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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十七章~魔法国の犯罪者~
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第二百二十五話  マルゼント王国へ


 ダークたちが二枚扉を見つめていると、片方の扉が開き、三角帽を被り、露出度の高い服を着たヴァレリアが入ってくる。謁見の間に入ったヴァレリアはダークたちの方に向かってゆっくりと歩き出す。


「ヴァレリア殿、どうしてこちらに?」

「ダークに魔法薬の調合数を報告しようと城内を探していたんだが、偶然お前たちの話し声が聞こえてな、廊下で待っていたんだ」


 小さな笑みを浮かべながらヴァレリアはアリシアの質問に答え、そんなヴァレリアをアリシアは少し驚いたような顔で見ている。

 ヴァレリアはモルドールたちの前までやって来ると、立ち止まって視線をダークの隣に立つノワールに向ける。そして、表情を笑顔から不満そうな顔へと変えた。


「それよりもノワール、情報収集をしている者たちが集まって報告をするというのに、なぜ私には声をかけなかった?」


 僅かに低い声を出しながらヴァレリアはノワールに尋ねる。どうやらダークの協力者であるアリシアたちが呼ばれているのに、同じ協力者の自分に声が掛からなかったことが不満で機嫌を悪いようだ。

 不機嫌なヴァレリアに対してアリシア、レジーナ、ファウはどう応対すればいいのか分からずに苦笑いを、ジェイクとマティーリアが大人げないと思ったのか呆れ顔を浮かべる。ダークも面倒なことになったと感じたのか、小さく溜め息をついた。


「すみません、ヴァレリアさんは魔法薬の調合で忙しいと思ったので、声をかけずに後で僕から知らせようと思ったんです」


 ノワールは申し訳なさそうな顔でヴァレリアに謝罪し、ヴァレリアはそんなノワールをしばらく黙って見つめる。やがて、ヴァレリアは目を閉じて軽く溜め息をつき、目を開けると再びノワールを見つめた。


「……まあ、私を気遣って声を掛けなかったのなら、仕方がないな。だが、これからはこういう話し合いがある時は必ず声を掛けろ?」

「ハイ、分かりました」


 ヴァレリアの機嫌が直ると、ノワールは安心したのか苦笑いを浮かべ、アリシアたちも騒ぎが起こらずに済んだことで小さく息を吐いた。


「それでヴァレリア、先程待ってくれと言っていたが、あれはどういう意味だ?」


 ダークはヴァレリアを見つめながら謁見の間の外で言っていた彼女の言葉の意味について尋ねる。ノワールやアリシアたちもダークの言葉を聞いて、真剣な表情を浮かべながらヴァレリアに注目した。

 ヴァレリアはダークたちが自分に注目しているのを確認すると、被っている三角帽を直し、玉座に座るダークを鋭い目で見つめながら口を動かした。


「ダーク、私もマルゼント王国に行かせてくれ」

「何?」


 自分もマルゼント王国へ行きたいというヴァレリアの言葉にダークを訊き返し、アリシアたちは意外そうな顔をする。普段、魔法薬の調合やマジックアイテムの研究に専念し、バーネストの外に出ようとしないヴァレリアが自分から町の外、しかも他国へ行くと言い出したので、ダークたちは驚いていた。


「何のためにだ?」

「勿論、マルゼント王国の情報を得るためだ。あと、時間があればノワールと同じように魔法を習得したり、あの国でしか採れない薬草などを購入しようと思ってな」

「魔法はともかく、薬草などはわざわざお前が行かなくても、ノワールやモルドールに頼んで手に入れてもらえばいいのではいのか?」

「分かっていないな、ダーク? どんな薬草があり、その薬草にどんな効果があるのかは実際に見てみないと分からないだろう? それに、どんな薬草を購入してほしいかノワールたちに頼んでも、効力が似た薬草が複数存在すれば、どれを選べがいいのかも分からなくなる。だったら、薬草の知識を持つ私が直接行って購入した方が確実と言えるだろう?」

