第二百三十話 ゼルデュランの瞳
転移魔法を使ったノワールは銀蝶亭の近くにある暗い細道に転移した。街道に転移すれば誰かに目撃される可能性があったため、普段人が入ることのない細道に転移したのだ。
ノワールは自分が転移した場所や周囲を確認すると明かりが見える方へと歩いて行き、少し広めの街道へ出る。既に暗くなっているせいか、街道に住民の姿は無くとても静かだった。
街道に誰もいないのを見てノワールは小さく息を吐く。自分が夜の街道にいるのを見られるのはできるだけ避けたいと思っていたのだ。ノワールは周囲をチラチラと見まわしながら、早足で数m先にある銀蝶亭へと向かう。入口前まで来ると、ノワールは静かにドアノブを回して扉を開き、素早く宿屋へと入った。
中に入ると、明るい広間がノワールを出迎えた。広間には受付を担当する男以外は誰もおらず、男は戻ってきたノワールの姿を見ると頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ノワール様。今日は遅いお戻りですね?」
「ええ、ちょっと事情がありまして」
帰りが遅かったことを不思議に思う男にノワールは苦笑いを浮かべる。男は何で遅くなったのか気になっていたが、客のことを詮索するのは宿屋の従業員としては決してやってはいけないことなので何も言わなかった。
「ところで、モルドールさんとヴァレリアさんは部屋にいますか?」
「ええ、お二人とも、既にご夕食を済ませてお部屋にお戻りになられました」
「そうですか」
男からヴァレリアとモルドールのことを聞かされたノワールはそっと呟く。ノワールたちは食事をする時、全員揃ってから食事をする、といったことは決めていない。各自が自分の好きな時間に食事をするようにしていたので、ヴァレリアとモルドールが先に食事を済ませていても、ノワールは気にしていなかった。
「ノワール様は、ご夕食は既にお済ませですか?」
「いいえ、まだです」
「でしたら、今から準備をいたしますが、いかがいたしますか?」
「では、お願いします」
夕食を用意してくれると言う男を見てノワールは小さく笑いながら頼み、男も同じように小さく笑って頷いた。
銀蝶亭には食堂があり、泊っている客はその食堂で食事を取ることができる。ただ、料理を出せる時間は限られており、真夜中とかには当然料理を作ることはできない。幸い、ノワールが宿屋に戻ってきた時間にはまだ料理を出すことができた。
「では、夕食ができ次第、お知らせに伺いますので、お部屋でお待ちください」
「分かりました」
男の説明を聞いたノワールは階段を上がって自分の部屋がある二階へと向かう。既に他の客は自分の部屋にいるのか、廊下を通る時には誰ともすれ違わなかった。
廊下をしばらく歩いていると、ノワールの部屋が見えてくる。その手前にはヴァレリアの部屋、奥にはモルドールの部屋があり、ノワールは今日の出来事を二人に知らせるため、部屋に戻る前に二人の部屋に寄ることにした。
ノワールは手前にあるヴァレリアの部屋へと近づいて扉をノックしようとする。すると、モルドールの部屋の扉が開き、中からモルドールが姿を現した。ノワールの気配を感じ取り、戻ってきたことに気付いたのだろう。
「ノワール様、お戻りになられましたか」
「モルドールさん、すみません、遅くなってしまって」
「いえいえ、お気になさらず」
帰りが遅くなったことを謝罪するノワールを見てモルドールは少し慌てた様子で首を横に振る。ダークの使い魔であるノワールに謝られると少々複雑な気持ちになってしまうようだ。
ノワールとモルドールが廊下で話し合っていると、ヴァレリアの部屋の扉も開き、中からヴァレリアが顔を出す。
「何か騒がしいと思ったら、お前たちだったのか」
「あ、ヴァレリアさん、たった今戻りまし……ん?」
ヴァレリアに戻ったことを知らせようとした時、ノワールは何かの臭いを嗅いで表情を僅かに変える。離れた所にいるモルドールもヴァレリアの部屋から漏れる臭いを嗅いで目元を少し動かしていた。
「な、何ですか、この臭い?」
「ああぁ、さっきまでこの町で手に入る薬草を使って魔法薬の調合をしていたんだ」
「また調合ですか? 宿屋にお客さんが集まっている時に調合すると、臭いで他の人に迷惑が掛かるから控えてくださいと言ったじゃないですか」
