第二百四十三話 開かれた魔の扉
闇夜に包まれるマルゼント王国領、その日は雲が多く、月も雲のせいで僅かに顔を出すくらいの状態だった。とても不気味でアンデッド族モンスターなどが突然現れてもおかしくない雰囲気だ。
マルゼント王国領の最北端にある岩山、その岩山の麓には石でできた古い大きな神殿があり、その近くには幾つかの小屋が建てられ、小屋の中や近くには大勢のマルゼント王国の兵士と魔法使いの姿がある。小屋の外にいる者は神殿の周囲を見回しおり、小屋の中にいる者は羊皮紙に何かを書いたりなどしていた。
「……よし、報告書はこんなものでいいだろう」
小屋の中にいた若い魔法使いの男が手元の羊皮紙を見ながら内容を確認する。そんな魔法使いの声を聞いて、小屋の外にいた若いエルフの兵士が窓から小屋の中を覗き込む。
「書けたか?」
「ああ、今夜も異常は無し、とな」
「フッ、随分と簡単だ。ちゃんと書かないと上からお叱りを受けるぞ?」
「ハハハ、大丈夫だよ。細かく書いてあるから」
魔法使いが笑いながら話すと兵士もやれやれ、と言いたそうに小さな笑みを浮かべながら魔法使いを見ていた。
神殿の近くにいる兵士や魔法使いたちは全員、神殿の状態やその周辺で何か問題を起きていないかを調べる調査隊で二十四時間、交代で神殿を調べているのだ。決められた時間に神殿を確認し、何か問題があればそれを記録して南に1㎞ほど行った所にあるガロボン砦と呼ばれる場所に報告することになっている。
「それにしても、どうしてこんな古い神殿の状態を細かく報告する必要があるんだ?」
窓から身を乗り出した魔法使いが神殿を見ながた不思議に思う。すると、兵士が壁にもたれながら腕を組んで同じように神殿を見つめる。
「さあな、かなり古い物らしいからな。お偉いさんたちからすれば、マルゼント王国の歴史を知るための貴重な建造物なんだろう?」
兵士は興味の無さそう口調で語り、魔法使いもへぇ~、と言いたそうな顔をする。二人はまだ調査隊に配属されたばかりなので、何が目的で神殿を調べているのか詳しく聞かされていなかった。
二人が神殿を眺めていると、二人の下に一人の中年の騎士がやって来る。雰囲気からして、調査隊の兵士や魔法使いたちをまとめる者の一人のようだ。
「コラ、喋ってないでしっかり仕事をしろ」
「す、すみません」
騎士に注意された兵士は姿勢を正して謝罪し、魔法使いも小屋の中から頭を下げる。二人が謝罪する姿を見た騎士は少し呆れたような顔で軽く溜め息をついた。
「これから神殿内の確認に向かう、お前も一緒に来い」
「あ、ハイ!」
兵士が返事をすると騎士は神殿の方へと歩いて行き、兵士は魔法使いの方を向いて苦笑いを浮かべながら騎士の後を追う。魔法使いも苦笑いを浮かべ、兵士に頑張れよ、と伝えるように手を振った。
騎士と兵士が神殿の出入口前までやって来ると、既に二人の兵士と一人の魔法使いが待っており、騎士は兵士たちと合流すると神殿の中へと入って行く。兵士たちも騎士の後を追うように神殿に入った。
神殿の中はとても暗く、出入口以外は窓も無いため、灯りが無ければ何も見えない場所だった。兵士たちは出入口前で立ち止まり、暗い神殿内を見回す。そんな中、騎士が持っていた松明に火をつけると周囲を見えるようになり、体育館の倍くらいの広さはある部屋が兵士たちの視界に入った。
兵士たちはこれまで何度も神殿の中を見ているため、驚くことは無かったが、歴史が感じられる造りや古い壁画を見る度に凄い場所だと感じる。そして、神殿の中央には大きな四角い石台と四本の石柱があり、兵士たちはその二つが神殿内にある物の中で最も印象的に感じていた。
