第二十三話 出発
ダークの答えを聞いてマーディングは嬉しそうな反応を見せる。アリシアやザルバーン、中隊長たちは断ると思ったのか少し意外そうな顔でダークを見ていた。
「ダーク、いいのか?」
「ああ、別に断る理由もないからな。それにドラゴン族のモンスターと戦ったのはグランドドラゴンの時の一度だけだ。これからのためにドラゴン族との戦闘を経験しておいた方がいい」
今後、ドラゴンと戦う機会があることを考えて少しでもドラゴンとの戦いに慣れておこうと考え、ダークは依頼を引き受けたようだ。彼のレベルなら並のドラゴンなど敵ではなないが、グランドドラゴンのような大きくて強大な力を持つドラゴンが相手ならそうはいかない。強敵と遭遇して苦戦しないようにするためには実戦で経験を積むのが一番だった。
ダークとアリシアが会話しているのを見て、マーディングは依頼するのに最も重要な報酬の話をするためにダークに語り掛けた。
「ではダーク殿、今回の依頼をお受けしてくださるということになりましたので、報酬のお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「報酬? ……ああぁ、そうでしたね」
報酬のことをすっかり忘れていたのか、ダークはマーディングの方を向いて思わず口にする。アリシアは冒険者にとって最も重要なことを忘れていたダークを見て思わず苦笑いを浮かべた。
周りにいるザルバーンたちは冒険者は依頼を受けるとすぐに報酬の話をするものだと考えていたのか、ダークが報酬のことを忘れていた反応を見て少し驚いたような顔を浮かべていた。彼らの思っている冒険者と目の前にいるダークという冒険者は微妙に違う存在に見えているのだろう。
マーディングもザルバーンたちと同じように感じていたのか、少し調子の狂うような様子を見せながら話を続ける。
「オホン……それで、ダーク殿は今回の依頼でどれほどの報酬をお望みですか?」
「そうですね……普通なら大金と言うべきですが、今はそれほど生活には困っておりません。ですから最低限の報酬で結構です」
ダークの言葉にマーディングたちは耳を疑った。それもそのはず、報酬でモンスター退治などをする冒険者がドラゴン族のモンスターがかかわる依頼で報酬は最低限でいいと言ってきたのだから。
ランクの高い冒険者に依頼をする場合は依頼金も高くつく。にもかかわらずダークは安い報酬でも構わないと言った。驚かない方がおかしいと言える状況だ。
「さ、最低限って……どういうことですか、ダーク殿?」
今まで黙って話を聞いていたリーザが思わずダークに尋ねた。ダークはリーザの方を向いて不思議そうな声を出す。
「言ったとおりですが? 騎士団が出す報酬で最も安い額で結構ということです」
「ワ、ワイバーンが棲みついているかもしれない山脈へ行くのですよ? もっと高い額を求めてもバチは当たりませんよ」
「さっきも言いましたが、生活には困っておりませんから最低限で大丈夫なんです」
僅かに声を震わせながら話すリーザにダークは冷静な態度で答える。リーザやザルバーンたちは報酬の額を変えようとしないダークに更に衝撃を受けた。
実際、ダークは多くの依頼を熟してとんでもない額の報酬を得ている。そのため、今のダークはしばらく遊んで生活できるくらいの金を持っていた。つまり本当に生活には困っていないのだ。だが、生活をすれば当然金は無くなる。だからダークは最低限の報酬だけ貰えればあとは何もいらなかったのだ。
ダーク自身、生活に困っていないことで報酬を最低限でも構わないと言ったが、他にも理由があった。それはここで報酬を少なくして自分の評判を良くするのと同時に騎士団に恩を売っておこうということだ。
(騎士団は元の世界で言うところの警察のような存在だ。今のうちに騎士団に貸しを作っておけば、何かあった時には彼らの力を借りることができるというものだ)
心の中でダークは本音を呟く。アリシアはダークが生活に困っていないことを知っており、同時に常に先のことを考える男であると知っている。だから今回ダークが報酬を最低限にした理由も薄々気づいていた。
