第二百五十五話 ジンカーン解放作戦
南門に向かって進軍しているマルゼント王国軍は黄金騎士を先頭に巨漢騎士、マルゼント兵、騎士、魔法使いの順番で隊列を組みながら進軍し、その後ろをストーンタイタンや砲撃蜘蛛、ダークが召喚したモンスターがついて行く。上空では飛行可能なモンスターたちが地上部隊を追い抜かないよう注意しながら飛んでいた。
黄金騎士たちとモンスターたちの間にはアリシア、レジーナ、ダンバが馬に乗りながら移動している。アリシアとレジーナは真剣な表情で前を見ているが、ダンバは少し驚いたような顔をしていた。
「あ、あれはまさか、人間軍か……?」
「そんな馬鹿な! こんな近くまで来ていたのに、気付かなかったなんて……」
少しだけダークに意識を向けていただけなのに、敵の存在に気付かなかっただけではなく、近くまで接近を許してしまったことに魔族兵たちは動揺を見せている。すると、ダークは魔族兵たちを見て再び笑い出す。
「フフフフ、まさかここまで上手くいくとはな」
「何っ! どういうことだ!?」
魔族兵はダークの方を向き、力の入った声を出して尋ねる。魔族兵たちが注目する中、ダークは目を赤く光らせながら説明を始めた。
「私が一人でこの南門に近づいたのはお前たちを油断させるのと同時にお前たちの意識を私に向けるためだ。真夜中にたった一人で現れ、悪魔たちを倒して見せればお前たちの意識は私に向けられると思ったのでな」
「クッ!」
ダークの狙いどおりに動いてしまった自分が情けなく思ったのか魔族兵は表情を歪め、他の魔族兵たちも悔しそうな顔をしてダークを見ている。
「お前たちの意識が私に向けば、後方で控えていた仲間たちは気付かれることなく南門に近づくことができる。先に門前の悪魔たちを倒したのも見張りの悪魔たちに仲間の存在を気付かせないためだ。しかも今は夜、音を立てずに移動すれば見つかりにくい」
「ば、馬鹿な。では、お前は……」
「そう、仲間を南門に近づかせるための囮だ」
ダークの作戦に引っかかってしまったことを知った魔族兵たちは衝撃を受ける。魔族である自分たちが下等種族と見下していた人間に騙されたことが信じられずにいた。
魔族軍が驚いている間もマルゼント王国軍は南門に近づいて来ている。そして移動中、砲撃蜘蛛は城壁や南門に向けて砲撃を続けていた。
砲撃蜘蛛が放った橙色の光球は勢いよく城壁に当たって爆発し、その衝撃で魔族兵たちは体勢を崩す。そんな中、ダークは近づいて来るマルゼント王国軍を見つめていた。
「敵に気付かれることなく無事に門へ近づくことはできた。この騒ぎで街や他の門を護る魔族軍も気付いただろうが、奴らが準備を整えて南門に来た時には既に南門を制圧し終えているだろう」
ダークは作戦どおりマルゼント王国軍が南門に近づくことができたことを楽しそうな口調で語る。その間も砲撃蜘蛛の砲撃は続いていた。
今回解放するジンカーンの町はエン村と違って入口の門や城壁が頑丈な上に占領する魔族軍の規模も大きい。エン村の時のように最初に砲撃蜘蛛に攻撃させて敵をかく乱させながら数を減らすという作戦では街の中にいる魔族軍に気付かれて護りを固められる可能性がある。そうなると町の解放に時間が掛かってしまう上に別の門を護る守備隊も南門に辿り着いてしまう。
少しでも優勢な状態で魔族軍と戦うには、敵の護りが手薄な時に攻撃を仕掛けてジンカーンの町に突入し、魔族軍が態勢を整える前に攻撃する必要がある。そのためにダークは最初に自分一人で南門に攻撃を仕掛けて魔族軍の注意を引き、マルゼント王国軍が近づく隙を作ったのだ。
砲撃蜘蛛の砲撃によって城壁の一部が破壊され、南門を護っていた悪魔族モンスターも砲撃でほぼ全滅状態となっている。ダークはマルゼント王国軍がある程度まで近づくのを確認すると体勢を崩している魔族兵たちを見た。
