第二百五十三話 ダークvs指揮官
大剣を下ろすダークを見た指揮官はダークが自分たちを馬鹿にしていると感じたのか表情を険しくし、槍を横に振りながら声を上げた。
「全員、かかれぇ! 力を過信する人間たちに自身の愚かさを分からせてやれ!」
指揮官の命令で魔族兵と悪魔族モンスターは一斉にダークたちに向かって突撃する。迫ってくる魔族軍を見てダンバとマルゼント兵たちは緊迫した表情を浮かべた。だがダークは慌てることなく左手をポーチに入れ、何かを取り出すと魔族軍に向かって投げる。
ダークが投げたのは無数の黄色い小さなサイコロで、地面に落ちたサイコロは黄色く光り出した。そして、魔族兵や悪魔族モンスターがサイコロに近づいた瞬間、サイコロから炎の柱、真空波、青白い電撃、三つの炎の輪などが周囲に放たれて魔族兵か悪魔族モンスターに命中する。ダークが投げたのは魔法使いでなくても魔法が使えるマジックアイテムのマジックダイスで、魔族軍はマジックダイスの魔法攻撃を受けたのだ。
魔族兵と悪魔族モンスターはマジックダイスの魔法を受けて断末魔の声を上げ、その場に崩れるように倒れた。マジックダイスによって大勢の魔族兵と悪魔族モンスターが倒れ、運よく魔法を受けなかった魔族兵たちは倒れた仲間を見て驚愕の表情を浮かべ、ダンバとマルゼント兵たちも目を見開きながら驚いている。
(よし、かなりの数の敵を倒すことができた。だけど、やっぱりこんな状況でどんな魔法が出るか分からないマジックダイスは使うべきじゃないな)
倒れる魔族兵たちを見ながら、ダークは諸刃の剣と言えるマジックアイテムは使うべきではない心の中で呟いた。
暗黒剣技を使えば早く、そして簡単に敵を一掃できるのだが、ダークの暗黒剣技は強力なため、力を加減して使っても村に被害が出る可能性があった。ダンバからできるだけ村に被害を出さないでほしいと言われているため、ダークは暗黒剣技を使わずにマジックダイスの魔法で敵を一掃することにしたのだ。
魔族軍は何が起きたの変わらずに全員が黙り込んでいる。悪魔族モンスターは無表情で倒れる魔族兵と仲間の悪魔族モンスターを見ておるが、知性のあるデーモンメイジたちは驚きの反応を見せていた。
一同が驚く中、指揮官がいち早く我に返り、周りにいる仲間たちに声を掛けた。
「ひ、怯むな! 敵が魔法を使って攻撃しただけだ。こちらも距離を取って魔法で攻撃しろ!」
指揮官は敵が魔法で攻撃してきたことを見抜き、それを聞いた魔族兵たちは原因を知って少し安心したような反応を見せた。
ダークは何が起きたのかに気付いた指揮官を見て意外そうな反応を見せる。ダンバたちは自分たちは魔法を使っていないのに魔族軍が勘違いしている光景を見て目を丸くしていた。
指揮官に命令され、三体のデーモンメイジは持っている木の杖をダークたちに向け、杖の先から火球を放ち攻撃する。魔族軍が魔法で攻撃してきたのを見たダンバとマルゼント兵たちは驚きながら防御や回避をしようとするが、黄金騎士たちがダンバたちの前に移動し、彼らを守るようにラウンドシールドを構えた。
放たれた火球の内、二発は黄金騎士たちのラウンドシールドに命中、もう一発はダークに命中して爆発した。火球が爆発したのを見て魔族兵たちやデーモンメイジはやったか、というような顔をする。だが、煙が消えると、そこには無傷のダークと綺麗なラウンドシールドを構えた黄金騎士たちの姿があった。
火球の直撃を受けたのに無傷のダークを見て指揮官はさすがに驚きを隠せずにいた。魔族兵たちもダークと黄金騎士たちを見ながら驚きの声を漏らす。すると、ダークは大剣を掲げ、魔族軍を見ながら目を薄っすらと赤く光らせる。
「かかれ」
そう言いながらダークは掲げていた大剣を振り下ろして切っ先を魔族軍に向ける。その直後、ラウンドシールドを構えていない黄金騎士たちが一斉に魔族軍に向かって突撃し、魔法武器で次々と魔族兵や悪魔族モンスターたちを倒していく。
