第二十四話 ワイバーン戦
空から見下ろしているワイバーンを見てダークは両足に力を入れる。ダークたちの攻撃を当てるにはまずワイバーンを攻撃の届く高さまで下ろさないといけない。ダークはワイバーンたちの大きな竜翼を見つめながら大剣を構えた。
ダークの後ろでワイバーンを空から引きずり下ろすという彼の言葉を聞いたアリシアたちも武器を構えている。だが、レジーナとジェイクはダークの言葉がいまいち理解できずにまばたきをしながらダークの背中を見ていた。
「ちょ、ちょっとダーク兄さん。空から引きずり下ろすって、どうするの? アイツら、結構高い所まで上がってるのよ?」
「そうだぜ、いくら兄貴でもあの高さの敵を剣で切るなんて無理だろう?」
レジーナとジェイクは苦笑いを浮かべながらワイバーンへの攻撃は不可能だとダークに伝える。ダークはそんな二人に背を向けたまま黙っており、アリシアも二人を見て無理もないな、と言いたそうな表情を浮かべていた。
ワイバーンたちがいるのは地上から約8mの高さの場所。この世界の英雄級の実力を持つ冒険者でも肉体強化の魔法などを使わずにそんな高い所まで上がるのは不可能だ。
今回はノワールは変身せずにアリシアたちをサポートするので、ダークはノワールの魔法で肉体強化をすることはできない。そんな状態でどうワイバーンたちのいる所まで行くのか、レジーナとジェイクは分からずにただ混乱しながらダークを見ていた。
するとアリシアが二人に近くまで移動し、エクスキャリバー構えながらレジーナとジェイクに話しかけてきた。
「心配ない。ダークならあの程度の高さなど簡単に届く」
「えっ、と、届くって……どう見ても8m近くはあるのよ?」
「彼はグランドドラゴンを倒したことがあると言っただろう? そのグランドドラゴンは十数mの大きさだった。8mほどなら簡単に届くはずだ」
再びグランドドラゴンの話を持ち出すアリシアにレジーナとジェイクは少し驚いたような反応を見せる。さっきグランドドラゴンの話をした時のアリシアの態度、そして再びそのグランドドラゴンの話をしたことで二人はふと思った。もしかして、ダークがグランドドラゴンを撃退したという話は本当なのか、と。
レジーナとジェイクがそんなことを考えながらアリシアを見ていると、ダークは一人ワイバーンたちに向かって走り出した。大剣を横に構えたまま少しずつ距離を詰めていくダーク。そんなダークを見ていたワイバーンの一匹が急降下してダークに向かっていく。
ワイバーンがダークを襲おうとしている光景を見てレジーナとジェイクは驚きの表情を浮かべた。だがそんな二人の近くでアリシアとノワールは落ち着いた様子でダークを見守っている。
走りながら自分に近づいてくるワイバーンを見上げるダーク。ワイバーンとの距離と残り二匹が動いていないことを確認したダークは大剣を強く握る。
「脚力強化!」
ダークは走りながらハイ・レンジャーの能力の一つである脚力強化を発動した。そして走りながら勢いよくジャンプをし、向かってくるワイバーンを軽々と飛び越えて空中で待機している二匹のワイバーンと同じ高さまで上昇する。
突然高くジャンプしたダークに急降下したワイバーンは驚いたのか長い首を曲げて自分の真上を通過したダークの方を向く。地上でダークを見ていたレジーナとジェイクも突然大ジャンプをしたダークに驚き目を丸くしていた。
「な、ななな、何よあれ!?」
「本当に8m以上ジャンプしちまった!」
信じられない光景を目にしたレジーナとジェイクは声を上げる。そんな二人の反応を見てノワールは楽しいのか、アリシアの肩に乗りながらクスクスと笑う。アリシアも少し楽しいのか二人を見て小さく笑っていた。
アリシアたちが地上で笑っている時、ダークは大剣を構え直して目の前にいる二匹のワイバーンを睨んでいる。二匹のワイバーンも突然目の前までやってきた人間に驚いているのか攻撃せずにただジッとダークを見つめていた。その隙にダークは大剣を振り、二匹のワイバーンの竜翼を片方ずつ素早く切る。竜翼を切られたことでバランスを崩した二匹のワイバーンは鳴き声を上げながら落下していき、そのまま地面に叩きつけられ、周囲に大きな音が響き渡った。
「よし、ワイバーンが落ちた! 私たちも動くぞ!」
