第二百二十一話 浜辺の激戦
海賊船から小船に乗り換えた海賊たちは東の浜辺に向かって小船を漕いでいく。小船の数は十隻で全ての小船に十人の海賊が乗っており、船首と後方に立つ海賊は周囲を警戒している。
小船に乗っている海賊は全員サーベルや弓矢を装備しており、弓矢を持つ海賊は小船を漕がずに船首と後方に立っている。船首に立つ海賊は望遠鏡で浜辺の様子を窺っていた。そして、船首に立つ海賊の中には船長であるシャルディーの姿もある。
「ヘッ、今回もしっかりと守りを固めてやがったか」
シャルディーは小さく笑いながら望遠鏡で浜辺に集まっているセイレーンたちを見ており、小船を漕ぐ海賊たちもシャルディーの言葉を聞いて不敵な笑みを浮かべている。
これまでの襲撃ではセイレーンたちに負けて退却していたが、前回の襲撃でセイレーンたちの戦力をある程度削ぐことができたうえ、今度は自分たちも全ての戦力を使ってセイレーンたちを襲撃するため、シャルディーは今回の襲撃で必ずセイレーンたちに勝つと確信していた。
「いいか、野郎ども。もう少し近づいたら弓矢でセイレーンどもを牽制しろ。既に混乱防止のポーションを飲んでいるため、奴らの歌声で混乱することはない。歌声のことは気にせずに矢を撃ちまくるんだ!」
シャルディーは海賊たちの方を向くと大きな声で指示を出し、それを聞いた海賊たちも大きな声で返事をした。海賊たちは早く戦いたいと思っているのか、笑いながら小船を漕いだり、浜辺にいるセイレーンたちの様子を窺っている。
「船長、セイレーンたちの中に見たことの無い連中がいるぜ!」
「何?」
隣の小船の船首に立つ海賊の報告を聞いたシャルディーは望遠鏡でもう一度浜辺を確認する。確かに飛んでいるセイレーンたちの真下には漆黒の全身甲冑を装備した騎士と白い鎧を身に付けた女騎士、盗賊風の女と巨漢、そして頭から角を生やした少年と少女の姿があった。
「何だアイツらは?」
明らかないセイレーンとは違う姿をした六人を見てシャルディーは不思議そうな顔をする。他の船首に立っている海賊たちもシャルディーと同じように不思議そうな顔で浜辺を見ていた。
「見た感じ人間みてぇだが、何で人間がセイレーンの島にいやがるんだ?」
船首にいる海賊の一人が望遠鏡を覗くのをやめて呟く。小船を漕いでいる海賊たちは孤島を見ることができないため、シャルディーたちが何を見ているのか、どんな状況になっているのか分からず、難しい顔をしながら小船を漕いでいた。
海賊たちが考え込んでいる中、シャルディーは鋭い表情を浮かべながら黙って浜辺を見つめている。なぜセイレーンの孤島に自分たち以外の人間がいるのか、シャルディーはセイレーンたちを見つめながら考えていた。
「船長、アイツらはいったい何者なんだ?」
「さあな、だがあの様子だと、俺らと仲良くするつもりはなさそうだ」
「てことは、セイレーンたちの仲間か?」
セイレーンたちが人間を味方につけたという海賊の言葉に他の海賊たちは驚きの反応を見せる。前回の戦いで戦力を削がれたセイレーンたちがそれを補うために人間に助力を求めたのではと海賊たちは感じた。
海賊たちはセイレーンたちと一緒にいる人間は何者なのか、小声で仲間と相談しながら考える。すると、シャルディーが再び海賊たちの方を向いて力の入った声を出す。
「アイツらが何者かなんて関係ねぇ。セイレーンたちの味方をしているのなら俺らの敵だ、容赦なく叩きのめしてやればいい」
シャルディーの言葉を聞いた海賊たちは、確かにそうだと納得の反応を見せる。セイレーンを奴隷として捕らえるためにやって来た自分たちの邪魔をするのなら殺してしまえばいい、海賊たちは簡単なことだと感じて考えるのをやめた。
「それと、奴ら中には若い女が三人いやがる。もし敵ならその女どももついでに奪い取る、殺すんじゃねぇぞ?」