「さて、私もコイツらを片付けるとしよう」
そう低い声で呟いたダークは魔族兵たちに向かって大剣を振った。
――――――
魔族軍の本部である屋敷でもマルゼント王国軍が奇襲を仕掛けてきたことに気付いた大勢の魔族兵が騒いでいた。幾つもの拠点に囲まれているジンカーンの町が突然攻撃を受ければ驚くのは当然だ。
屋敷のエントランスでは大勢の魔族兵たちが武具を運んだり、状況確認をするために走り回っている。その中には指揮官であるアルカーノの補佐を務めるコーザが魔族兵たちに指示を出す姿があった。
「南門の状況、敵の規模が確認できたらすぐに町中の部隊に報告しろ。動くことが可能な部隊は全て南門に向かわせるんだ!」
「ハッ!」
コーザから指示を受けた魔族兵は力強い返事をすると走って屋敷を出ていく。それからコーザは動かせる悪魔族モンスターの数や部隊が編制できているかなどを確認し、急いでマルゼント王国軍を迎え撃つ準備をした。
エントランスでコーザや魔族兵たちが騒いでいると、二階から薄着姿のアルカーノが姿を現し、エントランスの様子を見て不思議そうな顔をする。
「おいおい、何騒いでんだよ?」
頭を掻きながら階段を下りるアルカーノはコーザに声を掛ける。どうやらアルカーノはまだマルゼント王国軍が攻めてきたことを知らないようだ。
下りてきたアルカーノに気付いたコーザは彼の方を向き、真剣な表情を浮かべて現状の説明をする。
「南門に人間軍が現れて攻撃を仕掛けてきたんだ」
「はあ? 人間軍だと?」
マルゼント王国軍から攻撃を受けていると聞かされたアルカーノは目を見開いて驚き、コーザはようやく状況を理解したアルカーノを見てやれやれと首を小さく横に振る。
「現在、南門の守備隊が迎撃しているそうだが、迎撃態勢に入る前に門に近づかれてしまったため苦戦しているようだ」
「迎撃態勢に入る前? それって、敵の存在に気付かなかったってことか?」
「そういうことになるな」
「チッ、何やってたんだ、南門の連中は! 使えねぇ奴らだぜ」
奇襲を許したとはいえ、今でも必死に戦っている南門の守備隊をアルカーノは険しい顔をしながら罵る。コーザは今までマルゼント王国軍の襲撃に気付かなかったのに部下を悪く言うアルカーノを見て呆れたのか軽く溜め息をついた。
アルカーノが声を上げていると、屋敷の外から一人の魔族兵がエントランスに飛び込んできた。その表情からは驚きと焦りが感じられ、エントランスにいた者全員がその魔族兵に注目している。魔族兵は走ってエントランスの奥にいるアルカーノとコーザの下へ向かい、二人の前で立ち止まった。
「ほ、報告します! 先程、人間軍が南門を突破し、南門と門前の広場を制圧しました」
「何だと!」
魔族兵の報告を聞いたコーザは声を上げ、アルカーノは自身の耳を疑っているのか口を小さく開けながら魔族兵を見ている。エントランスにいた他の魔族兵たちも仲間の報告を聞いて驚き、作業を止めてアルカーノたちの方を見ていた。
「町に侵入した人間軍は南門前の広場を拠点とし、街へ進軍する準備を始めているとのことです」
「はあぁ? 南門前の広場にはデカい部隊がいるはずだろうが、ソイツらどうしたんだよ?」
南門が突破されたことが信じられないアルカーノは配備されていた守備隊について魔族兵に尋ねた。すると魔族兵はアルカーノの方を見ると僅かに表情を暗くして俯く。
「……全力で迎え撃ったそうですが、人間軍の中に圧倒的な力を持つ者がおり、僅かな時間で倒されてしまったとのことです」
魔族兵は暗く、低い声で守備隊がどうなったのかを語り、それを聞いたコーザや周囲の魔族兵たちは言葉を失う。ジンカーンの町の入口である三つの門の護りは堅く、簡単には突破できないほどの防御力があった。その門の一つを簡単に、しかも短時間で突破されたと聞かされれば当たり前だ。
