンメイジたちや周囲にいるマルゼント兵たちは驚きの反応を見せる。


「ば、馬鹿な、我らの火炎弾フレイムバレットを剣で防いだだと!」


 自分たちの魔法が剣で無料化されたのが信じられず、デーモンメイジの一体が動揺を見せる。その直後、ダークは大剣を上段構えに持ち、剣身に黒い靄を纏わせた。


「これだけ広い場所なら、暗黒剣技を使っても問題は無いだろう……黒瘴炎熱波!」


 ダークは勢いよく大剣を振り下ろし、剣身の靄をデーモンメイジたちに向かって一直線に放つ。デーモンメイジたちは靄に呑まれ、その後ろにいた他の悪魔族モンスターや魔族兵も巻き込まれた。

 靄の中でデーモンメイジや魔族兵たちは断末魔の声を上げ、靄が消えると呑まれた者たちは一斉にその場に倒れる。ダークはデーモンメイジたちの死体を見ると大剣を軽く横に振って鼻で笑い、マルゼント兵たちはダークの暗黒剣技を目にして驚きの声を漏らす。


「す、凄い……」

「やはりダーク陛下は英雄級の力を持つお方なのか……」


 圧倒的なダークの力にマルゼント兵や魔法使いたちは驚き、同時にダークの強さを目にしたことで士気が高まる。ダークがいれば魔族軍など脅威ではない、そう感じたマルゼント兵たちは武器を強く握って悪魔族モンスターたちに向かっていた。


「兵士たちの士気が高まったか……なら、私ももう少しやる気を出さないといけないな」


 周りのマルゼント兵や騎士たちを見たダークは大剣を構え直し、近くで自分を睨んでいる二体のブラックギガントの方を向く。目が合うと、ブラックギガントの一体がダークに向かって勢いよく右腕を振り下ろして攻撃してきた。

 ダークは振り下ろされる腕を左へ移動して回避し、そのままブラックギガントの顔の高さまでジャンプして大剣を横に振り、ブラックギガントの首を刎ねる。頭部を失ったブラックギガントは首から血を噴き出しながら前に倒れた。

 ブラックギガントを一体倒すと、ダークはもう一体のブラックギガントに向かって大剣を投げる。大剣はブラックギガントの左胸に突き刺さり、ブラックギガントは声を上げながら仰向けに倒れた。

 着地したダークは二体目のブラックギガントの死体に近づき、胸に刺さっている大剣を引き抜く。大剣を振って剣身に付いている血を払い落とすと、ダークはゆっくりと振り返って自分を睨んでいる五体のブラッドデビルに見つめる。


「ブラッドデビルが五体か……何秒で倒せるだろうな」


 ダークはそう呟くと大剣を強く握り、ブラッドデビルたちに向かって走り出す。

 魔族軍の本部である屋敷の前の庭では装備を整えたアルカーノやコーザ、隊列を組んだ魔族兵たちがジンカーンの町の各地で起きている戦闘の状況報告を受けていた。その内容は魔族軍にとって悪いもので、報告を受けたコーザや魔族兵たちは驚き、アルカーノは苛立ちを露わにしている。


「町の西側に配備されていた部隊は進軍する複数の人間軍の部隊と遭遇、交戦するも敵の圧倒的な力の前に苦戦を強いられています」

「何てことだ、近くにいる部隊や北側に配備されている部隊を救援に向かわせろ!」

「既に小隊規模を四つほど増援として送っています。しかし、それでも敵を押し返すことができない状況で……」


 魔族兵の報告を聞いたコーザは悔しさのあまり握り拳を作って震わせる。報告を聞いた他の魔族兵たちも不利な戦況に不安を見せ始めていた。


「もっと他に戦力があんだろう? ソイツらを送れよ」


 黙って話を聞いていたアルカーノが報告に来た魔族兵に声を掛ける。その声からは僅かに苛立ちが感じられ、コーザはアルカーノの顔を見て機嫌が悪いことにすぐに気付いた。


「こっちには大量の悪魔がいるんだ、惜しまずにソイツらをぶつけて皆殺しにすりゃいいじゃねぇか。つーか、下等な人間相手に手こずるなんて、お前ら魔族として恥ずかしくねぇの?」