ダークの大きな報酬を求めないことからマーディングやザルバーンはダークが心の広い存在だと感じる。そんな中、第二中隊隊長のベルグスが穏やかな笑みを浮かべながら一人拍手をした。
「いやぁ、感服しましたなぁ。冒険者の中にダーク殿のような欲を持たない方がいらっしゃるとは」
ベルグスは今まで冒険者を報酬で動く者として見ていたが、ダークのような人間がいることを知って冒険者のことを見直した。
すると、ベルグスの隣に立っているジャックが腕を組みながら鼻で笑った。
「何言ってるんだ。他人のことを考えてるんなら無報酬でやるべきだろうが。所詮コイツも金が欲しいってことだろ」
「よせ、ジャック」
「フン……」
隣でダークを見ながら挑戦的な口調をするジャックをベルグスが注意するとジャックはそっぽを向いた。そんなジャックの言葉で和んでいた部屋の空気が悪くなり、マーディングたちは呆れるような顔を浮かべる。
思い空気の中、マーディングの隣に控えていたザルバーンがマーディングに近づいて声をかけた。
「マーディング卿、どうしますか? ダーク殿が報酬は最低限でいいと言っておりますが……」
ダークの機嫌を悪くしたのではないかと心配しながらザルバーンはマーディングに報酬をどうするか尋ねる。普通は本人がそれでいいというのであれば報酬は最低限にするべきなのだが、難しい仕事を頼んでおいて最低限の報酬にすることは騎士団を管理する者として、マーディングのプライドが許さなかった。
「……そうはいきません。こちらが依頼しておいて報酬を安くするわけにはいきません。しっかりと仕事に見合った報酬を支払います」
「私は本当に構わないのですが……」
「いいえ。騎士団を代表する者として、こんなことがあってはなりませんので」
何があっても普通に報酬を支払うと言うマーディングの目を見て兜の下でダークは困り顔を浮かべる。ここで騎士団の恩を売ってイザという時に力を借りようと計画していたのだが、マーディングが思ったよりも頑固なため、ダークは今恩を売るのは難しいと考えた。
報酬を断るのは簡単だ、それでは騎士団から別の意味で悪く見られたり、ダークが恩を売ろうとしていることがバレる可能性もある。それはダークにとっては都合が悪い。しばらく考えたダークは今回は恩を売るのは諦めようと考え、マーディングの出す報酬を受け取ることにした。
「分かりました。報酬は仕事に見合った額でお願いします」
ダークがしっかりと報酬を受け取ってくれることになり、マーディングは少しだけ安心した。これで騎士団のメンツも守られるというものだ。
よくよく考えたら、報酬を普通に受け取るのは決して悪いことではない。ただダークは騎士団に恩を売るために報酬は最低限でいいと言ったのだ。だが、騎士団の依頼を引き受ければそれだけで騎士団に恩を売ったことになる。考え方ではダークの作戦は無意味に近い。そのことに気付いたダークは考え方が甘いと情けなく思うのだった。
報酬の額が決まり、続いてマーディングはダークについていく騎士団の戦力を選び始める。ワイバーンたちを相手にするとなるとそれなりに腕の立つ部隊を準備する必要があった。
「ワイバーンの数が分からない以上はこちらも精鋭と言えるべき部隊をダーク殿にお貸ししなくてはならない。ザルバーン団長、適任の隊はありますか?」
「そうですなぁ……弓兵が大勢いる第六中隊から小隊を幾つか……」
「その必要はありません」
マーディングとザルバーンが隊を選んでいるとダークが低い声で二人に声をかける。マーディングとザルバーンがダークの方を向くとダークは隣に立っているアリシアの肩にポンと手を置いた。
「彼女一人を貸してください」
「え? アリシアさんだけですか?」
「ええ、彼女とはこれまで何度も共に戦ってきていますから私や私の仲間との息もピッタリです。それに山脈にワイバーンがいるとすれば大勢で行動すると敵に気付かれる可能性があります。少人数の方が動きやすいですし、ワイバーンから奇襲を受ける可能性も低いですから」
「なるほど……」
ダークの考え方も一理あるとマーディングは顎に手を当てて考える。ザルバーンやリーザも大人数よりも少人数で動く方が戦いやすいということを知って感心したような表情を浮かべた。
