第二百二十二話 海賊狩り
「な、何なのだ、これは……」
目の前の光景を目にし、ベガンは声を震わせる。周りにいるセイレーンたちも目を見開きながら驚いていた。
ベガンたちから少し離れた所ではダークたちが海賊たちを相手に善戦している。僅か六人で数十人の海賊を次々と倒し、少しずつその人数を減らしていく。それは普通に考えば決してあり得ない光景だった。セイレーンたちは自分たちが同じくらいの人数で挑んでも苦戦した相手を六人で押している人間たちの姿が信じられず、黙って見つめている。
「ぞ、族長、あれはいったい、どうなっているんですか?」
「私にも分からん……」
隣で飛んでいるセイレーンの質問にベガンは答えることができず、ただ驚きながらダークたちの戦う姿を見ていた。
最初は六人で十倍以上の戦力を持つ海賊に勝つなど絶対に無理だと考えていたベガンだったが、ダークが最初に大剣で海賊たちを吹き飛ばした光景を見て衝撃を受けた。その後、ダークやアリシアたちが海賊たちを圧倒する姿を目にし、自分は夢を見ているのかと考えるようになる。
だが、戦いを見ている内に少しずつダークたちの力は本物だと、目の前で起きていることは現実なのだと考えるようになっていった。
(とんでもない力だ。見た感じからして、彼らは全員、人間の英雄級の域まで辿り着いている可能性が高い。もしそうなら、ダーク殿が自分たちだけで戦うと言ったのも納得がいく)
ベガンは心の中で戦う前にダークが言った言葉に納得し、同時にダークたちが人間の英雄級の実力を持っているのだと理解する。六人全員が英雄級の実力を持っているのなら、たとえ十倍以上の戦力を持つ敵が相手でも十分勝機はあるとベガンは感じた。
「……ねぇ、もしかすると、海賊たちに勝てるんじゃないかしら?」
「ええ、私もそう思うわ」
「六人であの数の海賊を圧倒しているんだ、勝てる可能性は高いぞ」
ダークたちの活躍する姿を見ていたセイレーンたちの顔からは少しずつ驚きが消え、笑みを浮かべる者が増えてきた。ダークたちの姿を見て士気が高まってきたようだ。ベガンも余裕を見せる仲間たちの姿を見て小さな笑みを浮かべていた。
(皆の士気が高まってきた。これならもし、ダーク殿たちが海賊たちに押されることになっても全力で加勢することができるな)
ベガンはダークたちを見つめながら自分たちが海賊たちと戦う事態になった時のことを考える。ダークたちの戦いを見て、彼らが負けるなんてことは想像できないが、もしもの時のために、いつでも戦えるよう臨戦態勢に入っておいた方がいいと思っていた。
海賊たちに勝てるかもしれない、そう思いながらベガンたちはダークたちと海賊たちの戦いを空と地上から見守った。
一方、海賊たちは驚きと恐怖の表情を浮かべながらダークたちを見ていた。圧倒的な力で次々と仲間を斬り捨て、自分たちに迫ってくるダークたちに海賊たちは悪寒を走らせる。既に半分近くの仲間が倒されており、海賊たちの中には戦意を失う者も出てきていた。
「馬鹿な、こんなことが……」
後方で戦いを見ていたシャルディーも信じれられない光景に目を見開いて驚いている。最初はダークたちを八つ裂きにしてやろうと叫んでいたが、今のシャルディーからはその時の勢いは全く感じられなかった。
シャルディーが仲間を倒していくダークたちを見ていると、一人の海賊がシャルディーの下に駆け寄ってくる。その海賊はボロボロの姿をしており、表情からはダークたちに対する恐怖が感じられた。
「船長、アイツらはヤベェ! 多分、アイツら全員、英雄級の実力を持っていやがる。俺らじゃ勝ち目はねぇよ!」
