第二百三十四話 明らかになっていく秘密
モナが仲間を呼びに向かってから十数分後、ノワールとモルドールの下に仲間を連れたモナが戻ってきた。モナが連れてきたのは同じ四元魔導士のマチスとマルゼント王国の兵士二十人、予想していたよりも大勢を連れてきたのを見てノワールとモルドールは意外そうな顔をする。
戻ってきたモナはノワールとモルドールに微笑みながら、お待たせしましたと目で伝え、それを見た二人も笑みを返す。マチスは倒れている男たちを見ると少し驚いたような顔をするが、すぐに真剣な表情を浮かべて兵士たちに男たちを拘束させた。
兵士たちは倒れている男たちを立たせ、両手を縄で縛ると詰め所へと連行する。鉤爪を装備した男はまだ体が麻痺したままなので、二人の兵士に荷物を運ぶようにして連れていかれた。
五人の兵士が男たちを詰め所へと連れて行き、残りの兵士たちは姿を消したドルウォンを捜索するために散開、周囲や空き家となっている建物の中を調べ始める。
「今回の一件で軍はゼルデュランの瞳に大きく近づくことができたでしょうね」
「ええ、ゼルデュランの瞳のメンバーを捕らえただけでなく、マネンド商会の責任者であるドルウォンがメンバーであることを突き止めたのですから」
ノワールとモルドールは兵士たちの作業を眺めながら会話する。自分たちがゼルデュランの瞳のメンバーを捕らえたことで組織の壊滅に一歩近づくことができると思うと二人は少し気分が良かった。
「もし、捕らえた男たちから有力な情報を得られなかったとしても、ドルウォンを捕らえて詳しく話を聞き出せばいい情報が得られるでしょう」
「そうですね……男たちの態度からして、ドルウォンをゼルデュランの瞳の中でも高い地位にあるはずです。彼はアジトの場所や何人の幹部がいて、それが誰なのかなど、重要な情報を必ず持っていると思います」
ドルウォンがゼルデュランの瞳の中でも幹部的な立場にあるとノワールは真剣な表情を浮かべながら呟き、それを聞いたモルドールは僅かに目を鋭くしてチラッとノワールの方を見る。
「あの男、ゼルデュランの瞳のボスなのでしょうか?」
「それは分かりません。ですが、少なくとも幹部以上であるのは間違いないでしょう。そして、彼の他にもう一人、女性の幹部が存在します」
盗み聞きしたドルウォンたちの会話の内容から、ゼルデュランの瞳にはドルウォン以外に女の幹部がいるとノワールは確信した口調で呟く。
ノワールはゼルデュランの瞳の幹部はどんな存在なのか、腕を組みながら考える。マネンド商会の責任者が幹部なら、他の幹部もドルウォンと同じくらい特別な立場の存在かもしれない。もしそうなら、幹部を見つけるのはそんなに難しくないかもしれないとノワールは感じていた。
もう一人の幹部は誰なのか、ノワールは難し顔で俯き、モルドールは考え込むノワールを黙って見ている。そんな時、モナとマチスが二人の方へゆっくりと歩いてきた。モナが戻ってきたことに気付いたモルドールはフッとモナの方を向く。
「お二人とも、ご苦労様でした」
モナは歩きながら笑ってノワールとモルドールに声を掛け、モルドールは小さく笑いながらモナに向かって軽く頭を下げた。頭を上げると、モルドールは考え込んでいるノワールの肩を軽く叩き、モナが来たことを教える。
肩を叩かれたことでノワールやようやくモナがやって来たことに気付き、腕を組むのをやめてモルドールと同じように頭を下げる。
二人の前まで来たモナは優しい笑顔を浮かべながらノワールとモルドールを見る。その表情からは力を貸してくれたことに感謝しているという気持ちが感じられた。
「へぇ~、この子が例の不思議な少年か」