二匹のワイバーンが落下したいのを見てアリシアはエクスキャリバーを構え、ワイバーンに向かって走り出す。レジーナとジェイクも若干戸惑いながらもアリシアの後を追った。
ワイバーンたちを落としたダークはそのまま地上に下り立ち、反撃を受けることを警戒してすぐにワイバーンの方を向く。だがワイバーンは竜翼を切られた痛みでもがいており、ダークに襲い掛かろうとはしなかった。
「翼を切られたぐらいでもがくとは、この世界のワイバーンは随分と情けないようだな」
ワイバーンの姿を見てダークは哀れむように呟いた。LMFで戦ったワイバーンは翼や尻尾を切られても怯むこと無くプレイヤーたちに襲い掛かる。それと比べたらこの世界のワイバーンは脅威ではないとダークは感じた。
ダークがワイバーンを見ていると、最初にダークに向かってきたワイバーンがダークの真上に移動し、後脚に付いている鋭い爪で襲い掛かってきた。それに気づいたダークは後ろに跳んでワイバーンの爪攻撃を回避する。脚力強化の効果はまだ続いており、軽く跳んだだけでダークはワイバーンから5m離れた所まで移動した。
地上に下りたワイバーンは大きな後脚を動かしてダークの方に体を向けると唸り声を上げながらダークを睨んだ。そんなワイバーンを見てダークは冷静に大剣を構える。
「フッ、無視されたことで怒っているようだな。いいだろう、今度はお前の相手をしてやろう」
ワイバーンに挑発するような口調で話しかけるダーク。そんなダークを見てワイバーンは言葉の意味を理解したのか更に大きな声で唸り声を上げる。
ダークはワイバーンが次のどう攻めてくるのか考えながらワイバーンの様子を窺う。するとワイバーンの口の中が突如赤くなるのを確認し、ダークは咄嗟に大剣を上段構えに持つ。その直後、ワイバーンの口から赤い炎が吐き出されてダークに襲い掛かる。しかしダークは慌てることなく冷静に炎を見つめ、勢いよく大剣を振り下ろした。
大剣が振り下ろされるとその勢いで衝撃波が発生し、ワイバーンの吐いた炎を一瞬にして掻き消した。消された炎を見てワイバーンは驚きの反応を見せる。
炎を掻き消したダークは再びワイバーンを見て目を赤く光らせた。
「正面から炎を吐いて攻撃しても私には通用しない。私を黒焦げにしたければ背後や側面から攻撃しろ。……もっとも、次は無いけどな!」
そう言ってダークは素早くワイバーンの左側面へ移動する。そして大剣を横に構えると両手で強く握った。
「ダブルスラッシュ!」
ダークは勢いよく大剣を振り、ワイバーンの大きな体を二回連続で切った。体と竜翼を切られ、そこから血を噴き出しながら鳴き声を上げるワイバーンは糸の切れた人形のようにその場に倒れて動かなくなる。ダークは大剣を肩に担ぎながらあっけなく倒れたワイバーンを黙って見つめる。
<ダブルスラッシュ>とは、LMFで剣類の武器を持つ者が使うことのできる攻撃用の能力の一つで、この世界の戦技のようなものである。ダブルスラッシュはもの凄い速さで敵に二回の連続切りを放ち攻撃することができ、LMFでは下級の能力だ。この能力は見習い戦士や盗賊、レンジャーなど剣を装備することのできる職業を持つ者なら誰でも覚えることができる。ダークもハイ・レンジャーをサブ職業にしているので使うことができるが、攻撃には暗黒騎士の能力を使っていたのでダブルスラッシュのような下級能力を使うことは今では殆どない。だが今回は自分が下級能力を使って、この世界のモンスターにどれだけ通用するのかを確かめるために使ったのだ。
下級の攻撃能力であるダブルスラッシュで簡単にやられたワイバーンを見て、ダークは自分が使う下級能力はこの世界のワイバーンを簡単に倒せるほどの威力があることを知って少し驚いた。だが、これで暗黒剣技が使えない状態になっても戦えることが分かり、いい勉強になったと納得する。
「ワイバーンを一撃で倒せるとは、これもレベルが100であるおかげか。……さて、アリシアたちはどうしている?」
ワイバーンが死んだのを確認したダークはアリシアたちのことが気になり、彼女たちの援護をするためにワイバーンの死体に背を向けてアリシアたちの下へ向かう。ダークがワイバーンとの戦闘を開始し、一匹を倒すまでに掛かった時間は僅か三十秒だった。