「分かっている、だから臭いの少ない魔法薬を中心に調合しているんだ。それにちゃんとディオドライズを使って臭いは消している」
「いや、そういう問題じゃ……」
ノワールは困り顔で後頭部を掻き、モルドールも苦笑いを浮かべながら二人の会話を聞いていた。
「そんなことより、今回は帰りが遅かったようだが、何かあったのか?」
ヴァレリアがノワールに帰りが遅くなった理由を尋ねると、ノワールの目つきが若干変わり、それを見たヴァレリアも少しだけ目を鋭くする。
「それについては今から説明します。とりあえず、僕の部屋へ……」
ノワールは事情を説明をするためヴァレリアとモルドールを自分の部屋に招き、二人は黙ってノワールについて行く。ノワールとヴァレリアが部屋に入り、最後に入ったモルドールは誰にも見られていないか、廊下をチラッと確認してから扉を閉めた。
全員が部屋に入ると、ノワールは部屋の中央に立って二人の方を向き、ヴァレリアとモルドールもノワールの1mほど手前に立って彼を見つめる。
「それじゃあ、説明してもらおうか?」
「分かっています。でも、その前に……静寂空間」
ノワールはゆっくりと右手を前に伸ばして魔法を発動させた。すると、ノワールを中心に薄紫の光がドーム状に広がり、ノワールたちがいる部屋全体に広がる。ヴァレリアとモルドールは部屋に広がった光を確認すると、再び視線をノワールの方に向けた。
「……人に聞かれたくない話なのか」
ヴァレリアはノワールが発動させた魔法が何なのか理解し、僅かに低い声を出す。ノワールはヴァレリアを見ながら無言で頷いた。
<静寂空間>は異世界にしか存在しない闇属性の下級魔法で、使用者を中心に光を一定の距離までドーム状に広げて外に内側での会話や物音などを漏らさないようにすることができる。範囲は半径6mほどで発動時間もそれほど長くはないが、他人に聞かれたくない話をするだけなら十分使える魔法だ。
ノワールはリマーン図書館で下級魔法の魔導書を読んで静寂空間を習得したのだ。普通なら数日掛けてようやく習得できる魔法も、ノワールならたった一日で習得できてしまう。ヴァレリアはノワールから一日で魔法を覚えたと聞かされた時、目を見開いて驚いていた。
外に会話が漏れないようにするほど重要な話なのか、ヴァレリアとモルドールはそう考えながらノワールを見つめる。ノワールも黙って自分が話すのを待つ二人を見て真剣な表情を浮かべた。
「それでは、説明させていただきます」
準備が整うと、ノワールは二人を見ながら帰ってくる時間が遅くなった理由を説明していく。魔術区から聖教区へ向かい、その次に劇場区を探索したこと、そして劇場区でガラの悪い男たちから女たちを助け、その時に四元魔導士の一人であるモナと接触したこと、ノワールは順番に細かく説明していった。
説明が終わると、ノワールは目を閉じて黙り込む。話を聞いたモルドールは成る程、と言いたそうな顔でノワールを見つめ、ヴァレリアは腕を組みながら真剣な表情を浮かべる。
「そんなことがあったのですか」
「ええ……でも、そのおかげで四元魔導士と会うことができましたから、良しとしますよ」
「ハハハハ、そうですか」
小さく笑いながら語るノワールを見てモルドールも笑い出す。複数いたとはいえ、ノワールが人間の男相手に負けるはずがないとモルドールは確信していたため、男たちに襲われたことに関して、ノワールを心配する様子は見せない。それだけ、ノワールの力を信じているということだ。
モルドールが笑顔を浮かべている隣では、ヴァレリアが難しそうな顔をしている。この時、ヴァレリアはノワールの話を聞いてある疑問を抱いていた。
「……ノワール、お前が劇場区でガラの悪い男たちと遭遇し、その者の相手をしたから帰りが遅くなったというのは分かった。しかし、その程度のことを話すのになぜ静寂空間を発動させたんだ? それぐらいなら別に誰かに聞かれても問題は無いだろう」
ヴァレリアは腕を組んだままノワールに静寂空間を発動させた理由を尋ねる。彼女の言うとおり、ガラの悪い男に絡まれたという話をするだけなら、わざわざ会話が漏れるのを防ぐ魔法を発動させる必要は無い。ヴァレリアはノワールが何で静寂空間を発動させたのかが分からずに難しい顔をしていたのだ。
