第二百四十二話 ボスの正体
ダークがオウスの死体を見ていると、戦いを見守っていたアリシアたちがやって来る。アリシアとモナは串刺し状態となっているオウスの死体を見ると改めて驚きの反応を見せた。
「……死んだのか?」
「ああ、大剣で体のど真ん中を貫いたからな。あれで生きていたら人間ではない」
アリシアの問いにダークは死体を見つめながら興味の無さそうな口調で答える。追い込まれていた様子も見せず、普通に答えるダークを見てアリシアはまばたきをした。隣にいるモナもダークを見て目を丸くしている。
相手の心の声を聞くことができる相手をこんなに簡単に倒してしまうとはアリシアとモナも思っていなかったようだ。ノワールだけはダークの勝利を確信していたため、小さく笑いながらダークを見ていた。
「いったいどんな方法を使ってオウスを倒したんだ?」
「別に難しいことはしていない。余計なことは考えず、ただ正面から攻撃することだけを考えてただけだ。ただし、あの司教では対処できないくらいの速さと力で攻撃したがな」
ダークはオウスを倒した方法を簡単に説明し、説明を聞いたアリシアは、やはりダークは自分の想像を超える強さを持っているのだと感じ、無意識に笑みを浮かべる。同時にダークを倒すことができる者などこの世界には存在しないだろうと感じていた。
オウスの死体を見ながら呆然としていたモナは視線をアリシアと会話しているダークに向ける。オウスに心の声を聞かれていたにもかかわらず、一撃でオウスを倒してしまったダークはいったいどれほどの力を持っているのかとモナは疑問に思っていた。
「モナ殿、傷の方は大丈夫か?」
モナがダークの強さについて考えていると、ダークがモナに傷の具合について尋ねてきた。ダークと目が合ったモナは一瞬驚きの反応を見せる。
「だ、大丈夫です。アリシア殿の回復魔法で綺麗に治りました」
「そうか、それならいい」
ダークはモナが大丈夫だと知ると小さく頷きながら呟き、そんなダークを見たモナは周囲には聞こえないくらい小さく溜め息をつく。先程まで心を読むオウスと戦っていたため、ダークに自分の心の声を聞かれたのではと感じていたようだ。
モナは落ち着きを取り戻すために軽く深呼吸をし、そんな彼女をダークとノワールは黙って見ている。すると、アリシアがダークの隣に移動して小声でダークに話しかけた。
「ところでダーク、オウスを倒してしまってよかったのか? あの男はLMFのプレイヤーである可能性があったのだろう?」
LMFのプレイヤーかもしれないオウスを迷うことなく倒してしまったことをアリシアは心配し、ダークに確認するように尋ねた。するとダークはアリシアの方を向き、彼女と同じように小声で答える。
「心配ない、あの男はプレイヤーではなかった」
「えっ、本当か?」
既にオウスがLMFのプレイヤーでないという情報を掴んでいたダークにアリシアは意外そうな反応をする。
「いつ奴がプレイヤーではないと知ったんだ?」
「モナ殿がオウスと戦っている最中だ。あの時に賢者の瞳を使ってオウスの正体を調べたんだ。だが情報にはゼルデュランの瞳の幹部とは記されていたが、異世界人とは記されていなかった」
オウスがLMFのプレイヤーではなく、この世界の住人だと聞かされたアリシアは納得の反応を見せる。同時に、モナとオウスの戦いの最中に素早く情報を手に入れたダークの行動の速さにアリシアは感心した。
「ついでに、あそこにいるゼルデュランの瞳のボスのことも調べてみたが、奴もプレイヤーでも、プレイヤーの関係者でもなかった」
「そうか、結局ゼルデュランの瞳にはプレイヤーはいなかったのだな……」
探していたLMFのプレイヤーがゼルデュランの瞳の中にはおらず、プレイヤーの情報も得られなかったと知り、アリシアは少し残念そうな顔をする。だが、ダークと同じくらいの力を持つと思われる強者と遭遇することはないと知って少しだけ安心していた。
「プレイヤーの情報は得られなかったが、ボスの正体は分かったぞ」
ゼルデュランの瞳のボス、つまり丼鼠色のマントの人影の正体が分かったというダークの言葉を聞き、アリシアはフッと顔を上げ、ノワールとモナも視線をダークに向ける。
これまでに得た情報から、丼鼠色のマントの人影がモナと同じ四元魔導士の誰かだということは分かっている。目の前にいる丼鼠色のマントの人影が三人の内の誰なのか、アリシア、ノワール、モナの三人は丼鼠色のマントの人影を見ながら考えた。
ダークたちが丼鼠色のマントの人影の方を見ていると、丼鼠色のマントの人影はダークたちの方を見ながら拍手をする。
「見事だ、まさかオウスを倒すとは思わなかったぞ」
機械のような声を出しながら丼鼠色のマントの人影はダークたちを褒める。どうやら彼はダークが自分の正体を知ったことに気付いていないらしく、呑気そうな態度を取っていた。
アリシアたちは敵とは言え、自分の部下であるオウスが死んだにもかかわらず、呑気な態度を取る丼鼠色のマントの人影が気に入らないのか、不愉快そうな顔をしていた。ダークとノワールは怒りなどは面には出さず、黙って丼鼠色のマントの人影を見ている。
「他人の考えていることを知ることができるオウスを倒せる者が私以外にいるとはな。流石は四元魔導士の仲間、と言っておこう」
(一人称が私、ということは彼はハッシュバルかダンバのどちらか?)
