第二百二十六話 首都ルギニアス
モルドールに案内され、ノワールとヴァレリアは町の奥へと移動する。街道を歩いていると、途中で様々な種族の亜人とすれ違い、そんな亜人を見たノワールは歩きながら意外そうな顔をした。すれ違った亜人の中にはビフレスト王国にはいない亜人もいるので、少し驚いていたのだ。
ヴァレリアも亜人の中に珍しい種族や見たことのない種族がいるのを見て興味のありそうな表情を浮かべている。七十年近く生きているヴァレリアでも見たことのない亜人が町の中におり、そんな亜人を目にしてヴァレリアはワクワクしていた。
亜人たちを見ながら街道を歩いていると、ノワールたちは街道から大広場に出た。そこは野球ドームと同じくらいの広さで、大広場の中心には記念碑のような物があり、隅には色んな所に出店が並んでいる。
「此処はルギニアスの町の中心にある大広場で、此処から町の色んな場所へ移動することができます」
先頭のモルドールは大広場を見ながら後ろにいるノワールとヴァレリアに今いる大広場のことを説明し、説明を聞いた二人はへぇ~、と言いたそうな顔をしながら大広場を見回す。朝の買い出しのためか、出店の前では客である人間と亜人が集まって商品を見ており、店主は笑顔で接客などをしていた。
大広場は五つの街道と繋がっており、街道の入口は北、北東、南東、南西、北西の方角に存在している。因みにノワールたちは大広場の南東にある街道から広場にやって来た。
「広場には五つの街道がありますが、どの道が何処へ繋がっているんですか?」
「北の街道は王城区、つまり王城がある場所に繋がっており、王城の近くには貴族たちが住んでいる屋敷やマルゼント王国の精鋭と言われている魔導連撃師団の本部があるそうです。ただ、王城があるためか、王城区には殆ど住民は近づきません」
「まあ、王様が住んでいる場所に用も無いのに近づいたら間違いなく捕まってしまいますからね。住民の人たちも面倒ごとにならないよう、できるだけ近づかないようにしてるんでしょう」
ノワールは頬を指で掻きながら北にある街道の入口を見つめる。ヴァレリアも同感なのか、腕を組みながら北の街道の入口をジッと見ていた。
「北東の街道は劇場や複数の酒場などがある劇場区に繋がっており、そこでは毎晩、大勢の人々が酒場で騒いでいます」
モルドールは次の街道についてノワールとヴァレリアに説明し、二人は視線を北の街道からモルドールへ向けて話を聞く。
「我々が通ってきた南東の街道は宿屋や武器屋、冒険者ギルドなどがある商業区、南西の街道は大図書館や魔法訓練場が存在する魔術区、そして北西の街道は教会や神殿が存在する聖教区に繋がっています」
「劇場区に商業区、魔術区、そして聖教区か、想像していたよりも広いな……これは思っていたよりも手間がかかりそうだ」
ヴァレリアはルギニアスの町が自分が想像していた以上に大きな町だと感じ、顎に手を上げながら呟く。町が広いと、それだけ調べる場所が多く、情報を集めるのに時間が掛かってしまう。それはつまり、ノワールたちが探している情報を手に入れるのも難しくなるということだ。
マルゼント王国での情報収集が思っていたよりも大変そうだとヴァレリアは感じ、同時にモルドールが有力な情報をなかなか得られないことに納得した。
「でも、町が大きいとそれだけ色々な情報が手に入るということになります。時間は掛かるかもしれませんが、上手くすれば僕らが捜している情報よりも凄い情報が手に入るかもしれませんよ?」
難しい顔で考えているヴァレリアの隣でノワールが小さく笑いながら語り、それを聞いたヴァレリアはノワールを見ながら小さく溜め息をつく。
「お前は前向きだな?」
「後ろ向きに考えても、いいことなんて何もありませんからね。だったら少しでも前向きに考えた方が気が楽になりますから」
「……フッ、確かにな」
