第二百三十八話 犯罪組織の秘密
ダークたちがルギニアスの町に来るまでの間、ゼルデュランの瞳がどう動いているのか、モナが捕らわれていた隠れ家で何をしていたのか、ノワールはダークたちに詳しく説明し、ダークたちはそれを黙って聞いている。少しずつではあるが、ゼルデュランの瞳を追い込んでいるという現状を知ってアリシアたちは意外そうな顔をしていた。
「そうか、幹部の一人であるドルウォンを捕らえることに成功したか……」
「ハイ、これで他の幹部が誰なのか、アジトが何処にあるのかが分かるようになると思います」
腕を組みながら話を聞くダークを見て、ノワールは真剣な表情を浮かべる。ドルウォンは仲間がいる時は強気に出るが、仲間がいない時は弱腰になるような性格なので、尋問すればすぐに洗いざらい吐くとノワールは考えていた。
ダークは小さく俯きながら何かを考え込むように黙り込み、それを見たノワールやアリシアたちはどうしたんだ、と言いたそうにダークを見る。すると、俯いていたダークは顔を上げてモナの方を向く。
「……モナ殿、ドルウォンは捕らえた後どうなる? 何処かへ連れて行き、すぐに尋問を行うのか?」
「ええ、一番近くにある軍の詰め所に連れて行き、そこで尋問を行ってから王城へ連行されます。恐らく、隠れ家だった倉庫を調べ終えた後に詰め所に連れて行かれると思います」
「そうか……」
モナの答えを聞いたダークは腕を組んだまま再び俯く。突然尋問のことについて尋ねてきたダークを見て、モナは不思議そうな顔をする。
「どうかしましたか?」
「……ドルウォンの尋問だが、できるだけ早く行った方がいいと思うぞ」
ダークはモナの方を向いて低い声を出し、それを聞いたモナは僅かに目を見開いて驚いたような反応を見せる。アリシアたちはダークの声が低くなると、彼が何か重要なことを考えていると感じて表情を鋭くした。
「それは、どういうことですか?」
なぜ尋問を早く行った方がいいのか、モナは真剣な表情を浮かべて尋ねる。するとダークは腕を組むのをやめて目を薄っすらと赤く光らせた。
「ノワールから聞いたのだが、劇場区で捕らえたゼルデュランの瞳のメンバーが詰め所の中で暗殺されたのだろう?」
「……ハイ、そのとおりです」
詰め所での事件が目の前の黒騎士の耳に入っていることを知り、モナは一瞬驚いたような反応を見せるが、すぐに表情を戻してダークを見つめる。
「捕らえていた者たちを殺したのは兵士か騎士に変装したゼルデュランの瞳のメンバーで、奴らは自分たちの情報を軍に知られることを恐れ、口封じのために仲間たちを殺した……となると、ドルウォンも口封じで殺される可能性が高い。何しろ奴はゼルデュランの瞳の幹部、下っ端とは違い有力な情報を持っているのだからな」
「確かに幹部なら組織に所属している者の人数や何処に隠れ家があるのか、誰が幹部なのかなどを知っているはずです。その情報が軍に知られたらゼルデュランの瞳は一気に追い込まれてしまいます」
ダークの話を聞いていたノワールはドルウォンが持つ情報を軍が手に入れると、ゼルデュランの瞳が壊滅的なダメージを受けることになると知り、納得の表情を浮かべる。逆にモナは幹部を口封じのために殺すと聞いて驚きの反応を見せた。
「待ってください、いくら情報を知られるのを防ぐためとは言え、幹部を簡単に殺すとは思えません。それにドルウォンはマネンド商会の責任者です。重要な資金源である商会の責任者を殺すのは彼らにとって都合が悪いと思います」
「分からないぞ? 自分たちの身を守るために仲間を殺すような連中だ。幹部を殺しても不思議ではない」
「それに責任者であるドルウォンを殺しても、マネンド商会自体が無くなる訳ではありません。ドルウォンが死んでも別の人間を責任者にすればいいとゼルデュランの瞳は考えているでしょう」
ドルウォンを殺してもゼルデュランの瞳には何の影響もないと冷静に語るダークとノワールを見てモナは目を見開く。この二人が言うと、どういう訳か説得力があると感じ、ゼルデュランの瞳はドルウォンを殺すかもしれないと考えてしまうのだ。アリシアたちもダークとノワールが言うのなら十分あり得るだろうと感じていた。