魔族兵と悪魔族モンスターは襲ってくる黄金騎士を迎え撃つために反撃するが、黄金騎士の圧倒的な強さに何もできず返り討ちにされていき、魔族軍の士気は徐々に低下していく。逆にマルゼント兵たちは黄金騎士たちが魔族軍を圧倒している姿を見て士気が高まり、黄金騎士たちに続いて魔族軍に攻撃を仕掛ける。戦況はマルゼント王国側の優勢に傾いていた。
指揮官は倒されていく部下と悪魔族モンスターたちの姿を見て徐々に焦りを露わにしていく。態勢を立て直そうにも敵の攻撃により魔族兵たちは混乱し、上手く指揮を取ることができない。一緒にいたブラックギガントやデーモンメイジも既に黄金騎士に倒されており、指揮官からは戦いが始まる前の余裕は完全に消えていた。
「だから投降しろと言ったのだ」
周囲を見回していると前から声が聞こえ、指揮官はフッと前を向く。目の前にはダークが立っており、ダークと目が合った指揮官は素早く槍と盾を構えた。
「敵との戦力差を理解せず、力を過信し、魔族のプライドを優先して戦いを続けた結果がこれだ。指揮官として致命的なミスを犯したな?」
「クッ! 黙れ、まだ負けてはいない!」
ダークを睨みながら指揮官は叫び、構えを変えずに足の位置だけを僅かにずらした。そんな指揮官を見てダークはみっともなく思ったのか小さく鼻で笑う。
現状ではもう魔族軍がマルゼント王国軍を押し返すなど不可能だと思われるが、指揮官には戦況を逆転させる秘策があった。それは、目の前にいるダークを倒すことだ。
強敵である黄金騎士を操るダークを見た指揮官はダークが攻め込んできたマルゼント王国軍の指揮官だと考え、此処でダークを倒せばマルゼント王国軍の士気が低下し、逆転できるとかもしれないと思っていた。だから押されている状況でも戦意を失っていなかったのだ。
「此処で貴公を倒せば人間軍の指揮は低下する。我々が逆転できる可能性は十分ある!」
「は? 指揮官?」
指揮官の発言を聞いたダークは一瞬理解できないような声を出すが、すぐに魔族軍の指揮官が自分をマルゼント王国軍の指揮官だと勘違いしていることに気付く。
ダークは自分はマルゼント王国軍に力を貸す他国の王であり、指揮官ではないと伝えようと考えるが、今本当のことを伝えると指揮官であるダンバが狙われる可能性がある。ダンバの身の安全を考え、真実を伝えずに指揮官を騙すことにした。
「……そうだな、私を倒せば戦況が変わるかもしれないな。だがいいのか? 私を捕らえて何者か聞き出すのではなかったのか?」
「そんなことはもうどうでもいい、この戦いに勝利することが何よりも重要だ」
指揮官の答えを聞き、ダークは小さく笑う。情報を得ることよりも戦いに勝利することを優先し、考え方を変えたのを見てダークは少しだ指揮官を見直した。
「名も知らぬ人間の騎士よ、我が軍を勝利へ導くため、貴公の命を貰い受ける!」
ダークが指揮官を見ながら笑っていると、指揮官は地面を蹴ってダークに向かって勢いよく跳び、持っている槍でダークに突きを放つ。ダークは大剣の剣身を盾代わりにして突きを防ぎ、指揮官は突きが防がれると反撃を警戒し、素早く後ろへ跳んで距離を取る。
「やるではないか、今の一撃を難なく防ぐとは思わなかったぞ」
「フッ、あのような遅い攻撃を防げないと思っていたのか?」
大剣を構え直しながらダークは挑発するように言い放ち、指揮官はダークを見つめながら槍の構え方を変え、足の位置を僅かにずらす。指揮官の様子からダークの挑発は効いていないようだ。
ダークと指揮官の周りでは黄金騎士やマルゼント兵たちが魔族兵と悪魔族モンスターたちを相手に激しい戦いを繰り広げているが、二人は周囲の戦いや騒音などを一切気にせずに睨み合っている。そんな中、再び指揮官が先に動き、槍と盾を構えたままダークに向かって走り出した。
指揮官はダークに近づくと槍で連続突きを放ち、ダークはそれを全て大剣で防ぐ。普通の人間の攻撃と比べると魔族である指揮官の攻撃は若干重さを感じるが、ダークにとっては何の問題も無い攻撃だった。
連続突きが全て防がれた指揮官は悔しそうにしながら後ろへ跳ぶ。ダークは距離を取った指揮官を追撃することなく大剣を構えて指揮官を見ていた。
「ただの突きとは言え、連続攻撃を簡単に防ぐとは、それなりにできるようだな」