「よし、まずは部屋に異常が無いか調べ、それが終わったら中央の石台を調べる。二手に分かれて部屋の端から調べて行くぞ」
騎士が兵士たちの方を向いて作業の内容を伝えると、兵士たちは騎士を見ながら頷く。騎士は人間の兵士と女エルフの魔法使いを連れて部屋の右端へ移動し、若いエルフの兵士は中年のエルフの兵士と共に左端へ移動する。
中年の兵士は騎士と同じように持っていた松明に火を付けて灯りをともすと、足元や壁画に異常が無いか調べ始め、兵士も一緒に異常が無いか調べた。遠くでは騎士たちが同じように足元などを調べており、それを見た兵士は彼らよりも早く作業を終えてやろうと思ったのか、素早く調べていく。
「……おい、若いの」
兵士が床を調べていると、壁画を調べていた中年の兵士が声を掛けてきた。兵士は作業を止めて中年の兵士の方を向く。
「お前さんはこの神殿がどんな場所なのか知っているか?」
「いや……」
不思議そうな顔をしながら兵士が首を横に振り、それを見た中年の兵士はそうか、と言いたそうな顔をした。突然変わった質問をしてきた中年の兵士に兵士や小首を傾げる。
中年の兵士は松明の灯りで壁画を照らし、兵士は壁画に視線を向ける。壁には大勢の兵士が悪魔のような姿をした者たちと戦っている絵が描かれており、それを見た兵士は目の前の壁画が何かの争いを描いているとすぐに気付いた。
「昔、この神殿では、この世界と魔族たちが住む世界、魔界を繋ぐ転移門を開く実験が行われていたそうだ」
「魔族と、魔界?」
「そうだ……今から二百年前、我々の先祖はこの神殿で強力な魔法を発動させ、巨大な転移門を開き、魔界とこの世界を繋いだ。だが、転移門を開いた直後、大勢の魔族と悪魔族モンスターたちがこの世界に現れて暴れ出し、この世界を手に入れようとした」
壁画を見上げながら中年の兵士は昔話を語るように説明し、兵士はそれを黙って聞いていた。
「我々の先祖は魔族たちをこの世界から追い出すために必死で戦った。無論、その戦いでは大勢の犠牲が出た。だが、先祖たちはなんとか魔族たちを魔界へ追い払い、二度と転移門が開かないよう、強い魔力で封印したんだ」
「二百年前にそんなことがあったのか……それじゃあ、この神殿を調べているのは……」
「そうだ、何らかの原因で封印が弱まり、再び転移門が開かないようにするためだ」
嘗て大勢の犠牲を出した魔族との戦争、それを再び起こさせないために神殿に異常が無いか調べているのだと知った兵士は驚きの反応を見せる。
最初は古い神殿の調査を命じられて少し不満だったが、自分の仕事が重要なものだったと聞かされて兵士は心の中で喜びを感じていた。
「転移門を閉じて以来、二百年の間、この神殿は我々の先祖たちが監視し、封印が解けそうになった時は封印し直してきた。今日まで一度も転移門が開いたことは無い」
「……もしかして、転移門は中央にある石台の上で開かれたのか?」
兵士が部屋の中央にある石台を見ながら尋ねると、中年の兵士は石台を見て頷いた。
「ああ、あの石台の上に立てられている四本の石柱から魔力を石台の中心に集め、その魔力を利用して転移門を開くのだ」
「なら、あの四本の石柱を壊しちまえばいいんじゃないか? そうすればもう転移門が開かれることも無いんじゃ……」
「そういう訳にはいかない。あの石柱には転移門を開くための魔力が大量に蓄えられているため、下手に破壊すれば魔力が暴走して爆発し、神殿が跡形もなく破壊されてしまう。しかもその爆発で岩山に被害が出れば山崩れなどが起きるかもしれない。そうなったガロボン砦や近くの村なども巻き込まれてしまう」