「お、お言葉ですが、敵の中には我々にとって未知の敵が存在します。悪魔たちを使って情報を得ようとはしていますが、その悪魔たちも次々倒されて情報が得られないのです」

「ハイ、出ました言い訳ぇ~。上手くいかねぇことは全部悪魔たちのせいにしてよぉ、悪魔どもが使えねぇならお前らが直接奴らと戦って調べればいいじゃねぇの? そんなことも分かんねぇで言い訳するとかマジで見っともねぇな」

「よせ、アルカーノ」


 報告する魔族兵を責めるアルカーノをコーザが止めると、アルカーノはつまらなく思ったのか、悪びれる様子も見せずにそっぽを向く。コーザは大人げない態度を取るアルカーノに溜め息をつくと魔族兵の方を向いた。


「とにかく、今は少しでも情報を集めながら敵の進軍を止めないといけない状況だ。動かせる部隊は全部人間軍の殲滅に向かわせろ、悪魔たちも動かして構わない」

「わ、分かりました。早急に各部隊に伝令を出します」


 魔族兵は伝令を出すために敷地の外へ出ようとする。するとそこに別の魔族兵が外から庭に入り、報告をしていた魔族兵の隣まで走ってきた。


「報告します! 南から進軍してきた人間軍によって本部を防衛する拠点の一つが制圧されました」

「はああぁ!?」


 報告を聞いたアルカーノは大きな声を出し、コーザや他の魔族兵も目を大きく見開きながら後から来た魔族兵を見つめる。

 アルカーノたちがいる本部の周りには六つの拠点が本部を囲むように設置されており、どの方角から敵が攻めて来ても迎撃できるようになっている。そして各防衛拠点には九十から百までの戦力が配備されているため、簡単には制圧できない。そんな拠点の一つが制圧されたと聞かされ、その場にいる全員が驚いた。


「防衛拠点が制圧されただぁ!? 拠点には百近くの戦力がいるはずだろうが、どうして制圧されてんだよ!」

「ど、どうしてと言われましても……」

「たかが人間相手に苦戦するなんて、お前ら真面目に戦ってんのかぁ!?」

「落ち着け、アルカーノ!」


 興奮するアルカーノをコーザは宥め、止められたアルカーノは呼吸を荒くしながら険しい表情を浮かべる。

 アルカーノが落ち着くと、コーザは報告してきた魔族兵の方を向いて静かに口を開く。


「……町に攻め込んできた人間軍は数百の部隊だと聞いている。これまで得た情報から、人間軍は町に突入した直後、その数百の戦力を幾つかの部隊に分けて進軍しているということになる」

「ハイ」

「つまり、今進軍して来ている人間軍の部隊はどれも戦力が少ないということだ……その部隊に防衛拠点が制圧された、ということか?」

「……ハイ」


 俯きながら低い声で返事をする魔族兵を見てコーザは奥歯を噛みしめ、アルカーノは更に表情を険しくした。

 下等種である人間にここまで押されている現状にアルカーノは怒りと悔しさで肩を震わせる。周りにいる魔族兵たちはそんなアルカーノを見て、これ以上アルカーノの機嫌を悪くしたら仲間に斬りかかるのではと感じていた。

 コーザも人間相手に苦戦していることに悔しさを感じていたが、アルカーノと違って冷静さを失っておらず、落ち着いてこの後どうすればいいか考える。それと同時に、アルカーノが暴走しそうな状態で自分まで感情的になってはいけないと自分自身に言い聞かせた。


「……制圧されたのは何処の拠点だ?」

「この屋敷から南西にある拠点です。恐らく、人間軍はそのままこの屋敷を目指して進軍して来ると思われます」

「南西の拠点か……確か屋敷の西にも防衛拠点があったな?」

「ハイ、そこはまだ人間軍と接触しておらず、無傷の状態です」

「南西から進軍して来ているとなると、人間軍に一番近いのはその西の拠点の部隊になるな……なら、その拠点の部隊を進軍する人間軍の迎撃に向かわせろ。これ以上人間軍の進軍を許すわけにはいかない」

