第二百二十四話 他国の情報
バーネストの王城にある執務室、その中でダークはいつものように机と向かい合って仕事をしていた。ただ、今回はいつものように机の上には書類の山はなく、数枚の書類だけがあり、ダークはその中の一枚を見つめている。
この数日の間に溜まっていた仕事の大半を片付けることができたので、ダークは少しだけ時間を作ることができた。彼は普段、そのできた時間を使って気分転換をしたり、国王としての仕事とは関係の無い個人的な仕事をしている。そして、今回は後者の個人的な仕事に取り組んでいた。
フルフェイスの兜を外し、ダークは真剣な表情を浮かべながら持っている羊皮紙の内容を黙読する。ダークの様子から、書かれてある内容は重要なもののようだ。
「……やっぱ、これだけじゃハッキリとは分からないか」
ダークは左手に持っている羊皮紙を見ながら呟き、右手で机の上に置いてある別の羊皮紙を手に取る。二枚の羊皮紙の内容を見比べたダークはつまらなそうな顔をしながら小さく息を吐き、持っている羊皮紙を机の上に置いて椅子にもたれた。
「まあ、始めてからまだ半年も経ってないから、分からなくて当然か。もっと効率よく多くの情報を集めるなら、もう少し人材を増やした方がいいか……」
天井を見ながらダークは少し疲れているような声を出す。彼の様子からして、羊皮紙には何かの情報が書かれてあり、ダークは自分が思っていたよりも得られた情報が少ないことに小さな不満を感じていたようだ。
しかし、情報集めを始めてからそれほど時間が経っておらず、人材も少ないのでダークは苛立ちなどは一切出さず、冷静に情報を集めるためにはどうすればいいのかを考えた。
ダークが天井を見上げながらどうすればいいのか考えていると、執務室の扉をノックする音が部屋に響いた。音を聞いたダークは扉の方を向き、素早く机の上に置いてある兜を取る。
「ダーク、いるか?」
扉の向こうからアリシアの声が聞こえ、ダークは兜を机の上に戻す。もし、アリシアたちのような協力者や召喚したモンスター以外の存在だったら、素顔を見せる訳にはいかないので、兜を被って顔を隠す必要があった。だが、部屋を訪れたのがアリシアだと知り、ダークは兜を被る必要は無いと知って緊張を解く。
ダークもさすがに兜を一日中被っているのは辛いので、一人の時や仲間たちだけしかいない時は兜を外していたいと思っていた。今も執務室に自分しかいないので、兜を外して仕事をしていたのだ。
「アリシアか、どうした?」
「各町に派遣する部隊の編制が完了したから、それを記した書類を持ってきた」
「そうか、入ってくれ」
入室を許可すると、扉が開いてアリシアが入ってくる。アリシアは数枚の羊皮紙を持ってダークの方へ歩いていき、机の前まで来ると持っていた羊皮紙をダークに差し出した。
「ご苦労さん」
「なんだか疲れているようだが、何か難しい仕事でもしてたのか?」
「いや、そういう訳じゃない。書類に書かれてある内容を見て、今のやり方じゃダメだなって思ってただけだ」
受け取った羊皮紙の内容を確認しながらダークは疲れているわけではないと伝える。アリシアはそんなダークを見て不思議そうな顔をしていた。
ダークは一枚目の羊皮紙の内容を確認し終えると、二枚目の羊皮紙に書かれてある内容を確認する。それが終わると三枚目、四枚目を確かめ、全てのチェックが終わると羊皮紙を机の上に置いた。
「テラームの町とゼゼルドの町に送る部隊は他の部隊と比べて黄金騎士が多くないか?」
「青銅騎士や白銀騎士の人数が少なく、他の部隊のようにバランスのいい部隊を編成することができなかったんだ。その二つの町に送る部隊には足りない青銅騎士と白銀騎士を補うためにレベルの高い黄金騎士を多めに編成したんだ」
「成る程、確かに人数を平等にすると目標の戦力に達しなかったり、偏ったりするかもしれないからな……それなら仕方がない」
アリシアが戦力を考えて部隊を編成したことを聞いたダークは羊皮紙を見つめながら納得した。
「青銅騎士と白銀騎士の数を増やすことはできないか?」
「ああ、英霊騎士の兵舎を使えば新しい青銅騎士や白銀騎士を召喚できるぜ」