「な、成る程……」
「そうならないようにするため、我々は石柱に封印を掛け、魔力が漏れないようにしているのだ」
大きな被害を出さないために石柱を破壊せずに封印を続けている、そう聞かされた兵士は納得し、黙って石柱を見つめる。今までただの石の柱だと思っていた物が実はとんでもない物だった、兵士は神殿の調査をする以上は最低限のことは覚えておこうと考えた。
それから兵士たちは一通り部屋の中を知らべ、何も異常が無いことを確認すると、最後に石台と石柱を調べるために部屋の中央へ移動する。
部屋の中央に集まった騎士たちは石台と石柱が壊れていないか、封印が弱っていないかを確認し始めた。騎士や兵士たちは石台と石柱が壊れていないかを調べ、魔法使いは石柱の封印が弱まっていないかを調べる。
「……石台には異常は無いみたいだな」
「石柱にも大きな傷はありません。倒れたりすることは無いでしょう」
石台を調べている騎士に中年の兵士が石柱に異常が無いことを伝え、それを聞いた騎士はそうか、と言いたそうに真剣な表情を浮かべて中年の兵士の方を見た。
「今回も大きな異常は無かったか……よし、外に出るぞ。次の確認は一時間後だ」
次に神殿内を調べる時間を兵士たちに伝えると、騎士は神殿を出るために出入口の方へ歩き出す。兵士たちもようやく外に出られる、と思っているのか笑いながら騎士の後をついて行こうとする。
「ま、待ってください」
騎士たちが外に出ようとすると、石柱の封印を確認していた女エルフの魔法使いが少し力の入った声を出し、それを聞いた騎士たちは一斉に魔法使いの方を向く。
「どうした?」
魔法使いに近づいた騎士が声を掛けると、魔法使いは微量の汗を掻きながら緊迫した表情を浮かべて騎士の方を向いた。
「ふ、封印が……石柱の封印が急速に弱まっています」
「何っ!?」
騎士は魔法使いの言葉を聞いて思わず声を上げ、兵士たちも目を見開いて驚く。転移門を開くための魔力が蓄えられている石柱の封印が弱まっている、つまり転移門が再び開かれるかもしれないと聞けば驚くのは当然だ。
「いったいどういうことだ!?」
「分かりません、さっきまで異常が無かった封印が突然弱まりだしたんです! このままだと、封印が解けて転移門が開かれてしまいます!」
魔法使いは現状を説明しながら自身の魔力を石柱に送り込み再封印をしようとする。調査隊に所属する魔法使いたちは封印が弱まった時の対処法を教えられていため、現状のような時には自分の魔力を石柱に送り込み、石柱の魔力を漏れないようにしながら再封印することができるのだ。
しかし、たった一人の魔法使いの魔力では効果が無いのか、封印は徐々に弱まって石柱から少しずつ紫色の魔力が漏れていき、それを見た魔法使いも表情を歪める。騎士は石柱の状態を見て非常にマズい状況だと感じた。
「お前たち、急いで外にいる魔法使いたちを呼んで来い! 魔法使い全員の魔力で石柱の魔力を抑え込み、再封印するんだ!」
「ハ、ハイ!」
指示を受けた兵士たちは急いで外の仲間たちに知らせに行こうとする。だがその直後、石柱の一本から大量の魔力が漏れ出し、それを見た魔法使いは驚愕の表情を浮かべた。
「ダ、ダメです、これ以上は抑え込めません!」
魔法使いの言葉に騎士と兵士たちは視線を石柱に向ける。魔法使いは必死に魔力を抑え込もうとするが、遂に石柱に掛けられていた封印が完全に解けてしまった。
四本の石柱から禍々しい魔力が溢れ出て石台の中心に集まり、その光景を騎士たちは固まりながら見ている。そして、魔力は大きな転移門へと姿を変え、騎士たちは最悪の状況に言葉を失ってしまう。