笑顔のノワールを見てヴァレリアは目を閉じながら小さく笑う。目の前にいる幼い少年が凹むことなく前向きに考えているのに、少年の何倍も生きてきた自分が後ろ向きに考えていたことを恥ずかしく感じ、思わず笑ってしまったようだ。
ヴァレリアは目を開けると自分の長い髪を手で静かに整え、ノワールの方を向いて笑みを浮かべた。
「お前の言うとおり、後ろ向きに考えるより、前向きに考えながら仕事をした方が多少は気分が楽だな。私もお前を見習い、前向きに考えながら仕事をすることにしよう」
「見習うなんて、そんな大袈裟な……」
年長者のヴァレリアに言われて照れているのか、ノワールはヴァレリアを見ながら苦笑いを浮かべる。ヴァレリアはそんなノワールの反応が面白いのか、彼を見ながらニッと白い歯を見せた。
しばらくお互いを見て笑い合うと、ノワールとヴァレリアは視線を黙って会話を見守っていたモルドールに向ける。
「モルドールさん、次の場所の案内をお願いします」
「分かりました。最初に何処を見てみたいか、ご希望はありますか?」
「そうですね……それじゃあ、図書館がある魔術区の案内をお願いします」
「かしこまりました」
場所を指名されると、モルドールは魔術区へ続く南西の街道の方へ歩いていく。ノワールとヴァレリアは小さく笑いながらモルドールの後をついていった。
ノワールとヴァレリアはマルゼント王国の情報を集めるついでにマルゼント王国にしか存在しない魔法を探して習得しようと思っていたので、魔法の情報を得られる図書館がどんな所なのか楽しみで無意識に笑みを浮かべてしまっていた。
しばらく街道を歩くと、ノワールたちは大きな建物がある広場にやって来た。その建物は三階建てで城と屋敷が一つになったような形をしている。
「大きな建物ですね」
「これがルギニアスの町に唯一存在する大図書館、リマーン図書館です」
建物を見上げるノワールにモルドールは図書館であることを説明し、それを聞いたノワールとヴァレリアは想像していた以上の大きさの図書館に少し驚いたような表情を浮かべた。
「この図書館にはマルゼント王国の歴史を始め、歴代の偉人、動植物や鉱物、大陸に生息するモンスターが記された書物、そして魔導書が保管されています」
「ほぉ、そうなのか。これほど大きな図書館なら、保管されている本の量もかなりのものだろうな」
ヴァレリアは図書館に保管されている本の量と、どんな本が保管されているのか興味があるのか、腕を組みながら楽しそうな笑みを浮かべる。ノワールも魔法のことが記された魔導書に興味があり、笑いながら図書館を見上げていた。
「因みに、この図書館の館長は優秀な魔法使いで、館長になる前は六つ星冒険者だったそうです」
「へぇ~、そうなんですか」
館長が元冒険者であると聞かされたノワールは意外そうな顔でモルドールの方を見る。一方、ヴァレリアは館長のことには興味が無いのか、つまらなそうな顔でモルドールの話を聞いていた。どうやら彼女は館長の過去より、図書館の中にある書物の方が気になるようだ。
図書館の外観や出入りする町の住民にどんな存在がいるのか、ノワールは黙って確認し、ヴァレリアとモルドールも図書館の周囲を見回する。一通り図書館や利用する住民をチェックしたノワールは二人の方を向いて微笑みを浮かべた。
「此処は一通り確認しました。次の場所を調べましょう」
「何だ、図書館の中には入らないのか?」
ヴァレリアは次へ行こうと言い出すノワールを見て意外そうな顔で尋ねた。てっきり図書館の中に入って魔導書を覗いていくのかと思ったのだろう。
問いかけるヴァレリアを見て、ノワールは笑みを浮かべたまま首を左右に振った。
「いいえ、魔導書はいつでも見ることができますからいいです。今はこの町の何処に何があるのかをしっかりと調べておくのが重要です」
「そうか……」