「なら、青銅騎士は五百人、白銀騎士を三百人ほど召喚してくれないか? そうすれば全ての部隊が目標の戦力と人数になるよう再編成することができるんだ」
「分かった、用意しておく」
ダークは椅子にもたれながら返事をし、ダークの返事を聞いたアリシアは軽く頷いて、頼むと無言で伝える。
部隊の編制の話が終わると、ダークはアリシアが持ってきた羊皮紙を机の隅へ移動させ、アリシアが来る前に見ていた羊皮紙を再び手に取った。
「それがさっき言っていた書類か?」
「ん? ああ、そうだ」
「いったい何が書かれてあるんだ?」
アリシアが羊皮紙の内容を尋ねると、ダークは見てみろ、と無言で持っている羊皮紙を差し出す。アリシアは不思議に思いながら羊皮紙を受け取り、書かれてある内容を黙読し始めた。
しばらく羊皮紙を黙読すると、アリシアの表情が若干変わり、ダークもアリシアの顔を見て目つきを少し変えた。
「ダーク、これはまさか……」
「ああ、周辺国家に送り込んだ連中からの報告書だ」
真剣な表情を浮かべるアリシア見て、ダークも同じように真剣な顔で答える。アリシアはダークの返事を聞くと再び手元の羊皮紙に視線を向けた。
「ここに書かれてある内容からして、まだLMFから来た存在や手掛かりについては何も分かっていないみたいだな」
「ああ……でもまあ、情報を集め始めてからそれほど時間が経っていないからな。仕方がないって言えば、仕方がない」
情報が無いことをダークは残念に思い、目を閉じながら溜め息をつき、アリシアはそんなダークを黙って見つめる。
数ヶ月前にセルメティア王国で発見されたLMFのダンジョン、フルールア宮殿が発見された日からダークは自分以外のLMFプレイヤーが異世界にいる可能性があると考え、仲間を周辺国家に送り、各国の情報を集めながらそのプレイヤーの捜索と手掛かりを集めさせた。
セルメティア王国とエルギス教国は同盟国であるため、何の問題もなく情報を収集することができている。だがLMFプレイヤーに関する手掛かりはなにも得られていない。
デカンテス帝国は以前戦争をした国であるため、ビフレスト王国の存在であることを気付かれないよう慎重に情報を集めないといけない。だからセルメティア王国やエルギス教国よりも情報を集めるのが難しかった。しかし、それでも少しずつ情報を手に入れることはできているので、問題は無い。
セルメティア王国、エルギス教国、デカンテス帝国での情報収集については大きな問題は無いが、マルゼント王国はダークが異世界に転移してきてから一度も接触していない未知の国なので、ある意味でデカンテス帝国以上に情報を集めるのが難しく、四つの国の中で最も得られる情報量が少なかった。
「確か今日、各国に送られた者たちが戻って来て、書類では説明できないような細かい情報の報告をするんだったな?」
「ああ、もうそろそろ戻ってくるはずだぜ。その時に話を聞いて、有力な情報が得られていない、あるいは得られた情報の量が少ない国にはもう少し人手を送ろうと思っている」
より多くの情報を得るために情報収集をする人材を増やそうと話すダークを見て、アリシアはそれがいい、と思いながら真剣な顔で頷いた。
ダークにとって最も重要なのは各国の情報ではなく、いるかもしれないLMFプレイヤーの情報を得ることだった。LMFの世界から来た存在となれば、ダークにとっても脅威になる可能性がある。今後のためにもLMFプレイヤーに関する情報は絶対に手に入れておきたいのダークは思っていた。
二人が向かい合って話をしていると、再び執務室の扉をノックする音が聞こえ、ダークとアリシアは扉の方を向いた。
「マスター、ノワールです」
「入れ」
ダークが許可すると扉が開き、少年姿のノワールが静かに入ってきた。ノワールはアリシアがいることに気付くと簡単に挨拶をしてからダークの方へ歩いていき、アリシアの隣まで移動する。
「マスター、各国で情報収集をしていた方々が戻ってきました」
「噂をすればなんとやら、だな」
ノワールから周辺国家に向かわせた者たちが戻ってきたと聞いたダークは目を若干鋭くしながら呟き、アリシアもダークの方を見て頷く。ノワールは二人の反応を見て不思議そうに首を傾げた。
「アイツらは今何処にいるんだ?」