モナの隣にいたマチスは意外そうな顔でノワールを見つめる。モナから話は聞いていたが、本当には十代前半ぐらいの幼い少年だと知って驚いたようだ。
「……マチス、そんなにジロジロ見て失礼ですよ?」
「ハハハ、ワリィワリィ」
まるで珍獣や珍しいモンスターを観察するようにノワールを見ているマチスをモナが軽く注意すると、マチスはモナの方を向いて片目を閉じて笑いながら謝る。ノワールは笑いながら謝罪するマチスを不思議そうな顔で見ていた。
「あのぉ、モナさん。こちらの方は?」
「ああぁ、すみません、紹介が遅れました。彼はマチス・リーバーシス、私と同じ四元魔導士の一人で激流のマチスと言われています。詰め所に戻った時、偶然兵士たちと一緒だったので連れてきました」
モナはマチスのフルネームと役職を簡単に説明し、ノワールとモルドールはマチスが二人目の四元魔導士だと知ると、ほおぉという表情を浮かべる。モナが礼儀正しい性格をしているので、他の四元魔導士も似たような性格をしていると思っていたが、マチスの軽い性格だと知って意外に感じたようだ。
「マチスだ、よろしくな」
「ノワールです、よろしくお願いします」
「モナから話は聞いてるぜ? 子供でありながら魔法でゼルデュランの瞳のメンバーを簡単に倒しちまったてな」
「え、ええ……」
楽しそうに語るマチスを見ながらノワールは苦笑いを浮かべる。ルギニアスの町に来たばかりの頃は目立った行動は控えようと決めていたのに、今では四元魔導士に注目されるほどにまでなっており、ノワールは若干複雑な気分になっていた。
「……それで、そっちの爺さんは誰なんだ?」
「マチス! 失礼だと言っているでしょう?」
モルドールを見ながら尋ねるマチスを見てモナは少し力の入った声を出す。まだ説明していないとは言え、ノワールの師匠であるモルドールを爺さん呼ばわりするのはさすがにマズいと感じているらしい。
マチスはなぜモナが興奮しているのか分からず、彼女の方を向いて不思議そうに小首を傾げる。モルドールは二人の会話をする姿を見ると楽しそうに笑い出した。
「ホッホッホ、構いませんよ、モナさん。彼の言うとおり、私は老いぼれですから」
「も、申し訳ありません、モルドールさん」
気分を悪くすることなく笑顔を見せるモルドールにモナは申し訳なさそうな顔で謝罪した。マチスは自分が何か悪いことをしたのか、と不思議そうな顔で謝るモナを見ている。
「初めまして、私はモルドールと申します。ここにいるノワールに魔法を教えている者です」
「ノワールに魔法を? ということは、コイツの師匠ってことか?」
「ええ、そのとおりです」
「ほお~、そうだったのか。小さい子供に魔法を覚えさせたってことは、アンタ相当教えるのが上手いんじゃないのか?」
「いえいえ、そんなことは……」
楽しそうに尋ねるマチスを見てモルドールは笑いながら首を横に振る。普通ならマチスのように初めて会った相手に馴れ馴れしくしてくる者は嫌われるが、モルドールは気分を悪くすることなく普通に応対していた。
笑いながらマチスの相手をするモルドールを見てモナは目を見開いている。不機嫌になることなくマチスの相手をするモルドールの心の広さに彼女は驚いていた。ノワールはモルドールを見ながら小さく笑っている。
ノワールとモナがモルドールとマチスの会話を見ていると、一人の亜人の兵士がモナに早足で近づいてきた。兵士の気配に気付いたモナは真剣な表情を浮かべて兵士の方を向く。
「モナ殿、例の男たちが出てきた建物の中を調べましたが、ドルウォンの姿は無く、ゼルデュランの瞳の手掛かりになりそうな物も見当たりませんでした」
兵士の報告を聞いたモナは僅かに目を鋭くし、モルドールと話していたマチスも報告を聞くと口を閉じ、真剣な表情で兵士の方を見た。