「……成る程、確かにそうだな」


 ヴァレリアの話を聞いて、ダークは顎に手を当てながら呟く。アリシアたちもヴァレリアの説明を聞いてそうかもしれない、と言いたそうな顔をしている。


(知識のある奴が買いに行けば、欲しい物を必ず手に入れる事ができる、まるで料理研究家がスーパーで食材を買いに行くみたいだな)


 ダークは心の中で分かりやすい考え方をし、知識のある者が行った方が確実に欲しい物を手に入れられると納得した。

 ヴァレリアはビフレスト王国で採れる薬草やダークが提供したLMFの薬草系アイテムを使い、様々な魔法薬を調合した。だが、手に入る薬草の中にはヴァレリアが求めている薬草が無い場合もある。それらはダークが初めから持っていないアイテムやビフレスト王国では手に入らない薬草だった。

 目的の魔法薬を調合するには、その手に入らない薬草を使うわないといけない。ヴァレリアは魔法薬を調合するため、そして今後の調合と研究に役に立てるためにマルゼント王国へ向かい、薬草などを購入しようと思い、ノワールたちと共にマルゼント王国へ行くことを志願したのだ。


「それにマルゼント王国はお前たちにとって情報が殆どない未知の国なのだろう? だったら、この世界の住人で魔法の知識を持つ私が同行すれば、重要な情報を得ることができるし、色々と都合がいいのではないか?」

「ウム、確かに……」


 ノワールとモルドールは確かに強力な力を持った魔法使いだ。だが、異世界の知識については詳しいとは言えない。それなら、知識が豊富なヴァレリアが一緒にいた方がより効率よく、有力な情報がえられるかもしれないとダークは考えた。

 ダークは腕を組み、俯きながら黙り込む。アリシアたちは黙りながら下を向いているダークをジッと見つめていた。やがて、ダークはゆっくりと顔を上げてヴァレリアの方を向いた。


「……分かった。お前にもノワールたちと一緒にマルゼント王国へ行ってもらおう」

「マスター?」


 ヴァレリアもマルゼント王国へ行ってもらうというダークの発言にノワールは少し驚いたような反応をする。アリシアたちもノワールに続いてヴァレリアも他国は送り込むというダークの言葉に目を見開いて驚いていた。


「い、いいんですか? 僕だけでなく、ヴァレリアさんまで離れると、バーネストには優れた魔法使いは一人もいなくなってしまいますよ? そうなったら魔法関係の仕事などが進まなくなってしまいます」

「なに、何ヶ月も離れる訳ではないのだ。お前と同様、魔法の習得や有力な情報が手に入ったらすぐに戻って来てもらうのだから、心配ない。少しの間なら、例えお前とヴァレリアがいなくなっても大丈夫だ」

「は、はあ……それなら、いいんですが」


 余裕の態度を取るダークにノワールは少し複雑そうな表情を浮かべる。アリシアたちもノワールの時ど動揺、国王であるダークが大丈夫だというのなら問題無いと感じ、異議を上げたりしなかった。

 確かに、ビフレスト王国の主席魔導士であるノワールと魔法調合の責任者であるヴァレリアが同時にいなくなったら、バーネストの魔法関係の研究などが止まって面倒なことになってしまう。だが、ダークは二人がしばらくバーネストを離れても、すぐに元の状態に戻せると確信していた。なぜなら、ダークは優れた技術と知識を持つノワールとヴァレリアならすぐに元どおりにしてくれると信じているからだ。


「では、ヴァレリア。改めてお前にノワール、モルドールと共にマルゼント王国での情報収集を命じる。分かっていると思うが、重要な情報が得られるチャンスがあった場合は、魔法の習得や薬草の購入よりも優先しろ?」

「フッ、心配するな、その辺のことはしっかりと心得ている。伊達に長生きはしていない」


 ヴァレリアは自分の胸に手を当てながら自信に満ちたような笑みを浮かべる。そんなヴァレリアの姿を見たレジーナ、ジェイク、マティーリアは、さっき大人げない態度を取っていたくせに、と心の中で呆れていた。