「チィッ! 俺が管理する町に侵入しやがるたぁ、いい度胸してんじゃねぇか。下等な人間どもがよぉ」
コーザや魔族兵たちはマルゼント王国軍が町に侵入した現状に衝撃を受ける中、アルカーノだけは驚くことなく、険しい顔で俯いている。そんなアルカーノに気付いたコーザはアルカーノが南門を突破されたことを悔しがっていると感じていた。
だが実際、アルカーノは南門を突破されたことに怒りを感じているのではなく、自分が管理を任されているジンカーンの町に攻め込んできた人間が気に入らなくて腹を立てていただけだった。
「アルカーノ、これからどうするつもりだ?」
コーザがアルカーノを見ながら今後どのように動くかを尋ねると、アルカーノは僅かに目を見開きながらコーザの方を向く。
「はあ? んなこと決まってんじゃねぇか。攻め込んできた人間軍を叩きのめすんだよ」
「それは分かっている、どのようにして人間軍と戦うんだって聞いてるんだ」
「んなもん、町中の戦力を集めて南門に向かわせりゃいいだけじゃねぇか。数ではこっちの方が遥かに上なんだからよぉ」
数で勝っているのならそれを上手く利用して敵を倒せばいい、というアルカーノの言葉にコーザは少し面倒くさそうな顔をしながら頭を掻く。
「だが、敵の中は南門の守備隊を壊滅させるほどの力を持った敵もいるんだぞ? いくら数で勝っていても、敵の情報が無い状態で敵に突っ込むのは無謀だ」
「なら、悪魔どもを突撃させて情報を集めりゃいいじゃねぇか。それで悪魔どもがやられたら兵士たちに攻撃させりゃいいだろ? もし悪魔たちが敵を倒しちまったのならそれはそれでいいじゃんか」
「……ハァ、単純な考え方だな。戦争はそんなに甘いものじゃないぞ」
アルカーノの考えにコーザは溜め息をつき、周りにいる魔族兵たちも少し呆れたような顔でアルカーノを見ていた。
コーザや魔族兵たちは南門を突破された時点でマルゼント王国軍の戦力は高く、用心しながら戦うべきだと考えていたが、アルカーノは全く用心することなく敵を甘く見ている。アルカーノは全く危機感を感じていない、エントランスにいる者全員がそう思っていた。
「何が甘くねぇだよ、これまでだってそうやって戦って勝ってきたじゃねぇか。その証拠に俺らは下等な人間どもを叩きのめして多くの町や村を制圧したんだぞ?」
「確かにこれまではそうだった。だが、今度の敵は今まで俺たちが戦ってきた人間軍とは何かが違う。門を突破してこの町に侵入するなんて、普通の敵じゃない」
「あーもう! 相変わらず臆病な奴だなぁ。大丈夫だって、とにかく町中の悪魔どもを集めて情報を集めながら敵に倒していきゃいいんだよ」
敵を警戒するコーザの相手をするのが面倒になったアルカーノは半ば強引に話を進ませる。コーザは自分の肩を叩きながら話を進ませるアルカーノを見て再び溜め息をついた。
「……分かった。一応お前がこの町の部隊の指揮官だからな、お前の指示に従う。だが、失敗した時はしっかりと責任を取ってもらうぞ?」
「だーいじょうぶだって! 人間どもにゃ俺らは倒せねぇよ」
「ハァ……とりあえず、お前は部屋に戻って武具を装備してこい。敵が町に侵入して来た以上、お前にもちゃんと武装してもらう」
「チッ、これから女どもを抱こうと思ってたんだけどなぁ……」
若干不服そうな顔をしながらアルカーノは階段を上がり、装備を整えるために自室へ向かう。コーザはアルカーノが自室へ向かったのを確認すると、エントランスにいる魔族兵たちに再び指示を出す。指示を受けた魔族兵たちは慌てて自分たちの作業に戻った。
