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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十七章~魔法国の犯罪者~
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第二百三十九話  ゼルデュランの瞳壊滅作戦


 モナたちが退室すると、ダークはチラッとノワールの方を向く。ノワールはダークの目を見ると、彼が何を考えているのか理解し、軽く頷いてから目を閉じる。


静寂空間サイレントエリア


 ノワールは自分を中心に光を部屋全体に広げ、部屋の中での会話が外に漏れないようにした。アリシアたちはノワールが盗み聞きされない魔法を発動したのを見て、ダークがこれから仲間以外には聞かれたくない重要な話をするのだと気付き、真剣な表情を浮かべてダークの方を見る。

 ダークはノワールが魔法を発動したのを見ると、アリシアたちの方を向き、部屋にいる全員が自分に注目しているのを確認し、静かに腕を組む。


「……さて、四元魔導士がいなくなったわけだし、私たちのやるべきことを簡単に確認しておこう」


 アリシアたちを見ながらダークは低い声を出し、自分たちの目的について語り始める。モナたちと一緒にいる時は、ただのノワールの仲間として話していたが、今からはビフレスト王国の王族とその仲間という立場で話をするので、ノワールに静寂空間サイレントエリアを掛けさせたのだ。


「私たちはこの後、マルゼント王国軍、町の冒険者たちと協力してゼルデュランの瞳のアジトを襲撃し、ゼルデュランの瞳を壊滅させる。しかし、それは目的を隠すための偽装だ」

「本当の目的はゼルデュランの瞳のメンバーの中にいると思われるLMFのプレイヤーを見つけ出すことだな?」


 ダークの言葉を続けるようにアリシアが真の目的を口にすると、ダークはアリシアの方を向いて頷く。


「そのとおりだ。だが、あくまでもいる可能性があると言うだけで、本当にいるとは限らない。ノワールたちが手に入れた情報も少ないしな」

「それなら、どうやってLMFのプレイヤーかどうかを判断するんだ?」

「コレを使えば問題無い」


 そう言ってダークはポーチから賢者の瞳を一つ取り出してアリシアたちに見せた。


「それは賢者の瞳?」

「そうだ、これが覗き込んだ生き物の情報を知ることができるマジックアイテムであることはお前たちも知っているな?」

「……もしかして、LMFのプレイヤーなのかも知ることができるのか?」

「ああ」


 アリシアは知らなかった賢者の瞳の効果を知って意外そうな顔をし、レジーナたちも目を見開いてダークの方を見ていた。

 長い間、ダークと共に行動し、彼が所持するマジックアイテムの効果もある程度は理解していたつもりだったが、まだ自分たちの知らない効果があると知り、ダークとノワール以外の全員が驚いた。


「これを使えば、覗いた対象の名前や所属している組織、レベル、職業クラスなどがレンズに浮かび上がる。LMFのプレイヤーなら、所属している組織のところに異世界人という文字が出てくる」

「以前、賢者の瞳をマスターに使った時、所属を表すところに浮かび上がったので、間違いありません」


 ダークとノワールは賢者の瞳の効果は確実だと話し、アリシアたちも二人が言うのなら間違いないと感じた。

 確実にLMFのプレイヤーの情報を得るため、ダークは部屋にいる全員に賢者の瞳を渡した。賢者の瞳のレンズに浮かび上がる文字は全て日本語で異世界の人間には読めないが、ダークの協力者であるアリシアたちはこういう時のためにダークとノワールから日本語を教わっていたので、問題無く読むことができる。


「もし、周囲にいる人間と明らかに雰囲気の違う敵がいたら、ソイツに賢者の瞳を使って正体を確かめろ」

「分かった。それで、もしいなかったらどうするんだ?」

「別に、いなかったのならそれで構わない。そのままゼルデュランの瞳を片付けるだけだ」


 例えLMFのプレイヤーがいなくても引き受けた仕事はきちんと熟す、自身のイメージを悪くしないため、マルゼント王国からの印象を良くするためにダークは仕事を最後までやり遂げるつもりでいた。アリシアたちも同じ気持ちなのか、それがいいと言いたそうな目でダークを見ている。


