第二百五十四話 ジンカーンの好色指揮官
月に照らされる夜、僅かに冷たい風が吹いて森の木々や草原の草を揺らしていた。幾つにも分けられた森や林の中に一つの大きな町が存在する。マルゼント王国の大都市の一つ、ジンカーンの町だ。
ジンカーンの町はマルゼント王国の中でも魔法薬を扱う店が多い町と言われている。その理由は町の周辺にある森などで材料となる薬草が多く採れ、町の中に魔法薬の研究、調合を行う施設が幾つもあるからだ。
調合された魔法薬はジンカーンの町で売られるだけでなく、マルゼント王国の各町へと送られ、そこでも売られるようになっている。しかし、その大都市も現在は魔族軍に占領され、各拠点に物資を送る補給拠点となっていた。
町の中には大勢の魔族兵と悪魔族モンスターが徘徊しており、空にも見張りの悪魔族モンスターが飛んでいた。町の住民たちは魔族軍に対する恐怖のあまり家の中に閉じ籠っており、町を護るために戦ったマルゼント王国の兵士、騎士、魔法使い、そして冒険者たちは捕虜として大型の倉庫や建物に閉じ込められている。ジンカーンの町は完全に恐怖と静寂に包まれていた。
ジンカーンの町から南東に少し離れた所に小さな森がある。ジンカーンの町で調合される魔法薬の材料などが採れる場所だ。その森の中からダークたちが町の様子を窺っていた。
「あれがジンカーンの町か……」
ダークは遠くに見えるジンカーンの町を見ながら呟き、アリシア、レジーナ、ダンバも同じように町を見ながら真剣な表情を浮かべている。
エン村を解放したダークたちは捕らえた魔族兵たちからジンカーンの町に関する情報を聞き出し、部隊を再編成するとすぐにジンカーンの町を目指して出発した。エン村の護りは元々村の防衛を任されていたマルゼント王国軍の兵士たちを解放し、彼らに任せたのでダークたちの部隊に大きな変化は無い。
ダークたちの部隊は森の中に身を隠しているため、遠くにいる魔族軍の見張りには見つかっていない。しかも今は夜なので、大きく動かない限り見つかる可能性は低かった。
「……入口である門の上、そして城壁の上にかなりの数の敵がいます」
「さすがに警戒厳重だな」
ダンバは望遠鏡を覗いて魔族軍の様子を窺っており、ダークも鷲眼の能力を使って魔族軍の護りが堅いことを確認する。
ダークたちは町の入口と思われる門を見ており、門の上の見張り台や城壁の上には大勢の魔族兵の姿があり、門の上空では飛行可能な悪魔族モンスターが飛んでいた。
ジンカーンの町には入口である門が三つ存在し、町の北、西、南に一つずつある。町の東には河があるため入口は存在しない。そのため、町を占領している魔族軍は門が存在する三つの方角に護りの戦力を配備していた。因みにダークたちは今、南の門の様子を窺っている。
「……パッと見ただけでも三十前後はいるな。門の向こう側にも間違いなく大勢の魔族と悪魔が待機しているだろう」
「ハイ、エン村で捕らえた魔族の話ではジンカーンの町にいる魔族軍の戦力は約三千二百、三つの門の護りにはそれそれ百以上の戦力を配備しているとのことです」
ダンバは望遠鏡を覗くのをやめてダークにジンカーンの町にいる魔族軍の戦力を語り、それを聞いたアリシアはダンバの方を向いて僅かに目を鋭くし、レジーナはうわあぁ、と言いたそうな顔をした。ダークたちの近くで待機していた兵士たちも表情を曇らせている。
ジンカーンの町とセルフストの町に三千以上の魔族軍がいることは分かっていたが、改めて聞かされるとやはり驚いてしまう。ダンバや兵士たちは心の何処かでその数字が間違いであってほしいと願っていたが、現実はそんな彼らの願いを打ち砕き、ダンバたちに衝撃を与えた。
魔族軍が三千を超える大部隊であるのに比べ、マルゼント王国軍はマルゼント王国軍とビフレスト王国軍を攻撃しても僅か数百、いくら強大な力を持つ騎士やモンスターが大勢いても、三千以上の魔族軍には勝てないのでは、と兵士や魔法使いたちは不安を感じていた。