「フッ、あの程度、何の問題もない」
「言ってくれるな? なら、これはどうだ?」
指揮官は盾を前に構えたまま槍を僅かに引いた。すると、指揮官が持つ槍が青紫色に光り出し、ダークは光る槍を見て反応する。
「……戦技か」
「そのとおりだ、先程の攻撃と一緒だと思うな?」
(へぇ~、魔界にも戦技が存在するんだな)
人間界と同じ攻撃技が魔界にも存在していることを知ったダークは意外に思う。てっきり戦技は魔界には存在せず、別の攻撃技があるのではと思っていたようだ。
指揮官は戦技を発動させる準備が整うと、再び勢いよく地を蹴ってダークに急接近する。そして、一定の距離まで近づくと戦技を発動させた。
「重撃霊穿槍!」
大きな声を出しながら指揮官は青紫色に光る槍で突きを放ち、ダークは大剣で突きを防いだ。大剣と槍先がぶつかったことで周囲に高い金属音が響き渡る。
<重撃霊穿槍>は霊槍突きの強化版である中級戦技。威力が高いだけでなく、優れた貫通力を持っており、使う者の気力や武器によってはミスリル製の盾や鎧を簡単に貫通することができる。
戦技を防いだダークは素早く大剣を振って槍を払う。指揮官は槍を払われてもすぐに体勢を直し、再びダークに突きを放つ。しかし、ダークは素早く右へ体を反らして指揮官の突きを回避する。指揮官は追撃の突きをかわされたのを見ると、意外そうな顔をしながら再び後方へ跳び距離を取った。
「まさか今の戦技を防ぐとはな。ミスリル製の防具ですら簡単に貫通する技なのに……その大剣、いったいどんな素材で出来ているのだ?」
「敵に訊かれて素直に答えると思うか?」
「……やはり教えてくれんか。なら、貴公を倒した後にその大剣を回収して調べるとしよう」
笑う指揮官は槍を構え直して気力を槍に送り込む。気力が送られたことで槍は再び青紫色に光り出し、ダークは光る槍を見てまた戦技が来ると感じ構え直した。
「中級戦技を防ぐことができる者が相手なら、こちらも全力を出して戦う必要があるな」
「フッ、なら見せてもらおう。お前の本気というものをな」
ダークが笑いながら再び挑発的な言葉を口にすると、指揮官は不敵な笑みを浮かべながら力一杯地を蹴ってダークに急接近した。
「槍王波動撃!」
戦技を発動させた指揮官はもの凄い速さでダークに突きを放つ。ダークは素早く大剣を盾代わりにして指揮官の突きを防ぐ。だが、突きを防いだ瞬間、ダークの体に強い衝撃波が放たれた。
<槍王波動撃>は槍系の戦技の中で最も攻撃力が高いと言われている上級戦技である。強力な突きで敵に大ダメージを与え、更に攻撃を防がれても衝撃波を敵の体に放ち二度目のダメージを与えることができる、いわば剛爪竜刃撃の槍版と言える技だ。ただし強力な分、使用者への疲労も大きい。
突きを防いだダークは防御の態勢のまま動かず、指揮官は戦技が決まったのを見ると小さく笑って後ろへ跳ぶ。上級戦技を使ったことでさすがに疲れを感じたのか、指揮官は少し疲労を見せながら深く溜め息をつく。
「貴公も今の戦技は防ぎ切れなかったようだな? 突きを防いでもその後に来る衝撃波は決して防ぐことはできない、いわば防御不能の戦技なのだよ。しかも私の気力を大量に送り込んだため、威力も桁違いだ」
指揮官は自慢げに戦技の力を語りながらダークを見つめる。ダークは未だに構えたままピクリとも動かず、指揮官は今の一撃でダークを倒すことができたと感じ、目を閉じながら笑みを浮かべた。
「……立ったまま息絶えたか、流石は私を本気にさせた戦士だ。せめて、貴公の死体だけは丁重に葬って――」
「不要だ」
聞こえてきた声に指揮官は目を見開きながら前を見る。そこには防御の構えを解き、大剣を眺めるダークの姿があった。
何事も無かったかのように立っているダークの姿を見て指揮官は自身の目を疑う。上級戦技を受けたはずなのにどうして目の前の黒騎士は普通に立っているのか不思議で仕方がなかった。
「な、なぜ……」
「なぜ? それは何に対する疑問だ?」
「なぜ私の戦技を受けたのに生きているのだ?」
僅かに震えた声を出しながら指揮官だダークに問い、ダークは指揮官を見ながら何を言っているんだ、と言いたそうな素振りをする。
