第二百四十七話 防衛拠点マララム
見通しの良い草原の中をマルゼント王国軍の姿がある。人数は三百人ほどで、兵士は徒歩、騎士は馬、魔法使いたちは荷馬車に乗って移動しており、全員が真剣な表情を浮かべながら北に向かっていた。
数台ある荷馬車の中の一台にはダークたちが乗っており、彼らも荷馬車に揺られながら移動していた。ダークたちの行き先は最前線で魔族軍と戦っているマルゼント王国軍の本拠地であるマララムの町だ。
四時間ほど前、ダークたちは転移門を潜ってマルゼント王国の首都であるルギニアスの町の前に転移した。ルギニアスの町に戻ったルッソはすぐに王城へ向かい、最前線に送る増援部隊の再編成を行う。再編成が完了すると、ルッソはダークたちに最前線に向かうよう指示を出し、ダークたちは再編成された部隊と共にマララムの町に向けて出発した。
増援部隊はダークたちと四元魔導士のモナとダンバ、マルゼント王国の騎士と兵士、精鋭と呼ばれている魔導連撃師団の魔法使いたちによって編成されており、戦力の六割が魔法使いとなっている。理由は魔法使いの方が戦士よりも力があるため、そして最前線に送る戦士を用意することができなかったからだ。
ルッソはダークたちが加わったことを計算しながら部隊を再編成したが、他の町の防衛を考えると、どうやってもそれ以上の戦力を用意することができず、結局、今の部隊を最前線に送ることになった。
「……あと、どのくらいでマララムの町に到着するのだろうな」
「この調子だと、夕方頃には到着すると思います」
アリシアが腕を組みながら呟くと、少年姿のノワールが外の様子を見ながら答える。荷馬車の中にはビフレスト王国から救援に来たダークたち以外は乗っていないため、立場を気にせず普段どおりの会話ができた。
「町へ着いたらまずは指揮官に会って戦況がどうなってるのか聞くのよね?」
「ああ、その後にどう進軍するかを決めて、魔族軍に占拠された拠点を一つ解放していくんだろうな」
レジーナとジェイクは座りながらマララムの町に着いたら何をするかを確認する。最新の情報では既にマララムの町は何度も魔族軍の襲撃を受け、ギリギリで踏み止まっているらしい。町に着いたらすぐに戦闘が始まるかもしれない、ダークたちはそう感じていた。
「妾たちが到着する前にそのマララムの町が魔族軍の手に落ちていなければ良いのじゃがな」
「ちょっとマティーリア、縁起でもないこと言わないでよね?」
「可能性としては十分あり得るから考えておけと言っておるんじゃ」
落ち着きながら語るマティーリアを見てレジーナは嫌な奴、と言いたそうな顔をする。だが、マティーリアの言っていることも一理あるため、ダークたちは彼女の発言を否定したりはしなかった。
「ダーク、貴方はどう思う?」
アリシアがダークに声を掛けると、ダークは腕を組みながら低い声を出す。
「可能性はあるにしても、マララムの町の防衛力はかなり高いとモナ殿も言っていたからな。私たちが着く前に制圧されている可能性は低いだろう」
「一応、マルゼント王国軍の最終防衛線ですからね」
マララムの町が制圧されている可能性は低いとダークとノワールは語り、それを聞いたレジーナはだよね、と言いたそうな顔で二人を見る。アリシアも同じ気持ちなのか、ダークとノワールを見ながら無言で頷く。
「いずれにせよ、マララムの町の戦力を強化するために急いで町へ向かう必要がある。それまでは町にいる戦力だけで持ち堪えてもらわないといかん」
「ですね……」
制圧されている可能性が有ろうが無かろうが、急ぐ必要ことに変わりはないと語るダークにファウは同意し、アリシアたちも真剣な表情を浮かべる。
