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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第三章~復讐の竜王女~
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第二十二話  騎士団からの依頼


 アルメニスの冒険者ギルドの施設。相変わらず大勢の冒険者たちが集まっている。戦士姿の者、魔法使いのローブ姿の者、中には高価そうな鎧を着た者もいた。皆、それぞれ生活のため、そして人々をモンスターから守るために冒険者として今日も仕事を探しに集まっているのだ。

 冒険者たちが依頼書が貼られたボードの前に集まっていると、施設の出入口である扉が開く音が聞こえ、フロアにいる全員が出入口の方を向く。そこには漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーを纏い、大剣を背負ったダークの姿があった。

 ダークは堂々とした姿で施設に入ってくる。肩には漆黒の子竜の姿をしたノワールが乗っており、ダークの後ろには彼の冒険者仲間である女盗賊のレジーナ、巨漢クラッシャーのジェイクがついていく姿があった。

 三人の姿を見た冒険者たちは僅かに表情を変えて驚いたような反応を見せる。中には小さな声で話をする冒険者の姿もあった。


「今日も来たな、『暗黒騎士』ダーク」

「ああぁ、あと彼の仲間である『盗賊姫とうぞくひめ』レジーナと『剛力王ごうりきおう』ジェイクも……」


 冒険者たちはダークたちを見ながら二つ名を口にし、驚きと感心の眼差しを向けている。それはまるで名の知られた有名な冒険者を目にした時のような態度だった。それもそのはず、実はダーク、レジーナ、ジェイクの三人は既にアルメニスでは知らない者はいないというほどまで冒険者として名を上げていたのだ。

 パラサイトスパイダーの一件からダークたちは多くの依頼を受けていった。三つ星のダークは困難な依頼を次々と完遂して一気に知名度と星を上げていく。ダークと共に依頼を受ける二つ星のレジーナや冒険者になったばかりで一つ星のジェイクの二人もダークの仲間であることであっという間に有名になった。更に二人はダークと共に強力なモンスターと戦い、そのモンスターを倒すことでレベルアップもし、冒険者としての実力もついた。

 その結果、パラサイトスパイダーの件から一ヶ月が経った今、ダークは六つ星に、レジーナとジェイクは五つ星にまでランクアップし、二人のレベルも36と40になっている。今では三人はアルメニスでとても有名な冒険者となっていた。

 ただ、ダークのレベルは100のまま変わってはいない。それはこの世界でのレベルの最高が100だからなのか、それともレベルアップしても数字の変化が100で止まっているからなのか、それは分からなかった。しかしダークはそんなことは気にしていない。ただ普通に冒険者としてこの世界で生きることを楽しんでいるだけだった。

 冒険者たちに見られながらダークたちは受付嬢であるリコの下へ向かい、低い声で話しかけた。


「請け負った依頼を終えてきた。報告は行っていると思うが……」

「ハイ、伺っております。お疲れさまでした、ダーク様」


 リコは兜で隠れているダークの顔を見つめながら微笑んだ。その態度は初めてダークと会った時は随分と違う。最初はスフィアのダークの情報を見て驚いていたリコも今ではダークの実力に感服し、常連客のような対応している。勿論、ダークがレベル100であることも誰にも話していない。それはダークに脅されたからではなく、冒険者の個人情報を公にしてはならないという冒険者ギルドに勤める者の規則に従っているからである。そもそもリコはダークに脅されていたことなど既に忘れていた。


