第二百二十七話 四元魔導士と無法集団
ルギニアスの町の北にある王城区、その奥には町の何処からでも確認できるくらい大きな王城が建っていた。王城は分厚い城壁で囲まれており、城壁の上には通路と複数の見張り台がある。そこには大勢の兵士と魔法使いの姿があり、王城の周りを見張っていた。
王城には庭園や兵士たちが使う訓練場のような場所があり、兵士や魔法使いたちはその中も巡回して異常が無いか調べている。首都であるルギニアスの町の中心部というだけあって、最高と言える警備レベルだった。
そんな王城の中にある一室、天井からはシャンデリアが吊るされており、奥には玉座が置かれ、その後ろにはマルゼント王国の紋章が描かれてあった。
「そうか、今週は十件以上の事件が起きたか……」
玉座には茶色の短髪で高貴な服装をした三十代後半ぐらいの中年の男が座っており、男は深刻そうな顔で俯く。玉座に座っていることから、彼がマルゼント王国の国王のようだ。そして、玉座の脇には金髪のロングヘアーで純白のドレスを着た美しい美女が立っている。ただ、その美女の耳は人間のものとは違い尖っていた。
俯いていた国王がゆっくりと顔を上げて前を見ると、そこには四人の男女が並んで立っていた。一人は金色の短髪をした二十代後半ぐらいの青年で、赤と黒が入って白い長袖と同じ色の長ズボンという恰好をしている。二人目は銀色の虎の顔をした亜人で、黄色と黒が入った白い半袖と同じ色の長ズボン、白い手袋をした姿をしていた。
三人目は水色の短髪で青と黒が入った白い長袖と同じ色の長ズボンという恰好をし、小さめの白いマントを装備した二十代半ばくらいの青年だ。そして、四人目は銀髪のショートボブで黄緑と黒が入った白い半袖を着て、同じ色の長ズボンを穿いた少女、モナ・メルミュストだった。
そう、国王の前に立っている四人こそ、マルゼント王国でも最強クラスの実力を持つ国王直属魔法使い、四元魔導士なのだ。
「申し訳ありません、私どもがいながら……」
金髪の男は頭を下げて国王に謝罪し、他の三人も同じように頭を下げた。どうやら四元魔導士たちは何か重要な任務を与えられていたのだが、良い結果を出せていないため、国王に謝罪をしているようだ。
実は最近、ルギニアスの町の至る所で様々な事件が起きているのだ。事件の内容は恐喝や窃盗、暴行と言った軽いものだが、それが数日間連続で起きるようになっているため、国王は四元魔導士や軍に町の警備をさせていた。
しかし、四元魔導士や軍が動いても事件の発生率は一向に下がらず、国王や四元魔導士は困り果てていた。今は町で起きている事件についての報告会議を行っているところだったのだ。
「いいや、お前たちのせいではない」
謝罪する男に国王は慈悲深い言葉を掛け、男たちは一斉に顔を上げて国王を見つめた。その表情からは自分たちを責めない国王の優しさに感謝する気持ちが感じられる。
「もう少し町の警備を強化するしかないな。あとは冒険者ギルドに依頼を出し、事件の発生率を下げることぐらいしかできんか」
四元魔導士が見つめる中、国王は目を閉じながら低い声で呟く。
彼の名はルッソ・オムダール・コルジムト、マルゼント王国の十八代目の国王だ。正義感が強く、慈悲深い性格をしており、人間と亜人はお互いに助け合い、共に生きていくべきだという思想を持っている。そのため、人間だけでなく、亜人の国民からも信頼されており、彼も自分を信じてくれる国民が幸せに暮らせよう力を尽くそうと考えていた。
「陛下、あまり根を詰めてはお体に障ります。ご無理だけはなさらないでください?」
「ああ、分かっている。心配をかけてすまないな、フランディア」
玉座の脇に立つ美女がルッソに声を掛け、ルッソは自分を気遣ってくれる美女をフランディアと呼びながら小さく笑う。