「あ、ハイ。皆さん、謁見の間に集まっています」
「そうか、じゃあ、早速行って報告を聞くとするかな」
席を立ったダークは机の上の兜に置いてある兜を被り、アリシアとノワールはそれを黙って見ている。準備が整うと、ダークは二人の方を見て目を薄っすらと赤く光らせた。
「では行くとしよう。アリシア、君も一緒に来て報告を聞いてくれ」
「……ああ、分かった」
素の口調から暗黒騎士の口調に変わったダークを見て、アリシアも総軍団長としての雰囲気を出しながら返事をした。
ダークは静かに執務室の外に出ると、長い廊下を歩いていく。アリシアとノワールもダークの後ろをついていき、三人は玉座の前と向かった。しばらく歩いていくと、ダークたちは大きな二枚扉の前までやって来る。その扉はさっきまでダークたちがいた執務室の扉と違い、随分と高級感が感じられる扉だった。
アリシアとノワールが扉を見つめていると、ダークがその二枚扉を両手でゆっくりと押し開ける。扉の向こう側には体育館より少し狭いくらいの部屋があり、天井からはシャンデリアが吊るされ、一番奥にある低めの壇上には大きめの玉座が設置されていた。
壇上の右側にはレジーナ、ジェイク、マティーリア、ファウが並んで待機しており、正面には四つの人影が横に並んで立っている。レジーナたち、そして四つの人影はダークたちが入ってきたことに気付くと一斉に入口の方を向いた。
ダークは無言で玉座の間へと入って行き、アリシアとノワールもその後に続く。静かな玉座の間にはダークたちの足音が響き、レジーナたちはその足音を聞きながら歩くダークたちを見ていた。
やがて、ダークは壇上の前まで移動し、アリシアとノワールは壇上の左側で待機する。ダークも目の前の階段をゆっくりと上がり、玉座に座ると待機している四人に視線を向けた。
四人の内、一人はダークが以前召喚したモンスター、シャドーメフィストのモルドールだった。二人目は黒と紫の全身甲冑の姿をした騎士で顔はフルフェイスの兜で隠されており、腰には騎士剣が佩してある。
三人目は黒とライトグリーンの露出度の高い服と同じ色をした二股のジェスターハットを被った水色の短髪美少女で左目に白い星のペイントが施されている。雰囲気からして彼女はピエロのようだ。そして、四人目は赤い長髪と目、褐色の肌を持ったエルフの美女で銀色の鎧とレイピアを装備している。
この四人は他国の情報を集めさせるためにダークがサモンピースで召喚したモンスターなのだ。人間の町で情報を集められるよう、ダークは人間に近い姿をしたモンスターを選んで召喚したのだ。
「待たせてすまなかったな」
「なにを仰いますか、ダーク様のためであれば私たちは何時間でもお待ちします」
待たせたことを詫びるダークにモルドールは笑いながら頭を下げる。他の三人も無言で頭を下げ、ダークは不機嫌な様子を一切見せないモルドールたちを見て彼らは本当に何時間でも待つかもしれないと感じ、兜の下で苦笑いを浮かべた。
「それで、周辺国家に変化はあったか?」
ダークは気持ちを切り替えて早速本題に入る。アリシアたちもモルドールたちが何か新しい情報を手に入れたのか気になり、真剣な表情でモルドールたちに注目した。
「デカンテス帝国は、前回お送りした報告書の内容どおり、我が国との戦争で失った戦力を補充するために新兵の養成を続けております。それ以外には大きな変化はありません」
「セルメティア王国も大きな変化は無いでげすよぉ~。フルールア宮殿の一件についても調査中みたいでげすし、国民たちも平和に暮らしているみたいでげすぅ~」
「エルギス教国も同じです。セルメティア王国との戦争で負った傷も既に回復しておりますし、亜人たちとも平等な暮らしをしております。近々、亜人たちの中から貴族が選ばれるとか……」
騎士、ピエロの美少女、エルフの美女はそれぞれ自分たちが担当している国で得た情報を説明し、ダークはそれを黙って聞いている。三人が話した内容はこれまでに送られた報告書で知っているため、ダークは驚かなかった。
「モルドール、お前の方はどうだ?」
「ハッ、少しずつですが国の形や王国の重役たちのことが分かってきました。ですが、今まで一度も接触していない国なので、得られた方法はまだそれぐらいしか……」