「船長、その女たちも奴隷商どもに売る前に楽しんでもいいのか?」
「ああ、セイレーンどもを全て捕まえることができたら、褒美として楽しませてやるぜ」
女を楽しむことができると聞き、やる気が出た海賊たちは笑みを浮かべながら大きな声を上げ、小船を漕ぐスピードを上げる。部下たちがやる気を出したのを見てシャルディーも笑みを浮かべ、視線を孤島に戻した。
「ところで船長、魔法が使える奴らは全員船に置いてきちまったけどよ、よかったのか?」
「ああ、魔法を使ったらセイレーンたちにデカい傷が付いて高く売れなくなっちまうからな。奴らには船の番を任せてきた」
シャルディーは浜辺を見ながら自分が乗る小船を漕ぐ海賊の質問に答え、質問した海賊や他の海賊たちはそれを聞いて納得の表情を浮かべる。
実はシャルディー海賊団の団員には中級魔法が使える魔法使いが数人いる。魔法を使えば楽にセイレーンたちを捕らえることができるのだが、魔法はサーベルや弓矢よりも攻撃力が高く、使い方を間違えればセイレーンたちに重傷を負わせてしまう。そうなると奴隷としての値が落ちてしまうため、シャルディーはこれまで魔法使いたちの力を使わずに孤島を襲撃してきたのだ。
海賊たちが漕ぐ小船は少しずつ浜辺に近づいて行く。シャルディーは浜辺にいるセイレーンたちと彼らに味方をする人間たちを見ながらニッと笑みを浮かべる。
「そろそろ奴らが弓矢の射程に入るぞ。弓を構えろ!」
シャルディーは各小船の船首と後方にいる海賊たちに弓矢を構えるよう指示を出し、海賊たちは一斉に弓矢を構え、遠くにいるセイレーンたちに狙いを定める。
海賊たちがセイレーンたちに狙いを付けたのを確認したシャルディーは前を向いて右手を浜辺に向かって伸ばした。
「撃てえぇ!」
シャルディーが叫ぶと海賊たちは一斉に矢を放ち、浜辺にいるセイレーンたちに攻撃を仕掛けた。
浜辺にいるダークたちは近づいてくる海賊たちの様子を窺っており、海賊たちが放った無数の矢を見たベガンやセイレーンたちは緊迫した表情を浮かべた。
「全員、回避しろ! 避けられない矢を武器で叩き落せ!」
ベガンはセイレーンたちを見て大声で指示を出し、セイレーンたちは言われたとおり飛んできた矢を回避したり、槍で防いだりする。
アリシアたちもセイレーンたちと同じように飛んでくる矢を避けたり、武器で叩き落したりしている。だが、ダークとノワールはその場を動かずにジッとしていた。二人が持つ技術、物理攻撃無効のよって矢は当たる直前に見えない何かに弾かれるので、回避する必要がないのだ。
ダークたちが飛んでくる矢を回避している間、海賊たちが乗る小船は少しずつ浜辺に近づいてくる。ベガンとセイレーンたちは海賊たちを上陸させないよう反撃しようと思っているが、海賊たちは反撃の隙を与えないよう矢を放ち続けており、その矢を回避するのに精一杯でベガンたちは反撃に移ることができなかった。
ベガンたちは悔しそうな顔をしながら矢をかわしたり、武器で叩き落していく。そして、とうとう海賊たちの小船は浅瀬に辿り着き、海賊たちは小船を降りて浜辺に上陸してしまった。
(へぇ~、結構な数がいるなぁ。九十人くらいかと思ってたが、こりゃあ百人はいるな)
ダークは上陸してきた海賊たちを見て人数を想像する。ジェイクが言っていた七十人から九十人という人数を超えているが、ダークは意外に思うだけで驚くことはなかった。
海賊たちはダークたちを見ながら不敵な笑みを浮かべており、ベガンやセイレーンたち、そしてアリシアたちは鋭い目で海賊たちを睨みつける。
上陸した海賊たちはダークたちから少し離れた所で立ち止まり、ダークたちを笑いながら見つめる。距離は約30mで、走れば数秒で接触できるくらいの距離だった。
ダークたちは黙って上陸した海賊たちを見つめている。すると、海賊たちの間を通ってシャルディーが前に出てきた。
