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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十七章~魔法国の犯罪者~
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第二百三十五話  偽る者たち


 ルギニアスの町の地下にあるゼルデュランの瞳のアジト、その一室にゼルデュランの瞳の幹部である五人が集まっている。薄暗い部屋の中で五人は円卓を囲むように座っており、円卓の上の蝋燭の明かりが五人を薄っすらと照らしていた。


「……面倒なことになってしまったな」

「そうだねぇ、このままだと軍の連中がこのアジトを突き止めちまうかもしれない」


 抹茶色のマントの男が小さく俯きながら低い声を出し、赤茶色のマントの女は円卓に足を乗せながら呑気そうな声で言う。紺色のマントの男は二人を無言で見つめており、丼鼠色のマントの人影は腕を組みながら黙っている。

 五人は今、数時間前に軍に捕まった部下のことについて話し合っている。詰め所に捕らえられていた部下の始末が終わった直後にまた別の部下が捕まってしまい、さすがにマズいと思った幹部たちは、今後どうするか相談するためにアジトに集まったのだ。


「アジトのことを軍に喋っちまう前にソイツらも殺しちまうしかないね」

「それは難しいかもしれないぞ? 詰め所の一件で軍の連中も今まで以上に警戒を強くしたらしいからな。今度は暗殺されないよう、厳重に捕らえた奴らを見張っているはずだ」

「しかも情報によれば既に王城に連行されているそうだ。王城に連れて行かれた以上、簡単には手が出せん」


 抹茶色のマントの男と紺色のマントの男の話を聞いた赤茶色のマントの女は舌打ちをしながら悔しそうな反応をする。三人が会話する姿を丼鼠色のマントの人影は黙って見ていた。


「あ~あ、こんな面倒になことになったのも、どっかの馬鹿が目撃者である四元魔導士のモナを始末し損ねたせいだよ。もしアタイらの正体がバレたら、どう責任を取るつもりなのかねぇ?」


 そう言いながら赤茶色のマントの女はチラッと黄土色のマントの男の方を向き、他の二人も無言で黄土色のマントの男の方を見る。黄土色のマントの男は赤茶色のマントの女の言葉に苛立ちを感じ、歯を噛みしめながら立ち上がった。


「何だ、全て私のせいだと言いたいのか!?」

「事実じゃないか。アンタが失敗したせいでこんなヤバい状況になったんだろう?」

「ふざけるな! 元はと言えば、最初にお前の部下が軍に捕まるような失態をしたのが原因だろう!」

「何だと? アタイに責任を押し付ける気かい!?」


 赤茶色のマントの女は声を上げながら立ち上がって黄土色のマントの男を睨み、黄土色のマントの男も赤茶色のマントの女を睨み返す。会議中だと言うのに口論を始める二人を見て、抹茶色のマントの男は溜め息をつき、紺色のマントの男は呆れたような反応を見せる。

 二人が睨み合っていると、黙って腕を組んでいた丼鼠色のマントの人物が円卓を強く叩く。机を叩いた音を聞いて四人は視線を丼鼠色のマントの人影へと向ける。


「……見苦しい争いはやめろ。今は組織の今後に関わる話し合いの最中だぞ」


 机を強く叩いたにもかかわらず、丼鼠色のマントの人影は冷静な口調で喋り、それを見た赤茶色のマントの女と黄土色のマントの男は口論をやめて自分の席につく。言い争いをしていた二人を簡単に大人しくさせることから、丼鼠色のマントの人影には強いカリスマ性があるようだ。

 立っていた二人が座るのを見ると、丼鼠色のマントの人影は再び腕を組んで黄土色のマントの男の方を見る。


「お前が同行させた者たちは組織の中でも腕の立つ戦士だったな、ドルウォン?」


 丼鼠色の人影の言葉を聞いた黄土色のマントの男は反応し、ゆっくりと自分の顔を隠しているフードを下ろす。すると、フードの下から深刻そうな表情を浮かべるドルウォンの顔が出てきた。そう、マネンド商会の責任者であるドルウォンはゼルデュランの瞳の幹部の一人だったのだ。