モルドールもヴァレリアの話を聞いて疑問に思い、不思議そうな顔でノワールの方を向いた。すると、ノワールは再び真剣な表情を浮かべてヴァレリアの方を見る。
「静寂空間を発動させたのにはちゃんと理由があります」
「何だ、その理由とは?」
「それを話す前に、お二人に訊きたいことがあります……お二人はゼルデュランの瞳って聞いたことありますか?」
ノワールは少し前にモナが呟いていたゼルデュランの瞳という言葉についてヴァレリアとモルドールに尋ねる。その時のモナの表情を見たノワールはそのゼルデュランの瞳が何か重要なものではないかと考え、宿屋に戻ったら二人に聞いてみようと思っていた。
「ゼルデュランの瞳? 私は聞いたことが無いな」
ヴァレリアは何も知らないと答え、それを聞いたノワールは、そうですかと言いたそうな顔で軽く頷く。そして、視線をモルドールに向けると、モルドールは若干目を鋭くしてノワールを見ている。モルドールの顔を見たノワールは何かを知っていると感じ、目元を若干動かした。
「ゼルデュランの瞳、確かマルゼント王国を中心に活動している犯罪組織です。恐喝と言った小さな犯罪をはじめ、暗殺、誘拐、強盗など、様々な悪行を犯す連中だと聞いたことがあります」
「……ゼルデュランの瞳とは犯罪組織の名前だったんですね」
モルドールの話を聞いてノワールはほほぉ、と言う顔をする。同時に、モナが言っていたゼルデュランの瞳の一員、という言葉の意味も理解した。
ノワールやヴァレリアよりもルギニアスの町での生活が長いモルドールは普通の人間が知らないような情報も多少は得ており、それらの情報もちゃんとダークたちに報告していた。しかし、ゼルデュランの瞳に関しては、信用できる情報や本当に存在しているという証拠が無かったため、今まで報告せずにとどめておいたのだ。
「噂ではこのルギニアスの町の何処かに彼らのアジトがあるそうなのですが、軍も冒険者ギルドも未だにアジトを特定できずにいるそうです」
「この町にアジトが……だとすると、最近町で事件が多発してるのはゼルデュランの瞳の仕業である可能性が高いですね。何しろ彼らのアジトが町の中にあるんですから」
「ハイ……しかしノワール様、なぜ突然ゼルデュランの瞳のことを?」
モルドールはどうしてゼルデュランの瞳の話を始めたのか分からずにノワールに尋ねる。ヴァレリアも同じ気持ちなのか、小首を傾げながらノワールを見ていた。
「実はその遭遇したガラの悪い男たちがゼルデュランの瞳のメンバーだったんです」
「何? 本当か?」
少し驚いた様子でヴァレリアはノワールに尋ねる。ノワールはチラッとヴァレリアの方を見ると頷いた。
「ええ、男たちの素性を確認したモナさんが言っていたので間違いないでしょう」
「成る程な、犯罪組織の一員と接触したという話をするのなら、静寂空間を発動させるのも当然か」
ヴァレリアはノワールが静寂空間を発動させた理由を知って納得し、モルドールも真剣な表情を浮かべながら同じように納得した。
もしルギニアスの町の何処かに犯罪組織のアジトがあるという話を他の住民たちに聞かれたら町中が大騒ぎになり、情報を集めるのが難しくなる。
何よりも、町の中にアジトがあるのなら、住民たちの中にゼルデュランの瞳のメンバーが紛れ込んでいる可能性が高い。もし街中でゼルデュランの瞳のメンバーを返り討ちにした、など口にして、それを住民に紛れ込んでいるメンバーに聞かれでもしたら、ゼルデュランの瞳に目を付けられてしまう。内密に情報収集をしたいノワールはそれだけは避けたいと思っていた。
「今こうしている間にも、ゼルデュランの瞳のメンバーが町の中をウロウロしているはずです。もしかすると、この銀蝶亭の中にもメンバーがいるかも」
「可能性はあるな。ゼルデュランの瞳と接触したということはできるだけ外で口にしない方がいいかもしれない」
「ええ、宿屋でも情報交換をする時は静寂空間を発動させた方がいいでしょう」
自分たちの任務に支障が出ないよう、三人は今まで以上に慎重に行動しようと考える。別にゼルデュランの瞳を敵に回しても、ノワールたちなら難なく対処できるので問題は無いが、情報収集ができなくなるのだけは避けたいので、あまり深く関わらないようにしようと思っていた。