騎士たちが転移門を見つめていると、転移門から無数の黒い何かが出て来て騎士たちに飛び掛かる。騎士たちは転移門に驚いていたために反応が遅れてしまい、対応することができずに正体不明の黒い物体に襲われてしまう。暗い神殿の中に襲われた騎士たちの断末魔の声が響いた。
「何だ、今の声は?」
外にいた他の騎士や兵士たちは神殿内から聞こえてきた断末魔の声に驚き、一斉に視線を神殿の出入口に向ける。声からして、神殿の中で間違いなく何かが起きたと感じる騎士、兵士たちは持っている剣や槍を構えながら警戒し、魔法使いたちも杖を構えていつでも魔法が使える体勢に入った。
騎士たちは神殿の出入口をしばらく見つめていると、出入口が破壊されて大きな穴が開き、騎士たちは警戒心を更に強くする。すると、神殿の中から一体のモンスターが現れた。身長は3m近くはあり、肌は黒く、体の至るところから棘が生えている。顔はオーガに似ているが、オーガよりも牙が長く、額からは一本角が生えていた。
「あ、あれはブラックギガント、中級の悪魔族モンスターじゃないか……」
現れた黒いモンスターの名を口にしながら兵士の一人が驚き、他の兵士や騎士たちも同じように驚きの反応を見せる。モンスターが現れたことには驚いたが、それ以上にどうして神殿の中からモンスターが現れたのか兵士たちが疑問に思っていた。
「……ッ! ま、まさか……」
ブラックギガントを睨みつけていた騎士の一人があることに気付いて目を大きく見開く。そんな時、ブラックギガントの後ろから悪魔の翼を生やした赤い人型のモンスターと灰色の大型犬のようなモンスター、そして緑色の肌を持ち、ワニのような顔をした二足歩行のモンスターが大量に現れた。
「今度はブラッドデビルとヘルハウンド、おまけにマッドスレイヤーかよ……」
「下級モンスターだが、全部五匹以上いるぞ……」
「いや、よく見たら神殿の奥にもまだいるぜ……」
兵士たちは現れた新しいモンスターを見ながら震えた声を出す。数が多く、しかも暗い神殿の奥にはまだ大量のモンスターがいることに兵士たちは徐々に恐怖を感じるようになっていった。
兵士、魔法使いたちが驚いている中、ブラックギガントが現れた直後に何かに気付いた騎士が表情を歪め、剣を持つ手に力を入れて震わせる。そして、大量の汗を掻きながら現れたモンスターたちを見た。
「間違いない……魔界とこの世界を繋ぐ転移門が、開いてしまった……」
神殿の中で何が起きたのか、騎士は震えながら呟く。彼の近くにいた兵士や魔法使いたちは騎士の言葉を聞くと、信じられないような顔をしながら騎士の方を向く。その直後、神殿から出てきたモンスターたちは一斉に騎士たちに襲い掛かった。
兵士たちは襲ってきたモンスターたちと必死で戦うが、モンスターたちは次々と神殿の中から現れ、徐々に兵士たちは追い込まれていく。そして、戦いが始まってから二十分ほどで兵士たちは全員殺され、神殿の周囲は炎に包まれた。
神殿の南にあるガロボン砦では、神殿の方から炎が上がっていることに気付いた兵士たちが騒いでいた。彼らも神殿に魔界へ続く転移門が封印されていることを知っているため、その神殿の近くで炎が燃えているのを見て嫌な予感がし、急いで神殿の状態確認をしようとしているのだ。
「急げ! 早く部隊を編成し、神殿と調査隊の確認に向かわせるんだ!」
ガロボン砦の主塔の屋上で指揮官と思われる初老の騎士が兵士たちに指示を出し、兵士たちは部隊の編成を行うために急いで階段を下りて砦の中へ入っていく。指揮官は神殿の方を向くと険しい顔で炎に囲まれている神殿を見つめる。暗い夜の中で勢いよく燃える炎は遠くからでもハッキリと見ることができた。
