第二百四十四話 救いを求める者たち
マルゼント王国の首都、ルギニアスの町にある王城では大勢の騎士や兵士が騒いでいた。原因は人間界に侵入し、マルゼント王国領を荒らす魔族軍にあった。
騎士たちはマルゼント王国を侵略していく魔族軍と戦うため、武具の準備や部隊の編成をするために王城を走り回っており、そんな騎士や兵士たちを王城で働くメイドや執事たちは呆然と眺めている。その中には、命を賭けて魔族軍と戦うための準備をする騎士たちを心の中で応援する者もいた。
王城の会議室では国王であるルッソ・オムダール・コルジムトを始め、四元魔導士や大勢の貴族が集まって会議を行っている。議題は勿論、魔族軍と今後、どのようにして戦うかについてだ。
ルッソは椅子に座りながら目の前の机に広げられている地図を見ており、四元魔導士と貴族も机を囲みながら地図を見ている。地図の上には魔族軍を表す黒い駒、マルゼント王国軍を表す赤い駒が幾つも置かれてあった。
「魔族軍は我が国の町や村を次々と制圧し、現在はこの首都に向かって進軍しています」
「そうか……」
貴族の報告を聞いたルッソは小さく俯きながら呟く。その表情は暗く、そんなルッソを四元魔導士や貴族たちは気の毒そうな顔で見つめていた。
数日前、ガロボン砦の兵士から魔界に繋がる転移門の封印が解け、大量の悪魔族モンスターがこの世界に現れたことを聞かされたルッソや貴族たちは衝撃を受けた。そして、その直後に魔族軍の使者が王城に現れてルッソたちに宣戦布告をし、ガロボン砦を制圧したことを伝える。
使者の宣戦布告に対し、戦争を望まないルッソは話し合いをしたいと語るが、使者はルッソの提案を拒否し、徹底的に戦うとだけ告げて去ってしまった。残されたルッソたちはどうすればいいか話し合い、何もしなければ国民が傷つき、国が崩壊してしまうと考え、貴族たちは戦うべきだと語る。ルッソも国民のためなら戦うしかないと魔族軍と戦うことを決意した。
マルゼント王国は魔族軍に奪われたガロボン砦と神殿を奪還するためにすぐに軍を派遣するが、魔族軍は既にガロボン砦の近くにある町や村を幾つも制圧してそこに防衛線を張っており、マルゼント王国軍は神殿に辿り着くことができなかった。
制圧された町や村を奪還しようにも魔族軍の強大な戦力に圧倒され、マルゼント王国軍は町や村を解放できずに敗戦を続けてしまう。一方で魔族軍はマルゼント王国軍を返り討ちにしながら少しずつ制圧領土を広げていき、僅か数日で北部の町や村のほぼ全てを制圧してしまった。
「戦況は圧倒的に我々が不利だ。このままでは魔族軍がこの首都に辿り着くのも時間の問題だ……何か良い案はないか?」
ルッソは貴族たちの方を向いて戦況を変える作戦がないか尋ねる。しかし、いい作戦がないのか貴族たちは全員俯いて暗い顔をしていた。ルッソは貴族たちの反応を見ると疲れを感じさせるような溜め息をつく。
「……モナ、お前はどうだ?」
貴族から案を聞けなかったルッソは四元魔導士の一人であり、マルゼント王国の軍師であるモナ・メルミュストに尋ねる。モナは机の上の地図を見ながら黙り込み、しばらくしてルッソの方を向いて口を開いた。
「魔族軍はガロボン砦を始め、北側にある拠点のほぼ全てを制圧し、防衛拠点としています。ですが、大都市以外の小さな町や村には大した戦力は配備されていないことが偵察隊の報告で分かりました。魔族軍を押し戻すのなら、大都市を解放し、その後に周辺の町や村を解放していくべきでしょう」
そう言ったモナは地図を見て、黒い駒が多く置かれてある二つの町を指差す。ルッソや貴族たちもモナが指差す町に注目した。
「魔族軍の戦力が集中している二つの大都市、北東にあるジンカーンの町と北西にあるセルフストの町、この二つの大都市は常に周辺拠点に物資などを送っています。この二つを解放できれば周辺の拠点は補給線を絶たれ、身動きが取れなくなります。その状態で叩けば……」
「しかし、ジンカーンとセルフストに辿り着くには途中にある敵拠点を何とかせねばならんぞ?」
モナの話を聞いていた一人の貴族が発言し、モナやルッソ、他の貴族たちが視線を発言した貴族に向ける。
ジンカーンの町とセルフストの町の周りには無数の町や村があり、魔族軍はその町や村を利用して二つの大都市を囲むように防衛線を張っている。つまり、どの方角から進軍しても、必ず魔族軍と戦うことになるということだ。そんな状態で二つの大都市に近づくのは非常に難しかった。