「……そうですか。他の建物はどうです? 何か見つかりましたか?」
「申し訳ありません、他の建物でも……」
何も見つけられなかったと兵士から聞いたモナは難しい顔をしながら小さく俯く。兵士はモナが報告の内容に機嫌を悪くしたのではと感じ、居心地の悪そうな顔をする。
「……周囲の建物には手掛かりは無く、ドルウォンの姿も無かった。つまり彼はこの辺りに隠れてはおらず、ゼルデュランの瞳の隠れ家なども無いということですね?」
「え? え、ええ、そういうことになります」
不機嫌な様子を見せず、いつもどおりの口調で語るモナを見た兵士はきょとんとしながら返事をする。兵士の答えを聞いたモナは顎を指で摘まみながら黙って考え込み、しばらくすると真剣な表情で兵士の方を向いた。
「分かりました、ですが念のためにもう少しこの辺りを調べてください。もしかしたら何か見落としている可能性がありますから」
「ハッ!」
兵士は返事をすると街道の捜索へと戻って行き、モナは離れて行く兵士を見送った。そんなモナの隣にマチスが静かにやって来る。
「どうやら、この辺りに隠れ家とはかは無いみたいだな」
「ええ……と言うか、もし隠れ家があるのなら、わざわざ外で密会などしませんよ。外よりも隠れ家の中の方が密会の現場を目撃される心配はありませんから」
「ハッ、確かにそうだな。」
「そもそも、犯罪組織のメンバーが人気の少ない場所とは言え、人が来る可能性がある街道で密会するのが間違いなんです」
「ハハハハ、まったくそのとおりだよ。ドルウォンの奴、結構馬鹿なんだな」
マチスは注意力の乏しいドルウォンを笑いながら馬鹿にし、モナは目を閉じながら呆れたような顔をする。ゼルデュランの瞳のメンバーかどうか鎌をかけた時もドルウォンはアッサリと認めており、モナはそんな単純な手に引っかかるドルウォンが本当に犯罪組織のメンバーなのかと疑問に思っていた。
しかし、愚かであろうがなかろうが、彼がゼルデュランの瞳のメンバーであることは紛れもない事実だ。モナは必ずドルウォンを捕らえてやると心の中で誓っていた。
「とにかく、マネンド商会のドルウォンがゼルデュランの瞳のメンバーであるのは事実です。急いで彼を捕縛し、ゼルデュランの瞳の情報を手に入れましょう」
「そうだな。だが、奴が今何処にいるのか分からないんじゃ、捕縛するのは難しくねぇか?」
「彼はマネンド商会の責任者です。であれば商会の本部、もしくは商業区の何処かに潜んでいるはずです。商業区を徹底的に調べればいつかは彼を見つけられるでしょう」
「う~ん、だがよぉ、いくら馬鹿なアイツでも俺らが商業区を集中的に調べるってことぐらいは予想して別の区に隠れてるって可能性もあるだろう?」
「勿論、他の区も調べるつもりです。あと、彼が町から逃げ出さないよう、正門の警備なども強化します」
「……成る程、それなら奴を捕まえるのも時間の問題だな」
モナの様子とドルウォン捜索の細かい流れを聞かされたマチスは、気合が入っていると感じたのか小さく笑う。同時に流石はマルゼント王国の軍師だと感心する。
「あと、詰め所に監禁していた男たちを殺したゼルデュランの瞳のメンバーが劇場区の何処かにある隠れ家に身を潜めているそうなので、そっちも捜索しておきましょう」
「そうだな……なら、ドルウォンの捜索はハッシュバルとダンバに任せて、俺たちはその劇場区にあるっていう隠れ家の捜索をしようぜ」
「分かりました、二人には私から伝えておきます」
今後の方針についてモナとマチスは話し合い、ノワールとモルドールは少し離れたところから二人の様子を見ていた。