ダンバも最初はダークとビフレスト王国軍がいれば魔族軍に勝てるかもしれないと思っていたが、捕虜から約三千二百という数字を聞かされた途端に不安になった。しかもジンカーンの町は城壁が強固な大都市、エン村を解放した時のよう入口の門を破壊して突入することはできないだろうとダンバは考えている。
本当に今の戦力でジンカーンの町を解放できるのか、ダンバや兵士たちが不安を露わにしている中、ダークは鷲眼の能力を解除して静かに腕を組む。
「ダンバ殿、他の二つの門の護りはどうなっている?」
「ハ、ハイ……現在斥候を向かわせて北門と西門の守備隊の戦力を確認しております。もう間もなく戻ってくるかと」
「そうか……とりあえず、今はどの門を攻撃して町に突入するかを決めるとしよう。三千を超える大部隊とどう戦うかは攻撃する門を決めてから考えればいい」
「ハ、ハイ」
相変わらず冷静に判断するダークにダンバは目を丸くする。いったいどうやってこれほどの精神力を得たのか、ダンバはダークを見ながらそう思った。
ダークは振り返って森の方を向き、待機している黄金騎士や巨漢騎士、モンスターたちの状態を確認する。彼らを使ってどうジンカーンの町を解放するかダークは考え始めた。ダンバはダークが三倍以上の戦力を持つ魔族軍とどのようにして戦うのだろう、と考えながらダークの背中を見つめる。
しばらくすると、北門と西門の様子を窺いに行っていた斥候が戻り、ダークたちは北門と西門の詳しい情報を斥候から聞いた。
斥候の話によると北門と西門に配備されている戦力も南門と同じで三十ほど、門の向こう側に大勢いるかもしれないとのことだ。しかも門の前にはブラックギガントのような中級の悪魔族モンスターも配置されており、それなりに護りが堅いらしい。
他の門の情報を聞いたダークたちはもう一度南門の護りを確かめた。魔族兵と大量の悪魔族モンスターが南門を護っており、空中にも悪魔族モンスターがいる。そして門の前には下級の悪魔族モンスター以外にブラックギガントとオックスデーモンが数体配置されていた。
「全ての門に配備されている守備隊の戦力はほぼ同じ、つまりどの門から攻撃しても同じと言うことですな」
「いいや、そうとは限らない」
ダークの言葉を聞いたダンバは意外そうな顔でダークの方を向く。アリシアとレジーナもダンバと同じように意外そうな顔をしていた。
「三つの門の護りは確かに同じくらいだが、攻める場所によっては我々が不利になってしまう」
「どういうことでしょうか?」
「三つの門の内、西門から攻撃を仕掛ければ、我々の存在に気付いた北門と南門の守備隊が西門の守備隊を援護するために戦力を送るだろう」
「ええ……」
「もし、北門と南門の戦力が外側、つまり町の外から西門に移動したらどうなると思う?」
「町の外から? ……あっ!」
何かに気付いたダンバはフッと顔を上げた。
「気付いたようだな? そう、町に突入するために西門を攻撃している我々は北と南から送り込まれた魔族軍を含めて三方向から同時に攻撃を受けることになる。そうなってしまえば、我が国の騎士たちはともかく、マルゼント王国軍の兵士たちはあっという間に全滅してしまうだろう」
「た、確かに……」
「三方向から攻撃を受ける可能性がある以上、西門から攻撃することは絶対にできない。となれば、攻撃するのは北門か南門のどちらかだ。町の東には河があるため、増援を送られても三方向から攻撃を受ける心配はない」
「成る程、西門を攻撃するよりは戦いやすいですな」
ダークの説明を聞いてダンバは納得の反応を見せた。北門か南門から攻撃すれば、正面の守備隊ともう一つの方向から攻めて来る部隊を相手にするので、二方向からの攻撃に警戒すればいい。それでも二つの部隊を相手にすることになってしまうが、三方向から攻撃を受けるよりは遥かにマシと言えた。