しばらく考えたマーディングはダークを見つめて頷いた。
「分かりました。……アリシアさん、ダーク殿と共にザンバックス山脈へ向かい、ワイバーン討伐の任務に就いてください」
「ハイ!」
指令を受けたアリシアは姿勢を正して力強い声で返事をする。アリシアはレベルが70以上であるため、一人で一個小隊以上の力を持っていた。レベルの低い兵士を大勢連れていくより、息が合い、レベルの高いアリシア一人を連れていく方が戦いやすいとダークは考えたのだ。
アリシアがダークと一緒にいくことが決まり、次の話に移ろうとした時、突然ジャックがマーディングの前にやってきた。
「マーディング卿、俺の隊も行かせてください!」
「ジャックさん?」
「おい、グランド。いきなりなんだ、マーディング卿に失礼だろう!」
ジャックがダークたちと共に自分の隊もワイバーンの討伐に向かうと志願し、マーディングは不思議そうにジャックを見つめ、ザルバーンは無礼な態度を取るジャックを見て声を上げる。
周りにいるリーザやベルグスはジャックを黙って見つめている。二人にはなぜジャックがいきなり自分も行くと言い出したのか察しがついていた。それは冒険者であるダークや新しく中隊長になったばかりのアリシアに手柄を取られることに焦りを感じていたからだ。何より、自分よりも立場が下の二人にいい格好をされるのが気に入らなかった。
「ワイバーンの数が分からない以上、少人数で行くなんて死にに行くようなものだ。俺の部隊がワイバーンどもをぶっ倒してきます」
「やめんか、グランド! 今回の任務はダーク殿に依頼したのだ。依頼した以上はダーク殿たちに全てを任せる。お前の出る幕ではない!」
「落ち着いてください、団長」
ジャックを叱責しようとするザルバーンをマーディングが止めた。
「団長が仰ったように今回の任務はダーク殿に依頼したもの。全てダーク殿にお任せしている以上、ジャックさんが同行してもよいかを決めるのもダーク殿です。まずはダーク殿に尋ねてからにしましょう」
マーディングはジャックを同行させるかダークに尋ねるために彼の方を向く。ザルバーンとジャックもダークに注目して彼が答えるのを待った。
周りから注目されている中、ダークは腕を組みながら前に立つマーディングたちを見る。ジャックを連れていくか行かないか、答えは考えるまでもなかった。
「お断りします。私は少人数で行くと言いました。アリシア殿以外の騎士は必要ありません。それに私を毛嫌いしている者と共に仕事をしても上手くいくはずがない。足を引っ張られるだけだ」
誰もが予想していたダークの答えを聞き、アリシアやマーディングたちは納得の顔を見せる。だがジャックは納得できるはずもなくダークに食い付いた。
「国への忠誠心を無くして冒険者に成り下がった黒騎士が何を言う! そもそもこの町に来たばかりのお前がどうして一ヶ月程度で六つ星までにランクアップできる? 本当に依頼を熟しているのかも疑わしい! 素性も分からないお前など信用できるはずがないだろう!」
(あぁ~、めんどくせぇ奴だな~)
子供のように突っかかってくるジャックを見てダークは心の中で愚痴をこぼす。
この世界での黒騎士の評判が悪いことは知っているため、周りの人間が自分のことを信用しなかったり、何かと文句をつけてくることはダークも分かっていた。しかし実際そんな者たちを相手にすると思った以上に疲れるのでダークは次第にそんな連中の相手をするのが面倒になってきていたのだ。
「それにお前と何度も行動を共にしているファンリードのことも疑わしい。最近まで小隊長だった者がなぜいきなり中隊長になる! 裏で何かこそこそとしているのではないのか!?」
「いい加減にしろ、ジャック!」
「さっきから聞いていれば、何様のつもりだ!?」
ダークだけでなく、同じ騎士団の人間であるアリシアまでも悪く言うジャックに黙って話を聞いていたリーザとベルグスもさすがに止めに入った。ザルバーンは呆れ顔でジャックを見ており、マーディングも困り顔でジャックを見つめている。
