第二百四十一話 心を読む傲慢司教
ダークたちがオウスと向かい合っている頃、離れたところでレジーナたちと戦っていたゼルデュランの瞳のメンバーたちがアジトから出てきた丼鼠色のマントの人影とオウスに気付く。
ユミンティアとエンヴィクが倒されて士気が低下していたゼルデュランの瞳のメンバーはオウスと丼鼠色のマントの人影の姿を見て士気が戻ったのか、表情に余裕が出始める。同時に闘志も戻り、兵士たちを少しずつだが押し戻し始めた。突然闘志が戻ったメンバーたちを見て、兵士たちは一瞬驚きを見せるが、彼らも負けずに押し切ろうとする。
「何だが敵の抵抗が強くなってきたような気がするわね」
ゼルデュランの瞳のメンバーと戦っていたレジーナが敵の様子の変化に気付く。先程までは防戦一方だった敵が突然勢いを増して攻撃したきたので、敵側で何かあったのではとレジーナは感じていた。
レジーナは敵に何か起きたのか考えながらテンペストで攻撃を防ぎ、素早く反撃する。そこへ同じように敵と戦っていたジェイクが合流し、レジーナの左隣にやって来た。
「さっき、兄貴たちが何をしているのか確認したんだが、敵のアジトから新しい敵が二人出てきたのを見たぞ」
「新しい敵? もしかして、敵の幹部か何か?」
「多分そうじゃないか? ソイツらの姿を見た敵は全員表情に余裕が戻っていたからな」
ジェイクの話を聞いたレジーナは面倒くさそうな顔をする。そこへ竜翼を広げたマティーリアがジャバウォックを構えながらレジーナの右隣に着地した。
「あとから来た二人組は間違いなく幹部じゃろうな。大方、指揮を執るはずだった幹部二人が死んで混乱していたところに新しく指揮を執る幹部が来て闘志が戻ったのじゃろう」
マティーリアは前を見ながらゼルデュランの瞳のメンバーの士気が戻った理由を話す。マティーリアもジェイクと同じようにアジトからオウスと丼鼠色のマントの人影が出てきたのを見て、幹部で間違いないと感じたようだ。
レジーナとジェイクはマティーリアの話を聞いて目を少しだけ鋭くする。折角、有利な状況だったのにゼルデュランの瞳のメンバーが士気を取り戻し、抵抗してきたことを二人は面倒に思っていた。
「それでその幹部たちはどうしたの?」
「兄貴たちと戦うつもりみたいだぜ? さっき見た時はソイツらと兄貴たちが向かい合っていたからな」
「ダーク兄さんたちと?」
話を聞いたレジーナはダークたちの様子を窺おうとダークたちがいる方角を見ようとする。するとそこに、ゼルデュランの瞳のメンバーである雄のレオーマンが剣を振り下ろしてレジーナに襲い掛かってきた。
レジーナはレオーマンの攻撃に気付くと、レオーマンの方を向いて素早くテンペストで振り下ろしを防いだ。そして、そのまま剣を弾き、無防備なレオーマンの腹部に蹴りを入れてレオーマンを大きく蹴り飛ばす。
「ダーク兄さんたちの様子を見ようとしてたんだから、邪魔しないでよね!」
蹴り飛ばしたレオーマンを睨みながらレジーナは力の入った声を出す。そんなレジーナを見たジェイクはやれやれ、と言いたそうに苦笑いを浮かべる。
「兄貴たちなら心配ねぇよ。どんな幹部だろうと、兄貴や姉貴、ノワールには敵わねぇさ」
「ウム、妾たちは自分たちのやるべきこと、目の前の敵を拘束することに集中しておればよい」
ダークたちの心配はせずに自分たちの仕事にだけ集中すればいい、ジェイクとマティーリアは構えながらレジーナに声を掛ける。二人の言葉を聞いたレジーナは少しつまらなそうな顔をしながらテンペストを構え直し、再びゼルデュランの瞳のメンバーを捕らえることに集中した。