「よお、また来てやったぜ、セイレーンども」
「お前たち……」
楽しそうな顔をするシャルディーを見てベガンの顔に険しさが増す。セイレーンたちもシャルディーを睨んでおり、海賊たちはベガンたちの反応がおかしいのかヘラヘラと笑い出す。
「いい加減に無駄な抵抗はやめて降伏しな。そうすれば痛い思いもせずに済むんだからよぉ」
「ふざけたことを言うな! セイレーンの誇りを捨て、大人しく捕まるつもりなどない。そもそも、降伏すれば我々に待っているのは奴隷としての生活だけだ。何があっても最後まで諦めん!」
「ヘッ、これほどの戦力差があるって言うのにまだそんなことが言えるのか」
諦めないベガンを見ながらシャルディーは自分の後ろにいる部下たちを親指で指す。海賊たちはサーベルや弓矢を手に笑みを浮かべて、ベガンたちは海賊たちの人数を見て僅かに表情を歪ませる。
ベガンたちの反応を見たシャルディーはベガンとセイレーンたちの士気が低下したと感じてニヤリと笑う。このまま精神的に追い詰めればセイレーンたちは降伏するだろうと考えており、仮に戦うことになったとしても士気が低下していれば楽に勝てるとシャルディーは感じていた。
シャルディーはベガンに再び降伏を要求しようとする。すると、腕を組んだまま自分を見つめているダークと彼の周りにいるアリシアたちに気付き、シャルディーは視線をベガンからダークたちに向けた。
「……ところで、そっちにいる騎士様たちは何者だ? 見た目からして人間のようだが」
ダークを見つめながらシャルディーはダークたちの正体を尋ねる。ベガンはシャルディーにダークのことを説明しようとするが、それより先にダークは前に出てシャルディーと向かい合った。
「私はダーク、大陸に存在する小国、ビフレスト王国の王だ」
「ビフレスト王国? ……まさか、数ヶ月前にセルメティアとエルギスの間に建国されたっていう国か?」
「ほお、お前のような三流海賊にも知られているとは光栄だ」
小馬鹿にするような言い方をするダークにシャルディーの目元が僅かに動く。最強の海賊を名乗る自分を三流と言うダークに少し気分を悪くしたようだ。しかし、シャルディーはダークの挑発には乗らずに冷静に応対する。
「……それで、その小国の王様が何でこの島にいるんだ? まさか俺たちと同じようにセイレーンどもを捕まえに来たのか?」
「少し違うな、私たちは彼らを仲間にしに来たのだ」
「仲間?」
「ああ、我が国の民として迎え入れるためにこの島に来た」
ダークはシャルディーに自分たちが孤島に来た理由を説明する。だが、新たに港町を造り、そこにセイレーンたちを住ませて海魚を獲ってもらうという計画については話さなかった。海賊たちに話しても意味の無いことだからだ。
海賊たちはダークたちが孤島を訪れた理由を知ると興味の無さそうな表情を浮かべる。海賊である自分たちには一国の王が亜人を仲間にすることなど、面白いことでもなんでもないからだ。だが、シャルディーだけは少し気に入らなそうな顔をしていた。
「なるほど、仲間にしに来たのか……で、アンタらは俺たちの敵なのか?」
「おいおい、この状況でそれは愚問というものだぞ?」
ダークは再びシャルディーに挑発的な言葉をぶつける。その言葉を聞いてシャルディーはカチンと来たのか、目を鋭くしてダークを睨み付ける。
「予想はしてたが、セイレーン側に立ってるんだから……やっぱ敵だよな」
シャルディーはダークたちが敵だと確信すると僅かに力の入った声を出しながら腰のサーベルを抜く。海賊たちもシャルディーがサーベルを抜くのを見ると表情を険しくしてダークたちを睨む。敵意を向ける海賊たちを見たアリシアたちも自分たちの武器を握って海賊たちを睨み返した。
「王様さんよぉ、アンタも一国を治める身なら、セイレーンたちと協力しても俺らに勝てねぇってことぐらい分かるだろう? 無駄な抵抗はやめて降伏しな」