方針についての話し合いが終わると、マチスは兵士たちの下へ向かい、残ったモナはノワールとモルドールの下へと移動する。そして、二人の前までやって来ると目を閉じて軽く頭を下げた。
「お二人とも、今回は本当にありがとうございました。貴方たちのおかげでゼルデュランの瞳の大きな手掛かりを得ることができました、心から感謝します」
「いえ、気にしないでください」
「ええ、私たちが自分からお手伝いすると決めたのですから」
感謝するモナにノワールとモルドールは笑顔を見せる。見返りなどを求めず、感謝してほしいとも思っていないような笑顔を浮かべる二人を見て、モナも思わず笑みを浮かべた。
「それで、お二人はこの後どうされるのですか?」
「……本当はもう少し劇場区を見て回ろうと思ってたんですが、今日はもう宿屋に戻ることにします」
「そうですね、ヴァレリアさんにもこのことを伝えないといけませんし」
今日もゼルデュランの瞳のメンバーと接触し、戦闘があったことを銀蝶亭にいるヴァレリアにちゃんと伝えておいた方がいいとモルドールは考え、ノワールもモルドールと同感なのか、彼の方を向いて頷いた。
「ヴァレリア? お二人のお知合いですか?」
「ええ、ノワールと同じ私の弟子で、彼の姉弟子です」
予め決めておいた設定どおり、モルドールはヴァレリアのことをモナに説明し、モナはノワール以外にモルドールに弟子がいることを聞いて、そうなんですかと言いたそうな顔をする。
モルドールはドルウォンと一緒にいた男を簡単に倒し、転移魔法まで使える程の魔法使いなので、ノワール以外に弟子がいてもおかしくないとモナは思っていた。
「そのヴァレリアさんは今どちらにいらっしゃるのですか?」
「恐らく銀蝶亭でしょう。やることをやったら外出すると言っていましたが、まだ宿にいると思います」
「でしたら、戻った時に外出は控えるようヴァレリアさんに言ってください。ドルウォンを捜索するために商業区は騒がしくなると思います。そんな状態の外に出たら事件に巻き込まれる可能性がありますので……」
「分かりました。とりあえず、今日は外出しないように伝えておきます」
「お願いします」
事情を知らないヴァレリアに外出しないよう伝えてほしいと頼み、モナはもう一度軽く頭を下げる。モルドールとノワールもモナを見ながら、分かりましたと無言で頷く。
「では、銀蝶亭まで兵士に送らせますので、少しお待ちください」
「いいえ、大丈夫です。僕らだけで戻りますので、モナさんたちはお仕事に集中してください」
「そうですか、分かりました。では、お気を付けて……」
ノワールとモルドールはモナに簡単な挨拶をしてから銀蝶亭に戻って行き、モナも軽く手を振って二人を見送る。ノワールとモルドールの姿が見えなくなると、モナは仕事に戻るためにマチスや兵士たちの下へ向かった。
劇場区を後にしたノワールとモルドールは真っすぐ銀蝶亭へと戻った。銀蝶亭ではまだヴァレリアが魔法薬の調合をしており、二人は少し前にゼルデュランの瞳と戦ったことをヴァレリアに説明する。勿論、外に会話が漏れないよう、静寂空間はちゃんと発動させた後でだ。
説明を聞いた時のヴァレリアは昨日に続き、今日もゼルデュランの瞳と接触したことに対して呆れたような顔をしており、二度接触したノワールはそんなヴァレリアの顔を苦笑いを浮かべながら見ていた。
ノワールたちは今日の戦いで、ゼルデュランの瞳が魔法の防具を複数所持していること、マネンド商会の責任者のような町の重役がメンバーであることを知り、ゼルデュランの瞳が只のならず者の集まりではないと悟った。
ただの犯罪組織がここまでの力を持っているとなると、LMFのプレイヤーが関わっているかもしれない、そう考えたノワールはダークにこれまで得た情報を伝えるついでに、ゼルデュランの瞳のことも話すことにした。