真面目に仕事をするノワールを見てヴァレリアは少し低めの声を出す。実はヴァレリア、もしノワールが図書館の中を覗いていくと言ったら、保管されている魔導書を読んでみようと考えていたのだ。しかし、ノワールは図書館には入らず、次の場所へ行くと言ったので少し残念に思ったのだろう。
「モルドールさん、次の場所の案内をお願いします」
「かしこまりました。では、次は魔法訓練場へ向かいましょう」
モルドールは次の行き先を決めると歩き出し、ノワールはその後をついて行く。ヴァレリアは歩き出す二人の後ろ姿を見ると、視線を図書館に向けて残念そうな顔をする。そして、しばらく図書館を見つめてから二人の後を追った。
図書館を見たノワールとヴァレリアはモルドールに案内されて魔法訓練場へやって来る。そこでは冒険者らしき魔法使いたちが遠くにある的を狙って魔法を放つ姿があり、その光景をノワールとヴァレリアは静かに見ていた。
どれ程の実力を持った魔法使いがいるのか気になってはいたが、朝であるせいか魔法使いの数はそれほど多くなく、図書館ほどの興味は無かったので、二人はしばらく見たらすぐに次の場所へ移動した。
魔術区を見て回ったノワールたちは大広場に戻ると、次に北西の街道を通って聖教区へと向かう。北西の街道は魔術区よりも人が少なく静かだったため、ノワールたちはのんびりと街を眺めながら歩いていった。
数分ほど歩いて街道を抜けると、ノワールたちは人気の少ない広場に出る。最初の大広場比べると小さいが、それでも広いと言える場所だ。そして広場の奥には大きな教会が立っており、その周りには住民たちが集まって教会を見上げたり、祈りを捧げたりする姿があった。
「あれがこの町で最も大きな教会と言われている、ザファンデルス教会です」
モルドールはノワールとヴァレリアの方を向くと、遠くに見える教会のことを説明する。説明を聞いた二人は遠くにある教会をジッと見つめた。
「あの教会の他に小さな教会や傷を治療したりする神殿が幾つも存在し、毎日多くの住民が教会や神殿に通っています」
「幾つもですか……この聖教区には教会や神殿は全部で幾つあるんです?」
「申し訳ありません。私もそこまでは分かっておりません」
「そうですか……じゃあ、教会や神殿はこの聖教区にしかないんですか?」
「いいえ、他の区にもいくつか存在しています。ただ、この辺りには教会や神殿が多くあるため、聖教区と呼ばれているそうなのです」
「そう言うことですか」
聖教区の意味が理解できていなかったノワールは、ただ教会と神殿が集中的に建てられているから聖教区と呼ばれていると知って納得する。ヴァレリアもノワールと同じように聖教区の意味が分からなかったため、モルドールの説明を聞いて納得の表情を浮かべた。
「モルドール、この聖教区について他に何か情報はないのか?」
「そうですね……この町に建てられている普通の教会や神殿にはクレリックや神官と言った神聖系の魔法使いがいるだけですが、あのザファンデルス教会には特別な司教がいらっしゃるそうです」
「特別な司教?」
ヴァレリアはモルドールの言葉を聞いて僅かに目つきが変えた。
「ハイ、全ての教会を管理されている方で、噂では神と交信し、神の声を聞くことができるとか」
「神と交信? なんとも胡散臭いな」
両手を腰に当てながらヴァレリアは疑うような表情を浮かべる。そんなヴァレリアの発言を聞いたノワールは少し焦った様子で周囲を見回す。今、自分たちがいる場所は多くの住民が祈りを捧げに来ている聖教区、そんな場所で神と交信ができることを否定すれば住民たちの怒りを買うことになるかもしれない。ノワールはそのことを心配していた。
幸い、ノワールたちの周りには住民の姿は無く、ヴァレリアの言葉は聞かれていないと知ったノワールは安心して溜め息をついた。
「……ヴァレリアさん、此処ではそう言った発言は控えてください? もし聞かれて住民たちの反感を買うようなことになれば、情報収集にも支障が出ますから」
「ハァ……分かった、努力する」