――――――
ダークによって片翼を切られて飛べなくなったワイバーンたちをアリシアたちは素早く動きながら攻撃する。普段空を飛んで敵と戦うワイバーンが地上に下りてアリシアたちと戦っているということはワイバーンは全力で戦うことができなくなっているということだ。それでもワイバーンは手強いモンスターだが、アリシアたちにとってはワイバーンが空を飛べないということだけでもかなり有難い状態だった。
アリシアたちは二手に分かれて二匹のワイバーンを相手にしており、アリシアは一人でワイバーンと戦い、レジーナとジェイクは二人で残りの一匹の相手をしている。アリシアの場合はレベルが70ということでワイバーンに一人で挑んでも動揺している様子は見せていない。だがレジーナとジェイクは36と40、ワイバーンとレベルが近いため、二対一でも少し不安そうな様子で戦っていた。
ワイバーンが体を大きく横に回しながら尻尾を振り回し、アリシアに攻撃する。アリシアは横から迫ってくる尻尾をよく見ながら後ろへ跳んで攻撃を回避し、エクスキャリバーを構えながら反撃の隙を窺う。
「たとえ空を飛ばなくなってもこれほどの力を発揮するとは、やはりドラゴン族のモンスターは侮れないな」
アリシア体を回すのをやめて自分を睨み付けるワイバーンを見ながら呟いた。既にワイバーンは竜翼を切られた時の痛みが引いて普通に戦える状態になっている。大きな足で一歩ずつ近づいてくるワイバーンを見てアリシアも鋭い目でワイバーンを睨む。
「あまり長引くとこちらの体力が尽きてしまう。そうなる前になんとか決着をつけなくては……」
「アリシアさん、落ち着いてください。決着を急いで冷静な判断力を失ってしまうととんでもないことになってしまいます」
早くワイバーンを倒そうと考えるアリシアに彼女の肩に乗ったノワールが忠告をするのと同時にアリシアを止めた。ノワールの忠告を聞いてアリシアはチラッと肩に乗っているノワールの方を向く。
どんなに強い戦士でも冷静な判断を失い、焦って敵に突っ込めば隙を突かれて一気に不利になってしまうこともある。アリシアもレベル70になり、今ではアルメニスの町にいる戦士で最も強いダークの次に強い騎士になった。だがそんな高レベルになったアリシアでも隙を見せてしまえば一気に戦況を逆転されて敗北することだってあり得る。戦場はその小さな気持ちの変化で命を落とすほど危険な場所なのだ。
ノワールの言葉で戦場で大切なことを思い出したアリシアは落ち着きを取り戻すために深呼吸をする。そして気持ちが落ち着くと自分を見て唸り声を上げるワイバーンを見つめた。
「すまない、ノワール。おかげで少し頭が冷えた」
「それはよかったです」
「……さて、これからどうするか。冷静に戦わなければならないのは分かったが、時間を長引かせるわけにもいかないしな……」
「なんなら、僕が魔法で援護しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。幾つか手はある。それよりも君はレジーナとジェイクのところへ行き、二人の援護についてくれ」
「分かりました」
アリシアの指示を聞いたノワールは小さく羽ばたきながらアリシアの肩から離れてレジーナとジェイクの方へ飛んで行った。ノワールが飛んでいくのを確認したアリシアはもう一度ワイバーンの方を向く。すると、突如ワイバーンがアリシアに向かって炎を吐いて攻撃してきた。
「なっ!?」
突然の炎攻撃に驚いて声を漏らすアリシア。だが、取り乱さずに落ち着いて向かってくる炎を見つめ、素早く横へ跳んだ。炎はアリシアの真横を通過し、アリシアがさっきまで立っていた所を包み込む。回避が間に合ったため、アリシアは炎を受けることもなく無傷で済んだ。
草が炎を焦げている光景を見たアリシアはホッとする。もしさっきノワールの話を聞いて冷静になっていなかったらあの炎を受けていたかもしれない。それを考えたアリシアは改めて戦場で冷静でいることの大切さを理解する。
炎をかわしたアリシアは次の攻撃に備えて急いでその場を走って移動し、ワイバーンの側面に回り込もうとする。ワイバーンは走り出すアリシアを見て後を追うように首を動かし、口の中を赤く光らせた。どうやらまた炎を吐いて攻撃するようだ。