「ああ、三人全員がレベル30代後半の戦士で、魔法の鎧を装備していた。相手が四元魔導士でも一人なら十分勝機はあった」

「それなのにその勝機のあった相手に負けたのか?」


 抹茶色のマントの男が呆れたような口調で尋ねると、ドルウォンは男の方を向いて目を鋭くした。


「モナ・メルミュスト以外にもあと二人敵がいたんだ。しかも、ソイツらは魔法の鎧を装備したアイツらを簡単に倒してしまった」

「何?」


 ドルウォンの言葉を聞いた抹茶色のマントの男は思わず声を出し、赤茶色のマントの女と紺色のマントの男も意外そうな反応を見せる。四元魔導士であるモナと互角に戦える程の戦士たちを倒してしまう程の実力を持った者がいると知って驚いたのだろう。


「……それ本当なの?」

「四元魔導士と互角に戦える者たちを簡単に倒す者がこの国にいるなど、とても信じられん」

「私はこの目で見たんだ、間違いない!」


 信じようとしない赤茶色のマントの女と紺色のマントの男を見ながらドルウォンは自分の目を指差した。そんなドルウォンを見て、丼鼠色のマントの人影以外の三人は疑うような反応を見せる。しかし、丼鼠色のマントの人影だけは疑う様子などは見せずにジッとドルウォンを見ていた。


「……その二人の敵、一人は子供でもう一人は老人だったはずだ」

「知っているのですか?」

「ああ、ドルウォンと同じように直接見たからな」


 丼鼠色のマントの人影の言葉を聞いて抹茶色のマントの男はドルウォンの言った言葉が真実だと納得する。ドルウォンの口から出て情報がいまいち信用できないが、リーダーである丼鼠色のマントの人影の言葉なら信用できた。


「フッ、その二人がどんな奴らかは知らないけど、アタイだったら楽に倒せるね」


 自分の力の相当自信があるのか、赤茶色のマントの女は笑みを浮かべる。すると、そんな彼女を見て紺色のマントの男は小馬鹿にするように笑い出す。


「相変わらず傲慢な娘だな? そうやって他人を見くびっているとお前も奴らと同じ目に遭うぞ?」

「何ぃ!」


 赤茶色のマントの女は声を上げながら紺色のマントの男の方を向き、同時に被っていたフードを勢いよく下ろす。すると、フードの下から劇場区の舞姫と呼ばれているハーフエルフ、ユミンティアの顔が出てきた。彼女もドルウォンと同じ、ゼルデュランの瞳の幹部だったのだ。


「アタイは見くびってなんかいない、自分のレベルから余裕で勝てると判断しただけだ」

「フッ、分かった分かった。お前は傲慢ではない、立派なゼルデュランの瞳の幹部だ」

「コイツゥ~ッ!」


 紺色のマントの男の馬鹿にする態度にユミンティアは険しい表情を浮かべる。今のユミンティアからは多くの住民たちを引き寄せる舞姫の美しさや可愛らしさは感じられず、ただ侮辱する仲間を黙らせたいという苛立ちだけが感じられた。


「挑発するのもいい加減にしておけ。お前の悪い癖だぞ、オウス?」


 抹茶色のマントの男が紺色の男を見ながら呆れ声で話しかけると、紺色のマントの男はフッドを下ろして素顔を見せる。

 フードの下から出てきたのは、なんと聖教区最大の教会であるザファンデルス教会の司教、オウスの顔だった。オウスも司教でありながら犯罪組織の幹部というもう一つの顔を持っていたのだ。


「いいではないか、相手が怒ると分かっていて挑発するのも楽しいぞ?」

「ハァ、その台詞、とても町の住民たちに慕われている司教の台詞とは思えないぞ?」


 オウスの言葉に溜め息をつきながら抹茶色のマントの男もフードを下ろした。そこには魔術区に建てられている大図書館、リマーン図書館の館長であり、元六つ星冒険者だったエンヴィクスの顔があり、彼はオウスの方を見ながら呆れた表情を浮かべている。