「いったい、神殿で何が起きているのでしょう?」
指揮官の隣にいる若い騎士が不安そうな顔で指揮官に声を掛ける。指揮官は騎士の方は向かず、神殿の方を見つめたまま軽く首を横に振った。
「分からん……だが、あれだけ勢いよく炎が燃え上がっているのだ、少なくともボヤ騒ぎのような小さな問題ではないだろう」
「ま、まさか、例の転移門が……」
最悪の状況を想像した騎士は青ざめながら神殿を見つめる。屋上には他にも大勢の兵士がおり、騎士の言葉を聞いた兵士たちも驚きながら神殿を見つめていた。指揮官はそんなことはないと思ってるが、可能性としてはあり得るため、騎士の言葉を否定せずに黙っている。
指揮官たちが神殿を見ていると、一人の兵士が屋上に上がってきて指揮官に駆け寄ってくる。兵士の存在に気付いた指揮官と騎士は視線を神殿から兵士の方に向けた。
「確認部隊の編成が完了しました」
「よし、すぐに神殿に向かわせろ。神殿で何が起きたのか、調査隊は無事なのかを確認したらすぐに戻って来るよう部隊に伝えておけ」
「ハッ!」
返事をした兵士は確認部隊を出動させるために屋上を出ようとする。すると、神殿の方を見ていた兵士の一人が何かに気付き、目を細くして神殿を見つめた。
「おい、何だありゃ?」
兵士の声を聞いて指揮官や騎士たちは兵士が見ている方角を向き、編成完了を知らせに来た兵士も足を止めて指揮官たちと同じ方角を見た。暗くてよく見えないが、目を凝らすと神殿の方から何かが飛んでくるのが見え、それを見た騎士は望遠鏡を取り出して飛んでくるものを確認する。
望遠鏡を覗くと大量のブラッドデビルでガロボン砦に向かって飛んでくる光景が目に入り、ブラッドデビルの姿を見た騎士は驚愕の表情を浮かべながら望遠鏡を下ろす。
「ブ、ブラッドデビルの大群がこちらに向かって来ています!」
「何だとっ!」
指揮官は目を大きく見開きながら声を上げ、兵士たちも驚いて一斉に騎士の方を向いた。指揮官たちが驚く中、騎士はもう一度望遠鏡を覗いてブラッドデビルを確認しようとする。すると、飛んでいるブラッドデビルの群れの真下を多種の悪魔族モンスターの群れがガロボン砦に向かって歩いてくる光景が目に入った。
「更に地上からはヘルハウンドやマッドスレイヤーのような下級悪魔族モンスターの群れが近づいて来ています! 群れの中には中級の悪魔族モンスターの姿も……」
空だけでなく、地上からも悪魔族モンスターが迫ってくることを聞かされた兵士たちは衝撃のあまり言葉を失う。
神殿が炎に包まれ、大量の悪魔族モンスターが自分たちにいるガロボン砦に向かって来ている、何が起きたのか理解した指揮官は俯きながら拳を震わせた。
「まさか、本当に転移門の封印が解けたとは……クゥッ! 最悪の状況だ!」
転移門が開き、魔界から悪魔族モンスターが攻め込んできたという、一番恐れていた事態になったことに指揮官は奥歯を噛みしめる。兵士たちもさすがに現状を理解したらしく、焦りを見せ始める者が出てきた。
「どうしますか?」
騎士は顔に不安を浮かべながら指揮官に尋ねる。兵士たちもどうすればいいのか分からず、黙って指揮官を見ていた。
周囲から注目されている中、指揮官は拳の握る力を弱めて顔を上げ、真剣な表情を浮かべた。
「砦にいる者全員に戦闘態勢に入るよう伝えろ! このままでは近くの町や村が襲われてしまう。我々であの悪魔たちを止めるんだ!」
「ハ、ハイ!」