士気が高まったゼルデュランの瞳のメンバーは持っている武器を振り回しながら兵士たちを攻撃し、兵士たちも剣や槍でメンバーたちの攻撃を防ぎながら反撃する。レジーナたちも自分の得物を強く握りながら敵に向かって行く。
一方、ダークたちは目の前で愉快そうに笑うオウスをジッと見つめている。人の心の声が聞こえるというオウスを前に、ダークたち、特にアリシアとモナの警戒心は強くなっていた。
心の声が聞こえる、つまり他人の考えていることが分かるということは、相手が次にどんな行動を取るのかが分かるということだ。戦場で敵の動きを先読みできる敵ほど恐ろしい存在はいない。アリシアとモナはそれが可能なオウスを前に微量の汗を流す。
「ハハハ、焦っているな? 他人の考えていることが分かる儂とどう戦えばいいのか、と?」
「クッ、コイツ……」
余裕の態度を取るオウスにアリシアは苛立ちの声を漏らす。しかし、オウスの言うとおり焦っているのは事実であるため、アリシアは何も言い返せなかった。
「お前たちに他人の考えていることが分かる儂を倒すことはできん。悪いことは言わん、さっさと武器を捨てて降参しろ」
既に戦いに勝った気でいるオウスを見てアリシアは表情を険しくする。確かに敵の動きを読める相手は非常に厄介だが、戦ってもいないのに負けを認めるなんてことはアリシアにはできなかった。
アリシアはフレイヤを強く握り、ゆっくりと構えようとする。すると、アリシアの隣にいたモナがアリシアの前に腕を出したアリシアが構えるのを止めた。
「モナ殿?」
「アリシア殿、下がってください。ここは私が行きます」
自分がオウスと戦うと言い出すモナにアリシアは目を見開き、ダークとノワールも意外そうな反応を見せる。相手の心が読める敵に自分から戦いを挑もうとするモナにダークたちは少し驚いたようだ。
「アリシア殿は先程、ユミンティアとエンヴィクの相手をし、シグルド殿も大勢の敵の相手をしました。今度は私が戦う番です、お二人は下がって体力を回復していてください」
「しかし……」
モナ一人に心が読めるオウスの相手をしてもらうのは抵抗があるのか、アリシアはなんとかモナを止めようとする。すると、モナはアリシアを見ながら小さな声で語り掛けた。
「私がオウスと戦っている間に、彼の隙や弱点を見つけてください。いくら人の心の声が聞こえると言っても、必ず弱点があるはずです。アリシア殿たちはそれを見つけ、もし私が負けたらその弱点を参考にして戦ってください」
自分が負けた時のことを考え、モナはアリシアにオウスの弱点を見つけてほしいと頼む。アリシアはモナの意思と覚悟を知ると少し驚いたような表情を浮かべ、モナの言葉を聞いたダークとノワールは無言でモナを見つめる。
ダークたちの体力のこと考え、厄介な相手に自分から戦いを挑もうとするモナの意思にダークたちは感服していた。
モナはアリシアに頼んだ後、ダークとノワールをチラッと見て、任せてほしい、と目で伝えてからオウスの方へと歩いて行く。モナの意思と覚悟を感じ取ったダークたちは、ここでモナを止めるのは逆に彼女の覚悟を否定することになると感じ、この場をモナに任せることにした。
「ハッハッハッ、儂と戦って弱点を探るつもりか?」
オウスはモナの心の声を聞いたのか、彼女がアリシアに伝えたことを口に出しながら笑う。モナはオウスから少し離れたところでジッとオウスを睨み付ける。
「無駄だ無駄だ、他人の心が読める儂に弱点などない」
「そんなこと、戦ってみなくては分からないではないですか。それに心を読まれるからと言って、絶対に負けるとは限りません」
「ほほぉ、それなら儂に勝って、それを証明してもらおうじゃないか」