「次の依頼を受けたいのだが、なにかあるか?」

「……申し訳ありません。現在、六つ星ランクの依頼は入ってきておりません」

「そうか……では、五つ星の依頼でなにかないか?」

「あ、ハイ。あるにはあるのですが、ダーク様たちにご依頼するほど難しい依頼ではないので……」

「なるほど……。お前たちはなにか受けたい仕事はあるのか? あるなら一緒に行ってもいいが……」


 ダークが振り返ってレジーナとジェイクに受けたい依頼がないか尋ねる。するとレジーナは小さく首を横に振った。


「あたしは別にないよ? ダーク兄さんと一緒に六つ星を受けてその報酬を貰ってるから生活には困ってないし」

「俺もだ。モニカとアイリに贅沢な生活をさせてやれているからな」


 レジーナに続いてジェイクも受けたい依頼はないと言い、それを聞いたダークはそうか、というように頷く。

 メンバーの中で依頼を受けたいという者がいないのならこれ以上此処にいる理由もない。そう考えたダークはもう一度リコの方を向いて簡単に挨拶をする。


「なら、私たちは今日はこれで失礼する。もし私たちへの依頼がきたらいつも通り、王国騎士団のアリシア・ファンリードに伝えてくれ」

「あ、ハイ、畏まりました」


 ダークは連絡先のことを伝えるとリコに背を向けて出入口の方は歩いていき、レジーナとジェイクもその後についていく。リコや冒険者たちは施設から出ていくダークたちの姿を黙って見送った。

 三人が施設を出て出入口の扉が閉まると、冒険者たちはダークたちの存在感に驚き一斉に騒ぎ出す。六つ星と五つ星の冒険者ならこの町にも大勢いる。だが、冒険者ギルドの人間から直接依頼される冒険者は六つ星と五つ星には数えるほどしかいない。その内の三人を目にしたことで冒険者たち、特に一つ星や二つ星の者たちは緊張して黙り込んでしまっていた。

 冒険者たちが騒いでいるのを見ていたリコは仕事に戻るために手元にある羊皮紙に目を移す。だが、羊皮紙に書かれてある文章を見ていたリコはその内容ではなく、別のことを考えていた。


「……そういえば、ダーク様はいつも依頼がある時は騎士団のファンリード様に伝えてほしいと言っていたけど、いったいどちらに住んでいらっしゃるのかしら?」


 リコはダークがアルメニスの何処に住んでいるのか気になり難しい顔を浮かべる。

 今までダークは依頼は施設に来て直接受けていたが、有名になってダークに頼みたい依頼が増えると冒険者ギルドは直接ダークに依頼を頼みたいので住まいを教えてほしいと言ってきたのだ。だがダークは買い取った土地にLMFのアイテムを使って拠点を作っていた。入口は普通の倉庫だが、中に入ると外見の倉庫では考えられない広さになっている。それを見られるとダークが普通の人間ではないことが冒険者ギルドや町に住む者たちにバレてしまうので、ダークの正体を知っているアリシアに依頼があることを伝え、それを聞いたアリシアがダークの拠点へ行き、依頼があることを知らせるということになっているのだ。

 回りくどいやり方でダークに依頼をしなくてはならないことに少々不満そうな顔を浮かべるリコ。だが、ダークにも個人的な事情があるのだと深く考えないことにし、気持ちを切り替えて冒険者ギルドの仕事に戻った。


――――――


 冒険者ギルドを出たダークたちは、今回の依頼で失ったアイテムや食料の補充をするために町の商業区へ足を運んでいた。野菜や肉、武器やアクセサリーなどを売っている出店がズラリと街道に並んでおり、多くの住民たちが買い物をしている。その中をダークたちは歩いていた。

 まずダークたちは食料を買うためにパンや干し肉を売っている店に向かうことにした。食料を売っているエリアに向かうと、そこには冒険者だけでなく、主婦らしき女性の姿もある。


「凄い人ね……」

「もうすぐ夕飯の時間だから買い出しに来ている奴が大勢いるんだろうよ」

「確かにそうね。もうすぐ夕方になる時間だし」

「さっさと買い出しを終えて俺たちも帰ろうぜ」


 これ以上人が増えると面倒だと考え、レジーナとジェイクは食料の買い出しをしようとする。だが、ダークは食料以外にも買う物はまだ沢山あるのであまり時間を掛けると暗くなってしまうと考えていた。するとダークは何かを思いつき、レジーナとジェイクの肩を軽く叩く。


「お前たちは此処で食料の買い出しをしてくれ。私はポーションのような回復に必要なアイテムを買い揃えてくる」

「えっ? 俺たちはかまわねぇが……」

「ダーク兄さん、一人で大丈夫? かなりの量があるはずだけど……」

「心配無用だ。では、此処は任せたぞ」


 そう言ってダークは食料の買い出しをレジーナとジェイクに任せて回復系アイテムの購入に向かう。歩いていくダークの後ろ姿を見送ったレジーナとジェイクは周りにいる大勢の客にぶつからないように注意しながら買い出しを始めた。