モナは丼鼠色のマントの人影の喋り方から、正体はハッシュバルかダンバのどちらかではないかと考える。だが、顔が見えず、声も違うため、断定することはできない。何よりも、丼鼠色のマントの人影が自分の正体を知られないようにするためにわざと一人称を変えている可能性があった。
丼鼠色のマントの人影が誰なのか、モナは鋭い目をしながら考える。すると、ダークが丼鼠色のマントの人影の方を見ながら腕を組んで低い声を出した。
「もうそんな猿芝居をする必要は無い。さっさと顔を見せたらどうだ?」
「猿芝居? 何のことだ?」
「とぼけても無駄だ、こちらはお前が四元魔導士の一員であることを既に掴んでいるのだ」
ダークの言葉を聞いて丼鼠色のマントの人影は反応する。自分がモナと同じ四元魔導士の一員であることがバレているかもしれない、とはこれっぽっちも考えていなかったようだ。ダークは丼鼠色のマントの人影の反応を見逃さず、このまま行けば自分から正体を明かすようになるまで追い込めるだろうと感じた。
「お前も長いこと仮面で顔を隠したり、いつもと違う口調で話すのは疲れるだろう。さっさと素顔を見せた方がいいと思うぞ……なぁ? マチス・リーバーシス」
「マチス!?」
モナは丼鼠色のマントの人影の正体がマチスだと聞かされて驚きの反応を見せる。三人の仲間の内、誰かだと言うのは分かっていたが、やはり直接仲間の名前を聞かされると驚きを隠せずにいた。
「……シグルド殿、本当にマチスなのですか?」
「ああ、私が持つマジックアイテムで調べたからな、間違いない。それに本当かどうかはそこにいる奴が一番よく分かっているはずだ」
ダークがそう言うと、モナは驚きの表情を浮かべたまま視線をダークから丼鼠色のマントの人影に向ける。ダークたちと丼鼠色のマントの人影はしばらくの間、無言で相手を見つめ合う。すると、丼鼠色のマントの人影が楽しそうに笑い出した。
「ハハハハッ! まさかこんな何処のどいつかも分からない黒騎士に正体を見破られるとはなぁ」
楽しそうに語る丼鼠色のマントの人影を見てモナは目を見開き、アリシアとノワールは目を鋭くして丼鼠色のマントの人影を見つめた。
ダークたちが注目する中、丼鼠色のマントの人影がマスクを外してフードを下ろすと、その下からは正門の警備をしているはずのマチスの顔が出てきた。
「いかにも、俺がマチス・リーバーシスだ」
機械のような声ではなく、本当の声で笑いながら正体を明かすマチスを見たモナは微量の汗を流しながら驚きの声を漏らす。マチスは持っていたマスクを捨てて楽しそうな顔で驚くモナを見る。
「ハハハ、かなり驚いたようだな、モナ?」
「マチス……まさか貴方がゼルデュランの瞳のボスだったとは思っていませんでした」
「フッ、嘘をつくなよ。頭の切れるお前のことだ、最初から全員がボスの可能性があるって疑ってたんだろう?」
笑いながら嘘を見抜くマチスをモナはジッと睨み付ける。その目つきは鋭く、明らかに仲間ではなく敵に向けるような目つきだった。
マチスは余裕の笑みを浮かべながらモナを見ていた。モナはしばらくマチスを睨んでから軽く深呼吸をし、気持ちを落ち着かせるとマチスを見つめながら口を動かす。
「……マチス、教えてください。四元魔導士の身でありながら、なぜ町の住民を苦しめるようなことをしたのです?」
モナはマチスが国王直属の魔法使いでありながら、ゼルデュランの瞳のボスとして多くの人々を苦しめた理由を尋ねる。するとマチスは両手を腰に当てながら上を向いて考え込む。
「理由ねぇ……強いて言うなら、退屈だったから、かねぇ?」
「退屈?」
「ああ、平和すぎるこの国が退屈だったから騒ぎを起こした、てところだな」
「どういう意味ですか?」
言っていることが理解できないモナは僅かに低い声を出しながら訊くと、マチスはモナの方を見ながら笑って足元を呼び指した。