「ねえ、ゼルデュランの瞳の中にダーク兄さんと同じプレイヤーがいるとしたら、誰がプレイヤーだと思う? やっぱりボスかな?」


 レジーナが持っている賢者の瞳を見つめながら周囲に尋ねると、隣に立ていたジェイクが賢者の瞳を自分のポーチにしまいながら口を開いた。


「まあ、それが一番可能性として高いな。少なくとも、ドルウォンとか言う捕まった幹部はまずありえねぇ」

「だよね、仲間が殺されたくらいでビクビクしているような男がダーク兄さんと同じプレイヤーとは思えないもの」


 ジェイクの言葉に納得したレジーナはドルウォンを小馬鹿にしながら納得する。それを聞いたファウやモルドールも可笑しく思い小さく笑っていた。


「他の幹部もあり得んじゃろう。もし、若殿と同じ存在であれば、力も若殿と同じように強大のはずじゃ。そんな奴らはちっぽけな犯罪組織の幹部程度で満足するとは思えん」

「確かにそうですね、ダーク様が一国の王になられたのですから、そのプレイヤーたちもそれぐらい大きな存在になっているはずです」


 マティーリアとファウはドルウォン以外の幹部もLMFのプレイヤーである可能性は低いと語り、レジーナとジェイクは二人の方を向いて、そのとおりだと言いたそうな顔で頷く。


「そうとは限らないぞ? もしかすると、ダークとは違って、その者は目立たないよう、静かにこの世界で暮らそうと考えているのかもしれない」


 ヴァレリアはマティーリアとファウの方を見ながら自分の考えを口にする。確かに全てのプレイヤーがダークと同じように目立つ立場になるとは限らない。その強大な力を周囲に知られないよう、ひっそりと人目のつかない所で生きたり、小さな組織の中に隠れている可能性だってある。

 ダークはヴァレリアの話を聞くと、兜の下で苦笑いを浮かべる。異世界に来たばかりの時の自分も最初は目立たないように生きていこうとしたが、いつの間にか一国の王になってしまったため、ヴァレリアの言葉を聞いて複雑な気分になっていた。


「やはり可能性があるのは奴らのボスか……」

「……いいえ、そうとも限りませんよ?」


 アリシアがゼルデュランの瞳のボスがLMFのプレイヤーではないかと考えていると、ノワールが真剣な表情で呟き、ダークたちは視線をノワールに向ける。


「どういう意味だ、ノワール?」

「実は幹部の中にプレイヤーかもしれない人物がいるんです」

「誰だ?」


 ダークが尋ねると、ノワールは視線をダークに向けた。


「ハッシュバルさんが言っていた、この町の司教、オウスです」

「その司教がLMFのプレイヤーである可能性があるのか?」

「ハイ、町の人に聞いたんですが、その司教は神の声を聞くことができるみたいなんです」

「神の声?」


 ルギニアスの町に神と交信できる司教がいると聞き、ダークは意外そうな声を出す。アリシアたちも神の声が聞こえる司教が存在すると聞いて驚きの表情を浮かべていた。同時にそれほどの存在が犯罪組織の幹部であるということにも驚く。


「神の声を聞くことができると聞いた時、僕はその司教がLMFのプレイヤーではないかと考えました。神の声、というのは実は別の場所にいる仲間の声で、メッセージクリスタルのような遠くにいる人と会話ができるマジックアイテムを使ってその仲間の声を聞いているのではないか、と……」

「成る程、そう考えれば可能性はあるな」


 ノワールの説明を聞いたダークはゼルデュランの瞳の幹部である司教がLMFのプレイヤーである可能性があると考える。しかし、今の段階ではプレイヤーだと断定することはできない。ダークはしばらく考え込むとゆっくりとアリシアたちの方を見た。


「……では、とりあえずその司教とゼルデュランの瞳のボスをプレイヤーであると考えて捜索する。もし見つけたらすぐに私かノワールに知らせろ、間違っても戦いを挑もうなどとは考えるな?」


 警戒する二人が本当にLMFのプレイヤーであるのなら戦闘は避けるよう、ダークはアリシアたちに忠告する。もし、ダークと同じように高レベルのプレイヤーだったとしたら、アリシアたちに勝ち目は無い。

 ダークと同レベルのアリシアなら勝機はあるかもしれないが、LMFのプレイヤーは技術スキルを持っている。いくらレベル100のアリシアでも勝てる可能性は低い。相手の情報が何もないのなら尚更だ。

 アリシアたちもダークと同じくらいの強さを持っているかもしれないLMFのプレイヤーと正面から戦う気は無いのか、何も言わずに頷く。ダークとノワールはアリシアたちの反応を見ると、大丈夫だなと感じて安心する。