その頃、南門前の広場では広場を制圧したマルゼント王国軍が捕らえた魔族兵の見張り、武具などの物資の確認、広場の外から敵が攻めて来ないか警戒などをしている。広場には戦闘が起きた形跡があり、悪魔族モンスターと魔族兵たちの死体が広場の隅に転がっていた。
広場の中央ではダーク、アリシア、レジーナ、ダンバ、そして数人のマルゼント騎士が作戦会議をしているのか、大きな机を囲んで立っていた。
「とりあえず、南門とその前にある広場を確保することができた。あとはここを拠点にジンカーンの町を解放していけばいい」
「ハイ、短時間で南門を制圧できたので落ち着いて守りの陣を取ることができました。これもダーク陛下のおかげです」
ダンバはダークを見ながら軽く頭を下げて感謝し、ダークはそんなダンバを黙って見つめる。アリシアとレジーナはダークを見ながら小さく笑っていた。
南門への攻撃が始まると、ダークは素早く見張り台と城壁の上にいた魔族兵と空中にいた悪魔族モンスターを倒し、そのまま南門の内側、つまり広場に下りた。
予想どおり広場には大勢の魔族兵と悪魔族モンスターがおり、ダークを確認した魔族軍は一斉に襲い掛かるが、ダークにとっては脅威と呼べる敵ではなく、数人の魔族兵を捕らえて守備隊を壊滅させた。その後、ダークは南門を開閉させる仕掛けを見つけ、南門を開けて外にマルゼント王国軍をジンカーンの町に入れたのだ。
砲撃蜘蛛やストーンタイタンの攻撃で南門を破壊して町に入るという案もあったのだが、ジンカーンの町の門は強固で、破壊して町に入ろうとすれば時間が掛かってしまうため、話し合いの結果、ダークが内側から門を開けることになった。
「さて、町に入ることには成功したが、この後はどうする?」
ダークはどのようにしてジンカーンの町を解放するのか、指揮官であるダンバに尋ねる。ダンバは机の上に広げられているジンカーンの町の地図を見つめた。
「捕虜を解放し、魔族軍の指揮官を倒します……捕らえた魔族の兵士から聞き出した情報では、町の南西に捕虜を閉じ込めてある倉庫、東にこの町の管理を任されていた貴族の屋敷あるとのことです」
「屋敷?」
「ハイ、魔族の話ではその屋敷が魔族軍の本部になっているそうです。本部にいる指揮官を倒せば、魔族軍も投降するでしょう」
「それじゃあ、全軍でその本部に攻め込むの?」
地図を見ていたレジーナがチラッとダンバの方を向いて尋ねると、ダンバは軽く首を横に振った。
「いいえ、捕らえられている捕虜の解放や他の敵部隊の足止めなどもしなくてはいけませんので、戦力を幾つかに分け、その内の一つを敵本部へ向かわせます」
「その方がいいでしょう。この南門を確保する部隊も必要ですし、もし全軍で向かえば敵に我々の居場所を知られて取り囲まれてしまいますから」
ダンバの考えにアリシアは同意し、二人の話を聞いていたレジーナは全軍で進軍するのは危険だと知って納得の表情を浮かべた。
ジンカーンの町を効率よく解放するには、拠点であり退路でもある南門前の広場を確保する部隊、魔族軍の本部を目指す部隊、捕虜を解放する部隊、そして、この広場に向かっている魔族軍の足止めと陽動をする部隊を用意しなくてはいけない。
どの部隊をどのように編成するかで戦況が大きく左右されるので、ダークたち、特にダンバは真面目に考えていた。
「敵を足止めする部隊はできるだけ戦力を多めにしておいた方がいいでしょう。あのストーンタイタン、砲撃蜘蛛というモンスターを入れたいと思っているのですが……ダーク陛下、よろしいでしょうか?」
「ウム……ストーンタイタンや他のモンスターは構わんが、砲撃蜘蛛は南門の護りに加えた方がいいと思うぞ」
「門の護り、ですか?」
「敵は南門を取り戻すために本部がある東側を除いた北側と西側の戦力を送り込んでくるだろう。だが、街の方だけから攻めてくるとは限らん。もしかすると、町の外から南門に回り込み、背後から攻撃してくる可能性もある」