「例え増援部隊が外から回り込まず、町の中から攻撃されている門に向かったとしても、それなら正面からの攻撃だけに集中すればいいので突破しやすくなる。我々にとって大きな問題ではない」
「そ、そうですか……それでダーク陛下、北門と南門、どちらの門を攻撃するべきでしょう?」
「……ダンバ殿、前にも言ったように指揮官は貴公だ。貴公が決めてくれ」
少し困ったような口調で語るダークにダンバはあっと反応してから少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。そして、ジンカーンの町の様子を窺ってから再びダークたちの方を向いた。
「で、では、南門が目の前にあるので、南門から町に突入するということでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
ダークが頷くとダンバは苦笑いを浮かべ、そんなダンバを見てレジーナは面白いと思ったのかニッと笑っていた。
「では、すぐに作戦が決まり次第、南門から攻撃を仕掛けて町に突入します」
「ウム、門の向こう側にどれ程の敵がいるかは気になるが、今の我々の戦力なら苦戦はしないだろう」
南門を見ながらダークは呟き、ダンバも真剣な表情を浮かべながら南門を見ている。先程までジンカーンの町を解放できるのだろうかという不安を感じていたが、ダークの話を聞いてなぜか自信が湧いてきて不安は綺麗に消えていた。
「ダーク陛下、敵の戦力も気になりますが、私にはもう一つ気になることが……」
ダークが南門を見ていると、ずっと黙っていたアリシアが目を鋭くし、少し低めの声でダークに話しかけてきた。
アリシアの声を聞いたダークはチラッとアリシアを見つめ、レジーナとダンバもアリシアの方を向いた。
「……例の若い女たちの件か?」
ダークがアリシアと同じように低め声を出して尋ねるとアリシアは無言で頷く。レジーナとダンバはダークの言葉を聞いてピクリと反応する。
実はエン村にいた時、ダークたちはあることに気が付いた。それはエン村で捕虜となっていた村人やマルゼント王国軍の中に村娘や女兵士がいないということだ。いないのは十代半ばから二十代半ばまでの若く美しい女で、他にもエルフや人間に近い姿をした若い女の亜人も消えている。
そのことに気付いたダークたちが捕らえた魔族兵の一人に尋問をしたところ、エン村を制圧した直後にジンカーンの町の魔族軍の部隊がやって来て捕らえた村娘と女兵士はジンカーンの町へ連れて行ったと話す。理由を聞いたが、エン村の魔族兵は誰もその理由を知らず、ただ言われたとおりに若い女たちを渡したそうだ。
「なぜ、若い女たちだけを連れて行ったのでしょう? 村には他にも大勢の村人や兵士がいたのに……」
「もしかして、悪魔たちの餌にするとか?」
考え込んでいるアリシアの隣にいたレジーナが僅かに表情を歪ませながら呟き、アリシアは緊張が走ったような顔をしながらレジーナの方を見る。
「いや、それは考えられんな。もし悪魔たちの餌にするのなら、わざわざ遠くにあるエン村からジンカーンの町へ送る必要は無い。そもそも餌にするのに若い女だけを連れて行くと言うのも変だ」
「う~ん、確かに……」
「では、なぜ若い娘だけを連れて行ったのでしょう?」
腕を組みながらダンバが考え込み、アリシアとレジーナも難しい顔をして考えた。
「まあ、どうして若い女だけを連れて行ったのかは、あの町にいる魔族を捕らえて聞き出せば分かる。あの町にいる魔族ならエン村にいた連中と違って、必ず何か知っているはずだからな」
「そうですね、村人たちのためにも連れて行かれた者たちを見つけて助けなくては……」
遠くにあるジンカーンの町を見ているダークの隣でアリシアが僅かに低い声を出し、ダークと同じようにジンカーンの町を見ていた。