お互いに挑発し合いながらモナとオウスは構え、いつでも魔法が使える体勢に入った。それと同時に二人の周囲にピリピリとした空気が漂い始める。
モナとオウスはお互いに目の前にいる敵を見つめ、ダークたちは二人の戦いを黙って見守る。そんな中、モナは持っている羽扇に魔力を送り、羽の部分を白く光らせた。
「衝撃!」
魔法を発動させたモナは羽扇を大きく振り、オウスに向かって衝撃波を放つ。オウスはモナの衝撃波を右へ移動して回避し、右手をモナに向けた。
「光球!」
オウスは走りながら白い光球が放ち、モナに反撃する。モナは右へ跳んで光球をかわし、オウスの動きを警戒しながら体勢を立て直した。
「移動速度強化! 勇気のそよ風!」
補助魔法を発動させ、モナは自身の移動速度、物理防御力、魔法防御力を強化する。更に僅かだが勇気も湧いたため、オウスに対する対抗心なども強化された。
本来であれば戦いが始まった時に補助魔法を使うべきだったが、敵が攻撃できる体勢でいると、妨害される可能性があったため、モナはオウスが攻撃してきた直後の、隙を狙って魔法を使ったのだ。
オウスは補助魔法で自身を強化したモナを見ると鼻で笑い、自分も補助魔法を発動する。
「物理防御力強化! 移動速度強化! 魔法防御力強化! 風属性耐性強化!」
物理防御力、移動速度、魔法防御力、更に風属性の耐久力も強化し、オウスはモナを見ながら自慢するような表情を浮かべた。
<風属性耐性強化>は土属性の下級魔法で風属性の耐久力を強化して風属性のダメージを軽減することができる魔法だ。削れるダメージはそれほど多くないが、多くの魔法使いが使用している。
お互いに自分の強化が終わると、モナとオウスは再び戦闘体勢に入った。自身の強化が済んだので、次からは攻撃することだけに集中できる。モナは険しい顔で、オウスは笑顔のまま自分が倒す相手を見ていた。
「暴風の刃! 電撃の槍!」
モナは羽扇を大きく横に振り、大きめの真空波と電気の矢をオウスに向かって放つ。最初のショックバーンとは違い、今度は攻撃力があり、速度も速い強力な魔法なので、モナは次は避けられないと考えていた。
二つの魔法は真っすぐオウスに迫っていく。だが、オウスは焦る様子などは見せずに笑ったままその場に立っていた。
「光の盾!」
オウスが左手を前に出すと、オウスの前に盾の形をした白い光の障壁が現れてモナの放った真空波と電気の矢を防いだ。止められた真空波と電気の矢は消滅し、それを見たオウスは小さく笑う。
<光の盾>は光属性の中級魔法で光の盾を作り出す防御魔防。光属性の物理攻撃や上級以下の光属性魔法は難なく防ぎ、他の属性の物理攻撃や魔法も普通に止めることができる。ただし、闇属性の攻撃や魔法だけは防ぐことができず、触れれば簡単に消滅してしまう。
自分の攻撃を防がれたモナは悔しそうな顔でオウスを見ている。どうやらオウスはモナの心の声を聞いてどんな攻撃が来ることを先読みし、回避せずに光の盾で防いだようだ。
攻撃を防いだオウスはモナから見て左へ移動し、立ち止まると右手をモナに向けた。オウスの行動を見たモナはオウスを見ながら構え直して警戒する。
「聖光球!」
オウスの右手から大きめの光球がモナに向かって放たれ、それを見たモナは一瞬驚いて目を見開くが、すぐに表情を戻し、冷静にどうするべきか考え、行動に移った。
「風の壁!」
モナが羽扇を持っていない方の手を前に出して魔法を発動させると、モナの前に風の壁が現れてオウスの光球を打ち消した。上手くオウスの攻撃を防ぐことができ、モナは安心の表情を浮かべる。
(よし、オウスが体勢を整える前に次の攻撃を――)
「神聖突撃槍!」