「な、なに言ってるんだ! 確かに力は異常なくらい強いが、たった六人だ。四方八方から一斉に攻撃すれば英雄級が相手でも勝機はあるはずだ!」
「それならもう試した! だが、アイツらには隙が全くねぇんだ。背後から攻撃しても、別々の方向から一斉に攻撃してもダメだった。特にあの黒騎士、どういう訳か攻撃が当たる直前に何か見えねぇもんに弾かれちまって攻撃を当てることもできねぇんだ!」
海賊は取り乱しながら戦いの中で目にしたダークたちの強さ、そして自分たちでは想像もつかない現象が起きていることを伝え、それを聞いたシャルディーは焦りを感じているのか表情を歪ませながら微量の汗を流す。
最初はダークたちを一国を治める騎士とそれに付き従う冒険者くらいにしか思っていなかったシャルディーだったが、今になってようやくダークたちが只者ではないと感じ始めていた。どうすればこの状況を打開できるのか、シャルディーは俯きながら必死に策を考える。
「……仕方がない、船にいる魔法使いたちを呼び出し、魔法で奴らを吹き飛ばすか」
考えたシャルディーは海賊船の番をさせている魔法使いの団員たちを呼び出そうと考える。セイレーンたちを傷つけないために海賊船で待機させていたが、今の状況を考えると、海賊船から連れてきて共に戦わせるのが一番だと思ったようだ。
「ま、まだ戦う気かよ? あんな奴ら相手じゃ魔法使いを連れてきても勝てる可能性は低いぜ。もういっそのことセイレーンたちは諦めて逃げちま……」
魔法使いたちと合流して戦いを続行しようとするシャルディーに海賊が異議を上げようとする。すると、突然背後から爆発音が聞こえ、シャルディーと海賊はビクッと驚きの反応を見せた。
爆発音がした方を向くと、シャルディーと海賊の視界に炎に包まれながら倒れている数人の仲間とその近くになっているノワールが入った。ノワールの周りにいる海賊たちはサーベルを構えながら無表情で立っているノワールを見つめている。
「あのガキ、魔法使いか何かか?」
「た、多分そうだと思うぜ……」
「チッ! なら先にあのガキを殺せ。魔法使いは接近戦に弱い、英雄級の実力者でも勝てるはずだ」
「だ、だけどよぉ……」
ノワールを倒せというシャルディーの命令に海賊が不安そうな声を出す。そんな海賊を見たシャルディーは険しい顔をしながら海賊の胸倉を掴んだ。
「早く行け! それともここで俺に斬り殺されたいか!?」
「わ、分かったよ」
怒鳴られた海賊はサーベルを手にしてノワールの方へ走って行く。シャルディーは部下の情けない姿を見て思わず舌打ちをする。
既にダークたちとの力の差は歴然なのに勝てると思い込んで部下たちを戦わせるシャルディー、今の彼は海賊たちを束ねる船長ではなく、自分の気に入らない相手を勝つことしか考えていない我が儘な子供と同じだった。
サーベルを構えている海賊たちの中でノワールはジッと前を向いていた。周囲の海賊たちは全員、険しい顔や少し驚いた顔でノワールを見ているが、ノワールは表情を一切変えずに目だけ動かして海賊たちを見ている。
「どうしたんです? 攻撃してこないんですか?」
ノワールは周囲の海賊たちに無表情のまま尋ねる。海賊たちはそんなノワールを見て微量の汗を流した。少し前までは普通に攻撃していたのだが、ノワールの強力な魔法で仲間が次々と倒される光景を見てからは魔法を警戒して攻撃することができなくなっていたのだ。
「お、おい、どうする?」
海賊の一人が隣にいる仲間の海賊に小声で話しかける。すると、声をかけられた海賊はノワールを警戒しながら口を動かした。
「奴が使う魔法は確かに強力だ。だが、近づくことさえできれば魔法を封じることができる。一気に距離を詰めて殺っちまえばいい」