 ドルウォンにユミンティア、そしてオウスとエンヴィクス、ゼルデュランの瞳の幹部は全員、ルギニアスの町の各区で多くの住民から慕われ、注目されている者たちだった。彼らは今日まで王族や貴族、大勢の住民たちを騙しながらゼルデュランの瞳の幹部として活動していたのだ。

 四人はそれぞれ自分たちが担当している区で表の仕事をしながら町の情報を集めたり、ゼルデュランの瞳に所属する者たちを動かして事件を起こさせたりしていた。しかも四人はルギニアスの町でそこそこ力のある立場なため、軍に情報が漏れないように細工することもできる。犯罪組織の幹部にピッタリの立場だった。


「まあ、所詮は神様の声が聞こえる、なんてデタラメを言うインチキ司教だからね。他人を馬鹿にするなんてちっぽけなことをするのがお似合いだよ」


 先程の挑発をまだ根に持っているのか、ユミンティアは鼻で笑いながらオウスを小馬鹿にする。エンヴィクスはオウスにやり返すユミンティアを見て、またか、と呆れたような反応をした。

 呆れているエンヴィクスの隣ではオウスが笑っているユミンティアを見て自分の髭を手で整えながら笑っている。そして、体を少し前に乗り出すとゆっくりと口を動かす。


「そう言うお前も、劇を見に来た若い男や貴族を甘い言葉で誘い、酒などを奢ってもらうという小さいことをしているではないか? 此処に来る前にも若い男と酒を飲んでいたのだろう?」

「!」


 オウスの言葉にユミンティアはフッと反応する。その顔からはオウスを小馬鹿にする笑みは消え、図星を突かれて驚いているような表情になっていた。


「……アンタ、またやったね!」

「ハハハハッ、いい加減に学習しろ。儂に口論で勝つことができん、勿論戦いでもな。儂に勝つことができるのは、この世界ではボスだけだ」


 楽しそうに語りながらオウスは丼鼠色のマントの人影の方を見る。四人の態度とオウスの今の発言から、この丼鼠色のマントの人影がゼルデュランの瞳のボスのようだ。

 ユミンティアたちが黙っている丼鼠色のマントの人影を見ていると、オウスが自分の胸の前で両手を合わせる。


「儂は確かに神の声は聞こえんが、人の心の声はハッキリと聞こえる。だから相手が何を考えているのかなどすぐに分かるのだ。そのことを忘れるんじゃないぞ?」


 誇らしげに自分は読心術が使えることを語るオウスをエンヴィクス以外の幹部は気に入らなそうな目でオウスを見つめる。それを見たオウスは愉快そうな笑みを浮かべた。

 オウスは司教として人前に出ている時は神の言葉を聞いてそれを住民たちに伝える、といったことをしているが、実際はユミンティアの言うとおり、神の声など聞こえてはいない。読心術で神の声を聞きたいとやって来る住民たちの心の声を聞き、その住民の悩みや願いなどを知ると神の声を聞いたかのように振る舞い、適当にアドバイスをしていただけなのだ。

 住民たちはそんなオウスの言葉を神の声だと信じ、何度もオウスの下を訪れ、いつの間にかオウスを尊敬するようになっていった。

 オウスは自分が神の声を聞くことができると信じてやって来る住民たちを見る度に心の内では愉快に思い、同時に彼らを組織の活動に利用してやろうと考えていた。オウスの正体は神の声を聞ける最高の司教などではなく、犯罪組織の属するペテン師だったのだ。


「……満足したか、お前たち?」


 黙っていた丼鼠色のマントの人影が低い声で四人に声を掛ける。再び話の内容が脱線し、先へ進まないことに丼鼠色のマントの人影もさすがに不機嫌になっているようだ。

 丼鼠色のマントの人影が不機嫌になっていることに気付いた四人は一瞬驚きの反応を見せる。そして、話を戻すために気持ちを切り替え、座る姿勢を直して丼鼠色のマントの人影の方を向く。