周りから冷たい目で見られていることに気付かずに文句ばかりを言うジャックを見てダークも兜の下で呆れた顔を浮かべている。すると、これ以上は話をしても無駄だと感じたダークはジャックを見て低い声で言った。
「そんなについていきたいのなら勝手にすればいい……。だが一緒に来て、もしお前たちの身に何が起きても、私は一切責任を取らないぞ? あと、お前たちが危険な事態になっても私はお前たちを助けないからな」
低い声で目を赤く光らせながら言うダークを見てマーディングたちは寒気を感じる。初めて聞くダークの冷たい声を聞き、マーディングたちは初めてダークに恐怖したのだ。
それからしばらく仕事の内容について話し、ダークはマーディングに早速今から出発すると伝えて部屋を後にした。残ったマーディングたちはダークの冷たい視線を思い出して暗い表情を浮かべている。
騎士団の詰め所を出たダークはレジーナとジェイクに仕事のことを伝えるために拠点へ向かう。その隣を歩いてダークについていくアリシアは何処か不安そうな顔でダークを見上げた。
「……ダーク、なぜあんなことを言ったのだ?」
「あんなこと?」
「ついてきても責任は取らないとか、危険な目に遭っても助けないとかのことだ」
「ああ、あれか……私や君のことをよく思わない者と一緒に仕事をしても気分が悪いだけだからな。それに息の合わない者と一緒に仕事をしても上手くいくわけがない。それならいっそついてきてもらわない方がずっと仕事がしやすいというものだ」
「ジャック隊長たちがついてこないようにするためにわざとあんな言い方をしたのか?」
「ああ。君だってあんな男と一緒に仕事なんてしたくないだろう?」
「そ、それは確かに……」
アリシアはダークの問いかけを否定せずに呟く。アリシア自身も心の中ではジャックのことをよく思っておらず、ダークがジャックに冷たい言葉を言い放った時は少しだけ気分がよかった。あの時のダークの言葉でジャックは一緒に行かないだろうとアリシアは感じていた。
しかしジャックのあの時の態度から彼がダークとアリシアに手柄を取られることをよく思っていないことはアリシアも気付いていた。そんな考え方をするジャックがダークの一言で引き下がるのかアリシアは不安になっていたのだ。
「……ダーク、もしもジャック隊長が私たちと一緒に行くことになったとしたら、貴方はどうする?」
「別にどうもしない。奴らに関わらず普通に依頼された仕事をするだけだ。向こうも私たちと関わりたくないだろうからな」
「……それがいいかもしれないな、お互いのためにも」
「ああ。……さて、早速準備を始めるとしよう。私はジェイクにこのことを知らせてくる。君はレジーナの所へ行って彼女を呼んできてくれ」
「分かった」
「あと、君の母上にも伝えておいた方がいい。少なくとも今日行って帰ってこられるような任務ではないからな」
母親に任務のことを伝えるよう言うダークにアリシアは小さく頷く。それからダークとアリシアは二手に分かれて任務のための準備に入る。二人が分かれてから一時間後、準備を終えたダークたちはザンバックス山脈を目指して町を出た。
――――――
アルメニスを出て北北西にあるザルバックス山脈を目指すダークたちは一本道を真っ直ぐ進んだ。ダークを先頭にアリシア、レジーナ、ジェイクが固まって歩き、ダークの肩にはノワールがちょこんと乗っていた。
町を出てから既に二時間が経過している。ここまでモンスターと遭遇すること無く順調に進んでおり、ダークたちは余裕の様子を見せていた。だがそれでもいつモンスターが襲ってくるのか分からないので、ダークたちは常に警戒している。
「……ようやくアルメニスと山脈の中間ぐらいだな。この調子だと、昼過ぎ頃には着きそうだ」
ジェイクが地図を見ながら自分たちの現在地を周りにいるダークたちに伝える。それを聞いたレジーナは「うへ~」と言いたそうな顔でジェイクの方を向いた。
