表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十七章~魔法国の犯罪者~
229/327

第二百二十八話  注目される者


 小鳥のさえずりが聞こえる昼過ぎのルギニアスの町、住民たちはいつもと変わらない生活を送っていた。商業区には食材や日用雑貨などを買う主婦、武器や防具を買う冒険者の姿があり、聖教区には教会や神殿で老人や子供が祈りを捧げる姿がある。

 劇場区でも多くの住民が集まって、酒場や劇場で騒いでおり、魔術区では魔法訓練場で魔法の訓練をする魔法使いの姿があった。その光景を見れば誰もが平和だと感じるだろう。

 魔術区で最も大きな建物と言われているリマーン図書館、その中では住民たちが静かに本を読んでいる姿があった。図書館では静かに本を読むのが当たり前なので、住民たちは一言も喋らずに本を黙読している。しかし、絶対に喋ってはいけない訳ではないので、喋る時は周りに迷惑が掛からないよう、小声で会話をしていた。


「すみません、この本を借りたいんですが……」


 十代半ばくらいの少女が受付にやって来て、司書と思われる若い女に一冊の本を差し出す。司書は本を受け取ると、中を確認してから手元の羊皮紙に本の名前を書き込む。


「……今日借りるはこの前借りた本の続きね?」

「ハイ、この本にはこの国の歴史が細かく、分かりやすく書いてあるんで、読んでいる内に気に入っちゃったんです」

「歴史書が気にいるなんて、今時の子にしては珍しいわね。将来は学者か何かになるの?」

「い、いいえ、そんなつもりは……」


 司書の言葉に少女は照れくさそうな顔をしながら後頭部を掻く。それを見た司書はクスクスと笑い、持っている本を少女に渡した。


「ハイ、貸出期間は一週間だから、一週間以内に返しに来てね?」

「分かりました」


 少女は笑顔で本を受け取り、図書館の出入口に向かおうとした。すると、少女は足を止めて図書館の奥をジッと見つめる。立ち止まった少女に気付いた司書は不思議そうな顔で少女を見た。


「どうしたの?」

「いえ、あの子……」


 まばたきをしながら少女は見ている方角を指差す。司書は小首を傾げてから少女が指さす方を見る。そこには読書をするための長方形の机について本を読んでいるノワールの姿があった。

 ノワールは本を無表情で黙読し、開いているページを読み終えるとすぐに次のページをめくり、そこに書かれてある内容を黙読する。周りにいる者たちの気配や小声などは全く気にしておらず、本を読むことだけに集中していた。その姿はまるで、誰もいない部屋で一人静かに読書をしているようだ。


「あの子、今日も此処に来てますね」

「ええ、三日ぐらい前から一人で来て、あんな風に本を読んでいるわ」


 本を読むノワールを見ながら少女と司書は少し驚いたような表情を浮かべる。二人はノワールが図書館に通う姿をよく見かけるので、いつの間にかノワールの顔を覚えていた。

 少女と司書に見られていることに気付いていないノワールは本を読み続けており、たまに難しい顔しながら顎に手を当てて開いているページを見つめている。少女はノワールの顔を見て、彼がどんな本を読んでいるのか次第に興味が湧いてきた。


「……あの子、何の本を読んでいるんですか?」

「あの子の本? 確か昨日と同じ本を借りたはずだったから……下級魔法のことが書かれた魔導書ね」

「えっ、魔導書?」


 司書からノワールが読んでいる本が何なのか聞かされた少女は僅かに力の入った声を出してしまう。静かな図書館では少女の声は大きく響き、それを聞いた他の住民や司書たちは一斉に少女の方を向く。しかし、ノワールだけは本を読み続けていた。

 少女は自分の声が周りに聞こえていることに気付くと、少し顔を赤くして口を押える。それを見た周りの住民や司書たちは読書と仕事を再開した。少女と会話をしていた司書も苦笑いを浮かべながら少女を見ている。


「ほ、本当にあんな小さい子が魔導書を読んでいるんですか?」


 今度は周りに迷惑を掛けないよう、少女は小声で司書に再確認した。司書は少女を見た後に視線を本を読んでいるノワールに向ける。


「ええ、初めて此処に来た時は普通の本を読んでたんだけだけど、昨日は魔導書を読むなんて言い出したから何かの冗談かと思ったわ。でも、貸したら一時間以上も読み続けたんで驚いたわよ」

