第二百三十六話 救出作戦
銀蝶亭を出たノワールたちは街道を走り、ゼルデュランの瞳の隠れ家である倉庫へ向かう。既に軍から外出してはいけないことが伝わっているのか、商業区には住民の姿は無く、店も全て閉まっており、とても静かだった。
ノワールたちが街道を移動している時、何人かの兵士とすれ違い、ハッシュバルは彼らを同行させようか考えたが、人数が多いとゼルデュランの瞳に気付かれる可能性があるとノワールが言ったので、人数は増やさず、三人のままモナを助けに行くことにした。
銀蝶亭を出てから十数分後、ノワールたちは目的地である倉庫の近くまでやって来た。外観はボロボロで誰も使っていないと思われてもおかしくない状態だ。ノワールたちは数m離れた位置から倉庫の様子を窺う。
「あそこがゼルデュランの瞳の隠れ家か……」
ハッシュバルは脇道の陰から倉庫をジッと見つめ、ノワールとダンバも近くに置かれてある木箱や樽の陰から顔を出して倉庫を覗いていた。
「見張りは誰もいないようだな」
「今は軍がドルウォンを捜索するために住民たちの外出を禁止している。そんな状況で外に見張りを出せば逆に怪しまれてしまうだろう?」
見張りがいない理由をダンバから聞いてハッシュバルは納得の反応を見せる。見張りがおらず、入口と思われる扉の近くには窓もない。これなら近づいてもすぐに見つかることは無いだろうとハッシュバルは感じていた。
しかし、だからと言って気を抜くわけにはいかない。ハッシュバルは倉庫の近くの建物を見回し、ゼルデュランの瞳のメンバーが倉庫を見張っていないかを確認する。幸い、周囲の建物の窓から倉庫を見ている者は誰もいなかった。
「今なら、近づいても敵に見つかることはないだろう」
「それじゃあ、行きましょう」
ノワールが小さな声を出しながらゆっくりと倉庫の方へと歩き出し、ハッシュバルとダンバもノワールに続くように静かに倉庫へと近づいて行く。二人は先頭を歩くノワールの後ろ姿を見ながら、まだ幼いのにしっかりした少年だと心の中で感心していた。同時に、彼は本当に不思議な子供だと感じる。
倉庫の入口前までやって来ると、三人はもう一度周囲を警戒して誰にも見られていないかを確認する。倉庫の周りには民家も数件あり、事情を知らない住民たちがノワールたちを見て騒ぐと倉庫の中にいるであろうゼルデュランの瞳のメンバーにも気付かれてしまう可能性があった。
誰も見てないのを確認すると、ノワールたちは視線を入口の扉に向ける。ダンバが扉に耳を当てて様子を探ると、数人の男の声が微かに聞こえてきた。それを聞いたダンバは僅かに目を鋭くする。
「中に何人かいるようだ。声からして男が四五人ってところだな……」
「やはりな……それで、中にモナはいるのか?」
「それは分からない、モナの声は聞こえないからな。それに男たちの会話の内容もハッキリとは聞こえているわけではない」
「しかし、この倉庫の中にモナがいるのは間違いない……となると、喋れないように口を塞がれているか、意識を失っているかのどちらかということになるな」
モナが現在どんな状態なのかハッシュバルは難しい顔をしながら考え、ダンバも扉から耳を離してジッと扉を見つめ、モナが今どうなっているのか考える。
本当ならすぐに倉庫に入ってモナを助けに行きたいが、倉庫の中がどうなっているのか分からない以上は突入することはできない。このままもう少し情報を集めるか、一か八か突入するかハッシュバルとダンバは悩む。そんな時、ノワールが扉が近づき、そっと耳を扉に当てた。
「……何をしている?」
ダンバは自分と同じように扉に耳を当てるノワールを不思議そうな顔で見る。ハッシュバルもまばたきをしながらノワールを見ていた。しばらくすると、ノワールは扉から耳を離して二人の方を向く。
「……会話の内容から、中には男たちしかいないみたいです。」
「何?」
「お前は倉庫の中の会話が聞こえたのか?」