もしダークとノワールの言うとおり、ゼルデュランの瞳がドルウォンを口封じのために殺してしまったら有力な情報を得られなくなってしまう。そして、ゼルデュランの瞳は同じ失敗を犯さないために軍への警戒をより強くするはずだ。
そうなったら二度と有力な情報を手に入れることができなくなってしまうかもしれない。ゼルデュランの瞳を壊滅させるためにも、それだけはなんとしても避けたいとモナは考えていた。
モナは目を閉じながら黙り込み、どうするべきか考える。そして、答えが出るとゆっくりと目を開けてダークを見つめた。
「確かに、彼らならやってもおかしくないことですね……分かりました。仲間たちに知らせ、急いでドルウォンから情報を聞き出すよう伝えてきます」
ゼルデュランの瞳が動く前にドルウォンから情報を聞き出そうと決めたモナは真剣な表情を浮かべ、彼女の答えを聞いたダークは小さく頷く。ノワールはモナの答えを聞くと笑みを浮かべ、アリシアたちはモナと同じように真剣な顔で彼女を見ている。
モナは急いでドルウォンの尋問をするようハッシュバルたちに伝えるため、部屋を出て行こうとする。ノワールは現状でモナ一人を行かせるのは良くないと感じたのか、モナについて行くために彼女の後を追おうとした。すると、扉をノックする音が聞こえ、それを聞いたノワールとモナは足を止め、ダークたちは視線を扉に向ける。
「失礼、ノワール君、いるか?」
扉の向こうから聞こえてきたのは隠れ家を調べているはずのハッシュバルの声だった。
声を聞いたノワールは隠れ家を調べているはずのハッシュバルが此処にいるということは、隠れ家を調べ終えてモナを迎えに来たのだと考え、モナもハッシュバルが銀蝶手に来たことで隠れ家に戻る手間が省けたと感じていた。
「開いています、どうぞ」
入室を許可すると扉が開き、ハッシュバルが静かに入ってきた。その後ろからダンバも入室し、更に別行動を取っていたマチスも笑いながら入室してくる。マチスの姿を確認したモナは意外そうな顔をしながら彼を見た。
「よう、モナ、大丈夫か」
「マチス、貴方も一緒だったのですか?」
「ああ、劇場区でお前を探してたんだが、いくら探しても見つからないからハッシュバルとダンバに報告するために商業区へ来たんだ。そこでお前を見つけたって聞いて様子を見に来たんだよ」
「そうだったのですか、心配をかけてすみませんでした」
「いいって。お前もゼルデュランの瞳に捕まって酷い目に遭ったんだろう?」
ニッと笑いながら語るマチスを見ながらモナは小さく笑う。マチスは軽い性格をしているが、仲間のことをちゃんと心配する男なので嫌いではなかった。
モナとマチスが笑いながら話す姿をハッシュバルも小さく笑いながら見ている。そんな中、ノワールの近くにいる見慣れない黒騎士たちがいることに気付き、意外そうな顔でダークたちに視線を向けた。
「おい、モナ、彼らは?」
ハッシュバルはモナに声を掛けたダークたちにことを尋ねる。モナはダークたちを確認すると、視線をハッシュバルに戻してダークたちの紹介をした。
「彼らはノワール君の仲間たちです。あちらの黒い全身甲冑を着た方がノワール君の主人のシグルドさんです」
「ノワール君の主人、彼が……」
ノワールの主人が来ていると知ったハッシュバルは少し驚いたような顔でダークを見つめ、ダンバとマチスも意外そうな顔でダークを見た。
ダークはモナが自分のことを紹介すると、ゆっくりとハッシュバルたちの方へ歩いて行き、ハッシュバルの目の前で静かに立ち止まった。
「シグルドだ。ノワールが色々と世話になったようだが、迷惑はかけてなかったか?」
「い、いえ、迷惑だなんて。寧ろ私たちが彼に助けられたくらいで……ああぁ、申し遅れた。四元魔導士の一人でハッシュバルと言う。こっちにいるのがダンバとマチス、二人も私やモナと同じ四元魔導士だ」
自己紹介をしたハッシュバルはダンバとマチスのことも紹介し、ダンバは軽く頭を下げ、マチスは笑いながら手を軽く振る。ダークもダンバとマチスを見ながら軽く頭を下げて挨拶をした。
ダークとハッシュバルたちの挨拶が終わると、モナは真剣な表情を浮かべてハッシュバルの方を向く。モナはハッシュバルたちが銀蝶亭を訪れたことで、彼らが何をしに来たのか既に気付いていた。