「……成る程、ゼルデュランの瞳か」
「ハイ、かなり大規模な組織で大きな力を持っていると思われます」
ノワールの部屋にダークの声が響き、ノワールは頷きながら答える。部屋の中にはノワール、モルドール、ヴァレリアが集まっており、ノワールの手にはメッセージクリスタルが握られていた。先程のダークの声はメッセージクリスタルから聞こえたものだったのだ。
数分前、ダークに手に入れた情報を伝えるためにノワールたちは部屋に集まった。ビフレスト王国にいるダークと会話をするので、静寂空間で外に声が漏れないようにしてからノワールはメッセージクリスタルでダークに連絡を入れる。
連絡を入れると、ノワールはまずマルゼント王国でしか得られない薬草やマルゼント王国でしか習得できない魔法のことなどを詳しく説明する。必ず伝えないといけない情報の報告が終わると、ルギニアスの町で活動している犯罪組織、ゼルデュランの瞳の情報を説明したのだ。
「マルゼント王国でも最大と言われている商会の責任者がゼルデュランの瞳のメンバーだったのだ、恐らく組織の資金や物資などはその商会が用意していたのだろう」
「ハイ……ですが、いくらマルゼント王国最大の商会でも、無数の魔法の防具を簡単に手に入れられるとは思えません。もしかすると、彼らの背後にLMFのプレイヤーがいて、彼らに魔法の武具を与えているかもしれません。もしくは、ゼルデュランの瞳のボスがプレイヤーであるのか……」
「その可能性もある。だが、そう判断するにはまだ情報が足りない。確信できるくらいの情報を手に入れる必要がある」
「分かっています。そこで、他人やアイテムの情報を得ることができるLMFのアイテムを幾つか使わせていただきたいんですが……」
より細かい情報を得るため、ノワールはダークにLMFのマジックアイテムを要請する。
今ノワールが持っているアイテムや魔法ではゼルデュランの瞳がどのようにして魔法の武具やマジックアイテムを手に入れているのか、誰がゼルデュランの瞳のメンバーなのか知ることはできない。確実に情報を得るにはLMFのマジックアイテムが必要だった。
ノワールの要請を聞いたダークはしばらく黙り込んだ。メッセージクリスタルの向こうで、どうするべきかダークが考えているのだろう、とノワールたちは黙ってメッセージクリスタルを見つめる。
「……分かった、幾つかアイテムを用意する。それを使ってゼルデュランの瞳の情報を集めろ」
「ありがとうございます」
マジックアイテムを送ってくれると聞いたノワールはメッセージクリスタルを見つめながら笑顔でダークに礼を言う。モルドールも優れたマジックアイテムが送られると聞いて小さく笑みを浮かべており、ヴァレリアは腕を組んだまま無表情でメッセージクリスタルを見ていた。
「それにしても、他国の犯罪組織に関わり、四元魔導士と顔見知りになるとは、随分と派手に動いているようだな?」
「あ、いや、そのぉ……」
ダークの言葉を聞いてノワールは思わず困ったような表情を浮かべ、それを見たヴァレリアは呆れたような表情を浮かべる。モルドールは複雑そうな顔をしながら黙っていた。
「できるだけ目立つような行動はするな、と私は言わなかったか?」
「ハ、ハイ、仰いました……」
ビフレスト王国の住人であることがバレないよう、そしてマルゼント王国で何の問題もなく情報を集めるよう、目立つ行動は控えろとダークから言われていた。にもかかわらず、マルゼント王国の首都で犯罪組織のゼルデュランの瞳に関わった挙句、四元魔導士に注目されるようになってしまい、ノワールは完全にルギニアスの町で目立つ存在となってしまった。