「……とにかく、現在軍はドルウォンを捕らえるために商業区を調べ回っている。このまま何もしなければ高い確率でこのアジトに辿り着くだろう」


 ユミンティアたちが自分の注目するのを確認した丼鼠色のマントの人影は四人を見ながら話を元に戻し、ユミンティアたちも真剣な表情を浮かべながら話を聞いている。ただ一人、ドルウォンだけは若干焦っているような顔をしていた。


「軍の奴らが捜索をやめるまでは商業区にいる部下たちには隠れ家に隠れて大人しくしてもらう。ドルウォン、お前もしばらくは隠れ家に身を隠していろ。マネンド商会の今後についてはこの件が片付いてから決める」

「わ、分かった……」


 ドルウォンは文句を言うことなく、俯きながら返事する。目立った行動ができないのは不満だが、軍に捕まるよりはマシだと感じて大人しくすることにした。


「それと、さっきの話した子供と老人についてだが、銀蝶亭で寝泊まりしているそうだ。騒ぎが治まったらソイツらを捕らえる……奴のようにな」


 丼鼠色のマントの人影の言葉に四人は反応する。


「そう言えば、アイツは今どうしてるんだい?」

「捕らえる時にそれなりに痛めつけたようだからな、大人しくしている。流石の奴も多勢に無勢、相性も悪かったから難なく捕らえることができた」

「何か情報を吐きましたか?」

「いいや、傷のせいかまだ何も喋っていない……まぁ、吐かないのならオウスの心を読む力を使うだけだ」


 そう言って丼鼠色のマントの人影はチラッとオウスの方を見る。オウスは自分の読心術を頼りにされていると知り、不敵な笑みを浮かべた。


「奴は今商業区の隠れ家に監禁してある。ドルウォン、お前は奴が逃げ出さないよう、しっかりと見張っておけ」

「あ、ああ」

「お前たちも自分が担当する区に戻り、軍の動きを警戒しろ。しばらくは目立った活動をすることを禁じる。あと、各区にある隠れ家の警備も強化するよう部下たちに伝えておけ」


 ドルウォンに指示を出したあと、丼鼠色のマントの人影は他の三人にも大人しくしているよう命令し、ユミンティアたちは無言で頷く。いくらゼルデュランの瞳が大規模な犯罪組織でも軍と正面からぶつかるのは分が悪いと感じ、大人しく守りを固めることにしたのだろう。

 それから五人は簡単な話し合いを行い、それが済むと解散して自分たちが担当する区へと戻って行った。


――――――


 銀蝶亭のノワールの部屋、その中ではノワールとヴァレリアが来客用のソファーに座りながら、テーブルを挟んだ向かいのソファーに座っているハッシュバルから行方不明になったモナについて詳しい話を聞いていた。

 真剣な表情を浮かべるノワールをハッシュバルはジッと見つめており、彼が座るソファーの後ろではダンバと兵士たちが控えていた。


「モナさんが行方不明なった……それはいつのことですか?」

「ほんの一時間前だ……劇場区の何処かにあるゼルデュランの瞳の隠れ家を捜索するため、同じ四元魔導士と二十人の兵士を連れて劇場区へ向かったのだが、気付いた時には消えていたそうだ」


 詳しい話を聞いて、ノワールは難しい表情を浮かべる。ヴァレリアも話を聞いて目を僅かに細くしながら黙ってハッシュバルを見ている。


「……同じ四元魔導士、というのはマチスさんですか?」

「何だ、マチスのことも知っているのか?」

「ええ、劇場区でドルウォンと一緒にいた男たちを捕まえた後に会ったので……」


 ハッシュバルはノワールがマチスのことも知っていることに意外そうな反応をし、後ろにいるダンバも目を見開いて驚いている。ノワールはマチスと今日初めて会ったので、ハッシュバルとダンバが二人が出会っていたことを知らなくてもおかしくはなかった。