「そのとおりです。ですから、敵の拠点の中で最も戦力の少ない拠点を一つ選び、そこを解放したらすぐにジンカーンとセルフストの町へ向かいます」
「解放すると簡単に言うが、敵の戦力はかなりのものだぞ? 貴殿の言うとおり、ジンカーンとセルフストと比べたら他の町や村の敵戦力はかなり少ない。だが最低でも一個大隊程の戦力はある。しかも敵は悪魔族モンスターたちを従えているのだ、解放するのは難しいと思うぞ」
貴族は魔族軍の戦力を考え、普通のやり方では拠点の解放は難しいと語り、それを聞いた他の貴族たちも、確かにそうだと言いたそうな顔をする。モナも魔族軍の戦力の大きさは知っているため、貴族の言葉を否定せずに黙って貴族を見ていた。
「確かに、今まで何度も拠点を解放するために部隊を送り込んだが、ことごとく失敗している。並の戦力をぶつけてもまた返り討ちに遭うだけだ……その点はどうするつもりだ?」
モナの隣に立っていた四元魔導士のリーダー、ハッシュバル・ベスベリクが腕を組みながらモナに尋ね、同じ四元魔導士のダンバ・タイザリガスも黙ってモナを見ている。モナは目を閉じて小さく俯き、ルッソたちはモナをジッと見つめて彼女が答えるのを待った。
しばらくすると、モナはゆっくりと目を開けてルッソの方を向いた。
「……陛下、やはりあの方法を取るしかないと私は思います」
「あの方法……周辺国家に救援を求めるという方法か?」
「ハイ」
モナはルッソを見ながら頷き、周りの貴族たちはルッソの言葉を聞いて驚きの反応を見せる。
実は魔族軍の使者が宣戦布告をした日、モナたち四元魔導士はルッソの下に集められ、魔族軍との戦いについて話し合いをしたのだ。その時、モナは周辺国家に救援を求めるという案を出したのだが、マルゼント王国はこれまで周辺国家とは大きな交流も無く、同盟も結んでいないため、ルッソは周辺国家が力を貸してくれる可能性は低いだろうと考えた。
だが、魔族軍の正確な戦力が分からない以上、マルゼント王国の戦力だけで戦うのは難しいとモナはルッソを説得する。ルッソは周辺国家に助けを求めるべきが悩むが、結局答えは出ず、救援の件はそのまま保留となった。
「……モナ、あの時も言ったように今まで交流を持たなかった国にいきなり救援を求めても、彼らが力を貸してくれる可能性は低いと思うぞ」
「しかし、このルギニアスや他の町を防衛を考えると、これ以上最前線に戦力を送ることはできません。できたとしてもほんの僅かな戦力だけです。冒険者たちも自分たちの町を護るために動けませんし、周辺国家に救援を求めるしか方法はありません」
現状では他に方法は無いとモナは語り、ルッソは目を閉じて俯く。彼も今の状態ではいつまで経ってもい魔族軍に勝利することはできないと薄々感じていた。
「それに魔族軍はこの世界を征服すると言いました。それはつまり、この国を手に入れた後に他の国にも同じことをするということです。周辺国家にも被害が出るということを伝えれば、彼らも協力してくれるはずです」
モナは真剣な表情を浮かべながら自分たちが敗北したらどうなるかを語る。ハッシュバルたちもモナとルッソの会話を聞いて、もう救援を求めるしか方法が無いと感じ始めたのか、ルッソを見ながら周辺国家に救援を要請してほしいと言いたそうな顔をしていた。
ルッソはモナたちが見ている中、目を閉じたまま黙り続ける。そして、ゆっくりと目を開けるとモナの方を向いた。
「確かに、万が一我々が敗北すれば他の国でも大きな犠牲が出る。何よりも、交流がないからと言って何もせずにいるのは愚かな行為だ……分かった、周辺国家に救援を要請しよう」
「陛下」
周辺国家に救援を求めることを決めたルッソを見てモナは笑顔を浮かべる。ハッシュバルたちもルッソの答えを聞いて安心したような反応を見せた。
「それで、どの国に救援を求めるつもりだ? 魔族軍に勝つとなると強い力を持つ者がいる国に救援を求めた方がいいと思うぞ?」
ハッシュバルが周辺国家のどれを選ぶかモナに尋ねると、モナは難しい顔をしながら俯く。魔族軍の戦力、そして魔族軍にどれ程の強者がいるか分からないため、モナもハッシュバルと同じように強い戦士や魔法使いがいる国を選ぶべきだと考えていた。