彼女はフランディア・ファルファム・コルジムト、マルゼント王国の王妃であるハイ・エルフだ。見た目は二十代前半くらいだが、実年齢は百歳を超えており、夫のルッソよりも長生きしている。ルッソと同じで慈悲深い性格をしており、国民が国の宝だと考えていた。更にハイ・エルフであるため、魔力が高く、魔法の腕は四元魔導士より上ではないかと言われている。
ルッソはフランディアの顔をしばらく見た後、真剣な表情を浮かべて視線を四元魔導士に向ける。ルッソの表情を見た四元魔導士も表情を鋭くして姿勢を正した。
「モナ、今回町の警備の指揮はお前が執っていたな? 何か大きな事件とかは起きなかったか?」
「いいえ、先程お話しした恐喝の件以外は目立った事件は起きていません。別行動を取っていた兵士たちからも大きな事件は起きていないと聞きました」
「そうか……今は大きな問題は起きていないかもしれないが、このままだと何時かはとんでもない事件が起きてしまうかもしれん。そうなると住民たちが安心して生活することもできなくなる。それを防ぐためにも、お前の知恵を貸してほしい」
「お任せください!」
真剣な表情のまま頼むルッソを見てモナは若干力の入った声で返事をする。そんなモナを見ながらルッソは無言で頷いた。
モナ・メルミュストは四元魔導士の中でも最年少の少女で、風属性の魔法を得意とするウインド・ウィザードの職業を修めている。周りからは<疾風のモナ>と呼ばれ、レベルも43とそこそこ高く、並の敵なら楽に倒せる力を持つ。更に若くしてマルゼント王国の軍師を任されており、彼女の知識をルッソや同じ四元魔導士の仲間は高く評価していた。
「しかし、ここまで多くの事件が起きるとは、もしかするとアイツらが関わっているかもしれないな」
金髪の男が腕を組みながら呟き、それを聞いたルッソやモナたちは目を若干鋭くして視線を金髪の男に向ける。
「……ハッシュバル、やはり貴方も彼らが関係していると思っているのですね?」
モナが若干低い声で尋ねると、ハッシュバルと呼ばれた金髪の男はモナの方を向く。
「貴方も、ということは、お前もそう思ってるのか?」
「ええ、これまで起きた事件は大きくはありませんが、事件の発生数が多く、次の事件が起きるまでの間隔が短すぎます。しかも犯人を捕らえることも特定することもできていません。となると、これまでの事件は全て彼らが引き起こしている可能性が高いと私は考えています」
「……もし本当に奴らが引き起こしているのなら、ただ警備を強化するだけではなく、色々と調査をする必要があるな」
話を聞いたハッシュバルは腕を組むのをやめ、顎に手を当てながら難しい表情を浮かべた。
ハッシュバル・ベスベリグ、四元魔導士のリーダーを務める男でファイヤ・ウィザードを職業にしている男だ。レベルは47で四元魔導士の中でも最大のレベルと攻撃力を持ち、炎で敵を吹き飛ばすことから<爆炎のハッシュバル>と呼ばれている。マルゼント王国では王族の護衛を任されており、王族に対する忠誠心は強い。
難しい顔で考え込むハッシュバルを見て、モナも同じように難しい顔で考える。すると、モナとハッシュバルの会話を聞いていた水色の短髪をした男が笑いながら二人の話しかけてきた。
「二人とも、考え過ぎじゃないのか? いくら事件が連続で起きているからって、アイツらが事件を起こしているとは考え難いだろう?」
「何を言っているんだ、マチス。奴らだからこそ、これだけ多くの事件を短時間で起こすことができるんじゃないか」
「だが、アイツらがやったっていう証拠は無いんだろう? 証拠や細かい情報が無いのに犯人だと決めつけて調査の方針を変えたら、兵士たちが混乱して調査が上手くいかなくなり、余計に解決が遠のいてしまうんじゃないのか?」
ハッシュバルはマチスと呼ばれた男を目を鋭くしながらジッと見つめる。確かに彼の言うとおり、証拠や情報が無い状態で別の対象を犯人や関係のある存在と決めつけて調査の仕方を変えれば、混乱が生じて余計に犯人の特定や事件の解決が難しくなってしまう。マチスの言っていることに一理あると感じたハッシュバルは言い返せなかった。