「モナさんが消えたというのはマチスさんから聞いたんですか?」

「ああ、モナが消えたことに途中で気付き、しばらくモナを探していたのだが、結局見つからず我々に報告しに戻ってきたそうだ」

「そうだったんですか……それでマチスさんは?」

「報告を終えた後、モナを探すために再び劇場区に戻った。私たちはモナが言っていた少年なら何か知っているかもと思い、こうして君を訪ねてきたのだ」

「そうですか……」


 マチスが劇場区に戻ったこと、ハッシュバルたちが自分の下へ来た理由を聞いたノワールは再び難しい顔をし、俯きながら黙り込む。これまでの流れと情報をもとにノワールはモナの身に何が起きたのか考える。

 しばらく考え、一つの答えに辿り着いたノワールやゆっくりと顔を上げてハッシュバルたちの方を見た。


「恐らく、モナさんはゼルデュランの瞳に捕まったと思います」


 ノワールの言葉にハッシュバルとダンバは目を僅かに鋭くし、兵士たちは驚きの反応を見せる。四元魔導士の一人が捕まったと聞けば驚くのは当然だ。


「なぜそう思う?」

「僕はモナさんと知り合って間もないですが、彼女がとても真面目で責任感のある人だというのは分かります。そんな彼女が長時間一人で、それも何の報告もせずに隠れ家を捜索するとは思えません。となると、彼女の身に何か遭った可能性が高いと考えました」

「だから、ゼルデュランの瞳に捕まったかもしれないと?」


 ハッシュバルを見ながらノワールは無言で頷き、それを見たハッシュバルは低い声を出しながら深刻そうな顔で俯く。ダンバも頷くノワールを見て鋭い表情を浮かべていた。

 四元魔導士の仲間であり、軍師であるモナがゼルデュランの瞳に捕らえられてしまったかもしれない。もし本当にモナがゼルデュランの瞳に捕らえられていたとしたら、彼女の身が危ない上に軍の情報がゼルデュランの瞳に知られてしまう可能性がある。ハッシュバルはモナを助けるため、そして情報がゼルデュランの瞳に知られないためにもモナを見つけ出そうと考えた。


「ダンバ、動ける兵士を集めるだけ集めてゼルデュランの瞳の隠れ家を探させろ。もしモナが捕らえられているとしたら、奴らの隠れ家の何処かにいるはずだ」

「本気か? こちらには奴らの隠れ家の情報は殆ど無いんだぞ? それにこの広い町から何処にあるか分からない隠れ家を見つけるにはかなりの時間が掛かる」

「だが、このままではモナが殺されてしまうかもしれん。たとえ時間が掛かるとしても、他に方法が思いつかないのならやるしかないだろう?」


 確かに他にモナの居場所を突き止める方法は無い。特定の人物を見つけるようなマジックアイテムは手元には無く、そんな魔法も二人は使えない。それなら人と時間を掛けて探すしかなかった。

 他に方法が無いのならそうするしかないと考えたダンバは近くにいる兵士たちに手の空いている兵士たちを集めるよう指示を出そうとする。すると、ずっと黙っていたヴァレリアがハッシュバルたちに声を掛けた。


「わざわざ兵士を集めて探させる必要は無いと思うぞ」


 ヴァレリアの言葉を聞いたハッシュバルたちは視線を彼女に向け、ノワールも不思議そうな顔をしながらヴァレリアの方を見る。いきなり会話に加わってきたヴァレリアにノワールは少し驚いていた。


「これを使えばすぐに見つけられるはずだ」


 そう言ってヴァレリアは胸の谷間に手を入れ、小さな小瓶を取り出した。その小瓶の中には水色の液体が入っており、それを見たノワールたちはそれが何かの魔法薬だとすぐに気づく。