そう言ってダークは南門の方を向き、アリシアたちも南門を見ながら、あり得ないことではないと感じた。
今南門は閉まっているため、外から魔族軍が広場に入るのは簡単ではない。しかし、町を解放するために戦力を分断している状態で魔族軍に攻撃されれば門を護り切るのは難しい。
しかも、街の方から攻めてきた別の魔族軍と戦っている最中に外から攻撃されれば挟まれてしまうため逃げ場は無く、兵士たちの士気にも影響が出る。だから挟撃だけは絶対に避けなくればならない。
「町の外から回り込んできた敵を迎え撃つために砲撃蜘蛛たちを外で待機させ、敵を確認したら砲撃させる。そうすれば挟撃を受けることはないため、街から攻めてくる敵にだけ集中すればいい」
「成る程……」
外から攻めてくる敵を警戒して砲撃蜘蛛の広場に残すよう考えるダークを見てダンバは納得し、同時にダークの強い用心深さに感心した。
「では、ストーンタイタンとモンスターたちは足止め部隊、本部へ向かう部隊、捕虜を救出する部隊に回せばよろしいですね」
「いや、巨体のストーンタイタンがいると敵に発見されやすくなる。救出部隊が敵に見つかると捕虜を救出するのが難しくなってしまうからな。救出部隊にはストーンタイタンを加えない方がいい」
「分かりました。では、救出部隊は目立たないよう、少人数で強い力を持つ者で編成しましょう」
ダンバは捕虜を救出する部隊は強力な力を持つ者で編成された小規模部隊にすると決め、ダークたちも異議は無いのか無言でダンバを見ている。ダンバは手元にある羊皮紙に羽ペンで編成する部隊の情報を細かく書いた。
「さて、次に魔族軍の本部を襲撃する部隊と南門に近づいて来る敵の足止めと陽動をする部隊だが、この二つの部隊はまず間違いなく魔族軍と遭遇し戦闘になる。そのため、できるだけ大部隊になるように編成した方がいい」
「分かりました」
「そして、その二つの部隊の指揮は私とアリシアが執る」
「えっ?」
編成する部隊の中で危険度の高い部隊の指揮をダークとアリシアが執ると聞いてダンバは思わず声を漏らす。マルゼント騎士たちも意外そうな顔でダークを見ていた。
「ダーク陛下とアリシア殿が、ですか?」
「魔族軍の本部を襲撃し、大量の敵を相手にするからな。私とアリシアが前線に出て戦った方がいい」
「よろしいのですか?」
「ああ」
ダンバの確認にダークは返事をし、アリシアも構わないと言いたそうにダンバを見ながら頷く。
マララムの町の防衛戦でダークとアリシアが強大な力を持っていることを知ったダンバはダークたちに任せれば自分や他の者が指揮官を務めるよりも勝てる確率が高くなるのではと思っていた。そのため、王族であるダークが前線に出ると言っても大丈夫だと感じていたのだ。
「分かりました、よろしくお願いします」
ダンバは改めてダークとアリシアに魔族軍の本部への攻撃と南門に向かってくる魔族軍の陽動を頼み、ダークは任せろ、と言うように頷く。
「ダーク兄……ダーク陛下、あたしはどうすればいいですか?」
普段の口調でダークに話しかけようとしたレジーナは慌てて敬語に直し、自分はどうすればいいか尋ねると、ダークはレジーナの方を向いてアリシアを親指で指す。
「お前はアリシアと共に魔族軍の本部の制圧に向かえ。本部となると敵の指揮官だけでなく強敵がいる可能性がある。レベルの高いお前はアリシアの部隊に入った方がいい」
「ハ~イ、分かりました」
少し軽い口調で返事をするレジーナを見て、アリシアは小さく溜め息をつく。協力者だけの場ならともかく、ダンバたちの前でダークと軽い口調で話すレジーナを見て、だらしない姿を見せるなとアリシアは心の中で呆れた。