「……と言うわけでモルドール、マルゼント王国にはノワールだけでなく、ヴァレリアも行くことになった。よろしく頼むぞ?」

「ハ、ハイ、かしこまりました」


 ノワールだけでなく、ヴァレリアもマルゼント王国で情報収集をすることが決まり、ダークはモルドールに改めて二人のことを頼む。モルドールはダークを見ながら再び緊張した様子を見せる。

 一度に二人の特別な人物の面倒を見ることを任されたモルドールを見て、アリシアたちは気の毒に思ったのか苦笑いを浮かべる。当のノワール、ヴァレリアの二人はモルドールの気持ちに気付いていないのか、笑いながら彼を見ていた。


「さて、マルゼント王国に二人送ることになると、他の国も人数を増やした方がいいな」


 ダークはマルゼント王国にだけ、二人を送り込むのは不平等だと思ったのか、残る三国に送る人材も増やそうと思い、顎に手を上げながら考え込む。すると、黙って話を聞いていたバフルールたちがダークに声を掛ける。


「ダーク様ぁ、その必要は無いでゲスよぉ~」

「ええ、ビフレスト王国にはまだ片付けなくてはならない仕事が多くあります。そんな中で、貴重な人材をこちらに回してもらうなど、とんでもない」

「我々が担当する国はマルゼント王国と違い、どのような国なのかある程度は分かっているのです。少人数でも十分情報を集めることは可能なので、これ以上に人材は不要です」


 バフルールに続いて、ビュティーとマレフィクスもこれ以上の人材の補充は必要ないと語る。そんな三人を見てダークやアリシアたちは意外そうな反応を見せた。


「いいのか? お前たちが必要と言うのなら、私はすぐにでも用意するが……」

「本当に大丈夫でゲスゥ、アチキらの方はアチキらだけでなんとかするでゲスからぁ~」


 ダークの再確認にバフルールは笑顔で答える。ビュティーとマレフィクスも無言で頷き、ダークはそんな三人を見て、遠慮などはしておらず、本当に必要としていないと感じた。


「分かった、お前たちがそう言うのなら、予定どおり、先程決めた人材だけを送ることにしよう」


 人材を増やすことなく、ダークは決めた人物だけを他国へ送ることにし、バフルールたちはダークを見ながら小さな笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。


「決めるべきことは決めた。先程も話したように、出発は明日の朝だ。各自、自室に戻り、英気を養うようにしろ……下がれ」

『ハッ!』


 話し合いが終わり、ダークはモルドールたちに部屋へ戻るよう命じた。モルドールたちは声を揃えて返事をし、静かに謁見の間を後にする。ダークたちも簡単に国のことなどを話し合った後に解散し、自分たちの仕事へと戻って行った。


――――――


 翌日、バーネスト王城の前にダークたちが集まっていた。入口である大きな二枚扉の前にはマルゼント王国へ向かうノワール、ヴァレリア、モルドールの姿があり、見送りに来たダークたちと向かい合っている。


「それではマスター、ちょっと行ってきます」

「ああ」


 笑みを浮かべる人間姿のノワールを見ながらダークは頷いて返事をし、ダークの後ろにいるアリシア、レジーナ、ジェイク、ファウも小さく笑っている。マティーリアだけは笑うことなく、無表情でノワールを見ていた。


「予定よりも出発する時間が遅れてしまったな」

「それはヴァレリアが色々と準備をしていたからでしょう?」


 面倒くさそうな口調で語るヴァレリアを見ながらレジーナが呆れ顔で話しかけ、ジェイクとマティーリアもレジーナの言葉を聞き、そのとおりだ、と言いたそうに小さく頷いた。

 情報収集を行う者たちは、準備が整い次第、担当の国へ出発することになっていた。既にバフルールたちは自分たちと同行する者たちと一緒にバーネストを出発しており、出発していないのはノワールたちだけとなっている。その原因は、ヴァレリアがマルゼント王国へ持っていく荷物を準備するのに時間が掛かってしまったからだ。