「強い戦士、そして戦力から考えるのなら、デカンテス帝国ですね。しかし、あの国は例の新国家、ビフレスト王国との戦争で大きな被害が出ており、期待はできないでしょう」
「確かにそうだな……なら、その帝国に勝利したビフレスト王国はどうだ?」
救援をビフレスト王国に求めるというハッシュバルの言葉を聞いた貴族たちは一斉に反応する。
貴族たちの中には大陸最大の領土と戦力を持つデカンテス帝国に勝利した国なら強い力を持っているから期待できるだろう、と笑みを浮かべる貴族がいる。だが中には少し前に建国されたばかりの小国など頼りになるのか、と不安を見せる貴族もいた。
「……モナ、お前はどう思う?」
ルッソがモナにビフレスト王国に救援を求めるべきか尋ねると、モナは自分の顎を指で軽く摘まみながら考え込んだ。
「そうですね……確かに帝国に勝利するほどの実力を持っている国が協力してくれるのであれば、魔族軍に勝利できるかもしれません。あの国は建国されたばかりですが、既にセルメティア王国とエルギス教国の二国と同盟を結んでいます。信用できると思います」
「そうか……なら、ビフレスト王国に救援を要請するということにしよう」
ルッソの出した答えを聞いて、四元魔導士は無言で頷く。ビフレスト王国に期待していた貴族たちは笑みを浮かべて納得し、不安を感じていた貴族たちも国王であるルッソが決めたのなら、それに従うと考えているのか文句などは口にせずに黙っていた。
「すぐにビフレスト王国に救援要請の親書を送るとしよう。あの国に魔族たちを倒せるほどの強大な力を持つ者がいるといいのだがな……」
ビフレスト王国に強者がいてくれるよう、ルッソは目を閉じながら願う。モナも英雄級の実力者がいてくれることを願いながらをルッソを見ていた。すると、モナは何かを思い出したのか、フッと顔を上げて目を見開き、そんなモナを見たハッシュバルは不思議そうな顔でモナを見つめる。
「陛下、ビフレスト王国に救援を要請するのと同時に、ある人物をこの戦争に協力していただくよう、依頼をしたいのですが、お許しいただけますか?」
「ある人物?」
「ハイ、ゼルデュランの瞳の一件でお世話になった、モルドール殿と言う方です」
モナの口から出た名を聞いたルッソは反応し、ハッシュバルたちも意外そうな顔でモナを見ていた。
嘗て、ルギニアスの町で悪行の限りを尽くしていた犯罪組織ゼルデュランの瞳。モルドールという人物はそのゼルデュランの瞳の壊滅に協力した者だと、ルッソや貴族たちは聞いている。勿論、モルドールが強力な魔法使いであるということも聞いており、どれ程の力を持っているのか、ルッソたちは興味を抱いていた。
「お前やハッシュバルが言っていた魔法使いの老人か……だが、その者は軍の人間でも冒険者でもないのだろう? 魔族との戦いに進んで参加するとは思えんが……」
「……もし、彼が協力を拒否したら、その時は諦めます。ですが、あの方なら協力してくれると私は信じています」
自信に満ちた口調で語るモナをルッソは無言で見つめる。四元魔導士であり、軍師であるモナがこれほど自信満々に言うのだから、もしかしたら、大丈夫かもしれないとルッソは感じた。
「……分かった、お前に任せよう」
「ありがとうございます」
ルッソの許可を得るとモナは笑いながら礼を言い、そんなモナをハッシュバルは小さく笑いながら見ていた。彼もモルドールが戦いに参加してくれるだろうと思っているようだ。
その後、ルッソたちは魔族軍との今後の戦いについて話し合い、会議が終わると四元魔導士と貴族は会議室を後にした。一人会議室に残ったルッソは椅子に座りながら天井を見上げ、魔族軍に勝利できるのだろうかと不安そうな表情を浮かべる。
会議が終わると、ルッソは王城を出て街へと向かう。ハッシュバルとダンバもモナと共に街へと向かった。モナたちが街へ向かう理由、それは勿論、モルドールに魔族軍との戦いに参加することを依頼するためだ。
「モルドール殿に協力を依頼する、か……よく思いついたな?」
「私も会議中に彼のことを思い出して、協力を依頼しようと思ったんです」
「そうか……しかし、あれだけ世話になった人を今まで忘れていたとは、私たちも情けないな」