「また炎で攻撃する気か。だが二度も攻撃を許すつもりはない!」
アリシアはエクスキャリバーを両手で強く握りながら急停止し、ワイバーンの方を向いてエクスキャリバーの切っ先を地面に向ける。
「襲光包陣剣!」
技の名前らしき言葉を叫ぶアリシアは勢いよくエクスキャリバーを地面に突き刺す。すると、ワイバーンの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、その中心から大きな白い光の刃が飛び出してワイバーンの体を貫いた。ワイバーンは断末魔の咆哮と言ってもいいぐらいの鳴き声を上げ、光の刃が消えるとワイバーンは大きな音を立てながら倒れる。ワイバーンはそれから動くことは無かった。
アリシアが使った技、<襲光包陣剣>は聖騎士の技である神聖剣技の一つで剣を地面に突き刺して敵の足元に魔法陣を展開させ、そこから光の刃を付き出して敵の真下から攻撃を仕掛ける技だ。足元から攻撃するため、敵に回避される可能性は低く、特に体の大きな敵には効果的な技だ。更に魔法陣に中にいる敵全員に攻撃をすることも可能で、聖騎士なら誰もが覚える技だと言われている。ただ、この技を覚えるにはレベルをかなり上げないといけない。だが既にレベル70になっているアリシアはすぐに体得することができた。他にも多くの神聖剣技を体得している。
倒れて動かなくなったワイバーンを見て、アリシアはエクスキャリバーを引き抜く。そして軽くエクスキャリバーを振ってから小さく息を吐いた。
「フゥ……一撃で倒れてくれたか。もしあの技で倒れなかったらどうしようかと思ったぞ」
襲光包陣剣で上手く倒せたことに一安心するアリシア。体得したあの技を実戦で使ったのは今回が初めてでどれほどの威力があるのかアリシア自身も分からなかったのだ。ぶっつけ本番で凶暴なドラゴン族のワイバーンに使うのは少し不安だったが、上手く成功したうえに一撃で倒すことができたので、アリシアにとっては満足の結果だった。
とりあえず技が成功し、ワイバーンを倒すことができ、アリシアは小さな笑みを浮かべた。だが、まだワイバーンは一匹残っている。しかも自分やダークと違い、レベルがワイバーンとほぼ同じにレジーナとジェイクが相手をしていた。勝てるかどうかは微妙な状態のため、アリシアは気を引き締めて二人の援護をするために走り出した。
――――――
尻尾を振り回したり、噛みついたりなどして攻撃してくるワイバーンにレジーナとジェイクは苦戦している様子だった。戦いが始まってから二人は協力し合いながらワイバーンの隙を窺って攻撃する。だが、ワイバーンの体が思ったよりも硬くて中々大きなダメージを与えることができなかった。逆に何度も攻撃をしているうちにレジーナとジェイクの体力は削られていき、二人は疲労の表情を浮かべている。
レジーナとジェイクは横に並びながら短剣とバルディッシュを構えてワイバーンを見た。ワイバーンは二人を睨みながら大きな口を開けて鳴き声を上げる。二人を威嚇しているのか、それとも二人の攻撃が弱いことにイライラして吠えているのか、当然レジーナとジェイクには分からない。ただ、自分たちが不利な状態であることだけは分かっていた。
「まったく……なんて体してるのよ、アイツは。まるでもの凄く太い丸太を切っているみたいな感覚だわ」
「ああ、まったくだ。クラッシャーの俺もあれだけ硬い体を持った奴と戦うのは初めてだぜ」
息を切らせながらワイバーンを見つめて会話をするレジーナとジェイクは警戒しながら武器を構え、次にどう攻撃するかを考えた。
普通に攻撃してもレジーナとジェイクの攻撃力ではワイバーンの体に傷を付けることは難しい。特殊なアイテムや魔法を使えばなんとかなるだろうが、二人にはそのどちらも無かった。だとすれば二人の取る作戦は一つしかない。
「……戦技で行くしかないわね?」
「ああ、連続で使用すると肉体への疲労も大きいが、そんなことを言ってる余裕はねぇ!」
今の自分たちがワイバーンに大きなダメージを与える方法は戦技を使うことだけ。戦技は使う度に体に負担も掛かるが、二人も一ヵ月前と比べて体力もついており、多少戦技を使っても大丈夫だった。