マチス・リーバーシス、水属性の魔法を得意とするアクア・ウィザードを職業にしている男で、四元魔導士の中では少々軽い性格をしている。性格は軽いが、レベルは45と高めで、魔法の技術も優れており、モナほどではないがそれなりに頭が切れるため、四元魔導士に選ばれた。仲間たちからは<激流のマチス>と呼ばれ、ルギニアスの町の防衛部隊の指揮を任されている。
「確かに、証拠や情報が無い状態で彼らが事件を起こしていると決めつけることはできません。しかし、関わっている可能性は十分あります。ですから、今後は事件の解決や防止だけでなく、彼らに関する情報集めも行った方がいいでしょう」
「そうだな。人材は町の巡回をする兵士たちの中から何人かを抜いて、情報集めに回せばいいだろう」
モナが今後の方針について話していると、銀色の虎顔の亜人が同意して情報集めをする隊の編成について語る。ハッシュバルも亜人の方を向いて無言で頷いた。
「ダンバ、お前まで奴らが事件を起こしてるって言うのか?」
「勿論だ、ハッシュバルの言うとおり、これほど連続で多くの事件を起こすなんてことは、奴らだからこそ……いや、奴らにしかできないと私は考えている」
小さく笑いながら話しかけてくるマチスを見て、ダンバと呼ばれる亜人は低い声で答える。ダンバの話を聞いたマチスは鼻で笑いながらそっぽを向いた。
ダンバ・タイザリガス、四元魔導士の中で唯一の亜人で、ティガーマンと呼ばれる虎が二足歩行したような姿をした種族だ。職業には土属性魔法を得意としたアース・ウィザードを修めており、マルゼント王国では<地脈のダンバ>という異名を持つ。彼はルギニアスの町に存在する亜人たちの居住区の管理を任されている。レベルは44で、四元魔導士の中で最高の防御力を持つ。
モナたちの会話の内容からして、その奴らというのは何らかの集団、もしくは組織のようだ。それも四元魔導士が注意するほどの力を持っていると思われる。
四元魔導士は各々が思っていることを口にしながら、今後のルギニアスの町の警備方針についてい話し合う。ルッソとフランディアはそれを黙って見守っていた。やがて、話し合いが終わると、四元魔導士はルッソの方を向き、ルッソも四元魔導士と目が合うと表情を鋭くする。
「陛下、これまで起きた事件は奴らが引き起こしていると考え、奴らに関する情報収集を行う部隊を編成し、情報を集めさせます。町の方もこれまでどおり、厳しく注意しながら巡回を行うつもりです」
「ウム、その点はお前たちに任せる。どうか、お前たちの力でこの町の民を守ってほしい」
「ハッ! 四元魔導士の名にかけて」
町の治安を任され、ハッシュバルは一礼しながら返事をし、モナたちも揃って頭を下げる。ルッソは真剣な表情で四元魔導士を見つめ、フランディアは無理はしないでほしいと、心の中で思いながら四元魔導士を見ていた。
報告会議が終わると、四元魔導士は玉座の間を後にし、それぞれ自分の仕事場へ戻って行く。モナも町の巡回へ戻るため、長い廊下を歩いて王城の出入口へと向かっている。出入口へ向かうまでの間、モナは町で起きる事件をどうすれば未然に防げるのか、対策を考えながら歩いていた。
「おい、モナ」
歩いていると背後から男の声が聞こえ、モナは考えるのをやめて振り返る。そして、自分の方へ歩いてくるハッシュバルの姿を確認した。
「どうかしましたか?」
「ああ、お前の聞いておきたいことがあってな」
ハッシュバルはモナの前まで来ると立ち止まり、真剣な顔でモナを見つめる。モナも、自分よりも若干背の高いハッシュバルは見上げながら真面目な表情を浮かべた。
「お前、さっきの報告会議で奴らがこれまでの事件を引き起こしている可能性が高いと言ったな?」