 ヴァレリアは呆れ顔になっているレジーナを見ながら、細かいことは気にするな、と言いたそうな顔をし、そんなヴァレリアを見てレジーナは軽く息を吐いた。そんな二人のやり取りを見ながらアリシアは苦笑いを浮かべている。


「ノワール、向こうで何か情報を得たらできるだけ早く報告するようにしろ。あと、できるだけ目立った行動は取るな。下手をしたらビフレスト王国の民であることがバレてしまうからな」

「ハイ、分かっています」


 ノワールはダークの忠告を聞くと真剣な顔で返事をする。アリシアは二人の会話する姿を黙って見つめていた。

 ダークはノワールに忠告はするが、気を付けろや無茶をするな、と言う言葉は掛けない。それはダークがノワールのことを心の底から信頼しているからだ。信じているからこそ、無駄な心配はせず、やるべきことをしっかりやるようにだけ伝える、そんなダークを見てアリシアは苦笑いを浮かべた。


「ノワール、ちゃっちゃと仕事を終わらせて戻って来てよ? アンタがいなくなると、遊び相手がいなくてつまんないってダンとレニーがうるさいのよ」

「アハハ、難しい注文ですね……できるだけ早く戻れるよう、努力はします」


 レジーナの話を聞いてノワールは小さく笑い、レジーナも無茶を言ったことに対して申し訳ないと思ったのか、自分の頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべた。そして、二人の会話を聞いていたジェイクも小さく笑っている。

 ノワールはダークの使い魔で、ビフレスト王国の主席魔導士でもあるが、その姿は可愛さが感じられる子竜、もしくは十代前半の少年だ。そのため、レジーナの弟と妹であるダンとレニー、ジェイクの娘であるアイリ、そしてアリシアの義妹であるリアンの遊び相手を任されることが何度かあり、遊んでいる内にノワールは子供たちに懐かれ、友人のような関係なった。

 今回の仕事でノワールがしばらくバーネストを離れると聞いた時、子供たちは不満を見せたが、レジーナとジェイクが説得して一応納得し、大人しくノワールが戻って来るのを待つことにしたようだ。


「ノワール様、そろそろ……」

「あ、ハイ。分かりました」


 モルドールに声を掛けられたノワールは目の前にいるレジーナやダークたちに簡単な挨拶をし、荷物を持つとヴァレリアとモルドールの二人と一緒にダークたちから離れる。ダークたちは離れて行くノワールたちを黙って見つめていた。


「それでは、行ってまいります」

「ああ、頼んだぞ」


 距離を取ったノワールたちはもう一度ダークたちの方を向いて挨拶をし、ダークも簡単な挨拶を返す。アリシアたちも真剣な表情や笑顔を浮かべながらノワールたちを見ている。

 挨拶を済ませると、ノワールはモルドールの方を向く。ノワールと目があったモルドールは無言で頷いてから前を向いた。


転移テレポート!」


 モルドールが転移魔法を発動させると、彼と彼の近くにいるノワール、ヴァレリアの体が消える。ビフレスト王国からマルゼント王国までは距離があり過ぎるため、普通に移動したら数日は掛かる。

 しかし、一度でもマルゼント王国に行ったことのあり、転移魔法が使えるモルドールが一緒なら、マルゼント王国に一瞬で移動することができた。


「行ったな」

「ああ、ノワールとヴァレリア殿が加わって、どれ程の情報が得られるか……」

「さあな? 私たちにできるのは、アイツらを信じて待つことだけだ」

「そうだな」


 前を見ながらダークは低い声で語り、アリシアも若干低めの声で返事をする。レジーナたちも真剣な表情を浮かべながら二人を見つめ、ノワールたちが上手くやってくれることを祈った。


――――――


 何処かの建物の中にある広い部屋。大きな絵画が壁に飾られ、キングサイズのベッド、来客用と思われる長方形のテーブルとそれを挟むように二つのソファーが置かれてあり、天井からはシャンデリアが吊るされている。まるで王族や上級貴族が使うような部屋だった。