「しかし、そうなると防衛線の西側にも穴が開いてしまいます。もし西から敵が攻めてきたらその敵を食い止めることはできません」


 防衛拠点の戦力を動かすことに不安を感じる魔族兵を見てコーザは小さく俯く。しばらくすると、ゆっくりと顔を上げてアルカーノの方を向いた。


「アルカーノ、西の防衛拠点の戦力を人間軍の迎撃に向かわせ、戦力が無くなった西の拠点にはこの屋敷の戦力の一部を回す。構わないか?」

「……勝手にしろ、人間どもを叩きのめせるのならお前の自由にすればいい」

「了解だ」


 アルカーノの許可を得るとコーザは魔族兵の方を向いた。


「急いで西の防衛拠点の部隊に知らせろ、南西から進軍して来ている人間軍の相手をしろと」

「ハ、ハイ!」

「あと、他の防衛拠点の部隊にも人間軍が進軍して来ていることを伝え、増援部隊を送らせるんだ」

「分かりました!」


 魔族兵は走って庭から出ていき、それを見届けたコーザは近くの木箱に立て掛けてある剣を手に取って佩し、真剣な表情でアルカーノの方を向いた。


「アルカーノ、俺は西の拠点に送る部隊を編成し、彼らと共に西の拠点の防衛に向かう。此処の防衛はお前に任せるぞ?」

「ああ、わぁーってるよ」

「……分かってると思うが、人間軍が近くまで進軍して来ているんだ。油断して此処を落とされるようなことはするな?」

「はあ? 俺がそんなミスするわけねぇだろうが。もし奴らがこの屋敷に攻め込んできたら、返り討ちにしてやんよ」

「ハァ……それが油断してるって言っていうんだ」


 完全に人間を見くびっているアルカーノにコーザは溜め息をつく。だが一応忠告はしたし、アルカーノも指揮官を任されている身なのでイザという時はしっかりやってくれるだろうとコーザは思っていた。

 それからコーザは庭に集まっている魔族兵と敷地内にある大型の倉庫の中で待機していた悪魔族モンスターたちで部隊を編成し、編成が終わると部隊を率いて西にある防衛拠点へと向かった。


――――――


 魔族軍の本部の南西にある街道、そこにはアリシアが率いるマルゼント王国軍の部隊が魔族軍の本部を目指して移動する姿があった。

 先頭を歩くアリシアはフレイヤを握りながら歩き、その後ろをマルゼント兵たちと黄金騎士たちが武器を構えてついて来ていた。アリシアは真剣な表情で歩いているが、マルゼント兵たちの中には若干疲れを見せている者もいる。少し前まで防衛拠点を護る魔族軍と戦っていたので無理もなかった。

 しかし、他の防衛拠点にいる魔族軍と遭遇し、戦闘になると本部を制圧するのに時間が掛かってしまうため、アリシアたちは休まずに本部を目指して進軍することにしたのだ。


「アリシア殿、このまま何事もなく進むことができれば、あと十数分ほどで魔族軍の本部が見えてくるはずです」

「そうか、皆に気を引き締めるよう伝えてくれ」

「ハイ」


 後ろにいるマルゼント騎士の報告を聞いたアリシアは前を見ながら少しだけ目を鋭くする。もうすぐ魔族軍の本部に辿り着き、指揮官と本部を護る魔族軍の部隊と戦うことになるので、アリシアは心の中で気合いを入れた。


「……ところでアリシア殿、レジーナ殿たちは大丈夫でしょうか?」


 マルゼント騎士が僅かに不安そうな顔をしながらアリシアに尋ね、アリシアは歩きながらチラッとマルゼント騎士の方を向く。実は今、レジーナはアリシアと別行動を取っているのだ。

 南西の防衛拠点を制圧した後、アリシアは魔族軍に遭遇せずに本部へ向かう確率を上げるため、部隊を二つに分け、片方の部隊の指揮をレジーナに任せた。勿論、戦力は平等になるよう計算して編成してある。