次にどう動くか考えているとオウスの叫ぶ声が聞こえ、モナはフッと前を向く。その直後、風の壁が掻き消され、その奥から槍状の光が姿を現してモナの左脇腹を掠った。
「うわああっ!」
脇腹から伝わる痛みにモナは思わず声を上げ、そのまま後ろの飛ばされて仰向けになる。モナが攻撃を受けた光景を見たアリシアとノワールは驚きの反応をし、ダークもジッと倒れるモナを見つめていた。
モナが脇腹の痛みに耐えながら上半身を起こして光の槍が飛んで来た方角を見ると、そこには左手を前に出して笑うオウスの姿があった。そう、先程の光の槍はオウスの攻撃だったのだ。
<神聖突撃槍>は光属性の上級魔法で光の槍を放って攻撃することができる魔法だ。攻撃力が高いだけでなく、盾や中級以下の防御魔法も貫通することが可能である。更にアンデッド族のような光属性の弱い敵には効果が絶大であるため、神官などの光属性魔法を扱う者たちからは重宝される魔法の一つだ。
モナが脇腹を押さえながら何とか立ち上がり、自分を見て笑っているオウスを睨みつけた。オウスはモナの苦痛に歪む顔を見ると楽しそうな表情を見せる。
「風の壁で攻撃を防いだからと言って油断したな? 儂は障壁などを貫通する神聖突撃槍が使えるのだ。お前の風の壁などなんの意味もないわ」
「クッ、まさか私が移動するよりも早く次の魔法を撃っていたとは……」
「儂は人の心の声が聞こえると言っただろう? お前が儂の聖光球を風の壁で防ぐことは分かっていた。だから聖光球を放った直後に神聖突撃槍を撃ち、移動される前に風の壁ごとお前を貫いたのだ」
自慢げに語るオウスを見ながらモナは奥歯を噛みしめる。自分の行動が読まれたことで一撃喰らってしまったことを悔しく思っていた。
モナは脇腹の傷を左手で押さえながら痛みに耐え、右手で羽扇を強く握る。そんな必死な様子をモナを見ながらオウスは鼻で笑う。彼には痛みに耐えながら戦うモナがとても面白おかしく見えるのだろう。
「そんな状態でまだ戦うのか?」
「当然です、この程度の傷で根を上げるほど、私は情けない女ではありませんから……」
「フッ、そうか。ならそんなお前を完全に叩きのめすため、儂も戦い方を変えるとしよう。召喚魔法・エンジェルナイト!」
オウスは両手を前に出した新たに魔法を発動させる。その直後、オウスの足元に三つの白い魔法陣が展開され、そこから白と銀の全身甲冑姿のエンジェルナイトが三体、湧き上がるように姿を現した。
「召喚魔法? ……モンスターを召喚して戦わせるとは、卑怯な手を使うのですね?」
「勘違いするな、儂はお前と一対一で戦うとは一言も言っていない。お前が勝手に勘違いしていただけだ。仮に一対一の戦いだとしても、この天使たちは儂が召喚したモンスター、儂の手足のようなもの。つまり、天使たちが戦うということは儂が戦っているのと同じと言うことなのだ」
「クゥッ! 何という屁理屈……」
「好きなように言うがいい、どんな手を使おうと、最後に生き残った者こそが勝者なのだからな」
そう言ってオウスが右手を前に出すと、オウスの前にいた三体のエンジェルナイトは翼を広げて飛び上がり、持っている剣を一斉に構える。どうやら三体同時にモナに襲い掛かるようだ。
モナは緊迫した表情を浮かべながら飛び上がったエンジェルナイトたちを見上げる。攻撃される前に距離を取って体勢を立て直そうと思っていたが、脇腹の傷が痛んで思いように動けない。防御魔法で攻撃を防ぐという手もあるが、それだと一体の攻撃は防げても、残り二体が側面に回り込んで挟撃してくる可能性がある。モナにはエンジェルナイトたちの攻撃から逃れる手段が思い浮かばなかった。