「それでダーク兄さん、もしその二人のどちらかがプレイヤーだった場合はどうするの?」


 レジーナは司教かボスがLMFのプレイヤーだった場合はどうするのか尋ねると、ダークはチラッとレジーナの方を向いた。


「そうだな……犯罪組織に所属しているような奴だからな。場合によっては殺すことになるかもしれない。が、可能であれば生かしておくつもりだ」


 状況によっては殺すことになるだろうと言うダークの答えを聞いたアリシアたちは、それなら仕方がない、と言いたそうな表情を浮かべた。

 ゼルデュランの瞳に所属しているような者なら性格が捻じ曲がっていてもおかしくない。もしもLMFのプレイヤーで、性格が捻じ曲がっていたら、マルゼント王国だけでなく、周辺国家にも何かしらの被害が出る可能性がある。そうなるくらいなら、いっそ殺してしまった方が安全だと、ダークたちは考えていた。

 LMFのプレイヤーに関する確認が終わり、ダークたちは次にゼルデュランの瞳のアジトを襲撃した時について話し合いを始める。基本はマルゼント王国軍の指示に従って行動するつもりだが、問題が発生した時は独自の判断で行動することにした。


「もし、マルゼント王国がゼルデュランの瞳のメンバーを生け捕りにするよう言ってきたらできるだけ生け捕りにするようにしろ。だが、危険な状況だと判断した時は迷わずに目の前の敵を殺せ。マルゼント王国からの指示よりもお前たちの命の方が遥かに大切だからな」

「ああ、最初からそのつもりだ」


 ジェイクはニッと笑みを浮かべ、レジーナとファウも笑いながらダークを見ている。アリシアたちも笑いはしなかったが、ダークの言うとおり命の方が大事だと考え、無言で頷く。


「それと、ゼルデュランの瞳のアジトに侵入し、もし金品やマジックアイテムなどを見つけたら回収してくれ。色々と役に立つだろうからな」

「え? ですが、今度の作戦で謝礼は一切受け取らないと……」


 ファウは数分前にダークがモナに言ったことと内容が違うことに気付き、不思議そうな表情を浮かべる。


「確かに、マルゼント王国からは謝礼は受け取らないと言った。だが、ゼルデュランの瞳のアジトで見つけた物なら別だ。犯罪組織の所有物を我々が奪ったところで、マルゼント王国には何の問題もない」

「た、確かに……」


 マルゼント王国からの評判を良くするために謝礼は受け取らないと言っておきながら、しっかりと自分が損をしないように考えているダークを見て、アリシアたちは抜け目がない人だ、と心の中で感じていた。

 それからダークたちは作戦中、誰だどう行動するかなどを簡単に決めて話し合いを終わらせる。その二時間後、マルゼント王国の兵士が部屋を訪れ、作戦開始の正確な時間と集合場所をダークたちに伝えた。


――――――


 太陽が沈み、ルギニアスの町は闇夜に包まれた。住民たちは既に寝静まり、町は静寂に包まれている。そんな静まり返った町の劇場区にある広場に大勢の人影が集まっていた。

 広場にいるのはマルゼント王国軍の兵士と魔法使い、冒険者ばかりで、その中には亜人の姿もある。彼らは全員ゼルデュランの瞳を壊滅させるために集められた者たちで、今はこれから行われる作戦の内容を確認をしている最中なのだ。

 集まっている者たちの中にはダークたちの姿もあり、広場に集まっている兵士や冒険者たちを眺めている。兵士や冒険者たちも、見慣れないダークたちを見ながら小声でブツブツと話をしていた。


「皆さん、こちらに注目してください」


 兵士と冒険者たちがダークたちを見ていると、モナがハッシュバルと共に集まっている者たちの中心に移動して全員に声を掛ける。兵士や冒険者たちはモナの声を聞くと視線をモナに向け、ダークたちもモナの方を向く。


「まもなく、軍と冒険者協同によるゼルデュランの瞳壊滅作戦を開始します。ゼルデュランの瞳はこの町に本拠点であるアジト以外にも隠れ家を用意しているとのことです。皆さんには予め決めておいた班に分かれ、アジトと隠れ家を襲撃していただきます」