街へ続く街道を歩きながらハッシュバルは苦笑いを浮かべ、モナも前を見ながら確かに、と言いたそうに小さく笑う。
ゼルデュランの瞳との戦いではモルドールに世話になったが、モルドール以上に自分たちに力を貸してくれた存在がおり、彼らの方が存在感が大きかったため、モルドールのことをスッカリ忘れてしまったのだ。
「ところでモナ、モルドール殿に強力を依頼すのなら、ノワール君にも協力を依頼した方がいいのではないか?」
ダンバが歩きながらモナに話しかけると、モナは歩きながら首を横に振った。
「ノワール君はこの町にはいませんから、依頼しようにも依頼できません。それに、あんな小さな子供を魔族との戦いに参加させるなんて、とてもできませんよ」
まるで弟を心配する姉のようにモナを見てハッシュバルとダンバは意外そうな顔でまばたきをする。
ゼルデュランの瞳の一件以来、なぜかモナはノワールに対して愛情のような感情を持つようになり、二人はそんなモナを見る度に不思議に思うようになった。
「……それで何処へ行くんだ? モルドール殿が何処にいるのか分かっているのか?」
モナの反応を不思議に思いながら、ダンバが行き先を尋ねると、モナは歩きながらダンバの方を向く。
「いいえ、残念ながら何処にいらっしゃるのかは分かりません。ですが、彼は銀蝶亭に泊っていらっしゃるので、銀蝶亭で待っていれば、必ずモルドールさんに会うことができます」
「成る程、それなら確かに会えるな」
モナの話を聞いたダンバは納得の反応を見せる。しかし、マルゼント王国の軍師としてはあまりにも単純な考え方だと心の中で少しだけ呆れていた。
「なら、急いで商業区へ向かうぞ。もしかしたら、何処に外出せず、銀蝶亭の部屋にいらっしゃるかもしれないからな」
ハッシュバルはそう言いながら早足で歩き、モナとダンバもそれに続くように歩く速度を上げる。四元魔導士の三人は一人の老人に会うため、急いで商業区にある高級宿へと向かった。
商業区の街道にやってきたモナたちは住民たちの間を通りながら移動し、目的地の銀蝶亭に辿り着いた。モナたちは横一列に並びながら入口前で銀蝶亭を見上げる。
「いつ見ても此処は存在感が半端じゃないな」
「当然だろう、一流の冒険者や町を訪れた貴族くらいしか泊まることができないのだからな」
「そうだな……だが、そうなると此処に泊っているモルドール殿もそっちの人間かもしれないな」
銀蝶亭を見上げながらダンバとハッシュバルは語り合う。二人はモルドールが一流の魔法使いであることは知っているが、それ以外のことは何も知らない。何処の出身で、貴族なのか平民なのか。ハッシュバルたちは協力を依頼する時にそのあたりのことも調べてみようかと考えていた。
「それでは、中に入ってモルドールさんがいらっしゃるが聞いてみましょう」
モナはゆっくりと歩き出して銀蝶亭の入口である扉へと近づく。ハッシュバルとダンバもモナの後に続いて歩き出した。
「おや、四元魔導士の皆さんではありませんか?」
聞き覚えのある声が聞こえ、モナたちは足を止めて振り返る。そこには黒いタキシード姿でシルクハットを被った老人、モルドールが立っていた。
「モルドールさん」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ええ、見てのとおり」
「そうですか、それは何よりです。ところで、今日はどうして銀蝶亭に?」
モナたちが銀蝶亭にやってきた理由を訊くと、モナは真剣な表情を浮かべながらモルドールを見つめる。
「……実はモルドールさんにお願いがあって来たのです」
「お願いですか?」
「ハイ、少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「……分かりました。立ち話もなんですし、私の部屋へ」
モルドールは銀蝶亭へと入り、モナたちもその後について行き、モルドールが借りている部屋へと移動した。
部屋に着くと、モナは早速モルドールの下を訪ねた理由を話し始める。魔族がこの世界にやって来たこと、魔族が宣戦布告し、マルゼント王国の領内を侵攻していること、その魔族軍と戦うためにモルドールに協力を依頼しに来たことなど、モナたちは全て説明し、モルドールはそれを黙って聞いていた。
「魔族軍との戦争ですか……」