ノワールはヴァレリアに小声で話しかけ、それを聞いたヴァレリアはノワールを見下ろしながら面倒さそうな顔をする。モルドールも二人の会話を聞いて自分も注意しなければ、と感じていた。
「え~、それでお二人とも、次はどうなさいます? 別の教会や神殿を身に行かれますか?」
「……いや、一番大きな教会を見れれば十分だ。次の区へ案内してくれ」
「かしこまりました」
次の場所へ案内するよう指示されたモルドールは大広場に向かうために通ってきた街道を戻り、ノワールとヴァレリアもモルドールの後を追うように歩き出した。街道を通る時にノワールはすれ違う町の住民たちをチラッと見る。
すれ違う住民たちは皆、笑顔でザファンデルス教会の方へ歩いていき、その姿を見たノワールは住民たちは神の声を聞けるという司教を本当に信じているんだな、と感じていた。
大広場に戻ったノワールたちは次に北東にある街道を選んだ。すぐ隣の北の街道は王城区へ繋がっており、どんな場所なのか見ておくべきなのだが、大した用事も無いのに近づいたら軍に捕まる可能性がある。マルゼント王国に来たばかりなのに捕まるのはさすがにマズいので、今は近づかずに北東の街道の先を調べることにしたのだ。
北東の街道に入ったノワールたちは歩きながら街道を見回す。そこにはいくつもの酒場が並んでおり、酒場の前では従業員と思われる人間や亜人が掃除をしている。まだ午前中なので、殆どの酒場が掃除や食材の調達などをして開店の準備をしていた。
「此処は酒場が多いですね」
「この劇場区はルギニアスの町の中では酒場や劇場が多くある場所で、昼頃になると多くの住民が集まって賑やかになります」
「お昼からですか?」
「ええ、酒場の中には昼からお酒を飲みたい人にお酒を出すところや、お酒だけでなく昼食を出すところもありますので」
モルドールの説明を聞いたノワールは成る程、と納得の表情を浮かべる。ノワールは異世界に来てからはダークと共に普通の料理屋には入ったことがあるが、酒場には殆んど入ったことが無いので、詳しいことは分からなかったようだ。
「しかし、昼間から酒を飲む奴がいるとは、いったいソイツはどんな生活をしているんだ?」
昼から酒を飲む者はろくに仕事もせずに自堕落な生活を送っているのではと感じたヴァレリアは呆れ顔で呟く。ノワールはヴァレリアが何を言いたいのか気付き、彼女を見ながら苦笑いを浮かべる。
酒場が集中する街道を歩いていくと、ノワールたちの視界に周囲の建物と比べて少し大きめの建物が入った。その建物は他の建物よりも目立った外観をしており、入口前には多くの住民が集まっている。ノワールたちは入口前の住民たちに気付くと、立ち止まって住民たちを見つめた。
「モルドール、あれは何だ?」
ヴァレリアが建物の前にいる住民たちを指差しながらモルドールに尋ねる。モルドールは住民たちを見た後に彼らが集まっている建物を確認した。
「あれはニルガーナス劇場の芝居を見に来た人たちですね」
「ニルガーナス劇場?」
「あの建物のことです。あそこはこの劇場区にある劇場の中でも最も人気のある劇場なんです」
「ほぉ、その理由は?」
「あの劇場に舞姫がいるからだそうです」
モルドールが口にした舞姫と言う言葉に劇場を見ていたノワールとヴァレリアはフッと反応し、視線をモルドールに向けた。
「舞姫、どんな人ですか?」
「人ではなく、ハーフエルフです」
「ハーフエルフ?」
「ええ、私も直接見たことはありませんが、人間の父とエルフの母の間に生まれた方で、とても美しい姿をしており、舞台の上に立つと舞うような華麗な芝居を見せてくれるとか」
「成る程、だから舞姫、と言われているんですね」
ノワールは舞姫と呼ばれている理由を聞いて納得する。そして、同時にそれほど人気のある舞姫がどんな姿をしているのか興味が湧いた。ヴァレリアはその舞姫には興味が無いのか、黙って劇場を見つめている。