主の忠告を無視し、面倒ごとに関わってしまったことに対してノワールは罪悪感を感じている。きっとダークに叱られると思ったのか、ノワールは俯いたまま黙り込んだ。ダークはそんなノワールが見えているのか、黙り込んだまま何を言わない。
「……まあ何であれ、ビフレスト王国から来たということはバレてはいないし、ノワールのおかげでLMFのプレイヤーがいるかもしれないという情報を得られたわけだからな」
「マスター……」
叱咤することなく、ノワールの行動のよって目的の情報を得ることができるかもしれないという点をダークは指摘し、ノワールはダークの声を聞いて少し驚いたような表情を浮かべる。
「情報を得られたことで、お前が目立つ行動を取ってしまった件は帳消しにするとしよう」
「ありがとうございます、マスター」
ノワールは自分の失敗を許してくれたダークに笑顔で礼を言う。モルドールも微笑みながらノワールを見ており、ヴァレリアはやれやれ、と言いたそうな顔で肩を竦めた。
「だが、次にこのようなことがあったら、それなりに罰を受けてもらうからな?」
「ハイ!」
「モルドールとヴァレリア、お前たちもだぞ」
ダークは黙っていたヴァレリアとモルドールにも忠告し、ダークの声を聞いた二人はフッと視線をノワールが持っているメッセージクリスタルに向ける。
「今度ノワールが目立つような行動を取ったらしっかりと止めろ。いいな?」
「ハ、ハイ、かしこまりました」
「まったく、何で私まで、私はノワールのお守ではないと言うのに……」
頭を下げながら返事をするモルドールとめんどくさそうな顔をするヴァレリアをノワールは苦笑いをしながら見ている。自分の行動で二人もダークに注意されてしまい、ノワールは二人に対して申し訳ない気持ちになった。
「とにかく、今回は既にゼルデュランの瞳と関わってしまった。奴らのことを徹底的に調べ、プレイヤーが関わっているかを確かめるんだ」
「分かりました」
改めてゼルデュランの瞳のことを調べるよう命じられ、ノワールは真剣な表情で返事をし、ヴァレリアとモルドールも目を鋭くしてメッセージクリスタルを見つめた。
「さっき言ったアイテムはすぐに用意する。用意ができ次第連絡を入れるから、モルドールに取りに来させろ」
「ハイ」
ダークがそう言うとメッセージクリスタルは光を失い、高い音を立てて砕け散った。通信が終わるとヴァレリアは疲れたような顔をしながら部屋を出て行き、自分の部屋へと戻って行く。モルドールもノワールに一礼をしてから退室した。
一人残ったノワールは少年の姿から子竜の姿へと戻り、飛んで部屋の隅にあるベッドの上まで移動する。ベッドの上に乗ると体を丸くして目を閉じ、ダークから連絡が来るのをのんびりと待つ。
それからしばらく経って正午になった頃、ノワールの頭の中にダークの声が響き、それを聞いたノワールは再び少年の姿となり、ヴァレリアとモルドールを自室に呼んでダークの用意ができたことを伝える。
報告を聞いたモルドールはマジックアイテムを受け取るために一人でバーネストに転移し、ノワールとヴァレリアは転移するモルドールを見送った。
「モルドールはいつも戻ってくるんだ?」
「アイテムを受け取るだけですから、すぐだと思いますよ?」
ノワールからモルドールが戻ってくる時間を聞くと、ヴァレリアはそうか、と言いたそうな表情を浮かべ、ノワールはダークがどんなマジックアイテムを用意してくれたのだろうと、興味のありそうな顔で考える。すると、部屋の外から数人の男女が騒いでいるような声が聞こえ、それを聞いた二人は廊下の方を向いた。
「何だ、何かあったのか?」
「さあ?」