「そ、そうなんですか……でも、魔導書は貴重な物なんでしょう? 子供に貸し出して大丈夫なんですか?」

「別に貸し出す本に年齢制限とかは無いわ。本を傷つけたり、盗んだりしなければ誰にでも貸し出せるから」


 幼い少年に魔導書を貸し出しても問題無い、そう司書から聞かされた少女は意外そうな表情を浮かべた。

 遠くで少女と司書が会話をしている間もノワールは魔導書を読み続けている。そんなノワールを少女と司書は黙って見つめていた。やがて、ノワールは読んでいた魔導書を閉じて机の上に静かに置く。


「……よし、これでこの本は完読っと」


 ノワールは微笑みながら呟き、魔導書を手に取ると椅子から降りて受付の方へと歩いていく。司書と少女は魔導書を持って近づいてくるノワールを黙って見つめていた。


「ありがとうございました」


 受付前まで来たノワールは持っていた魔導書を司書に差し出し、司書は小さな笑みを浮かべながら魔導書を受け取った。

 魔導書のような貴重な書物は司書のような図書館で働いている者が管理しているため、読む場合は司書に声を掛けて魔導書を出してもらう必要があるのだ。読み終えて返す場合も、司書に直接手渡しで返さないといけない。そして、魔導書を借りて、図書館の外に持ち出す場合は盗難を防ぐために名前のような個人情報を図書館側に細かく教える決まりになっている。


「今日はもう読まないの?」

「ハイ……と言うより、その魔導書はもう全部読んでしまいましたから、もう読まないと思います」

『……え?』


 ノワールの口から出た言葉に司書とノワールの隣に立っていた少女は思わず声を漏らした。


「ぜ、全部読んだって、これを?」

「……? ハイ」


 驚きながら尋ねてくる司書を見ながらノワールは不思議そうな顔で頷く。ノワールの答えを聞いた司書は大きく目を見開いた。


「ほ、本当に全部読んじゃったの?」

「ええ、記されていた下級魔法の情報も全部覚えました」

「そ、そんな! 大人でもこの本に書かれてある魔法を全部覚えるには五日は掛かるのよ。それを全部覚えるなんて……」


 司書は魔導書を開いて真意を確かめるかのようにページをめくっていく。信じようとしない司書を見たノワールは困ったような顔をしながら自分の頬を指で掻く。二人の会話を聞いていた少女は会話の内容についていけていないのか、まばたきをしながら二人を見ていた。


「まあ、覚えたと言っても、書かれてあった情報を覚えただけで、魔法自体を全て覚えたわけではありませんから……」

「いや、それでもたった二日でここに書かれてある情報を覚えるなんて、普通ではあり得ない事よ……」


 ページをめくりながら語る司書を見てノワールは思わず苦笑いを浮かべた。ダークから目立つ行動は控えろと言われていたのに、いきなり目立つ行動をしてしまったのでは、とノワールは心の中で後悔する。


「え~っと、とりあえず、今日はこれで失礼しますね」


 これ以上此処にいると騒ぎになるかもしれないと考えたノワールはそそくさと図書館の出入口へと向かう。残された少女と司書は去っていくノワールの姿を呆然としながら見ていた。


「あ、あの子、いったい何なんですかね?」

「分からないわ、魔導書を読んでいたことから、魔法使いであることは分かるけど……」


 二人はノワールが何者なのか分からずにまばたきをしながら遠くにいるノワールを見つめる。魔導書を短時間で完読し、記されている魔法の情報を全て覚えてしまうことから、ただの子供ではないと司書と少女は感じていた。


「……そ、それじゃあ、私も行きますね」


 少女は借りた本を抱えながら司書に挨拶をし、出入口の方へと歩いていった。司書も少女に挨拶をしてから自分の仕事に戻る。ノワールのことが気になるが、よほどの事情がない限りは利用者のことを詮索するのはご法度なので、気持ちを切り替えて仕事に集中した。


「どうかしたのか?」


 司書が仕事を再開しようとした時、一人の男が司書に近づいてきた。その男は肩の辺りまである金髪をした三十代半ばくらいの男で、司書が着ている服と似た恰好をしている。


「あっ、エンヴィクス館長」


 声を掛けてきた男を見て司書は小さな笑みを浮かべる。エンヴィクスと呼ばれた男も司書を見て笑みを返した。

 エンヴィクスはリマーン図書館の館長を務める男で、元六つ星冒険者の魔法使いである。魔法の腕と知識が優れており、人柄も良いことから数年前にリマーン図書館の館長を任された。既に冒険者を引退した身だが、魔法の腕は衰えておらず、大きな事件が起きたり、モンスターが町に攻め込んできた時は冒険者ギルドから救援を求められるほどだ。