「フフフ、無駄だ。どんな作戦を考えても、儂がお前の心の声を聞いている限り、お前にはどうすることもできん」
「……ッ!」
自分の考えていることが読まれてしまう以上、どんな作戦も通用しない。モナの心から少しずつ余裕が無くなっていく。それを感じ取ったオウスはニッと笑みを浮かべた。
「これ以上、お前と戦っても楽しむことはできないようだな……エンジェルナイトたちよ、その小娘を串刺しにしてやれ」
オウスが命じると、エンジェルナイトたちは一斉にモナに向かって飛び掛かる。モナは迫ってくるエンジェルナイトたちを見て表情を歪ませ、戦いを見守っていたアリシアの表情には焦りが浮かぶ。
アリシアと同じように戦いを見守っていたノワールは目を鋭くし、モナを助けるために魔法を発動させようとする。すると、ノワールの隣にいたダークはもの凄い速さで前に跳び、一瞬にしてモナとエンジェルナイトたちの間に入った。そして、そのまま大剣を素早く振り、モナに襲い掛かろうとしたエンジェルナイト三体を斬り捨てる。
斬られたエンジェルナイトたちは光の粒子となって消滅し、ダークはその粒子をつまらなそうな様子で見ている。ダークの後ろでエンジェルナイトが粒子と化す光景を見ていたモナは呆然としており、オウスもその光景を見て意外そうな顔をしていた。
「……確かにこれは一対一の戦いとは聞いていない。エンジェルナイトたちを使っても文句は言われないだろう。だが、それなら私がモナ殿に加勢しても問題は無いな?」
ダークは大剣を下ろすとオウスの方を見ながら低い声を出す。オウスはそんなダークを見て少し不満そうな表情を浮かべていた。
「シ、シグルド殿、なぜ?」
「貴公は私たちに自分とオウスの戦いを見て、オウスに勝つ方法を見つけてほしいと言った。だから私たちは何もせずに戦いを見守っていた。しかし、もうその必要は無い。奴を倒す方法は見つけたからな」
「え?」
短時間でオウスを倒す手段を見つけたというダークにモナは驚いて思わず声を漏らす。アリシアとノワールもダークの言葉を聞いて少し驚いたような顔をする。
「それに傷を負った貴公をこれ以上戦わせるわけにはいかん。私は黒騎士ではあるが、傷ついた仲間を見捨てるほど悪党ではない」
そう言ってダークはノワールの方を向く。ノワールはダークと目が合うと、ダークが自分に何をさせようとしているのか気付き、ダークを見ながら頷く。
ノワールはモナの下に駆け寄ると、立っているモナを素早く抱きかかえてお姫様抱っこをする。いきなり抱きかかえられたモナは驚くのと同時にお姫様抱っこをされたことが恥ずかしいのか赤面になった。
小さな少年が自分よりも大きな女にお姫様抱っこをするという滅多に見られない光景にアリシアは目を丸くする。アリシアが見ている中、ノワールはモナを連れてアリシアのところへ戻って行き、ノワールが戻ったのを確認したダークは視線をオウスへ向けた。
「儂が召喚したエンジェルナイトは一瞬で倒すとは、お前、なかなかできるな?」
「フッ、大したことは無い」
「言うじゃないか? お前、いったい何者だ?」
オウスはダークに何者か尋ね、同時に嘘をついていないかを確かめるために心の声も聞こうとする。すると、ダークはオウスを見つめながら目を薄っすらと光らせた。
(私はシグルド、お前たちゼルデュランの瞳を滅ぼすためにモナ殿たちに力を貸している黒騎士だ)
「……? なぜ口に出さずに心の声で会話をする?」
(口で会話をすると考えている別のことがお前に読まれてしまうからな。頭で会話をすればそれ以外のことが読まれることは無いと思ったのだ……で、お前のその反応からすると、私の読みは当たっていたようだな?)