「ハッシュバル、貴方たちが此処に来たということは、ゼルデュランの瞳の隠れ家を調べ終えたのですね?」
モナが尋ねると、ハッシュバルもモナの方を向いて真剣な表情を浮かべる。
「ああ、調べてみたら色々な情報が出ていた。あそこ以外の隠れ家が何処にあるのか、ゼルデュランの瞳のメンバーがどの区でどのように活動するのかとかな」
「そうですか……それで、ドルウォンはどうしましたか?」
「ドルウォン? 既に詰め所に連行しているが……」
既にドルウォンを詰め所に移動させたと聞いたモナは目を見開き、アリシアたちも少し驚いたような顔をした。
詰め所に連行されたら劇場区で捕らえた男たちのように暗殺される可能性がある。もしくは連行されている最中にゼルデュランの瞳のメンバーがドルウォンを殺すかもしれない。情報を聞き出す前にドルウォンが口封じで殺されてしまったら、もうゼルデュランの瞳の有力な情報を得ることができなくなってしまう。そう考えたモナの顔に僅かな焦りが現れる。
「ハッシュバル、急いでドルウォンの尋問を行ってください! ゼルデュランの瞳は私たちに自分たちの情報を知られないようにするため、ドルウォンを口封じで殺す可能性があります。もし此処でドルウォンが殺されてしまったらゼルデュランの瞳の情報が得られなくなるかもしれません!」
情報を得られなくなったら、ゼルデュランの瞳に近づくこともできなくなる。そうなってしまう前にドルウォンから情報を聞き出すよう、モナは強い口調でハッシュバルに言った。そんなモナをハッシュバルは少し驚いたような顔で見ている。
「お、落ち着けモナ。尋問は既に終えている」
「……え? お、終えている?」
「ああ、お前とノワール君が銀蝶亭に向かった直後にあの倉庫でドルウォンの尋問を行ったんだ。だから既にゼルデュランの瞳の有力情報は得ている」
ドルウォンから有力な情報を聞き出したと聞かされ、モナはきょとんとした顔でハッシュバルを見つめる。
ハッシュバルも劇場区で捕らえた男たちが口封じのために殺されたことを知っている。そして、幹部であるドルウォンも口封じで殺される可能性があると予想していた。だから詰め所に連行する前にドルウォンを尋問して情報を聞き出しておいたのだ。
ダークはドルウォンが殺される前に情報を聞き出したハッシュバルを見て意外そうな反応を見せる。四元魔導士は自分が思っている以上に頭が良く、洞察力が優れているのかもしれないとダークは感じていた。
「そう、ですか。それを聞いて安心しました……それで、ドルウォンはどのような情報を持っていましたか?」
「……聞いて驚くな? ゼルデュランの瞳は私たちが思っている以上にとんでもない組織だった」
ドルウォンから情報を聞き出したハッシュバルは小さく苦笑いを浮かべ、そんなハッシュバルを見ながらモナやダークたちは黙って話を聞く。
「まず、ゼルデュランの瞳の総人数だが、全部で五百人いるそうだ。そして、このルギニアスの以外の町の幾つかに活動拠点があり、各拠点には三十人から五十人の人員がいるらしい」
「彼らはこの町だけでなく、他に町でも活動していたんですか……」
「ああ、奴らはマルゼント王国全体に活動していると考えていいだろうな」
ただの犯罪組織かと思っていたゼルデュランの瞳が思った以上に大きく活動していると知ったモナは目を若干鋭くして俯く。ダークたちはゼルデュランの瞳がどれほどの組織かある程度予想していたのか、ハッシュバルの話を聞いても驚くことは無かった。
「……陛下に報告して、各町を徹底的に調べた方がいいかもしれませんね」
「そうだな……私たちは完全にゼルデュランの瞳を甘く見ていた」
「……それで、他にどんな情報が手に入りましたか?」
ゼルデュランの瞳の拠点捜索はひとまず置いておき、モナは別の情報について尋ねる。ハッシュバルも軽く咳をして気持ちを切り替え、次の情報の説明に移った。
「ゼルデュランの瞳の幹部についてだ。幹部は全部で四人おり、その四人がボスから指示を受け、ルギニアスの町の各区で活動したり、別の町にある拠点に指示を出したりしているそうだ」
「その幹部の一人がドルウォンだったのですよね……他の幹部はどんな人だったのですか?」