現在ダークたちはルギニアスの町とマララムの町の中間あたりにいる。徒歩の兵士たちや馬の休息時間を考えると、やはりマララムの町へ到着するのは夕方か日が沈む直前ぐらいになってしまう。
一秒でも早くマララムの町へ向かいと思っているが、兵士や馬たちに無茶をさせることはできないので仕方がない。休息を挟みながら、ダークたちは最終防衛線であるマララムの町へと向かった。
――――――
日が沈み、空がオレンジ色に染まる頃、ダークたちは目的地であるマララムの町へ到着した。やはり明るいうちに町へ着くことはできず、マルゼント王国の兵士や騎士たちは少し残念そうな顔をしている。しかし、町は魔族軍に制圧されてはいなかったため、兵士たちの中には安心の表情を浮かべる者もいた。
増援部隊はマララムの町の南にある門の前におり、ダークたちが荷馬車の中から門を見上げている。そんな時、増援部隊の騎士の一人が馬に乗りながら門に近づき、門の近くにいる騎士に声を掛けた。
しばらく会話をしていると、門がゆっくりと開き始め、完全に開き切ると増援部隊はマララムの町へと入っていく。そして、増援部隊が全員入ると門は低い音を立てながら閉じた。
マララムの町はマルゼント王国に存在する町の中でも防御力が高い町の一つとされている。町を囲む城壁は分厚く、上級魔法にも耐えることが可能だ。町の北と南には入口の門が一つずつあり、城壁程ではないが頑丈で並の攻撃では破れない。まさに最終防衛線の拠点として相応しい町だった。
増援部隊はマララムの町の街道をゆっくりと移動し、町に駐留している防衛部隊の指揮官の下へ向かう。戦争中であるにもかかわらず、ごく普通に住民たちが町の中を歩いており、その光景を見たダークたちは意外に思っていた。
「住民が普通に歩いてるわ。とても最終防衛線になっている町とは思えない」
「この町の防御力はマルゼント王国の中でも一二を争うほどだとモナ殿が言っていた。住民たちはその防御力を信じて安心しているのだろう」
「だから戦争中でも普通に町の外に出て暮らしてるってこと?」
「恐らくな」
街道を見ながら語るダークを見て、レジーナは成る程、と納得の反応を見せる。頭が良くて洞察力の優れているダークが言うのなら間違いないとレジーナは考えているようだ。
賑やかな街道をしばらく移動していると、増援部隊は大きな屋敷の前で停止する。その屋敷は周りの民家と比べて大きく、貴族が住んでいるような屋敷だった。屋敷の作りや大きさからして、マララムの町の町長が暮らしている屋敷と思われる。
騎士たちは馬から降り、ダークたちや魔法使いたちは荷馬車を下りて屋敷を見上げている。すると、屋敷を見ているダークたちの下にモナとダンバがやって来た。
「ダーク陛下、この屋敷がマララムの町に駐留している防衛部隊の本部となっています」
「此処がか。と言うことはこの屋敷に防衛部隊の指揮官がいるのか?」
「ハイ、私とダンバはこれから防衛部隊の指揮官に挨拶に行きますので、陛下たちもご一緒に来ていただけますか?」
「勿論だ」
「ありがとうございます。では、こちらへ……」
モナはダークたちを案内するために屋敷の中へと入っていき、ダンバとダークたちもその後に続く。ダークたちが屋敷へ入っていくと、増援部隊はマララムの町にいた騎士の指示に従い、町の各地に配置された。
屋敷に入ったダークたちは廊下を進み、指揮官がいる部屋へと向かう。途中で屋敷にいる兵士と何度かすれ違い、その度に驚きの表情で見られる。屋敷の中に四元魔導士や見知らぬ黒騎士たちがいるのだから当然だった。
しばらく廊下を歩くと、ダークたちは一つの扉の前で立ち止まり、先頭を歩いていたモナは扉を軽くノックする。すると、扉の向こうから低い男の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「ルギニアスの町より派遣された増援部隊の者です」