レジーナとジェイクはダークとアリシアからワイバーンの討伐を騎士団から依頼されたと聞かされて最初はかなり驚いていた。今までドラゴン族のモンスターと戦ったことは無く、自分たちに倒せる相手なのかと不安を感じていらしい。二人の家族もさすがに不安そうな様子を浮かべていたが、ダークとアリシアがいれば大丈夫だと感じたのか、少し不安になりながらも二人についていくことにした。家族もダークが一緒なら大丈夫だと考えてレジーナとジェイクを見送ったのだ。
四人が道に沿って歩いていると、小さな川が目に入り、ダークたちはその川で少し休憩することにした。
川の水を飲んだり、水で濡らしたタオルで顔を拭いたりしながら疲れを取るダークたち。アリシアとレジーナは長いこと歩いたことで汗を掻いたのでベトベトする体を濡れタオルで拭いている。二人とも年頃の乙女であるため、そういうことは気になるようだ。
二人は体を拭いている間、離れた所ではダークとノワールがジェイクと共に地図を見て進むルートを確認していた。
「……このまま道に沿って進めば途中で分かれ道がある。そこを左に進めば山脈が見えてくるはずだ」
「地図ではまだまだ先だ。こまめに休憩を取っていった方がいいだろうな」
ダークは地図を見て目的地である山脈までのまだ先が長いことを知り、急がずに進むことを話し、それを聞いたノワールとジェイクも黙って頷く。
LMFでは転移魔法や転移のアイテムを使わない限り徒歩で目的地へ向かうが疲れは殆ど感じないようになっていた。だがこれは現実、歩けば当然体力を使い、体力が無くなれば疲れが出てくる。目的地に向かう途中でモンスターと遭遇した時にもし疲れが溜まっていればまともに戦えなくなる。ダークはそのことを計算しながら進むルートや休憩を取るタイミングを考えた。
ルートを確認し終えるのと同時にアリシアとレジーナがダークたちの下へ戻ってくる。休憩が終わるとダークたちは荷物をまとめて再び山脈を目指して歩き出す。
「そういえば、ダーク兄さんってドラゴンと戦った経験はあるの?」
歩き出してから数十分後、レジーナが突然ダークに問いかけてきた。
「藪から棒になんだ? レジーナ」
先頭のダークは歩きながら後ろを向いてレジーナに訊き返す。突然ドラゴンとの戦闘経験などがあるかと聞かれれば答える前に理由を聞くのは当然のことだ。
周りにいるアリシアとジェイクもいきなり質問するレジーナの方を向いて彼女が質問に答えるのを待つ。するとレジーナは歩きながら両手を後頭部に当てて口を開いた。
「いやだって、いきなり騎士団のお偉いさんに呼ばれてワイバーンの討伐を依頼されたんでしょう? いくらダーク兄さんが強くても、戦ったことの無いモンスターの討伐をさせようなんてちょっと無理があるでしょう? だから騎士団はダーク兄さんがドラゴンとの戦闘経験があるから依頼したのかなって思ったんだけど……実際はどうなの?」
「確かにそうだな。普通はドラゴン族のモンスターと戦ったことのある奴らに依頼するのが普通だ。兄貴が強くても戦ったことの無いモンスターと戦うのは危険ってもんだ」
レジーナの考えに同意するジェイクが不思議そうにダークを見る。ダークは前を向いてしばらく黙り込んだ、
ダークはこっちの世界に来てグランドドラゴンと戦っているため、ドラゴン族のモンスターとの戦闘経験は一応あった。そしてそのことをマーディングたちにも話している。だがマーディングたちはダークがドラゴン族を撃退したことは信じているが、最強クラスと言われているグランドドラゴンを一人で撃退したことを信じていない。つまりダークが本当にドラゴン族を倒せる力を持っているのか微妙に疑っているということになる。もしかすると今回の任務はそれを確かめるための依頼したのかもしれない。
歩きながらダークはそのことを考え、それと同時にレジーナとジェイクにグランドドラゴンを撃退したことを話すべきか悩む。するとアリシアがレジーナとジェイクの方を向き、ダークの代わりにレジーナの質問に答えた。
「ダークはドラゴンと戦ったことがあるぞ? それもグランドドラゴンとだ」
「え? グランドドラゴン?」