指揮官の力の入った声を聞いて騎士は走り出し、砦の中にいる兵士や魔法使いたちに悪魔族モンスターが攻め込んできたことを伝えに行く。
魔界へ続く転移門が開かれても、悪魔族モンスターが攻め込んで来ても動揺すること無く、落ち着いて指示を出す指揮官を見た兵士たちは凄い精神力を持っているなと感心した。
騎士に指示を出した指揮官は次に確認部隊の編成を知らせに聞いた兵士の方を見る。兵士は指揮官と目が合うと少し緊張したのか素早く姿勢を正す。
「お前は確認部隊の下へ行き、砦の守備に就くよう伝えろ」
「よろしいのですか?」
「ああ、転移門が開かれ、あれだけの悪魔族モンスターが現れたのだ。恐らく、調査隊は全滅だろう……」
神殿と調査隊を確認する必要が無くなったと指揮官から聞かされた兵士は小さく俯きながら残念そうな顔をする。しかし、今は落ち込んでいる場合ではないので、辛さを押し殺して自分のやるべきことをやろうと気持ちを切り替えた。
「分かりました、急いで伝えます」
「頼むぞ……それと、指示を出したら一番近くの町へ向かい、援軍を要請しに行け。転移門が開かれた以上、まだ多くの悪魔が現れるはずだ。この砦の戦力だけでは悪魔たちの相手をし続けるのは難しいからな」
「ハイ」
「援軍の要請が済んだら、お前はそのまま首都へ向かい、陛下たちに転移門が開かれたことをお伝えするんだ」
「ハッ!」
兵士は素早く階段を下りて行き、残った指揮官と兵士たちは少しずつ近づいて来る悪魔たちを睨み、剣や槍を構えた。
ガロボン砦の中にいる兵士たちは武器や防具、食料などの確認をしながら戦いの準備を進めて行き、準備を終えた兵士や騎士、魔法使いたちは外に出て、城壁の上から迫ってくる悪魔族モンスターたちの警戒する。
最初、兵士たちの中には転移門が開かれて大量の悪魔族モンスターが現れたことに驚いたり、動揺したりする者もいたが、仲間の言葉で冷静さを取り戻し、問題無く戦える状態になった。
二百年前に自分たちの先祖が経験した戦いを今度は自分たちがやるのだと、兵士たちは緊張しながら自分たちの武器を握った。兵士たちが緊張していると、悪魔族モンスターたちは既にガロボン砦からでも姿が確認できる所まで近づいており、悪魔族モンスターの姿を見て兵士たちは表情を鋭くする。
「弓兵は弓を構え、魔法使いたちは魔法を撃てるようにしろ! 合図が出たら悪魔たちに向かって一斉に放て!」
兵士たちの中にいる部隊長らしき騎士は騎士剣を掲げながら周囲にいる兵士たちに指示を出す。弓兵たちは言われたとおり弓を構え、魔法使いたちも杖を構えていつでも魔法が撃てる体勢に入った。
悪魔族モンスターたちは地上と空の両方から少しずつガロボン砦に近づいていき、兵士たちは自分たちが担当する場所の悪魔族モンスターにしっかりと狙いを付ける。そして、悪魔族モンスターたちは兵士たちの射程内に入った。
「放てぇーっ!」
騎士が叫ぶと弓兵と魔法使いは一斉に矢と下級魔法を放つ。攻撃は悪魔族モンスターたちに次々と命中し、下級の悪魔族モンスターは殆どが一撃で倒すことができた。
しかし、中級の悪魔族モンスターは魔法と矢を受けても倒れず、ガロボン砦に近づいていく。そして、地上にいる下級の悪魔族モンスターは中級の悪魔族モンスターの後ろに隠れてながら砦に近づいた。
ガロボン砦に近づいた悪魔族モンスターたちは門を攻撃して砦に侵入しようとする。特にブラックギガントのような力のある中級の悪魔族モンスターの力は強く、攻撃を受ける度に門は大きく揺れた。
城壁の上にいる兵士たちは侵入を阻止するため、門の前にいる悪魔族モンスターたちを集中的に攻撃する。だが、敵の数は多く、倒しても倒しても一向に数は減らない。