持っているサーベルの切っ先をダークに向けながらシャルディーは降伏を要求する。ベガンとセイレーンたちは最悪と言える状況を目にして徐々に焦りを見せ始めた。ダークは目の前に立つシャルディーをただ黙って見つめている。
「セイレーンたちを渡すって言うなら、アンタは見逃してやってもいいぜ? ただし、アンタが身に付けている装備と一緒にいるカワイ子ちゃんたちは置いていきな。どちらも高く売れるからな」
「……フッ、人数が多いからと言って既に勝った気でいるとは、やはりお前は三流の海賊だな」
ダークはシャルディーを見ながら再び小馬鹿にするような声を出し、アリシアたちも呆れたような顔でシャルディーと海賊たちを見ている。
ベガンとセイレーンたちは倍近くの人数の海賊を前に余裕を崩さず、更に挑発までするダークを見て呆然としている。なぜそれほどの余裕を持てるのか、ベガンたちは全く理解できなかった。
「テメェ、自分から助かる道を捨てやがったか。なら、此処でテメェをぶっ殺して装備と女、そしてセイレーンどもをいただく! ついでにテメェの国も乗っ取って海賊の国にしてやるよ!」
挑発されたシャルディーは怒りを露わにしてサーベルを構える。先程までは挑発されても冷静さを保っていたシャルディーだったが、二度も三流と言われてさすがに我慢できなくなったようだ。
シャルディーの後ろにいた海賊たちも一斉にサーベルと弓矢を構え、それを見たベガンとセイレーンたちも武器を構えて戦闘態勢に入る。するとダークはベガンの前に腕を出して彼を止めた。
「ベガン殿、ここは私たちに任せてもらいたい」
「え?」
「我々だけで海賊どもを倒す。貴公らは後方に下がっていろ」
「な、何を言う! あの人数を相手にたった六人で敵うはずが――」
「貴公らには見ててもらいたいのだ、私たちの実力がどれほどのものなのかをな」
ベガンの方を見ながらダークは自分たちと仲間の力を見てほしいと語り、ベガンは少し驚いたような顔でダークを見ている。理由は分からないが、ダークからは絶対勝つという自信が感じられ、それを感じ取ったベガンはどうしてそれほどの自信があるのだろうと不思議に思う。そして、同時にダークの力がどれほどのものなのか自身の目で確かめたいという気持ちになった。
しばらく黙り込んでダークを見つめていたベガンは剣を持つ腕を下ろし、軽く俯きながら小さく息を吐いた。
「……分かった。そこまで言うのなら、貴方たちに任せよう。ただし、戦況が不利になったと判断したら、我々も勝手に動かさせてもらう」
ベガンの許可が得るとダークは小さく笑い、ベガンの前に出していた腕を下ろす。ベガンは翼を広げて飛び上がり、真剣な表情を浮かべてセイレーンたちの方を向いた。
「海賊たちの相手はダーク殿たちがする。全員、後方に下がれ!」
大きな声を出してベガンはセイレーンたちに指示を出し、それを聞いたセイレーンたちは驚きの反応を見せる。そして、海賊たちも何を言っているんだ、と言いたそうな顔で飛んでいるベガンを見上げていた。
「ぞ、族長、どういうことですか?」
「我々は後方で待機し、ダーク殿たちが不利になったら戦いに参加する。それまでは力を温存しておく」
説明を聞いたセイレーンたちは不安そうな表情や複雑そうな表情などを浮かべる。少し前まではダークたちと共闘しようと言っていたベガンがいきなりダークたちに任せて後ろに下がろうと言ってきたのだから、セイレーンたちが驚くのも無理はなかった。
しかし、族長であるベガンが下がれと命じているのだから言われたとおりにするしかない。セイレーンたちは空を飛んだり、浜辺を歩いたりして後ろに下がり、ベガンも一度ダークたちの方を向いてからセイレーンたちと一緒に下がった。