ゼルデュランの瞳の話が終わると、ノワールたちは明日はどのように行動するのかを話し合う。ノワールとモルドールは今日と同じで町の探索をしながら情報を集め、ヴァレリアも町で購入した薬草の調合をし、暇ができれば情報収集を行うことにした。
話し合いと情報交換が終わると、発動していた静寂空間の効果も丁度消え、ノワールたちはゼルデュランの瞳のことを口にしないよう注意する。そして、その直後に宿屋の従業員が夕食の準備ができたことを伝えるために部屋にやって来た。
ヴァレリアとモルドールは自分の部屋へと戻り、ノワールは夕食と取るために一人食堂へと向かう。
――――――
ルギニアスの町の王城の中にある部屋、そこには執務用の机とソファー、無数の本棚が置かれてある少し広い書斎のような部屋だ。その部屋の中では四元魔導士が全員集まって会話をする姿があった。
「それで、奴らは何かを吐いたのか?」
「いいえ、まだ何も。下っ端のくせに口が堅いと取り調べをした騎士がぼやいていました」
部屋の窓から夜の街を眺めるハッシュバルの質問にモナが本を読みながら答える。ハッシュバルはモナの答えを聞くと悔しそうな顔で舌打ちをした。ダンバも壁にもたれながらモナの話を聞いており、マチスはソファーに座りながら興味の無さそうな顔をしている。
モナは劇場区で捕らえたゼルデュランの瞳のメンバーのことをハッシュバルたちに知らせるために彼らを今いる部屋に集め、そのことを説明をしていたのだ。ゼルデュランの瞳のメンバーを捕らえたと聞いたハッシュバルたちは情報が得られるかもしれないと考え、短時間で部屋に集まった。
「素直に吐かないのなら、尋問を得意とする者を連れていくしかないな」
「ええ、ですから明日、尋問官を連れてもう一度、彼らのところへ行くつもりです」
壁にもたれながら話を聞いていたダンバが若干顔を険しくしながらモナに話しかけ、モナもダンバの方を向いて無表情で頷く。
ダンバの虎顔は普段から迫力が感じられるため、険しくなるとその顔は更に迫力が増す。子供や精神力が強くない者が見れば簡単に怯んでしまうだろう。しかし、モナや他の二人はそんなダンバの顔に慣れているため、表情を変えずにダンバの方を見ていた。
「でもよぉ、もしかすると尋問官たちでもソイツらを吐かせることができないかもしれないぞ? その場合はどうするんだ?」
マチスがソファーに座りながら尋問官でも情報を得られなかった時はどうするのか尋ねる。するとモナは視線をダンバからマチスに変えてゆっくりと口を開く。
「もしそれでも吐かない場合は喋りたくなるまで牢獄に入れておくつもりです」
「そんな生温いやり方じゃ、いつまで経っても吐かないと思うぞ?」
「では、貴方ならどうするんですか?」
若干不機嫌そうな顔をしながらモナはマチスにどんな方法を取るのか訊く。マチスはソファーにもたれると、足を組みながら目を閉じて上を向いた。
「俺だったら確実に、そして手っ取り早く情報を得られるやり方をする。例えば、素直に情報を吐けば無罪にしてやるって取引を持ち掛けたりな」
「馬鹿な事を言わないでください。捕らえた罪人を逃がすなんて愚の骨頂、そもそも彼らが情報を教えろと言われて本当のことを話すとは限らないじゃないですか。嘘をつく可能性は十分あります」
「確かにそうだな。いくら情報を得るためとはいえ、確実に情報を得られるという保証が無い方法を取ることはできない。それにモナの言うとおり、罪人を逃がすなど陛下がお許しになるはずがない」
「私もそう思う」
反対するモナのフォローするようにハッシュバルとダンバもマチスの方を見ながら彼の考えた方法に反対する。ゼルデュランの瞳の情報を得るために、捕らえたゼルデュランの瞳のメンバーを逃がすなど三人にとってはあり得ないことだった。
真面目な顔で反対するモナたちを見たマチスは軽く鼻で笑った。自分と違って真面目過ぎる三人がおかしく思えたのだろう。
「取引するのがダメなら、拷問でもするか?」
「拷問も却下だ。肉体的苦痛を与えて得た情報は信頼性に欠ける。苦痛から解放されるために拷問を受けた者がデタラメを言う可能性があるからな。かと言って、本当のことを喋るまで拷問を続けていればいつかは命を落としてしまう」
「じゃあ、どうするんだ? 他に何か方法があるのか?」