「ええ」
「もし奴らが事件を起こしているとしたら、奴らの目的はいったい何だと思っているんだ?」
報告会議で話題になった存在が何のために事件を起こしているのか、ハッシュバルはその動機が分からず、頭の切れるモナに尋ねに来たのだ。モナはハッシュバルの問いを聞くと目を閉じて小さく俯く。
正直、モナも動機は分かっていない。だが、その話題となった存在が事件を起こすには必ず何かしらの動機があるはずだとモナは考えていた。
「今の段階では何も分かりません。ですが、マルゼント王国の首都であるこのルギニアスの町でこれほど多くの事件を引き起こしているのです。少なくとも、ただ町を混乱させるためだけにこんなことはしないでしょうね」
「だろうな、奴らはかなり巨大な存在だ。ならず者が考えるようなつまらない理由でこんなことはしないだろう」
ハッシュバルは腕を組みながら謎の存在の思考について考え、モナも目を開けると、俯いたまま左手を腰に当て、右手の親指と人差し指で顎を摘まみながら難しい表情を浮かべる。
「とにかく、今は少しでも彼らの情報を集め、彼らがこれまでの事件を引き起こしたかどうかの真意を突き止めることが重要です。そして、もし彼らが引き起こしたのであれば、その理由を何としても突き止めなくてはなりません」
モナは顔を上げるとハッシュバルを見上げながら少し力の入った声を出す。なぜ事件を引き起こすのか、その理由を突き止めることができれば、対策を練ってこれから起きるかもしれない事件を防ぐことができるかもしれないとモナは考えていたのだ。
「ああ、分かっている。すぐに情報収集の部隊を編成して情報を集めさせるさ。幸い、奴らはこの首都の何処かに潜んでいるんだからな」
ハッシュバルは目を少し細くしながら低い声を出し、そんな彼の言葉を聞いたモナは無言で頷く。
実は、モナたちが話していた謎の集団は今彼女たちがいる首都ルギニアスの町の何処かに潜んでおり、モナたちはその事実を既に掴んでいたのだ。だが、潜んでいることは分かっていても、何処にいるのかまでは分かっておらず、モナたちは何もできずにいた。
「もし、次に何か事件を起こしている人がいれば、どんな手を使ってでもその人を捕らえ、彼らと繋がりがあるかを聞き出すつもりです」
「フッ、可愛い顔をしているのに恐ろしい発言をするな?」
「私はこの国とルッソ陛下をお守りする四元魔導士ですよ? 当然じゃありませんか」
「確かにそうだな」
「ハァ……こんな事ならさっき遭遇した男たちを捕まえておくべきでした」
腕を組みながら呟くモナを見てハッシュバルはやれやれ、と言いたそうに苦笑いを浮かべる。
その後、二人は廊下の真ん中で謎の存在に関する情報の集め方、事件が起きた時にどのように動くかを確認するように話し合った。その会話を少し離れた所にある曲がり角の陰からダンバが聞いているが、二人は彼の存在に気づいていない。
――――――
その日の深夜、住民たちは既に寝静まり、町は静寂に包まれている。この時間に起きているのは、町の警備をする兵士か深夜の依頼を受けた冒険者ぐらいだ。しかし、深夜に仕事をしようと考える冒険者は滅多におらず、この時も町の中にいるのは巡回中の兵士だけだった。
誰もいない静かで暗い街道を一人の人影が歩いている。丼鼠色のフード付きマントを纏い、顔はフードで隠れていた。更に口元も灰色のマスクのような物を付けているので見えず、男か女かも分からない。ただ、明らかに普通ではない怪しい雰囲気を漂わせていた。
人影は警備をしている兵士と出くわさないよう、周囲を警戒しながら歩き、町の中心にある大広場に出る。そこは見晴らしがよく、もし兵士がいれば簡単に見つかってしまうほどだった。
街道の入口前に立つ人影は辺りを見回して兵士がいないのを確認すると、早足で大広場の中央へ向かう。そして、中央に建てられている記念碑の前にやって来ると、しばらく記念碑を見つめてからそっと右手を記念碑にかざした。