それからダークたちは自分たちの役割が終わった後はどうするかなどを簡単に確認し、ある程度のことが決まるとダークたちは目の前にいる仲間たちと向き合う。
「……では、本部の制圧と魔族軍の足止めはダーク陛下たちにお任せし、捕虜の救出は我が国の騎士たちが引き受けます。私はこの広場に残り、戦況を確認しながら待機している部隊を前線に送ります」
「頼むぞ」
それぞれの役割が決まるとダークたちは作戦会議を終わらせ、自分の部隊を編成するために分かれる。ダンバだけはその場に残り、地図を見ながら魔族軍の進軍経路などを想像し、どう戦うか作戦を練り始めた。
十数分後、部隊の編成が整うと、ダークたちは自分の部隊を率いて広場を出発する。ダークの部隊は魔族軍を迎え撃つために町の北西へと向かい、アリシアとレジーナは魔族軍の本部を叩くために東を目指す。そして、捕虜を救出するマルゼント騎士の部隊は捕虜が捕らえられている倉庫がある南西へと向かった。
広場を出たアリシアとレジーナはマルゼント兵と魔法使い、黄金騎士と巨漢騎士、十数体のモンスターで編成された部隊を率いて魔族軍の本部を目指す。魔族軍を警戒しながらアリシアたちは東に向かって暗く大きな街道を歩いて行く。
「アリシア姉さん、本部の屋敷にはどれぐらいの敵がいるの?」
先頭を歩くアリシアの隣でレジーナが本部にいる魔族軍の戦力について尋ねる。アリシアはレジーナの方は見ずに前を向いて歩きながら口を開いた。
「捕らえた魔族の兵士を尋問した者から聞いた話では、七百人程が屋敷の中、その周囲に配備されているらしい」
「七百人!? まぁ、三千人以上いるんだから、七百人程度を屋敷の防衛に回しても問題無いわよね」
「ただ、この情報が正確かどうかは分からない。情報を吐いた魔族も詳しい数は聞かされていないらしいからな」
「……それが本当かどうかも怪しいわね」
敵である魔族の言うことはいまいち信用できないレジーナは目を細くしながら呟き、アリシアも心の中で同じ気持ちになる。
アリシアとレジーナの部隊の戦力は二百程で魔族軍の本部を攻撃するには少なすぎと言える。だが、数が足りない分はレベルの高いアリシアとレジーナ、黄金騎士や巨漢騎士などで補っているため、数は少ないがそれなりの力はあった。だからもし、魔族軍の戦力が七百かそれ以上であっても、よほど状況が酷くない限りアリシアたちが苦戦することはないだろう。
「……まあ、魔族軍の戦力がどれほどかは直接見て確かめるしかないな」
信用性の欠ける情報は役に立たない、そう感じながらアリシアは呟き、レジーナはうんうんと数回頷いて同意する。
「あ、それともう一つ訊きたんだけど……」
「何だ?」
「ほら、若い女の人が連れて行かれたってエン村の村人たちが言ってたでしょ?」
レジーナが若い女が魔族軍に連れて行かれたことを話すと、アリシアは前を向いたまま表情を変える。まるで思い出したくないことを思い出してしまったかのような顔だった。
「捕まえた魔族からそのことについては何か聞き出せたの?」
「……」
若い女が連れて行かれた理由が分かったのか、レジーナがアリシアに問うが、アリシアは前を向いたまま黙り込む。そんなアリシアを見てレジーナは不思議そうな顔をする。
「……どうしたの、アリシア姉さん?」
様子のおかしいアリシアに気付いたレジーナが声を掛けると、アリシアはゆっくりと立ち止まり、レジーナもつられるように立ち止まる。
二人の後ろをついて来ていたマルゼント兵や魔法使いたちも立ち止まったアリシアとレジーナを不思議そうに見ており、黄金騎士やモンスターたちは無言で停止した。
立ち止まったアリシアはしばらく前を見つめており、やがてゆっくりとレジーナの方を向く。その目は鋭く、小さな怒りが感じられた。