「ヴァレリアさん、それは?」

「私がこの町に来て開発した新しい魔法薬だ。これを使えば特定の人物が何処にいるのかが分かる」


 ヴァレリアが人探しができる魔法薬を開発したことを聞いてノワールは意外そうな反応を見せる。ビフレスト王国にいた時はそんな魔法薬は開発していなかったので、ノワールはヴァレリアが新しく作った魔法薬はマルゼント王国でしか手に入らない材料を使って作ったのだとすぐに分かった。

 ハッシュバルたちも見たことも聞いたことも無い魔法薬を見て驚いている。だが、彼らにはそれ以上にそんな凄い魔法薬を開発してしまったヴァレリアに驚いていた。


「そ、その魔法薬、本当に探している者を見つけることができるのか?」

「ああ、間違いない。ちゃんと実験もしたしな」


 僅かに震えた声を出すハッシュバルを見ながらヴァレリアは普通に答え、ハッシュバルとダンバ、兵士たちは更に驚いた反応を見せる。しかし、ノワールだけはまた新しい魔法薬を開発したヴァレリアを凄いと思い、微笑みながら彼女を見ていた。

 ヴァレリアは立ち上がると、部屋の隅にある棚の前に移動し、引き出しを開けて丸められた羊皮紙を取り出す。羊皮紙を取り出すと再びノワールたちの下へ戻り、テーブルの上に羊皮紙を広げる。それはルギニアスの町全体が描かれた地図だった。

 地図を広げて何をするのだろう、ノワールたちはそう思いながら不思議そうな顔で地図を見ている。すると、ヴァレリアは持っていた小瓶をノワールに差し出した。


「ノワール、モナという四元魔導士のことを頭に浮かべながらこれを地図の上に垂らせ。そうすればモナの居場所が光点となって地図に浮かび上がる」

「え? 垂らすだけでいいんですか?」


 ノワールの質問にヴァレリアは無言で頷き、それを見たノワールはとりあえず言われたとおりにやってみることにし、モナのことを考えながら小瓶の蓋を開けて中の液体を地図の上に垂らした。

 水色の液体は地図の上で広がり、やがて消えるかのように地図に染み込んでいく。いったいどうなるのだろうとノワールやハッシュバルたちは地図に注目する。すると、地図が薄っすらと水色に光り出し、町の一部に黄色い光点が浮かび上がった。

 光点を見てノワールたちが驚きの反応を見せると、ヴァレリアは光点を指差した。


「此処だ。此処にモナがいる」

「ほ、本当なのか?」


 ハッシュバルはいまいち信用できないのか、改めてヴァレリアに尋ねる。ヴァレリアは呆れたような顔でハッシュバルを見るとソファーにもたれかかった。


「信じる信じないはお前の勝手だ……だが、信じるのなら急いで助けに行った方がいいぞ? 黄色い光点が浮かび上がったということは、モナは傷を負っているということだ。つまり、ゼルデュランの瞳の連中に傷つけられているということになる。このままだと、本当に殺されるかもしれん」


 ヴァレリアの言葉を聞いたハッシュバルたちは目を見開く。仲間が殺されるかもしれないと聞かされたハッシュバルたちは焦りを感じ、真偽を確かめる暇があるのならすぐに助けに行こう考え、光点の場所を確認する。ノワールも真剣な表情を浮かべながら地図を見ていた。

 光点が浮かび上がっているのは町の南東、つまり今ノワールたちがいる商業区、それも銀蝶亭の近くにモナがいるとノワールたちは知った。


「モナはこの銀蝶亭から西に行った小さな倉庫にいるようだな。それほど距離も無い、すぐに行ける場所だ……しかし、劇場区で消えたモナがどうしてこの商業区にいるんだ?」

「恐らく、かく乱させるためだと思います。モナさんが劇場区で消えたとなれば、軍は捜索範囲を劇場区に絞ると考え、軍に見つからないように商業区に移したんしょうね」

「成る程、敵もよく考えているな」


 自分たちの裏をかいて行動するゼルデュランの瞳にハッシュバルは少し悔しそうな反応を見せ、ダンバも低い声を出しながら地図を見つめている。たかが犯罪組織の考えた作戦に引っかかってしまったことは二人にとっては大きな屈辱だった。