 二人と分かれたダークはポーションや毒消しのような回復系アイテムを取り扱っている店が並ぶ場所へやってきた。食料を売っている場所と比べると人の数も少なくて静かだった。ポーションなどは普通の薬草と比べると高価な物で買える人間は少ない。そのため、人の数も少なく買い物がしやすくなっている。

 ダークは買い物をするアイテムショップの前にやってくると扉を開けようとドアノブを握る。すると背後から若い女の声が聞こえてきた。


「買い物か、ダーク?」

「んん?」


 名を呼ばれて振り返るとそこには外ハネの金髪ショートで銀色の額当てを付けた若い女騎士が立っていた。白い鎧を着てその上から白いマントを付け、腰には金色の装飾が施してある美しい騎士剣が佩してある。そう、ダークの協力者である聖騎士、アリシア・ファンリードだ。そして腰に佩する騎士剣こそ、ダークがアリシアにプレゼントした聖剣エクスキャリバーである。

 アリシアを見たダークはドアノブから手を放して彼女の方を向き、軽く挨拶をした。


「久しぶりだな、アリシア。……いや、セルメティア王国騎士団第五中隊新隊長殿、と言うべきか?」

「よしてくれ……」


 ダークのからかうような口調にアリシアは困り顔で言い返す。そんな二人の会話を聞いていたノワールはダークの肩の上でクスクスと笑っている。

 アリシアもパラサイトスパイダーの一件が済んだ後、いろいろな任務で活躍して功績をあげていき、今では一小隊長から中隊長にまで出世していた。ダークのおかげでレベルアップし、更に聖剣エクスキャリバーまで使っているアリシアの実力は注目を集め、マーディングや他の騎士たちからも大きく期待されるほどにまでなっている。ダークと出会ったおかげでアリシアの人生も大きく変わっていたのだ。

 中隊長に出世したアリシアは騎士団の仕事が忙しくなり、ダークたちと行動することは少なくなり、こうして会うのも一週間ぶりだった。


「その様子だと、毎日忙しいみたいだな」

「分かるのか?」

「疲れ切った表情をしている。誰が見ても分かるさ」

「フッ、やっぱり貴方には敵わないな……」


 ダークに見抜かれてアリシアは苦笑いを浮かべる。確かに彼女はここ数日、中隊長の仕事内容を覚えるためにいろいろと勉強をしていてろくに睡眠を取っていない。今でも少し眠気を感じるほどだ。


「中隊長は小隊長と違って中隊内の隊の全てを管理しないといけないからな。各隊の戦力や兵士たちの戦闘能力を覚えて再編成するなどやることが多すぎてまいっている。幸い、難しいところはリーザ隊長が教えてくれるから少しは楽だがな……」

「なるほど、確かに初めてやる仕事の手順や流れを覚えるのは一苦労するからな。それは同情する」

「これほど難しい仕事をやる羽目になるならまだ小隊長に収まっていた方がまだマシというものだ」

「だが、君が出世すれば君の母上も生活が楽になる。それに聖騎士として周りから期待されることは決して悪いことではない。ここは我慢して早く仕事に慣れるようにした方がいいと私は思うぞ?」

「ああ、まったくそのとおりだ……」


 アリシアは疲れた表情で小さく溜め息をつきながら肩を軽く回す。そんなアリシアを見てダークは今度騎士団から何か依頼があれば積極的に協力しようと考える。

 有名になったことで最初はダークを警戒していた騎士団もダークに難しい仕事を依頼することが増え、ダークは騎士団からも注目を集め、信頼されるようになっていた。しかしそれでも騎士団内には未だにダークを信用しない者や彼の活躍をよく思わない者も多くおり、微妙な立場だった。アリシアはそんな騎士団の状況をダークに教え、問題が起きないように注意している。