ノワールが倉庫の中の会話を聞き取れたと知り、ハッシュバルとダンバは意外そうな顔をする。二人はモナからノワールが耳が良いということを聞いていなかったので、ノワールが会話を盗み聞きできたことに驚いていた。
「ええ、男たちは捕らえた女を地下に監禁してあると言っていました」
「女、というのはモナのことなのか?」
「名前までは言っていませんでしたが、この状況なら間違いなくモナさんでしょう」
真剣な表情で話すノワールを見たハッシュバルとダンバは再び鋭い表情を浮かべて倉庫を見る。地下があることから、目の前にある隠れ家は自分たちが思った以上に複雑な作りになっているのではと感じた。
「それで、この後はどうしましょう?」
ノワールがこの後の動きについてハッシュバルに尋ねると、ハッシュバルはしばらく入口の扉を見てから視線をノワールに向けた。
「敵が四五人しかいないのなら、我々だけで倉庫の中に入り、素早く敵を倒して制圧する。その後、地下へ向かい、捕らわれているモナを助ける」
「分かりました」
頷きながら返事をしたノワールは扉に近づき、ドアノブをゆっくりと回す。ところが、ドアノブは途中で何かにつっかえたように回らなくなり、ノワールは無表情でドアノブを見つめる。
「……やっぱり鍵が掛かっていますね」
「まあ、犯罪組織の隠れ家だからな、当然だろう」
ダンバは肩を竦めながら呟き、ハッシュバルは面倒そうな顔でドアノブを見ている。すると、ノワールはドアノブから手を離し、一歩後ろに下がって小さく息を吐く。
「鍵開けの魔法は使えるんですが、ここは相手にインパクトを与えるため、強引に開けましょう」
ノワールはそう言って右手を扉に向け、ハッシュバルとダンバはノワールが魔法を使うのだと知り、興味のありそうな顔をする。モナが注目するほどの少年がどんな魔法を使うのか、二人はまばたきすること無くノワールに注目した。
倉庫の中ではゼルデュランの瞳のメンバーである五人の男が酒を飲んだり、カードゲームなどをしてくつろいでいる。中には無数の小さな机や椅子、休憩用のベッド、大量の酒瓶の入った木箱などが置かれており、とても倉庫とは思えない場所だった。
五人の内、四人は人間で、一人はエルフだった。二人の男は机を挟んでカードゲームをしており、残りの男たちは倉庫の隅に置かれている木箱の上に座って酒を飲んでいる。エルフは出入口の扉の近くでナイフを磨いており、五人は外にノワールたちがいることに気付かず、やりたいことをやっていた。
「しっかし、こうして外に出ずに倉庫の中にいるのも退屈だなぁ」
「仕方ねぇさ、軍の連中がこの辺りをうろついているんだからよ」
カードゲームをしている男たちは手札のカードを机の上に置きながらつまらなそうな口調で話している。普段この時間は外に出て住民を恐喝したり、若い女を誘って酒を飲んだりしているのに、今はそれができずに隠れ家で待機していないといけないので、男たちは小さなストレスを感じていた。
「まったく、こうなったのもドルウォンの旦那のおかげだぜ。旦那がミスしたせいで俺らまで外に出られなくなっちまったんだからな」
「おい、それぐらいにしておけ」
倉庫の隅で木箱に座りながら酒を飲んでいる男がドルウォンの陰口を叩き、その隣に座っているもう一人の男が仲間を止めた。陰口を叩いた男は舌打ちをしながら持っている空の酒瓶を捨てる。
「いいじゃねぇか、本当のことなんだからよぉ」
「忘れたのか? 今此処にはそのドルウォンの旦那が来てるんだぞ? もし旦那に聞かれたらどうなるか……」
「心配ねぇよ、旦那は護衛の連中と一緒に地下にいるんだ。地上にいる俺らの会話なんて聞こえねぇって」
聞かれる心配は無いと男は楽しそうに笑い、カードゲームをしていた男たちも笑う仲間を見てニヤニヤしている。仲間たちを見て、陰口を叩いた男の隣にいる男は呆れたような顔で溜め息をついた。