ダークの心の声を聞いたオウスは目を細くしながら不満そうな顔をする。どうやらダークの言うとおり、頭の中でオウスに語り掛ければそれ以外のことはオウスに読まれないらしい。
離れた所ではアリシアと地面に下ろされたモナが、ダークを見ながら独り言を喋るオウスを見て、何をしているんだ、と言いたそうな顔をしていた。彼女たちにはダークの心の声が聞こえないため、アリシアとモナにはオウスが独り言を言っているようにしか見えなかったのだ。しかし、ノワールは何が起きているのか理解しているらしく、無言でダークとオウスを見ている。
(お前の読心術は一見恐ろしく思えるが、弱点はある)
「弱点、だと?」
(一つ目は先程言ったように、対象が思い浮かべていることしか読むことができないと言うこと。こうして頭の中で考えていること以外はお前でも読み取ることはできないということだ。二つ目は一度に複数の対象の心の声を聞くことはできないということだ。もし複数の声を同時に聞くことができるのなら、私がモナ殿を助けるためにエンジェルナイトの前に出ることも分かっていたはずだ。なのにお前はエンジェルナイトに何の指示も出さなかった。それはお前があの時、私の心の声を聞くことができていなかったからだ)
ダークが頭の中で自分の推理をオウスに語ると、オウスは目を鋭くしてダークを睨んでいる。オウスの反応から、ダークが言っていることは間違い無いようだ。
(それらの点を考えれば、お前の読心術は大したことは無い。弱点さえちゃんと理解していれば大した脅威ではないということだ)
「……フッ、確かにそのとおりだ。お前の言っていることは正しい」
(ほぉ、認めるのか? こんなにアッサリと?)
「ああ、そうだ……なぜ認めるか分かるか? 儂の心を読む力の弱点を知ったところで、儂に勝つことはできないからだ」
オウスは弱点を認めてたにもかかわらず、余裕の笑みを崩さずにいる。オウスの言葉を聞いたアリシアたちはジッとオウスを見つめていた。
「例え弱点を見抜いたところで、儂がお前たちの心の声を聞き取れることには何の変わりない。お前は儂に心の声を聞かれ、行動を先読みされる。お前は儂には勝てんのだ!」
心の声を聞き取れる限り絶対に負けない、そう自信に満ちた口調でオウスは語る。確かに、心の声が読まれる以上、どんな攻撃を取っても先読みされて回避されてしまう、オウスと戦ったモナはそう感じていた。
モナが不安な表情を浮かべていると、ダークは再び目を薄っすらと赤く光らせてオウスを見つめる。
(言ったはずだぞ? お前を倒す方法は見つけたと)
ダークが心の声で呟くと、それを聞いたオウスは笑みを消し、鋭い目でダークを睨み付ける。読心術を持つ自分を倒す方法があると言われ、さすがにオウスも聞き捨てならなかったようだ。
「儂を倒す方法か……それはどんな方法なのだ?」
(フッ、今すぐ見せてやろう)
心の中で呟いたダークは足の位置をずらし、大剣を逆手に持ち変えて体勢を変える。その姿はまるで槍投げをするスポーツ選手のようだ。オウスは目を細くしながら変わった構えを取るダークを見つめていた。
(今からこの剣をお前に向かって投げる。それも正面からな)
「何だと?」
自分がどんな攻撃をするのか教えるダークを見てオウスは驚く。目の前にいる敵にどんな攻撃を行うのか教えるのだから驚くのは当然だ。オウスはダークの行動に驚いたが、同時に自分から攻撃方法を教えるダークを愚かに思う。
「自分から敵にどんな攻撃をするのか教えるとは、意外と馬鹿な男だな?」
(フッ、馬鹿なのはお前だろう。人の心が読めるなんてことをわざわざ私たちに教えてくれたのだからな。教えずに秘密にしておけばよかったものを、そんなに自分の力を自慢したかったのか?)