モナがドルウォン以外の幹部について尋ねると、ハッシュバルは表情を鋭くして口を動かした。
「一人は魔術区にあるリマーン図書館の館長であり、元六つ星冒険者のエンヴィクスだ」
「えぇ! エンヴィクス館長が?」
幹部の名前を聞いたモナは目を見開いて驚く。他の幹部もドルウォンと同じようにルギニアスの町でそれなりに名を知られた人物ではないかと予想はしていたが、さすがに元冒険者のエンヴィクスが犯罪組織の幹部だとは予想していなかったようだ。
ノワールも幹部の一人が自分の通っていた図書館の館長だと知って少し意外そうな顔をしている。ダークたちは初めて聞く名前だったので、驚いたりなどせず黙って話を聞いていた。
「他にも劇場区で舞姫と言われているユミンティア、聖教区の司教オウスがゼルデュランの瞳の幹部だとドルウォンは言っていた」
エンヴィクスだけでなく、劇場区の舞姫と神の声が聞こえる司教までもがゼルデュランの瞳の幹部だと知ってモナは大きな衝撃を受ける。ルギニアスの町で多くの人から慕われ、尊敬されている者たちが幹部だったとはモナも想像していなかったらしい。
衝撃を受けたモナは俯いてしばらく黙り込んでいたが、ゆっくろと顔を上げてハッシュバルの方を見る。
「その情報、間違い無いのですか? ドルウォンが嘘を言っている可能性は……」
「恐らく、真実だろう。尋問する時に黙秘したり、嘘をついていると感じたらノワール君に痛めつけてもらう、と脅しを掛けておいたからな」
「ノワール君の名前を出したら、青ざめてこちらの質問にペラペラと答えてくれた」
ハッシュバルとダンバからドルウォンを尋問した時の話を聞き、モナはドルウォンが本当のことを話したと感じる。ノワールに対して大きな恐怖を抱いていたドルウォンがノワールの名前を出されて嘘を付くとは思えないとモナは思っていた。ノワールは自分の名を脅しの材料に使われたと聞いて、少し複雑そうな笑みを浮かべている。
「まさか、この町でも有名で人々から信用されていた人たちが犯罪組織の幹部だったとは……」
「ドルウォンの話では幹部たちにはそれぞれ役目があり、組織のために色々やっていたそうだ」
「役目?」
「マネンド商会の責任者であるドルウォンは組織の活動資金や武具などの物資、司教のオウスは組織の役に立つ人材と国民からの支持、舞姫のユミンティアは資金と町の外の情報、そして図書館の館長であるエンヴィクスは魔法の知識とマジックアイテムなどを集めているらしい」
「自分の特技を使って色んなものを集めていたという訳ですか……」
各幹部たちが自分たちの立場を上手く利用して組織のために金や物資、人材、そして情報を集めていることを知ったモナは悔しそうな顔をする。
ハッシュバルとモナの会話を聞いていたダークは腕を組みながら小さく声を出す。多くの人材、優れた資金力、魔法の武具を手に入れられるほどの調達力、もしゼルデュランの瞳にLMFのプレイヤーがいるのなら、これぐらのことは難無くできるだろうとダークは考えていた。
「幹部のことは分かりました。それで、ボスの方はどうなんです?」
モナはゼルデュランの瞳のボスについてハッシュバルに尋ねる。それを聞いたダークたちはLMFのプレイヤーかもしれない人物の情報が聞けるとハッシュバルの方を向いて耳を傾けた。
「ボスのことについては何も知らないとドルウォンは言っていた。常にフード付きマントとマスクで顔を隠し、声も変えているため、幹部は誰もボスの正体を知らないそうだ」
「そうですか……」
ボスの情報は何も得られなかったと聞き、モナは少し残念そうな顔をする。ダークも残念そうな反応を見せ、アリシアたちも周囲に聞こえないくらい小さく溜め息をついた。
「ただ、ボスは組織が結成される前から軍の関係者としてこの町に住んでいると言っていた。そして、王城区の情報などはそのボスが集めているらしい」
「ボスが王城区の管理を……となると、ゼルデュランの瞳のボスは軍の中でも地位の高い存在である可能性がありますね」
マルゼント王国軍でも強い権力を持っている者がボスかもしれない、そう呟きながらモナは僅かに険しい顔をし、ハッシュバルやダンバ、マチスも真剣な表情を浮かべる。自分たちの仲間の中にゼルデュランの瞳のボスがいると知れば、表情に鋭さが増すのも当然だ。