すると、記念碑に彫られていた文字の一部が光りだして記念碑が低い音を立てながらゆっくりと後ろに下がり、その下から下り階段が姿を現す。人影は階段を静かに下りていき、人影が薄暗い地下へ消えると、記念碑が再び動き出して階段を隠した。
地下へと続く長い階段をしばらく下りていくと、人影は広い部屋に出る。そこは体育館の半分くらいの広さの部屋で、壁に無数の松明が取り付けられた薄暗い場所だった。部屋には地上の入口へ繋がる階段以外に奥と左右に一つずつ扉があり、扉の前には見張りと思われるガラの悪い男が二人ずつ待機している。
人影は奥にある扉の方へと歩いていき、扉の前まで来ると、見張りの男たちが素早く姿勢を正した。
「既に全員が揃っています。お入りください」
見張りの男の一人が扉を開けると、人影は無言で部屋に入った。そこには十二畳ほどの広さの暗い部屋があり、部屋の中央には三本の蝋燭が立てられた蝋燭台が置かれた円卓がある。そして、その円卓を囲むように五つの椅子が置かれており、一番奥の椅子以外の四つの椅子にはフード付きマントを纏った人影が四人座っていた。
円卓についている人影たちのフード付きマントはそれぞれ、赤茶色、抹茶色、黄土色、紺色と四色に分けられている。四人を見た丼鼠色のマントの人影は無言で円卓の方へと歩いていき、空いている一番奥の椅子に座った。
丼鼠色のマントの人影が座った椅子の後ろには不気味なモンスターの顔の絵が描かれた布が張り付けられている。そのモンスターは頭に曲がった角を六本生やし、蜘蛛のような丸い目を五つ持ち、カミキリムシのような口をしていた。暗い部屋に不気味な絵が描かれた布を壁に貼り付けられ、怪しい人影が集まっている。その雰囲気からして、此処は何かの組織の秘密基地のようだ。
「待たせたな」
円卓につく四人を見ながら丼鼠色のマントの人影は四人に声を掛ける。その声は低く、機械のような声なので、男なのか女なのか分からなかった。
「問題ありませんよ、我々も少し前に来たところなので」
丼鼠色のマントの人影から見て、右奥の席についている抹茶色のマントの人影が答える。顔はフードで隠れていて見えないが、口元はハッキリと見えていた。声からして、この抹茶色のマントの人影は三十代くらいの男のようだ。
他の三人も顔はフードで隠れていて見えないが、口元はちゃんと見えている。ただ、丼鼠色のマントの人影だけはマスクをしているため、口元も見ることはできない。
「さて、全員揃ったわけだし、そろそろ報告会議を始めるとするか」
抹茶色のマントの男の左の席、つまり丼鼠色のマントの人影の右手前の席についている紺色のマントの人影が腕を組みながら、低い声で会議を始めるよう語る。口の周りには灰色のフルフェイスの髭が生えているため、紺色のマントの人影も男、それも声からして年配者みたいだ。
「始めるって言っても、これと言って大きな変化や問題は何も無いんだよねぇ? その場合は何を報告すればいいの?」
丼鼠色のマントの人影から見て左手前の席についている赤茶色のマントの人影が面倒くさそうな口調で周りに尋ねた。声の高さと体形から、赤茶色のマントの人影は若い女と思われる。
「なんでもいい、小さなことでも我々の活動に支障が出そうなことならな」
「その小さなことすら無いんだよ。アタイが担当している所は最近静かでさぁ……と言うか、アタイはあんまり外に出ないから、そう言った情報も得られないんだよねぇ」
抹茶色のマントの男の方を見て、赤茶色のマントの女は椅子にもたれながら答える。そんな態度を見て、抹茶色のマントの男は呆れたのか、溜め息をつきながら小さく俯いた。
「そう言えば、今日の正午、お前が担当している場所でちょっとした騒ぎがあったそうだな?」