「入られよ」
入室を許可されると、モナはドアノブを回して扉を開ける。中に入ると、そこは会議室のような部屋で部屋の中央には大きな机が置かれてあった。その机を囲むように人間やエルフの騎士が五人立っており、一番奥にはマントを纏っ他の騎士とは雰囲気の違うドワーフの騎士がいる。
ダークたちが部屋に入ると、騎士たちは無言でダークたちを見ている。そんな中、一番奥にいるドワーフがゆっくりとダークたちの方へと歩いて行き、モナの前までやって来ると軽く頭を下げた。
「よく来てくださった。私が防衛部隊の指揮官を任させているゴルボン・ジャジューという」
「四元魔導士のモナ・メルミュストです。こちらは同じ四元魔導士のダンバ・タイザリガスです」
モナは隣にいるダンバを紹介し、ダンバはゴルボンを見ながら頭を下げる。ゴルボンは挨拶をするダンバの方を向いて挨拶を返した。
「そして、こちらにいらっしゃるのが、今回我々のために力をお貸しくださったビフレスト王国の国王、ダーク・ビフレスト陛下とその配下の方々です」
ダークを見ながらモナはゴルボンにダークたちのことを紹介する。本来なら、王族であるダークを先に紹介するべきだが、モナは増援部隊の管理を任されており、今後、軍師として防衛部隊と共に戦わないといけないため、先に指揮官のゴルボンに挨拶をする必要があったのだ。
モナから目の前にいる黒騎士が他国の王であると聞かされた騎士たちは少し驚いた表情を浮かべ、慌てて姿勢を正した。ゴルボンは落ち着いた様子でダークを見上げ、真剣な表情で深く頭を下げる。
「ダーク・ビフレスト陛下、お話はルギニアスからの通達で存じております。我々の国のため、最前線にいらっしゃってくださり、心から感謝いたします」
ゴルボンは顔を上げると僅かに力の入った声で感謝の言葉を口にし、そんなゴルボンをモナとダンバは無言で見ていた。
実はルッソがルギニアスの町で増援部隊の再編成をしている時、ダークたちが最前線の向かうことを知らせるため、マララムの町に早馬が送られていたのだ。前もって知らせておけば例え他国の王が最前線に来ても、指揮官であるゴルボンや他の兵士たちが混乱すること無く、作戦を練ったり共闘することができる。ルッソはそう考えて早馬を送らせたのだ。
通達を受けたゴルボンたちも最初は驚いていたが、今では冷静になり、落ち着いてダークたちを出迎えることができた。もし通達が無ければ、今頃ゴルボンたちは混乱していただろう。
「気にすることはない。魔族はマルゼント王国だけではなく、我が国にとっても害となる存在だ。自分たちにとって都合の悪い存在と戦うのは当然のことだからな」
ダークが低い声で語り、アリシアとノワールはダークと同じ気持ちなのか、ゴルボンを見つめながら無言で頷く。レジーナとジェイク、ファウはダークの背中を見て笑っており、マティーリアは興味の無さそうな顔でダークの話を聞いていた。
「それで、戦況はどうなっているのだ?」
「ハッ、ご説明します。こちらへ……」
最前線が今どんな状態なのか、ゴルボンはダークたちに詳しく説明するために机の前に招く。机の上にはマルゼント王国の北部が描かれた地図が広げられており、その上には無数の赤と黒の駒が並べられている。
駒の置き方から、ダークたちは黒い駒が魔族軍、赤い駒がマルゼント王国軍を表しているのだとすぐに分かった。ダークたちが地図に注目するのを見たゴルボンも地図を見ながら説明を始める。