短剣とバルディッシュを構えて目の前にいるワイバーンを睨むレジーナとジェイク。ワイバーンも二人を睨みながら唸り声を上げている。双方が睨み合いながら相手の出方を待っている状態だった。そんな中、ワイバーンが先に動き、レジーナとジェイクに攻撃を仕掛ける。
ワイバーンは足音を立てながら二人に近づき、長い首を動かしながらもの凄い勢いでレジーナに噛みつこうとする。だがレジーナは素早く左へ跳んで噛みつきを回避した。レジーナは盗賊のため、移動速度が高く、さっきのようなモーションの大きい攻撃は楽にかわせる。レジーナが左へ跳ぶとジェイクは右へ走り出してワイバーンの側面へ回り込もうとする。レジーナもワイバーンの真横へ移動しており、今の二人の立ち位置はワイバーンを挟む形にあった。
左右に分かれる二人を見てどちらを攻撃するか迷う様子を見せるワイバーン。そんなワイバーンを見てレジーナはチャンスと考え、ワイバーンに接近してジャンプをし、ワイバーンの体と同じ高さまで上がる。そして右手で握っている短剣に気力を送り、戦技を発動させた。
「風神四連斬!」
レジーナは緑色に光る短剣を振ってワイバーンの体を四回連続で切った。ワイバーンの体には四つの切傷が生まれ、切られた痛みでワイバーンは鳴き声を上げる。
<風神四連斬>とは、斬撃系の戦技の一つで剣に気を送り込んで切れ味を高め、素早く敵の四連続で攻撃する戦技だ。疾風斬りのように敵に突っ込んで切りかかるわけではなく、その場から動かずに攻撃をするため、場所を選ぶことなく使うことができる。ただ、疾風斬りのような下級戦技ではなく、中級の戦技なので使った時に使用者に掛かる疲労も下級戦技よりも多く、連続で使用するとすぐに体に限界が来てしまう。
ワイバーンの体を切りつけるとレジーナはすぐに後ろへ跳んで距離を取る。そして短剣を持つ自分の腕を見た。レジーナの腕はほんの僅かだが震えており、それを見たレジーナは小さく舌打ちをする。
「痛ぅ~っ、やっぱりこの戦技は腕への負担が大きいわね……」
右腕から伝わる痛みを我慢しながらレジーナは呟いた。
戦技の中には武器に気力を送って切れ味や威力を高めるものだけでなく、使用者の体の各部分に気力を送って身体能力を向上させて攻撃する戦技もある。風神四連斬は武器を持つ腕に気力を送って筋力を高めて腕を振る速さを高めて攻撃する戦技だ。そのため、気力で筋力を無理に高めた腕には大きな負担が掛かり、体を鍛えていない者や戦技を使うことに慣れていない者が使えばすぐに体に痛みが走る。レジーナも風神四連斬を覚えたばかりでまだ数回しか使っていない。だから一度使うだけで腕が痛む状態だった。
レジーナは右腕を見つめながら痛みが引くのをジッと待つ。するとワイバーンは自分の体を切りつけたレジーナを睨み付けると口から炎を吐いて攻撃する。レジーナはよそ見をしていて反応に遅れてしまい驚きの表情を浮かべた。だが急いで右へ跳んで回避し、ギリギリで炎の直撃を免れる。しかし微かに炎がレジーナの左の二の腕を掠り、レジーナを熱さと痛みが襲う。
「ううぅっ!」
左腕の痛みに思わず声を漏らすレジーナ。その痛みで体勢を崩してしまい、跳んでいたレジーナは着地に失敗して地面を転がり、うつ伏せに倒れてしまう。
レジーナは倒れたまま左腕と倒れた時に地面に叩き付けられた体の痛みに表情を歪ませ、そんなレジーナにワイバーンは一歩ずつ近づいていく。すると、レジーナを襲おうとするワイバーンの背後からバルディッシュを構えたジェイクが飛び掛かり、バルディッシュに気力を送り込んだ。
「王魂断流撃!」
バルディッシュの刃を黄色く光らせながらジェイクは勢いよくバルディッシュを振り下ろした。刃はワイバーンの背中に食い込むように刺さり、ワイバーンの体に衝撃を与える。背中から伝わる衝撃と刃が刺さった時の痛みで鳴き声を上げた。
ジェイクが使った<王魂断流撃>は武器に気力を送り、武器の強度を高めてから振り下ろして攻撃するパワー系の中級戦技である。相手に攻撃が当たるとその攻撃の後に衝撃波を発生させ、追加ダメージを与えることもできるため、攻撃力が高い。この戦技も武器だけでなく、使用者の両腕に気力を送って筋力を高めるので腕に負担が掛かる。しかしジェイクはクラッシャーを職業にしており筋力が高いため、腕に痛みを感じることは殆どなかった。
