第二百五十話 方針会議
魔族軍との戦いに勝利し、マララムの町を護り切ったことでマルゼント王国軍の兵士や魔法使いたちは歓喜する。これなら魔族軍に勝てるかもしれない、そう感じた兵士たちの士気は高まり、町の住民たちも勝利したことを聞いて笑顔を浮かべた。
兵士たちの中にはダークたちの圧倒的な強さを目にして驚いている者もいたが、魔族軍に勝利したことは事実なので素直に勝利を喜んだ。それと同時に千を超える魔族軍を倒したダークたちを英雄と称え始めるのだった。
魔族軍を倒したダークたちはマララムの町へ戻り、マルゼント王国の騎士たちはダークたちが捕らえた魔族兵を町へと連行する。兵士たちは他に生き残った悪魔族モンスターがいないか町の外を確認し、それが済むと再び北門の警備に戻った。
本部である屋敷に戻ったダークたちは今後のことについて話し合いをするために最初に訪れた会議室へ移動する。ダークはすぐに会議を始めたいと思っていたが、司令官であるゴルボンやモナたちはダークたちの強さに未だに驚いており、なかなか今後の話し合いをすることができずにいた。
「いやぁ、驚きました。まさかあれほどのお力をお持ちだったとは……」
ゴルボンは僅かに目を見開きながらダークたちを見ており、部隊長と思われる騎士たちも同感なのか、無言でダークたちを見ながら頷く。
モナとダンバはダークたちが強いことを知っているため、ゴルボンたちよりは驚かなかったが、それでも魔族軍の大部隊をたった七人で壊滅させるとは思っていなかったため、僅かに驚きの表情を浮かべていた。
驚くゴルボンたちを見て、レジーナは自慢げに胸を張り、その隣にいるジェイクとマティーリアはレジーナの反応を見て呆れ顔になる。アリシアもやれやれ、と言いたそうに小さく首を横に振りながらレジーナに視線を向けていた。
ノワールとファウはゴルボンたちがダークの強さを理解した姿を見て、自分が褒められているような気分を良くする。ゴルボンたちはダークだけではなく、ノワールたちのことも強いと思っているが、二人にとっては自分たちよりも主であるダークの強さを理解してもらうことの方が重要なので、自分たちが驚かれることなど、どうでもよく思っていた。
「千を超える魔族軍をああもアッサリと、陛下たちはいったいどのようにしてあれほどのお力を得たのですか?」
「悪いが答えることはできない。こちらにも色々と事情があるのでな」
「そう、ですか。参考までにお聞きしたかったのですが……」
僅かに低い声で答えるのを拒否するダークに対し、ゴルボンは大人しく引き下がる。強さの秘密を詮索し、他国から救援に駆けつけてくれたダークの機嫌を損ねては色々とマズいことになると感じたのだろう。
モナはダークの反応を見て、答えようとしないのはバーネストでの会談の時にダークが言っていた話の内容と関係があるのではと疑問に思う。改めてダークやノワールたちが謎の多い不思議な存在だとモナは感じていた。
「我々の強さよりも、今後どのようにして制圧された拠点を解放し、魔族軍を撃退するのかを決めることの方が重要なはずだ」
「そ、そのとおりです。失礼しました」
ダークの注意を受けたゴルボンは謝罪し、机の上の広げられている地図を見る。モナや騎士たちも視線を地図に向け、ダークもやっと会議が始まるかと思いながら地図を見た。
全員が地図に注目すると、ゴルボンは地図に描かれているマララムの町の北側にある二つの小さな拠点を指差して説明を始めた。
「今回、マララムに攻め込んできた魔族軍は北から進軍してきました。我々の予想では此処から北に行った所にある二つの村、エン村とドゥン村のどちらかの魔族軍、もしくは両方の村の魔族軍が攻めてきたのだと思われます」
「恐らく、両方の村の魔族軍がそれぞれ部隊を送り込み、この町を攻撃する直前に合流したのでしょう。エン村とドゥン村を占拠している魔族軍はどちらも二個大隊ほどで、片方の村から千の戦力を送り出すとその村の魔族軍は僅かしか残りません。村を護る戦力を残しながらこの町を落とすため、二つの村がそれぞれ五百の戦力を送り込んだと考えられます」