「問題無いだろう。あちらの部隊の戦力はこちらとほぼ同じだ、簡単に負けるような部隊ではない。レジーナもああ見えて英雄級の実力者だ、並の敵には負けないさ」

「そうですか……」

「ただ、な……」

「ただ?」

「いや、何でもない」


 マルゼント騎士は小さな苦笑いを浮かべるアリシアを見て小首を傾げた。

 アリシアはレベル60であるレジーナが魔族軍に負けるとは思っていない。だが、レジーナが調子に乗って何か失敗をするのではと少しだけ不安を感じていた。


「レジーナは若干抜けているところがあるからな、何事も起きなければいいが……」


 歩きながらアリシアは複雑そうな表情を浮かべる。すると、前方から何かが近づいて来る気配がし、アリシアは表情を鋭くしながら立ち止まる。後ろにいたマルゼント兵たちも一斉に立ち止まって前を見ると、街道の奥から大勢の魔族兵と悪魔族モンスターが走ってくる光景が目に入った。

 魔族軍の姿を確認したマルゼント兵たちは一斉に武器を構え、アリシアもフレイヤを強く握りながら魔族軍を睨んだ。


「……レジーナのことも気になるが、今は奴らを倒すことが先決だな」


 そう低めの声で呟きながらアリシアはフレイヤを構える。アリシアたちが構えている間も魔族軍は走る速度を落とさず、少しずつアリシアたちに迫って来ていた。


「これより魔族軍との戦闘を開始する。今は先程と比べて戦力が少ない、油断するな!」


 アリシアの言葉にマルゼント兵たちは声を上げ、モンスターたちも鳴き声を上げる。黄金騎士と巨漢騎士は相変わらず無言のままだった。

 魔族軍が更に距離を詰めると、先頭にいるアリシアは魔族軍に向かって走り出し、マルゼント兵や黄金騎士たちもそれに続いて走り出した。

 その頃、魔族軍の本部の庭では魔族軍が臨戦態勢に入るための準備をしており、アルカーノは屋敷の入口前で胡坐をかきながら座っている。その表情は若干険しく、機嫌が悪いのが一目で分かった。魔族兵たちはできるだけアルカーノに近づかないようにしている。

 コーザが部隊を率いて屋敷を出てから三十分ほどが経過しており、アルカーノはコーザの部隊からの報告を待っている。しかし、なかなか伝令が来ないため、アルカーノは徐々に苛つき始め、今ではそれが顔に出るようになっていた。


「ったく、おっせ~なぁ! おい、まだコーザから連絡は来ねぇの?」


 我慢できなくなったアルカーノは近くで作業をしている魔族兵に声を掛ける。声を掛けられた魔族兵は困ったような顔をしながらアルカーノの方を向いた。


「ハ、ハイ、時間から考えると、そろそろ伝令者がやって来ると思いますが……」

「あ~あ、本当にメンドクセェなぁ。ちゃっちゃと人間どもを叩きのめして女どもと遊びてぇよ」


 わざとやっているのか、アルカーノは大きな声で不満を口にし、それを聞いた他の魔族兵も困り顔でアルカーノを見ている。

 現在、ジンカーンの町の魔族軍はマルゼント王国軍の攻撃によってあちこちで被害が出ている。下手をすればマルゼント王国軍に押し切られ、魔族軍は敗北するかもしれない戦況だ。そんな状況にもかかわらず女を抱きたいと考えるアルカーノの無神経さ、危機感の無さに多くの魔族兵が呆れていた。


「あ、あの、アルカーノ殿。もう間もなく臨戦態勢が整いますが、その後はいかがなさいますか?」

「その後? ……お前らに任せるわ、適当にやってくれ」

「ええぇ? こ、困ります、戦闘中である以上、しっかりと指揮官の責務を全うしていただかなくては……」

「うるせぇなぁ、真剣に考えすぎなんだよ。この町の全戦力をぶつければ人間どもなんて簡単に蹴散らせるって言ってるだろう? そもそもこの本部まで攻め込まれることなんてあり得ねぇよ」


 自分たちのいる所まで敵が攻めて来ることは絶対にない、アルカーノは自信に満ちた表情で語る。だがその時、庭への入口である門が突然爆発し、アルカーノや魔族兵たちは驚きながら門を見た。


「何だ!?、何が起きた!」


 アルカーノは立ち上がって遠くで破壊された門を見つめ、周りにいる魔族兵たちは一斉に武器を構える。すると、破壊された門の向こう側から黄金騎士と巨漢騎士が隊列を組んで庭に侵入してきた。