 司書は姿勢を正してエンヴィクスの方を向いて軽く頭を下げる。そんな司書を見たエンヴィクスは手を前に出し、楽にしていいと目で伝えた。


「何やら会話をしていたようだったが、何かあったのか?」

「いえ、別になにも……」


 小首を傾げながら尋ねてくるエンヴィクスに司書は首を軽く横に振る。そんな司書を見ていたエンヴィクスは司書の手元にある魔導書を見つけ、それを手に取った。


「この魔導書、誰かが読んでいたのか?」

「あ、ハイ……さっきまで幼い少年が読んでいた者です」

「幼い少年?」

「ええ、三日ほど前から来るようになった子です。昨日その魔導書を読み始め、今日も同じ物を読んでいました」

「ほほぉ」


 小さな子供が魔導書に興味を持つことを意外に感じたのか、エンヴィクスは魔導書を持たない方の手を顎に当てる。


「……それでついさっき、その少年が魔導書を完読したと言って返却してきたんです」

「何っ? 完読?」


 司書の言葉にエンヴィクスは少し驚いた表情を浮かべる。少年が魔導書を完読したことに元六つ星冒険者の魔法使いだったエンヴィクスもさすがに驚いたのだろう。いや、エンヴィクス以外の魔法使いでも子供が短期間で魔導書を完読することには驚くだろう。


「……その少年は昨日からこの魔導書を読み始めたのだろう? 魔法使いでもない少年がたった二日で魔導書を完読するなどあり得ないことだ」

「いえ、その少年はローブを着ていましたので、恐らく魔法使いだと思います」

「何?」


 エンヴィクスは司書の説明を聞いて再び意外そうな表情を浮かべる。魔法使いであれば、魔法の知識があるので、魔導書に記されてある魔法の情報や文章の意味が理解できるので、読めるのは不思議ではないとエンヴィクスは納得した。

 だが、それでも幼い少年がたった二日で完読するのは無理だとエンヴィクスは確信しており、その少年が何者なのか興味が湧いていた。


「下級魔法が記された魔導書とは言え、それを僅か二日で完読してしまう子供か……どんな子供なのか、一度会ってみたいものだな」


 魔導書を持ちながらエンヴィクスは図書館の出入口がある方を見つめて呟く。司書は真剣な表情を浮かべるエンヴィクスを黙って見ていた。

 図書館を後にしたノワールは魔術区と大広場を繋ぐ街道の入口前に立っていた。ノワールは後ろを向いて、遠くに見える図書館を見つめる。


「フゥ、この町に来てまだ四日しか経ってないのに、いきなり注目されるようなことをしてしまった。此処で上手く情報収集をするためにも、これからは目立つ行動は控えないと……」


 先程の失敗を反省しながらノワールは同じ失敗をしてはいけないと自分に言い聞かせる。同時に主であるダークのために、全力で情報を集めようと考えた。

 ノワールは周囲を見回し、しばらく魔術区にいる町の住民たちを観察した。全員が笑いながら過ごしており、ノワールは平和だと感じる。


「いい町ですね……こんな町で事件が度々起こっているなんて、信じられないなぁ」


 両手を腰に当てながらノワールはルギニアスの町に来た日に見た恐喝とモルドールから聞いた情報を思い出す。人間と亜人が笑いながら共に暮らす町でどうして事件が多発するのか、ノワールは不思議で仕方なかった。

 もしかすると、平和そうに見えるこの町には何かとんでもない秘密があるのでは、そしてそれが自分たちが探し求めているLMFのプレイヤーと何か関係しているのでは、ノワールはそう感じる。だが、現段階では情報が少なすぎるため、そう判断することはできなかった。


「……とりあえず、もう少し情報を集めてから考えよう」


 今は情報を集めることに集中するべきだと判断しがノワールは考えるのをやめ、振り返った街道の入口の方を向いた。


「よし、次は聖教区に行ってみようかな」


 図書館で魔導書を読み終えたので、ノワールは次に聖教区へ向かうことにした。既にモルドールに一通りルギニアスの町を案内されているが、町の全てを見た訳ではないので、もう一度見て回ろうとノワールは考えているようだ。

 ノワールは振り向いてもう一度魔術区を見てから前を向き、聖教区に向かって歩き出した。

 大広場に出たノワールは真っすぐ聖教区へと向かう。聖教区と大広場を繋ぐ街道は人気が少なく、たまに住民を見かけるくらいだ。そんな静かな街道をノワールはのんびりと歩く。