「この国はルッソ陛下のおかげで人間と亜人が共に暮らし、大きな争いや事件も起こらない平和な国となった。だが、平和すぎる国ほどつまらない国はない。平和な国ではスリルや興奮を味わえず、国民は退屈な日々を送ることになる。俺はそんな退屈な日々を送るのが嫌になってゼルデュランの瞳を結成し、国中の町で事件を起こさせたんだ」
「た、退屈が嫌? そんな理由でこれまで何度も大きな事件を起こしてきたんですか?」
「おいおい、そんな言い方は無いだろう。国民が退屈な日常を送らなくていいように俺は部下たちに騒ぎを起こさせたんだぜ? それに平和が長く続けば、国民たちは事件や争いが起きた時に自分たちの身を守る術を忘れちまう。それを防ぐという理由もあって俺はゼルデュランの瞳を結成したんだ。寧ろそこは褒めるべきじゃないのか?」
「ふざけないでくださいっ!」
今まで落ち着いて話を聞いていたモナが声を上げ、マチスは少し驚いたような表情を浮かべた。ダークたちも大きな声を出したモナを見て意外そうな反応を見せる。
「確かに貴方の言うとおり、平和が長く続けば人々は自分の身や他人を守ることを忘れてしまうかもしれません。しかし、だからと言ってわざと事件を起こして人々を傷つけたり、苦しめていい訳ではありません。それなのに、そのことを棚に上げて褒めるべきですって? 何を考えているのですか!?」
自分の都合のいいような考え方をするマチスをモナは険しい顔で睨み、マチスは睨みつけてくるモナがおかしいのか小さく笑っていた。そんなマチスのことを気にせずにモナは話し続ける。
「そもそもルッソ陛下はこの国のことを誰よりもよく考えておられるお方です。貴方の考えるような国には決してなりません。そうなる前に陛下が対策を練り、未然に防いでくださいます」
「必ず防ぐっていう保証は無いじゃないか。ルッソ陛下は確かに慈悲深く、国のことをよく考えているぜ? だが抜けてるところもある。あの人のやり方ではいつかはこの国は平和すぎる自堕落な国となっちまう。そうなる前に俺がゼルデュランの瞳を使い、この国を平和すぎず、危険すぎない本当に素晴らしい国へと導いてやるのさ」
マチスの屁理屈を聞いてモナはイライラしているのか、羽扇を持つ手に力を入れる。マチスが軽い性格で、四元魔導士としては少し問題があることはモナも分かっていたが、今のマチスを見れば少しどころではなく、かなり問題があるとモナは感じていた。
「ルッソ陛下が表でこの国を支え、俺が裏でこの国を進むべき方角へ導く。俺はこの国の影の救世主になるのさ」
「救世主? 独裁者の間違いじゃないんですか?」
「ひでぇなぁ、俺は何もこの国を支配しようとは思ってないんだぜ? ただ、この国を本当に正しい姿にしようと思ってるだけだ」
「貴方の考える国が正しいかどうかを決めるのは貴方ではありません、国民です。国民が正しいと思わなければ、それは正しい国ではないのです。少なくとも、この町の住民たちはゼルデュランの瞳のせいで体も心も傷ついています。住民たちは貴方やゼルデュランの瞳の考え方を正しいとは思わないでしょう」
低い声で語りながらモナは羽扇をマチスに向ける。マチスはそんなモナの姿を見ると軽く目を見開く。
「私はこれ以上、貴方の屁理屈を聞く気はありません。この国を守る四元魔導士として、貴方を倒します!」
「……ハァ、そうかい。残念だぜ? お前なら俺の考え方を理解してくれると思ってたのによ」
マチスは自分の考えを理解しないモナを哀れに思いながら両手を横に伸ばす。すると、マチスの手の中に水球が現れ、モナはマチスが戦闘態勢に入ったのを見て素早く構えた。
「こうなったら、お前とそこにいる連中、そしてこの大広場にいる兵士たちを全員始末し、全てが終わった後、ルッソ陛下やハッシュバルたちには、お前がゼルデュランの瞳のボスだったと報告して真実を闇に葬る。その後、また新しい組織を結成して一からやり直すことにするぜ」
自分の罪を擦り付けようとするマチスを見たモナは奥歯を強く噛みしめる。もうモナはマチスのことを同じ四元魔導士の仲間とは思えなくなっていた。