 しばらく沈黙が続くとダークは周りを見回して誰もいないことを確認すると少し声を小さくしてアリシアに話しかける。


「……最近の騎士団の様子はどうだ?」


 今の騎士団の状態や彼らが自分のことをどう思っているのか、ダークはアリシアに小声で尋ねた。それを聞いたアリシアも真剣な表情になる。この時、真面目な話になったことでアリシアからさっきまで感じられた眠気が一瞬にして消えていた。


「いまだにダークをよく思わない者たちが何人かいる。特にジャック隊長は貴方が活躍するようになってから更に冒険者たちを悪く言うようになった」

「ジャック……私が初めてこの町に来た時に私やアリシアを悪く言っていた第八中隊の隊長か」

「ああ、少し前まで小隊長であった私がいきなり中隊長になったことが気に入らないのだろう。新人の兵士や騎士になったばかりの者たちに厳しく接するようにもなった」

「器の小さい男だ……」


 アリシアの説明を聞いたダークは呆れた口調で呟く。アリシア自身も同じ気持ちなのか疲れたような表情で頷いた。

 騎士団の中でも他人を見下すジャックは自分よりも立場が下の者たちが出世して自分を追い越されることを恐れ、騎士団で目立つ者がいれば様々な方法で嫌がらせをしたり悪く言ったりした。その度にマーディングや騎士団長のヴァンガントから注意されているが本人はまったく反省せず、小さな嫌がらせを続ける。そんな中、アリシアが出世したことで更に嫌がらせは酷くなり、今では騎士団で最も性格の悪い中隊長と言われるようになっていた。


「そういう奴はあまり相手にしない方がいい。下手に相手をしたり言い返せば逆に嫌がらせをされるかもしれないからな」

「ああ、分かっている」


 ダークの忠告を聞いたアリシアは軽く頷く。彼女もジャックのことをあまりよく思っておらず、あまり関わらないようにしようとしているらしい。


「そういえば、どうして君はこんな所にいるんだ?」

「ただの気分転換だ。さっきまでデスクワークをしていたからな、体が鈍って仕方がない」

「ハハハ、気持ちは分かるぞ」


 苦笑いを浮かべるアリシアを見てダークは小さく笑う。ダークもこの世界に来る前の現実リアルの世界では大学生であったため、机に向かって勉強することや論文を書くことが多かった。何時間も机に向かって作業をするたびに疲れが溜まって苦労していたのでアリシアの苦労がよく分かっていたのだ。だが、今となってはそれも懐かしい思い出でしかなかった。

 ダークとアリシアがアイテムショップの前で会話をしていると遠くから声が聞こえ、ダークとアリシアは声の聞こえた方を向く。そして買い物を置けて荷物を持って走ってくるレジーナとジェイクの姿を見つけた。


「レジーナにジェイクではないか……」

「二人とも買い出しを終えたみたいだな」


 呟くダークとアリシアの前にレジーナとジェイクが到着する。二人は両手で持っている袋から買った物がこぼれ落ちないように注意し、袋から落ちないのを確認してから買った物をダークに見せた。

 

「兄貴、食料は全部買い終えたぜ」

「ご苦労だったな」

「別に買い物ぐらい大したことねぇよ。ところで、兄貴はもう買い出しは済んだのか?」

「いや、まだだ」

「なんだよぉ、まだ終わってなかったのか?」

「すまんな、アリシアと会ってつい話し込んでしまったんだ」


 ダークは買い物が終わってない理由を二人に話してアリシアの方を向く。アリシアは久しく見るレジーナとジェイクの姿を見て小さく笑った。

 レジーナとジェイクも久しぶりに会ったアリシアの顔を見て懐かしそうな顔で彼女の方を向く。


「久しぶりだな、二人とも」

「アリシア姉さん、元気そうね。……と言っても最後に会ってから一週間しか経ってないけど」

「そうだな。だが最近は忙しかったから一週間しか経ってなくてもとても長い間会ってなかったように感じる」


 楽しそうに笑いながら会話をするアリシアとレジーナ。その姿は騎士や冒険者ではなく、普通の年頃の少女たちが会話しているように感じられた。そんな二人の姿をダークと肩に乗っているノワールは黙って見つめている。