劇場の前で会話をしていると、入口の扉が開き、劇場の前で集まっていた住民たちは声を上げながら一斉に劇場の中に入って行く。住民たちの様子から、彼らは舞姫の芝居をかなり楽しみにしていたようだ。
なだれ込むように劇場へ入って行く住民たちの勢いの良さに、ノワールとモルドールは呆然と見つめていた。ヴァレリアはさっきと変わらず、興味の無さそうな様子で劇場の入口を見ている。
「さて、他の劇場や酒場を見に行くとしよう」
ヴァレリアはそう言うと劇場区の奥へと歩いていき、ノワールとモルドールは一人で先へ進むヴァレリアに気付くと、少し慌てた様子でヴァレリアの後を追った。
それからノワールたちは劇場区にある他の劇場や酒場を見て回り、行ってみたいと思える所を見つけたら、その場所を細かくチェックする。それが終わると、ノワールたちは劇場区を出て大広場へと戻っていった。
「これで残るは僕らが来た南東の街道だけですね。確か南東の街道は商業区へ繋がってるんでしたよね?」
「ハイ、商業区には武器屋を始め、様々な店が並んでおり、冒険者ギルドもそこにあります」
モルドールは商業区に何があるのか説明し、話を聞いていたノワールは冒険者ギルドという言葉を聞くと目元が僅かに動いた。
「冒険者ギルド……色んな冒険者が集まりますから、情報を集めるには打ってつけの場所ですね」
「ええ、私もこの町に来てからは冒険者ギルドでよく情報を集めておりました」
「なら、私たちも一度、冒険者ギルドを覗いてみた方がいいかもしれないな。ついでに商業区にどんな店があるのかをチャックしておこう」
ヴァレリアの冒険者ギルドに行ってみようという言葉を聞き、ノワールは真剣な表情を浮かべて頷く。店はともかく、情報収集が目的でマルゼント王国に来ているのだから、情報が集中的に集まる冒険者ギルドはしっかりと確認しておいた方がいいとノワールも考えていた。
「ではまず、冒険者ギルドからご案内します。その後に商業区でも有名な店にご案内しますので」
「お願いします」
ノワールたちは冒険者ギルドへ向かうために南東の街道の方へ歩いていく。
町の中を見て回るうちに時が流れ、時刻はもうすぐ正午を刻もうとしている。そのせいか、大広間は最初と比べると人の数が少なく、静かになっていた。そんな人気の少ない大広場をノワールたちはまっすぐ進み、南東の街道へと向かう。
南東の街道に入ったノワールたちは自分たちが拠点としている銀蝶亭の前を通過し、更に奥へと進んで行く。商業区というだけあって、他の区と比べると住民が多く、街道には色々な店がある。そして、店では住民が楽しそうに買い物をしている姿があった。
「宿屋を出た時から思ったんですが、とても賑やかですね、此処は」
「確かにそうだな。いくら商業区とは言え、これほど賑わっている場所はなかなか無いぞ」
南東の街道が賑やかなことを改めて知ったノワールとヴァレリアはチラチラと街道を見ながら歩く。バーネストの商業区もこれほど賑やかになることは滅多に無いので二人は少し驚いていた。
「商業区にある店の殆どはマネンド商会が管理しており、品物も安く売られているんです。そのため、住民の方々は毎日のようにこの商業区で買い物をしているんです」
「マネンド商会、確かマルゼント王国最大の商会ですよね?」
モルドールの話を聞いたノワールはマネンド商会の情報を口にする。これまでにモルドールがバーネストに送った報告書を見て、ノワールは誰もが知っているような情報は理解していた。だからマルゼント王国の首都、ルギニアスの町に存在するマネンド商会のことも少しだけ知っていたのだ。
「ハイ、このルギニアスの町に本部を置き、マルゼント王国の各町に支部を置いていると聞いています。しかも、値段が安いだけではなく、品物の数も豊富であるため国民からの信頼も厚く、王族とも繋がりがあるそうです」
「王族と繋がっているのか。それなら大きいだけはなく、それなりに力も持っているのではないか?」