ワイバーンに渾身の一撃を与えたジェイクはワイバーンの背中の上に下り立ち、背中に刺さっているバルディッシュを抜くと背中を蹴って後ろに跳び、素早くワイバーンの背中から飛び下りようとする。だが、そこへワイバーンの尻尾が真横から迫りジェイクの体を殴打した。
尻尾の攻撃をまともに受けたジェイクは大きく飛ばされて背中から地面に叩き付けられる。
「ぐううううぅっ! やりやがったなぁ」
痛む体を起こしてなんとか立ち上がるジェイクは近くに落ちているバルディッシュを拾い上げ、両手でしっかりと柄を握って構え直す。
ワイバーンはレジーナからジェイクに目標を変えたのか振り返ってジェイクを睨み付ける。その隙にレジーナも落ちている短剣を拾って立ち上がり、体勢を立て直すと背を向けているワイバーンを睨んだ。
「敵に背を向けるなんて余裕じゃないの。あたしよりもジェイクのおっさんの方が手応えがあるってこと? その油断が命取りになるわよ、巨大トカゲ」
レジーナは右手で短剣を逆さまに持って気力を短剣に送り、背中を向けながらジェイクに近づいていくワイバーンを見つめる。
「疾風斬り!」
集中力を高めたレジーナはワイバーンの大きな後脚を狙って勢いよく地を蹴る。一歩ずつ歩くワイバーンの左後脚を切りつけて攻撃するが、下級戦技ではワイバーンには殆どダメージを与えることはできなかった。それどころかレジーナに持っていた短剣の刃は高い音を立てて真ん中から折れてしまう。
「げっ! 折れた!?」
突然折れた短剣を見てレジーナは目を丸くして驚く。どうやら戦技を何度も使ったことで短剣の耐久度が低下し、遂には硬いワイバーンの体に負けて折れてしまったようだ。
いくら戦技で武器の切れ味や耐久度を高めても、使っている武器の元々の切れ味や耐久度が低く、そんな武器で硬い体を持つモンスターを攻撃すればすぐに限界が来て折れてしまう。つまり、切れ味や耐久度は戦技だけではなく、武器によっても大きく左右されるということだ。
足から伝わる小さな痛みにワイバーンは立ち止まって足元にいるレジーナを見る。そして大きな足を上げてレジーナを踏みつぶそうとした。だがその隙を突いてジェイクはワイバーンに急接近し、再びバルディッシュに気力を送って刃を黄色く光らせる。
「させるかぁっ! 岩砕斬!」
気力で刃を強化されたバルディッシュでワイバーンの頭部を攻撃するジェイク。刃が頭部に命中しワイバーンは致命的ダメージを受ける。顔から赤い血を噴き出したワイバーンは断末魔の悲鳴を上げながら横に倒れ、やがてピクリとも動かなくなった。
倒れたワイバーンを見てレジーナはホッとしたのか、火傷を負った左腕を押さえながら息を吐いた。そんな彼女の隣にバルディッシュを肩に担いだジェイクがやってくる。
「よぉ、無事か?」
「見ての通りよ。左腕に火傷を負っただけ。だけど短剣が折れちゃったわ」
「ハハハハ、そりゃあ残念だったな」
「笑い事じゃないわよ。短剣が無くてどうやってこれから戦えばいいのよ」
「なんだよ、予備を持ってきてねぇのか? だらしねぇな。……まぁ、俺のバルディッシュはお前の短剣みたいに簡単には……」
ジェイクはレジーナをからかいながら自分のバルディッシュを見る。するとバルディッシュの刃に突然罅が入り、刃はボロボロと崩れるように零れ落ちて地面に広がった。
細かくなったバルディッシュの刃を見て呆然とするジェイク。それを見たレジーナは口を押さえてクスクスと笑い出す。
「……あたしの短剣みたいに、簡単に壊れたわね?」
「う、うるせぇ!」
笑うレジーナに顔を赤くして言い返すジェイク。そんな二人の下にアリシアは駆け寄ってきた。
「二人とも、大丈夫か?」
「アリシア姉さん、なんとか無事よ」
「ああぁ、二人でワイバーンを相手にしたからさすがにしんどかったぜ……」
「ご苦労だったな……ん? 二人でって、ノワールはどうした? 私はお前たち二人のところへ行くように言ったのだが……」
アリシアは周りを見てノワールを探し回り、レジーナとジェイクも同じように周囲を見回す。すると、三人の頭上からノワールがゆっくりと下りてきてアリシアたちの前で止まった。