村にいた時、どうして若い女だけをジンカーンの町へ連れて行ったのか考えていると、解放した村人たちが連れて行かれた女たちを助けてほしいとダークたちに懇願してきた。必死に頼み込む村人たちを見て、ダークたちは連れて行かれた女たちを救出すると伝えて村を出発したのだ。
連れて行かれた女の中には家族を魔族軍に殺された者、想い人の前で無理矢理連れていかれた者などがいる。連れて行かれた女やエン村にいる者ためにもアリシアはなんとしても助けてあげたいと思っていた。
「……では、これよりジンカーンの町を解放するための作戦会議を行いますので、こちらへどうぞ」
ダンバは森の奥へと歩いて行き、ダークたちもダンバを追うように森の奥へと移動する。今度の拠点はエン村と違って魔族軍の戦力が多いだけでなく、城壁などの護りも強固なため、前よりも細かく、慎重に作戦を練ることにした。
――――――
ジンカーンの町の東側にある少し広めの敷地、その中に二階建ての大きな屋敷が建てられていた。魔族軍に制圧される前までジンカーンの町の町長が暮らしていた屋敷だ。今ではジンカーンの町を占領する魔族軍の本部となっている。
月明かりが照らす廊下を一人の若い魔族が歩いている。薄い茶色の短髪で黒いハーフアーマーを装備した十代後半ぐらいの男だ。その若い魔族が歩くたびに彼の足音が静かな廊下に響く。
若い魔族は一つの部屋の前までやって来ると扉を軽くノックする。すると、扉の向こうから若い男の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「俺だ、コーザだ」
「ああぁ、コーザか。入れ入れ」
入室の許可が出ると、コーザと名乗った若い魔族は扉を静かに開ける。すると、明かりが暗い廊下を照らすのと同時に強い匂いが鼻を刺す。とても甘い匂いで、嗅いでいると僅かに体が熱くなってくる。
コーザは僅かに表情を歪めながら入室して扉を閉めて前を向く。部屋の中には大きなベッドが一つあるだけで他に家具は無く、先程嗅いだ甘い匂いが充満している。だが、それよりもコーザが気になっていたのは、衣服を何も着ておらず、生まれたままの姿で床に倒れている大勢の若い女たちだった。
倒れている女は見た目が十代半ばから二十代半ばくらいの人間やエルフの女ばかりで、中には人間の女に猫のような耳と尻尾を生やした女の亜人もいる。その全員が汗を掻きながら疲れ切ったような顔をしていた。
コーザは倒れている女たちを見ると視線をベッドの方を向ける。ベッドの上には茶色いマッシュボブのようは髪型をした若い魔族が座っており、女たちと同じように生まれたままの姿をしていた。股間には一枚のタオルが掛かっており、若い魔族と部屋の様子から、彼は今まで若い女たちと性行為をしていたようだ。部屋に充満している匂いも催淫効果のある香か何かを使ったのだと思われる。
「……相変わらずみたいだな、アルカーノ?」
「当たりめーじゃん? 楽しめる時に楽しむ、これ常識だろ」
呆れ顔のコーザにアルカーノと呼ばれる魔族はニヤニヤと笑いながら言う。そう、ベッドの上に座っているのはジンカーンの町と前線にいる一部の魔族軍の管理を任されている魔族軍の指揮官の一人、アルカーノだったのだ。
「少しは手を抜けよな? この町にいる若い女の殆どがお前のせいで使い物にならなくなっちまってるんだ」
「はあ? 手ぇ抜いたらつまんねーじゃん。こういうのは全力でやるから興奮すんだよ」
「ハァ……お前がこれまで使った女の中には魔法薬の調合なんかをやっている女もいたんだぞ? お前が壊しちまったせいで、その女は魔法薬の調合や研究ができなくなっちまってる。下手をすれば今後の物資補給や進軍に影響が出るぞ」
溜め息をつきながら額に手を当て、アルカーノの行動が今後の侵攻に関わってくるとコーザは話し、それを聞いたアルカーノは少し不満そうな顔をする。
コーザは魔族軍でアルカーノの補佐を務めており、部隊の編成や進軍の方針などをアルカーノに代わって決めている。ジンカーンの町にいる魔族の中で指揮官のアルカーノと対等の立場で接することができる存在だ。