ベガンたちが下がったのを確認したダークはもう一度小さく笑ってから海賊たちの方を向き、アリシアたちも視線を海賊たちに向ける。海賊たちは苛立ちが感じられるような険しい顔でダークたちを睨んでいた。
「たった六人で俺たちの相手をするだと? ナメたことぬかしてんじゃねぇぞ!」
シャルディーはダークたちだけが自分たちと戦うという現状に怒鳴り声を上げた。三流海賊と言われただけでなく、僅か六人で戦うと言われれば誰だって頭にくる。現にシャルディーだけでなく、彼の後ろにいる部下の海賊たちも額に血管を浮かべたり、武器を持つ手を震わせたりして怒りを露わにしていた。
苛立ちを露わにする海賊たちを見たアリシア、ノワール、ジェイク、マティーリアは黙って海賊たちを見つめており、レジーナはニッと笑いながら海賊たちを見ていた。
「お前ら如き、私たちだけで十分だ……いや、私一人でも余裕かもな」
アリシアたちが海賊たちを見ていると、ダークがシャルディーを見ながら語り、最後に楽しそうな口調で挑発する。それの言葉を聞いた瞬間、遂にシャルディーの堪忍袋の緒が切れた。
「野郎ども、あのふざけた黒騎士を八つ裂きにしろ! 俺たちを怒らせたことを後悔させてやるんだぁ!」
シャルディーがサーベルをダークに向けながら叫ぶと、海賊たちは声を上げながらダークたちに向かって走り出す。
走ってくる海賊たちを見てアリシアたちは得物を構え、ダークも海賊たちを見つめながら目を赤く光らせた。
「己の欲のために亜人たちを狩る愚かな海賊たちよ、断罪の始まりだ」
そう言った瞬間、ダークは砂を蹴って海賊たちの方へ跳び、海賊たちの目の前まで近づくと右手で素早く背負っている大剣を抜いて振り下ろす。すると、大剣が浜辺に触れた瞬間、強い衝撃で砂が舞い上がり、近くにいた海賊たちも衝撃で大きく吹き飛ばされる。
声を上げながら吹き飛ばされる海賊たちを見てシャルディーは驚き、他の海賊たちも驚きのあまり急停止した。後方にいたベガンとセイレーンたちも目を大きく見開いて驚いている。
「ヒュー、相変わらず凄い力ね、ダーク兄さん」
「まっ、あれでもまだ本来の力の半分も出しておらんじゃろうがな」
ダークが大剣で浜辺を叩く光景を見ていたレジーナとマティーリアは小さく笑いながら話している。既に見慣れた光景ではあるが、それでもダークの怪力を目にする度に感心してしまう。
「二人とも、お喋りはそれぐらいにしろ。私たちも参加するぞ」
アリシアは喋っている二人に声をかけると、フレイアを手に海賊たちに下へ走り出す。ジェイクもタイタンを両手で握ってアリシアの後に続き、ノワールも魔法で空を飛びながら海賊たちの下へ向かう。
先に海賊たちの下へ向かったアリシアたちを見たレジーナはテンペストを抜き、苦笑いを浮かべながらマティーリアの方を向く。
「んじゃ、あたしたちも行きますか?」
「ウム」
レジーナに声をかけられたマティーリアは真剣な表情を浮かべてジャバウォックを構え、海賊たちの下へ走る。レジーナもニッと笑いながらその後を追った。
海賊たちに囲まれる中、ダークは次々と海賊を倒していく。正面にいる海賊を大剣で斬り捨てると、すぐに次の海賊を攻撃し、少しずつ数を減らしていった。海賊たちは大剣を軽々と振りまわし、一撃で仲間を倒していくダークに驚きながら武器を構えている。
「どうした? 私を後悔させるのではなかったのか?」
大剣を中段構えで持ちながらダークは周りにいる海賊たちを挑発する。海賊たちはダークの強さと仲間が倒されていく現実に驚いているせいか、何も言い返せずに悔しそうな顔でダークを見ていた。すると、ダークの左側にいた海賊の一人がサーベルを振り下ろして攻撃してくる。
ダークは素早く攻撃してきた海賊の方を向くと大剣でサーベルを弾き、袈裟切りを放って反撃する。反撃を受けた海賊は断末魔の声を上げながら仰向けに倒れて息絶え、周りの海賊たちはあっけなく殺された仲間を見て僅かに青ざめた。