 そんな高級そうな部屋の中央にノワール、ヴァレリア、モルドールの三人が現れる。ノワールとヴァレリアは自分の荷物を持ちながら部屋の中を見回した。


「此処がマルゼント王国ですか?」

「ハイ。正確にはマルゼント王国の首都、ルギニアスにある宿の一つ、銀蝶亭ぎんちょうていと呼ばれている最高級の宿の一室です。この部屋は私がこの町で情報を集めるために拠点として借りている部屋です」


 ノワールの質問にモルドールは答え、それを聞いたノワールとヴァレリアはほほぉ、と言いたそうな反応を見せた。モルドールはマルゼント王国の有力な情報を集めるため、多くの情報が得られる首都ルギニアスを拠点とし、そこで自分が活動拠点としている宿屋に転移したのだ。

 モルドールがマルゼント王国の首都で情報収集をしていることはノワールとヴァレリアも知っていたが、最も高級な宿屋を拠点にしているとは思っていなかったようで、部屋を見て少し驚いていた。

 部屋を見たノワールは、持っている荷物を床に下ろして近くの窓から外を眺める。ノワールたちがいる部屋は宿屋に二階で、少し高い位置から外を見ることができた。街の風景はバーネストと殆ど変わらないが、街道には多くの亜人が普通に歩いている姿がある。


「流石は周辺国家の中で最も亜人を慈しむ国、街にいる亜人の数も多いですね」


 街道を人間たちと共に歩き、会話をする亜人たちを見てノワールは呟き、ヴァレリアとモルドールもノワールの隣に移動して街道を見下ろす。

 マルゼント王国は大陸に存在する国家の中で、最も魔法の研究に優れているのと同時に、亜人との共存をどの国よりも重んじている国家だ。そのため、周辺国家の中では在住している亜人の数が最も多く、どの町や村へ行っても必ず亜人に会えると言われている。同時に、人間と同じ扱いをされているので、亜人が貴族になったり、国の重役を任されることも普通なのだ。

 亜人との共存を重んじているため、十年ほど前までは人間上位国家であるエルギス教国と何度かいざござもあったが、五年ほど前からはそのようなこともなくなり、今日までどちらも干渉せずにいた。それ以前に、エルギス教国の教皇がソラになったことで亜人の奴隷制度は廃止されたので、もう両国が再び争うことは無いだろう。


「この国では亜人が貴族となり、同じ亜人は勿論、人間たちの暮らしを手助けするのは当たり前となっています。人間と亜人がお互いを理解し、助け合う団結力は我が国や他の国よりも上と言えるでしょう」

「ええ、悔しいですが、そのとおりですね」


 モルドールからマルゼント王国に住む人間と亜人の絆を聞かされたノワールは街道を見つめながらビフレスト王国がマルゼント王国に負けていることを認める。

 しかし、口では悔しいと言っているが、ノワールの顔には全く悔しさが感じられない。寧ろ、ここまで亜人と強い絆を持てるマルゼント王国に感心している。ノワールはビフレスト王国もマルゼント王国に負けないくらい、亜人と強い絆を持てる国家にしたいと思っていた。


「……さてと、此処から亜人たちを眺めるのもいいが、そろそろ街へ行って何処に何があるのかを確かめておかないとな」


 街道を見ていたヴァレリアは部屋の奥へ移動し、床に下ろしてある自分の荷物を拾う。ノワールとモルドールは街道を見るのをやめて視線をヴァレリアの方へ向ける。

 荷物を拾ったヴァレリアは真剣な表情を浮かべて窓の前にいる二人の方を向いた。


「あと、この国にいる間、私たちが拠点として使う場所も確保しないといけない」

「拠点の方でしたら、この銀蝶亭の部屋を使っていただければ問題無いでしょう。後ほど、宿主に部屋をお借りしてまいります」

「……分かっているとは思うが、部屋は別々で借りるようにしろ?」

「ハイ、分かっております」


 ジト目のヴァレリアにモルドールは笑みを浮かべながら返事をする。ノワールは二人の会話する姿を見て苦笑いを浮かべていた。

 ヴァレリアは精神は老婆だが、肉体は二十代の美女だ。そのせいか、男と同じ部屋で寝泊まりするのには抵抗があるのだろう。モルドールはそのことに気付いていたので、不思議に思わずにヴァレリアの注文を聞いたのだ。