「そういえば、姉貴は騎士団で中隊長になったんだよな? 仕事の方は忙しいのか?」


 アリシアとレジーナが会話をしているとジェイクが会話に加わってきた。レジーナはジェイクが会話に割り込んできたことが少し気に入らなかったのかムッとしながらジェイクを見つめる。アリシアはそんなことは気にしていないのか苦笑いを浮かべてジェイクの質問に答えた。


「ああ、毎日机に向かって部隊の編成や任務の結果の報告書を書かなくてはならないからな。疲れが溜まって仕方がない」

「ハハハハ! それなら小隊長のままの方がよかったんじゃねぇのか?」

「さっきダークともそんな話をしていたところだ」


 笑うジェイクを見てアリシアも苦笑いを浮かべたまま疲れたような声を出して言う。嘗て盗賊として敵対関係にあったジェイクとも今ではこんな風に笑って会話ができる関係になった。それもダークがジェイクを死んだことにし、冒険の後に仲間に引き入れたからだ。こんな楽しい会話をする機会を作ってくれたダークにアリシアとジェイクは感謝していた。

 しばらくその場で会話をしていたダークたちはまだ買い物が終わっていないことを思い出す。アリシアとの会話を終わらせ、急いで買い物を済ませようとダークたちはアイテムショップに入る。アリシアもダークたちがアイテムショップに入るのを確認するとその場を後にするのだった。

 

――――――


 翌日の朝、ダークの拠点ではダークたちが朝食を食べていた。朝食はジェイクの妻であるモニカが拠点のキッチンを借りて作ったものだ。ジェイクと共に拠点に住まわせてもらっているのだから、何か自分にできることをやって恩返しをしたいと言うため、ダークは食事の用意と拠点の掃除など簡単な家事をモニカに頼む。モニカは嫌な顔一つせず、寧ろ楽しそうに家事をこなし、ダークやノワールもそんなモニカを頼りにするようになった。

 ジェイクとモニカと娘のアイリも母の手伝いをしており、ジェイクはそんなモニカとアイリを自慢の妻と娘だと笑いながら話す。家族のいないダークにとってジェイクたち家族の姿は少々羨ましく見えた。

 テーブルを囲み、ダークたちは朝食を取っている。この時のダークは全身甲冑フルプレートアーマーの姿ではなく、素顔を見せ、ごく普通の服を着ていた。さすがに拠点で朝を過ごす時ぐらいは全身甲冑フルプレートアーマーを外していたいらしい。そんな中、玄関の扉をノックする音が聞こえ、ダークたちは食事の手を止めた。


「こんな朝早くに誰だよ?」

「きっとアリシアだろう。拠点の入口を知っているのか彼女だけだからな」


 ダークは玄関を見つめながら素の声で答える。

 ジェイクは席を立ってゆっくりと玄関に近づき扉を開いた。扉の向こう側にはダークの想像通り、聖騎士姿のアリシアが立っていた。


「おはよう」

「よぉ、姉貴。どうしたんだ、こんな朝早くに?」

「ダークはいるか?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 ジェイクは振り返りダークを呼ぼうとした。だがダークは既にジェイクの後ろに立っており、ジェイクの後ろから外にいるアリシアを覗き込んだ。どうやらアリシアが自分に用があるのだと気付いていたようだ。


「どうしたんだ?」

「ダーク、騎士団の詰め所へ来てくれ。マーディング卿が依頼の話をしたいそうだ」

「マーディングさんが?」


 いつもはアリシアを通して依頼してくるのに今回は珍しくマーディング自ら自分に仕事の依頼をしてくることを意外に思うダーク。話を聞いていたジェイクもいつもと違う状況に真剣な表情を浮かべている。

 なぜ今日はマーディングが直接依頼の話をするのか、その理由を考えるダークはアリシアを見ながらゆっくりと口を開く。


「どうしてマーディングさんが直接? そもそもその仕事は俺に依頼するほどのものなのか?」

「それは分からない。ただ、今回の仕事はかなり難しく、普通の冒険者には依頼できない仕事だとだけ仰っていた」


 アリシアも詳しい依頼の内容を聞かされておらず、どんな依頼なのか分からない。こうなると直接会って仕事の内容を聞くしかなかった。

 ダークはしばらく難しい顔をして考えた。やがてアリシアの方を向いて軽く頷いた。


「分かった。準備するからちょっと待っててくれ」


 マーディングから直接話を聞くことにしたダークは詰め所に行くための準備をしに拠点の奥へ行く。アリシアはダークが出てくるのを拠点の外で待とうとしたが、モニカが中でお茶でも飲まないかと言ってきた。