「仰るとおりです。数年前、他の商会がマネンド商会を妬み、嘘の悪評を流してマネンド商会を潰そうとしたことがあったそうです。しかし、王族と繋がりがあったマネンド商会は王族の力を借りてその商会が悪評を流したことを突き止め、逆にその商会を潰したのです」
「商売の世界では信用が第一、デタラメを流したことが公となり、国民からの信用を一気に失ったのだな。しかも相手は王族と繋がりがある商会、悪評が一気に国中に広まり、信用を取り戻す前に潰れてしまったのだろう」
王族と繋がりを持つ商会を敵に回し、破滅の道を歩むことにった商会をヴァレリアは哀れに思い、同時に一つの商会を簡単に潰してしまう程の力を持つマネンド商会を恐ろしく思う。ノワールもヴァレリアとモルドールの会話を聞いて、マネンド商会を敵に回すような行動はしないようにしようと、心の中で自分に言い聞かせた。
マネンド商会のことを話しながらしばらく街道を歩くと、ノワールたちは広場に出た。中央には噴水があり、休むためのベンチなどが幾つも置かれてある。そして、広場の片隅には冒険者ギルドらしき建物があり、それを見たノワールは目を若干鋭くした。
「あれが冒険者ギルドですか?」
「ハイ」
ノワールの質問にモルドールは冒険者ギルドを見ながら返事をする。ヴァレリアも腕を組みながら目を鋭くして冒険者ギルドを見つめた。
「マルゼント王国には七つ星冒険者は存在しませんが、五つ星と六つ星の冒険者チームは多く存在します。このルギニアスの町にも二つの六つ星冒険者チームが存在し、よく貴族からの依頼を受けているそうです」
「六つ星冒険者チームですか……因みに、その冒険者チームの名前は?」
「一つは琥珀獣と呼ばれるチームで戦士と魔法使いでバランスよく編成されているそうです。もう一つは剛剣と呼ばれる戦士系の職業を修める者だけで構成されたチームです。魔法に力を入れているマルゼント王国では珍しいので、多くの人から注目されています」
「成る程、琥珀獣と剛剣ですか。機会があれば一度会ってみたいですね」
マルゼント王国の冒険者がどんな存在なのか興味があるノワールは顎に手を上げながら楽しそうに笑う。ヴァレリアもどんな冒険者なのか興味があるらしく、気になるような顔でノワールを見ている。
「もしかすると、ギルドの中にいるかもしれませんので、中に入ってみてはいかがですか?」
「そうですね、どの道どんなギルドなのか覗くつもりでしたし、行きましょう」
ノワールは冒険者ギルドの中がどうなっているのかを確認するため、建物の方へ歩き出す。ヴァレリアとモルドールもノワールの後に続いて歩き出した。
三人が冒険者ギルドの入口前までやって来ると、先頭のノワールが入口の扉を開けようとする。すると、背後から男の怒鳴り声が聞こえ、ノワールたちは一斉に振り返った。そして、噴水の前で三人のガラの悪い男たちとその男たちに絡まれている一人の少年の姿を目にする。
男の一人が少年の胸倉を掴み、他の二人は少年の頭を鷲掴みにしたり、腕や腹部を殴ったりなどしている。少年は抵抗することができないのか、ボロボロになりながら涙目で胸倉を掴む男を見ていた。
「何だ、あれは?」
「恐らくあの少年が男たちに何らかの言い掛かりを付けられたか、恐喝をされているのでしょう。最近は町の至る所で見かけます」
少年を痛めつける男たちをモルドールは鋭い目で見つめながら低い声を出し、ヴァレリアも不愉快そうな顔で男たちを睨んでいた。
ノワールたちが見ていると、男たちは少年を押し倒して一斉に少年を蹴り始める。その光景を遠くから見ていた町の住民たちは関わらないようにしているのか、誰も助けようとはしなかった。
「……ノワール、どうする? 私たちで助けるか?」
ヴァレリアがノワールの方を向いて尋ねる。ノワールは真剣な表情を浮かべてしばらく蹴られる少年を見つめていた。やがて、小さく息を吐いて一歩前に出る。