アルカーノはベッドの上に座りながら自分の頭を掻くと面倒くさそうな顔をしながらコーザの方を向いた。
「分かったよ、重要な立場の女は手を抜く。だけど、それ以外の女や他の拠点から連れてきた女は好きにすっからな?」
「ああ、好きにしろ」
コーザは腕を組みながらアルカーノを見て頷く。これ以上アルカーノと女のことで口論したくないのか、面倒くさそうな口調だった。
女癖の酷いアルカーノは暇さえあればジンカーンの町に住んでいる若い女を屋敷に連れ込んで性的奉仕をさせている。そして、アルカーノの相手をさせられた女は激しい性行為のあまり、ほぼ全員が再起不能となってしまい、町にいる若い女の数は魔族軍に制圧される前と比べて少なくなっていた。
使える女の数が減っていることはアルカーノも知っているが、だからと言ってアルカーノは相手にする女の人数や回数を減らそうとは思っていない。そこでアルカーノは少なくなった女を補充するため、ジンカーンの町とは別の町や村からも若い人間や亜人の女を連れて来て自分の相手をさせているのだ。
アルカーノは股間を隠しているタオルを腰に巻いて立ち上がり、コーザの方へと歩いて行く。そしてコーザの隣に来ると立ち止まり、倒れている女たちを親指で指した。
「アイツら、まだ壊れちゃいねぇから地下室に戻しといてくれ」
「分かった」
「あっ、戻す前にお前も使っていいぜ?」
「遠慮しておくぜ。俺はお前と違って女や雰囲気を選ぶ男だからな」
「へっ、相変わらず良い子ちゃんぶってんなぁ。俺は風呂で汗かいてくるわぁ」
そう言ってアルカーノが部屋を出ていこうとすると、コーザは再び呆れ顔になってアルカーノの方を向いた。
「おいおい、まだこっちの用が済んでないぞ」
「は? 俺に何か用があったの?」
「そうでなきゃこんな時間にお前の遊び部屋になんか来ねぇよ」
「それもそうだな……で、何?」
少し面倒くさそうな顔をするアルカーノを見たコーザは一度溜め息をついてから用件を話し始める。
「さっき捕虜である人間の兵士が数人、閉じ込めていた倉庫から脱走したそうだ。まあ、その兵士たちは難なく捕まえることはできたらしいがな」
「……んなことをいちいち伝えるために来たのかよ?」
「こういった小さいことでも、町の管理を任されているお前にはちゃんと報告しないといけないんだよ」
「あっそ……分かったよ、ちゃんと報告は聞きましたよ」
軽い返事をするアルカーノを見ながらコーザはやれやれ、と言いたそうな顔をする。女癖が悪く、面倒なことにはまるで無関心なアルカーノがこのまま指揮官を務めて大丈夫なのかとコーザは心の中で少し不安に思っていた。
「ところで、その脱走しようとした人間の兵士ってどんな奴?」
「ん? ああぁ、エン村から連れてきた女兵士たちだって話だ」
「ああそう、それじゃあ今の女に飽きたら今度はその女兵士で遊んでみるのもいいかもな」
ニッと笑いながらアルカーノは部屋の中で倒れている女たちの方を向く。アルカーノにとって女は自分の性欲を発散させるための道具にすぎなかった。
「……んじゃ、報告も聞いたし、俺は風呂に行ってくるわ。女たちのこと、よろしくな」
「ああ、部下に運ばせておく」
アルカーノはコーザの肩をポンと叩いて、頼むわと目で伝えると部屋を出ていき、残ったコーザはアルカーノに弄ばれた女たちを黙って見つめる。コーザ自身も人間や亜人のことを魔族より劣る種族だと思っているため、女たちに同情する気は無かった。
コーザは女たちを運ぶ者を呼びに行くために部屋を出ていく。女たちだけを部屋に残すことになるが、部屋は二階にあるため、窓から逃げることはできない。何よりも今の女たちはまともに歩くこともできないので、見張りを付けずに部屋を出ても問題無いとコーザは思っていた。