出入口の近くにいるエルフは離れた所で楽しそうにしている仲間を見ながらナイフを磨き続けている。すると、突然出入口の扉が大きな音を立てながら吹き飛び、男たちは驚きの表情を浮かべながら扉の方を見た。
「な、何だ!?」
ナイフを磨いていたエルフは素早くナイフを構えて警戒し、他の男たちも近くに置いてある剣や手斧など、自分の武器を手に取って出入口を見つめる。男たちが注目していると、ノワールが無表情で倉庫の中に入り、その後にハッシュバルとダンバが驚きの表情を浮かべながら倉庫に入ってきた。
扉が吹き飛んだのはノワールが衝撃で扉を破壊したのが原因だ。だが、普通の衝撃では一発で扉を破壊することはできない。にもかかわらず、幼いノワールが衝撃で扉を吹き飛ばしたの目にし、ハッシュバルとダンバはかなり驚いていた。
「お邪魔します」
ノワールは何事も無かったかのように男たちに挨拶をし、そんなノワールを男たちは呆然と見ている。ハッシュバルとダンバもノワールの後ろに立って目を見開きながらノワールの背中を見つめている。
「な、何だお前は?」
「僕たちは此処に捕らわれている女性を連れ戻しに来ました」
ナイフを持ったエルフの質問にノワールは正直に答え、男たちは普通に受け答えするノワールを見ながら再び呆然とした顔をする。ハッシュバルとダンバはゼルデュランの瞳のメンバーを前にして平然としているノワールを見て、モナの言うとおり不思議な少年だと心の中で感じていた。
カードゲームをしていた男の一人が剣を構えながらノワールを見ていると、彼の後ろにいるハッシュバルとダンバに気付き、目を大きく見開く。
「お、おい、そのガキの後ろにいるの、四元魔導士のハッシュバルとダンバじゃねぇか!?」
「何っ! ば、馬鹿な、どうして四元魔導士が此処に?」
「まさか、軍に俺らの隠れ家の場所がバレたのか!?」
ハッシュバルとダンバの姿を見て、男たちは軍に隠れ家の場所を知られ、隠れ家を制圧するために自分たちの前に現れたのだと驚愕の表情を浮かべる。
ノワールの魔法の凄さに驚いていたハッシュバルとダンバは男たちの反応を見ると現状と目的を思い出し、真剣な表情を浮かべて男たちを睨み付けた。
「此処に私たちの仲間がいるのは分かっているんだ。今すぐ彼女を解放し、降伏しろ! そうすれば悪いようにはしない」
ハッシュバルが武器を構えている男たちに警告をする。だが、男たちは若干焦ったような顔をしながらハッシュバルとダンバを睨む。最初は扉が吹き飛んだことに動揺していたが、四元魔導士が現れたことで、扉が吹き飛んだことなどどうでもよくなり、今はこの現状をどう脱するかを考えていた。
「お、おい、地下にいるドルウォンの旦那の護衛を呼んで来い。アイツらがいれば四元魔導士二人でも何とかなるかもしれねぇ」
「わ、分かった!」
エルフがドルウォンの陰口を叩いた男に仲間を呼ぶよう指示を出し、指示を受けた男はノワールたちに背を向けて倉庫の奥へと走り出す。
仲間を呼ばれたら面倒なことになると感じたハッシュバルとダンバは走る男を止めようと魔法を撃とうとする。だが、二人が魔法を発動させるよりも速くノワールが動いた。
ノワールは転移魔法を使い、一瞬で仲間を呼ぼうとする男の正面に移動した。いきなり目の前にノワールが現れたのを見て男は驚き、思わず急停止する。その直後、ノワールは止まった男の右手首を素早く掴み、振り返りながら大きく投げ飛ばす。
投げ飛ばされた男は飛ばされた先にある木箱の山に勢いよく叩きつけられた。男がぶつかったことで木箱は大きな音を立てながら粉々になり、男は壊れた木箱の中で意識を失う。男が投げ飛ばされる光景を見てハッシュバルとダンバは目を大きく見開き、他の男たちも仲間が倒されたのを見て驚愕の表情を浮かべていた。
ハッシュバルたちが驚いている中、ノワールは投げた男が気絶したのを確認すると、視線を自分が投げ飛ばした男の隣にいた別の男に向ける。男はノワールと目が合うと一瞬驚くが、すぐに険しい表情を浮かべてノワールを睨んだ。
「テ、テメェ!」