ゴルボンの後を継ぐようにモナが戦力の出どころや、魔族軍がどのように部隊を送り込んだのか語り、説明を聞いたダークたちはあり得ると感じながら地図を見つめている。
「もし、二つの村から部隊が送り込んだのであれば、現在二つの村に配備されている魔族軍は三百から四百ほどになっているはずです。今ならこの町に駐留している戦力でも二つの村を解放できると思います」
「確かに可能かもしれんな。魔族軍はまだ送り込んだ部隊が壊滅したことにまだ気づいていないはずだし、こちらにはダーク陛下たちがいる。エン村とドゥン村を解放できれば、最短時間でジンカーンとセルフストの町に辿り着くことができる」
解放目標であるジンカーンの町とセルフストの町を解放すれば、各魔族軍の拠点への補給を断つことができ、一気に制圧された拠点を解放できる。希望が見えてきたことでゴルボンは自信の籠った声を出し、他の騎士たちも笑みを浮かべた。だが、そこには一つ問題がある。
「……二つの村を拠点としてジンカーンの町とセルフストの町を目指す点は問題無いでしょう。ですが、その時の戦力で大都市を解放できるかどうか……」
地図を見ながらモナが低い声を出すと、ゴルボンやダンバ、騎士たちが視線をモナに向けた。そう、その問題と言うのがマルゼント王国軍の戦力にあるのだ。
例えエン村とドゥン村を解放し、短時間でジンカーンの町とセルフストの町に辿り着けたとしても、その二つの町には周辺の拠点とは比べ物にならないくらいの戦力が配備されている。二つの村を解放した後のマルゼント王国軍の戦力では片方の町を解放することすら難しかった。
「情報ではジンカーンの町とセルフストの町を制圧している魔族軍の戦力はどちらも三千以上、二つの村を解放し、その時に出た損害などを考えると、二つの町を解放するには戦力が少なすぎると思われます。それにもし周辺の拠点に救援を要請されたら退路を断たれてしまう可能性だってあります」
今の戦力では大都市であり、周辺の拠点の補給を行う二つの町を解放するのは難しすぎる、モナの話を聞いて余裕を見せていたゴルボンたちは再び深刻な表情を浮かべる。
戦力が足りないのなら、こちらも戦力を増強するべきだと考えられるが、今のマルゼント王国には最前線に新たな戦力の送る余裕はない。それを思い出したゴルボンたちは何も言えなかった。
「何を深刻な顔をしているのだ?」
モナたちが暗い顔をしていると、ダークが不思議そうな口調で声を掛けてくる。モナたちはダークの声を聞き、一斉に視線をダークに向けた。
「戦力が足りないのなら増強すればいいだけのことだろう?」
「し、しかし、我が国にはもう最前線に送れる戦力は……」
「それ分かっている」
ダークはモナの方を見ながら腕を組んで答え、その答えを聞いたモナたちはきょとんとした表情を浮かべる。
今のマルゼント王国には魔族軍に制圧されていない町や村、首都ルギニアスの防衛などに兵士や魔法使いを回しているため、最前線に戦力を送れるほどの余裕はないことはダークも理解している。もし戦力に余裕があるのなら最初からビフレスト王国に救援を要請したりなどしない。
ダークが何を考えているのか分からず、モナたちは黙ってダークを見つめている。するとダークは腕を組むのをやめ、目を薄っすらと赤く光らせながらモナたちを見た。
「ジンカーンの町とセルフストの町、そして途中にある二つの村を解放するための戦力は我が国が用意する」
足りない戦力はビフレスト王国が用意する、ダークの言葉を聞いたゴルボンと騎士たちは目を見開いて驚く。モナとダンバも意外そうな表情を浮かべていたが、バーネストで救援を要請した時にダークが魔族軍の戦力を確認してから増援部隊を編成すると言ったのを思い出し、モナはあっと反応した。
「ダ、ダーク陛下、今なんと?」
「我が国が拠点を解放するための戦力を用意すると言ったのだ」
「よ、よろしいのですか? 陛下たちに戦っていただいただけでなく、ビフレスト王国の戦力までお借りしてしまって……」
「当然だろう、それぐらいしなくては救援とは言えん」