アリシアの話を聞いてレジーナは思わず訊き返す。ジェイクも呆然としながらアリシアを見ている。ダークは自分より先にアリシアがグランドドラゴンと戦ったことを二人に話すのを見て珍しく驚いた反応を見せてアリシアを見つめた。別に二人に話しても困ることではないが、ダークは話す順番を決めてから話そうとしており、いきなり打ち明けたアリシアに少し驚いたようだ。
驚いたレジーナとジェイクは立ち止まり、立ち止まった二人に合わせる様にダークとアリシアも立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アリシア姉さん。グランドドラゴンって言えばドラゴン族の中でも特に大きくて凶暴な奴でしょう? いくらダーク兄さんでもソイツと戦ったなんて……」
「そうだぜ。グランドドラゴンは英雄級のレベルを持つ奴が数人集まって戦い、ようやく倒せる化け物だ。兄貴が強いことは分かるが、一人で挑んで生きていられる訳がねぇ」
やはり二人もダークがグランドドラゴンを一人で撃退したことが信じられないらしい。普通に考えればこの世界では不可能なことだ。だが、ダークのレベルは100で別の世界から来た。彼には一人でグランドドラゴンと戦い、勝利することができるのだ。
信じていない二人を見てアリシアは真剣な表情を浮かべていた。彼女はダークのレベルや別の世界から来たことを知っているので信じることができる。何よりも、アリシアはダークとグランドドラゴンの戦いをその目で見ているのだ。
「本当のことだ。私がダークと初めて会った日、私の部隊がどのグランドドラゴンに襲われた。部下達は次々と死んでいき、そんな中でダークは私たちを助けてくれたのだ。……結果、生き残ったのは私と三人の部下だけだった」
「あ、姉貴の部隊を襲ったって……それじゃあ、姉貴は見たのか? 兄貴がグランドドラゴンと戦うところを?」
驚きの表情を浮かべるジェイクが尋ねるとアリシアは黙って頷く。あの事件はアリシアにとって思い出したくない悲しい事件だった。どれを話してまでも二人にはダークのことを信じてもらいたいと思っているのだ。
「……ア、アハハハ、アリシア姉さんったら、真面目な顔でそんな冗談言うなんて、ちょっとキツイわよ?」
「……ッ!」
苦笑いを浮かべながら言うレジーナを見てアリシアはキッとレジーナを睨み付ける。そんなアリシアの顔を見てレジーナはビクッと驚いた。
「……自分の部下が死んだなどと冗談で言うと思っているのか?」
「い、いや、そのぉ……」
自分の話が冗談だと思われて目くじらを立てるアリシアを見てレジーナは目を逸らしながら汗を思わず流した。自分の部下が死んだというのを冗談だと思われてしまえば誰だって不愉快になる。アリシアは辛い過去を話してダークのことを信じてもらおうと思っていたのに、それを冗談と考えられて頭に来たのだ。
二人の間の空気にジェイクはさすがにマズイと感じて少し焦り出す。するとダークが背を向けたままアリシアに声をかける。
「アリシア、それぐらいにしておけ。レジーナも悪気があって言ったわけじゃない」
ダークに言われてアリシアは我に返る。そして目の前のレジーナとジェイクの顔を見て自分がどれだけ険しい顔をしていたのか察した。
アリシアは目を逸らし、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……すまない。ついカッとなってしまって」
「う、ううん。いいのよ、あたしも悪かったわ。アリシア姉さんがそんな質の悪い冗談を言うような人じゃないって分かってなのに……」
「そう言ってくれると助かる……」
苦笑いを浮かべながらレジーナを見てアリシアは言った。レジーナもそんなアリシアの顔を見て少し安心したのか小さく笑う。すると再びダークが背を向けたまま低い声でアリシアたちに話しかけてきた。
「仲直りは済んだが? なら急いで武器を取れ」
「え? どういうことだ?」
突然武器を取れと言われ、理解できないアリシアはダークの方を向いて訊き返す。レジーナとジェイクも同じように不思議そうな顔でダークの背中を見ていた。
全員がダークの方を向くとダークは自分が見ている方角の空を指差す。ダークの指の先の空には小さな三つの黒い点のような物が見えており、アリシアたちはそれらをジーっと見つめた。