男は大きく踏み込みながら持っている手斧を振り下ろしてノワールに攻撃する。ノワールは頭上から迫ってくる手斧を無表情で見上げており、手斧が顔の数cm手前まで近づくと左手で素早く手斧をの刃を受け止めた。
ノワールが片手で手斧を止めたのを見た男は目を見開き、ハッシュバルたちも更に驚いた表情を浮かべる。驚きの連続でハッシュバルとダンバはもう自分が何に驚ているのかすら分からなくなっていた。
「雷の槍」
周囲が驚く中、ノワールは右手を攻撃してきた男の腹部に向けて電気の矢を放つ。電気の矢は男の腹部を貫通し、それと同時に男の体を電撃が走る。男はその痛みに思わず声を上げ、電撃が治まると体や口から薄い煙を上げながらその場に倒れた。
倒れた男をノワールは表情を変えずに見ている。ハッシュバルからは隠れ家にいる敵を生け捕りにしろとは言われていないので、殺しても何も問題は無いだろうと思っていた。
「な、何だアイツ? 只のガキじゃねぇのか?」
「見りゃ分かるだろう! どう見ても魔法使いだ。しかも頭から角が生えてやがるから亜人のガキってことになる。人間のガキよりも力があるはずだ」
「だ、だから自分よりデカい奴を投げ飛ばすことができたのか……」
カードゲームをしていた男たちの内、一人は険しい顔でノワールを見ており、もう一人は少し怯えたような顔をしている。自分たちの仲間があっという間に二人も倒されたので、男たちは剣を構えながらノワールを警戒した。
すると、背後から気配を感じ、男たちは素早く振り返る。そこには男たちを鋭い目で見つめるハッシュバルとダンバの姿があった。
「私たちのことも忘れるな!」
ハッシュバルは男たちを睨みながら力の入った声を出す。ついさっきまで彼はノワールのとんでもない力に驚いて呆然としていたが、モナを助けることを思い出して隙を見せた男たちを背後から急襲したのだ。ダンバもハッシュバルと同じように我に返り、隠れ家の制圧に取り掛かった。
四元魔導士に背後を取られた男たちはしまった、と言いたそうな顔をしながら回避しようとするが、既にハッシュバルとダンバは攻撃態勢に入っており、回避は間に合わなかった。
「火球!」
「石の射撃!」
隙を見せている男たちにハッシュバルは火球を、ダンバは先端の鋭い石を手から放って攻撃する。二人は男たちを生け捕りにするつもりために力を抑えているのか、放たれた火球と石は小さかった。
火球は片方の男の左上腕を掠り、石はもう一人の男の脇腹を僅かに貫く。魔法を受けた男たちは痛みで表情を歪めた。力を抑えているとはいえ、四元魔導士の魔力は高いため、男たちはそれなりのダメージを受けたようだ。
男たちは魔法を受けた箇所を押さえながら片膝を突き、ハッシュバルとダンバは男たちの前に移動すると右手を男たちの顔に向ける。顔を上げた男たちはハッシュバルとダンバを見て、動けば顔に魔法を叩きこまれると悟った。
ハッシュバルとダンバは男たちを無言で睨み付け、降伏しろと目で伝える。男たちは二人の意思、そして勝目は無いというのを感じ取ったのか、大人しく武器を捨てた。
「これで残るはエルフだけか。ならさっさと大人しくさせ……」
残っているエルフを大人しくさせようとハッシュバルはエルフの方を向く。だが、そこには気絶したエルフと笑いながら手を振るノワールの姿があり、それを見たハッシュバルとダンバは目を丸くする。
「お二人が戦っている間にエルフを倒しておきました。これで地上は制圧完了ですね」
「あ、ああ、そうだな」
笑いながら語るノワールを見てハッシュバルはきょとんとしながら返事をする。ダンバは男たちが捨てた剣を拾いながらノワールを見ていた。
(逃げようとする男を投げ飛ばし、下級魔法で男を仕留めた。更に私たちが気付かないうちにエルフを気絶させるとは……彼は本当に何者なんだ)
子供でありながらゼルデュランの瞳のメンバーを三人も倒してしまったノワールを見て、ダンバは心の中で圧倒的な力を持つノワールに驚く。同時にノワールの正体は何なんか疑問に思った。