 準備ができ次第すぐに出発するため、上がるのを遠慮しようとしたが、外にいるのを誰かに見られて倉庫がダークの拠点の入口だと知られるといけないので、上がって中で待つことにする。それから十分ほど経つと、全身甲冑フルプレートアーマーを纏ったダークが姿を見せ、ダークはアリシアと共に騎士団の詰め所へ向かった。

 アリシアに連れられてダークは騎士団の詰め所にやってきた。詰め所に着くや否やダークとアリシアはマーディングの下に行かされ、今はマーディングの部屋の前に立っている。話も聞かされずに部屋に連れてこられたことにいささか不満そうな態度を取るダークだったが、そんなことでいちいち気分を悪くすると周りからのイメージを悪くすると考えて我慢した。

 後ろに立っているダークを見てからアリシアは目の前の扉を軽くノックする。すると中から少し柔らかさの入った男の声が聞こえてきた。


「どなたですか?」

「アリシア・ファンリードです。ダーク殿をお連れしました」

「入ってください」


 許可を得たアリシアは扉を開けて入室し、ダークもアリシアに続いて部屋に入った。二人が中に入ると、奥の机には三十代後半くらいの貴族風の男、マーディング・ダムダンが座っており、その右隣りには銀色の鎧を着た背の高い六十代後半ぐらいの騎士の男の姿がある。王国騎士団長のヴァルガント・サルバーンだ。

 部屋の左端には白い鎧を着た三人の騎士が立っている姿がある。一人は黒い長髪をした二十代後半ぐらいの美しい女騎士、アリシアの元上官であった第三中隊隊長のリーザ・ナルビィズが立っており、その隣には濃い黄色の長髪をした四十代半ばの小太りの男、第二中隊隊長のベルグス・オーギンスだ。そしてその隣には紺色のソフトモヒカンのような髪型をした三十代後半ぐらいの男、昨日ダークとアリシアが話していた第八中隊の隊長であるジャック・グランドが立っている。

 ダークとアリシアが部屋の真ん中に来て立ち止まるとマーディングたちは一斉に二人に注目する。マーディングはダークを見ると座ったまま小さく頭を下げて挨拶した。


「ダーク殿、わざわざお越しいただいてありがとうございます」

「いえ、お気になさらず……。ところで、私に依頼したい仕事があると聞きましたが、どんな内容なのでしょうか?」


 マーディングに依頼の内容についてダークが尋ねると、マーディングは少し難しい表情を浮かべて席を立ち、後ろにある窓から外を眺める。


「……ダーク殿はザンバックス山脈をご存知ですか?」

「ザンバックス山脈?」


 ダークはマーディングの質問に思わず訊き返した。

 ザンバックス山脈とは、首都アルメニスから北北西に8km行った所にあり、様々な鉱石などが採れる場所だ。アルメニスに住む鍛冶師たちもその山脈から採れる鉱石を使って様々な武器を作っている。だが山脈にはベヒーモスのような凶暴でレベルの高いモンスターが多く棲みついており、普通の人間は山地に入ることすらできなかった。そのため、採掘する場合はランクの高い冒険者か騎士団の中でも精鋭と言えるエリートを護衛に連れていくことが絶対条件となっている。

 ダークもこの世界に来て一ヶ月以上経つため、アルメニスの周辺がどうなっているのか分かっている。勿論、ザンバックス山脈がどれだけ危険な場所で、そこに行く者が何をするのかも知っていた。


「……もしかして、私への依頼は鉱石を採るための護衛ですか?」

「いいえ、それでしたら騎士団の者たちを動かしますので……」

「では、どうして私を?」

「実は数日前、そのザンバックス山脈の近くにあるモンスターが大量に目撃されたという情報が入ったのです」

「あるモンスター?」

「……ワイバーン、つまり飛竜です」


 振り返りながらモンスターの名を口にするマーディングを見て周りにいるザルバーンたちは反応し、アリシアは目を見開いて驚く。ダークは黙ってマーディングを見つめていた。


(ワイバーンか……LMFではそれほどレベルも高くないが、移動速度が速く、火を吐いて遠距離攻撃をすることもできるからちょっと面倒なモンスターなんだよなぁ。こっちの世界ではどんなモンスターになっているんだ?)