「まず、我が軍と魔族軍との戦力差ですが、魔族軍の方が圧倒的に上です。敵には大量の悪魔族モンスターがおり、主にその悪魔たちに攻撃をさせております。これまで何度も制圧された拠点を解放しようとしたのですが、敵の数が多すぎてまだ一つも解放できておりません……」
敵との戦力差がありすぎて敗北を続けていることをゴルボンは僅かに暗い声で語る。他の騎士たちやモナ、ダンバも魔族軍に手も足も出ない現実に表情を曇らせ、アリシアたちはそんなモナたちを気の毒そうに見ていた。
モナたちが暗くなっている中、ゴルボンは説明を続けるため、黒い駒が置かれてある場所を指差しながら口を開いた。
「敵の拠点ですが、現在、魔族軍は北部にある町と村のほぼ全てを制圧しております。どの拠点にも大きな戦力が配備されており、特に大都市であるジンカーンの町とセルフストの町は他の拠点とは比べ物にならないくらいの戦力が配備されております」
「ジンカーンと町とセルフストの町か……モナ殿から聞いたが、各拠点の魔族軍はその二つの都市から物資などを補給しているのだろう?」
「ハイ、その二つの町を解放すれば魔族軍は補給ができなくなり、他の拠点の魔族軍の動きを鈍らせることができると我々は考えております。そのため、現在我々はジンカーンの町とセルフストの町に向かうため、周辺の拠点で最も敵戦力が低い場所を解放し、そこを拠点に二つの都市を解放しようと思っております」
ゴルボンの説明を聞き、ダークは腕を組みながら低い声を漏らす。アリシアたちも地図の上に置かれている駒を見ながら難しそうな顔をしていた。
ダークたちはルギニアスの町を出発する直前にモナたちから簡単な情報を聞いていたが、詳しい情報などは全く分からないため、直接最前線で戦うゴルボンたちから聞く必要があった。そして、戦況は予想以上にマルゼント王国軍が不利だと知り、ダークたちは驚いている。
「……因みにその最も戦力が低い敵拠点と言うのは?」
「此処から北西に行った所にあるシュペーベルと呼ばれている村です。あそこを制圧している魔族軍は一個大隊ほどで他の拠点よりも戦力が低く、もっとも制圧しやすい拠点です」
「……その村を解放したあとはどうする?」
「そのまま東に向かって進軍し、セルフストの町を解放します。その後、セルフストの町の近くにある敵拠点を解放し、その後にジンカーンの町の解放へ移るつもりです」
今後の作戦内容をゴルボンは丁寧に説明し、それを聞いたモナとダンバはそれが一番いい作戦だと思っているのか、無言でゴルボンを見ながら説明を聞いている。しかし、ダークは若干納得できないような様子で地図を見ており、腕を組むのをやめてゴルボンに視線を向けた。
「その作戦だが、全ての拠点が解放されるまでにどのくらいの時間が掛かる?」
「えっ、時間ですか? そうですね……早ければ二ヶ月ほどで全て解放できると思いますが……」
「……時間が掛かり過ぎるな」
ダークの一言にモナやダンバ、ゴルボンたちは驚きの表情を浮かべる。これまでの情報と魔族軍の戦力を考えて最も効率がよく、時間の早い作戦を時間が掛かり過ぎると言われたのだから驚くのは当たり前だ。
モナたちが驚く中、アリシアたちは無表情でダークを見ており、ダークは驚くモナたちはジッと見つめる。
「ダ、ダーク陛下、お言葉を返すようですが、この作戦は我々がこれまで手に入れた情報を分析し、最も早く拠点を解放できると計算して立てた作戦です。これ以上時間を早めることは不可能です」
「確かに、貴殿らだけで行動するになら、それが一番いい作戦と言えるだろう……しかし、今は私たちがいる」
「は?」
ダークの言っている言葉の意味が分からず、ゴルボンは小首を傾げる。モナとダンバ、他の騎士たちも同じなのか、目を丸くしながらダークを見ている。