「お前の戦技が私には効かなかった、それ以外に理由はないだろう」
「効いていない? 私の突きを止めた時に衝撃波が貴公に命中したはずだ!」
「ああ、あれか……あの衝撃波は私には命中していないぞ?」
「何!?」
衝撃波が命中していない、ダークの口から出た言葉に指揮官は今度は耳を疑う。そんな指揮官にダークは冷静に説明を続けた。
「衝撃波は私に当たる直前に消滅したのだ。お前の立ち位置からではそれが見えなかったから勘違いしたのだろう」
「衝撃波が、消滅した?」
ダークの言っていることが理解できず、指揮官は戦技を使用した時の疲労すら忘れて驚いていた。
指揮官の戦技をダークが防いだ時、衝撃波は確か放たれた。だが、衝撃波はダークに命中する直前に物理攻撃無効Ⅲの技術によって無効化されていたのだ。しかし技術の存在を知らない指揮官はダークの言っていることが理解できずに混乱していた。
「で、では、戦技が効かなかったのなら、なぜ動かずにジッとしていた?」
「少し考えごとをしていただけだ。槍を突く時の力、戦技の種類からお前のレベルは幾つでどれ程の強さを持っているのだろうか、とな」
戦闘中で目の前に敵がいるにもかかわらず、相手の強さを分析していたと聞かされ、指揮官は目の前にいる黒騎士はそれだけ余裕を持って戦っているのか、と心の中で驚く。
大剣を見ていたダークはゆっくりと大剣を下ろし、視線を指揮官に向けると目を薄っすらと赤く光らせた。
「私の分析では、お前のレベルは40代後半から50代前半の間、少なくとも人間の英雄級に近い強さを持っていると思っているが、どうだ?」
「……ッ!」
ダークの問いに指揮官は思わず反応する。どうやらダークの予想は当たっているようだ。
「図星か……しかし、村を占拠している魔族軍の指揮官が英雄級の実力を持っているのなら、ジンカーンの町やセルフストの町を支配する指揮官はお前以上の実力を持っているのだろうな」
大都市にいる魔族軍の指揮官が目の前にいる魔族よりも強いかもしれない、そう考えながらダークは大剣を肩に担ぐ。
指揮官は自分のレベルを見抜いたダークを見ながら緊迫した表情を浮かべる。そして、自分や大都市にいる指揮官が人間の英雄級の実力を持っていると知っても動揺を見せないダークを見て微量の汗を流した。
「……ところで、先程から構えずにジッと私を見ているが、お前の攻撃はもう終わりか?」
ダークが不思議そうな口調で尋ねると、指揮官は目を見開く。ダークが自分のレベルを見抜いたことに驚いて戦闘の最中であることを忘れていた指揮官は慌てて槍と盾を構える。だが、自分の切り札である戦技が通用しないの見た指揮官はダークに勝てるのか不安になっていた。
構える指揮官を見たダークは指揮官にまだ戦意があるのだと感じて中段構えを取る。ただ、今度のダークはただ攻撃を防ぐだけでいるつもりはなかった。
「お前の強さは十分理解した。そして、魔族軍の指揮官の中には英雄級に近い実力を持っていることも分かった。これ以上、お前の攻撃を受ける必要は無い」
「……今度は貴公も攻撃をする、ということか?」
「そのとおり。あと、強力な戦技を見せてくれた礼と言ってはなんだが、私も自慢の暗黒剣技を見せてやろう」
低い声を出しながらダークは大剣を強く握る。すると、薄紫色の電気が剣身の周りに発生し、指揮官は構えている盾の位置を僅かにずらして警戒した。その直後、ダークは地を蹴って指揮官に急接近する。
「魔獄紫電斬!」
ダークは電気を纏った大剣を指揮官に向かって勢いよく振り下ろし、驚く指揮官は咄嗟にダークの振り下ろしを盾で止める。だが、ダークの攻撃が予想以上に重く、攻撃を防ぎ切れずに盾ごと大剣でその身で斬られてしまう。同時に指揮官の体に強烈な電気が走り指揮官はその痛みに声を上げた。
<魔獄紫電斬>は大剣に電気を纏わせ、敵に闇属性と雷のダメージを与える暗黒剣技だ。攻撃力はそれなりに高く、一定の確率で相手を麻痺状態にする。更に雷を纏っているため水属性の敵には絶大な効果がある技だ。しかし、雷の力を持っているため、水中で使うと自分や味方にもダメージを与えてしまうので、水の無い所でしか効果を発揮しない。