ダークはゴルボンを見ながら何を当たり前のことを聞いているのだ、と言いたそうな口調で語り、近くにいたアリシアやノワールは小さく笑う。
ゴルボンと騎士たちは拠点解放に必要な戦力をビフレスト王国が用意してくれると知ると再び表情を明るくして士気を高める。そんなゴルボンたちを見たダークはコロコロと表情を変える連中だと感じていた。
「では、我々はまず北へ進軍してエン村とドゥン村を解放し、二つの村を拠点としてジンカーンの町とセルフストの町を解放する。そして、解放後は周辺の敵拠点を一つずつ解放していく、という方針でよろしいですか?」
「私たちはそれで構わない。というより、司令官である貴殿に全て任せる」
「ありがとうございます。モナ殿もそれでよろしいか?」
「ハイ」
モナも異議は無く、ゴルボンの顔を見ながら頷き、ダンバも賛成なのか黙ってゴルボンを見ていた。
方針が決まると、ゴルボンは早速部隊の編成について考え始める。マララムの町の防衛を考えると、動かせるマルゼント王国軍の戦力は三百が限界だった。
エン村とドゥン村の敵戦力が低下しているとはいえ、三百ではまだ苦戦するかもしれないと不安が感じられる。大部隊を動かせないとなると、ゴルボンやモナたちはダークが多くの戦力を用意してくれることに期待するしかなかった。
「それで、ダーク陛下はいか程の戦力をご用意してくださるのでしょうか?」
「そうだな、先程の魔族軍の戦力、悪魔たちの強さを考えるのなら……」
ダークは俯きながら右手をフルフェイス兜の顎の部分に手を当てながら考える。モナたちはできるだけ多くの戦力を用意してほしい、と心の中で願いながらダークを見つめた。
「……まあ、千といったところだな」
しばらく考えたダークは顎から手を離して用意する部隊の戦力を口にし、それを聞いたゴルボンと騎士たちは僅かに失望したような反応を見せる。
三千の戦力があるジンカーンの町とセルフストの町を解放するために増援部隊を用意すると言うのだから大部隊を用意してくれると期待していたのに、今回マララムの町に攻め込んできた魔族軍と同じ戦力を用意すると言うのでゴルボンたちは内心ガッカリしていた。
モナとダンバも予想していたよりも用意される戦力が少なくて残念に思っていたが、ダークとノワールたちがいるため、戦力が少なくても何とかなるだろうと考えていた。何より、折角戦力を用意してくれたのにあからさまに残念がってはダークに失礼と思い、できるだけ面には出さないようにしている。
「千、ですか……」
ゴルボンは複雑そうな顔をしながら呟き、騎士たちも僅かに不満を見せて俯く。モナとダンバは不満そうにするゴルボンを見て、ダークが機嫌を損ねるのではと僅かに焦りを見せた。
「どうかしたか、ゴルボン殿?」
「い、いえ……」
「……千では少ない、と言いたそうだな?」
ダークはゴルボンを見ながら僅かに低い声を出して尋ねる。そんなダークの声を聞いたゴルボンは緊張が走ったような顔でダークの方を向く。自分が不満に思ったことでダークの機嫌を悪くしてしまったのではとゴルボンは焦り、モナとダンバもゴルボンを見ながら、何をやっているんだと言いたそうな表情を浮かべる。
アリシアたちは不満を見せるゴルボンを黙って見つめており、ファウは折角増援部隊を用意すると言ってくれたダークの前で不満がるゴルボンを小さく睨んでいた。
「い、いいえ! 決して少ないなどとは……」
「いいや、そう思うのは無理もない」
慌てて弁解しようとするゴルボンにダークは小さく首を横に振りながら答える。ゴルボンやモナたちはダークの口から出た意外な言葉に思わず目を丸くした。
「三千の戦力がある二つの大都市、そして途中にある村を解放すると言うのに僅か千の戦力では不満に思わない方がおかしい。だが、あまり大軍で進軍すると他の拠点の魔族軍にこちらの行動を知られる可能性があるのだ」
「た、確かに……」
戦力が少ない部隊を用意する理由を知り、ゴルボンは納得の反応を見せる。他の騎士たちもダークがしっかりと考えて戦力を決めていたと知って驚いたような顔をしていた。
「それに安心してほしい、確かに用意する増援部隊は僅か千だが、その戦闘力は四千分ある」