「このクソッたれぇ!」
仲間が殺されたのを見た別の海賊がダークの背後からサーベルを振って攻撃する。ところが、サーベルはダークの背中に触れる直前に見えない何かに弾かれてしまい、海賊はダークに傷を負わせることはできなかった。
何が起きたのか分からない海賊は自分のサーベルを見て動揺する。すると、ダークは振り返りながら大剣を横に振り、背後から斬りかかってきた海賊を胴体から真っ二つにした。
ダークは海賊を斬ると大剣を振って剣身に付いている血を払い落とし、その光景を見た海賊たちは悪寒を走らせる。そして、剣身の血を払い落としたダークは海賊たちへの攻撃を再開した。
「お、おい、何なんだよコイツ、簡単に他の奴を殺していきやがるぞ?」
「ひ、怯むんじゃねぇ! 所詮は一人だ。一斉に攻撃すれば簡単に殺せるはずだ」
海賊の一人がサーベルを強く握りながら一斉攻撃をすればいいと声を上げ、それを聞いた他の海賊たちも四方から攻撃すれば殺せると感じ、サーベルを構えてダークを見つめる。ダークは周りにいる海賊たちを視線を動かして確認すると、周囲に聞こえないくらい小さな声で笑った。
ダークが笑った直後、海賊たちの頭上を何かが跳び、それに気付いた海賊たちは一斉に上を向く。そこには海賊たちを真剣な表情で見下ろしているアリシアの姿があった。
「白光千針波!」
神聖剣技を発動させたアリシアは剣身を白く光らせるフレイヤを大きく横に振り、剣身から無数の白い光の針を放つ。雨のように降り注ぐ光の針は海賊たちの体に刺さり、光の針を受けた十一人の海賊は一斉に倒れた。
海賊たちが倒れた直後にアリシアは海賊たちの中に着地し、すぐに体勢を整えて近くにいる海賊たちを攻撃する。フレイヤの切れ味は鋭く、海賊たちの体をまるで紙を切るかのように楽々と切り裂いていく。アリシアの近くにいる海賊たちは仲間が簡単に倒される光景を見て表情を歪ませている。
「どうした、海賊ども! さっきまでの勢いはどこへ行った!」
アリシアはフレイヤを片手に、周りの海賊たちに強い声で言い放つ。アリシアの挑発を聞いて、表情を歪めていた海賊たちの中に悔しさと怒りで険しい顔をする者が出てくる。
「調子に乗るんじゃねぇぞ、小娘がぁ!」
一人の海賊がサーベルを両手で持ち、アリシアを背後から攻撃する。背後からの攻撃なので絶対に当たると周りにいる海賊たちは確信していた。だが、アリシアは背後からの奇襲に驚くことなく、落ち着いて振り返りながら後ろに軽く跳び、海賊のサーベルは難なく回避する。回避した直後、アリシアは反撃して襲ってきた海賊をアッサリと倒した。
背後から攻撃しても簡単に回避されてしまうのを見て、アリシアの周りにいる海賊たちは驚きを隠せずにいる。少し離れた所にいるダークはアリシアが海賊たち圧倒している姿を見て小さく笑った。
ダークがアリシアの戦いを見て笑っていると、反対側から海賊の叫び声が聞こえ、ダークはチラッと声の聞こえた方を向く。そこには海賊たちに囲まれながらも次々と海賊を倒していくレジーナとジェイクの姿があった。
ジェイクはタイタンを両手でしっかりと握りながら大きく横に振り、一度に数人の海賊を攻撃した。タイタンの刃を受けた海賊たちは切られた箇所から血を噴き出し、苦痛の表情を浮かべながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。
「さあ、次は誰が相手だ! 死ぬ覚悟のある奴からかかって来やがれ!」
海賊を倒したジェイクは素早くタイタンを構え直して別の海賊たちを睨む。海賊たちはジェイクの睨み付けに怯んだのか、サーベルを構えながら後退する。そんな海賊たちを見てジェイクは情けないと思ったのか小さく舌打ちをした。
「まったく、これじゃあどっちが悪者なのか分かんないわね?」