「だが、どうやって近づくんだよ?」
「俺が投げナイフで牽制するから、その隙に近づけ」
海賊は声をかけてきた仲間に投げナイフを見せ、それを見たもう一人の海賊はしばらく投げナイフを見つめた後に頷き、視線をノワールに向けた。
ノワールは周囲を見回して海賊たちの様子を窺っている。そんな中、ノワールは小声で会話をしていた海賊たちに背を向けた。その瞬間、海賊はノワールに向かって投げナイフを投げ、それと同時にもう一人の海賊もノワールに向かって走り出す。周りにいる海賊たちは動き出した仲間の姿を見て意外そうな表情を浮かべた。
周囲の海賊たちを見ていたノワールは背後から気配を感じて振り返る。すると、顔の1mほど先まで迫って来ている投げナイフとその後に続くように走って来る海賊が視界に入り、ノワールはおっ、という表情を浮かべた。ノワールの反応を見て、投げナイフを投げた海賊は当たる、と感じて小さく笑った。
投げナイフを投げて、もし当たればノワールを麻痺させることができ、当たらなくてもノワールに近づく隙を作ることができる。海賊たちはこれでノワールを倒すことができる、そう考えていた。
ところが、投げナイフがノワールの数cm手前まで近づいた瞬間、投げナイフは見えない何かに弾かれて地面に落ちた。その光景を見て、投げナイフを投げた海賊、周囲にいた他の海賊たちは目を見開いて驚く。ノワールに向かって走っていた海賊も突然弾かれた投げナイフを見て驚き、急停止しようとしたが、それよりも先にノワールが動いた。
「火弾!」
ノワールの手から火球は勢いよく放たれ、走ってきた海賊に命中すると海賊の体を炎で包み込んだ。
火球を受けた海賊は全身の熱さと痛みに声を上げながら暴れ回り、しばらくすると糸が切れた人形のように倒れて動かなくなる。仲間が焼き殺された光景を見た海賊たちは驚愕の表情を浮かべていた。
「申し訳ありませんが、僕は物理攻撃無効Ⅱの技術を装備していますので、レベルの低い敵の物理攻撃は全て無効化します。ですから、皆さんの攻撃も僕には届きません」
自分の技術のことをノワールは無表情で海賊たちに説明する。海賊たちはノワールの言っていることの意味が理解できず、ただサーベルを構えてノワールを警戒していた。
「クソォッ、こうなったら全員で一斉に攻撃するんだ!」
海賊たちが警戒していると、投げナイフを投げた海賊が大きな声で一斉攻撃をするよう仲間に伝え、それを聞いた他の海賊たちはもうそれしかないと感じたのか、サーベルを手にノワールに向かって走り出す。もはや海賊たちはに力押しするしか方法が思いつかなかった。
突っ込んでくる海賊たちを見たノワールは目を閉じながら小さく溜め息をつく。自分には攻撃が通用しないと伝えたにもかかわらず突撃してくる海賊たちを哀れに思っていた。
「投げナイフが弾かれたのを見てもまだ勝てる気でいるとは……愚かな人たちですね」
残念そうな口調で呟いたノワールはゆっくりと目を開けて右手を高く掲げる。すると、ノワールの真上に緑色の魔法陣が展開され、魔法陣の真ん中に青白い雷球が作られた。
「滅びの雷!」
ノワールが叫ぶと、雷球から無数の電撃が放たれ、ノワールの周囲にいる海賊たちの中に落ちる。落ちた電撃は広がって近くにいる海賊たちを呑み込み、電撃を受けた海賊たちは断末魔の声を上げた。
電撃が治まるとノワールの周りにいた海賊は全員黒焦げになって倒れ、ノワールは海賊を全て倒したのを確認すると小さく息を吐いた。
「フゥ、これでこの辺りの敵は全て倒したかな……それじゃあ、次の敵を探しに行こう」