 ダークは心の中でこの世界のワイバーンとLMFのワイバーンの違いを気にする。LMFでは少し面倒な相手というだけだが、この世界のワイバーンにはまだ遭遇しておらず、どんな生態なのか全く分からない。ダークはとりあえずマーディングの話をもう少し詳しく聞いてみることにした。


「ワイバーンはドラゴン族のモンスターの中では中型だが、飛行速度は他のドラゴンと比べると速く、群れで行動します。更に炎を吐き、レベルは35から40の間、冒険者でもランク5以上でなければ苦戦するほどの相手です」

(なるほど、この世界のワイバーンの強さはLMFと大して変わらないみたいだな。ただ、こっちのワイバーンはLMFと違って群れで行動するみたいだがな)


 LMFとの違いを聞かされて自分が本気を出して戦うほどの相手ではないことを知り、ダークは少しだけ気持ちが楽になる。

 もし以前戦ったグランドドラゴンのようにレベルが60以上であればさすがに本気で戦わないといけない。しかし、この世界で自分が本気を出せばダークの強さは国中に広がり、ダークのレベルが高いことも感づかれる。それではダークが最も恐れている面倒事に巻き込まれる可能性が高くなってしまう。ダーク自身、普通に生活できなくなることだけは何がなんでも避けたかった。


「最近になってザンバックス山脈の周りを多数のワイバーンが飛び回り、周辺の村や近くの森に住んでいる動物たちを襲っているのです。噂ではワイバーンが現れた日から山脈に棲みついている他のモンスターの姿は見当たらなくなっているそうです。恐らく、ワイバーンたちが山脈に棲みつき、そのことを恐れて他のモンスターたちが隠れてしまっているのでしょう……」


 ワイバーンの違いについて考え込んでいるダークにマーディングは説明を続ける。説明している最中だと気付き、ダークはマーディングの会話に耳を傾けた。


「他のモンスターが隠れてしまうほど、ワイバーンは厄介なモンスターなのです。我々はすぐにワイバーンたちをなんとかしようと行動を開始しました。ですが、ワイバーンと戦えるほどの腕を持つ冒険者は全員が別の依頼を受けて町を出ております。騎士団を動かそうとしましたが、ドラゴン族との戦闘経験を持つ者はいません」

「だから私に依頼しようと?」

「その通りです。幸いダーク殿はドラゴン族との戦闘経験がありますし、最近では一気にランクを上げてきておりますので適任と考えました」

「そういうことですか……」


 納得したダークは低い声で呟く。マーディングの言っているのはアリシアと初めて会った時に撃退したグランドドラゴンのことだろう。マーディングたちはいまだにダークがグランドドラゴンを一人で撃退したことを信じていないが、ドラゴンと戦ったということだけは信じている。そのことでダークにならワイバーンとも戦えると考えたらしい。

 マーディングは自分の机に置かれている羊皮紙を手に取り、そこに書かれてあることを読み上げる。


「今回貴方に依頼する仕事はザンバックス山脈へ向かい、ワイバーンが山脈に棲みついているのかを確認。そしてもし棲みついていたのなら、ワイバーンたちを山脈から追い出すか、退治することです」

「少々厄介な仕事ですね……」

「引き受けていただけますか?」


 部屋にいる者たちがダークに注目しながら答えを待つ。黙って考え込むダークにアリシアも引き受けるのか断るのか気になり、隣に立っているダークを見つめる。

 やがて答えを出したダークはマーディングの方を向いた。


「……分かりました。お引き受けしましょう」


明けましておめでとうございます。今年に入って初の投稿です。

去年と同じで投稿日は決まっておらず、こちらの都合で投稿されますが、よろしくお願いします。

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