 モナは真剣な表情を浮かべながら作戦内容を説明し、ハッシュバルは兵士、冒険者たちも表情を鋭くしてモナの説明を聞いていた。勿論、ダークたちも真面目に話を聞いている。


「私たちが手に入れた情報では、隠れ家は各区に一つずつ、つまり全部で五つ存在します。その内、この劇場区にある拠点は昼間に制圧し、残る拠点は四つです。これから拠点の場所を示した地図を配りますので、各班のリーダーは地図を受け取りに来てください」


 そう言ってモナは持っている羊皮紙の束を集まっている者たちに見せ、それを見た班のリーダーと思われる兵士や冒険者たちはモナの下に集まり、地図を受け取る。しかしダークたちは地図を受け取りには行かず、黙って集まっているリーダーたちを見ていた。

 地図を受け取った者はすぐに自分の班に戻り、仲間たちと自分たちが担当する場所を確認する。全ての班に地図が行き渡ると、モナとハッシュバルはダークたちの方へ移動した。


「もうすぐ作戦を開始します。そちらの準備は整いましたか?」

「ああ、問題無い。いつでも行ける」


 モナの質問にダークは低い声で答え、ダークの周りにいるアリシアたちも大丈夫だ、と言うような顔でモナを見ていた。

 今回ダークたちが行う作戦はそれほど難しくはない。普通にアジトと隠れ家を襲撃し、制圧するというものだ。遭遇したゼルデュランの瞳のメンバーは可能であれば拘束し、無理ならば殺害しても構わないということになっている。

 各拠点を制圧する戦力は十五人から二十人の間で、その中には必ずレベル40以上の存在を一人は入れておくことになっている。理由は襲撃した拠点に魔法の武具を装備した敵がいる可能性があるからだ。

 魔法の武具を装備した敵は四元魔導士のモナと互角に戦える程の力を持っている。そんな敵と戦うにはどうしてもレベル40以上の力を持つ者が必要だとモナは考え、各班にレベル40以上の存在を入れることにした。

 各班はレベル40の存在を含め、兵士や冒険者をバランスよく入れて編成してあり、ハッシュバルも戦力が劣る班と同行して隠れ家を襲撃することになっている。因みにダークたちはモナの班と共にゼルデュランの瞳のアジトを襲撃することになった。


「私たちは町の地下にあるゼルデュランの瞳のアジトを襲撃します。戦力は他の班と比べると大きいですが、それでも気は抜けません。何しろ敵の本拠地ですからね」

「そうだな、各区に存在する隠れ家と比べて護りも堅いはずだ。気を引き締めて行こう」


 油断せずに行動することを考えるダークを見て、モナは意外そうな顔をする。騎士道を捨てた黒騎士なので、自分の力を過信するのではと思っていたようだ。


「そう言えば、ダンバさんとマチスさんはどちらにいるんですか?」


 ダークの隣にいるノワールが周囲を見回して他の二人の四元魔導士は何処にいるか尋ねると、モナの後ろにいたハッシュバルがノワールの方を見て口を開く。


「あの二人には別の任務を任せた。ダンバには王城の警護を、マチスには町の正門の封鎖と見張りをさせている」

「王城の警護と正門の封鎖を?」

「我々がゼルデュランの瞳の拠点を襲撃している間に王城が敵の別動隊などに襲撃される可能性があるからな。正門の封鎖はゼルデュランの瞳のメンバーが町から逃げ出さないようにするためだ」


 制圧作戦をおこなっている時でもゼルデュランの瞳の動きを警戒するハッシュバルをノワールは感心するような顔で見た。

 ダークたちが作戦や戦力について話し合っていると、他の班が隠れ家の場所を確認し終え、それを見たモナはダークたちの方を見て目を若干鋭くした。


「皆さん、他の班の準備が整いました……作戦開始です」


 作戦開始時刻となり、ダークたちは視線をモナへと向け、同時にダークたちの周りの空気も変わる。戦いが始まるため、ダークたちも気持ちを切り替えたようだ。

 モナとハッシュバルは他の者たちにも作戦開始を伝え、兵士と冒険者も真剣な表情を浮かべる。いよいよゼルデュランの瞳との決戦が始まる、そう考えながら兵士と冒険者たちは仲間と共に自分たちが担当する隠れ家を制圧しに向かう。静かな夜の街には小さな足音や鎧の音がよく響くため、全員慎重に移動する。