モナとマチスはお互いに嘗ての仲間と向かい合い、相手の出方を窺う。すると、先程まで黙って会話を見守っていたノワールがモナの隣にやって来た。
「モナさん、ここは僕に任せてください」
「ノワール君?」
突然自分がマチスの相手をすると言い出すノワールをモナは視線だけを動かして見つめ、マチスもほぉ、と言いたそうな顔でノワールを見つめる。
「貴女はオウスとの戦いでかなり魔力を消費しました。そんな状態で万全の状態である彼と戦うのは不利です。ここは僕にやらせてください」
「……心遣いは感謝します。ですが、これは私たち四元魔導士の問題です。嘗ての仲間は私の手で……」
モナは自分が戦うと言いながらマチスの方を向いて一歩前に出た。すると、突然モナの体をふらつき、それを見たノワールは咄嗟にモナの体を支える。
「オウスとの戦いで得た傷はアリシアさんの魔法で治りましたが、疲労は回復していません。そんな状態で戦えばいつかは動けなくなります。ですから、ここは僕に任せてください」
ノワールはモナの今の状態ではマチスと戦っても勝てる可能性は低いと考え、自分にマチスの相手を変わってほしいと再び頼む。モナはノワールの顔を見ると小さく俯いて考え込み、やがてか顔を上げると申し訳なさそうな顔でノワールを見た。
「……分かりました、お願いします」
モナにマチスの相手を任されたノワールは笑みを浮かべながら頷く。ノワールはモナをダークとアリシアに任せるとマチスの方へ歩き出す。そんなノワールの後ろ姿をモナが黙って見つめる。
ノワールはマチスの数m手前で立ち止まり、無表情でマチスを見つめ、マチスも小さく笑いながらノワールを見ていた。
「……ノワール、お前も俺の考え方が間違っていると思っているのか?」
マチスは平和すぎる国にしないために犯罪者を使って国を正しい方向へ導くやり方が間違っているかノワールに尋ねる。モナには理解されなかったが、ノワールなら自分の考えが分かるかもしれないと思ったのだろう。
「そうですね……モナさんの言うとおり、国のためとは言え、何の罪もない住民の人たちを苦しめるというのは間違っていると僕は思います」
「……そうか、お前もモナと同じように俺の考えが理解できないか。いや、そもそも子供に大人の考えを理解してもらおう、と言うのが間違いだったな」
自分の愚かさに呆れるように、そして自分の考えを理解できないノワールを哀れむようにマチスは笑う。ノワールは一人でブツブツ言いながら笑うマチスを不思議そうな顔で見ている。
ノワールの答えを聞いたマチスは気持ちを切り替え、ノワールと戦うことに集中する。下っ端とは言え自分の部下たちを倒し、ドルウォンの護衛も難なく倒したという子供と戦えるため、マチスは少しワクワクしていた。
「しかし、こうして噂の魔法使い少年と戦うことになるとはな」
「お互いに悔いのないよう手加減無しで戦いましょう」
「フッ、悪いが、俺は子供相手に本気を出すほど大人げなくは無いんだよ」
「そうですか……でも、僕が相手なら本気で戦った方がいいと思いますよ? そうじゃないとすぐに決着が付いてしまいますから」
「ハハハッ、大した自信だな。ノワール、人生の、そして魔法使いの先輩として忠告してやろう。自分の力を過信すると碌な目には合わないから、気を付けた方がいいぜ」
威張るような口調でノワールに忠告するマチスを見ていたダークは兜の下で苦笑いを浮かべ、アリシアは呆れるような顔をしている。ノワールが自分よりも遥かに強いということも知らずに偉そうに語るマチスを見て二人は心の中で哀れに思っていた。
笑いながら忠告するマチスを見たノワールは目を閉じながら小さく笑い、目を開けて再びマチスを見ると笑いながら口を開いた。
「それはマチスさんも同じじゃないですか? 自分の力を過信すると、後でとんでもない目に遭いますよ」
「フッ、人の忠告は素直に受けるべきだと言うのに、可愛くないガキだな?」
「すみません、こういう性格なもので」