敵の多さと体力の低下で兵士や魔法使いたちの表情から徐々に余裕が消えていく。そんな兵士たちに空を飛んでいるブラッドデビルは容赦なく襲い、兵士たちは少しずつ押され始めた。
「クウゥ、何と言うことだ……」
屋上にいた指揮官は押される仲間たちを見て表情を曇らせ、一緒にいる兵士たちも不安を見せ始める。悪魔族モンスターたちの数が思った以上に多かったため、彼らも驚きを隠せずにいた。
指揮官たちが地上の戦いを見ていると、先程一緒にいた騎士が屋上に戻ってきた。その表情からは焦りが感じられる。
「報告します! 中級モンスターたちの攻撃によって門が壊れ始めています。このままではいずれ門が破壊され、悪魔たちが砦の中に侵入してきます!」
「おのれ、悪魔どもめぇ……手の空いている者たちを使って門の前にバリケードを作れ。それなら門が突破されても少しは時間が稼げるはずだ」
「わ、分かりました」
「その必要は無い」
突然屋上に聞いたことのない男の声が響き、指揮官たちは周囲を見回して声の主を探す。しかし、何処にも声の主らしき者はおらず、指揮官たちは武器を握って警戒する。
指揮官たち鋭い表情で周囲を見回していると、彼らの頭上から一人の男がゆっくりと下りてくる。三十代半ばくらいの紫色の短髪をした男で黒と紫のローブ姿をしていた。一見、人間のように見えるが、耳はエルフのように尖っており、頭には二本の赤い角が生えている。明らかに人間とは違う存在だった。
突然現れた男を指揮官たちは武器を構えながら睨む。男は睨まてれいることなど気にせずにゆっくりと屋上に下り立つ。どうやら浮遊魔法か何かで浮いていたようだ。
「貴様、何者だ?」
指揮官が低い声で尋ねると、男は指揮官を見ながら小さく笑って頭を下げる。
「お初にお目にかかる。私は魔族軍人間界侵攻部隊司令官、ゼムと申す」
「魔族軍だと?」
ゼムと名乗る男の言葉に指揮官は目を見開き、騎士や兵士たちも思わず反応する。目の前にいる男は二百年前に自分たちの先祖が戦った魔界の住人、大昔にこの世界を手に入れようとした敵を前に指揮官たちは警戒をより強くした。
「二百年前に魔界に追い返された者がなぜ再びこの世界にやってきた?」
「先日、我らの世界、即ち魔界で新たな王が即位された。魔王陛下は即位されるのと同時に人間界を征服することを宣言され、私と部下、そして大量のモンスターをこの人間界に送り込んだのだ」
冷静に語るゼムを見て指揮官たちは目を見開く。二百年前と同じように魔族が再び人間界を手に入れようとしている、その場にいるゼム以外の全員が衝撃を受けた。
指揮官は驚いてしばらく固まっていたが、すぐに我に返り、騎士剣を握ってゼムを睨み付けた。
「ふざけるな! 二百年前に散々暴れておいて、再びこの世界を滅茶苦茶にする気か? 我々がそれを許すと思っているのか!?」
「まさか、魔王陛下も我々も二百年前の一件は知っている。話し合いでお前たちがこの世界を渡すなど最初から思っていない。だから魔王陛下は力尽くでこの世界を手に入れるとお決めになられたのだ」
最初から戦うつもりで人間界に来たと語るゼムに指揮官は更に表情を険しくする。魔族は戦いを好み、力で全てを手に入れ、決めようとする野蛮な種族だと聞かされており、指揮官はゼムを見ながらその情報は正しかったと感じた。
「そもそも、貴様らはどうやってこの世界に来た?」
「勿論、転移門を潜ってだ」
「転移門は二度と開くことが無いよう、我々の魔法で封印されていたはずだ!」