「お疲れ様です」
「ノワール! 今まで何処にいたんだ?」
「ずっと空からレジーナさんとジェイクさんの戦いを見守っていました」
「何っ? どうして手を貸してやらなかったのだ?」
「お二人はワイバーンと戦えるだけのレベルになっていました。ですから、お二人の力だけでワイバーンを倒してもらいたくて手を貸さずに見守っていたんです。それでもし危なくなったら助けに入ろうと考えていたんです」
ノワールがわざとレジーナとジェイクの二人だけで戦わせたと聞き、本人たちは目を丸くして目の前にいる子竜を見つめる。下手をすれば自分たちはワイバーンに殺されていたかもしれない微妙な状態で加勢しなかったのだから当然と言えよう。
アリシアはレジーナとジェイクの反応を見た後に呆れたような顔で溜め息をついてノワールを見つめた。
「もし二人がワイバーンから一方的に攻撃を受けて動けなくなったところを襲われていたらどうするつもりだったのだ? それこそ二人は死んでいたかもしれないのだぞ」
「僕はお二人を信じていました。必ずワイバーンを倒すと……。僕だけじゃありません。マスターもレジーナさんとジェイクさんを信じていたからワイバーンの相手を任せたんですよ」
自分たちを信じていたからこそ手を出さずに見守っていた。ノワールのその言葉を聞いたレジーナとジェイクは複雑な気持ちになる。手を貸さなかったのは自分たちがワイバーンを倒すと信じていたから、だが一歩間違えればワイバーンの餌になっていた。その二つを考えると、どう受け止めたらいいのか分からなくなってしまう。
アリシアたちがそんな会話をしていると一人でワイバーンを相手にしていたダークがやってきた。
「皆無事か?」
「あ、ああ、なんとかな……」
「……その割には浮かない顔をしているな?」
「実は、ノワールが……」
アリシアはノワールがレジーナとジェイクに加勢せずに空から見守っていたことをダークに話す。勿論、助けようとしなかったのではなく、レジーナとジェイクの力を信じて手を出さなかったということも伝えた。
「なるほど、そういうことか……」
説明を聞いたダークは腕を組みながら肩に乗っているノワールを見た。彼に悪気が無かったのは分かっているし、自分がノワールと同じ立場であればきっと彼のように見守っていただろう。だが、さすがに何を言わずに黙って見守るというのは問題がある。そう感じたダークはノワールの頭をそっと撫でながら言った。
「お前がレジーナとジェイクのためを思って手を出さなかったのは分かった。だがせめて一言ぐらい声をかけてから見守れ。何も言わずにいれば見捨てるつもりだったのかと思われても文句は言えんぞ?」
「……ハイ、以後気を付けます」
ダークに注意されて反省したのかノワールは小さく頭を下げる。そんなノワールを見てダークも小さく息を吐いてからレジーナとジェイクの方を向く。
「コイツも悪気があったわけではないし、お前たちの二人のことを信じてやったことだ。許してやってくれ」
「……まぁ、悪気がなかったっていうのは分かってたし、あたしたちを信じてくれたっていうのも嬉しかったから、そんなに文句を言うつもりは無いけどね」
「ああ、だが兄貴の言う通り、せめて一言声をかけてほしかったな……」
「すみませんでした」
ノワールはダークの肩に乗ったままペコリと頭を下げ、改めてレジーナとジェイクに謝る。二人はくりくりとした大きな目で自分たちを見つめるノワールを見て可愛いと思ったのか、少し頬を赤くしてもう気にするなと言うように小さく笑った。
話が済むと、ダークは先へ進もうとザルバックス山脈のある方角を向こうとする。すると、壊れているレジーナとジェイクの武器に気付いた。
「お前たち、その武器はどうした?」
「ああぁ、ワイバーンとの戦いで壊れちゃって……」
「そうか……」
レジーナとジェイクの武器が壊れて丸腰になってしまった二人を見たダークはしばらく黙り込む。すると腰にポーチに手を入れて何かを取り出そうとする。
「兄貴、どうしたんだ?」
「これからまたワイバーンと戦わないといけないのに丸腰はマズいだろう?」