同時刻、ジンカーンの町の南門では大勢の魔族兵たちが悪魔族モンスターとともに町の外に異常が無いか見張っていた。魔族兵たちは望遠鏡や篝火の明かりを使って周囲を調べ、悪魔族モンスターたちは地上と空中で前だけを見ながら待機している。見張りは魔族兵たちが行い、悪魔族モンスターたちは敵が現れた時や魔族兵から指示を受けた時だけ動くことになっているようだ。
「……今夜は随分冷たい風が吹くな」
「ああ、早く交代の時間になってほしいぜ。そうすれば温かいベッドで眠れるのによぉ」
「へっ、俺ならすぐには寝ずに女を抱いてから寝るけどな」
南門の上の見張り台にいる魔族兵が隣にいる仲間を見ながら楽しそうに語ると、もう一人の魔族兵が苦笑いを浮かべながら仲間を見る。
「女って、捕虜の人間かエルフの女でも抱くのか?」
「まさか、同じ部隊の女さ。俺はアルカーノ殿とは違って同族しか抱かないんだよ」
「それ、自慢するようなことじゃないぞ?」
どんな女を抱くか魔族兵たちは楽しそうに語り合い、遠くにいた別の魔族兵たちは二人を見て何の話をしてるんだ、と不思議に思っていた。
笑いが止まると、二人の魔族兵は再び周囲の見張りを続ける。風の冷たさで眠気は吹き飛ぶため、集中して見張りをすることができた。悪魔族モンスターたちは寒さを感じていないのか、黙って前を見たままジッとしている。
「なあ、ずっと気になってたんだがよぉ。どうしてアルカーノ殿は人間や亜人の女ばかり抱いて、同じ魔族の女は抱かないんだ?」
「噂だと、魔界にいた時に大勢の魔族の女を抱いてたから、もう魔族の女を抱くのが飽きたらしいぞ? だから魔界には存在しない人間や亜人のいい女を抱いてるって話だ」
「おいおいおい、どんだけ女好きなんだよあの方は……というか、魔界で大勢の女を抱いたって本当か?」
「ああ、アルカーノ殿は貴族の息子だから、貴族である父親の地位と金を使って女たちを抱きまくってたんだと」
「成る程、貴族なら大勢の女を抱くことも可能か」
アルカーノが大勢の女を抱くことができた理由を聞いて魔族兵は納得の表情を浮かべる。しかし、いくら女好きでも貴族の地位を使ってまで大勢の女と遊びたいのかと疑問に思った。
魔族兵たちはアルカーノの性格や趣味のことについて話しながら遠くや南門の前を確認する。すると、南門の前にいた悪魔族モンスターの内の数体が周囲を見回しながらざわつき始めた。その動きはまるで何かの気配を感じ取っているように見える。
「おい、アイツら、どうしたんだ?」
見張り台の上の魔族兵が悪魔族モンスターたちの異変に気付いて見張り台の下を覗き込む。その直後、ざわついていた悪魔族モンスターたちが突然何かに体を斬られ、その場に崩れるように倒れた。
「な、何っ!」
悪魔族モンスターが倒れる光景を見た魔族兵は思わず声を上げ、もう一人の魔族兵も隣で真下を確認する。城壁の上にいた他の魔族兵たちも異変に気付き、少し驚いた様子で南門の前を見ていた。
斬られた悪魔族モンスターたちの周りでは他の悪魔族モンスターたちが仲間の死体を見たり、周囲を見回したりしていた。すると、再び悪魔族モンスターは見えない何から体を斬られて一斉に倒れる。その中にはブラックギガントやオックスデーモンも含まれており、南門の前の悪魔族モンスターはほぼ全てが倒された。
何が起きているのか分からずに魔族兵たちが南門の前を見ながら混乱していると、倒れている悪魔族モンスターに中心の風景が僅かに歪み、そこから一人の騎士がゆっくりと姿を現す。漆黒の全身甲冑を装備し、右手に大剣を持った騎士、ダークだった。
「な、何だあの騎士は?」
「何もない所から突然現れたぞ!?」
姿を現したダークに魔族兵たちは目を見開いて驚く。ダークは大剣を軽く振ってからゆっくりと肩に担いだ。
実は悪魔族モンスターたちはダークによって倒されたのだ。ダークは透明化の魔法が封印された巻物を使って自身を透明化させ、一人で南門に接近し、配置されている悪魔族モンスターたちを倒したのだ。