モナたちが呆然としている中、ダークは地図を見つめながら黙り込む。しばらく地図を見つめると、ダークはチラッとモナの方を向いた。
「モナ殿、このマララムの町からジンカーンとセルフストの町へ最短距離で行くとすればどの経路で向かえばいい?」
「え? そ、それは勿論、此処から真っすぐ北に向かって進軍するのがいいです。ですが、途中にある敵拠点には二個大隊以上の戦力があるので、現状の戦力では解放するのは難しいと思われます」
現状では最短ルートを通ってジンカーンの町とセルフストの町を解放することはできないとモナは語り、ゴルボンたちもそのとおり、と言いたそうな顔でダークを見ている。
モナたちも本当は早くジンカーンの町とセルフストの町を解放したいと思っている。しかし、敵との戦力が違いすぎて戦力の大きな敵拠点を解放することはできない。自分たちの国に攻め込んできた魔族から拠点を解放することができない現実をモナたちは心の中ではとても悔しく思っていた。
「確かに二個大隊以上の戦力がある拠点を解放するのは難しい……今までの戦力ならな」
「え?」
ダークの口から出た言葉にモナは声を漏らし、ダンバやゴルボンたちも反応する。
「あの、ダーク陛下、先程のお言葉、今の戦力なら拠点を解放できると仰っているように聞こえたのですが……」
「そう言ったつもりなのだが?」
「えっ? ……で、ですが、この町の戦力では二個大隊以上の魔族軍に勝つことはほぼ不可能です」
「いいや、勝つことは可能だ。なぜなら、今此処に私たちがいるからだ」
自分の胸に手を当てながらダークは語り、そんなダークを見てアリシアたちも笑みを浮かべる。一方でモナたちはダークがどうしてこれほどの自信を持っているのかが理解できず、困惑したような顔をしていた。
ダークやノワールの力が強いことはモナやダンバは知っている。だが、そんな彼らでも人間以上にレベルを上げられる魔族と大量の悪魔族モンスターが相手では勝ち目は無いと思っていた。
「ダーク陛下、陛下やノワール君の力は確かに強いです。ですが、お二人でも魔族に勝つのは難しいと……」
モナがダークに魔族には敵わないと語ろうとした、その時、突然部屋に一人のエルフの兵士が飛び込むように入り、ダークたちは一斉に視線を兵士に向ける。
「ゴ、ゴルボン殿! 町の北側に魔族軍が現れました!」
「何っ!」
ゴルボンは目を大きく見開きながら声を上げ、モナやダンバ、部屋の中にいた騎士たちも驚きの表情を浮かべた。ダークやアリシアたちは驚くことなく黙って兵士を見ている。
兵士は呼吸を荒くしながらダークたちの方を向き、呼吸が整うと細かい情報を語り始めた。
「魔族軍は北門から離れた所におり、少しずつこの町に近づいて来ています」
「日が沈みかけているこの時間に現れるとは、さすがは魔族、ずる賢い奴らだ……それで、敵戦力は?」
「ほとんどが下級悪魔族モンスターと中級悪魔族モンスターで編成されています。数は千近くで、悪魔たちの中に分隊長と思われる魔族の騎士がいるのも確認しました」
「せ、千だと!?」
あまりに大きな敵戦力にゴルボンは驚愕の表情を浮かべ、モナたちも微量の汗を流す。魔族軍は今度の襲撃でマララムの町を制圧しようとしているとモナたちは感じていた。
現在、マララムの町にいるマルゼント王国軍の戦力は四百ほどで、ダークたちが連れてきた増援部隊を加えても七百ほどしかなく、魔族軍よりも遥かに戦力が少ない。今の状態で迎撃しても魔族軍に勝てる可能性は低いとモナたちは考えている。
「フッ、こんなに早く魔族軍と戦えるとはな」
どうすればいいのかモナたちが考えていると、ダークが目を薄っすらと赤く光らせながら楽しそうに語り、ダークの言葉を聞いたモナたちは視線をダークに向ける。