 劇場区の街道をダークたちは静かに移動し、アジトの入口がある大広場へと向かう。ダークたちの班はダーク、アリシアたちを除くとモナと十人の兵士と三人の神官、合計二十三人で編成されている。ハッシュバルは出発する直前にダークたちと別れて自分が担当する場所へと向かった。

 ゼルデュランの瞳のアジトを襲撃するのに人数が他の班と大して変わらないと思われるが、モナはノワールがいること、大人数だと目立つと言うことを考えて敢えて少ない人数で編成したのだ。だが、ノワールの強さを知らない兵士や神官たちは少し不安そうな様子で移動していた。

 しばらく街道を移動すると、ダークたちは目的地である大広場にやって来た。月明りだけが照らしているため、大広場は薄暗くてよく見えず、モナや兵士たちは目を凝らして大広場の様子を窺っている。ダークたちは何となく見えているのか、普通に大広場を見ていた。


「……誰もいないな。てっきり見張りを一人か二人、広場に置いているのかと思ったが……」

「ドルウォンから聞き出した情報では入口には見張りは配置されていないそうです。入口自体が擬装していますから、見張りを付ける必要は無いと考えたのでしょう」


 アリシアの疑問にモナが小さな声で答え、アリシアは幹部であるドルウォンから得た情報なら間違いないだろうと感じて納得する。レジーナたちも納得しながら遠くにある記念碑を見つめていた。

 モナを先頭にダークたちは大広場の中央にある記念碑へと向かう。記念碑の隠し扉の開け方もドルウォンから聞き出しているため、記念碑まで辿り着けたらすぐに隠し扉を動かすことが可能だった。

 走るダークたちは記念碑から50mほど離れた所まで近づいた。すると、記念碑の後ろ、ダークたちがいる方角からは見えない場所から二つの人影が現れ、それを見たモナは急停止し、後ろにいたダークたちも立ち止まる。


「……どなたですか?」


 モナは人影を睨みながら低い声で尋ね、ダークたちも人影を警戒する。月を隠していた雲が動き、月明かりが人影を照らして素顔が見えるようになった。そこにいたのはリマーン図書館の館長であるエンヴィクスと劇場の舞姫であるユミンティアで、二人は不敵な笑みを浮かべながらダークたちを見ている。

 ゼルデュランの瞳の幹部である二人が目の前にいることに驚いたモナは目をも開き、兵士や神官たちも驚きの表情を浮かべていた。ダークたちは驚くの反応は見せずに黙ってエンヴィクスとユミンティアを見つめている。

 エンヴィクスは冒険者時代に着ていたと思われる濃い緑色のローブを着て、右手に銀色のロッドを持っており、ユミンティアは盗賊風の恰好で両手に短剣を持っている。二人は明らかに戦闘を行う姿をしており、ダークたちは二人の姿と現状からエンヴィクスとユミンティアは自分たちと戦うつもりでいるとすぐに気づいた。


「こんばんは、王国軍と冒険者の皆さん。こんな夜中に尋ねてくるとはご苦労なことだね」

「まぁ、大きな騒ぎを起こさずに私たちを一気に殲滅させるのなら、夜中に襲撃するのが一番だからな」

「ボスの言うとおりになったね」


 ユミンティアとエンヴィクスは少し楽しそうな口調で語り、モナはそんな二人をジッと睨みつけていた。


「……エンヴィクス館長に舞姫ユミンティアさん、こんな夜中に何をされているのです?」

「はあ? この状況でそれを聞く? アンタ、本当にこの国の軍師なの?」

「勘の鋭いお前なら、既に察しているんじゃないのか?」


 挑発するユミンティアとエンヴィクスを見てモナは奥歯を僅かに噛みしめる。二人の言うとおり、モナはユミンティアとエンヴィクスが大広場にいる理由を察していた。


(ゼルデュランの瞳の幹部である二人がゼルデュランの瞳のアジトの入口前に立っており、私たちが来ることを知っていたような口調で話している。それはつまり……私たちの動きがゼルデュランの瞳にバレているということ!)