拷問をすることにも反対するハッシュバルにマチスは不満そうな顔をしながら尋ねた。ハッシュバルは腕を組みながら目を閉じて考え込む。モナとダンバは考えるハッシュバルをジッと見つめている。
「……やはり、モナの言うとおり、本当のことを話すまで牢獄に入れ、時間を掛けて情報を聞き出すしかないだろうな」
「フン、結局何も思いつかないんじゃないか」
何もいい案が思いつかずにモナの考えた方法を取るべきだと話すハッシュバルを見てマチスは呆れ顔になる。モナは自分の考えた方法に賛成してくれたハッシュバルを黙って見つめていた。
「尋問官でも情報を得られなかった時のことは後日考えればいい。今は尋問官が情報を聞き出してくれることを祈るしかないだろう」
情報を得られなかった時のことを考えるより、尋問官を信じて待とうというダンバの言葉を聞いたモナは小さく頷く。ハッシュバルも確かにそうだ、と思いながら無言で頷いた。
「それでモナ、その捕らえた男たちは今何処にいるんだ?」
「今は劇場区にある騎士団の詰め所の牢に監禁しています。明日、尋問官と共に彼らに会い、尋問が終わったら王城の牢へ移すつもりです」
「詰め所か……」
ゼルデュランの瞳のメンバーの居場所を聞いたダンバは小さく俯きながら呟く。その表情からは何かを心配しているように見えた。
「詰め所にはどれくらいの兵士と騎士がいるんだ? ゼルデュランの瞳は情報能力も優れている。何処かで仲間が捕まったという情報を聞き出し、救出のために詰め所を襲撃する可能性もあるぞ」
ダンバの言葉を聞いて、モナたちの表情が若干鋭くなる。ゼルデュランの瞳はマルゼント王国に存在する犯罪組織の中でもかなり大きく、力を持った組織だ。そんな組織なら仲間を救出するために騎士団の詰め所を襲撃するというのは十分あり得ることだった。
もし詰め所が襲撃されれば、捕らえた男たちは連れ戻されてゼルデュランの瞳の情報を得る事ができなくなってしまう。ダンバはそのことを心配していたのだ。
「心配いりません。男たちを監禁している詰め所には優秀な騎士と魔法使いが大勢いますし、劇場区の警備をする兵士たちもいつもより多くしてあります。何か起きてもすぐに対応できるでしょう」
「そうか……既に手を打っていたとは、流石は我が国の軍師だな」
安心した表情を浮かべながらダンバはモナを褒め、モナは目を閉じて小さく笑う。ハッシュバルとマチスもモナの対処の速さに感服していた。
それから四元魔導士たちはゼルデュランの瞳のメンバーから情報を得た後にどうするかなどを簡単に話し合う。意見が合わずにぶつかることもあったが、無事に全ての話し合いを終えることができた。
「さて、話し合いはこれぐらいにして、そろそろ部屋に戻るとしよう」
「そうだな、長いこと難しい話をしてたから疲れたぜ」
マチスはソファーから立ち、疲れをアピールするかのように背筋を伸ばす。ハッシュバルはそんなマチスを見て、座っていたのだから疲れていないだろう、と心の中で呟く。モナとダンバも同じ気持ちなのか呆れ顔でマチスを見ている。
四元魔導士は自室に戻るため、部屋の出入口である扉の方へと歩き出す。ハッシュバルが扉の前まで移動し、扉を開けようとドアノブを掴む。すると、何かに気付いたような表情を浮かべ、ハッシュバルは振り向いて一番後ろにいるモナの方を向いた。突然振り向いたハッシュバルを、彼の後ろにいたマチスとダンバ、最後尾のモナは不思議そうな顔で見つめる。
「そう言えばモナ、お前がゼルデュランの瞳のメンバーである男たちのところに行った時、その場に一人の少年がいたんだったな?」
「ええ、ノワールという名前の少年です。顔は人間ですが、頭に角が生えていましたから、亜人だと思われます……」
「確か、その少年が逃げようとする男たちに魔法を放ち、一瞬で気絶させたんだったか?」
「そのとおりです」
ハッシュバルの質問にモナは正直に答える。それを聞いたハッシュバルは掴んでいたドアノブを離し、腕を下ろして扉の前で俯く。
実はゼルデュランの瞳のメンバーを捕らえたことを話す時、モナは男たちと一緒にいたノワールのことも話していたのだ。幼い少年が魔法でガラの悪い男たちを気絶させたと聞かされた時、ハッシュバルたちは少し驚いたような顔をしていた。
「犯罪組織のメンバーを軽々と倒してしまう少年、いったい何者なんだ」