頭から角が生えていることから、ノワールが人間ではないことはダンバにも分かる。だが、例え亜人でも子供が強力な魔法を使い、大人を投げ飛ばせるはずがない。ダンバは機会があれば、ノワールの正体を探ってみようと考える。
それからノワールたちは男たちを一ヵ所に集め、逃げたり抵抗できないよう、倉庫内にあった縄で縛って拘束した。それが終わるとモナが捕らえられている地下への入口を探し始める。幸い倉庫はそんなに広くないので、仲間を呼びに行こうとした男が走った方角を調べればすぐに見つかると三人は考えていた。
入口を探し始めて数分、ノワールたちは倉庫の奥に置かれてある小さな四角い机の前に集まる。その机は一見普通の机に見えるが、机の下に薄っすらと横にずらしたような跡があった。そして、机の下から僅かに木で出来た四角い板のような物が見え、それを見たノワールたちは目を僅かに鋭くする。
「周りの床とは明らかに雰囲気の違う木の床……ここが入口みたいですね」
「ああ、間違いないだろう」
机の下に地下への入口があると確信したハッシュバルが机を手前に引くと、机の下から正方形の床下扉が現れ、それを見たノワールはやっぱり、と言いたそうな顔をする。
ハッシュバルは机を移動させると床下扉に近づいてしゃがみ込み、扉やその近くに罠などが仕掛けられていないかを確認する。
しばらく調べて何も仕掛けれていないのを確認すると、ハッシュバルはゆっくりと床下扉を開ける。そこには地下へ続く階段があり、奥は暗くてよく見えなかった。
「さて、探していた地下を見つけたわけだが……どうする、ハッシュバル?」
「……さっき男たちはこの下にはドルウォンの護衛がいると言っていた。つまり、ドルウォン本人と奴の護衛を任されるほどの敵がいるということになる。しかもその護衛がいれば私たちとも戦えると言っていた。つまり、その護衛は少なくともレベル30代半ば以上ということだ」
「敵の人数や職業が分からない状態で敵拠点の地下に進むのは少々危険だな。兵たちがやって来るのを待ち、彼らと合流してから突入するか?」
「いや、あまり時間を掛けるとモナの身が危ない。彼女の命を優先するのなら、例え危険でもこのまま突入するべきだ」
「……そうだな」
捕らわれている仲間を助けるためなら、多少危険でも行くべきだというハッシュバルの考えを聞いてダンバは小さく笑う。彼も最初から危険を承知でモナを助けようと考えていたみたいだ。
モナを助けるためにこのまま地下へ突入することを決めたハッシュバルとダンバは階段をゆっくりと下りて行き、ノワールも二人の後に続いて階段を下りる。階段の先にいる敵に気付かれないよう、三人はできるだけ足音を立てないように慎重に下りて行く。
長い階段をしばらく下りていくと、ノワールたちは少し広めの通路に出た。その通路は真っすぐ奥へと続く廊下のような場所で左右に幾つもの扉がある。ノワールたちは自分たち以外に誰かいないか周りを警戒する。
「僕たち以外は誰もいないみたいですね」
「ああ、きっと奥の方の部屋にいるのだろう」
「そして、モナも此処の何処かにいるはずだ」
「……それで、この後はどうしますか?」
ノワールがこの後どう動くかハッシュバルに尋ねると、ハッシュバルは薄暗い奥を見つめながら黙り込み、しばらくして奥を見ながら口を動かす。
「普通なら効率よく分かれて調べるのだが、此処は敵の本拠地で敵の戦力も分からない。それなら、時間は掛かるが固まって調べる方がいいだろう」
「でしょうね」
自分と同じことを考えるハッシュバルを見ながらノワールは小さく笑う。ダンバも賛成なのか何も言わずにハッシュバルを見ていた。
「じゃあ、手前の扉から順番に調べて行こう」
モナを見つけるため、ノワールたちは手前の扉から順番に調べ始める。さすがにいきなり扉を開けて部屋に入ることはできないので、気配を消し、扉の前で中の様子を窺ってから中に入ることにした。