「よ、四千?」
ダークの言葉を聞いてゴルボンは思わず耳を疑う。ダークが用意する部隊の戦力は千だが、実際の力はその四倍だと言われたのだから驚くのは当然だ。普通であればそんなことはあり得ないと考えるが、ダークが言うと本当にそうかもしれないとモナとダンバは考えるようになっていた。
アリシアたちはダークが魔族軍の戦力を計算して千の部隊を用意したことを最初から知っていたのか、ダークとゴルボンの会話を聞きながら小さく笑う。特にレジーナとジェイクは目を丸くするゴルボンを見てクスクスと笑いを堪えていた。
「四千の力を持つ部隊と私たちが最前線に出れば、ジンカーンとセルフストの町もすぐに解放できると私は思っているぞ?」
「は、はあ……陛下、大変失礼な質問をいたしますが、その千の部隊は本当に四千の部隊に匹敵する力を持っておられるのでしょうか?」
「ゴルボン殿!」
モナやダンバと違い、ゴルボンはどうしても千の部隊が四千分の力を持っているとは思えず、そんなゴルボンを止めるようにモナは声を掛ける。すると、ダークはゴルボンを見ながら薄っすらと目を赤く光らせた。
「フッ、やはり信じられないか……では、直接その目で確かめてみるといい。その部隊を見れば四千分の戦力があると納得できるはずだ」
「はあ……」
自信の感じられるような口調で語るダークにゴルボンは小さく頷く。いったいどんな部隊なのだろう、モナたちはダークを見ながら考えていた。
その後、ダークたちはどの拠点をどのように攻めて解放するか、どの経路で進軍するのかを話し合う。部隊の編成などはダークが用意した増援部隊が到着するまで決められないが、それ以外のことは全て決めることができた。
会議が終わると、ダークはノワールの方を向き、ダークと目が合ったノワールは小さく俯いてダークの真横に移動した。
「私は早速バーネストに戻り、部隊の編成を行ってくる。明日の朝には部隊を連れて戻ってくる。それまではアリシアたちと共に待機していたほしい」
「え? 明日の朝、ですか?」
遠いバーネストに戻り、僅かな時間で部隊の編成を終えて戻ってくるというダークの言葉にモナは思わず目を丸くする。バーネストに戻るのは転移魔法を使えば問題無いが、部隊の編成にはかなり時間が掛かるのではないかとモナは感じていた。
「心配するな、それほど時間は掛からん。ノワール、頼む」
「ハイ、マスター……転移!」
ノワールが転移魔法を発動させるとダークはノワールと共に会議室から姿を消し、消えた二人にゴルボンや騎士たちは僅かに驚いた反応を見せる。
モナは本当にダークが明日の朝までに編成を終えて戻ってくるのか不安になり、チラッとアリシアたちに視線を向けた。
「本当にダーク陛下は明日までに戻って来られるのですか?」
「大丈夫です。私たちであればかなり時間が掛かりますが、ダーク陛下なら短時間で終わらせてしまいます」
笑みを浮かべながらアリシアは語り、レジーナたちも大丈夫だ、と言いたそうな顔でモナを見る。モナは不安などを顔に出さず、笑みを浮かべるアリシアたちを見て、とりあえず今はダークを信じて待つことにした。
それからアリシアたちは本部である屋敷を後にし、用意されていた宿屋へと向かい体を休める。だが、再び魔族軍が攻めてくる可能性があるため、すぐに迎撃できるよう準備は万全の状態にしていた。
――――――
月すら隠れた闇夜、その下にある岩山から少し離れた所にガロボン砦が建っている。マルゼント王国軍が保有している強固な砦だったが、今では魔族軍に制圧され、魔界へ続く転移門がある神殿の最終防衛線として利用されていた。
砦の周りには魔族軍の悪魔族モンスターの姿が大量にあり、地上と空中の両方で砦を護りながら周囲を見張っている。地上にいる悪魔族モンスターたちの中には彼らに指示を出す数人の魔族兵の姿があった。
魔族兵たちは見張りを全て悪魔族モンスターに任せているからか、仕事もせずに酒を飲んだりしてくつろいでいる。外だけでなく、砦の中でも魔族兵たちが飲食をしたり、博打のようなことをしていた。その光景はまるで宴会のようで、とても戦争中とは思えない雰囲気だ。