「まさかこれほど我々にとって都合の悪い情報が入ってくるとは思っていませんでした」
「そうだな……だが、悪い情報ばかりではない。良い情報もあるぞ」
「どういうことですか?」
「ドルウォンからゼルデュランの瞳のアジトの場所を聞き出したんだ」
ハッシュバルの口から出た言葉にモナはが目を見開いて驚く。ダークたちも敵のアジトの場所を掴んだと聞いて一斉に反応した。
「本当ですか?」
「ああ、ドルウォンの話ではアジトはこの町の地下にあり、町の中央にある大広場の記念碑に入口があるそうだ」
「あそこに入口が……」
「てっきり人目のつかない場所に入口があると思っていたんだけどな……」
マチスは入口が常に住民が集まる大広場にあることを意外に思いながら腕を組む。モナは同感なのか、マチスの方を向いて頷いた。ハッシュバルとダンバは真剣な表情のまま無言で二人を見ている。
「記念碑には特別な仕掛けが施してあり、その仕掛けを解くと地下へ続く階段が現れるそうだ」
「まあ、アジトへの入口ですからね。簡単に見つからないように何かしらの細工は施してあるでしょう」
自分の顎を指で摘まみながらモナは僅かに低い声で呟く。ハッシュバルとダンバも犯罪組織のアジトの入口なのだから、仕掛けを施すのは当然だろうと思っており、モナを見ながらうんうんと頷く。
ある程度ゼルデュランの瞳の情報を確認した四元魔導士は黙り込み、この後どうするの考える。ダークたちは考え込むモナたちをただ黙って見守っていた。
「……ハッシュバル、ゼルデュランの瞳のアジトを襲撃しましょう」
モナの口から出た言葉にハッシュバルたちは真剣な表情を浮かべ、ダークたちも視線をモナに向けた。
「今、ゼルデュランの瞳は幹部であるドルウォンが捕まったことに気付いておらず、アジトの護りはそれほど堅くないはずです。ですが、もしドルウォンを捕まったことに気付いたら、彼らはすぐに護りを固めるでしょう。もしくはアジトを放棄して別の町へ逃げ出すかもしれません。そうなる前にアジトを叩いて一気にゼルデュランの瞳を壊滅させた方がいいと私は思います」
「……確かにな。軍の関係者の中にゼルデュランの瞳のボスがいるのだから、時間を掛ければすぐにドルウォンのことはゼルデュランの瞳に知られてしまう。そうなる前に行動に移った方がいいな」
ハッシュバルはモナの考えに賛成し、ゼルデュランの瞳のアジトを急襲しようと考える。リーダーであるハッシュバルが賛成したのを見て、モナは小さく笑う。だがすぐに真剣な表情となり、ダンバとマチスの方を向いた。
「お二人はどう思いますか?」
「……私も異議は無い。こういう場合は一秒でも早く実行するべきだと考えている」
「確かにな……だけどよぉ、相手はかなりの人数なんだろう? 俺たちだけで攻め込むのは無謀じゃねぇのか?」
「その点は大丈夫です。冒険者ギルドにも要請を出し、町の全戦力でゼルデュランの瞳を叩こうと考えていますから」
冒険者達の協力も得るという話を聞いたマチスは納得したのか黙ってモナを見ている。ハッシュバルとダンバも最初から冒険者ギルドに依頼をするつもりでいたのか、反対する様子は見せていない。
「ハッシュバル、陛下の下へ向かい、ゼルデュランの瞳殲滅作戦を実行することを伝えてください。ダンバとマチスは殲滅部隊の編成をお願いします。私は冒険者ギルドにゼルデュランの瞳殲滅の依頼をしてきます」
モナは仲間たちに指示を出し、ハッシュバルたちは表情を鋭くしながらモナの方を見ている。遂にマルゼント王国で悪行を尽くしていたゼルデュランの瞳と決着をつける時が来たのだと、モナたちは心の中で気合を入れていた。
「時間が経てば経つほど、ドルウォンを捕らえたことがゼルデュランの瞳にバレる可能性が高くなります。バレる前に彼らのアジトを叩き、一気に決着をつけるべきでしょう。よって、作戦決行は今夜、住民たちが寝静まった時に行います。それまでに全ての準備を終えてください」
「分かった」
作戦開始時刻を聞いたモナ以外の四元魔導士はやるべきことをやるために部屋から出て行こうとする。モナも冒険者ギルドへ向かうため、ハッシュバルたちの後を追うように出入口の扉へと歩き出す。
「……ちょっといいか?」