最初の部屋を調べてから数分が経ち、ノワールたちは五つ目の扉の前にやって来る。ここまで調べてきた部屋には誰もおらず、食料や物資などが置かれた物置のような部屋ばかりでだった。
「次の扉はどうだろうか」
「分からん。だが、この地下の何処かに必ずいるはずだ」
今度こそモナが監禁されている部屋であるよう祈りながらハッシュバルとダンバは扉に耳を当てて中の様子を窺う。ノワールもそっと耳を当て部屋に誰かいないかを確認した。すると、部屋の中から声が聞こえ、ノワールたちはピクリと反応する。
「中に誰かいるな。人数は四人、しかも全員男か……」
「……ハッシュバルさん、僕、聞こえてくる声の中に聞き覚えがあるのがあります」
ノワールの言葉にハッシュバルは反応し、ダンバも視線をノワールに向ける。ノワールは真剣な表情を浮かべながら意識を集中させ、もう一度部屋から聞こえてくる声を確認した。
「……間違いありません。部屋の中にいる男の中にドルウォンがいます」
「何?」
ドルウォンが扉の向こうにいると聞いてハッシュバルは目を見開く。本当ならこのまま突入して捕らえたいところだが、まだモナの居場所が分からないので騒ぎを起こすわけにはいかない。ノワールたちはドルウォンならモナが何処にいるのか知っていると思い、もう少し様子を窺うことにした。
部屋の中ではドルウォンが三人の男たちがソファーに座りながら酒を飲んでいた。三人の男は全員、一流の職人が作ったような鎧を身に付け、腰に剣を佩している。恐らく三人はドルウォンの護衛だろう。四人は部屋の外でノワールたちが話を盗み聞きしているとも知らずに普通に会話をしている。
「まったく、何で私がこんな狭い隠れ家に隠れていなければならんのだ!」
「まあ、落ち着いてくだせぇ、旦那。軍の連中が大人しくなれば以前と同じように活動できるんすからな」
「そうですよ、しばらくの辛抱です」
「チッ!」
護衛の男たちの言葉にドルウォンは舌打ちをしながら酒を飲む。男たちは不機嫌なドルウォンを見ながら、やれやれと言いたそうな顔をする。
グラスの中の酒を一気に飲み干したドルウォンは目の前の机に持っているグラスを乱暴に置き、不愉快そうな顔で腕を組みながら護衛の男たちの方を見た。
「それで、あの小娘はあれから何か吐いたのか?」
「いいえ、何も。女だからすぐに吐くと思ったんですが結構口が堅くて……」
「手を抜いているのではないのか? 四元魔導士でも所詮は小娘、少し手荒に締め上げればすぐに口を割るはずだ」
「しかし、あんまりやり過ぎると吐く前にくたばっちまいます。それに情報を得た後は軍への人質にするから生かしておけと言われていますし……」
男の一人が少し困った顔でドルウォンに説明し、それを聞いたドルウォンは不満そうな顔で再び舌打ちをする。彼らの会話の内容から、会話に出てくる小娘はモナのことのようだ。
ドルウォンは腕を組みながら、護衛の男たちに自分が不機嫌なのをアポールするかのように貧乏ゆすりをする。マネンド商会の責任者である自分に偉そうな口をきいたモナを消したいと思っているが、それができないことにドルウォンは腹を立てていた。
男たちは下手にドルウォンの機嫌を損ねてはいけないと感じたのか、少し困ったような表情を浮かべてドルウォンを見ている。
「……で? 奴は今どうしている?」
「あ、ハイ、向かいの牢に閉じ込めてあります」
「逃げられたりはしないだろうな?」
「大丈夫です、傷のせいで大人しくなってますし、見張りも二人付けてありますから」
「そうか……しばらくしたらもう一度奴から情報を聞き出せ。喋らないようなら痛い目に合わせろ」
ドルウォンは机の上に置いてある酒瓶を取り、自分のグラスに注ぐと静かに飲む。まだ不機嫌な様子を見せるドルウォンを見ながら、男たちも静かに酒を飲んだ。