ダークはポーチに入れていた右手を抜いて中から何かを取り出す。それは黒い鞘に納められている短剣だ。短剣を左手に持ち、再び右手をポーチに入れてもう一つ何かを取り出した。今度は銀色で金の装飾が施された柄の長い両刃の斧が出てくる。ダークは取り出した短剣と斧をレジーナとジェイクに差し出した。
レジーナとジェイクは突然のことに驚きの表情を浮かべている。武器を渡されたことにではない。小さなポーチから明らかに入らないようなサイズの短剣と斧を出した光景に驚いていたのだ。
「どうした、二人とも?」
驚いている二人を見てダークが尋ねるとレジーナとジェイクは動揺したような態度でダークの顔を見る。
「ど、どうしたって……ダーク兄さん、アンタ今、何をしたの?」
「そ、そうだぜ。何でそんな小さなポーチの中から短剣やデカい斧が出てくるんだよ?」
「ああぁ、そのことか……」
ダークは取り出した武器を両手に持ったまま腰のポーチを見る。アリシアが初めてポーチからエクスキャリバーを取り出した光景を見た時も同じような反応をし、ダークはそれがLMFのアイテムだと説明した。だが、それはアリシアがダークの協力者として手を貸してくれることになったから説明したのだ。協力者でないレジーナとジェイクに説明すると二人が面倒事に巻き込まれてしまう可能性があるので、ダークは適当なことを言って誤魔化すことにした。
「コイツはとあるアイテム調合師から譲ってもらった特別なポーチだ。この中には普通では持ち運ぶことができないくらいの量のアイテムや大きな武器を好きなだけ収納することができる」
「そ、そんなアイテムがあるの?」
「信じられねぇな……」
とんでもないポーチを目にして驚きながら呟くレジーナとジェイク。とりあえずポーチのことについて二人は納得したようだ。
「さて、ポーチのことは置いておいて、お前たちにこれをプレゼントしよう」
ダークは持っている短剣と斧をレジーナとジェイクに手渡す。それぞれ武器を受け取ったレジーナとジェイクはその美しい外見をした武器に思わず見惚れてしまう。
レジーナは短剣を握り、それをゆっくり鞘から抜く。すると鞘の中からエメラルド色の美しい刀身が姿を現し、レジーナは目を見開いて驚いた。ジェイクもバルディッシュより少し大きめの銀色の斧を見てまばたきしながら呆然としている。
「に、兄さん、この短剣は?」
「それはエメラルドダガーという短剣で剣身が宝石のエメラルドになっている」
「エ、エメラルドォ!?」
「ああ、ソイツは切れ味も耐久度もお前がさっきまで使っていた短剣とは比べ物にならないほどだ」
「そ、そうなんだ……」
レジーナはエメラエルドダガーの性能よりも剣身が宝石でできているということに対する驚きの方が大きいのかダークの話をよく聞いていなかった。
そんなレジーナを放っておいてダークは今度はジェイクの持つ斧の説明を始める。
「ジェイク、お前の持っている斧はスレッジロックという物だ。ソイツは耐久度が非常に高く、岩や鉄の体を持った敵も軽々と切り捨てることができる」
「そ、そんなにスゲェ斧なのか……」
「レベルが40以上になった者でなければ使えないアイテムだが、お前なら使える代物だ」
スレッジロックをまじまじと見ながら感動するジェイク。その隣で同じようにエメラルドダガーを見て目を輝かせるレジーナ。そんな二人を見たアリシアは苦笑いを受けべている。エクスキャリバーを初めて見た自分もあんな顔をしていたのかと考えると少し恥ずかしく感じるのだろう。
二人が持つアイテムの説明を終えるとダークはザルバックス山脈がある方角を向いて歩き出し、アリシアもその後についていく。
「あっ、ダーク兄さん。どうしてあたしたちにこんな凄い武器をくれるの?」
レジーナが歩き出すダークに尋ねるとダークはゆっくりと立ち止まり、前を向いたままその質問に答えた。
「……丸腰でワイバーンのいる山脈に行くわけにはいかないだろう。それにノワールがお前たちを困らせてしまったからな、お詫びのプレゼントだ」
そう言ってダークは再び歩き出す。そんなダークを見たアリシアも小さく笑いながらダークの後をついていく。
自分たちのために強力な武器をプレゼントしてくれたダークを見てレジーナとジェイクは嬉しくなったのか笑顔を見せる。二人は短剣と斧を装備すると置いていかれないように急いで先に行ったダークたちの後を追った。