モナたちが部屋を出て行こうとした時、ずっと黙っていたダークが声を掛けてきた。モナたちは足を止めてダークの方を向き、アリシアたちも一斉に視線をダークに向ける。
「何でしょうか?」
ダークを見ながらモナが尋ねると、ダークは四元魔導士を見ながら薄っすらと目を書く光らせた。
「私たちもその殲滅作戦に参加させてもらいたい」
「え?」
予想外の言葉を聞き、モナは目を見開きながら驚き、ハッシュバルたちも同じような顔でダークを見つめる。ダークの周りにいたレジーナたちも意外そうな顔でダークを見ているが、アリシアとノワールはダークなら参加させてほしいと頼むと思っていたのか、驚くことなく無表情で見ていた。
「貴方がたを作戦に?」
「ああ」
「因みに、その理由は……」
「今回の一件、元をたどればうちのノワールがゼルデュランの瞳のメンバーと接触したことが原因だ。なら、ノワールやその関係者である私たちには貴方たちと共にゼルデュランの瞳と決着をつける義務がある、そう思ったのだ」
そう言ってダークはチラッとノワールを見つめ、ノワールはダークと目が合うと申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。ダークの話を聞いたモナはハッシュバルたちの方を向き、理解に苦しむような顔をする。
確かに最初にノワールが劇場区でゼルデュランの瞳のメンバーと接触したことで今に至る。しかし、それだけの理由で危険な作戦に参加することを志願しようとするダークの考えがモナたちには理解できなかった。
「シグルドさん、今度の作戦は下手をすれば命を落とすかもしれないほど危険なものです。そんな作戦に一般人である貴方がたを参加させるわけには……」
「フッ、心配無用だ。ノワールの力は貴方たちも目にしただろう? コイツはたかが犯罪組織のメンバーに殺されるような男ではない。それに、私たちもノワールに負けず劣らずの実力を持っている。役に立つと思うぞ?」
ダークはアリシアたちの方を見ると、アリシア、マティーリア、ヴァレリアは真剣な表情を浮かべ、レジーナ、ジェイク、ファウ、モルドールは余裕の笑みを浮かべながらダークを見た。アリシアたちもゼルデュランの瞳と戦うことに文句は無いようだ。
アリシアたちの意思を感じ取ったダークは再びモナの方を向き、どうすると目で尋ねる。モナはダークを見つめながら考えた。
自分たちよりも強い力を持つノワールの主人であるダークならノワールと互角の力を持っているかもしれない。そして、そんなダークの仲間たちなら、六つ星冒険者に匹敵する実力を持っているだろうとモナは思った。
そんな実力を持つ者たちがいれば、ゼルデュランの瞳を壊滅させるのもかなり楽になるかもしれない、とモナは考える。同時に、ノワールの真の力とその仲間の力を探るいい機会かもしれないと感じていた。
「……そう言うことであれば、ご協力をお願いします」
考えた結果、モナはダークたちに協力を依頼することにした。ダークはモナを見て小さく笑い、ハッシュバルたちはモナをジッと黙って見つめている。
普通なら素性も分からず、数分前に会ったばかりの者たちに協力を依頼するか、と疑問に思っていたが、ノワールの仲間なら役に立ってくれるだろうという考えていたのか、ハッシュバルたちは不満を口にしない。何より、軍師であるモナが判断したのなら、それに従おうと考えていた。
「この作戦が無事に終了しましたら、皆さんにそれなりの謝礼をさせていただきます」
「結構だ。言っただろう? ノワールが原因で起きた一件に協力するのが義務だと。謝礼を用意する必要は無い」
「そ、そうですか……」
謝礼を断るダークを見ながらモナはまばたきをし、心の中で欲のない人だなぁ、と感じた。ダークは黒騎士だから、てっきり協力するから謝礼を用意しろ、と言ってくると思っていたのだろう。しかし、ダークが思った以上に良心的な考えを持っているため、呆気にとられたのだ。
「それでは、私たちはこれからゼルデュランの瞳を制圧するための準備に入ります。皆さんは準備が整うまで、こちらでお待ちください」
そう言ってモナはダークたちに一礼をして部屋から出て行き、ハッシュバルたちも軽く頭を下げてからモナの後を追うように退室した。