「マスターからは目立った行動は控えるよう言われています。ですから、この町で目立つようなことをする訳にはいきません」
ノワールは目立ってはいけないというダークからの忠告されたことを口にし、ヴァレリアとモルドールは黙ってノワールを見つめる。
「……ですが、虐められている人を助けたぐらいなら、大して目立つことはないでしょう」
小さく笑いながら言うノワールを見て、ヴァレリアとモルドールも小さな笑みを浮かべた。ノワールの性格なら、少年を絶対に助けると二人は分かっていたようだ。
少年を助けるためにノワールは男たちの下へ歩き出し、ヴァレリアとモルドールも一緒に少年を助けるため、ノワールの後に続いた。
「貴方たち、そこで何をしているのですか!」
ノワールたちが少年を助けようとした直後、何処から若い女の声が聞こえ、ノワールたちは足を止めた。三人が声の聞こえた方を向くと、広場の入口近くで一人の少女がマルゼント王国の兵士と思われる男を二人連れて立っている姿が目に入る。
その少女は身長がレジーナよりも少し低いくらいで、銀髪のショートボブをした十代半ばくらいの少女だ。黄緑の羽が一つ付いた白いベレー帽のような帽子を被っており、黄緑、黒が入った白い半袖を着て、同じ色のロングスカートを穿いた姿をしている。そして、両手には黒いロング手袋をしており、右手に銀色の羽扇を持っていた。
少女は鋭い表情で男たちを睨んでおり、男たちは少女を見て驚いたような表情を浮かべ、少年を蹴るのをやめる。男たちが少年を蹴るのをやめると、少女は男たちの方へと歩き出し、一緒にいた兵士たちも少女の後に続く。
「貴方たち、寄って集って一人の少年を痛めつけて、恥ずかしくないのですか?」
「な、何だよ、俺たちが何をしようがお前らには関係ねぇだろうが」
僅かに低い声を出す少女に男の一人が少し動揺した様子で言い返し、そんな男を少女は更に目を鋭くして睨み付け、少女の目を見た男たちは背筋を凍らせる。自分たちよりも背が低く、若い少女を前に男たちは小さな恐怖を感じていた。
「……今すぐ立ち去りなさい。嫌というのなら、少々痛い目に遭ってもらいますよ?」
男たちの前まで来た少女は右腕を横に伸ばして羽扇を揺らす。男たちは少女を見て目を見開き、慌ててその場から走り去った。
少女は男たちが去ると伸ばしていた右腕を下ろし、倒れている少年を見下ろす。少年は体中傷だらけで、一人では立ち上がることができないくらい酷い状態だった。
「彼を神殿へ連れていってあげてください」
「ハッ!」
声を掛けられた兵士は少年に駆け寄り、少年を背負うと神殿へと移動する。少女ともう一人の兵士もその後に続いて神殿へと向かった。
広場にいた住民たちは少年を助けた少女と兵士たちを見て感心の表情を浮かべている。ノワールたちも少女たちの姿をジッと見つめていた。
「ガラの悪い男たちは簡単に追い払うなんて、あの人、何者なんでしょうか?」
「さあな、兵士を連れているのだから、軍の関係者であることは間違いないだろう」
少女の正体が気になるノワールとヴァレリアは去っていく少女をジッと見つめている。すると、モルドールが少女を見ながら静かに口を開いた。
「彼女はモナ・メルミュスト、マルゼント王国軍最強と言われている、四元魔導士の一人です」
「えっ、あの人が?」
モルドールの言葉にノワールは驚き、ヴァレリアも意外そうな顔をする。流石の二人も、先程の少女がマルゼント王国国王の直属魔法使いの一人だとは思っていなかったようだ。
「彼女が、四元魔導士の一人……」
ノワールは遠くにいる少女を真剣な表情で見つめながら呟き、ヴァレリアとモルドールも黙って少女たちを見つめる。
少女たちが見えなくなると、ノワールたちは冒険者ギルドへと入り、どのよう冒険者がいるのか、どれ程の情報が入っているのかを確認する。それが済むと商業区がどうなっているのかを見て回った。