不思議に思うノワールとヴァレリアは出入口である扉の方へと歩いて行き、扉を開けて廊下の様子を窺う。すると、二人の視界に宿屋の従業員と思われる若い女二人が四人の兵士を連れた二人の魔法使い風の男と話している光景が入った。
男たちの内、一人は金色の短髪で赤、黒、白の服装をした二十代後半の人間、もう一人は黄色、黒、白の服を着た銀色の虎顔の亜人。モナと同じ四元魔導士のハッシュバルとダンバだった。
ハッシュバルとダンバは真剣な表情を浮かべながら従業員たちと向かい合っており、従業員たちは二人を見ながら困惑したような顔をしていた。いきなり四元魔導士が二人も訪ねて来たので、従業員の女たちは状況が理解できずに驚いているのだ。
いったい何の話をしているのだろうとノワールは不思議に思いながらハッシュバルたちの方へ歩き出し、ヴァレリアも何の話か興味があるらしく、ノワールの後に続いた。
「あのぉ、どうかしましたか?」
ノワールが声を掛けると、従業員やハッシュバルたちは一斉にノワールの方を向く。
「ああぁ、ノワール様。実は……」
「彼がノワールなのか?」
従業員の言葉を聞いたハッシュバルは意外そうな顔で反応し、ダンバも目を若干細くしてノワールを見つめる。ノワールはハッシュバルたちを見ながら不思議そうに小首を傾げた。
ハッシュバルはノワールに近づくと、しばらく無言でノワールを見つめる。ノワールはいきなり自分を観察するハッシュバルをまばたきしながら見上げ、後ろにいたヴァレリアは何だこの男は、と言いたそうな渋い表情を浮かべていた。
「あのぉ、貴方は?」
「おっと、失礼した。私は四元魔導士の一人でハッシュバルと言う。こっちは私と同じ四元魔導士のダンバだ」
「えっ、四元魔導士?」
ノワールは目の前にいる男と亜人が四元魔導士だと知って意外そうな反応を見せる。ルギニアスの町に来てから僅か数日で四元魔導士全員に会うことができたので、この時のノワールは心の中では少し驚いていた。ヴァレリアもマルゼント王国最強の魔法使いと言われている四元魔導士を見てほほぉ、と言いたそうな顔をしている。
「ということは、お二人はモナさんの仲間なんですか?」
「ああ、そのとおりだ。以前、モナから君が銀蝶亭に泊っていると聞き、こうして訪ねてきたのだ」
「そうですか……訪ねてきた、ということは僕に用があるってことですね?」
「……ああ」
真剣な表情を浮かべながらハッシュバルは頷き、ノワールはハッシュバルの顔を無表情で見つめている。ノワールや、彼の後ろにいるヴァレリアは四元魔導士が訪ねてきたことから、内容は間違いなくゼルデュランの瞳に関係することだと考えていた。
「……モナはこちらに来ているか?」
ハッシュバルの言葉を聞いたノワールとヴァレリアは軽く目を見開く。てっきりゼルデュランの瞳に関して何かを訊きにきたのかと思っていたのに、モナが来ていないかと訊かれたので二人は意外に思った。
「いいえ、来ていませんが……」
ノワールは首を横に振りながら答え、それを聞いたハッシュバルはどこか深刻そうな表情を浮かべる。ダンバは難しい顔をしながら俯き、兵士たちも不安そうな顔で仲間の顔を見合った。
「何かあったんですか?」
ハッシュバルの反応を見たノワールは僅かに目を細くしながら尋ねる。ハッシュバルはチラッとノワールの顔を見ると何も言わずに目を背けた。黙り込むハッシュバルを見たノワールは間違いなく何かあったと感じ、同時にそれが軍にとって都合の悪いことだと確信する。
ノワールはハッシュバルが質問に答えるのを待っている。すると、ハッシュバルの後ろで黙っていたダンバが前に出て口を動かした。
「……モナが行方不明になった」
ダンバの言葉を聞いたノワールはダンバの方を向いて驚きの反応を見せた。