「……まあいい、どちらが過信しているのか、今すぐに証明してやろよ。水の矢!」
マチスは素早く両手をノワールに向け、両手の中にある水球を水の矢に変えてノワールに向かって放つ。
ノワールは迫ってくる水の矢を無表情で見つめており、モナは何もしないノワールを見て目を見開きながら驚く。だが次の瞬間、二つの水の矢はノワールに当たる直前に見えない何かに掻き消された。
水の矢が消えたのを見たマチスは目を見開き、モナも何が起きたのか分からずに呆然とする。ダークとアリシアは水の矢が消えた理由が分かっているため、驚くことなくノワールを見ていた。
「どうかしましたか?」
目を見開いているマチスを見ながらノワールは小首を傾げて尋ねる。マチスはノワールの言葉で我に返り、何か起きたのかを考え始めた。
(今のは何だ? 水の矢が当たると思ったら突然アイツの目の前で消滅した……奴は戦いが始まる前に何らかの魔法を自身に掛けてたのか?)
マチスはノワールを見ながら頭の中で何が起きたのかを分析する。魔法で水の矢が消滅したのではと考えているが、ノワールがどんな魔法を使ったのか全く分からない。マチスは頭の中で必死に考え、そんなマチスをノワールは黙って見つめ続けている。
(魔法の種類は分かんねぇが、防御魔法なら貫通効果がある魔法を叩きこんでやればいいだけのことだ)
対抗策を思いついたマチスは右手をノワールに向けて魔力を右手に集中させる。
「凍結突撃槍!」
マチスが魔法を発動させると、マチスの右手の前に青い魔法陣が展開され、そこから氷の槍が勢いよくノワールに向かって放たれた。
<凍結突撃槍>は神聖突撃槍の水属性版である上級魔法。氷でできた槍を放ち、敵にダメージ与え、中級以下の障壁や安物の盾などは簡単に貫くことが可能なのだ。更に槍が貫いた箇所を一定の確率で凍結させることもできる。
障壁をも貫通できる凍結突撃槍なら必ずノワールに傷を負わせることができる、マチスはそう確信しながら飛んでいく氷の槍を見ている。だが、氷の槍は最初の水の矢と同じようにノワールの数cm手前で何かにぶつかったように砕け散り、消滅した。
「何っ!」
氷の槍が砕け散ったのを目にしたマチスは思わず声を漏らす。貫通効果のある魔法でもノワールに傷を付けることができないと知り、マチスもさすがに驚きを隠せずにいた。
ノワールはまばたきをしながら驚くマチスを見ており、マチスは無表情で自分を見るノワールを見ながら微量の汗を流す。ノワールの魔法を防ぐ謎の力の正体が分からず、マチスの顔から徐々に余裕が消えていく。
「もうお終いですか?」
「クッ、そんな訳ないだろう! 雹の連弾! 氷柱の雨!」
マチスは右手をノワールに向けて二つの魔法を同時に発動させた。マチスの右手の前、ノワールの頭上に青い魔法陣が展開され、右手の魔法陣から無数の雹がノワールに向かって放たれ、頭上の魔法陣からは氷柱が雨のように降り、ノワールに襲い掛かる。最初は本気を出さないと言っていたマチスだったが、そう言ったのを忘れているかのように全力で攻撃していた。
正面と頭上から雹と氷柱が迫って来ているにもかかわらず、ノワールはその場を動かずに黙って前を見ている。雹と氷柱は今までの攻撃と同様、ノワールに触れる直前に消滅し、それを見たマチスは驚愕の表情を浮かべた。
「ど、どうなってるんだよ、何で一撃も攻撃が当たらねぇんだ」
「どんなに強力な魔法を発動しても、貴方では僕に攻撃を当てることはできません。仮に攻撃が当たったとしても、貴方の攻撃力では僕には掠り傷すらも負わせることはできないでしょう」
「そんな馬鹿な……お前、いったい何者なんだ、どうやってそんな得体のしれない力を手に入れたんだ?」
「その質問、心が読めるオウスが生きている時にするべきでしたね」
正直に話すつもりのないノワールはマチスを見ながら気の毒そうな口調で語り、そんなノワールを見ながらマチスはゆっくりと後ろに一歩下がる。