「現在、我が軍は侵攻する魔族軍に苦戦しています。最前線で何とか踏みとどまっていますが、このままではいつかこの首都にまで攻め込んで来るでしょう」
ソファーに座りながら現状を聞いたモルドールは目を閉じ、向かいのソファーに座るモナたちはそんなモルドールを黙って見つめる。
「それで私に魔族軍との戦いに参加することを依頼するため、此処に来られたと言うわけですね?」
「そのとおりです。モルドール殿の力はゼルデュランの瞳の一件でよく理解しております。貴方が戦いに参加してくだされば、魔族軍を押し戻し、我が軍の士気も高まるはずです。モルドール殿、どうか我が国のために共に魔族と戦ってくださいませんか?」
ハッシュバルが戦いへの参加を頼むと、目を閉じていたモルドールはゆっくりと目を開けて目の前で座っている四元魔導士たちを見た。
「話は分かりました。しかし、それは難しいと思います」
「なぜでしょうか?」
「私は主の命を受け、調べ物をするためにこの町に来ています。仕事を放棄して町の外に出ることはできません」
「主と言うのは、シグルドさんのことですか?」
モナはゼルデュランの瞳の一件で出会った漆黒の全身甲冑を装備した騎士のことを思い出して確認すると、モルドールはゆっくりと頷く。
「そのとおりです。あのお方の許可を得てからでないと、どうすることもできません。それにもし、あの方が戦いに参加することに反対されたら、私に貴方がたをお助けすることはできなくなります」
「そう、ですか……因みに、シグルドさんはどちらに住んでいらっしゃるのですか?」
「申し訳ありませんが、いくら四元魔導士の方々でも、主人の情報をお話しすることはできません」
情報を話すのを拒否したモルドールを見てモナは少し残念そうな顔をした。この時、モナは許可を得る必要があるのなら、直接シグルドに会いに行ってモルドールを貸してほしいと頼みに行くつもりでいた。しかし、シグルドの居場所が分からないため、直接頼みに行くことができず残念に思ったようだ。
国の存亡が係っているため、少し強引に聞き出そうとも思っていたが、ゼルデュランの瞳の一件で世話になった者から無理に聞き出すことはできない。何よりも、自分たちより強い力を持つ者から強引に情報を聞き出そうとは思えなかった。
「では、次にシグルドさんがこの町に来られるのは何時でしょうか?」
「申し訳ありませんが、私にも分かりません。この前はゼルデュランの瞳に関わったので、様子を確認するために来られただけですから」
頼みに行くことができず、シグルドがいつ来るかも分からない、モナたちはモルドールに依頼するのは無理かもしれないと感じてきたのか、少しだけ不安を見せる。
今こうしている間にも魔族軍は少しずつ首都であるルギニアスの町に向かって侵攻している。四元魔導士も最前線に向かうになっているため、いつ来るかも分からない者を待つためにルギニアスの町に留まっているわけにもいかない。モナたちは悔しそうな顔をしながら俯いた。
モルドールは俯くモナたちを無言で見つめている。モルドールにとっては主の命令が最優先であるため、例えモナたちが困っていても助けることはできなかった。
「……因みに、私以外にはどなたにも協力を依頼していないのですか?」
「いいえ、もう一つ、ビフレスト王国に救援を要請することになっています」
「ビフレスト王国?」
ハッシュバルから国の名前を聞かされたモルドールは意外そうな表情を浮かべる。自分の国が救援を要請されているとは思っていなかったため、モルドールも少し驚いたようだ。
モルドールは小さく俯きながら顎に手を当てて何かを考え始め、モナたちは突然考え込むモルドールを見ながら不思議そうな顔をする。
「モルドールさん、どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません……お話を戻しましょう。現状では主の許可を得られないため、私が皆さんのお力になるのは無理だと思います」
「そうですか……」
期待していたモルドールに協力を依頼することができないと知ってモナは軽く溜め息をつく。ハッシュバルとダンバも予想外の結果に複雑そうな表情を浮かべていた。すると、そんなモナたちにモルドールが声を掛ける。
「ですが、ビフレスト王国でしたら、きっと皆さんのお力になってくださいます」