悪魔族モンスターたちは自分たちだけに働かせ、好きなことをしている魔族兵に対し、不満は見せていない。まるで当たり前のことのように自分たちの役目を果たしていた。
魔族兵たちが騒いでいる中、ガロボン砦の主塔の上階、屋上のすぐ下の階の一室では四人の魔族が長方形の机を囲んで座っている。四人の内、一人は魔族軍の司令官を任されているゼムで机の上に両肘を立てながら座っていた。
他の三人の内、一人は四十代後半ぐらいで少し背の高い痩せ気味の男だ。紺色の短髪に細いどじょう髭をしており、紫の装飾が施された銀色のハーフアーマーを装備し、黒い長ズボンを穿いている。目つきは悪く、何かを企んでいるような顔をしていた。
二人目は十代後半ぐらいの男で茶色いマッシュボブのような髪型をしている。体格はそれなりに良く、赤と白の長袖と茶色い長ズボンの姿をしており、首飾りや指輪を身に付けていた。雰囲気からして少しチャラさが感じられる高校生のような男で椅子にもたれながら両足を机の上に乗せている。
そして三人目は十代後半ぐらいの若い女で黒い長髪に幼さが残る大きな目をしていた。橙の長袖の上に革製のベスト、白い短パン姿という恰好をしており、赤いハンチング帽のような帽子を被っている。目立つ格好をしているが、服の上からでも分かるくらいの豊満な胸部がそれ以上に目立っていた。
三人は全員人間のような姿をしているが、ゼムと同じように耳が若干尖っている。そう、この三人もゼムと同じ魔族で魔族軍の中でもかなり高い地位を持った存在なのだ。
「……相変わらず騒がしいな、この砦の連中は」
呆れたような顔と口調で呟きながらゼムは視線を動かして下を見る。下の階で騒いでいる魔族たちの声は今ゼムたちがいる部屋からでも聞こえ、魔族兵たちがかなり大きな声で騒いでいるのが分かった。
「まあいいじゃないのぉ。皆人間どもと戦うことができなくて退屈してるんだから、少し騒ぐぐらいしてもさぁ?」
ゼムの向かいの席に座っている四十代後半の男が少し気の抜けたような口調で話しかけると、ゼムは視線を男に向けて目を鋭くする。ゼムの目つきから、不快な気分になっているのが一目で分かった。
「あれのどこが少しだ。退屈だからと言って毎日朝から晩まで騒いでいい訳ではない。そもそも退屈なら訓練をすればいいだろう」
「えぇ~? 僕の部下は訓練とか面倒くさいことをするのが嫌いなんだよねぇ」
「何が嫌いだ! ベレマス、お前はそれでも誇り高き魔族軍の戦士か!?」
四十代の後半の男をベレマスと呼びながらゼムは怒鳴り、ベレマスと呼ばれた男は面倒くさそうな顔をしながら自分の髭を指で捩じった。
ベレマスはガロボン砦に駐留している魔族軍の指揮官で防衛部隊の管理を任されている男だ。自分が興味の無いことには無関心でやりたいことだけをやるという自分勝手な性格をしている。しかし、戦士や指揮官としての技量は優れており、戦いになると一転してヤル気を出し、部下の魔族兵や悪魔族モンスターに正確な指示を出す。
普通ならベレマスのような性格の男に部隊や拠点の管理などは任せられないが、ゼムはベレマスが戦士としてはとても優秀であることを知っているため、よほどの問題を起こさない限りは防衛指揮官の任を解かないことにしている。しかし、そのせいでゼムは常にベレマスのことでストレスを感じるようになっていた。
「確かにこんだけうるせぇと会議もまともにできねぇな。つーか、よくこう毎日毎日酒飲んだり、飯食ったりできんなぁ? 他にできることがあるんじゃね?」
ゼムから見て左の席に座っている十代後半ぐらいの男が椅子にもたれながら喋り、それを聞いたゼムとベレマスは視線を男に向ける。
「アルカーノ、お前も人のことは言えんと思うぞ?」
「そうそう、どうせ君も毎日人間や亜人の女とヤッてるんでしょ~?」
「いいじゃん別に? 俺は女とヤるのが一番楽しいんだからさぁ」
ギシギシと椅子を前後に揺らしながらアルカーノと呼ばれた男は小さく笑ってそっぽを向き、それを見たゼムは溜め息をつき、ベレマスは小馬鹿にするように鼻で笑った。