「もう攻撃しないんですか? でしたら、今度は僕が攻めさせていただきます。最初に言ったように、手加減なしで行かせてもらいますよ……次元斬撃!」
ノワールは右手で手刀を作り、勢いよく斜めに振った。その直後、マチスの体に大きな切傷が生まれ、マチスは吐血しながら仰向けに倒れる。
「な、何が……起き、やがった……んだ……」
自分の体に何が起きたのかマチスは倒れたまま考えようとする。しかし、マチスが答えを導き出す前に意識は闇に消え、彼はそのまま息絶えた。
遠くで倒れるマチスをノワールは哀れむような目で見つめ、モナは目を大きく見開きながら見ていた。ダークとアリシアは結果が分かっていたため、驚くことも笑うこともなく黙ってノワールを見つめている。そんな中、戦いを終えたノワールがダークたちの下に歩いてきた。
「終わりました」
「え? あっ、ご苦労様でした」
モナは少し動揺しながらノワールに労いの言葉をかけ、ノワールはそんなモナを見ながら小さく笑いながら、大したことは無い、と言いたそうに首を横に振る。
「四元魔導士のマチスですらも一撃で倒してしまうなんて……やはりノワール君は私たちよりも遥かに強いのですね」
「ハハハ、マスターやアリシアさんと比べたらまだまだですよ」
そう言いながらノワールは苦笑いを浮かべ、ダークも兜の下で苦笑い浮かべながらノワールを見て、謙遜するなと心の中で呟く。アリシアも微笑みを浮かべながらノワールを見ていた。
笑うノワールを見たモナは視線をマチスの死体に向ける。いくら国とためとは言え、犯罪を利用して国を導こうというマチスのやり方はやはり受け入れられない。どうして国王であるルッソを信じることができなかったのだと、モナは心の中でマチスに語り掛けた。
死体をしばらく見つめていたモナは軽く溜め息をついてからダークたちの方を向いた。
「ゼルデュランの瞳のボスは死に、幹部も全滅しました。勝ち鬨を上げましょう」
真剣な表情で語るモナを見てダークたちは無言で頷く。そして、大広場で戦っているレジーナたちやゼルデュランの瞳のメンバーたちにボスと幹部が死んだことを伝えた。
報告を聞いたレジーナたちは笑みを浮かべ、ゼルデュランの瞳のメンバーたちは戦意を失い、一斉に武器を捨てた。兵士たちは戦意を失ったゼルデュランの瞳のメンバーたちを全員捕らえ、それが済むとダークたちと一部の兵士はアジトの中にまだ敵がいないかを調べるために侵入し、残りの兵士たちは他の隠れ家を制圧しているであろう、別部隊の援護に向かう。
その後、各区の隠れ家も兵士や冒険者たちによって問題無く制圧され、ルギニアスの町で悪事を働いていた犯罪組織、ゼルデュランの瞳は壊滅した。
――――――
翌朝、ルギニアスの町はいつもと違う雰囲気に包まれていた。犯罪組織であるゼルデュランの瞳が壊滅したことが住民たちの耳に入り、住民の多くが歓喜していたのだ。これで今までのように犯罪者たちに怯えながら暮らす必要は無い、住民たちは笑顔を浮かべていた。
だが、同時にゼルデュランの瞳のボスが四元魔導士の一人であったこと、司教のオウス、舞姫のユミンティア、図書館長のエンヴィクス、マネンド商会のドルウォンが幹部だと知らされ、町の住民たちは酷く驚く。その中にはオウスたちがゼルデュランの瞳の幹部なわけがないと軍の発表を否定する住民もいた。
軍は否定する住民たちにオウスたちが幹部だという証拠を見せて住民たちを納得させる。信じていた者、憧れていた者が犯罪組織の幹部だったという現実に多くの住民はショックを受けた。
しかし、彼らが町の治安を乱していたのは事実であるため、住民の中にはオウスたちのことは忘れて平和に暮らそうと前向きに考える者もおり、そんな住民を見た他の住民も少しずつだが立ち直っていく。
国王であるルッソも、モナたちからマチスがゼルデュランの瞳のボスであることを聞かされてかなり驚いていたが、落ち込んでいても何も変わらないと自分に言い聞かせて気持ちを切り替え、ゼルデュランの瞳のアジトや他の町にある隠れ家をどうするか考えてモナたちに指示を出す。ルッソの指示を聞いたモナたちは兵士たちにアジトの情報を教えて、各町の騎士団に伝えるよう馬を走らせた。