 黄金騎士たちの後からはマルゼント兵、騎士、魔法使いが姿を現し、警戒しながら庭に入ってくる。その上空には飛行可能なモンスターたちの姿もあった。


「あ、あれは人間軍!」

「馬鹿な、本当に此処まで攻め込んできたのか?」

「どういうことだ!? 西の防衛拠点の部隊が人間軍を足止めするために出撃したはずだぞ!」


 魔族兵たちはマルゼント王国軍が本部に辿り着き、屋敷の庭に侵入したのを見て目を見開きながら驚く。アルカーノもこれには驚いたのか目と口を開けながらマルゼント王国軍を見ていた。


「おい、こりゃどうなってんだ! 人間どもは足止めできてるはずじゃねぇのか!?」


 マルゼント王国軍が本部に辿り着いたことを不愉快に感じるアルカーノは魔族兵に当たるように尋ねる。訊かれた魔族兵は自分にも分かりません、と言いたそうな素振りを見せ、それを見たアルカーノは舌打ちをしながらマルゼント王国軍を睨む。


「おい、倉庫に待機させている悪魔どもを全部連れて来い」

「全部、ですか?」

「ああ、悪魔どもと此処にいる全員で奴らを叩きのめしてやる。さっさと行け!」

「ハ、ハイ!」


 魔族兵は慌てて悪魔族モンスターを解放しに向かい、アルカーノは腕を組んで再びマルゼント王国軍を睨み付けた。

 マルゼント王国軍の戦力は百ほどで、敷地の外にはまだ大勢のマルゼント兵や騎士たちがいる。対して魔族軍はと言うと、庭にいる魔族兵の数は二十人ほど、しかし屋敷の中にはまだ大勢おり、外の倉庫にも大量の悪魔族モンスターがいるため、数なら間違いなくマルゼント王国軍よりも上だ。しかし、本部まで到達した敵であるため、魔族兵たちは全員警戒している。


「此処が魔族軍の本部って屋敷ね」


 魔族軍がマルゼント王国軍の動きを警戒していると、黄金騎士の間を通ってレジーナが前に出た。実は本部に攻め込んだ部隊はレジーナが指揮する部隊で、アリシアと別行動を取っていたレジーナはアリシアたちよりも早く本部に辿り着いたのだ。

 現れたレジーナを見て魔族軍は剣や槍を構えながら何者だ疑問に思いながら彼女を睨み付ける。だが、アルカーノだけは現れた人間の少女を見て意外そうな表情を浮かべた。その表情からはさっきまで攻め込まれたことに対する怒りは感じられない。


「あの人間の女、恰好からして盗賊か……へぇ、なかなかいい線いってんじゃん」


 レジーナが自分の好みの女だと感じ不敵な笑みを浮かべる。するとレジーナは庭全体を見回した後、魔族兵たちの方を向いて大きな声を出した。


「魔族軍、アンタたちの指揮官に会わせなさい! 此処がアンタたちの本部だってことは分かってんのよ。指揮官がいるんでしょう? 早く会わせなさい!」


 大きな声を出しながらレジーナは魔族軍の指揮官に会わせるよう要求する。突然現れて指揮官に会わせろなどと言ってくるレジーナに魔族兵たちはふざけているのか、と感じる。勿論、そんな要求を聞くつもりなど魔族兵たちには無かった。

 魔族兵の一人がレジーナの要求を断ろうと前に出ようとする。すると、屋敷の入口前にいたアルカーノが余裕の笑みを浮かべながら前に出て仁王立ちをした。アルカーノの行動に魔族兵たちは意外そうな表情を浮かべている。

 レジーナは前に出てきた若い魔族を見て目を僅かに鋭くする。マルゼント兵たちも笑いながらこちらを見ている魔族は何者だ、と疑問に思いながら見ていた。


「俺がこの町の魔族軍の指揮官、アルカーノ様だ!」

「アルカーノ、アイツが……」


 大きな声で名乗り出たアルカーノを見たレジーナは、目の前にいるのが女を玩具にする変態指揮官だと知り、小声で呟きながらアルカーノを睨み付けた。


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