 その後、モルドールは一階の受付へ向かい、ノワールとヴァレリアが使う部屋を借りて各部屋の鍵を二人に渡した。鍵を受け取ったノワールとヴァレリアはバーネストから持ってきた自分の荷物を置いてくるために自分の部屋へ入る。その数分後、荷物を置いてきたノワールとヴァレリアは部屋を出て、廊下で待ってきたモルドールと合流した。


「お待たせしました。それじゃあ、モルドールさん、町の案内をお願いします」

「かしこまりました」


 そう言ってモルドールは頭を下げるとゆっくりと歩き出し、ノワールとヴァレリアはその後をついていく。長い廊下をしばらく歩いていき、階段を下りるノワールたちは受付がある広間に出た。

 広間には数人の冒険者らしき人間と亜人が会話をしている姿があり、その近くでは従業員と思われる人間の女が仕事をしていた。ノワールとヴァレリアはその光景を見て少し驚いたような顔をしている。モルドールは見慣れているのか、無表情で受付の方へ歩いていく。


「少し外へ出てきます」

「かしこまりました……あちらのいらっしゃるのが先程お話しされた方々ですか?」


 受付を任されている若い人間の男はノワールとヴァレリアを見ながらモルドールに尋ねる。モルドールはチラッと二人を見てから視線を男に戻して頷く。


「ええ、首都を見てみたいと遠くの町から来られたんです。私はお二人の案内を任されましてね」

「ああ、そうだったのですか」

「しばらくこの町で暮らすことになるんで、よろしくお願いします」

「かしこまりました」


 男は深く頭を下げ、それを見たモルドールは小さく笑った。

 モルドールが自分の部屋の鍵を預けると、ノワールとヴァレリアも鍵を受付に預け、それが済むと三人は宿屋を出ていく。ノワールたちが出ていく姿を受付の男や広間にいた冒険者、従業員は少し意外そうな顔で見ていた。


「……あれ、モルドール様のご家族かしら?」


 従業員である若い女が隣にいる別の従業員の女に小声で話しかける。話しかけられた女は腕を組みながら難しそうな顔をした。


「多分そうじゃない? 見た目からして、あの男の子はモルドール様のお孫さんで、若い女の方は娘ってところね」

「やっぱりそう思う?」


 モルドールと共にいた少年と美女について、従業員の女たちは小声で話しながら二人の正体について考える。それを見た受付の男は呆れたような顔で溜め息をついた。


「おい、サボってないで早く仕事をしろよ?」

「あ、ハイ」

「すみませ~ん」


 注意された従業員の女たちは慌てて仕事に戻り、その光景を見ていた周りの冒険者たちはクスクスと笑う。受付の男もやれやれ、と言いたそうに首を横に振った。

 宿屋を出たノワールたちは少し広めの街道に出る。そこには大勢の人間や亜人たちの姿があり、立ち止まって会話をする者、笑いながら歩く者、真剣な表情で何かを相談する者などがいた。


「改めて見てみると、この国では人間と亜人が接するのはごく普通なことなんですね」

「この国は元々人間がエルフやドワーフのような亜人、つまり別の種族と共に暮らせることを願って建国された国らしいからな。この国の人間と亜人は非常に仲が良く、建国から今日まで、人間と亜人は一度も戦争と言った大きな争いをしたことが無いと聞いている」


 ヴァレリアは街道にいる人間と亜人を見ながら自分の知るマルゼント王国の知識を口にし、それを聞いたノワールはへぇ、と言いたそうな顔をしながら街道を見つめた。


「お二人とも、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」

「ああ、すみません……それじゃあ、お願いします」


 街道を見ていたノワールはモルドールに町を案内してもらうことを思い出し、改めてモルドールに案内を頼む。モルドールは軽く頭を下げると街道を歩いていき、ノワールとヴァレリアはモルドールの後をついていった。


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