「そうか……それで、LMFのプレイヤーに関する情報は?」
ダークは最も気になっている情報について尋ねる。すると、モルドールは若干暗い顔をして小さく俯いた。
「申し訳ありません、そちらの方はまだ……」
謝るモルドールを見てダークはLMFの情報はまだ手に入っていないと知って小さく息を吐く。アリシアたちも少し残念そうな顔をしていた。
「まあ、LMFのプレイヤーがいるとすれば、自分たちの情報を他の奴らに知られないよう、マジックアイテムなどを使って何かしらの手を打っているはずだろうからな。簡単には情報は得られないか」
「申し訳ありません」
「いや、気にするな。仕方のないことだ」
ダークの言葉にモルドールは顔を上げてどこか嬉しそうな顔をする。情報を得られなかった自分たちを責めたりしないダークの優しさに感動しているようだ。他の三人も自分たちの主は慈悲深い存在だと思いながらダークを見ている。
「プレイヤーのことはこれから少しずつ情報を集めればいい。とりあえず、今はお前たちが各国で得た新しい情報などを説明しろ」
話題を変えてモルドールたちに各自が担当している国の情報を話すよう指示すると、モルドールたちは真剣な表情を浮かべ、一人ずつダークに順番に説明をしていく。騎士、ピエロの美少女、エルフの美女、モルドールの順に説明していき、ダークやアリシアたちはそれを黙って聞いた。
「……我々の報告は以上です」
「有力と言える変化は無し、か……」
モルドールから説明が終わったのを聞いたダークは腕を組みながら俯く。前回の報告と大して大きな変化が無かったため、ダークは大きな問題が無いことに安心し、同時に何も有力な情報が無いことを残念に思った。
「やはりモルドールたちだけでは得られる情報に限界がある。もう少し人材を増やして情報を集めやすくした方がいいんじゃないか?」
「……そうだな、最初は目立たないよう、少人数で情報を集めるよう考えていたが、もう少し人数を増やした方がいいかもな」
アリシアの考えを聞いたダークは腕を組むのをやめ、モルドールたちを見ながら情報収集をする者を増やした方がいいかもしれないと考える。
モルドールたちが優秀なのは分かっている。だが、どんなに優秀な存在でも一人では得られる情報の量には限りがある。今まで以上に多くの情報を集めるためにもモルドールたちを手伝う者を用意する必要があった。
「と言うわけで、お前たちと共に情報を集める者を用意する。各自、担当の国に戻る時はその者たちを連れて戻れ」
『ハッ!』
ダークの言葉にモルドールたちは跪きながら返事をした。
「でも、ダーク兄さん、一体誰を行かせるの? まさかモンスターや青銅騎士たちじゃないわよね?」
レジーナが複雑そうな顔をしながらダークに尋ねる。それを聞いたジェイク、マティーリア、ファウの三人は若干不安そうな表情を浮かべた。
並のモンスターでは知能が低く、会話もできないので、情報を手に入れてもそれを仲間に伝えることはできない。何よりも、知能の低いモンスターが町に入ったら大騒ぎになってしまう。
かと言って、青銅騎士たちを行かせれば、ビフレスト王国の騎士が密かに情報を集めていると知られれば、後々面倒なことになる。ダークは敵になるか、味方になるかも分からないLMFプレイヤーに自分の存在を気付かれないよう、できるだけ密かに情報を集めたいと思っていたので、モルドールたちをこっそり送り込んだのだ。
同盟国のセルメティア王国やエルギス教国なら問題は無いが、デカンテス帝国とマルゼント王国の場合は密かに情報を集めていることがバレてはマズい。レジーナたちはそのことを心配していたのだ。
レジーナたちの心配を考えるのなら、モルドールたちと共に周辺国家に行かせるのは、人間に近い姿をしており、知能が高く、ビフレスト王国の住民であるとバレないような存在がいいと考えられる。
「勿論、モンスターや青銅騎士たちには行かせない。この国の住民で、情報収集能力に長けており、他国に足を踏み入れても怪しまれない者を選ぶつもりだ」
ダークもレジーナたちが心配していることには気付いていたため、最初から情報収集をするのにピッタリな存在を選ぶつもりでいた。レジーナたちはダークがしっかりと考えていることを知って少し安心の表情を浮かべる。