ダークは上を向いて見張り台の上から自分を見下ろしている魔族兵たち、城壁の上からこちらを見ている魔族兵たちを見ると小さく笑った。
「脚力強化」
両足を薄っすらと水色に光らせて脚力を強化したダークは勢いよくジャンプして見張り台の中央に着地する。見張り台の上にいた二人の魔族兵はダークのとんでもないジャンプに驚いたがすぐに正気に戻り、腰の剣を抜きながら左右へ移動し、ダークを挟みながら彼を睨み付けた。
「貴様、いったい何者だ!」
右側にいる魔族兵がダークを睨んだまま大きな声を出すと、ダークは大剣を肩に担いだまま右を向いて目を薄っすらと光らせる。
「私はダーク・ビフレスト、こんな夜中に突然訪ねてきて悪かったな?」
ダークは冷静な口調で自己紹介をし、魔族兵たちはダークの態度を見てふざけていると感じたのか、より険しい顔でダークを睨み付ける。
城壁の上にいた他の魔族兵たちも見張り台にやって来ると剣や槍、弓矢を構えてダークを警戒する。南門の上空を飛んでいた悪魔族モンスターたちも降下してきてダークを取り囲んだ。
「……ダーク・ビフレスト、と言ったな。どんな手を使って悪魔たちを蹴散らし、あんな高いジャンプをしたのかは知らないが、一つだけハッキリしていることがある。貴様が我々魔族軍の敵だということだ」
「……フッ」
魔族兵の言葉にダークは小さく鼻で笑う。この状況ではそう考えるのが当たり前だろう、とダークは心の中だ魔族兵を小馬鹿にしていた。
「貴様、人間軍の所属する騎士か? それとも冒険者か? 何の目的で此処に来た?」
「……うるさい魔族だな。いっぺんに質問されても一度に全ては答えられん」
「いいから答えろ!」
ダークの態度が癇に障ったのか魔族兵は怒鳴り散らす。魔族兵の反応にダークはやれやれと首を横に振る。
「私がこの町に来た理由は一つ、お前たち魔族からこの町を解放するためだ」
「解放? たった一人で我々魔族軍からこのジンカーンの町を解放する気でいるのか?」
魔族兵はダークの答えを聞いた可笑しく思ったのか笑い出し、他の魔族兵たちもダークを馬鹿にするように笑っている。
たった一人で占領されている町を解放しようとする敵を見れば誰だって可笑しくて笑うだろう。少なくとも、魔族兵たちにとっては滑稽なことだった。
「……フフフフフ」
魔族兵たちが笑う中、ダークも俯いて笑い出した。突然笑い出すダークに魔族兵たちは笑うのをやめてダークに注目する。
「なぜこの状況で貴様が笑う? 一人で町を解放しようとする自分の愚かさに気付いて笑えてきたか?」
「フフフ、ああ、確かに愚かだと思っている……お前たちをな」
「何っ?」
敵に囲まれているにもかかわらず挑発してくるダークに魔族兵たちは武器を構え、殺意の籠った目でダークを見つめる。するとダークは肩に担いでいる大剣を下ろした。
「私がいつ、一人でこの町を解放すると言った?」
「はあ?」
魔族兵はダークを睨みながら、何を言っているんだ、と言いたそうな顔をする。その直後、南門の正面で大爆発が起こり、爆発に驚いた魔族兵たちは一斉に爆発が起きた方を向く。
「な、何だ!?」
一人の魔族兵が見張り台から体を乗り出して確認する。南門の前には大きな穴が開き、そこから煙が上がっている。月明りがあるため、暗い夜でも穴や煙を確認することができた。
魔族兵は穴を見ながら目を見開いている。そんな時、魔族兵は何かが近づいて来る気配を感じ取り、ゆっくりと顔を上げて前を見た。すると、400mほど離れた位置に隊列を組んで近づいて来る大勢の騎士、兵士、モンスターが視界に入り、魔族兵は目を大きく見開く。
「な、何だあれは!?」
魔族兵は驚きのあまり声を上げ、他の魔族兵たちも目の前の光景が目にして全員が固まっている。
現れた集団が何者なのか、魔族兵たちが目を凝らして確認すると更に驚愕の表情を浮かべる。集団の正体はマルゼント王国軍だった。