「そのとおり、お前たちの言うその封印のせいで我々は人間界に侵入することはできなかった。だから魔界側から魔力を送り込んで封印を解き、転移門を開いたのだ」
「魔界側から魔力を送る?」
ゼムの言っていることの意味が分からず、指揮官はゼムを睨みながら訊き返す。
「そうだ、二百年前、我々の先祖はお前たちの先祖に敗れ、魔界に追い返された。だがその時、魔界側にもあの神殿と同じ石台と石柱が突然現れ、魔界側からでも転移門を開くことができるようになったのだ」
「な、何だと」
魔界にも神殿の同じ石台と石柱があり、魔界側からでも転移門を開くことが可能だと知り、指揮官と兵士たちは目を見開いて驚いた。無理もない、神殿の石台と石柱は先祖が転移門を開くために造った物、それと同じ物が魔界にもあると聞かされたのだから。
「なぜ魔界に石台と石柱が現れたのかは我々にも分からない。だが、我々の祖先はチャンスだと考え、再び転移門を開こうと魔力を送り込んだ。しかし、お前たちの封印のせいで開くことができず、当時の魔王も人間界への侵攻は無理だと考えておられた。それで仕方なく魔力を少しずつ送り込んで封印を弱めていくことにしたのだ」
「……」
「それから二百年が経ち、新しく即位された魔王陛下が人間界の征服を宣言されると、人間界へ続く転移門を開くために多くの同胞が集まり、一気に封印を解くための魔力を集めることができた。その膨大な魔力のおかげで、先程人間界へ続く転移門が完全に開かれたのだ」
指揮官はゼムの話を聞いて、過去に何度も封印が解けそうになったのは魔界側から魔力を送り込まれていたのが原因だったと知る。そして今回魔族軍が人間界に侵入することができたのは、魔王が即位して人間界へ侵攻しようと考える魔族が増えたからなのだと知った。
「二百年前は我々の祖先の敗北で終わったが、今回は我々魔族が勝たせてもらうぞ?」
「冗談ではない! この世界は我々のものだ。貴様らのような野蛮な魔族に渡してたまるか」
「フッ、なら守って見せろ」
笑いながらゼムは両手を横に伸ばし、手の中に紫色の光弾を生み出す。それを見た指揮官はゼムが魔法を使うと感じ、魔法を使われる前に倒そうとゼムに突撃する。騎士と兵士たちもそれに続くようにゼムに向かって行った。そんな指揮官たちを見て、ゼムは不敵な笑みを浮かべる。
ガロボン砦の城壁の上では兵士と魔法使いが必死に矢と魔法を放って悪魔族モンスターを攻撃するが、既にブラッドデビルの攻撃で大勢の兵士と魔法使いが殺されており、モンスターたちを止めることはできなくなっていた。
兵士たちの攻撃を気にすることなく、悪魔族モンスターたちは正門を攻撃し続け、遂に門は破壊されてしまい、悪魔族モンスターたちは砦の中へと侵入する。
門の前にはバリケードとそれを配置した兵士たちが待ち構えており、彼らは侵入して来た悪魔族モンスターたちを迎え撃つ。しかし、モンスターたちの数が多すぎるせいか、バリケードはアッサリと破られ、兵士たちも次々と倒されていき、防衛線は難なく突破されてしまう。
悪魔族モンスターたちはガロボン砦を少しずつ制圧していき、ゼムはその様子を屋上で笑いながら眺めていた。
「この砦は、これで我々の物だな」
ゼムは楽しそうに笑いながら語り、足元には指揮官と兵士たちの死体が転がっていた。
その後も悪魔族モンスターたちの勢いは治まらず、ガロボン砦にいた兵士や魔法使いを次々と倒していき、追い詰められた兵士たちはとうとう魔族軍に投降した。戦いが始まってから僅か四十分後のことだった。
第十八章、投稿開始します。番外編と本編のどちらにしようか悩みましたが、本編に決めました。今回は少し長い物語になりそうです。