「……本部の情報を吐いた魔族とは別の魔族を尋問した者から聞いたのだが、この町にいる魔族軍の指揮官、アルカーノとかいう男はかなり頭がおかしいらしい」
「そ、そうなの?」
アリシアの迫力に驚いたのか、レジーナは少し動揺しているような反応を見せる。そんなレジーナに構わずアリシアは話し続けた。
「アルカーノは人間や亜人の若い女を本部の屋敷に連れ込み性的奉仕をさせているらしいのだ」
「せ、性的奉仕?」
「ああ、しかもアルカーノの相手をさせられた女たちの大半は激しい性行為に精神が壊れてしまっているらしいんだ」
「うわあぁ……」
レジーナはアルカーノがとんでもない性欲を持っていると知って思わず引いてしまう。だが、それは女であれば当然の反応だ。
「この町の若い女はアルカーノのせいでかなり少なくなっており、それを補うためにジンカーンの町以外の町や村から若い女を連れて来させているそうなのだ」
「……最低ね、此処の魔族軍の指揮官は」
「ああ、文字どおり女の敵だ」
腕を組みながら低い声を出すレジーナと険しい顔をするアリシア。二人も年頃の女であるため、アルカーノの相手をさせられた女たちに同情し、女を玩具のように扱うアルカーノに怒りを感じていた。
「アリシア姉さん、その指揮官、見つけたらどうする? 問答無用でたたっ斬る?」
「……女として判断するのならそうしたいが、アルカーノはこの町の魔族軍の指揮官、何かしら有力な情報を持っている可能性が高い。可能であれば生け捕りにして情報を吐かせるつもりだ」
「まっ、そうしないとダメよね」
若干不満そうな顔をするレジーナは腕を組むのをやめて両手を腰に当てながら呟く。
今は戦争中で少しでも敵の情報を手に入れなくてはいけない。大都市であるジンカーンの町の指揮官であるアルカーノなら周辺の拠点の情報も持っているはずなので、それを手に入れるためにもアルカーノは生け捕りにしなくてはならなかった。
女としての意見よりも戦場にいる戦士としての意見を優先し、アリシアとレジーナはアルカーノを生け捕りにする方針で作戦を遂行しようと考えた。
「さてと、それじゃあその変態指揮官を捕まえるため、進軍を再開しましょうか」
レジーナは前を向いて再び歩き出そうとする。だが、アリシアがレジーナの前に腕を出して彼女を止めた。レジーナがアリシアの方を見ると、アリシアは真剣な表情を浮かべながら前を見ている。
「分かってはいたが、やはり簡単には行かせてくれないらしい」
アリシアが低い声を出し、レジーナはふと前を見ると、200mほど先にヘルハウンド、マッドスレイヤー、フェイスイーターの大群が自分たちの方に向かって歩いてくる光景が目に入った。どうやら本部を護る防衛部隊の一つのようだ。
悪魔族モンスターの大群を見てマルゼント兵と魔法使いたちは驚いて声を漏らす。だが、アリシアとレジーナは悪魔族モンスターたちを見ながら自分の得物を手に取る。黄金騎士と巨漢騎士、モンスターたちも悪魔族モンスターたちを見て戦闘態勢に入った。
「アルカーノを捕らえるには、まず本部である屋敷に辿り着かなくてはならない。そして、屋敷に辿り着くには、この先へ進むしかない……」
「そうなると、あの悪魔たちを倒さないといけないわね?」
「ああ……さっさとアイツらを倒して、魔族軍の本部へ向かうぞ」
「了解!」
レジーナが小さく笑いながら返事をすると、アリシアは悪魔族モンスターたちに向かって走り出し、レジーナもそれに続く。
アリシアとレジーナが敵に突っ込んでいくと、黄金騎士たちも一斉に悪魔族モンスターたちに向かって走り出す。マルゼント兵と魔法使いたちは突撃する黄金騎士たちに驚いて一瞬固まってしまうが、すぐに我に返り黄金騎士たちの後に続く。
悪魔族モンスターたちも向かってくるアリシアたちを迎え撃つため、鳴き声を上げながらアリシアたちに突撃した。