アルカーノはジンカーンの町の管理と最前線で戦う一部の魔族軍の指揮を任されている。戦士としての腕はベレマスよりも上だが、非常に女癖が悪く、ジンカーンの町で捕らえた人間や亜人の若い女たちに毎日のように性的奉仕をさせており、町の女たちからは勿論、その家族からも嫌悪されている。
自分のことを棚に上げ、アルカーノはベレマスに対して偉そうな態度を取り、ベレマスもアルカーノを見ながら愚かに思っている。二人はお互いに相手の欠点を指摘しながら馬鹿にし合っていた。
「くだらない話はそれぐらいにしてくれない? 私からしてみればどっちもどっちよ」
黙っていた十代後半ぐらいの女が目を閉じながら椅子にもたれ、ベレマスとアルカーノは同時に女の方を見て馬鹿にするような表情を浮かべた。
「くだらないとは言ってくれるねぇ、パメテリア? 僕たちにとってはとても重要なことなんだよぉ?」
「ああ、マジそのとおりだよ、つーか、俺らみたいに何かを楽しもうって気持ちのねぇ奴に偉そーに言われたくねぇし」
「ただ何もせずに飲んだり食べたりすることや、女の子を抱きまくることが楽しいとは、私には思えないわ」
ベレマスとアルカーノの言葉にパメテリアと呼ばれる女は興味の無さそうな顔をする。そんなパメテリアを見ながらベレマスとアルカーノは心の中で哀れな女だなと思った。
パメテリアはセルフストの町を管理し、アルカーノと同じように最前線で戦う魔族軍の部隊を指揮している。ベレマスのように怠惰ではなく、アルカーノのように悪癖は持っていないが、外見とは裏腹に三人の中で最も好戦的な性格をしており、これまでの戦闘で多くの敵を倒してきた。ゼムも戦いにおいては三人の中で彼女に最も期待している。
これまでの会話の内容から、ベレマス、アルカーノ、パメテリアは同じ魔族軍の仲間ではあるが、決して仲がいい訳ではなく、他の二人は自分よりも劣っていると思っているらしい。そして、三人は他の二人が自分を軽く見ていることに気付いているため、わざと相手に対して挑発的な態度を取っていると思われる。
「……ハァ、いがみ合いはそれぐらいにして、会議を始めるぞ? このままでは夜が明けてしまう」
三人の会話を見ていたゼムは本題に入るために少し強引に話題を変える。ゼムの言葉を聞いた三人は視線をゼムに向けて口を閉じた。仲が悪く、性格に問題がある三人でも司令官であるゼムの話はちゃんと聞くようだ。
ゼムは三人の視線が自分に向けられたのを確認すると小さく息を吐き、真剣な表情を浮かべて口を動かす。
「現在我々はこのマルゼント王国の北部にある町や村をほぼ全て制圧した。このまま侵攻を続け、首都ルギニアスを落とせば我ら魔族軍の勝利となる。だが、そのためには人間軍の最終防衛線であるマララムの町を落とさなくてはならない」
「それなら心配ないわ。此処に来る前にエン村とドゥン村から五百ずつ、合計千の部隊をマララムの町へ送り込んでいるから、今頃はマララムの町を制圧している頃よ」
パメテリアは腕を組みながら制圧部隊を派遣したことをゼムに伝え、それを聞いたゼムはほおぉ、という顔をしながらパメテリアを見た。
「では、この会議が終わればすぐにルギニアスに向かって侵攻することができるのだな?」
「ええ、でも多少は損害が出ていると思うから、それを確認してから部隊を再編成して侵攻させるつもりよ」
万全の状態で侵攻するようにしているパメテリアを見たゼムはパメテリアは本当に優秀な指揮官だと感じる。この時のゼムたちは制圧部隊がマララムの町の制圧に成功したと完全に信じ込んでいた。
「ったくよぉ、いちいち再編制なんかしねぇでそのまま侵攻すりゃあいいじゃねぇか? つーか、人間相手にそこまで慎重になるとか、お前ビビってんの?」
「私はアンタと違って敵を見くびったりしないの。適当に考えてただ軍を動かすだけなら子供にでもできることよ」
「はあ? それ、俺がガキだって言いてぇの?」
パメテリアの挑発にアルカーノは若干不愉快そうな顔をする。パメテリアはアルカーノの顔を見ると、フンとそっぽを向き、アルカーノはパメテリアを睨みながら舌打ちをした。