ダークだけでなく、ノワールとレジーナ、ジェイクも小さく笑っており、アリシア、マティーリア、ファウは表情を鋭くしている。千近くの敵が攻めてきているのに、焦りを見せないダークたちを見てモナは呆然としていた。
モナたちが目を丸くしていると、ダークはゆっくりとモナの方を向いた。
「モナ殿、私たちがいれば二個大隊以上の魔族軍にも勝てると私は言ったな?」
「え? え、ええ……」
「これから魔族軍と戦い、それを証明する。一緒に町の北へ来てくれ」
普通に魔族軍と戦うと言うダークにモナはまばたきをする。どうしてこの人は今の状況でこれほど余裕でいられるのか、モナには全く理解できなかった。それはダンバとゴルボンも同じだ。
「おい、我々を北門へ案内しろ」
ダークは驚くモナたちをそのままにし、報告に来た兵士に案内を頼む。兵士は突然案内を頼んでくるダークに困惑し、チラッとモナたちの方を向いてどうすればいい、と目で尋ねる。
兵士と目が合ったモナは小さく俯いて考え込んだ。もしかすると、ダークたちなら本当に魔族軍を倒してくれるかもしれない、僅かにそう感じたモナはゆっくりと顔を上げ、真剣な表情を浮かべながら兵士を見た。
「陛下たちをご案内してください。私たちも行きます」
「ハ、ハイ」
モナの指示され、兵士はダークたちを北門へと案内し、モナとダンバもその後に続く。ゴルボンや他の騎士たちも自分たちだけ此処にいる訳にはいかないと、武器を手に取り部屋を出た。
屋敷を出たダークたちは馬や荷馬車に乗って北門へと向かう。北門へ向かう途中、街道の様子を窺ったが住民たちの姿は無く、街道は静まり返っている。既に兵士たちが魔族軍が近づいていることを伝え、住民たちは全員屋内に避難しているようだ。
いくら防衛力が高い町でも、やはり戦闘が始まるとなったら住民たちは身を隠すのだな、とダークたちは街道を見ながら思った。そんな静まり返った街道を走りながらダークたちは北門へと移動する。
ダークたちが北門前の広場に到着すると、そこには大勢の兵士や騎士、魔法使いが騒いでいる姿があった。全員が慌てて状況確認や戦いの準備を進めており、予想以上に混乱しているのを目にした四元魔導士やゴルボンたちは驚きの表情を浮かべている。
兵士たちが騒いでいる中、報告に来たエルフの兵士はダークたちを城壁の上に上がる階段へと案内し、ダークたちはその後に続く。階段を上がり、城壁の上にやって来たダークたちは北を確認する。
北門から約2kmほど離れた位置には大量のモンスターの姿があり、地上と空中の両方からこちらに向かって来ている。モンスターの殆どがブラッドデビルやヘルハウンド、フェイスイーターのような下級の悪魔族モンスターだが、中にはブラックギガントやオックスデーモンのような中級の悪魔族モンスターの姿もある。そして、その近くには黒い鎧を身に付けた耳の尖った人間のような生き物、魔族の兵士たちがいた。
「ほお、あれが魔族軍か。戦力の殆どが悪魔族モンスターだと聞いてはいたが、本当だったとはな」
魔族軍の戦力を確認したダークは意外そうな口調で呟く。まだ日は沈んでいないので、遠くにいる魔族軍の姿はハッキリと確認できる。アリシアたちも望遠鏡で魔族軍を見ながら表情を鋭くしていた。
「確かにあれほどの大軍勢では兵士たちが慌てるのも無理は無いな。いくら敵の殆どが下級悪魔でもあの数を相手にするのはさすがに厳しい」
「だろうな、しかも連中の中には中級の悪魔や魔族軍の兵士もいるんだ。普通に考えればあれに勝つのは不可能だ」
アリシアとジェイクが戦況の口にすると、近くにいたモナやゴルボン、兵士たちは視線を二人に向ける。分かっていることをハッキリと口で言われ、兵士たちは現状に絶望を感じ、同時に勝つのは不可能と言うジェイクの発言に小さな怒りを感じた。