何事も無かったかのようにノワールは着ているローブに付いた砂を払い落し、それが終わると別の場所にいる海賊たちと戦うためにその場を移動した。
ノワールが海賊と戦っていた場所から数十m離れた場所ではマティーリアが海賊たちと戦っている。ジャバウォックを勢いよく振り回し、近づいてくる海賊たちを次々と薙ぎ倒すその姿は鬼神のようだった。海賊たちはマティーリアの力と迫力に圧倒され、表情を歪ませながら武器を構えている。
近くにいる海賊を全て倒すと、マティーリアは自分の周りにいる海賊たちに視線を向けた。海賊は二十人ほどおり、数人が弓矢を持ち、残りは全員サーベルを装備している。
「なんじゃ、最強の海賊団というからもう少しできると思ったが、この程度なのか?」
マティーリアはジャバウォックを肩に担ぎながらつまらなそうな顔で周りにいる海賊たちを挑発する。海賊たちは幼い少女の姿をするマティーリアが偉そうな態度を取るのが気に入らないのか、悔しそうな顔でマティーリアを睨んでいる。
「テ、テメェ、調子に乗るんじゃねぇぞ?」
「ちょっと優勢だからって調子に乗りやがって!」
サーベルを構えながら海賊たちはマティーリアに言い返す。マティーリアはそんな海賊たちを見て、明らかに強がっていると感じ、心の中で呆れ果てた。
「この状況でそんなことを言っても、説得力に欠けるぞ?」
「黙れぇ! こっちまだ本気を出しちゃいねぇんだ。今すぐにそんな口を叩けないようにしてやるから、覚悟しろよ、小娘!」
「……ああぁ?」
一人の海賊の言葉でつまらなそうにしていたマティーリアの顔が一気に険しくなる。突然表情を変えたマティーリアに驚いたのか、海賊たちは思わず後ろに下がってしまった。
「……誰が小娘じゃ、ああ?」
「な、何だコイツ、急にキレやがったぞ?」
「さあな、ガキの考えてることなんて分からねぇよ」
マティーリアが腹を立てている理由が分からずに海賊たちは興味の無さそうな顔で話す。すると、マティーリアは肩に担いでいたジャバウォックを構え直し、背中から竜翼を出して大きく広げる。それと同時にジャバウォックの剣身が黒い靄に包み込まれた。
竜翼を広げたマティーリアの姿と剣身を包み込む靄を見て海賊たちは目を見開いて驚く。そんな海賊たちをマティーリアは鋭い目で睨みつける。
「口だけの海賊風情が、妾をガキ呼ばわりするなぁ!」
マティーリアは大きな声を上げながらジャバウォックを勢いよく前に突き出す。すると、剣身に纏われていた靄が一直線に放たれ、マティーリアの正面にいる海賊たちを呑み込んだ。
靄に呑み込まれた海賊たちは体中の痛みに悲鳴を上げ、しばらくすると一人ずつ崩れるように倒れた。謎の攻撃で仲間が殺されたのを見た海賊たちは表情を歪ませて驚いている。
正面にいた海賊たちを倒したマティーリアは竜翼をはばたかせて飛び上がり、海賊たちは飛んだマティーリアを見上げて目を大きく見開いている。次々と予想外のことが起きる現状に海賊たちは言葉を出すことができなくなっていた。
「もう容赦はせん、全員地獄に送ってやるわぁ!」
怒りを露わにするマティーリアは大きく息を吸い込むと、地上にいる海賊たちに向かって炎を吐いた。炎は受けた海賊たちは火だるまになり、声を上げながら浜辺を転がしたり、海に飛び込んだりして火を消そうとする。だが、殆どの海賊が火を消す前に息絶え、運よく炎に呑まれなかった海賊たちは仲間たちの焼死体を見て更に驚いた表情を浮かべた。