 自分たちが不利な状況にあることをモナは心の中で叫ぶ。ダークとノワールもゼルデュランの瞳に自分たちの情報が知られていると気付いており、目を鋭くして目の前にいる幹部二人を見ている。そんな中、エンヴィクスがロッドを持たない方の手で指をパチンと鳴らした。

 エンヴィクスが指を鳴らした直後、大広場に生えている木や隅に積まれている木箱の陰から武装をしたガラの悪い男や亜人が大勢姿を現し、ダークたちに近づいて彼らを取り囲む。更に大広場と各区を繋ぐ街道の入口近くにも男や亜人たちが現れて街道の入口を塞ぐように集まった。状況から考えて、現れた男たちは間違いなく、ゼルデュランの瞳のメンバーだ。

 モナや兵士、神官たちは自分たちを囲むゼルデュランの瞳のメンバーたちを見て僅かに焦りを見せた。取り囲んでいる敵の数はパッと見て五十人、更に各区の入口を塞いでいる男たちを含めると少なくとも百人はいる。自分たちと比べて明らかに人数が多いのだから焦るのは当然だ。


「モ、モナ殿、これは……」

「私たちの動きがゼルデュランの瞳に知られ、待ち伏せされていたのでしょう」

「し、しかし、今回の作戦は一部の者にしか知らないはずです。それなのにどうして……」


 兵士が動揺する中、モナは前を見ながら微量の汗を流す。兵士の言うとおり、今回の作戦は軍に潜入しているゼルデュランの瞳のボスに知られることを警戒し、国王であるルッソと四元魔導士、そして作戦に参加する兵士たちにしか教えていない。それなのに情報がゼルデュランの瞳に知られているということは、今回の作戦に参加している者の中にボスがいるということになる。

 だが、ドルウォンの話ではゼルデュランの瞳のボスは軍の中でも地位の高い存在であることを既に掴んでいる。今回の作戦に参加している軍でも地位の高い存在、それはつまり、ボスはモナ以外の四元魔導士の誰かということを示していた。

 自分の仲間の中にゼルデュランの瞳のボスがいる、そのことに気付いたモナは驚きと同時に信じていた者が敵だったという事実から悔しさと悲しさを感じた。本当なら今すぐに声を上げたいところだが、今はそんなことをしている時ではない。現状をどうやって脱するか、モナは感情を押し殺して考えた。

 モナが打開の策を考え、兵士と神官たちが焦りを見せている姿を見て、周りにいるゼルデュランの瞳のメンバーたちは愉快そうに笑っている。自分たちの罠に引っかかった敵を見れば誰であろうと気分が良くなる。勿論、それはユミンティアとエンヴィクスも同じだった。


「ドルウォンからこちらの情報を聞き出して奇襲を仕掛けようと思っていたようだが、甘かったな。他の隠れ家にもそれなりの戦力を回してある。簡単には制圧できないぞ?」

「アンタたちの考えてることなんてこっちは全部お見通しなんだよ。残念だったね、折角アタイらを倒すチャンスだったのに」


 ユミンティアは両手に持っている短剣をクルクルと回しながら小馬鹿にするような口調で語り、ダークたちを取り囲むゼルデュランの瞳のメンバーはユミンティアの言葉を聞いて一斉に笑い出す。モナは悔しさのあまり、羽扇を持つ手に力を入れた。


「さあ、死にたくなかったら武器を捨てて投降しな。そうすれば命だけは助けてやら――」

「さっきからキーキーとうるさい女だな」


 ユミンティアが笑いながら喋っていると、ずっと黙っていたダークが少し力の入った声でユミンティアの邪魔をするかのように語り、それを聞いたユミンティアや取り囲んでいるゼルデュランの瞳のメンバーはダークに視線を向ける。

 ダークは前を見ながら薄っすらと目を赤く光らせ、彼の周りにいるアリシアたちも鋭い目で周囲の敵を睨んでいる。モナや兵士たちはダークたちを見て、彼らはこの状況で全く動揺していないということに気付いた。


「お前のようにお喋りで人を小馬鹿にするような女は嫌われるぞ? と言うよりも、なぜお前のような女が劇場区の舞姫、などと呼ばれているのか不思議で仕方がない」

「ああぁ? 何だいおっさん、偉そうな言い方しやがって。自分の置かれている立場が分かってるのかい?」


 挑発してくるダークを睨みながらユミンティアも挑発し返した。ダークをおっさん呼ばわりするユミンティアにカチンと来たファウは腰のサクリファイスを抜こうとするが、隣にいたアリシアにそれを止められる。

 ファウは少し驚いた顔でアリシアの方を見ると、アリシアはファウを見ながらウインクをし、此処はダークに任せろと目で伝える。それを感じ取ったファウはサクリファイスの柄から手を離し、目の前にいる敵を警戒した。