「自慢? 違うな、ハンデとして教えてやったんだ。儂の力のことを知らずに戦ったらお前たちは絶対に勝てない。しかし、それではお前たちが気の毒だからなぁ、ほんの少しだけ勝機を与えてやるために教えてやったんだ。力の秘密を知っていようが、なかろうが、お前たちが儂に勝つことはできん」
(ほおぉ、だったら私の攻撃を凌ぎ、私を倒して見せろ)
ダークはオウスを見つめながら大剣を持つ手に力を入れ、オウスはダークをジッと見つめながら動きを警戒する。
睨み合う間もオウスはダークの心の声を聞き続けるが、ダークは頭の中で正面から大剣を投げることしか考えておらず、オウスはダークが本当に正面から大剣を投げようとしていることを知る。
(あの若造、本当に正面からあの剣を投げるつもりなのか……なら、対処は簡単だ。奴が剣を投げるのと同時に光の盾を展開して奴の攻撃を防ぎ、その直後に奴がどう動くのかを読んで強力な魔法を叩きこんでやる)
ダークを倒すまでの流れを考えたオウスは小さく笑う。他人の考えていることが分かる自分には誰も勝てないとオウスは自信に満ちていた。そんなオウスはダークは構えを崩さずに見ている。
戦いを見守っているアリシアとモナは心を読めるオウスにダークがどう勝つのか気になり、二人を視界から外さずに見ている。ノワールはダークが勝つと分かっているのか、無表情のままダークとオウスを見ていた。
アリシアたちが見守る中、ダークは僅かに足を動かし、それを見たアリシアたちはダークが攻撃すると感じて視線をダークに向ける。オウスもダークが攻撃してくると警戒を強くした。
(さあ、来い! お前の剣など儂の防御魔法で簡単に防いでくれるわ。そしてその後、剣を失ったお前を魔法で甚振ってやる)
オウスは両手を前に出していつでも防御魔法を発動できるよう準備をする。その間もダークの心の声を確認するが、やはりダークは大剣を本気で投げる、とだけ考えていた。
ダークの考えていることを再確認したオウスはもう攻撃方法が変わるようなことは無いと確信する。その直後、ダークはオウスに向かって勢いよく大剣を投げた。
「フッ、儂を倒す方法を見せてやると言っておきながら、ただ剣を投げるだけか! そんなくだらない攻撃で儂を倒せると思うとは、やはりお前は馬鹿だなぁ!」
オウスが大きな声だダークを挑発しながら防御魔法を発動させようとする。アリシアたちもオウスに攻撃を止められてしまうと感じ、目を見開いてダークを見ていた。
だが次の瞬間、大剣はオウスが防御魔法を発動するより先にオウスの体を貫く。大剣はオウスの体を貫いたまま飛び続け、ゼルデュランの瞳のアジトの入口を隠していたある記念碑に深く刺さった。
「がはあぁっ!?」
何が起きたのか分からないオウスは声を上げながら吐血する。そして、自分の体がダークの投げた大剣に貫かれていることを知ると、目を大きく開いて驚く。戦いを見守っていたアリシアとモナ、丼鼠色のマントの人影もオウスが大剣で貫かれた光景を見て驚いていた。
「ど、どうして……儂は、奴が剣を投げることを、先読みしていたのに……な、ぜ、儂の体に……剣が……」
「そんなことも分からないのか?」
混乱するオウスにダークが声を掛け、オウスはゆっくりと顔を上げてダークの方を見た。
「お前の読心術は確かに強力だ。だが、例え相手の攻撃を先読みしても、その攻撃を避けれるだけの回避力、攻撃を防げるだけの防御力がなければ何の意味もない。お前は私の攻撃を先読みしたが、それを避けるだけの力は無かったということだ」
大剣で体を貫かれているオウスを見ながらダークは低い声で語り、オウスは体を痙攣させながらダークを見ていた。
いくら相手がどんな攻撃をしてくるか分かっていても、それに対処するだけの反応速度、身体能力、魔法能力が無ければ攻撃を凌ぐことはできない。ダークはオウスが回避できない、防ぐことができないくらいの速度と力で大剣を投げ、オウスの体を貫いたのだ。そして、この単純な考え方こそがダークが考えたオウスを倒す方法だった。
「お前が読心術を使えるということが分からなかったら、この方法を取ることはできなかった……つまり、お前が教えてくれたおかげで、私はお前に勝てたのだ」
「そ、そんな……馬鹿……な……」
自分が読心術を使えることを教えたせいで負けてしまった、オウスは自身の過ちを悔やみながら息絶えた。意識を失ったオウスの死体は腕と足をブラブラと揺らしており、ダークは遠くからオウスの死体を見つめている。
(使える力が読心術じゃなくて、予知能力だったら、俺に勝てたかもしれないな?)
ダークは心の中で届くことのない言葉をオウスに向けて言い放った。