マティーリアは空を飛びながら自分が黒焦げにした海賊たちを見下ろしてフン、と鼻を鳴らす。自分を子供扱いした海賊たちを倒しても、まだ少し機嫌悪いようだ。そんな時、炎に呑まれなかった海賊の中にいる弓矢を持った海賊たちがマティーリアに向かって矢を放った。マティーリアの強さに驚いてはいるが、まだ戦意を失ったわけではないようだ。
地上から飛んでくる無数の矢に気付いたマティーリアは視線を矢に向けると、ジャバウォックを素早く振って飛んできた矢を全て叩き落す。矢を落とされた光景を見た海賊たちは呆然としながら後ろに下がる。
「そんな玩具で妾を殺せると思っておるのか? 見くびるなよ、青二才どもが」
矢を放ってきた海賊たちを睨みながらマティーリアは低い声を出す。そんな彼女の姿を見て、海賊たちは悪寒を走らせた。
マティーリアはジャバウォックを両手で握ると弓矢を持つ海賊たちに向かって急降下する。海賊たちは自分たちに向かってくるマティーリアを見て驚き、慌てて迎撃しようとした。
だが、矢を放とうとした時には既にマティーリアは目の前まで近づいてきており、海賊たちは青ざめる。そんな海賊たちは睨みながらマティーリアはジャバウォックに気力を送り込み、剣身を赤く光らせた。
「剛爪竜刃撃!」
マティーリアは戦技を発動させ、ジャバウォックを海賊たちに向かって勢いよく振り下ろす。マティーリアは正面にいる海賊の体を左肩の部分から両断する。そして、剣身が浜辺に触れた瞬間、強い衝撃波が発生し、砂を舞い上げるのと同時に周りにいる海賊たちを吹き飛ばした。
海賊たちを吹き飛ばすとマティーリアは地上に下り立ち、近くにいる海賊を次々と斬っていく。周りにいる海賊たちの中にはマティーリアの力と恐ろしさに恐怖して逃げ出す者が現れ、そんな海賊たちを見たマティーリアは小さく舌打ちをした。
「チッ、口先だけの腰抜けどもが」
最初は勝てると言って馬鹿にしてきたのに今では戦意を失って逃げ出す、海賊たちの態度の変わりようにマティーリアは呆れ果てる。マティーリアは逃げる者は斬る価値がないと考えたのか、追撃はせずにまだ戦意を失っていない海賊だけを攻撃した。
あちこちで倒されている部下を見て、シャルディーは表情を歪ませながら大量の汗を流す。既に連れてきていた海賊は八割近くが倒され、浜辺は海賊の死体だらけとなっていた。
「な、何でだ、何でたった六人の敵に圧倒されてるんだ……」
目の前の光景を受け入れることができないシャルディーは僅かに震えた声を出す。目の前の光景は全て幻だ、自分は夢を見ているんだ、と何度も考えたが、目の前の光景が変わることはなかった。
シャルディーは戦況の衝撃を受けていると、前線で戦っていた海賊たちが次々と後退し、シャルディーの真横を通過する。シャルディーは後退する部下たちを見てフッと我に返った。
「お、おい、お前ら! 下がるな、戦えぇ!」
大きな声で海賊たちに戦うよう命令するが、誰一人前に出ようとはせず、シャルディーの後ろまで後退する。そんな海賊たちの姿を見てシャルディーは悔しさと苛立ちが混ざったような表情を浮かべた。
「お前の部下は完全に戦意を失ったようだな?」
シャルディーが海賊たちを見ていると後ろから声が聞こえ、シャルディーは慌てて振り返る。そこには大剣を肩に担いでいるダークが立っており、その後ろにはアリシアたちが得物を手にして立っている姿があった。そして、ダークたちの後ろや足元には彼らに倒された海賊たちの死体が大量に転がっている。
百人近くいた海賊の内、約八十人の海賊がダークたちに敗れた倒された。そのため、シャルディーの後ろに後退した海賊は僅か二十数人しかいない。後退した海賊たちはもう自分たちに勝ち目は無いと感じ、戦意を失っている。
「ば、馬鹿なぁ……!」