「え? ビフレスト王国がですか?」
「ハイ、噂で聞きましたが、あの国の王はとても寛大な方で、同盟国が救援を求めた時には手を差し伸べたと聞いています。ですから、この国にも力を貸してくださると思います」
「そ、そうなんですか」
どこか誇らし気に語るモルドールを見てモナはまばたきをし、ハッシュバルとダンバも呆然としながらモルドールを見つめている。
「ハイ、ですから私よりも、ビフレスト王国に救援を依頼する方が良いと思います」
「わ、分かりました。陛下にもそうお伝えします」
苦笑いを浮かべながらモナは頷き、モルドールはその方がいい、と言いたそうに笑みを浮かべていた。
話が終わると、モナたちはモルドールに挨拶をして部屋を後にした。廊下に出た三人は横に並びながら宿の出口へ向かって歩き出す。
「まさか、モルドール殿に断られるとはな……」
「まあ、彼には彼なりの事情があるのだから、仕方がないさ」
「それは分かっている。だが……」
ダンバはモルドールが戦いに参加してくれることにかなり期待していたのか、モルドールに断られたことをとても残念に思っていた。ハッシュバルもダンバと同じ気持ちであるため、ずっとブツブツ言い続けているダンバを注意せずに黙って見ている。
「ダンバ、それぐらいにしてください。ハッシュバルの言うとおり、モルドールさんにも事情があるのですから」
「何だモナ、随分落ち着いているじゃないか? てっきり私たちの中でお前が一番残念がると思ったのだがな」
「勿論、残念に思っています。ですが、だからと言って落ち込んでいても何かが変わる訳ではありませんから」
「成る程、お前らしい考え方だな」
前向きな考え方をするモナを見てダンバに小さく笑った。
「モルドールさんに断られた以上、ビフレスト王国に頼るしかありません。陛下の下へ向かい、急いでビフレスト王国に親書をお送りするようお伝えしましょう」
モナは歩く速度を上げて階段を下りて行き、ハッシュバルとダンバもモナの後を追って階段を下りて行く。そして一階に下りた三人は受付や従業員を無視して銀蝶亭から出て行った。
モルドールの部屋では、モルドールが窓から銀蝶亭を出て街道を歩いて行くモナたちを覗いていた。モナたちが銀蝶亭から出て行ったのを確認したモルドールは部屋の中央へと移動し、真剣な表情で俯く。
「まさかビフレスト王国に救援を要請するとは思っていませんでした。まあ、大陸最大のデカンテス帝国に勝利したのですから、帝国や他の二国よりも頼りになると考えたのでしょう……」
救援を求める国にビフレスト王国が選ばれたことを意外に思いがらも、自分の主の国が選ばれたことに対してモルドールは嬉しさを感じる。
「それにしても、魔界から来た軍隊ですか。魔族によって構成され、悪魔族モンスターを先兵として使っている。実に興味深い……」
この世界の軍隊とは戦い方が違う魔族軍、その戦い方はどちらかと言えばダーク、つまりビフレスト王国と似ており、モルドールは興味を抱いていた。そして同時に、ダークと戦い方が似ていることから、魔界がLMFと何か関係があるのではと感じる。
「魔界がLMFと何か関係がある……というのは無さそうですね。モナさんの話では、現れた魔族たちは二百年前にこの世界の住人と戦った魔族の子孫らしいですから……」
LMFと関係があるかもしれないという疑問が消え、モルドールはゆっくりと肩を落とす。魔族がLMFと関りがあるのだったら色々と面倒なことになる。だが、今回はLMFとは何も関係の無いので、少しだけ安心したようだ。
「さて、とりあえずダーク様に魔族軍が現れたこと、マルゼント王国から魔族軍と戦うための救援が来ると言うことを伝えておきましょう」
そう言ってモルドールは懐から青いメッセージクリスタルを取り出して使用した。メッセージクリスタルが光り出すと、モルドールはメッセージクリスタルに向かって語り掛ける。
「ダーク様」
「モルドールか?」
メッセージクリスタルからダークの低い声が聞こえ、それを聞いたモルドールは目の前にダークがいるかのように姿勢を正した。
「ダーク様に至急お伝えしなくてはならないことがあり、連絡を入れさせていただきました」
「何だ?」
「実は……」
モルドールはメッセージクリスタルを通し、マルゼント王国で何が起きているのかをダークに説明した。