 街道を出たノワールはザファンデルス教会がある広場にやって来た。そこには教会で祈りを捧げるために多くの住民が集まっている。だが、今日は何かが違っていた。


「……今日は昨日と比べて大勢の人が教会の前に集まっているなぁ」


 ザファンデルス教会の前には大勢の住民が集まって騒いでいる光景を見て、ノワールは不思議そうな顔をする。

 ルギニアスの町に来た日から今日まで、何度かザファンデルス教会がある広場を覗いたことがあるが、今回のように大勢の人が教会の前に集まるとは無かったので、ノワールは何かあったのかと小首を傾げた。

 ノワールがザファンデルス教会を見つめていると、大勢の住民が広場に入ってきて教会の方へ歩いていく姿が目に入る。全員が笑みを浮かべており、ノワールはまばたきをしながら住民たちを見ていた。


「あのぉ、これから教会で何かあるんですか?」


 近くを通りかかった老婆にノワールは声を掛ける。すると老婆は立ち止まり、笑顔のままノワールの方を向いた。


「ああぁ、今日はオウス司教が神様と交信される日なのよ。皆、神様のお声を聞くためにザファンデルス教会に集まっているの」

「神様の声?」


 老婆の話を聞いたノワールは僅かに目つきを変えて呟く。ルギニアスの町に来た日にモルドールから神の声を聞ける司教がいると聞いたのを思い出し、そのオウスと言うのがモルドールの言っていた司教なのかと俯きながら考える。


「どうかしたの、坊や?」

「……いえ、何でもありません。呼び止めてしまってすみません」


 考え込んでいたノワールは顔を上げると笑みを浮かべ、もう行ってもいいと言われた老婆は不思議そうな顔でノワールと見てからザファンデルス教会の方へ歩いていく。一人残ったノワールは再び俯いて考え込み、チラッと教会の方を見る。


「神様の声が聞こえる司教……ちょっと覗いてみようかな」


 ノワールは司教の姿を確認するため、ザファンデルス教会の方へと歩き出す。神の声を聞くことができるなど、普通の人間ではあり得ないことだ。それができるほどの力を持っているのなら、司教がLMFのプレイヤー、もしくはプレイヤーと繋がるを持っている可能性があると考えていたのだ。

 ザファンデルス教会の前には既に五十人以上の住民が集まって教会の入口を見ている。住民の中には人間だけでなく亜人もおり、老若男女、色んな住民がいた。その中でノワールは黙って教会を見つめている。

 しばらくすると、教会の入口が開き、中から初老の男が現れた。灰色の短髪と同じ色のフルフェイスの髭を生やし、神官のような恰好をした六十代前半くらいの男で、穏やかそうな表情をしている。

 初老の男が出てくると、集まっている住民たちがざわつき始める。どうやら初老の男がオウスと言う司教のようだ。


「皆さん、静粛に」


 オウスが右手を上げながら住民たちに声を掛ける。ざわついていた住民たちはオウスの声を聞いた途端に一斉に黙り込んだ。ノワールは一声で住民たちを静かにさせるオウスを見て、彼が住民たちからとても信頼されているのだと分かった。

 住民たちが静かになると、オウスは集まっている住民たちを見てから、両手を胸の前で合わせて微笑みを浮かべる。


「皆さん、今日は神の御声を聞くために集まっていただき感謝します。神に代わってお礼を言わせてください」


 手を合わせながらオウスはゆっくりと頭を下げ、それを見た住民たちも小さく声を出しながら手を合わせた。

 オウスはルギニアスの町に存在する全ての教会、神殿の管理を任されているルギニアスの町最高の聖職者だ。回復魔法や光属性の攻撃魔法を扱うことができ、神への信仰心も高いことから多くの同業者たちに慕われている。信仰心が高いことから神の声を聞くことできると語り、それを信じる住民たちからも頼りにされていた。

 挨拶が済むと、オウスは集まっている住民を一人ずつ自分の前まで来させた。オウスは神と交信する日には集まっている住民たちは悩みを聞き、その悩みに対する助言を神から聞いて、それを住民に伝えることにしていたのだ。

 オウスは住民たちの悩みを聞いては神の言葉を伝え、助言を受けた住民たちはオウスと神に感謝をしながら帰っていく。その様子をノワールは遠くから黙って見ている。そんな中、先程ノワールが声を掛けた老婆がオウスの前にやって来た。やはり老婆もオウスに悩みを相談するためにザファンデルス教会に来たようだ。