「これ以上戦ってお前たちに勝ち目は無い、投降しろ。そうすれば命だけは保障する」
目を赤く光らせながらダークはシャルディーに投降を要求する。シャルディーは表情を歪ませながらゆっくりと後ろに下がって振り向く。すると、上陸する時に乗ってきた小船が視界に入り、それを見たシャルディーは目を僅かに鋭くした。
「全員、小船に乗れぇ! 船まで下がるぞ!」
突然シャルディーは大きな声で海賊たちに海賊船まで下がるよう指示を出し、それを聞いた海賊たちやダークたちが意外そうな反応を見せる。
シャルディーは慌てて一隻の小船に乗り、海賊たちも遅れて小船に乗った。全員が乗ると海賊たちは急いで小船を漕ぎ、シャルディーたちは浅瀬から脱出する。
二隻の小船が沖の方へ移動する光景をダークたちは止めることなく黙って見つめており、後方にいたベガンたちも少し驚いた顔で海賊たちを見ている。すると、船首にいたベガンがダークたちの方を向き、鋭い目で睨みつけてきた。
「誰が投降なんてするか! まだ船には魔法使いの仲間がいるんだ、ソイツらの魔法で沖から攻撃し、テメェらをぶっ殺してやるぜ!」
魔法使いたちを使って再び攻撃を仕掛けると言い放つシャルディーに小船を漕ぐ海賊たちは、まだ戦うのか、と言いたそうな顔をする。あれだけ大勢の仲間を殺されたのにまだ戦おうとするシャルディーに海賊たちは驚きを感じていた。
だが、海賊の中には船長のシャルディーに逆らえばどうなるか分からないという恐怖を感じる者や、ダークたちの攻撃が届かない沖から魔法で攻撃をすれば勝てるかもしれないと考えを改める者がいるため、誰もシャルディーに異議を上げることはなかった。
「あの船長、まだ私たちに勝つ気でいるのか」
「あそこまで馬鹿だと呆れを通り越して感心しちまうな」
後退していくシャルディーたちを見ながらアリシアとジェイクは呆れた口調で呟く。レジーナとマティーリアも馬鹿な奴らだ、と言いたそうな顔でシャルディーたちのを見ていた。
ダークたちがシャルディーたちを見ていると、後方で待機していたベガンとセイレーンたちがやって来た。ベガンはダークの隣に来ると後退するシャルディーたちに視線を向けた。
「アイツら、このまま好きにさせてたまるか! ダーク殿、ここからは我々が行く。空を飛べる我々なら奴らを追撃することができるからな」
そう言ってベガンは翼を広げて飛び上がろうとする。すると、ダークがベガンの肩に手を乗せて飛ぶのを止めた。
「その必要は無い。既に手は打ってある」
「え?」
ダークの言葉にベガンは意外そうな反応を見せ、アリシアたちはダークの言葉の意味を理解したのか、黙って彼に視線を向けた。
「愚かな船長よ、私は警告を無視した者を見逃してやるほどお人好しではないぞ?」
遠くにいるシャルディーに語り掛けるようにダークは呟き、離れていく小船を見つめた。ベガンはダークが何を言っているのか理解できず、不思議そうな顔でダークの横顔を見ている。
シャルディーたちが乗る小船は既に浅瀬から200mほど離れた所まで移動していた。ダークたちの追撃は無く、セイレーンたちも追って来ていないため、シャルディーと海賊たちは逃げ切ったと安心しきっている。
「船長、此処までくれば、もう大丈夫じゃねぇか?」
「ああ、だが、休んでる暇はねぇぞ。ちゃっちゃと船にいる連中を連れて来て奴らに反撃するんだ!」
ダークたちに目にものを見せる、シャルディーはそのことだけを考えながら海賊たちに向かって力の入った声を出す。その時、突然小船の数m先の海面から何かが勢いよく飛び出し、それによって発生した波で小船が大きく揺れる。シャルディーと海賊たちは驚きならが小船にしがみ付いた。