部屋の外で話を聞いていたノワールたちはモナの居場所を知ると、静かに今いる扉の向かいにある扉に視線を向ける。ドルウォンたちの会話の内容どおりなら、目の前の扉の奥にモナが監禁されているはず。ノワールたちは足音を立てないよう慎重にその扉に近づいた。
牢がある部屋の中には見張りと思われる二人の男がいた。一人は人間でもう一人は獅子の顔を持った亜人、レオーマンだ。彼らもドルウォンと同じ部屋にいた男たちと同じように高価な鎧と剣を装備している。彼らもドルウォンの護衛で、今は牢の番を任されているらしい。そして、部屋の奥には牢があり、その中でモナが一人横になっていた。
モナは体中に傷を負っており、服も汚れている。かなりのダメージを受けているのか、目を閉じたまま殆ど動かない。そんなモナを見張りの男たちはジッと見ていた。
「全然動かねぇけど、生きてんのか、この女?」
「ああ、大丈夫らしいぞ」
「捕まえる時にかなり痛めつけ、ここに連れてきて手当もせずに尋問したそうじゃねぇか。肉体的にも精神的にもかなりキツそうだぜ?」
「だろうな。何でも、手当てをせずに尋問した方が精神的に追い詰めやすくなり、吐きやすくなるとボスが言ってたらしく、尋問した連中もそれに従ったそうだ」
「お~おぉ、うちのボスはおっかねぇなぁ」
モナが今に至るまでどんな目に遭ったのかを話し、レオーマンは楽しそうな笑みを浮かべ、もう一人の男は小さく笑う。彼らも軍のことを良く思っていないため、軍の中でも地位の高い四元魔導士がボロボロになった姿を見て気分を良くしているようだ。
「次の尋問はいつやるんだ?」
「さあな、だが今度は前よりも過激な方法で尋問するってドルウォンの旦那が言ってたのを聞いた」
「そうか……四元魔導士の女がその時にどんな顔をするのか楽しみだ」
次の尋問でモナがどう反応するのか気になるのか、レオーマンは不敵な笑みを浮かべながら牢の中のモナを見つめた。すると、部屋の出入口である扉が開く音が聞こえ、二人は同時に扉の方を向く。そこには無表情で入室するノワールの姿があった。
「お、おい、ノワール君、いきなり部屋に入るなど……」
ノワールの後ろでは驚きの表情を浮かべるハッシュバルと目を見開くダンバの姿がある。ノワールは奥にある牢の中でモナが倒れているのを見つけると、ハッシュバルの言葉を無視して部屋の奥へと歩いて行く。ハッシュバルとダンバはそんなノワールを見てただ呆然としていた。
男たちは突然部屋に入ってきたノワールと廊下にいるハッシュバルとダンバを見て目を鋭くする。ノワールたちの姿と様子から、男たちは目の前にいる三人が自分たちの仲間ではないとすぐに気づいた。
「何だテメェら、どうやってここに入ってき――」
「どいてください、雷の槍」
ノワールはレオーマンの言葉を最後まで聞かずに魔法を発動させる。ノワールの手から電気の矢が放たれ、レオーマンの体を貫くと、レオーマンは苦痛の表情を浮かべながら倒れた。ノワールは倒れたレオーマンを跨いで牢の前まで移動すると入口の鍵を調べ始める。
もう一人の男は仲間が倒れた光景を見て驚き、慌てて腰の剣を抜いてノワールを睨み付ける。
「き、貴様、仲間に何をし――」
「雷の槍」
ノワールは男の声を鬱陶しく思ったのか、男の方を向いて再び電気の矢を放った。電気の矢は男の胸に命中し、男は強い痛みに襲われ、声を上げながら倒れる。
ハッシュバルとダンバは一瞬で二人の見張りが倒れたのを見て驚愕の表情を浮かべており、驚きながらゆっくりと部屋に入って倒れている男たちを確認した。
「ノ、ノワール君、彼らは、死んだのか?」
「……すみません、モナさんが傷ついている姿を見てついカチンときて……」
「い、いや、状況によっては殺害することも考えていたので、気にしないでくれ」
謝罪するノワールを見て、ハッシュバルは苦笑いを浮かべながら答え、ハッシュバルの反応を見たノワールは小さな笑みを浮かべながら牢の鍵のチェックを再開する。
ハッシュバルとダンバは作業をするノワールの後ろ姿を見て、彼は冷静な判断力を持ち、時に冷徹な一面を見せるのだと知った。