レジーナたちの反応を見たダークは視線をモルドールたちに向けて薄っすらと目を赤く光らせた。
「バフルール、お前には我が軍に所属している男を同行させる。彼は元セルメティアの民だ、お前よりもセルメティアのことは詳しいはずだ、分からないことがあれば訊くといい」
「了解でげすぅ~」
「ビュティー、お前はドルジャスを連れていけ。アイツはエルギス出身のリザードマンで、国に詳しく実力もある。役に立つだろう」
「ハッ、ありがとうございます」
「マレフィクス、お前は元エルギスの冒険者だった女を同行させる。盗賊系の職業を持つ彼女ならデカンテス帝国でも様々な情報を手に入れてくれるだろう」
「承知しました」
ダークはピエロの美少女をバフルール、エルフの美女をビュティー、騎士をマレフィクスと呼びながら同行させる者の情報を話し、三人はダークを見つめながら返事をする。
バフルールは魔性道化という上級の悪魔族モンスターで攻撃と移動の速度が高く、敵をかく乱させて戦うことを得意としている。ビュティーはブラッドエルフと呼ばれるエルフの姿をした妖精族の上級モンスター、剣と魔法の両方で攻撃ができるバランスのいいモンスターだ。そして、マレフィクスはエビルナイトと呼ばれる上級悪魔族モンスターで剣による接近戦を得意とし、近づく敵のステータスを低下させる能力を持っている。
三人とも、サモンピースのナイトで召喚された自我と理性を持った強力なモンスター、しかも全員のレベルが70代なので、人間の英雄級にも余裕で勝てる力を持っていた。何か問題が起きた時に対処できるよう、ダークは高レベルの彼らを召喚して情報収集を任せようと考えたのだ。
「さて、後はモルドールと共にマルゼントへ向かう者なのだが……」
「マスター」
ダークがマルゼント王国での情報収集を任せる人材を考えていると、ノワールが突然声をかけてきた。ダークやアリシアたちは一斉に視線をノワールに向ける。
「どうした、ノワール?」
「マルゼント王国での情報収集、僕に任せてもらえませんか?」
ノワールの口から出た言葉にダークは少し意外そうな反応を見せ、アリシアたちは目を見開いて驚く。勿論、モルドールたち、情報収集をしているモンスターたちも同じように驚いていた。
「ノ、ノワール、いきなり何を言い出すんだ?」
アリシアは少し動揺した様子でノワールに話しかける。ダークの使い魔であり、ビフレスト王国の主席魔導士の立場にあるノワールがマルゼント王国で情報収集をすると言い出したのだから当然だ。
ノワールは驚いているアリシアを見ると落ち着いた様子で口を動かした。
「いや、魔法の研究に力を入れている国ですから、一度この目でどれほどの魔法技術があるのか確かめようと思いまして……」
「だからと言って、主席魔導士のお前が直接向かうのは色々と問題があるのではないか?」
「大丈夫ですよ。それに、もしかすると僕らの知らない魔法があるかもしれません。習得できればこの国の今後の活動にも役に立つと思いますから、行って習得しておきたいんです」
マルゼント王国にしか存在しない魔法を覚えるためにマルゼント王国に行ってみたいと、微笑みながら言うノワールにアリシアは困ったような顔をする。ダークは驚く様子も見せず、黙ってノワールを見つめていた。
「それなら、わざわざ行かなくても、その魔法が記された魔導書をモルドールたちに持ってきてもらえばいいだろう?」
「それはできません」
アリシアがノワールを説得していると、黙っていたモルドールが口を開き、ダークたちは視線をモルドールに向けた。
「魔導書は貴重な物で殆どが図書館で保管されています。図書館で読んだり、借りたりすることはできても、町の外に持ち出すことができません。これはどの国でも同じことです」
「そ、そうなのか……」
魔導書などに詳しくないアリシアはモルドールの説明を聞いて驚きながら納得する。レジーナたちは多少は魔導書に関する知識を持っていたため、モルドールの説明を聞いて、やっぱりなと言いたそうな顔をしていた。
「という訳で、魔法を覚えるには直接マルゼント王国へ行って習得するしかないんです」
「う~む……ダーク、どうする?」