紺色のマントの男はそう言って黄土色のマントの人影の方を向く。他の三人もそれを聞くと一斉に黄土色のマントの人影の方を見た。
「別に大したことではない。うちが管理している馬鹿どもが小遣い稼ぎのためにビンボー人を甚振っていただけだ」
全員が注目する中、黄土色のマントの人影は足を組みながら低い声を出す。どじょう髭を生やし、服の上からでもハッキリと分かる出腹、黄土色のマントの人影はかなり太った中年男らしい。
「そのこと自体には大した問題ではない。ただ、噂ではその馬鹿どもが四元魔導士の一人と接触したそうじゃないか?」
「!」
抹茶色のマントの男の言葉に黄土色のマントの男は反応し、驚いたように閉じていた口を僅かに開く。その反応を見て紺色のマントの男と赤茶色のマントの女は本当か、と言いたそうにピクリと反応する。マルゼント王国国王直属の魔法使いと接触したとなれば、さすがに聞き捨てならないと二人は感じた。
部屋の中が静まり返り、四人は黙って黄土色のマントの男を見つめている。すると、黄土色のマントの男は小さく笑いながら椅子にもたれ、自分の髭を指でいじりだす。
「な、何も問題は無い。四元魔導士と接触しただけで、捕まったりなどはしていないからな」
「たとえ捕まっていなくても、顔を見られたのなら王国側がソイツらを我々の仲間だと考え、探し出すために動くかもしれないだろう。もし、ソイツらが見つかって軍に捕まり、我々の情報を喋れば面倒なことになるかもしれないだろう」
「フン、何を大袈裟な。一度だけ、しかも一瞬しか見ていない顔を覚えられるはずがないだろう。覚えられないということは、あの馬鹿どもが捕まることは無い。つまり、私たちの活動には何の支障も出ないということだ」
黄土色のマントの男は抹茶色のマントの男の心配を気にすることなく、余裕の態度を取り続けている。抹茶色のマントの男は危機感のない黄土色のマントの男を見て小さく舌打ちをした。
「……いや、そうとも限らないぞ」
黙っていた丼鼠色のマントの人影が呟き、それを聞いた四人は一斉に丼鼠色のマントの人影の方を見る。
「それはどういうことだ?」
紺色のマントの男が尋ねると、丼鼠色のマントの人影は円卓の上に両肘を突き、両手を口元に持ってきて指を絡ませる。その手や腕は手袋と長袖で隠れているため、肌などは見えない。
「その馬鹿な男どもと接触したのは四元魔導士の中でも最高の知能を持つ者、モナ・メルミュストだ」
「モナ・メルミュスト? この国の軍師を任されているという小娘か?」
「そうだ」
紺色のマントの男の質問に丼鼠色のマントの人影は頷きながら答える。それを聞いた赤茶色のマントの女は少し驚いた反応を見せた。
「ちょっとちょっと、それってヤバくない?」
「ヤバい、とまでは言わないが、面倒なのは間違いないな」
「うへぇ~」
丼鼠色のマントの人影の答えを聞いた赤茶色のマントの女は椅子にもたれる。抹茶色のマントの男と紺色のマントの男も口元を僅かに動かして黙り込んだ。
「な、何がそんなに面倒なのだ?」
黄土色のマントの男は話の内容が理解できずに困惑しながら尋ね、赤茶色のマントの女は理解できていない黄土色のマントの男の方を向いて呆れたような反応をする。抹茶色のマントの男と紺色のマントの男も呆れたのか、俯きながら軽く溜め息をついた。
三人が黄土色のマントの男に呆れていると、丼鼠色のマントの人影は黄土色のマントの男の方を見ながら口元にある両手を円卓の上に置いた。
「モナ・メルミュストは四元魔導士の中でも特に頭の回転が速く、勘の鋭い女だ。そんな奴が今日接触した男どもと何処かで偶然再会したら、どうなると思う? ……たとえ顔を一瞬しか見ていなくても、勘の鋭い奴ならすぐに一度会ったことがある男たちだと気付き、ソイツらを捕らえるはずだ。そうなったら、我々の情報が王国側に知られ、いずれは我々まで辿り着く」