「……ダーク陛下、いったいどうされるおつもりですか?」
モナは僅かに低い声を出しながらダークに問いかける。声の低さから、彼女もアリシアとジェイクの言葉に少し気分を悪くしているようだ。
ダークはモナをチラッと見ると、視線を遠くにいる魔族軍に戻して腕を組んだ。
「そうだな……まずは魔法で敵の戦力を少し削ぐとしよう」
「ま、魔法で削ぐ? 敵は千体以上もいる大軍なのですよ? 例え魔法を使っても倒せる敵は精々一割がいいところです。それでは戦況に変化は……」
「……フッ、確かに普通ならそう考えるだろう。だが、私たちは違う。モナ殿、これから起きる光景を見れば、その考え方も変わるさ」
そう語りながらダークは隣に立っているノワールの方を向く。ノワールはダークの顔を見ると頷いて一歩前に出る。モナたちは何をするつもりなのだ、と言いたそうな顔で前に出たノワールを見つめた。
ノワールは遠くにいる魔族軍を見ながらゆっくりと両手を前に伸ばす。すると、ノワールの前に赤い魔法陣が展開され、それを見たモナたちは目を見開く。これからノワールが何かの魔法を発動させると知り、モナたちの表情に緊張が走る。
アリシアたちはノワールがどんな魔法を使うのだろう、と興味のありそうな顔で見ており、ダークは腕う組んだまま薄っすらと目を赤く光らせた。
ノワールが魔法を発動させる準備をしている間も魔族軍は進軍し続け、とうとう北門の約1km前まで近づいて来た。兵士たちの焦りは更に酷くなり、早く迎撃の準備をしなくてはと慌て始める。だがその直後、ノワールが魔法を発動させた。
「炎王の爆撃!」
ノワールが叫ぶと、目の前に展開されていた魔法陣が消え、代わりに魔族軍の真上に大きな赤い魔法陣が展開された。
魔族軍の悪魔族モンスターたちは鳴き声を上げたり、涎を垂らしたりしながらマララムの町に向かって進軍しており、その中にいる魔族軍の兵士たちはマララムの町もこれで制圧できると考えているのか、不敵な笑みを浮かべていた。すると、魔族兵の一人が頭上に展開された魔法陣に気付き、足を止めて空を見上げる。
いったいあれは何なのか、魔族兵たちが不思議に思いながら空を見上げていると、魔法陣の中心に黄色い光が集まり、それは地上の魔族軍に向かって一直線に落下した。
光が魔族軍の中心に落ちた瞬間、大爆発が起こり、魔族兵や悪魔族モンスターたちは爆発に呑まれ、何が起きたのか分からないまま消滅する。
爆発によってとてつもない爆風が起こり、それはマララムの町にまで届いた。城壁の上にいたレジーナたちや兵士たちは爆風に驚きながら、飛ばされないよう必死にその場で踏ん張ったり、何かに掴まったりする。ダークとノワールは普通に立っており、アリシアは少し下半身に力を入れながら立っていた。
やがて爆風が治まっり、モナは体勢を直して爆発が起きた場所を見る。そこには煙を上げる大きなクレーターがあり、その周りには運よく生き残った悪魔族モンスターや魔族兵たちが倒れている姿があった。
「こ、これは……」
目の前ので起きた光景にモナは震えた声を出す。ダンバやゴルボン、周りにいる騎士や兵士たちも驚愕の表情を浮かべていた。
<炎王の爆撃>は魔法陣から敵に向かって光を落とし、爆発で相手に攻撃する火属性最上級魔法の一つである。その攻撃力は最上級魔法の中でも上位に位置し、爆発範囲も広く、回避や防御はほぼ不可能と言われているほどだ。ただし、大爆発を起こすので地下などでは使えず、MPの消費も激しいため、少々癖のある魔法だと言われている。