黒い点のような物は少しずつ大きくなってきている。どうやらダークたちに近づいてきているようだ。アリシアたちが目を凝らしてよく見ると、それが三匹のドラゴンであることに気付いた。
大きさはアフリカゾウと同じくらいで体中を緑色の鱗で体を覆いつくしている。太い二本の後脚には鋭い爪、前脚と同化している大きな竜翼、長い首と尻尾。そして頭部から生えている数本の角が雄姿を表していた。
近づいてくる三匹の中型のドラゴンを見たアリシアたちは目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
「あ、あれはもしかして……」
「間違いない、例のワイバーンたちだ」
「だ、だがワイバーンたちはザルバックス山脈に棲みついているのだろう? 此処から山脈まではまだ距離があるのにどうしてこんな所に……」
「恐らく山脈や山脈の近くの餌を全て狩りつくして食事に困り、こんな遠くまで餌を探しに来たのだろう」
ワイバーンがザルバックス山脈から遠いこんな所まで餌を探しに来たという事実に驚きを隠せないアリシア。レジーナとジェイクもまさかこんなに早くワイバーンと戦うことになるとは思っていなかったのか動揺している様子だった。
三人が驚いているとダークは冷静に背負っている大剣を抜いて構える。ノワールもダークの肩から離れて小さな翼を羽ばたかせながらダークから離れた。
「ノワール、お前はアリシアたちのサポートに付け。その姿で戦えるのならそのまま、もし不利だと感じたら人間形態になって魔法を使ってもいい。三人がワイバーンにやられないように全力で援護しろ」
「分かりました、マスター!」
指示を受けたノワールはアリシアのところまで移動し彼女の肩に乗る。アリシアは肩にノワールが乗るのを確認すると腰に納めてあるエクスキャリバーを抜く。ダークとアリシアが戦闘態勢に入るのを見たレジーナは腰の短剣を抜き、ジェイクも背負っているバルディッシュを両手でしっかりと握りながら構える。
ダークたちがそれぞれ武器を構えると遠くを飛んでいたワイバーンたちはダークたちに存在に気付いた。大きな目でダークたちを睨みながら竜翼を広げる三匹のワイバーンはもの凄い速さでダークたちに向かって飛んでいく。そしてある程度ダークたちに近づくと羽ばたきながらダークたちを見下ろす。
急接近してきたワイバーンを見てアリシア、レジーナ、ジェイクの三人は鋭い目で睨み付ける。
「い、いよいよワイバーンと戦うんだよね……」
「俺はドラゴン族のモンスターと戦うなんて初めてなんだ。正直勝てるか不安だぜ……」
「な、何よ、ビビってるの? 盗賊団の頭だった男の台詞とは思えないわねぇ……」
「な、何をぉ? お前だって震えてるじゃねぇか!」
お互いに震えている相手を見て軽い挑発をし合うレジーナとジェイク。少しでも緊張は紛らわそうとお互いに軽く会話をしているようだ。
「お前たち、お喋りはそれぐらいにしろ。今は戦うことだけに集中するんだ」
「あ、ああ」
「分かったわ」
注意するアリシアを見てレジーナとジェイクは空中から自分たちを見下ろしている三匹のワイバーンを見上げる。大きな竜翼を広げながらダークたちを見下ろすワイバーンはギョロっと大きな目でダークたちを見ている。まるで誰を先に襲うか悩んでいるようだった。
そんないつまで経っても襲ってこないワイバーンたちを見てダークは大剣を両手でしっかりと握りしめていた。
「空から見下ろしているだけでちっとも襲ってこない。私たちを警戒しているのか、それとも襲う気は無いのか……ま、それはまずあり得ないだろうな。だとすると、誰を先の襲うか悩んでいるといったところか……」
ダークは襲ってこないワイバーンたちが何を考えているのか想像しながら周囲を見回す。辺りの地形を確認し、最初にどうやって攻めるかを考え始めた。自分は能力を使えばワイバーンたちのいる高さまで一気に跳び上がって攻撃することができるが、アリシアたちにはワイバーンたちのいる所まで届く攻撃方法はない。なら、ダークが最初にやるべきことは決まっていた。
「……アイツらの翼を潰して空から引きずり下ろす!」