再び言い合いを始める二人を見てゼムは溜め息をつき、ベレマスはニヤニヤと馬鹿にするように笑っていた。
「とにかく、会議が終わったらすぐにマララムの町の制圧が完了しているか確認しろ。確認ができたらお前とアルカーノはマララムの町へ移動し、そこを拠点としてルギニアスの町へ向かって侵攻するんだ」
「分かったわ」
「へーい」
制圧後の侵攻を任されたパメテリアとアルカーノは返事をし、ゼムは二人の返事を聞くと椅子にもたれて目を鋭くした。
「首都であるルギニアスの町を落とせば他の町や村にいる人間どもも士気を低下させ、より戦いやすくなる。全ての拠点を制圧し、マルゼント王国の全てを手に入れたら魔王様を魔界からお呼びして魔族軍の指揮権をお譲りする。その後は魔王様の指揮の下、マルゼント王国の周辺にある国を制圧していき、この大陸の全てを我ら魔族の、いや、魔王様の物にするのだ」
自分たちの王に全てを献上ためにもまずはマルゼント王国を征服する、ゼムは低い声を出しながら語り、ベレマスたちはそれを黙って聞いている。
「この世界の全てを魔王様に差し出すためにも、先遣隊である我々に失敗は許されない。心して使命を果たせ」
ゼムの言葉にベレマス、アルカーノ、パメテリアは不敵な笑みを浮かべる。自分たちが人間相手に後れを取るわけがない、この戦争は楽に勝利できると三人は考えていた。
それから簡単な話し合いをした後、ベレマス以外の三人は自分たちの拠点に戻るため、ガロボン砦を後にした。
――――――
青空が広がる朝、マララムの町に北門の外にアリシアたちの姿があった。北門の前でアリシア、レジーナ、ジェイク、マティーリア、ファウの五人、そしてモナとダンバ、ゴルボンが横一列に並んで立っている。
アリシアたちの目の前には昨日の戦闘でダークたちが倒した大量の悪魔族モンスターの死体とノワールの魔法でできたクレーターが入っていた。
昨日の内に悪魔族モンスターの死体はマルゼント王国の兵士たちがある程度片付けたが、それでもまだ大量の転がっている。そんな光景を見ながらアリシアたちは北門の前で立っていた。
「あの、アリシア殿、本当にダーク陛下はいらっしゃるのですか?」
アリシアの隣に立っているモナは不安そうな顔でアリシアに声を掛ける。するとアリシアはモナの方を向いて小さく笑みを浮かべた。
「ええ、今朝陛下から編成した部隊を連れて行くから、北門の外で待っていろと連絡がありました」
「れ、連絡、ですか?」
モナはアリシアの言葉を聞くとまばたきをしながらアリシアの顔を見つめた。
実は今朝早く、アリシアの下にダークからメッセージクリスタルによる連絡が入り、転移魔法で戻るからモナたちを連れて北門の外で待っていてほしいと連絡があったのだ。連絡を受けたアリシアはレジーナたちと共にモナたちの下へ向かい、ダークが戻ってくることを伝え、モナたちと一緒に北門に移動した。
知らせを受けたモナたちは本当に朝に編成を終えて戻ってくると知り、ダークを出迎えるために北門へ向かい、ずっとダークが戻ってくるのを待っている。
「いったい、どのようにしてダーク陛下からの連絡を受けたのですか?」
「まあ、一種のマジックアイテムを使って、ですね」
遠くにいる仲間と会話ができるマジックアイテムをビフレスト王国は所有していると知ったモナは目を丸くする。魔法技術に優れているマルゼント王国でもそのようなマジックアイテムは開発できていないため、モナはかなりの衝撃を受けていた。
そんな会話をしていると、アリシアたちの前に突然ダークが現れた。いきなり目の前に現れたダークにモナ、ダンバ、ゴルボンの三人は僅かに驚きの反応を見せる。
ダークはアリシアたちの姿を見ると歩いて彼女たちの下へ向かう。アリシアたちもダークの方へと近づいて行き、モナたちも遅れてダークの下へ移動した。
「待たせたな」
「いえ、朝早く戻って来てくださって、ありがとうございます……それでご用意された部隊は何処に? あと、ノワール君は……」
モナは周囲を見回して姿の見えないノワールと増援部隊を探す。ダンバとゴルボンも視線だけを動かして増援部隊を探していた。