 地図を見ていたハッシュバルは立ち上がり、控えていた兵士たちの方を向いて表情を鋭くした。


「私とダンバはこれからこの倉庫へ向かい、捕らわれているモナを救出する。恐らく倉庫の中には多くの敵がいるだろう。お前たちはこの周辺にいる兵士たちをできるだけ多く集めてから倉庫へ来い」

『ハッ!』


 四人の兵士たちは声を揃えて返事をし、一斉に部屋を後にした。兵士たちが出て行くと、ハッシュバルはゆっくりとノワールとヴァレリアの方を向く。


「モナを見つけてくれて感謝する。本来ならすぐに謝礼をするべきなのだが、今はモナの身が危ないので、謝礼は彼女を助けた後とさせてもらう」


 感謝するハッシュバルを見て、ノワールは気にしないでほしい、と言いたそうに首を横に振る。ノワールもヴァレリアも謝礼が欲しくてモナの居場所を探した訳ではないので何とも思っていなかった。

 ハッシュバルはノワールとヴァレリアに礼を言うと、ダンバの方を向いて、行くぞと目で伝える。それを見たダンバは無言で頷き、二人は出入口の方へと歩き出す。


「あっ、待ってください」


 部屋を出て行こうとする二人にノワールが突然声を掛け、二人は足を止めてノワールの方を向く。するとノワールはゆっくりと立ち上がってハッシュバルとダンバに近づいた。


「僕も一緒に行きます」

「は? 行く?」

「……それは、我々に共にモナを助けに行くということか?」

「ハイ」


 ダンバを見上げながらノワールは笑って頷く。ハッシュバルとダンバは少し驚いたような表情でお互いの顔を見合うが、すぐに視線をノワールに戻した。


「ノワール君、気持ちは嬉しいが、君はまだ子供だ。幼い君を犯罪組織の隠れ家に同行させるわけにはいかない」

「大丈夫です。モナさんから聞いているんでしょう、僕が普通の子供ではないってことを? 犯罪者に襲われても自分の身を守ることぐらいはできます」

「うむ、しかし……」

「何かあっても全ての責任は僕がとりますから、お願いします」


 モナに同行を求めた時と同じようにノワールはハッシュバルに頼む。ハッシュバルはしばらくノワールを見つめながら黙り込み、しばらくすると静かに息を吐いた。


「……分かった」

「ありがとうございます」


 許しを得たノワールは微笑みながら礼を言う。ノワールの様子から、彼は最初からハッシュバルが同行を許可することを分かっていたかのように見える。

 ハッシュバルが笑っているノワールを見ていると、隣にいたダンバが小声で話しかけてきた。


「ハッシュバル、いいのか、子供を同行させて?」

「ああ、何かあれば私たちでこの子を守ればいい。それに、モナはこの子がゼルデュランの瞳のメンバーを簡単に倒したと言っていた。その実力がどれ程のものか、この目で見てみたいと思っていたのだ」


 ダンバはハッシュバルの本心を聞くと、やれやれと言いたそうな顔で溜め息をつく。四元魔導士のリーダーでありながら、子供の実力を見てみたいという考えを知って呆れたようだ。


「……と言うわけでヴァレリアさん、留守番をお願いします。モルドールさんが戻って来たら、僕はモナさんを助けに行ったと伝えておいてください」

「ああ、分かった。さっさと終わらせて帰ってこい」


 ヴァレリアはソファーに座りながら手を軽く振り、ノワールは小さく笑いながら頷く。ハッシュバルとダンバは子供が犯罪組織の隠れ家に行くのに、興味の無さそうな反応を見せるヴァレリアを見て呆然としている。


「それじゃあ、行きましょう」

「え? あ、ああ……」


 ハッシュバルが返事をするとノワールは部屋から出ていき、ハッシュバルとダンバもその後に続いて部屋を出ていく。残ったヴァレリアはソファーにもたれながら光点が浮かび上がっている地図を見つめた。


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