「司教様、最近私の息子夫婦が借金を抱えて生活が苦しくなっているのです。必死に働いているのですが、なかなか借金が無くならないのです」

「家庭の問題ですか、これはある意味で大変なことですね」

「私はどうすればいいのでしょう? どうか救いの言葉をお授けください」


 老婆は手を合わせながらオウスに助けを求める。オウスは老婆をしばらく見つめると、ゆっくりと目を閉じて自分の手を合わせた。


「分かりました。では、神と交信して御声を聞いてみましょう」


 オウスは目を閉じたまま上を向き、何かと心を通わせるような様子を見せる。老婆や他の住民たちはそんなオウスを黙って見守っていた。ノワールも真剣な表情を浮かべながらオウスを見つめている。

 しばらくすると、オウスは下を向き、ゆっくりと目を開けて老婆を見る。老婆はオウスと目が合うとまばたきをしながら彼の顔を見た。


「……『今は辛い日々を送ることになるかもしれないが、家族と手を取り合えば必ず幸福が訪れる。決して諦めてはならない』、と神は仰りました。ですから、貴女はくじけずに息子さんを支えてあげてください。そうすればきっと明るい未来がやって来ます」

「おおぉ、ありがとうございます」


 微笑むオウスを見て老婆は泣きそうな声を出しながら礼を言う。近くにいる他の住民たちもオウスを通して聞いた神の言葉に声を漏らす。


「ああぁ、それともう一つ、貴女の息子さんの子供、つまりお孫さんは最近劇場区に通っておられますね?」

「ど、どうしてそれを?」

「これも神の御声です。お孫さんには借金の返済に関わらせないほうがいいでしょう。若いうちに借金の苦しみを背負うと将来に影響が出ますからね」

「わ、分かりました」

「それから、これからもお孫さんを劇場区へ行かせてあげた方がいいと神は仰っておりました。好きなことをさせてあげれば家族に感謝をし、イザという時に貴女たちを助けてくれるでしょう」

「し、しかし、孫が劇場区へ遊びに行ってしまうとその分お金が……」

「神を信じるのです。今は大変でしょうが、神を信じればきっと、貴女がたは救われます」


 オウスは少し強引な言い方で老婆を説得する。老婆は少し不安そうな様子を見せながら黙り込むが、神の言葉なら信じようという気持ちが強く、オウスの言うとおりにしようと考えた。


「……分かりました、神の御言葉に従います」

「神も私も貴女がたの幸せを願っています。もしまた何かあれば、この教会にいらしてください」


 老婆は頭を下げるとオウスの前から移動して自宅へと帰っていく。老婆が去ると、次の住民がオウスの前に来て自分の悩みを打ち明けた。


「……皆さん、神の言葉とやらで勇気づけられたり、導かれたりされているんですね」


 ノワールはオウスに悩みを聞いてもらう住民たちを見ながら呟く。悩みを聞いてもらった住民の殆どは神の言葉を授かったことで安心したのか笑顔を浮かべていた。

 住民たちを見ていたノワールは視線をオウスへと向ける。オウスは優しげな笑顔のまま住民たちの話を聞いていた。


(神の声を聞くことができる司教、あの人がLMFのプレイヤーである可能性はある。だけど、証拠が何もないのにそう決めつけることはできない。もう少し情報を集めないと……)


 心の中で証拠を探そうとノワールは呟き、オウスと住民たちのやりとりを眺める。しばらく眺め、ある程度オウスを観察したノワールは聖教区の別の場所を見に行くために大広場の奥に向かって歩いていく。

 ノワールがザファンデルス教会から離れていく間も、オウスは住民たちの悩みを聞き、神の言葉を伝えている。住民たちの悩みを聞きながら、オウスは広場の様子を窺った。


「ほほぉ、まだまだ大勢の住民がいるな」


 オウスは近くいる住民に聞こえないくらい小さな声で呟く。自分を見ながら神の声を聞かせてください、と言いたそうな顔をする住民たちを見て、オウスは小さく笑みを浮かべている。


(神の声を聞くためにこれ程の住民が集まるとは。この調子ならすぐに……)


 住民たちを見ながらオウスは心の中で呟く。この時のオウスは何かを企んでいるような不敵な笑みを浮かべていた。だが、その笑みは小さく、集まっている住民は誰一人気付いていない。


「司教様、どうかされましたか?」


 オウスが集まっている住民たちを見ていると、彼の前にいる老人が声を掛けてきた。話しかけられたオウスはフッと我に返り、再び優し気な笑みを浮かべて老人を見る。


「……いいえ、何でもありません」

「そうですか……」

「それで、貴方は今回、どうして此処に?」

「あ、ハイ、実は……」


 老人は小さく手を震わせながら自分の悩みをオウスに伝える。オウスは笑いながら老人の話を聞くとうんうんと頷き、悩みを聞き終わると神と交信して神の言葉を老人に伝えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