「つまり、モナ・メルミュストがその馬鹿な男どもと再会してしまうと、我々の秘密が王国側に知られてしまうということだ」
丼鼠色のマントの人影の言いたいことを紺色のマントの男が短く、そして分かりやすく話し、それを聞いた黄土色のマントの男はようやく自分たちが危うい状況にあるのだ気付く。
「そんな馬鹿な、そんなことで王国側に気付かれてしまうというのか?」
「だからヤバいって言ってるんだよ」
赤茶色のマントの女は隣で動揺する黄土色のマントの男を見ながら呟き、それを聞いた黄土色のマントの男は更に動揺を見せる。
「ど、どうすればいいんだ!?」
「落ち着け、要はその男どもがモナ・メルミュストと再会しなければいいだけのことだ」
「だ、だからどうすれば……」
「……そのモナ・メルミュストと接触した男どもを消せばいい。もしくは、人目のつかない場所に監禁しておけばいいんだ」
丼鼠色のマントの人影は黄土色のマントの男を見ながら冷たい言葉を口にし、それを聞いた黄土色のマントの男は一瞬驚きの反応を見せる。他の三人は丼鼠色のマントの人影が何と言うのか予想していたらしく、驚くことなく丼鼠色のマントの人影を見ていた。
「……そ、そうか、奴らがモナ・メルミュストと会わなければいいのだな? よし、それならすぐにあの馬鹿どもを処分させよう!」
「フッ、さっきまで動揺していた奴が解決策を聞いた途端に余裕を見せるとは、単純な性格をしているな。どうしてお前のような男が我々に仲間になれたのか不思議でしょうがない」
「うるさい!」
抹茶色のマントの男から嫌味を言われ、黄土色のマントの男は声を上げる。その様子を見た赤茶色のマントの女はニッと笑みを浮かべ、紺色のマントの男は腕を組みながら黙って俯いていた。
「では、男どもの始末は任せるぞ?」
「ああ、任せてくれ」
丼鼠色のマントの人影から男たちの処分を頼まれ、黄土色のマントの男はニッと歯を見せながら笑みを浮かべた。
「……では、次に王国側の動きについて話しておこう」
男たちの話が終わると、丼鼠色のマントの人影は話題を変え、四人は口を閉じて丼鼠色のマントの人影に注目する。
「新しく入った情報によると、王国側は既に今日まで町で起きた事件に我々が関与している可能性が高いと考えており、明日から兵士を巡回させるだけでなく、我々の情報を集める部隊を編成して町中で情報を集め始めるそうだ」
「やはりな、連中も馬鹿ではないということか」
「そうかなぁ? 今頃になってアタイらが関わっているって気付いてるんだから、アイツらは十分馬鹿だと思うけど?」
紺色のマントの男の言葉を聞いた赤茶色のマントの女は椅子にもたれながら王国側を小馬鹿にする。黄土色のマントの男も同感なのか、自分の髭を整えながらニヤニヤと笑っていた。
「奴らが利口なのか、馬鹿なのかはこの際どうでもいい。重要なのは奴らの監視がこれまで以上に厳しくなるということだ。監視が厳しくなれば、その分我々も活動し難くなる」
「どうしますか?」
「しばらくは大きな騒ぎを起こさないようにするしかないだろうな」
抹茶色のマントの男の質問に答えた丼鼠色のマントの人影はゆっくりと椅子にもたれる。四人も監視が厳しくなるのなら、派手に動くのは控えるしかないと考え、反対すること無く丼鼠色のマントの人影を見つめた。
「新しい情報が入り次第、連絡員を送り込む。それまでは警戒して行動するよう、各自部下たちに伝えておけ」
丼鼠色のマントの人影の指示を聞いて四人は無言で頷く。これまでの会話の内容と五人の接し方から、丼鼠色のマントの人影が四人のリーダーのようだ。
「……伝えなくてはならない情報はこれで終わりだ。あとは、各自が担当している場所の状況や資金調達などについて報告してもらう」
「ではまず、儂から報告するとしよう……」
紺色のマントの男は腕を組むのをやめると報告を始め、他の四人は静かに話を聞いた。