電気が治まると、指揮官は体から煙を上げ、白目を向いたまま仰向けに倒れてそのまま息絶えた。ダークは指揮官の死を確認するゆっくりと大剣を下ろす。そこへと離れた所にいたダンバが駆け寄ってきて指揮官の死体を見つめる。
「し、死んだのですか?」
「ああ、少々力を込めて攻撃したからな。間違いなく死んでいる」
「こ、これで少々、ですか……」
敵の体を盾ごと切り捨ててしまう程の力を少々と語るダークにダンバは呆然とした。
「それよりもダンバ殿、敵の指揮官を倒したのだ。勝ち鬨を上げなければ……」
「え? ハ、ハイ!」
ダークの言葉に現状を思い出したダンバは周囲を見回し、周りで戦う者たちに聞こえるよう大きな声を出した。
「聞けぇっ! 魔族軍よ、お前たちの指揮官は倒れた。これ以上戦いを続けてもお前たちに勝ち目は無い、全員武器を捨てて投降せよ!」
ダンバの言葉に周りで戦っていた魔族兵たちは驚愕の表情を浮かべる。魔族兵はまだ大勢残っているが、悪魔族モンスターは殆どが倒されており、広場にいる魔族軍の戦力はもう魔族兵だけと言ってもいい状態だった。
指揮官が戦死したことで魔族軍の士気は低下し、広場にいる魔族兵たちは次々と武装を解除していく。生き残った僅かな悪魔族モンスターも武器を捨てる魔族兵たちを見て大人しくなり、マルゼント兵や黄金騎士たちは大人しくなった魔族軍を見て武器を下ろす。
武装解除した魔族軍を見たダンバはエン村の解放と戦いに勝利したことに喜びを感じて笑みを浮かべる。本来、魔族軍の指揮官を討ち取るのは自分で、救援に駆けつけてくれたダークに指揮官を倒してもらうのはおかしなことだが、戦いが始まる前にダークが指揮官と戦わせてほしいと頼んできたので、ダークに指揮官の相手を譲ったのだ。
広場の魔族軍が次々と武装解除する中、広場の隅にはまだ武装を解除していない魔族兵が三人おり、ダークたちに気付かれないようゆっくりと広場を出ようとしていた。
「じょ、冗談じゃねぇ、人間相手に敗北した挙句、捕虜なんかになったら末代までの恥だ」
「ああ、気付かれないように村を出てジンカーンの町へ逃げようぜ」
「だけどよぉ、どうやって逃げるんだ? 普通に逃げたら見つかった時にすぐ捕まっちまうぞ?」
魔族兵たちはどうすれば安全に脱出できるのか考える。すると、一人の魔族兵が何か思いついたのかフッと顔を上げた。
「村の人間を人質に取るんだ。そうすれば奴らに見つかって人質を盾にすれば安全に逃げられるはずだ」
「人質か、悪くないかもな」
人質を取って脱出すると言う仲間の考えを聞いて他の二人の魔族は良い案だ、と言いたそうな顔をする。何の罪もない村人を盾にすればマルゼント軍は必ず躊躇いを見せると魔族兵たちは思っているようだ。
「よし、人間のガキを一人か二人連れて裏口から脱出するぞ」
魔族兵たちは人質を連れてくるためにダークたちがいる方角とは正反対の方角へ移動しようとする。すると、魔族兵たちの前に大勢のマルゼント兵や魔法使い、巨漢騎士が現れ、魔族兵たちは行く先に敵が現れたのを見て驚きの表情を浮かべた。
マルゼント兵たちは目の前に現れた三人の魔族兵を見て一斉に武器を構え、魔族兵たちも咄嗟に自分たちの武器を構えた。しかし、相手の数が多すぎるため、魔族兵たちは汗を流しながら震えている。そんな中、マルゼント兵たちの後ろかアリシアが現れ、魔族兵たちの前に出ると目を鋭くして彼らを見た。
「魔族軍の兵士か、此処で何をしている?」
アリシアが低い声で尋ねると、魔族兵たちは何も言わずに無言で立ちすくんでおり、やがて悔しそうな顔をしながら持っている武器を捨てた。敵に見つかってしまった以上、もう村人を人質にして逃げることはできないと悟ったようだ。
何も言わずに無言で武装解除をする魔族兵たちをアリシアは不思議そうな顔で見ており、構えていたマルゼント兵たちもまばたきをしながら魔族兵たちを見ている。すると、広場の中心にいたダークとダンバが数人のマルゼント兵を連れて近づいて来た。