ジェイクが舌打ちをすると、後ろの方からレジーナの声が聞こえ、ジェイクはチラッとレジーナの方を向く。そこにはテンペストを右手に持ちながら余裕の笑みを浮かべているレジーナが立っていた。
「あたしたちは一応セイレーンを守る正義の味方なんだから、もっとそれらしくしたら?」
「俺はそれらしくしてるつもりだが?」
「あらそう? あたしにはちょっと悪役っぽく見えたけど?」
レジーナは小さく笑いながらジェイクをからかう。すると、彼女の背後からサーベルを持った海賊が二人、同時にレジーナに襲い掛かってきた。海賊の気配に気付いたレジーナは目を鋭くし、姿勢を低くしながら素早く振り返る。そして、テンペストに気力を送り込んで剣身を緑色に光らせた。
「風神四連斬!」
戦技を発動させたレジーナはテンペストを素早く振り、二人の海賊をそれぞれ二回ずつ攻撃する。斬られた海賊たちは痛みで声を上げながら崩れるように倒れ、海賊たちを倒したレジーナは姿勢を直して軽く息を吐いた。レジーナの周りにいる海賊たちは余裕の態度を取る彼女を鋭い目で睨みつけている。
「クッソォ、なんて奴らなんだ」
「慌てるな、俺たちにはまだコイツがある。これを使えば楽に勝てるさ」
離れた所でレジーナを睨んでいた海賊に別の海賊が声をかけ、一本の投げナイフを見せる。その投げナイフには薄っすらと草色の液体が付いており、それを見た仲間の海賊はニッと笑みを浮かべた。
実は海賊が持っている投げナイフには傷つけた相手を麻痺させる液体が塗られており、セイレーンたちはこの液体のせいで麻痺してしまったのだ。
海賊たちはレジーナもこの投げナイフで麻痺させれば確実に捕まえられると考え、不敵な笑みを浮かべながらレジーナを見つめる。そして、安全に投げナイフを当てるためにゆっくりとレジーナから距離を取り始めた。その時、レジーナは周囲のいる海賊たちを見回し、投げナイフを投げようとしている海賊たちの方を向いた。
自分たちの方を向いたレジーナを見て海賊たちは思わず驚きの反応を見せる。だが、もし自分たちを攻撃しようとしても、離れていれば攻撃される前に投げナイフで麻痺させることができると考え、警戒はしなかった。
レジーナは正面にいる海賊たちを見るとテンペストを逆手に持って構える。そして、右手の人差し指にはめている剣神の指輪をチラッと見てから視線を海賊たちに戻す。すると、テンペストの剣身が白い靄のような物に包まれ、レジーナはその状態のままテンペストを強く振った。
テンペストを振ると、剣身の靄が白い斬撃となって放たれ、投げナイフを使おうとしていた海賊たちに向かって飛んでいく。海賊たちは飛んでくる斬撃に驚いて目を大きく見開き、思わず足を止めてしまう。その直後、斬撃は海賊たちの体を胴体から両断し、その後ろにいる別の海賊たちの体も両断した。
斬撃を受けた海賊たちは一斉に倒れ、他の海賊たちは青ざめながら仲間の死体を見ている。一方でレジーナは遠くにいる海賊たちが倒れたのを見ると、視線を剣神の指輪に向けて小さく笑った。
(やっぱり凄いわね、ダーク兄さんがくれた指輪。これなら遠くにいる海賊たちも難なく倒すことができるわ)
レジーナは心の中で剣神の指輪の力の感心すると、再び指輪の力を発動させ、テンペストの剣身に白い靄を纏わせる。そしてすぐにテンペストを振って斬撃を放ち、他の海賊たちにも攻撃した。
斬撃を飛ばすレジーナに海賊たちは恐怖を感じて叫び声を上げ、次々と体勢を崩していく。レジーナは体勢を崩す海賊たちを見ると小さく笑い、次々と周りにいる海賊たちを倒していった。そんなレジーナの姿をジェイクは離れた所で見ている。
「おいおい……正義の味方らしくしろって言ったお前自身が一番悪役っぽいじゃねぇか」
自分が言ったことと全く違うことをしているレジーナを見て、ジェイクは呆れ顔で呟く。だが、すぐに気持ちを切り替え、自分の周りにいる海賊たちとの戦いに集中するのだった。