「分かりません、ただ本人は旅行でこの町に来ているとしか言っていませんでしたから」
モナがノワールから聞いた話をハッシュバルに伝えると、ハッシュバルはゆっくりと振り返り、真剣な表情で後ろにいるモナたちを見た。
「亜人とは言え、幼い少年が魔法を使い、大人の男たちを簡単に倒すなんて普通ではない。念のためにその少年のことも調べてみた方がいいかもしれないな」
「……ハッシュバル、まさか貴方、彼がゼルデュランの瞳のメンバーだと言うのでは?」
「まさか、仲間なら逃げる男たちを気絶させる必要は無いだろう。普通ではない少年なら、調べておいた方がいいと思っただけだ」
ハッシュバルの言葉を聞いたモナは何も言い返さずに黙る。自分たちに協力してくれたノワールのことを調べるのは少し気が引けるが、モナもノワールが何者なのか興味があったため、調べることに反対はしなかった。
「そのノワールという少年の居場所は分かるのか? 旅行で来ているというのなら、何処かの宿屋に泊まっているはずだ」
「ええ、一応聞いておきました。確か銀蝶亭に泊っているとか……」
「銀蝶亭? この町で一番高い宿屋じゃねぇか。そんな所に泊るなんて、どっかの町の貴族の息子か?」
高級宿に泊っていることから、マチスはノワールがルギニアスの町以外の町に住む貴族の子供ではないかと考える。モナとハッシュバルもマチスの言葉を聞き、その可能性はあるかもしれないと感じた。
貴族やその家族は平民と比べて特別な扱いをされる。平民では決められた歳にならないと入れない魔法学院などにも、貴族の子供なら幼くても入ることが可能だ。そして、高級宿である銀蝶亭に泊っている。これらのことから、モナたちはノワールが貴族である可能性があると考えていた。
「……魔法が使えるからと言って、必ず貴族の子供だとは限らない。例えば、知り合いに優秀な魔法使いがいて、その魔法使いから魔法を教わり、幼くして習得したということも考えられる」
「確かに、その可能性もあるな……いずれにせよ、情報が少なすぎる。やはり、少年が何者なのかしっかりと調べておいた方がいいな」
ダンバの話を聞いたハッシュバルはノワールも調べることにし、ダンバはハッシュバルを見ながら無言で頷く。マチスも賛成なのか、うんうんと頷きながらハッシュバルの顔を見ていた。
「モナ、少年の情報収集はお前に任せる」
「えっ、私がですか?」
突然ノワールの情報収集を任されたモナは驚きながら自分を指差す。
「お前はその少年と一度接触しているのだろう? 初めて会う者からいきなり色んなことを訊かれたら警戒して何も喋らなくなる。それなら、一度会ったことのあるお前が適任だ」
「そ、それはそうですけど……」
「それに相手は幼い少年だ、若い女であるお前なら安心して訊かれたことに答えてくれるだろう」
幼い少年から情報を聞き出すのなら、女であるモナがいいと語るハッシュバルを見て、モナ本人は困り顔を浮かべる。
確かに女なら相手に警戒されることは無く、上手くすれば知りたがっている情報を手に入れられる。しかもノワールとモナは一度会っているため、いきなり質問をしてもすぐに怪しまれることはない。ハッシュバルの考えに一理あると感じているモナは何も言えなかった。
モナ自身もノワールに興味があるのは事実だ。上手くすれば、ノワールがどこで魔法を覚えたのか、どれ程の魔法が使えるのかなども知ることもできる。モナはハッシュバルたちが見ている中、小さく俯いて考え込んだ。
「……ハァ、分かりました、私がやります。ただ、あまり期待はしないでくださいね? 私、子供と話すのはあまり慣れていませんから」
「ああ、構わない」
ノワールから情報を聞き出す仕事を引き受けたモナを見てハッシュバルは真面目そうな顔で頷く。ダンバは無表情で見ており、マチスはモナを見ながら、彼女をからかうような笑みを浮かべていた。
「それと、ゼルデュランの瞳の情報が得られそうな状況になったら、彼から情報を聞き出すよりもそっちの方を優先しますから」
「勿論、その場合はそうしてくれ。我々の目的はゼルデュランの瞳の情報を集めることだからな」
四元魔導士としての任務を優先すると言うモナを見ながらハッシュバルは頷き、モナは面倒なことになった、と思いながらもう一度溜め息をつく。
その後、四元魔導士たちは部屋を出て自室へと戻って行った。