「アンタらを取り囲んでいる奴らが一斉に襲い掛かれたアンタらはあっという間にお陀仏だ。そして、取り囲んでいる奴らはアタイかエンヴィクスが命令すればすぐに攻撃する。つまり、アンタらの命はアタイの気分でどうなるか決まるんだ。あんまりアタイの気分を悪くしない方がいいよ?」

「フッ、雑魚で取り囲んだくらいで既に勝った気でいるとは、何処までもおめでたい女だ。なぜ貴様のような女がゼルデュランの瞳の幹部になれたのだ?」


 ユミンティアの警告も聞かずにダークは挑発し続け、それを聞いたユミンティアの表情は険しくなる。同時にダークたちを取り囲んでいるゼルデュランの瞳のメンバーも自分たちを雑魚呼ばわりするダークに気分を悪くし、険しい顔でダークを睨む。

 ダークの発言にレジーナやジェイクはニヤニヤしており、マティーリア、ヴァレリア、ファウ、モルドールも小さく笑っている。逆にモナと兵士たちは敵を挑発するダークを見て焦りを強くしていた。


「……アンタ、この状況でまだそんな態度を取るなんて、馬鹿なの? それともこの状況を打開する策があるのかい?」

「ああぁ、ある。と言うよりも、この程度の包囲なら簡単に崩し、お前たちを叩きのめすことができる」

「へぇ~、言うじゃないか。なら見せておくれよ?」


 ユミンティアはダークを見ながら持っている短剣を回す。エンヴィクスも余裕の態度を取るダークを見て少し興味のありそうな表情を浮かべていた。

 五十人近くの敵に囲まれた状態で戦況を逆転させることなどできるはずがない、ユミンティアは心の中で確信していた。ダークたちを取り囲むゼルデュランの瞳のメンバーも絶対に無理だと考え、見下すような笑みでダークを見ている。


「そうか、そんなに見たいのな見せてやろう……脚力強化」


 そう言ってダークは能力を発動させ、体を薄っすらと水色に光らせる。その直後、勢いよく前に跳んでゼルデュランの瞳のメンバーに近づき、背負っている大剣を抜いて勢いよく横に振り、目の前にいる数人のメンバーを腹部から両断した。

 切られたゼルデュランの瞳のメンバーは何か起きたのか理解することもできずにその場に倒れ、近くにいた他のメンバーたちはそれを見て目を見開く。そんな中でダークは素早く移動して目を見開いているメンバーを次々と斬り捨てる。ダークの一振りは一度に数人のメンバーを倒すため、取り囲んでいた約五十人のメンバーはあっという間に全滅した。

 一瞬にして仲間を全員倒したダークを見たユミンティアとエンヴィクスは驚きの反応を見せ、モナと兵士たちもダークの素早い攻撃に驚き言葉を失う。アリシアたちは相変わらず素早い攻撃だ、と心の中で感心していた。周囲から色々な目で見られている中、ダークは大剣を振って剣身に付いている血を払い落とし、ユミンティアの方を向く。


「お望みどおり崩して見せたぞ。何かほかにリクエストはあるか?」

「ア、アンタ、今、何したんだよ?」

「何を? お前の望みどおり、包囲を崩したのだが?」

「そ、そんなことを言ってるんじゃないんだよ! どうやってあれだけの敵を一瞬で殺したかって聞いてるんだよ!」


 驚きの表情を浮かべながらユミンティアは声を上げる。最初の一撃で数人の敵を両断し、更に他の敵もアッサリと斬り捨てるなんてことは英雄級の実力者でも難しい。それを簡単にやって見せたのだからユミンティアが興奮するのもおかしくなかった。


「……そう訊かれた素直に答えるほど、私は心の広い男ではない。何しろ、忌み嫌われる黒騎士だからな」


 自分の言った言葉を面白く感じたのか、ダークは小さく笑いながら語り、ユミンティアはそんなダークを見ながら足の位置をずらして短剣を構えた。どうやらダークを強者だと理解して警戒し始めたようだ。

 ユミンティアの隣にいたエンヴィクスもロッドを構えていつでも魔法が使える体勢に入る。そんな二人を見ながらダークは下ろしていた大剣を中段構えに持つ。


「今のを見てまだ戦意を失わないとな。さて……住民を騙し、甚振り続けてきた醜き犯罪者たちよ、断罪の始まりだ」


 大剣を構えながらダークは目を赤く光らせ、断罪宣言をした。


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