「増援部隊ならノワールがゲートを開いて連れてくる。もうそろそろ来るはずだ……」
ダークが語り終えた直後、ダークの背後、200mほど離れた所に巨大な深紫色の転移門が開かれ、転移門を見たモナたちはフッと反応した。振り返ったダークは、噂をすれば、と心の中で思いながら転移門を見つめる。
転移門が開いた数秒後、転移門から少年姿のノワールが歩いてくる。ノワールだけが出てきたのを見てモナたちはキョトンとしたような表情を浮かべるが、その表情もすぐに消えることになった。
ノワールが転移門から姿を見せると、転移門から大勢の黄金のフルフェイス兜と全身甲冑、紺色のマントを装備した黄金の騎士が隊列を組みながら現れる。騎士たちは右手に様々な武器を持っており、左手には炎が描かれたラウンドシールドを持っていた。中には赤と黄色の弓を装備している者もいる。
黄金の騎士が出てくると、今度は濃緑色のフルフェイス兜と全身甲冑を装備した身長2mはある巨漢の騎士が同じように大勢で隊列を組んで転移門から出てくる。その手には美しいハルバートとタワーシールドが握られており、雰囲気から黄金の騎士よりも強い騎士だとモナたちは感じていた。
転移門から出てきた黄金の騎士と巨漢の騎士は無言でノワールの後をついて行く。すると、少し間隔を開けてから、今度は背中に筒状の何かを付けた大きな蜘蛛型のモンスターが六体、仙斎茶色の岩の体を持つ身長4mはある巨人が六体現れ、更にその後ろから様々なモンスターがぞろぞろと姿を現す。
騎士に続いて大量のモンスターが現れたことでモナたちは驚きのあまり言葉を失う。モンスターたちが全て現れると転移門は静かに消滅した。
ダークたちの前までやって来たノワールは立ち止まり、後ろをついてきた騎士やモンスターたちも一斉に立ち止まる。
「いかがかな? 我がビフレスト王国の黄金騎士五百人、巨漢騎士四百人、そして私が支配するモンスター百体、合計千の部隊だ」
ダークはモナたちの方を向いて連れてきた増援部隊の細かい数を説明する。モナたちは千の増援部隊を見てまだ驚いているが、心の中ではこれほどの戦力なら四千分の戦力はあるかもしれないと納得していた。
アリシアたちはダークが連れてきた増援部隊を見て、主力である黄金騎士と巨漢騎士、城壁などを破壊する砲撃蜘蛛とストーンタイタンを連れてきたことには納得しているが、それ以外に獣族や鳥獣族など色々な種族のモンスターを連れてきたことは意外に思っていた。
「若殿、なぜモンスターを増援部隊に入れたのじゃ? モンスターを入れるくらいなら青銅騎士や白銀騎士を入れた方がよいだろう?」
マティーリアが戦力として使える騎士ではなく、モンスターを増援部隊に入れた理由を尋ねる。アリシアたちも気になっているため、全員ダークに視線を向けた。
「確かに戦力として考えるのなら、青銅騎士や白銀騎士を入れた方がいいだろう。だが、相手は情報の少ない魔族軍だ、どんな敵がいて、どんな戦略を取ってくるかも分からない。そんな敵と戦うのなら、様々な攻撃や行動を取ることができるモンスターを部隊に入れた方が対処しやすいと思い、モンスターたちを部隊に入れたのだ」
「成る程のぉ」
モンスターを部隊に入れた理由を聞いてマティーリアやアリシアたちは納得した。
騎士たちは地上で敵を倒したり、捕らえたりすることはできる。だが空を飛んだり、水中を移動したりすることができないため、そのような行動を取らないといけない場合はモンスターの方が役に立つ。ダークはそのような事態になることを予想してモンスターを部隊に入れたのだ。
アリシアたちへの説明が終わると、ダークはモナたちに近づく。ダークが近づいてきたことに気付いたモナはフッと我に返りダークの方を向いた。
「さて、モナ殿。私の部隊が合流したことだし、急いで部隊の編成をし、出発しよう」
「ハ、ハイ……」
まだ僅かに動揺している様子のモナは返事をしながら頷く。
それからダークたちは進軍する部隊の編成を行い、準備が整うとジンカーンの町とセルフストの町を解放するため、マララムの町を出発した。