「な、何だ!?」
シャルディーは驚きながら飛び出してきたものを確認する。そこには長い首を伸ばし、シャルディーたちを見下ろしているオールドシードラゴンだった。
「な、何だコイツは?」
初めて見るモンスターにシャルディーは目を大きく見開き、海賊たちも全員、現れたモンスターを見て驚いている。
オールドシードラゴンは驚いているシャルディーたちを見下ろした後、頭部をシャルディーの頭部と同じ高さまで移動させて大きく口を開け、口から水を吐き出す。その水は細く、勢いよく一直線に伸びており、まるで水圧カッターのようだった。
水は船首にいるシャルディーに向かって放たれ、シャルディーは驚愕の表情を浮かべながら迫ってくる水を見ている。そして、水はシャルディーの頭部に命中すると跡形もなく吹き飛ばした。
シャルディーの頭部が吹き飛ばされた光景を見た海賊たちは驚きのあまり固まってしまう。そんな中、オールドシードラゴンは水を吐き出したまま下を向いた。それと同時に吐き出されている水も下がり、海賊たちが乗っていた小船を真っ二つにする。
海賊たちは小船が破壊されたことに驚いて声を上げ、全員海に落ちた。オールドシードラゴンはそのままもう一隻の小船の方を向き、その小船も水で破壊して乗っていた海賊たちを海に落とす。海賊たちが乗る二隻の小船はオールドシードラゴンと遭遇してから僅か数秒で破壊されてしまった。
「な、なんと……」
オールドシードラゴンがシャルディーたちを倒した光景を見たベガンは驚きのあまり声を漏らし、セイレーンたちもオールドシードラゴンの力の驚いて呆然としている。
アリシアたちは流石はダークが召喚したモンスター、と笑みを浮かべながら心の中で感心しており、ダークも大剣を肩に担ぎながらオールドシードラゴンを見ていた。
「なかなか強力だな」
「ハイ、海賊が相手では全力で戦うところを見ることはできませんが、それでも十分強いことが分かります」
オールドシードラゴンが予想以上に強力で使えることを知り、ダークとノワールは少し楽しそうな口調で会話をする。それと同時に、今回得た水生族モンスターの情報を上手く使えば、今後のビフレスト王国の発展や活動に色々と役に立つだろうと二人は考えた。
「まさか、本当に六人で海賊を撃退してしまうとは思わなかった……」
ダークとノワールがオールドシードラゴンを見ていると、ベガンが少し低めの声を出す。声を聞いた二人は視線をオールドシードラゴンからベガンの方に向けた。
「ダーク殿、貴方がたは一体何者なのだ? どこでそれほどの力を手に入れたのだ?」
「悪いがそれは事情があって話すことはできない」
「そうか……まあ、誰にでも人に言えないことの一つや二つはあるからな」
ベガンはダークの返事を聞いて納得する。ダークとノワールはベガンがもう少し追究してくるのではと思っていたのか、アッサリと納得したベガンを見て意外そうな反応を見せた。
ダークたちは視線を沖の方に向け、オールドシードラゴンが破壊した小船の残骸とその近くで慌てている海賊たちの生き残り、その海賊たちをなにもせずに見下ろしているオールドシードラゴンを見つめる。
「シャルディー海賊団はほぼ壊滅した。残っているのはあそこの生き残りと海賊船にいる数人の魔法使いだけだ」
「そうか……では、あとは我々だけでも海賊たちを片付けよう」
さすがに自分たちを狙ってきた海賊の相手をダークたちに任せ、自分たちは何もしないというのは失礼だと感じたのか、残っている海賊は自分たちだけでなんとかするとベガンは語り、それを聞いたダークはベガンたちが戦うことに反対せず、無言で頷いた。