「アリシア、来ていたのか?」
「ハイ、捕らえられていた村人やマルゼント王国の兵士たちは全員解放しました。今はレジーナたちが彼らの護衛をしています」
敬語で話すアリシアを見てダークはそうか、と言いたそうに頷く。実は村に突入した直後、ダークは魔族軍が捕らえている村人たちを人質にすることを警戒し、アリシアとレジーナに人質の解放を任せていたのだ。
ダークとダンバの部隊が正面から村の中央に向かって進軍し、魔族軍の注意を引き付けている間にアリシアとレジーナの部隊が捕まっている村人たちを解放すると言う作戦だったのだ。そして、その作戦は成功し、村人たちを解放することができた。
アリシアの前にいた三人の魔族兵はダークとアリシアの会話を聞いて目を丸くしながら座り込む。既に捕らえていた村人たちは解放され、人質を取って逃げることもできなくなっていたと知り、完全に放心状態となっていた。
「おい、アリシア、この魔族たちは何なんだ?」
ダークが座り込んでいる魔族兵たちを指差しながら尋ねると、アリシアは複雑そうな表情をしながら首を横に振る。
「分かりません、私たちが此処に来た時に鉢合わせたので……」
「ほお?」
アリシアの話を聞いたダークは大剣を肩に担ぎながら座り込んでいる魔族兵たちをジッと見下ろす。
「大方、私たちが気付かないうちに村を出て、ジンカーンの町か何処か別の拠点に逃げるつもりだったんだろう」
「だとしたら、危なかったかもしれませんね。もしコイツらが別の拠点にいる魔族軍に我々がエン村を解放したということが話したら……」
「ジンカーンの町を解放する前にこちらの存在に気付かれ、解放が難しくなっていたかもな」
大剣を背負いながらダークは魔族軍に気付かれた時のことを呟く。アリシアはダークの話を聞いて目を僅かに細くし、ダンバは危なかった、と言いたそうな顔をしていた。
ダークは座り込む魔族兵たちを見た後、空を向いて手を上げた。すると、村の上空を飛んでいた三体の怪鳥人と二体の死神トンボが下りて来てダークの近くに着地する。目の前に下りてきたモンスターたちを見てダンバやマルゼント兵たちは僅かに驚きの反応を見せた。
「この村の周囲を調べろ。もしこの村から離れて行くものを見つけたら確認し、魔族軍の兵士なら捕らえろ。無理なら殺しても構わない」
指示を受けた怪鳥人と死神トンボは鳴き声を上げると一斉に飛び上がり、五つの方角にバラバラに飛んでいく。モンスターたちが飛び去ったのを確認したダークはアリシアたちの方を向いた。
「これでもし、私たちの気付かない間に村を出た魔族がいても、奴らが見つけて片付けてくれるはずだ」
「つまり、他の魔族軍に私たちの存在が知られる可能性は低くなったということですね?」
「ああ……だが油断するな? もしかすると、既に敵は我々が確認できない所に逃げてしまっている可能性もあるからな。魔族軍に我々の存在が知られてしまった時の対策法も考えておく必要がある」
ダークの言葉にアリシアは真剣な顔で頷き、ダンバも最悪の状況になった時にすぐ動けるよう、色々と対策を練っておこうと考えていた。
「さて、このことはノワールたちにも伝えておかないといけないな」
「そうですね……そう言えば、ノワールたちは今どうしているのでしょう?」
アリシアはもう一つの村を解放しているであろうノワールたちは今何をしているのか考える。自分たちが既にエン村を解放しているのだから、ノワールたちもドゥン村を解放しているのではとアリシアは思った。
「さあな? 少なくとも敗北していることはないだろう。もうそろそろ何かしらの連絡があると思うが……」
ダークが腕を組みながら喋っていると、ダークの頭の中に幼い少年の声が響く。
(マスター)
「噂をすればだ」
頭の中に響くノワールの声を聞いてダークは小さく笑い、アリシアはダークの反応を見てノワールか別の誰かがメッセージクリスタルで連絡を入れてきたのだと気付く。
ダークはフルフェイス兜の耳の部分のそっと右手を当ててノワールと会話を始める。
「私だ」
(マスター、ドゥン村の解放に成功しました。そちらはどうですか?)