たった一撃の魔法で魔族軍の半分以上が消滅し、生き残った敵はほんの僅か。今回は千を超える敵軍を攻撃するため、ノワールも少し力を込めて魔法を発動したようだ。
ダークたちの真の力を知らない者が一撃で多くの敵を倒す光景を見れば驚くのは当然のことだ。モナたちは自分たちは夢を見ているのか、そんな気持ちで魔族軍を見続けている。
「おおぉ~、流石はノワールだな」
「あんなに沢山いた悪魔たちが殆ど吹っ飛んじゃった」
「フッ、とんでもない魔法を使うとは思っていたが、まさなあんな大爆発を起こす魔法を使うとはのぉ」
「ええ、流石ダーク陛下の使い魔です」
モナたちが驚いている中、ジェイク、レジーナ、マティーリア、ファウは笑いながら爆発が起きた場所を見ている。四人はダークとノワールが神に匹敵する力を持っているのを知っているため、今更大爆発が起きたくらいでは驚かなかった。
アリシアも流石、と言いたそうに小さく笑っており、モナたちはそんなアリシアたちを見て目を見開いている。これほど強大な力を目にして驚かずにいるアリシアたちの精神力にモナたちは驚きを隠せなかった。
「大丈夫か、モナ殿?」
驚いているモナにダークがそっと声を掛ける。モナはダークの声に反応し、フッと彼の方を向く。その表情は驚いたままでそんなモナを見たダークも少し驚いた。
「だ、大丈夫か?」
「あ、ハ、ハイ……大丈夫です」
モナは深呼吸をし、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。しばらく深呼吸を続けて気持ちが落ち着くとダークの方を向く。その表情からはまだ僅かに動揺が見られた。
「すみません、お見苦しいところをお見せして……」
「いや、気にすることはない」
ダークはモナをフォローするように語り、モナは軽く頭を下げ、ダークのフォローする言葉に感謝した。
改めてモナは爆発が起きた場所を見て魔族軍の状態を確認する。生き残った魔族軍は爆風の衝撃でダメージを受けているのか、まともに動ける者は少ない。誰がどう見ても壊滅状態と言っていい位のダメージを受けていた。
モナは千近くの魔族軍を壊滅的ダメージを与えたノワールの魔法がどんなものなのか気になっていたが、そんな強力な魔法の情報を聞き出して大丈夫なのか、と僅かに不安を感じており、ダークやノワールに聞き出すことができなかった。現にモナ以外の者たちも爆発で魔族軍が消滅した光景を見て恐怖を感じているのか小さく震えている。
「さて、これで攻めてきた魔族軍の戦力の七割ほどを削ぐことができたわけだが、この後はどうする? 」
「そ、そうですね……敵はもう戦える状態ではありませんが、このまま生き残りを逃がすと敵にこちらの情報を知られてしまいます。追撃するべきでしょう」
「そうか。なら、その役、私たちが引き受けよう」
そう言ってダークは背負っている大剣を抜き、アリシアも腰のフレイヤを抜いた。レジーナたちも自分の得物を強く握っており、モナたちは武器を取るダークたちを呆然と見ている。
「ダ、ダーク陛下?」
「貴殿らはそこで見ていてくれ、私たちの力のほんの一部をな」
そう言ってダークは城壁から町の外へ跳び下り、アリシアもそれに続くように跳んで二人は地上に着地した。数mの高さを持つ城壁の上から跳び下りて怪我一つせずに着地したダークとアリシアを見たモナたちは再び驚きの表情を浮かべる。
レジーナ、ジェイク、ファウはさすがに跳び下りれないため、階段を下りて北門の隣にある扉から外に出る。ノワールとマティーリアは浮遊魔法と竜翼を使って飛び上がり、空から町の外に出て魔族軍の下へ向かった。
次々と予想外のことをやって見せるダークたちにモナたちはもう驚き疲れたのか、ただ目を丸くしながらダークたちの姿を見ていた。