アリシアは腕を組みながらダークの尋ねた。ノワールはあくまでダークの使い魔なので、ノワールを行かせるかどうかは主人であるダークが決めることだと考え、アリシアは彼の考えを聞くことにした。
「……構わない。ノワールが行きたいのなら行かせてやろう」
「ええっ!?」
ダークの口から出た意外な言葉にアリシアは思わず声を出す。レジーナたちも意外そうな顔をしており、ノワールは小さな笑みを浮かべながらダークを見ていた。
「い、いいのか?」
「ああ、ノワールの言うとおり、魔法研究がどこまで進んでいるのかを詳しく知るのなら、直接見た方がいい。それに私たちの知らない魔法が存在するのなら、ノワールに習得してきてもらいたい。モンスターであるモルドールは新たに魔法を習得することはできないしな」
少しでも詳しくマルゼント王国の情報を得るために、ビフレスト王国で最も優秀な魔法使いであるノワールを行かせた方がいいというダークは考えを聞き、アリシアは一理あると感じて考え込む。レジーナたちもマルゼント王国を調べるのなら、ノワールが一番適任かもしれないと感じた。
「まあ、ダークがいいと言うのなら、私は反対しないが……」
「フッ、そうか。お前たちはどうだ?」
ダークは黙って話を聞いていたレジーナたちに尋ねると、レジーナがダークを見て小さな笑みを浮かべた。
「あたしもアリシア姉さんと同じよ、ダーク兄さんがそうしたいなら反対はしないわ」
「俺もだ」
「妾は魔法のことには興味は無い。若殿の好きにすればよい」
「あたしも異議はありません」
レジーナに続き、ジェイク、マティーリア、ファウもノワールを行かせることに反対しないと答え、四人の意見を聞いたダークは小さく笑い、視線をノワールの方に向ける。
「という訳だ。ノワール、お前にマルゼント王国での情報収集は任せたぞ?」
「ハイ、ありがとうございます。マスター」
重役を任せてくれたダークにノワールは笑いながら頭を下げて礼を言う。
「ただ、お前はあくまでマルゼント王国とLMFのプレイヤーの情報を集めるために行くんだ。重要な情報やプレイヤーの手掛かりが手に入る機会があったら、魔法の習得よりもそっちを優先しろ」
「ハイ、勿論です」
「それと、アリシアも言ったようにお前はこの国の主席魔導士だ。主席魔導士が長時間この国を離れるのは色々とマズい。だからある程度重要な情報が手に入り、魔法を習得したらこっちに戻れ」
「分かりました」
ダークの言葉にノワールは真剣な表情を浮かべながら返事をする。アリシアたちは力の入った声で返事をするノワールを見て、相変わらずしっかりしているな、と感じて笑みを浮かべた。
ノワールがマルゼント王国に行くことが決まると、ダークは待機していたモルドールの方を向く。モルドールはダークと目が合うとフッと反応し、素早く姿勢を正した。
「という訳で、マルゼント王国にはノワールが行くことになった。モルドール、向こうに着いたらノワールに色々教えてやってくれ」
「あ、ハイ。かしこまりました」
モルドールはノワールのことを頼まれると、少し驚いた様子で返事をした。ダークの使い魔であるノワールはモルドールや他のモンスターたちにとってダークと同じくらい特別な存在、そんなノワールの面倒を見るよう頼まれたので、モルドールは少し緊張しているようだ。
ノワールの面倒を任されたモルドールを見たバフルールたちは、自分たちにとって神に等しい存在と共に仕事ができるモルドールが羨ましいのか、どこか悔しそうな様子で見ていた。モルドールはそんなバフルールたちのことは気にせずにダークを見ている。
「……さて、これで話は終わりだな。今日は城で休み、明日の朝、担当している町へ戻れ」
『ハッ!』
報告が終わり、ダークがモルドールたちに指示を出すと、モルドールたちは声を揃えて返事をする。アリシアたちも報告が終わったのと同時に肩の力を抜いて体を楽にした。
「ちょっと待ってくれ」
ダークたちが解散しようとした瞬間、突然謁見の間の若い女の声が響く。声を聞いたダークたちは反応し、謁見の間の入口である二枚扉に視線を向けた。
第十七章、投稿を開始しました。今回は今まで手つかずの国、マルゼント王国が舞台です。