ゼルデュランの瞳が壊滅したことで今後の町の警備や軍の方針など、色々変えないといけないため、ルッソの仕事は一気に増えることになるだろう。
ルギニアスの町の正門、外側の前にはダークたちが集まっており、その正面にモナ、ハッシュバル、ダンバの三人が横一列に並んで立っている。ゼルデュランの瞳の一件が片付いたため、ダークたちはバーネストに戻ることにし、モナたちはその見送りに来ていたのだ。モルドールだけは引き続きマルゼント王国で情報収集を行うため、銀蝶亭に残っている。
「今回は本当にありがとうございました」
「気にしないでくれ。当然のことをしたのだから、礼を言う必要は無い」
「いいえ、どんな理由であれ、貴方がたはこの国のために尽くしてくださったのは事実、お礼を言うのは当然のことです」
「そう、か……」
モナはダークを見ながら微笑み、そんなモナを見ながらダークは呟く。本当に礼を言わなくてもいいと思っているのに心から感謝するモナにダークは少し困っているようだ。そんなダークの反応を見て、レジーナ、ヴァレリアは小さく笑っている。
ダークとモナが向かい合って話をしていると、ダークの隣にいたノワールが一歩前に出る。モナはノワールが動いたことに気付くと視線を彼に向けた。
「モナさん、短い間でしたが、お世話になりました」
「こちらこそ、ノワール君のおかげでとても助かりました」
笑顔を見せるモナにノワールを微笑みを返す。たった数日とは言え、二人は力を合わせてゼルデュランの瞳と戦い、壊滅させたのだ。二人の間には間違いなく絆が生まれていた。
「もしまた何か事件とかが起きて困ったらモルドールさんを頼ってください。力を貸してくれるはずです」
「分かりました」
モルドールが町にいること、困った時に協力してくれるを伝えたノワールは後ろに下がり、ダークの隣まで移動した。ノワールが戻ったのを確認したダークは視線をモナたちに向ける。
「では、縁があったらまた会おう……ノワール」
「ハイ。転移!」
ダークの指示を受けたノワールが転移を発動させると、ダークたちの姿は消え、正門前にはモナたちだけが残った。
「行ってしまったか」
「ああ、できれば何処に住んでて、どうやってあれほど強大な力を手に入れたのか訊いておきたかったな」
ハッシュバルとダンバはダークたちの強さな秘密を知ることができなかったことに対して残念そうな顔をする。自分たちよりも力のある者のことを知りたいと思うのは、戦う者としては不思議ではない。ハッシュバルとダンバもそう考えていたようだ。
「よしましょう。他人の個人情報を詮索するのは失礼なことですよ」
「相変わらず真面目だな? お前は知りたくないのか、ノワール君の強さの秘密を?」
ダンバがモナの方を見ながら尋ねると、モナは前を向いたまま微笑みを浮かべる。
「どうしても知りたい、とは思っていません。どれほどの力を持っていようと、ノワール君は困っている人々を助けようとする素晴らしい心を持った少年、それが分かっただけで私は満足しています」
どこか嬉しそうな顔で語るモナを見て、ハッシュバルとダンバはきょとんとした顔をする。
いつものモナなら疑問に思うことは徹底的に調べて答えを見つけ出すのに、今のモナは明らかにいつもと違うと二人は感じている。何より、一人の少年に対してモナが恋をする乙女のような感情を抱いているとハッシュバルとダンバは思っていた。
「さあ、街へ戻りましょう。私たちにも陛下と同じように沢山の仕事があるのですから」
そう言ってモナは街へと戻って行き、ハッシュバルとダンバは少し納得できないような顔をしながらモナの後を追うように町に戻っていった。
今回で十七章は終了です。いつものように、次回の投稿はしばらくしてからとなります。次回の内容についてですが、十八章にするか、番外編にするか悩んでいます。