「ああ、こっちもさっき村の解放を終えたところだ。今は村の状況確認と魔族軍の捕獲を行っている」
ダークは耳に手を当てながらノワールに現状を簡単に説明する。一人でブツブツと喋っているダークの姿を見て、ダンバや周りにいる兵士たちは少し引くような顔をしていた。メッセージクリスタルの存在や使用方法を知らない者がダークの姿を見れば、誰だってダンバたちのような反応をするだろう。
「あの、アリシア殿? ダーク陛下はいったい何をなさっておられるのですか?」
ダンバはアリシアはダークが何をしているのか小声で尋ね、アリシアはダンバの表情を見ると僅かに苦笑いを浮かべる。アリシアもダンバたちが引くような反応を見せるのも無理はないと思い、思わず笑ってしまった。
「今、ダーク陛下はドゥン村に向かった仲間の誰かと会話をしているんです。マララムの町でお話しした、遠くにいる者と会話ができるマジックアイテムを使ってね」
「え? か、会話をされている?」
アリシアの説明を聞いたダンバは驚きながら視線をダークに向ける。マルゼント王国でも開発できないマジックアイテムをダークが今使っていると知って驚いていた。
ダークはアリシアたちが見てる中、ノワールと各村と部隊の状態確認、情報の交換をし合う。どちらの部隊も大きな被害は出ておらず、無事に村を解放することができ、ダークの言葉を聞いたアリシアはドゥン村も無事に解放できたと知って笑みを浮かべた。
やがて、一通りの情報確認が済むとダークはノワールとの通信を終わらせようとする。
「……では、私たちは部隊と村の状態を確認し終えたらすぐにジンカーンの町へ向かう」
(分かりました。僕らも終わり次第、セルフストの町へ向かいます)
「任せたぞ。それと、さっき言ったように捕らえた魔族軍は絶対に逃がさないようにしろ?」
(大丈夫です。しっかりと見張らせておきますし、マスターと話している最中にも飛行モンスターを飛ばしておきましたから)
「フッ、要領がいいな。頼むぞ?」
(ハイ!)
ノワールが力強い声で返事をすると、ノワールの声は聞こえなくなり、ダークは通信が終わったと悟って視線をアリシアとダンバに向けた。アリシアはダークが自分たちの方を見たことで、メッセージクリスタルの通信を終えたと理解した。
「どうでしたか?」
「ああ、向こうも無事に解放したそうだ」
ダークがドゥン村の解放に成功したことを伝えると、アリシアは小さく笑い、ダンバは目を見開いて驚く。周りにいた兵士たちも最初は信じられなかったが、やがて本当に解放されたのだと感じ、仲間同士で喜び合った。
ダンバは自分の知らない戦力やマジックアイテムを所有するダークに改めて驚く。そして同時に、彼とその仲間たちがいれば間違いなくマルゼント王国は魔族軍に勝利できると悟った。
笑う兵士たちを見ていたダークは右手を腰に当てながら視線をダンバに向けた。
「ダンバ殿、村の防衛部隊を編成を行い、それが終わり次第、ジンカーンの町へ向かった方がいいのではないか?」
「ええ、勿論です。ただ、今回の戦いで兵士たちにもかなりの疲労が溜まっています。少しばかり、兵士たちを休ませても構わないでしょうか?」
「……前にも言っただろう? 指揮官は貴公だ、貴公がそうしたいのなら私はそれに従う」
「ありがとうございます」
ダンバは頭を下げてダークに礼を言い、ダークは小さく笑って広場の中央に向かって歩いて行く。アリシアもその後に続いて広部の中央へと向かった。
それからダンバは急いで兵士たちの状態、エン村の状況を確認して防衛部隊の編成を行い、ジンカーンの町へ向かう準備を進めるのだった。